ビルド廻戦   作:EGO

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最恐最悪呪いの王 ー特級術師、始めましたー
1.


 宮城県某所。

 草木も眠る丑三つ時。心霊スポットとして地元では良くも悪くも有名なトンネル内。

 

「はっ!」

 

『ぎぃ!?』

 

「鬱陶しいんだよ!」

 

『ぎゃえ!?』

 

 赤と青の非対称(アンシンメトリー)の仮面の戦士──ビルドが、数体の呪霊を相手に大立ち回りを演じていた。

 毛深い猿のような呪霊の頭を蹴り砕き、背に飛びかかった成人男性よりもなおも大きい虫の呪霊を肘鉄の一撃で黙らせる。

 そのまま流れるように放たれる拳と蹴りの乱打が彼を囲む異形を次々と打ち倒し、地面に転ばせていく。

 

「ったく。今日も外れか」

 

 一方的な蹂躙を前に狼狽え、距離を取る呪霊を前に、どこか不満げな声を漏らしたのはビルドだ。

 彼の果たすべき使命は変異型呪霊(スマッシュ)となった家族の祓除(さつがい)だ。もちろん木っ端な呪霊の祓除も呪術師としての立派な仕事ではあるのだが。

 

「こうも外ればっか引かされるとな〜」

 

 手元に煙を発生させ、そこから濃灰色のフルボトル──ガトリングフルボトルを取り出した。

 それを数度振り、ベルトに嵌められていたタンクフルボトルと交換し、レバーを回転させる。

 

『《ラビット!ガトリング!》』

 

 ベストマッチの音声はない。まあ、ラビットフルボトルもガトリングフルボトルも既に相方は見つけてある。問題ない。

 

「面倒だし、一気に終わらせる!」

 

 顔の右半分、左腕、右足を包んでいた青の素体(ハーフボディ)が濃灰に染まり、戦車を模していた複眼がガトリングを模したものへと変化した。

 同時に左手を包んだ煙の中からタカの意匠が施された片手で扱えるサイズのガトリング銃──ホークガトリンガーが出現し、その銃が纏う濃密な呪力に呪霊達が怯み、背を向けて逃げ出した瞬間、ビルドは銃のマガジンを回転。

 呪力が高まると共に弾丸が装填されていき、

 

『《10(Ten)……20(Twenty)……30(thirty)……40(Forty)……50(Fifty)……60(Sixty)……70(Seventy)……80(eighty)……90(ninety)……100(One hundred)!Full Bullet!》』

 

 マガジンが十回転し、合計百発の全弾装填(フルバレット)が完了し、呪力の高まりが最高潮に至った直後、ビルドは銃口を呪霊達の背中に向けた。

 

「逃がさねぇよ!」

 

 無慈悲な処刑宣告と共に、引金を弾いた。

『《ボルテックブレイク! 》』の音声と共に凄まじいまでの発砲音がトンネル内に鳴り響き、マズルフラッシュが闇に閉ざされたトンネルを明るく照らし、ビルドと呪霊の視界を白く染め上げた。

 吐き出された百発の弾丸が呪霊の背中を捉え、その肉体をミンチへと変え、次の瞬間には塵へと変えた。

 呪力による爆炎がトンネルを照らし、仮面が照り返しにより不気味に光る中、ビルドはホークガトリンガーを肩に担ぎながら「ふぃ〜」と気の抜けた声も漏らした。

 ただの呪霊祓除任務。呪術師本来の仕事ではあるのだが、ある意味では自分の仕事ではない、そんななんとも言えない中途半端な仕事。

 給料も出ているし、人助けにもなるからやり甲斐はあるのだが……。

 

「つっても、俺じゃなくてよくねって思っちまうんだよな〜」

 

 相手は三級、高くても二級の有象無象。数こそ多かったが、それこそそれなりの階級の呪術師が三人もいれば事足りる。

 やれやれと肩を竦めながらビルドはベルトに嵌められた二つのフルボトルを取り外し、手元に生み出した煙の中に放り込んだ。

 体を覆っていた鎧が呪力の粒となり、周囲に霧散。霧散したそれも彼の影の中へと吸い込まれていき、鎧の形成に使われた僅かな呪力も回収された。

 真っ暗闇の中、一人分の足音だけがトンネル内に響く。

 

「また上の連中の嫌がらせか?」

 

 そこでふと、この状況を望んでいそうな連中の姿が脳裏をよぎった。

 一応、五条派に属する自分は五条悟を毛嫌いする上の連中からすれば目の上のたんこぶ。適当に理由をつけてあちこちに派遣して、自分達の派閥に属する呪術師に楽をさせようとしているのではないか。

 

「俺は使いっ走りじゃねぇんだけどな」

 

 トンネルを抜け、出入り口を塞いでいた帳を潜り、雲の隙間から降り注ぐ月光に照らされるのはトレンチコート風に改造が施された白い(・・)呪術高専の制服に身を包んだ貴丈の姿だった。

 痛々しい火傷痕が残る左頬を掻きながら、吹き抜ける夜風が制服の裾を揺らす。

 

「……土産は、明日でいっか。さっさと宿に──」

 

 帳を解除しながら制服の懐に手を入れ、スマホ──普通のそれよりも数倍は分厚く、ガラケーのように折り畳める──を取り出し、地図アプリを開こうとすると、不在着信の通知が画面に映し出された。

 こんな時間に連絡ってなんだよと、面倒くさそうに眉と唇をへの字に曲げるが、誰からの連絡かがわかると同時に表情を引き締め、すぐに折り返しの連絡を入れた。

 コール音が二回も続かない内に電話は繋がり、『やっほ〜』と気の抜けた恩師の声がスマホ越しに届いた。

 

「五条先生。何かあったんですか?」

 

 電話の相手は五条悟だ。既に進級し、二年生となった貴丈から見れば『元担任』ではあるが、自分の死刑を先延ばしにし、新しい生き方を示してくれた大恩人。

 

『いや、貴丈の事だからもう終わったかなってね。お土産を頼もうと思ったんだ』

 

 なのだが、どうも抜けている所があるというか、常識知らずのところがあるというか、命の恩人ではあるが素直に尊敬できない相手である事も確かなのだ。

 貴丈が思わずと言った形で溜め息を吐くと、五条もまたくつくつと時間が時間だからか声を殺した笑い声を漏らし、そして次の瞬間には神妙な声音となった。

 

『ま、冗談はこの辺にして。ちょっと問題発生。恵と合流して』

 

「……?あいつなら余程の事がないと一人で何とかすると思いますけど?」

 

 五条から出た恵の名に、貴丈は首を傾げた。

 伏黒恵。名前のせいで間違われるが歴とした男子である彼は、貴丈の後輩だ。あくまでそれは学年上であり、呪術師歴としては無論向こうのほうが長いのは言わずもがなだ。

 第二級術師。術式も強力。単独でも大体の問題なら対応可能な、あまりにも頼りになりすぎる後輩だ。

 そんな恵の危機という馴染みのない言葉に困惑する貴丈を他所に、五条は言葉を続けた。

 

『その余程の事が起きそうなんだよね。恵の任務ってのがまた面倒でさ』

 

「呪術師の任務で楽なものなんてないでしょう」

 

『それはそうだけどさ』

 

 五条の言葉に貴丈が嘆息混じりに返すと、五条は苦笑混じりに告げた。

 

『恵は特級呪物(・・・・)【両面宿儺の指】の回収に行ったんだけど、その指があるべき場所になかったみたいでさ』

 

「……それ、俺か憂太か五条先生の管轄では?」

 

『だよね〜。貴丈も近くに行くんだし、そのまま任せちゃえば良かったのに。上のお爺ちゃん達は頭が固いよ、まったく』

 

 そして彼の口から出た名前に貴丈は眉間に皺を寄せ、悪態をついた。

 特級呪物の回収。それも『呪いの王』とまで呼ばれた両面宿儺の指だ。その回収など五条や憂太のような特級術師がやるべき(・・・・・・・・・)事案だろうに。

 

「それで、恵は無事なんですか?」

 

『うん、それは問題ない。さっきまで電話してたし』

 

 貴丈が額の傷跡を掻きながら投げた問いかけに、五条はあっけらかんとした様子で返した。

 貴丈はホッと安堵の息を吐き、「それでどこに向かえばいいんですか?」と問うと、五条は何かを考えるように数秒黙り込んでから口を開いた。

 

『場所は仙台市の杉沢第三高校。そこからなら、まあ今日の夜には着くでしょ』

 

「休まなければ、そして渋滞に捕まらなければ、ですけどね」

 

 告げられた目的地に貴丈はすぐさま頭の中で地図を引っ張り出すが、仙台市までの道のりしかわからずに匙を投げた。どうせ後で調べるのだ、おおまかな位置さえわかればそれでいい。

 僅かな疲労が滲む彼の声を弄るように、五条は笑いかけた。

 

『ははは。頑張りたまえ、特級術師(・・・・)桐生貴丈くん』

 

「名前負けしてる気がしてなりませんけどね」

 

 その言葉に貴丈は肩を落とし、再びの溜め息を吐いた。

 特級術師。その定義は様々ではあるが、端的に言えば『単独で国家転覆が可能か否か』。

 貴丈の術式『ビルド』にそこまでの力はないように思えるが、呪術総監部が注目したのはそちらではなく彼の家族を変異型呪霊(スマッシュ)へと変えた特異な力の方だ。

 その力が人工密集地──それこそ東京の新宿や渋谷のど真ん中で発動すれば、数千、下手をすれば数万の変異型呪霊(スマッシュ)が一斉に野に放たれる事になる。それも個体差はあれど一級呪霊相当となれば、その脅威は国の存続に関わる。

 故の特級。夏油のように呪詛師ではなく、呪術師を名乗れるのは、ひとえに五条の我儘のおかげだ。

 

「とにかくすぐに向かいます」

 

『うん、頼んだよ。僕もすぐ行くから』

 

「……え?なら俺が行く意味ないんじゃ」

 

 貴丈が間の抜けた声でそう呟く中、五条はさっさと通話を切ってしまう。

 

「……まあ、これも後輩の為か」

 

 頑張らねぇと気合いを入れ直した貴丈は、懐からライオンフルボトルを取り出すとそれを数度振り、蓋を開けた。

『《ライオン!》』と頭の中に響く陽気な声を他所に、フルボトルをスマホの上部背面に配置された専用のスロットに差し込むと、『《ビルドチェンジ!》』とこれまた陽気な音声が鳴り響く。

 貴丈はそれに構う事なく、スマホを放り投げた。

 するとスマホが貴丈の身長程に巨大化し、今度はガチャガチャとスマホからは出ないだろう複雑怪奇な金属音を響かせながら変形。

 十秒もしないうちに変形を終えたそれは、まさにバイクであった。

 赤を基調としたカラーリングの装甲──『ガードレッドカウル』に包まれた本体部分。

 車体後部には装填したフルボトルがそのまま巨大化し、そのまま加速装置として作用する『リアボトルチャージャー』を備え、ガソリンを使わずにフルボトルから供給される呪力、ないし搭乗者の呪力を燃料に使う為とてもエコ。

 一部の金に目ざとい術師からは『術師向けの商品』としての量産を依頼され、五条と夜蛾学長の手で断られたある意味で曰く付きの一品。

『マシンビルダー』及び、それのスマホ携帯である『ビルドフォン』。貴丈が特級昇格とバイクの免許を取った事を切っ掛けに、補助監督なしでの単独移動を考慮した五条の提案を受けた結果生まれた、モンスターマシンである。

 マシンビルダーに跨り、ふと思い出したようにフロント部分の液晶の画面をスライドすると、何かのアプリを押した。

 すると液晶が光を放ち、次の瞬間には対呪霊用に一際頑丈に制作されたヘルメットが出現した。

 それを被り、再び液晶を操作して地図アプリを開き、目的地を入力。

 

「さて。待ってろよ、恵!」

 

 ヘルメットのバイザーを下ろし、エンジンを始動するのだった。

 

 

 

 

 

 仙台市、杉沢第三高校。

 特級呪物【両面宿儺の指】を魔除けとして安置していたその場所には、いまや呪霊が溢れていた。

 確かに特級呪霊は魔除けとしての効果はある。だが、それは完全な封印が施されていた場合に限った話だ。

 千年あまりの時間の経過で封印は風化し、魔除けはいつからかその効力が反転し、呪霊を呼び寄せる極上の餌と成り果てていたのだ。

 そんな最悪の事態に対応すべく派遣された呪術高専東京校一年、伏黒恵は文字通りの絶体絶命の状況に陥っていた。

 強力な呪霊がいたからか。

 彼でも対応できない程の大量の呪霊が集まってきていたからか。

 それもあるが、彼を真の意味で追い詰めているのは滅多な事では起きない異常事態(イレギュラー)のせいだ。

 

「ああ、やはり!!光は生で感じるに限るな!!」

 

 その異常事態(イレギュラー)の原因こそが訳あって今回の騒動に巻き込んでしまった男子生徒──虎杖悠仁。

 より正確に言えば、自らを庇って負傷した伏黒。そして呪霊に襲われた虎杖の先輩を救うべく、人間にとっては劇物でしかない【両面宿儺の指】を食った(・・・)事。

 そして何の因果か、虎杖の肉体はその劇物に耐性があったのか滅びる事はなく、そのまま呪いの受け皿として機能してしまった事。

 詰まるところの呪いの王、両面宿儺の受肉(ふっかつ)。そんな最悪の事態に直面した伏黒の頭によぎるのはいくつもの後悔と、呪術規定に基づく行動。

 

「呪霊の肉などつまらん!人は!女はどこだ!!」

 

 虎杖の肉体を乗っ取り、復活の勢いのままに呪霊を屠った呪いの王は渡り廊下の屋上から学校を囲む住宅地に目を向けた。

 多くの非術師が住み、多くの人としての営みが続く、どこにでもあるありふれた住宅地。

 それを見た呪いの王は醜悪な笑みを浮かべた。

 

「いい時代になったものだな。女も、子供も、蛆のように湧いている」

 

 それは明確は蔑みの色があった。

 それには明確な悪意の色があった。

 何よりも、強烈なまでの嗜虐心があった。

 

「素晴らしい、鏖殺だ!」

 

 そして宿儺が住宅地に向け進撃しようとした瞬間だった。

 ばさりと、何かが羽ばたく音が宿儺と伏黒の頭上から落とされた。

 

「あ?」

 

 宿儺は音に釣られるがまま顔を上げ、伏黒もまた弾かれるように視線を上に向けた。

 そして、その一瞬が全てを決した。

 橙色の残像を残して急降下した何者かは宿儺の延髄に蹴りを入れ、骨を砕く異音と共に蹴り飛ばしたのだ。

 一切の反応を許されなかった宿儺は勢いのままに校舎に突っ込み、凄まじい倒壊の音と共に窓ガラスや扉を突き破りながら校舎の内側に消えていった。

 

「恵、無事か!?」

 

「桐生先輩!?なんでここに!」

 

 背中から呪力で生み出された橙色の翼を生やした貴丈が血塗れで膝をつく伏黒に声をかけ、伏黒も伏黒で突然の貴丈の登場に驚倒した。

 

「五条先生の指示。怪我してるみたいだしそのままでいいよ」

 

 そんな彼に端的に説明した貴丈はそのまま伏黒に待機の指示を出し、手元に発生させた煙からベルトを取り出すと、それをそのまま腰に巻いた。

 

「あれは、俺が祓う(ころす)

 

 そのまま一緒に取り出したラビットフルボトルとタンクフルボトルを振り回し、蓋を外してベルトのスロットに嵌めた。

 

『《ラビット!タンク!──ベストマッチ!!》』

 

 陽気な音声が鳴り響く中、倒壊した校舎の壁を呪力の放出のみで吹き飛ばした宿儺が姿を現した。

 器となった虎杖がそうだったのだろう、薄茶──というよりかは薄桃色の髪を後ろに流しながら、蹴り砕かれた延髄を反転術式で治癒させると、ゴキゴキと首の骨を鳴らす。

 

「いつの時代も厄介なものだな、呪術師は」

 

 全身に浮かび上がる刺青を思わせる独特な紋様。そして涙袋の辺りに増えたもう一対の瞳は細められ、鋭い視線を貴丈を睨んでいた。

 

「両面宿儺。四つの瞳に四本腕の異形の呪詛師(・・・)。元とはいえ、同じ人間には見えないね」

 

 そんな呪いの王からの殺意を浴びながらも不敵に笑んだ貴丈はベルトのレバーに手をかけた。

 両面宿儺、その受肉態。取り込んだ指は一本だけだろう。肌に感じる呪力は並の呪霊のそれを遥かに上回るが、勝てない相手ではない。

 

(問題は相手の術式。領域展開も使えるとしたら、恵を守りきれない)

 

 一対一(タイマン)ならどうとでもなるが、こちらには守るべき後輩がいる。そこだけが不安材料だ。

 

「ま、やるだけやるか!」

 

 だがそんな不安さえも笑い飛ばし、レバーを回転させようとした瞬間、宿儺の視線がベルトに注がれている事に気づいた。

 僅かに目を見開くその様は、驚いているようにさえ見える。

 

(なんだ、何かあんのか?いや、今は祓除(さつがい)優先!宿儺を自由にするわけにはいかねぇ!)

 

 疑問はある。だが今は宿儺の祓除が最優先だ。呪いの王が解き放つような事になれば、それこそこの地域は壊滅的な被害が出る。

 器になってしまった生徒には悪いが、一を切り捨てて十を救わねばならな状況になってしまったのだ。

 そうして状況から最善手を導き出す貴丈の背後では、伏黒は気が気でない気持ちのまま頬に冷や汗を垂らす。

 貴丈が呪術師になった理由が『家族を殺し、多くを救うため』だ。彼の中での天秤は彼も無自覚のままにいつしか壊れ、大のために小を切り捨てる事に割と躊躇がない。

 

「きひっ!」

 

 貴丈を止めるべきか、いや止められるのか、そんな迷いが伏黒の思考を縛りつけた瞬間、宿儺の笑い声が二人の耳に届いた。

 

「なるほど。……オマエがいるのなら退屈せずに済みそうだ。なあ、──」

 

 そして何かを言いかけた瞬間、宿儺の右手が彼自身の首を絞めた。

 

「「っ!?」」

 

「あ?」

 

 宿儺と突然の奇行に貴丈、伏黒が驚愕し、宿儺自身も困惑の声を漏らす中、宿儺の口が動いた。

 

「人の体で何してんだよ。返せ」

 

「オマエ、何で動ける?」

 

「?いや、俺の体だし。てかなにこれ、あしゅら男爵みたいになってない?」

 

 顔の右半分が動く度に見た目相応の声が、左半分が動く度に呪いの王としての威風を放つ声がそれぞれ漏れる。

 

「……え、何これ。どういう状況?」

 

「俺にもわかりませんよ」

 

 突然の異常事態に貴丈が困惑し、伏黒に意見を求めるがやはり返ってくるのは同じように混乱した声のみ。

 貴丈は首を傾げ、レバーにかけた手をそのままに状況を観察する方に意識を向けていると、睨みつけてくる二人に気付いた宿儺がそっと両手をあげた。

 

「えっと、俺は敵じゃない。……って、俺も伏黒もボロボロなんで、病院いっていい?」

 

 その声はやはり見た目相応の青年のもの。よく見れば全身に浮かんでいた刺青のような紋様も消えていき、纏っていた濃密な呪力も凪いでいく。

 妙な間があったのは本人的には気絶している内になんか一人増えていたためか。あるいは単に命乞いの言葉を探していたためか。

 

「「…………」」

 

 貴丈と伏黒が顔を見合わせ、『これ、どうする?』『わかりませんよ』と視線だけで会話していると。

 

「今、どういう状況?」

 

 そんな二人の隣に、目隠しをした長身の男──五条悟が姿を現した。

 

「「五条先生!」」

 

「やっほらお待たせ。で、何があったの?宿儺の指は?」

 

 彼の登場に貴丈と伏黒が揃って喜色の強い声をあげると、五条の言葉に出てきた宿儺の指に反応してか、虎杖が申し訳なさそうに「あの〜」と声をかける。

 

「それ、食べちゃった」

 

「指食ったのかよ。まあいいや。とにかく着いたら宿儺が受肉してたんで祓除(さつがい)しようとしたら、こうして人としての自我を取り戻したってところです」

 

「……マジ?」

 

「「「マジ」」」

 

 虎杖の告白と貴丈の判断。そして起きた異常事態。五条すらも素で驚く事態に、三人は揃って首を縦に振った。

 

「んー?」

 

 貴丈と伏黒の言葉を信じきれていないのか、五条はずいっと体を前のめりにして虎杖の体を観察し、六眼の力でもって彼の肉体に宿儺の呪力が混じっている事を確認。

 

「な〜るほど。本当に混じってるよ。体に異常は?」

 

「いや、特には」

 

「宿儺と──君が喰った呪いと代われるかい?」

 

「ん?んー、まあ、多分」

 

「じゃあ十秒だ。十秒したら戻っておいで」

 

「でも──」

 

「大丈夫。僕、最強だから」

 

「……なんか勝手に色々と決まっちまった」

 

「いつもの事でしょ」

 

 そうして五条が何かを試すように虎杖に次々と指示を出す中、貴丈と伏黒は揃って溜め息を吐いた。

 五条が突拍子もない事をするのはいつもの事だ。いちいちツッコミを入れていたら、それこそ疲れてしまう。

 

「貴丈、これ持ってて」

 

 五条はその言葉と共に貴丈に紙袋を投げ渡す。

 危なげもなくそれを受け取った貴丈が「何ですか、これ」と袋の中身を覗き込んだ。

 そしてそれが何かを確認するよりも早く、五条がその名前を告げた。

 

「喜久福」

 

「ああ、お土産ですか?」

 

「いんや。帰りに僕が食べる用のやつ」

 

「………このまま床に叩きつけますよ?」

 

「仕方ないな〜、一個あげるよ」

 

 そんなこんなで帰りの甘露を確保した貴丈が「なら、わかりました」と首肯した瞬間、伏黒がハッとして五条に警告を飛ばす。

 

「五条先生、後ろ!」

 

 彼の警告の通り、五条の背後には再び呪いの王としての迫力を放つ──ようは宿儺に肉体の主導権を奪われた虎杖が迫っており、呪力を込めた右拳を放たんとしていた。

 対する五条は一瞥もくれずに両手を組んで印を組み、宿儺の背後に瞬間移動。

 

「貴丈。そのまま恵もお願い」

 

「了解ですっ!」

 

 五条の指示に貴丈は素早くベルトからラビットとタンクフルボトルを取り外し、充填した呪力を霧散させると、代わりにダイヤモンドフルボトルを取り出した。

 数度振って呪力を活性化させ、蓋を開けると同時に床に突き刺す。

 

『《ダイヤモンド!》』

 

 頭に響く陽気な声と共に発生するのは、床から垂直に生える半透明な障壁。金剛石(ダイヤモンド)以上の硬度を誇る防壁が、貴丈と恵の周囲をぐるりと囲む。

 

「どうぞ!」

 

「可愛い生徒の前なんでね。カッコつけさせてもらうね」

 

 貴丈の合図と共に、五条は攻勢に出た。

 振り向き様に放たれた宿儺の拳を軽く受け流し、カウンターで顎を打ち抜く。

 凄まじい快音を響かせたそれは宿儺をよろめかせるが、手加減されたそれは宿儺を殺すには威力不足。

 だがその速度たるや、呪いの王が驚倒に目を見開く程だ。

 そして、その程度で斃れるほど呪いの王も弱くはない。彼は立ち上がり様に呪力を込めた腕を払い、今度は呪力を飛ばす事による遠距離攻撃で五条を葬らんとした。

 光速で放たれた呪力は物理的な破壊力を伴い、五条のいた場所を深々と抉り取り、背後の貴丈と伏黒にもその影響が及ぶが、ダイヤモンドの防壁がその全てを受け止め、無傷の輝きを放つ。

 

「やはり厄介なものだな、オマエは」

 

 防壁越しに睨んでくる貴丈を睨み返し、笑みを浮かべる宿儺だが、直後「無視しないで欲しいね」と五条の声が耳に届いた。

 

「無視はしていない。大した術式だな」

 

「呪いの王に褒められるなんて、複雑だね」

 

 宿儺は不敵な笑みと共に投げかけた賞賛に、五条もまた不敵な笑みと共に肩を竦めた。

 宿儺の攻撃は確かに五条に対して放たれてはいたが、ただの呪力の塊程度では五条の術式である『無下限呪術』を突破できる訳がない。

 彼の足元は深々と抉れてはいるが、本人は無傷。飛んできた瓦礫を浮かせるその様は、まさに絶対強者のそれだ。

 

「僕としてももっと相手したいところだけど、そろそろ時間かな」

 

 そして残念そうにそう告げた瞬間、宿儺はビクンと肩を揺らした。

 戦意が漲っていた二対の瞳が揺らいだかと思えば、次の瞬間には涙袋の辺りの瞳がピタリと閉じ、全身に浮かんでいた紋様も消えていく。

 全身から滲み出ていた呪力も霧散し、迫力も失せていく中で、虎杖がハッとしながら五条に言う。

 

「おっ、戻れた。大丈夫だった?」

 

 その姿に五条は感心したように「本当に制御できてるよ」と笑い、虎杖に近づいていく。

 

「でもうるせーんだよな。頭の中で声がする」

 

「それで済んでるのが奇跡だよ」

 

 虎杖の悪態を軽く受け流し、五条は彼の眉間に指を当てた。

 すると虎杖は気絶したようにその場に崩れ落ち、それを予期していた五条が危なげもなく彼を受け止める。

 大丈夫そうだと貴丈が防壁を解除する中、伏黒が五条に問う。

 

「何したんですか?」

 

「気絶させただけ。これで目を覚ました時、宿儺に体を奪われていなかったら、彼には器の可能性がある」

 

 何かを期待するような声音で告げた言葉に貴丈が「なるほど」と頷く中、五条は二人に問いかける。

 

「さて、ここでクエスチョン。彼をどうするべきかな?」

 

「呪術規定にのっとれば、ここで殺しておくのが最善でしょ。なあ、恵」

 

 貴丈は頭の後ろで手を組みながらそう言うと、何故かニヤニヤしながら伏黒に目を向けた。

 

「俺が彼を殺そうとした時、止めようとしてたっしょ。動いてこそなかったけど、なんか迷ってたのは何となくわかったよ」

 

「……はぁ」

 

 彼の言葉に伏黒は気付かれてたかと溜め息を吐くと、貴丈と五条に面と向かって告げた。

 

「確かに呪術規定にのっとれば虎杖は処刑対象です」

 

 

「──でも、死なせたくありません」

 

 

 真っ直ぐに、何の裏もなく告げられた言葉に貴丈が「そっか」と微笑むと、五条が伏黒に問いかける。

 

「それは私情?」

 

「私情です。何とかしてください」

 

「ま、悪いやつではなさそうですし。俺も助けられるなら、助けたいです」

 

 五条が珍しく我儘を言う伏黒。そんな後輩に同調する──そして、おそらく五条に助けられた過去の自分と重ねているだろう貴丈の言葉に五条は笑い、びしっ!とサムズアップした。

 

「かわいい生徒の頼みだ、任せなさい」

 

 

 




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