章名は変わりませんが、真人編開始です。
貴丈の知らない間に様々な確執が生み出された東堂、真依との再会からおよそ一ヶ月。
時折真希達や、彼らが面倒見見ている一年二人組と会う機会こそ増えど、基本虎杖に掛かり切りだった貴丈に新たな仕事が舞い込んできた。
神奈川県川崎市、キネマシネマ。上映終了後に男子高校生三名の変死体が発見されたのだ。
何者かの手により頭部を変形させられ、それによる脳の損傷、あるいは呼吸麻痺が死因とされるそれの実行犯──監視カメラに何も映っていない事から、呪霊であるとされる──の発見、捕縛、あるいは祓除のため、駆り出されたのだ。
犯人と同じく
「そんな事言われても、最近は変形だとかは使ってないんだけどなぁ」
白いトレンチコート風に改造された制服のポケットに手を入れながら、貴丈は溜め息を吐いた。
彼の目の前にあるのは、劇場の椅子に座らされたままの三人の遺体。
頭が原型を留めない程に膨らみ、捩れ、伸ばされているそれは、おおよそ人の死に方と言うには惨すぎる。
貴丈は目を閉じながら両手を合わせ、三人の冥福を祈った。
そして、必ず報いを受けさせると誓う。
目を開くと同時に、三人の背後から出口へと続く呪力の残り滓──残穢の気配を追い、劇場の廊下へと顔を出す。
「それで、虎杖には見えた?残穢は」
「ちょい待って先輩。もうちょいで……!」
そして廊下でしゃがみ、睨みつけるようにして床を見つめている後輩、虎杖にも残穢が見えているかを確認し、まだ見えていなさそうな様子に小さく息を吐いた。
「あ、見えた!なんか、足跡みたいなやつ!」
今度練習しようかと訓練を切り上げ、仕事にかかろうとした間際、虎杖が大きく目を開きながらそう告げる。
それを褒めてやろうと口を開こうとした間際、彼の隣で同じく残穢を観察していた人物──七海が「見えて当然です」とぶった斬った。
「見る前に気配で悟れて一人前ですから」
彼はそう言うと残穢を追って歩き出し、後ろで虎杖が「もっと、こう、褒めて伸ばすとかさぁ……」と七海の言葉に思うことがあるような事を口にするが、それすらも七海は軽く打ち返した。
「褒めも貶しもしませんよ。事実に即し、己を律する。それが私です」
大人としての甲斐性とも言うべきか、あるいは大人の余裕と言うべきか、褒めるでも貶すでもなく、何ができて何ができないのかを淡々と評価するその背中に、貴丈は虎杖を甘やかしすぎたかもなぁと僅かばかりに己の教育方針を反省。
「そう言えば、よく引率なんて面倒な役目引き受けましたね。七海さんのことっすから、断るなり一人で行くなりすると思ったんですけど」
七海の後ろに続きながら、その背中に質問を投げかけた。
この仕事、はっきり言えば貴丈一人で事足りるといえば事足りる。特級呪術師である貴丈が動くとなれば、それはつまり解決が確約されるようなものだからだ。
そこに五条がゴリ押しで──より正確には上層部には内密で──虎杖を参加させ、その引率として七海を呼び出した。
虎杖一人なら別に俺だけでもとも思ったが、やはり信頼できる大人が一人は居て欲しいという五条なりの気遣いなのだろうかと、とりあえずその場では納得はしたのだが。
「子供二人では不安と判断したまでですよ。子供だけで行動し、どちらか片方に不幸があれば、私まで寝覚めが悪くなる」
「む、ガキ扱いかよ……!」
「まあまあ、虎杖。実際俺たち子供な訳だし?」
七海の歯に絹着せぬ物言いに虎杖は流石に不満げな声を漏らすが、それを貴丈が制した。
「大人とは、様々な経験を経てなるものです」
「虎杖はともかく、俺はまだ子供ですか?」
「……ええ。貴方も、私が優先すべき子供の一人です」
経験が人を大人にするのなら、自分は果たして子供のままなのか。
貴丈の疑問に七海は微笑みと共にそう返し、貴丈は「そうですか」と僅かに目を伏せ、七海から顔を背けながら呟いた。
そんな二人のやり取りを後ろから見ていた虎杖は、それなりに距離の近い様子に疑問を口にした。
「二人って、仲良いの?」
「まあ、前に一緒に仕事したし」
「あの時は、あまり助けにはなれませんでしたが」
前の仕事──京都での任務での事を話に出し、貴丈は懐かしむように笑い、七海は眉間を寄せながら眼鏡の下で目を細めた。
貴丈はそう言ってくれているが、あの時の任務で力になれたかと問われれば七海は否と答える。貴丈のケアという意味では、東堂や真依の方が力になれていたとも素直に思う。
だから──という意味ではないが、今回こそはと二人に察せられないように気合いを入れているのだ。
「んじゃ、気張ってこうぜ!」
そんな七海の内心を看破したわけではないが、虎杖は右の拳を左の手のひらにぶつけながらそう告げた。
虎杖にとっても貴丈との初任務だ。気合いが入っているのだろう。
そしてその声に二人が答える間もなく、目的地にたどり着く。
駐車場の屋上。広々としていながら車が一台もない光景は不気味なものだが、一般人の出入りが禁止されている現状では当然の光景ではあった。
そして遮るものがないからこそ、
『おべんとぅ〜、ぉべ、おべんと〜』
四つ足の異形。だがその四肢は五本指であり、右前足には腕時計と思われるものが巻かれている。
虎杖はすぐさま拳を構えるが、七海はそれを手で制してそのまま左の物陰を指差した。
「左にも一体。そちらは桐生君と虎杖君に任せます」
「うっす!それじゃ……先輩?」
七海の指示に虎杖が応じるが、黙りこんでいる貴丈の背中に首を傾げながら声をかけた。
正面と左にいる呪霊と思われる異形を交互に見つめた彼は、懐からラビットフルボトルを取り出し、数度振って呪力を活性化。
そのまま二人が何かを言う前に蓋を開けた。
『《ラビット!》』
もはや聞き慣れた陽気な声が頭の中に響き、赤い呪力が貴丈を包み込む。
そしてとっと軽く地面を蹴る音がしたかと思えば、貴丈の姿が二人の視界から掻き消え、その直後に正面にいた呪霊の首が千切れ飛び、虎杖が「速ッ!?」と声を出すよりも早く左の呪霊の胴が寸断される。
そして、それぞれの断面から噴き出したのは
「な……!?」
「……え、なに?」
それが意味する事実に真っ先にたどり着いた七海が驚愕を露わにし、虎杖が状況に着いていけない中、帰り血一つつける事なく戦闘を終えた貴丈が二人の下に戻ってくる。
「家入さんに連絡をお願いします。これは、俺が対処すべき案件です」
そして有無を言わさない迫力を放ちながら、彼は淡々とした声音でそう告げるのだった。
『人間だよ。いや、元人間と言った方がいいかな』
貴丈が仕留めた異形を呪術高専に送ってから数時間後。七海の携帯に家入からの連絡があり、開口一番に答えが示された。
『映画館の三人と同じだな。呪術で体の形を無理やり変えられてる』
その報告に虎杖は額に汗を流し、七海は眼鏡を押さえながらふーっと深く息を吐いた。
『……桐生はそこにいるか?』
「いますよ、家入さん」
一人俯き、両手を組んで黙り込んでいた貴丈に家入が声をかけ、彼は聞くだけならいつも通りの声色で返事をした。
だがその表情は七海と虎杖でさえも狼狽えるほど冷たく、殺気立っていながらも恐ろしいほどに呪力は凪いでいた。
思考は冷静なままブチギレている──今の貴丈はそう評するしかない状態だった。
そんな彼に、家入が言う。
『コイツらの死因は体を改造されたことによるショック死だ。君が殺したんじゃ──』
「同じ事ですよ。
そして家入の励ましの言葉を遮るように、貴丈が淡々とそう告げた。
既に覚悟を決め、そしてとっくの昔に壊れた少年にとって、『死』は──より正確に言えば『殺害行為』は既に日常の一部として組み込まれてしまっている。
顔を知っている人物だろうが、知らない人物だろうが、既に殺してしまったのだからその死を背負うのは当然のことと決めてしまっている。
そこだけは譲れないのだろう。僅かに赤みを帯びた瞳を細め、ぐっと拳を握る。
「──それでも、これは真っ当な『死』じゃない。犯人が何体だろうが、特級だろうが関係ない。全員
淡々と、けれど絶大な殺意と共にそう告げる。
電話の向こうで家入が溜め息を吐き、七海ももはや何度目かもわからない溜め息を吐く。
こうなった貴丈はもう止まらない。
そして彼と同様に怒りに震える人物がもう一人。
「確かに、これは趣味が悪すぎだろ」
虎杖だ。額に青筋を浮かべながら、顔も知らない犯人を殺さんばかりの迫力を放つ。
やる気に満ちてきた少年二人の姿を見つめながら、七海は断りを入れてから通話を切る。
「あの残穢自体がブラフで、私達はあそこに誘い込まれたのでしょう。相手は相当なやり手です」
七海はそう言うと立ち上がり、ネクタイを締め直しながら二人に言う。
「二人とも、気張っていきましょう」
「応!!」
「了解です」
彼の言葉に虎杖が勢いよく、貴丈がこくりと頷きながら立ち上がった。
とはいえ、当てもなく飛び出すほど血が昇ったわけでもない三人はそのまま伊地知と合流し、情報の精査と整理を行っていた。
ホワイトボードに地図を貼り、伊地知が書類を確認しながらシールを貼っていく。
「ここ最近の失踪者、今回の件を含めた変死者。『窓』による残穢の報告がこちらになります」
「これで犯人のアジトが絞られます。ある程度、ですが」
「あとは怪しい場所をしらみ潰しに……でも急がないと被害が広がる可能性もある」
「じゃあさ、もう片っ端から乗り込んでこうぜ!」
伊地知が地図を示しながら告げた言葉を皮切りに、七海が地図全体を俯瞰し、貴丈は地図のある地点を穴が開くほどに凝視する中、拳を合わせた虎杖がやる気満々といった様子で提案した。
「まだです。『ある程度』と言ったでしょう。私はこのまま調査を続けますので、虎杖君と桐生君は──」
「俺も七海さんと一緒に行きます。虎杖には伊地知さんが着いてください」
「……わかりました。では虎杖君と伊地知君は映画館にいたという少年、吉野順平の調査を。あの三人と同じ高校の同級生だそうです。監視カメラに映っていた立ち振る舞いからして呪詛師でもなさそうですが、念の為に。手順は伊地知君に任せてあります」
「オス!」
七海の指示に虎杖はシャビ!っと勢いよく敬礼しながら応じ、一足先に部屋を出て行ってしまう。
彼の退室を確認した貴丈は七海に目を向け、「すいません、我儘言って」と謝罪を口にしてから言葉を続けた。
「さっきはある程度って言いましたけど、もうどこにいるのかわかってるんでしょう?俺でさえ、もう目星はついてますよ」
「ええ、勿論。犯人はその気になれば残穢さえも残さずに犯行を終えられた筈です。なので、この情報も我々を誘い出す餌でしょう」
「そこに一人で突っ込もうとしたんですか?一応、俺だって五条先生と同じ特級ですよ?」
「それでも、君はまだ子供です」
「子供のままじゃいられないんですよ、俺は」
七海の気遣いに貴丈は語気を強めながら言い返す。
様々なものの積み重ねで人が大人になるというのなら、自分も早く大人にならねばならない。
何を、どこまで積み重ねれば大人になれるのかも定かではないが。
彼の内情を知る七海と伊地知は悲痛なまでの覚悟を見せる彼の姿に何も言えず、同時に何を言っても無意味だろうとある種の諦観を、そして彼を変えられない無力感を感じてしまった。
室内を静寂が包む中、不意に勢いよく扉が開く。
「七海先生!桐生先輩!言い忘れたことあった!」
そう言いながら顔を出した虎杖は、いっそ憎らしい程の笑みを浮かべながら二人に言う。
「気をつけてね」
その一言に貴丈は思わずといった形で笑みをこぼすと、頰を掻きながら言う。
「……あー、虎杖。言い忘れてたかもしれないけど、七海さんは別に教師じゃないぞ」
「うぇ!?マジで!?」
貴丈の指摘に虎杖は驚愕のままに弾かれるように七海に目を向ける。
彼の視線を受けながら、七海は首肯した。
「ええ。なので先生呼びはやめてください」
「じゃあ、ナナミン……?」
「ひっぱたきますよ」
そして訂正を指摘すれば、返ってくるのはまさかのあだ名呼び。
七海が冷静にツッコミを入れる中、貴丈は笑いを堪えるように下唇を噛みながらそっぽを向く。
狙った訳ではないだろう。だが虎杖の登場とその後の言葉で、ほんの僅かに貴丈の表情が柔らかくなったのは事実。
やはり同年代の方が彼も気楽でいいようだと、七海と伊地知は目配せと共に頷いた、
とりあえず、この仕事が終わったら休みを与えよう。交流戦も近いのだし、しばらく学校で級友と交流してもらった方が良さそうだ。
「それじゃ伊地知さん、行こうぜ」
「はい。では、また後ほど」
「お互いいい報告ができるよう、気張っていきましょう」
「おっしゃ、気張っていくぜ……!」
四人は最後にそう言葉を交わすと、虎杖と伊地知は車に乗る為に駐車場へ。
貴丈と七海は──。
「……この年で、学生と二人乗りするとは思いませんでしたよ」
「この方が速いし、小回りも効くでしょう?」
貴丈が運転を勤め、後ろには七海の二人乗りでマシンビルダーに跨り、街に繰り出していく。
目指す先にいるのは鬼か悪魔か。呪術師達は、それぞれの目的地に向けて邁進するのだった。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。