ビルド廻戦   作:EGO

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3.

 貴丈にとって、この数日はまさに激動なものだった。

 やたらと絡んでくる真希達を躱しつつ、物置の改装から備品の準備。

 伊地知にも手伝ってもらいつつ、どうにかこうにか準備を終えたかと思えばすぐに始まった虎杖強化計画。

 座学に始まり、体術の実技。そして安定した呪力を捻出の訓練と称した映画鑑賞。

 こんな事でいいのだろうかと、疑問に思う。

 でもこんな日々もいいなと、呑気な事も思う。

 復習がてらに呪術に関する知識を虎杖に教え、不足や間違いがあればニヤニヤ顔の五条か、教本片手に補佐してくれている伊地知に指摘され、適当に誤魔化しながら訂正する。

 それが終われば虎杖と組み手を行い、呪力の扱いの訓練も並行で。

 

 …………いや、待て、おかしいな。五条先生(らく)しすぎじゃねえ?

 

 忙しいのは理解している。特級術師に加え呪術高専教師だ、生徒でしかない貴丈よりも様々な仕事がある事だろう。

 だが、それにしたって頼りすぎではないだろうか。五条抜きで虎杖、伊地知の三人でいる時間だけが延々と伸びている気さえもする。

 

「こんなんでいいのかなぁ」

 

「え、何が?」

 

 五条が用意した訓練所。残心を取りながら呑気にぼやいた貴丈の言葉に、床に伸びている虎杖が顔をあげながら問いを返す。

 

「虎杖を鍛えておくべきってのは俺も賛成だし、弱いより強いに越した事はないとも思う。でもさ、あれこれ教えるのって五条先生の仕事じゃねえかなぁって、思い始めてよ」

 

 虎杖を立ち上がらせようと手を伸ばしながら、貴丈のぼやきは続く。

 姉妹校交流会までに復帰させるとはいえ、問題はその姉妹校交流会だ。

 相手には間違いなく東堂がいる。東京校に所属し、交流会に参加する面子の中で東堂を抑えられるのは自分だけだろう。

 そうなれば残りの誰かを虎杖にという事になるが、京都校の面々も中々に個性的だ。階級も学生にしては高い。

 彼らに虎杖が喰らいつけるまでに伸ばさねば、この秘密訓練の意味がなくなってしまう。

 これでいいのかと疑問に思う。

 けれどそんな短期間で無理して強くなってもいいものかとも思う。

 乙骨と自分なんかがいい例だ。乙骨は危うく死にかけたし、自分は顔とか腕とか脚とかが焼けた。呪術師でなければ引退間違いなしの満身創痍もいい所だ。

 そんな迷いを抱く貴丈を見上げながら、虎杖は笑った。

 

「いいんじゃね?桐生先輩の教え方、なんかわかりやすいし」

 

 伸ばされた貴丈の手を取り、立ち上がりながら虎杖はそう告げた。

 思いの外嬉しかったのか、照れ臭そうに笑いながら頬を掻いた貴丈は虎杖に背を向け、距離を取った。

 

「それじゃ、もう何本かやっとくか。拳に呪力を流すイメージを完璧にしないと。虎杖、なんか拳と呪力のインパクトがズレてて気持ち悪いんだよな」

 

「五条先生はそれが強みになるって言ってたけど?」

 

 貴丈の指摘に、虎杖は先日五条から贈られた言葉を思い出しながら首を傾げた。

 現代最強の術師にして教師でもある男の言葉は、確かに正しい。

 拳が当たっても呪力がこもってないと油断した瞬間に本命の呪力が叩き込まれる。一人時間差攻撃という貴丈の観点から見れば単純な呪力操作でも、『ゴリラフルボトル』でも再現可能な技は確かに強力だが、それでは黒い火花が微笑んでくれない。呪力の核心に触れる事ができない。

 

「一番いいのはその時間差攻撃──なんて名前つけたんだっけ、けーてーけん?」

 

「『逕庭拳(けいていけん)』!」

 

「そう、その打撃と呪力のインパクトがズレた『逕庭拳』と、打撃にドンピシャで呪力が乗ったパンチを使い分けられりゃ完璧なんだけどな」

 

「先輩はできんの?」

 

「おう、先輩舐めんな」

 

 間合いを広げ、互いに拳を構えながら言葉を交わす二人。

 そのまま同時に床を蹴る音を合図に始まった組み手は熱を帯び、打撃音や拳や蹴りの風切り音も鋭くなっていく。

 

「いや〜、盛り上がっているようでなによりだよ」

 

「と、止めなくてよろしいのでしょうか?」

 

 そんな稽古場の入り口。二人の組み手を面白そうに眺めている五条に、隣で冷や汗を流している伊地知が問いかけた。

 学生同士にしてはハイレベルのそれは五条から見ればいい訓練に見えるが、伊地知から見ればどちらかが怪我をしないのかヒヤヒヤものだ。

 最終手段として家入に頼る手もあるが、ただですら多忙な彼女にさらに仕事を増やしたとなれば、流石に怒られかねない。

 

「別にいいじゃん。貴丈が上手く加減してるから悠仁が怪我するなんて有り得ないし、逆に悠仁の攻撃が貴丈に当たるわけないし」

 

 ニコニコと上機嫌そうに笑いながらそう告げた五条。

 そして二人の目の前では彼の言葉を裏付けるように、攻め続ける虎杖とそれらを捌き、時には反撃さえも挟む貴丈の姿があった。

 虎杖の成長スピードは凄まじい。むしろ呪力操作に関してはど素人でも、体捌きや土壇場の爆発力で貴丈に喰らいつける虎杖の身体能力(フィジカル)はいっそおかしいレベルだ。

 

「あ、二人ともストップ!」

 

「「はいっ!」」

 

 そうして二人の組み手を眺めていた五条は、不意に思い出したように二人に声をかけた。

 ちょうど貴丈が虎杖の拳を受け止めた瞬間だったからか、返事と共に五条の方に顔を向ける二人。

 息切れ一つせず、頰に僅かに汗を流しているその姿は、いい運動をした後のような爽やかさまで感じてしまう。

 

「夜蛾学長に呼ばれててさ、今晩僕いないから、よろしく」

 

 そんな爽やかな青春に横槍を入れてしまった事に詫びつつ、夜の予定を口にする五条。

 貴丈は「了解です」といつも通りに、虎杖は「うっす」と軽い調子で返す。

 元より貴丈と伊地知が教育係の中心になっていたのだ。別に一晩いないくらい問題はない。

 

「その分って訳じゃないけど、今からちょっとだけ付き合ってあげよう」

 

「「マジで!?」」

 

 パキパキとわざとらしく指を鳴らしながら二人に近づいていく五条。

 二人は迎え合わせの状態から肩を並べる体勢へと変わり、拳を構えた。

 

「かかっておいで、教え子達!」

 

「行きます!虎杖も合わせて!」

 

無問題(モーマンタイ)!!」

 

 くいくいと手招きする最強に、二人の生徒が挑みかかる。

 稽古場が壊されないか心配する伊地知の悲鳴は、三人に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 それから、虎杖の訓練はそれなりに順調に進んだ。

 不在の筈の五条に誘拐された挙句、特級呪霊──五条曰く『火山頭』──との戦闘に見学というていで放り込まれたり、伊地知の座学の難易度が上がったり、貴丈との組み手や呪力操作の密度が高まったり。

 それでも必死になって喰らいついてくる彼の姿は、彼に教えている三人にとってはかなりの好印象ではあった。伊地知はその急成長と、たまに無茶をする危なっかしそうに冷や汗を流していたが。

 

「虎杖もそろそろ任務出せるかな〜。俺も着いていけりゃ安心なんだけどな〜」

 

 またまた会議に呼び出された五条に変わり、伊地知が虎杖と一対一(マンツーマン)で面倒を見るということで、本当に久しぶりに校内をぶらつく余裕ができた貴丈は、特に理由もなく散歩を楽しんでいた。

 歩き慣れた廊下も、見慣れた景色も、何故だか久しぶりの光景に思える。

 ここ最近は虎杖を匿う物置周辺で生活が完結していたのだ、アリバイ工作というか真希達への言い訳のために自室に戻る事はあれど、虎杖と夜中まで映画を見ていた事もザラだ。一人きりでいるのも久しぶりに思える。

 

「……学校ってこんなに静かだったんだな」

 

 歩き慣れた廊下、見慣れた景色。けれどそこにある違和感は確かなもので、その正体が『孤独』であることにようやく気付く。

 真希にパシられ、パンダと談笑し、狗巻とふざけあい、乙骨と意味もなくぶらついた校内も、一人で歩き回るには広く、静かだ。

 

「案外寂しがり屋だったのか」

 

 両手をトレンチコート風に改造された制服のポケットに入れながら、小さく息を吐く。

 呪術師となって一年。色々と変わった自分でも、まだ弱いところがあったようだ。

 物憂げに再び溜め息を吐いた貴丈は、不意に気付く。

 

『──!────────ー!!────ー!」

 

『…………ッ。…………!』

 

 曲がり角の向こう、ちょうど自販機が置かれている校庭脇の曲がり廊下の位置から、誰かの話し声が聞こえてきたのだ。

 距離のためか誰かまでは判別できないが、とりあえず二人。片方がテンション高めで、もう片方はテンション低めだが妙に語気が強い。

 

 ──パンダか真希の愚痴を恵が受け流してんのかね?

 

 とりあえず東京校にいそうで、あり得そうな面子を思い浮かべながらひょこりと曲がり角から顔を出す。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは巨躯だった。貴丈よりも頭一つはデカい背中と、頭の後ろで纏められたドレッドヘアーの男だ。

 もう一人は女だった。夏服仕様なのか袖なし(ノースリーブ)の制服からしなやかな曲線を描く腕を覗かせる、深い緑色の髪をした女。

 

「──って、東堂先輩と真依じゃん。何してんすか」

 

 

 

 

 

 呪術高専一年生にして紅一点の釘崎野薔薇にとって、その出会いは偶然だったという他にない。

 虎杖の死を切っ掛けに強くなる事を目標とした伏黒と共に、特訓と称して二年の先輩達にしばき倒される毎日を繰り返していたある日、その時が突然訪れた。

 切っ掛けは些細なこと。休憩がてらに飲み物買ってこいとパシられた事。

 まあすぐ近くだし、先輩達も別に悪感情を抱いていないしで了承したのが、つい先程。

 そして、見覚えのない二人に声をかけられたのが今だ。

 

「なんで東京(こっち)いるんですか、禪院先輩」

 

 伏黒が女の方を『禪院』と呼んだことで、真希と何らかの血縁関係がある事を理解しつつ、警戒するように二人を睨む。

 

「嫌だなぁ、伏黒君。それじゃあ真希と区別がつかないわ。真依って呼んで」

 

「…………」

 

 真依と名乗った女とは対照的に、男の方は一言も喋らない。何かを探すように首を巡らせ、それが見つからないのか舌打ちを漏らしている。

 

「アナタ達が心配で学長に付いてきちゃった。同級生が死んだんでしょう、辛かった?それとも、そうでもなかった?」

 

 こちらを煽るような言葉ではあるが、その表情自体は割と真摯なものだ。

 いや、より正確に言えばその言葉は自分達ではなく、他の誰かに向けられているような気さえもする。

 

 ──なんか、面倒臭そうな女……。

 

 釘崎が真依への第一印象はそれだった。本音を隠しているつもりなのだろうが、隠しきれていない。けれど本人は隠しきれていると思っている、何とも間抜けな感じが滲んでいる。

 

「……何が言いたいんですか?」

 

「別に。ただの興味よ」

 

 伏黒の問いかけにも適当にはぐらかし、やはり何かを隠そうとしている。

 

「真依、どうでもいい話を広がるな。コイツらがどう思っていようが、関係ない。俺が、いいや俺達が知りたいことはただ一つ」

 

 何を隠してやがるとどうにか推理しようとした矢先、ようやく隣の大男が口を開いた。

 くわっと目を開き、伏黒に向けて問いをぶつける。

 

「──俺達の超親友(ブラザー)、桐生貴丈はどこにいる!?」

 

「別に私の超親友(ブラザー)じゃないわ!」

 

「新幹線で超親友(ブラザー)の事を想い、ソワソワしていただろう!」

 

「ソワソワなんかしてないわよ!?」

 

「「…………」」

 

 そして、先程までの剣呑な雰囲気をどこにやったのか、唐突に始まった怒鳴り合いに伏黒と揃って黙り込む。

 桐生貴丈。まだ会ったことはないが名前は聞いている。伏黒からも乙骨なる先輩と並んで尊敬できる先輩の一人として名前が挙がっていた。

 夏油という特級呪詛師を討ち取った、二人の特級呪術師の片割れ。真希やパンダ達からの話を聞く限り、皆から好かれているだろう先輩。

 

「それで伏黒、超親友(ブラザー)はどこにいる!」

 

 多分目の前のコイツからも好かれてんだろうなぁと、僅かな同情を込めて、釘崎は息を吐いた。

 おそらく異常なまでの人誑し。自分は気をつけよと気を引き締める。

 

「それは俺たちが聞きたいんですよ。虎杖が死んでから、あの人全くこっちに顔を出さないんです」

 

「チッ!やはりか……最近メールにも返信がない!!普段なら翌日には返信があったというのに、もう一月も音信不通だ!」

 

「アイツ、また一人で変な責任感じてるんじゃないわよね?」

 

「大丈夫、だとは思います……」

 

 勝手に盛り上がる三人の熱量に、釘崎は強烈な疎外感を味あわされていた。

 桐生貴丈。何というか好かれているを超えていっそ愛されているのではないかと、変に邪推してしまう。

 何より真依の先ほどの言葉は『アンタらはどう思ってもいいけど桐生は大丈夫なの?』という意味だったのだろうか、いや多分そうだ。

 てか、どんだけ心配されたんだ桐生貴丈。案外もやしみたいな男なのか。

 

「むぅ!こうなれば、俺が探し出す!そこを退け、伏黒!」

 

「待ってくださいッ!ここにいる保証もないのに──」

 

 ついに我慢しきれず、ずかずかと大股で歩き出す大男。伏黒はここで暴れられては敵わんと止めようとするが、

 

「──って、東堂先輩と真依じゃん。何してんすか」

 

 不意に大男と真依の背後から投げかけられた言葉に、全員が動きを止めた。

 全員の視線がそちらに向く。曲がり角の向こうからひょこりと顔だけを出していた男は、「お久しぶりです」とシュッと右手で敬礼のような仕草を見せた。

 

超親友(ブラザー)!今までどこで何をしていた!?いくらメールしても返事がないと、心配していたんだぞ!?」

 

 東堂はずかずかと大股で貴丈に歩み寄ると、彼の肩を掴んでがくんがくんと体を前後に揺すられる。

 

「すんません、申し訳なかったですから!揺らさないでくださいよぉ!!」

 

 玩具のように前後に首を揺らしながら謝罪の言葉を吐く貴丈だが、その顔は嬉しそうに綻んでいた。

 

「伏黒、あいつが?」

 

 釘崎は隣で安堵したように息を吐いていた伏黒に問いかけ、彼が首肯すると同時に納得した。

 伏黒から大雑把すぎる説明をされた時に、一つだけ引っ掛かったものがあったのだ。

 

 ──とりあえず、顔見ればわかるぞ。あと、一回見たら忘れられない顔してる。

 

 あの時はビビるほど顔がいいのか、ドン引きする程悪いのかの二択だったのだが、どうやら答えは半々だったらしい。

 顔は割と整っている部類だ。多分モデルと言われても納得する程度には、いい顔をしている。

 けれどそれは右半分に限った話。顔の左半分は火傷の痕に覆われ、肌がぐずぐずになってしまっているのだ。一度見たら忘れない、衝撃的な顔をしているのはそういう事かと納得させられる。

 

「…………ところで、そっちの子は?見ない顔だけど?」

 

 東堂の拘束から逃れ、肩を回して具合を確かめていた貴丈の視線が釘崎に向いた。

 お互いに初対面。けれど無警戒にも程がある顔で問いかけるその姿は、呪術師らしくない。

「真依の後輩?」「違うわよ」と真依から肘鉄を貰う貴丈に、ごほんと咳払いをしてから釘崎は名乗った。

 

「釘崎野薔薇。よろしく」

 

「ああ、五条先生が言ってたな!俺は桐生貴丈、よろしく釘崎さん」

 

 そして告げられた名前に合点がいったのか、なるほどねと呟きながら頷いた貴丈は、すぐさま名乗り返して「後輩増えた〜」と呑気な事を口にしている。

 

「なあ、伏黒。あの人って、ずっとあんな感じなの?」

 

「……頼りになる時はなるんだが、それ以外の時は普通の人だぞ」

 

「大丈夫なの、本当に」

 

 あまりにも呪術師らしくない反応に釘崎が思わず伏黒にそう問いかける。

 呪術師には頭のネジが何本か足りない事が絶対条件なのだが、貴丈からはそんな様子を見受けられない。いたって普通の、顔にデカい傷があるだけの学生にしか見えない。

 

超親友(ブラザー)!高田ちゃんとの個握がある、共に征くぞ!」

 

「……え、今からですか?」

 

「当然!」

 

「……変装すんの面倒くさ」

 

 現に東堂と何やらくだらない話をしているし、あんまり覇気というものも感じない。

 

「ここ離れていいんですか?てか、何用でこっちに?」

 

「楽巌寺学長の付き添いよ。今は霞もいるし、私たちがいてもいなくても変わらないわ」

 

「俺達はオマエに会いにきただけだがな!」

 

「私は、アンタに、無理やり、連れ出されたのよ!!」

 

 貴丈の問いに真依が真剣に答えた直後、放り込まれた東堂のカミングアウトに真依が顔を真っ赤にしながら怒鳴り返し、その様子に思わず貴丈が吹き出す。

 そのまま笑っている事を隠そうともせず、肩を揺らして笑う貴丈に、真依が拳を放つ。

 

「なに笑ってんのよ……!」

 

「いや、無理やりでも会いにきてくれたんだろ?嬉しいよ」

 

 ひらりと彼女の拳を避けた貴丈は、そのままの流れで微笑みと共にそう告げた。

 

「な……っ」

 

 同時に顔を耳まで真っ赤にした真依の動きがピタリと止まり、声さえも出なくなる。

 先程までの威勢はどこにやったのか、頭から煙を吹きながら固まっている。

 

「伏黒、あいつまさか……?」

 

「俺に聞くなよ」

 

 何かを察し、ハッとしながら伏黒に問いかける釘崎だが、肝心の彼からは半目になりながら適当に返される。

 どうでもいい思っているのか、単にそこら辺の機微に疎いのか、多分後者だろうなと決めつけた釘崎は、再びハッとして自販機に目を向けた。

 

「てか、いい加減真希さん達に飲み物持ってかないと。またぶん投げられる」

 

「残念だったな、時間切れだ」

 

 やばいやばいと焦り始めた彼女の耳に届いたのは、無慈悲な死刑宣告だった。

 釘崎と伏黒の肩にポンと手を置かれ、二人の肩がビクリと跳ねる。

 壊れた人形のようにギギギと音を立てながら振り向いた先にいたのは、何故か満面の笑みを浮かべている真希だった。肩に担いだ薙刀の刀身には布が巻かれているが、殴られれば無事では済まない。

 そんな凶器片手に現れた先輩の後ろには「遅すぎだぞ〜」と注意するパンダと「しゃけ!」と彼に同意する狗巻の姿もあった。

 

「何ちんたらしてんだよ。こったらグラウンドまですぐじゃ──」

 

 そしてなんだかんだで心配していた真希がそう言いながら、ようやく二人と話していた相手に目を向けた。

 

「「…………」」

 

 真希と真依。二人の視線が交わり、見つめ合うこと数秒。

 

「顔真っ赤じゃねえか。風邪でも引いてんのか?」

 

「〜〜〜〜!!!」

 

 とりあえずいまだに顔が赤い真依へのツッコミと、声にならない呻き声が最初のやり取りだった。

 これを抜きにして最新のやり取りは、貴丈が京都に遠征に行った時に電話で交わした一言のみ。本当に久しぶりの姉妹の会話は、とりあえず妹弄りから始まった。

 真希は妹の貴重な姿を見られた。真依は姉に情けないところを見られた。

 真希は笑い、真依は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「べ、別にアンタには関係ないでしょ、私が風邪だろうが、怪我しようがっ!」

 

「いや、最近会ってないにしても姉妹だぞ。心配するだろ、普通」

 

「〜〜〜〜!!」

 

 それでも言い返す真依に、真希からの至極真っ当な言葉で黙らされる。

 こいつ、こんな愉快な奴だったか?と首を傾げる真希だが、視線を横に流して東堂に捕まっている貴丈に目を向けた。

 助けてと訴えてくる彼の視線を無視し、「とりあえず元気そうだな」と声をかけた。

 

「そうだぞ、貴丈〜。真希なんかここ一ヶ月オマエに会えてないってふきげ──!」

 

 パンダが何かを言おうとした矢先に真希の拳が振り抜かれ、彼の巨体が宙を舞った。

 

「なにか言ったか、パンダ」

 

「別に、なんでもないです……」

 

 猛烈な殺意を纏いながらゴキリと指を鳴らす真希に見下ろされ、流石のパンダも茶化すのを止めた。頰が潰れ、鼻から綿が溢れ出している。

 隣で便乗しようとしていた狗巻も口を閉じ、とりあえずこっちは元気だぜ!と言わんばかりにサムズアップ。

 

「とにかく、皆も元気そうです何より」

 

 そして相変わらずの同級生の様子に安堵した様子を見せた貴丈は、ぐいっと首根っこを引かれる。

 

「さあ征くぞ、超親友(ブラザー)、真依!我らの高田ちゃんが待っている!!」

 

「おわ〜。そういう訳だから、またな〜」

 

「ちょっと、私は行くなんて一言も──って、待ちなさいよ!」

 

 そのまま東堂に引き摺られる形で退場していく貴丈。

 真依はその後ろに嫌々そうに付いて行くが、不意に立ち止まって真希に目を向ける。

 

「とりあえず貴丈は私たちが預かるわ。じゃあね、真希」

 

 何故か勝ち誇ったようにドヤ顔になりながらそう告げて、今度こそ真依は廊下の向こうへと消えていく。

 

「あー、とりあえず、訓練やるか」

 

「……ですね」

 

「しゃけ」

 

「……なんか、初対面これで良かったのって思うんすけど」

 

 貴丈の無事と、メンタルケアの宛てがある事がわかったからか、パンダの提案で訓練の再開が決まり、釘崎があんまりにもあんまりな初対面に思わず疑問符を浮かべる。

 

「貴丈なんて普段の気を抜いてる時はあんなだ。コーヒー出されるか出されないかくらいの違いだと思うぞ、なあ、真希」

 

 そして普段の貴丈──ただのコーヒー好きな男子高校生──としての姿を知るパンダが念押しし、確認のために真希に目を向けた次の瞬間、顔を真っ青に染めた。

 

「…………」

 

 今の真希の様子を一言で言えば、無表情だった。何を考えているのか、何をしようとしているのか、まるで予想できない顔をしている。

 

「お、おい真希!女子がやっちゃいけない顔してるぞ!?おい、おーい!聞いてる〜!?」

 

 パンダがこちらに引き戻そうと声をかけるが、反応はない。

 ただ次の瞬間、薙刀の長柄にヒビが入る乾いた音が彼らの鼓膜を殴りつけるのだった。

 

 

 

 




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