貴丈と七海がたどり着いたのは下水道だった。
暗闇の中から飛び出してくる被害者達──改造人間を蹴散らし、その死を悼みながら、わざとらしく残された残穢を道標に歩みを進める。
壁や天井に血の染みを残し、足元の下水さえも赤く染まる中、ふーっと息を吐いた貴丈が返り血で赤く染まった拳を見つめた。
やっている事はいつも通り。相手の顔も名前もわからない分、むしろ気楽で───。
「何考えてんだよ、俺は……」
そこまで考えて、そんな感情を振り払うように首を振った。
例えどんな人間でも、その『死』を気楽に受け止めて良いわけがない。
『命』の価値観が揺らいでしまっている。その事を自覚した貴丈は拳を握り、視線を前に向けた。
闇の奥から感じられるドス黒い呪力。濃密で、鳥肌が立つ程のそれは並の呪霊の呪力ではない。
「七海さん」
「どうやら、向こうから来たようですね」
七海には一瞥もくれず投げかけた声に、七海は鉈に血払いをくれながら頷いた。
バシャバシャと音をたてながら下水の中を進んできたそれが、ついに姿を見せる。
薄く青みがかった髪に、継ぎ目のようなものが縦横無尽に走る顔。黒いローブのようなものを羽織っているが、気配からして人間ではない。
だがあまりにも人間に近い姿をしていた。纏う呪力を誤魔化す手段があれば、そのまま人間として紛れ込めそうな程だ。
「五条悟が来たらどうしようかと思ったけど、なんだ、
その継ぎ接ぎ呪霊は貴丈に目を向けながらそんな事を口走る。
「先輩……?」
彼の言葉に貴丈は怪訝な顔となり、ビルドドライバーを腰に巻いた。
そのまま無言のままラビット、タンクフルボトルをそれぞれドライバーに装着する。
『《ラビット!タンク!ベストマッチ!!》』
「そう、先輩。だって俺とアンタのやった事って、似たようなものでしょ?」
ニヤリと口を三日月に歪めながら、呪霊は告げた。
「人間を」
真っ直ぐに貴丈を見つめながら、呪霊は嗤った。
生き絶えた改造人間達を見下ろし、血に染まった呪術師達を嘲るその様は邪悪そのもの。
ドライバーのレバーに添えられた貴丈の手が一瞬固まり、ほんの一瞬目が伏せられる。
確かにあの呪霊の言う通りだ。自分の術式は人を
被害は最小限に抑えられてはいるが、被害は出ているのだ。言い返す言葉もない。
だが、誰が喜んであんな事をするものか。誰が嗤いながらあんな事をするものか。
『《──Are You Ready?》』
「変身」
地の底から響くような声と共に、貴丈の体が赤と青の装甲が覆う。
『《鋼のムーンサルト!ラビット・タンク!!イェーイ!!!》』
ベルトから流れる陽気な声が終わると共に、兎と戦車を模した複眼がそれぞれ赤と青の光を放つ。
「へえ、それが例の鎧か。実験にはちょうどいい」
継ぎ接ぎの呪霊はビルドの姿を爪先から頭の天辺までを舐めるように見つめ、ゴキゴキと指を鳴らした。
同時に禍々しいまでの呪力が両手から溢れ出すがーー、
「無視は困ります」
その瞬間、七海の鉈の一撃が呪霊の右腕を切断した。
呪霊の前腕が宙を舞い、ぼちゃんと音を立てて水飛沫も共に下水に沈む。
「あれ、ちょっとガード甘かった?」
人であれば絶叫もののダメージだろう。だが呪霊は痛みを感じた様子もなく右腕を見つめ、小首を傾げた。
七海の術式による破壊であるとは、まだバレてはいないようだ。
だが、いくら人に近くともそこは呪霊。両断された腕の断面が蠢き、再生がーー。
「ぬぅらぁぁああ!!」
始まろうとした瞬間、その顔面をビルドの拳が撃ち抜いた。
汚い悲鳴と共に呪霊は吹き飛び、水切りの石のように下水を跳ね、最後に壁に激突する事で止まる。
「いちいち喧しいんだよ!」
振り抜いた拳を戻したビルドはそう吐き捨て、具合を確かめるように手首を
ガラガラと音を立てて瓦礫を退かし、再び姿を見せた呪霊は鼻血を拭いながら豆鉄砲をくらった鳩のように間の抜けた顔で驚きを露わにしていた。
だが曲がり、凹んだ鼻も一人でに元の形に戻り、見た目は元の姿を取り戻す。
「手応えはあった。後は祓えるまでやれば……」
「話はそう単純ではなさそうです」
拳を握り、身構えるビルドに、七海が呪霊の右腕を睨みながら告げた。
確かに両断した。手応えもあった。だが呪霊は腕ではなく、顔を潰された時により強い反応を示した。
特級の一撃を受けたからと言えばその通りだが、何か別の理由があるのではないか。
相手は未知の呪霊だ。初見殺し的な何かがあっても不思議ではない。
七海の視線に気づいてか、呪霊は前腕を失った右腕を見下ろし、笑った。
「ちょうどいいや。ちょっと聞きたい事があったんだよね」
そう言いながら懐から人の指ほどの大きさの何かを取り出し、指先で弄ぶ。
「魂と肉体はどちらが先にあると思う?」
「あ?」
その問いかけに苛立ちを隠そうともせずにビルドが声を漏らすが、呪霊は手振りを交えながら続ける。
「ほら、あるでしょ。卵が先か鶏が先かみたいな話。ようは肉体に魂が宿るのか、それとも魂に体が肉付けされるのか。先輩なら何かわかるんじゃないの?」
その問いかけに、ビルドは即答できなかった。
ある意味でこの問いかけは
形は変わっても話せる人もいれば、ただ力を振りまくだけの存在になってしまったものもいた。
ならば変異した肉体に引っ張られ、魂が呪霊のそれに変容したと考えられるが……。
「まあ、難しいよね。俺だってあの
呪霊は頬を掻いて苦笑し、右腕を呪術師達に見せつける。
「でも、結論は変わらない。いつだって魂は肉体の先にある。肉体の形は、魂に引っ張られる」
「……っ!」
その言葉に、ビルドは仮面の下で眉を寄せた。
魂の変容が先に起き、肉体がそちらに引っ張られたとなれば、自分の術式は家族の魂を改造し、
そんなビルドの思案を裏付けるように、呪霊の右腕の切断面が蠢き、飛び出した肉塊が失われた前腕部を形作った。
「再生でも、治癒でもない。己の魂の形を強く保っているんだ。俺の術式
呪霊は最低限の術式を開示と共に、先程取り出した小さな何かを両の手のひらで挟み、呪力を込めた。
「───無為転変」
その何かは一気に膨張すると歪な人型へと変わり、意味不明な呻き声と共にふらふらと呪術師達に近づいていく。
「先輩が
「……七海さん」
ようやく話を終えた呪霊を睨みながら、ビルドは七海に声をかける。
一瞥もなく「なんでしょうか」と返す彼に、ビルドは淡々とした声音でもって言う。
「魂がどうだのの話はよくわかんないですけど、少なくとも俺の攻撃は効いてるみたいです」
そう言いながら示すのは、右腕よりも早く元の形を取り戻していた筈の呪霊の鼻。
そこからは遠目からでもわかる程度の鼻血が垂れ、呪霊はそれを誤魔化すように舐めとっている。
あの呪霊が言うには、自分と奴の術師はかなり似た部類に入る。ならば無意識とはいえ『魂への干渉、あるいは破壊』もできているのではないか。
「なるほど。まだ
「了解!」
ならば、いま必要なのは火力ではなく手数。そして速度。
武器による攻撃が無効化される可能性も考慮し、徒手空拳での戦闘とある程度の防御力も確保する。
ビルドはタンクフルボトルを抜き、変わりに赤いフルボトルをベルトにセット。
『《ラビット!バイク!》』
もちろんベストマッチ音声はない。だが把握済みの情報で動揺するほど、もう子供ではない。
「ビルドアップ!」
そして真希から『鎧変わる時にいちいち変身変身うるせえ!』との苦情から変えることになった、形態変化時の掛け声と共にタンクハーフボディがバイクハーフボディに変化。
複眼がバイクのハンドルを模したものへと変わり、ハンドルとブレーキレバーがアンテナとなる。
左腕には盾のように車輪が取り付けられ、左肩には歯車を思わせる装飾が取り付けられた。
見方によっては上半身にマシンビルダーが張り付いたともいえる状態は一見重そうではあるが、その効果はラビットフルボトルに近い速度特化。
ビルドはバイクハーフボディのアンテナを撫で、呪霊に向けて告げた。
「──さあ、実験を始めようか!」
それと同時にアンテナを握り、本物のバイクにそうするようにハンドルを捻った。
下水道に不釣り合いなエンジン音と共に肩の歯車が回転し、ビルドを赤い呪力が覆う。
「やれやれ、実験するのはこっちで──ごほ!?」
そんなビルドを眺めながら肩を竦め、彼のセリフにケチを付けようとした瞬間、その鳩尾にビルドの拳がめり込んだ。
堪らず血を吐き出した呪霊は、遅れて頭部が抉り取られて即死させられた改造人間に目をやり、乾いた笑みをこぼす。
「マジかよ、くそ速えじゃん……!」
そした飛び退く暇さえもなく頭を掴まれたかと思えば顔面に膝蹴りを叩き込まれ、鼻どころか額さえもかち割られ、大量の血が噴き出す。
「やっば……っ!」
顔を血で汚しながら、それでも興奮したように笑う呪霊を睨みつけたビルドは、苛立ちをぶつけるように呪霊の腹を蹴り飛ばす。
再び壁に叩きつけられた呪霊は血を吐き出し、懐から縮小した改造人間を取り出そうとするが、
「無視は困ると言った筈です」
その手を、七海の一撃が砕いた。
思わず舌打ちする呪霊だが、やはり効いた様子もなく警戒するのはビルドばかり。
(やはり、私の攻撃では効果がありませんね)
そしてその反応に七海はビルドの判断が正解であったと確信し、場所を開けるように右へ跳んだ。
瞬間、七海と入れ替わる形で飛び出してきたビルドが踏み込みの勢いのままに拳を放ち、呪霊の顔面を砕こうとするが、それよりも速く呪霊の頭が胴体の中へと引っ込んでいった。
「マジか……ッ!」
放たれた拳はそのまま壁を砕き、めり込んでしまう。
その隙にビルドに抱きついた呪霊は、頭を生やしながらその手を彼の胸に当てる。
「鎧越しでもいけるでしょ。──『無為転変』」
瞬間、発動する呪霊の術式。
魂を撫でられ、こねくり回される不快感に、仮面の下で苦悶の顔を浮かべる貴丈だが、呪霊もまた驚きに目を見開いていた。
黒く塗りつぶされたどこか。いつの間にか呪霊はそこに座り込んでいた。
『こんな呪霊もいやがるのか。くくく、面白いじゃねえか……!」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ。はい出てって出てって」
そんな彼を見下ろすのは、蛇を思わせる複眼をした鎧の異形と一人の少女。
「は?待てよ、お前らは───」
『ま、話をするのは次の機会だな。あるかは知らないが』
そして呪霊が二人に問いかけるよりも早く、異形が軽く挨拶するように片手を挙げ、
『チャオ、継ぎ接ぎ』
その腹を、無造作に蹴りつけるのだった。
「ごぼ!?」
「なんだ!?」
「なに……?」
突如として大量の血を吐いた呪霊の姿にビルドと七海は困惑の声を漏らすが、それも一瞬のこと。
すぐさま気を取り戻した二人の中で、真っ先に動いたのはビルドだった。
胸に触れたままの呪霊の手を掴み、振り下ろした手刀で呪霊の腕を切断。
吐血のダメージから更に腕を切断された呪霊は悲鳴をあげ、その場から逃げようとするが、それよりも早くビルドの拳が腹を打ち抜いた。
下水道に快音を響かせ、呪霊はぐるりと白眼を剥いた。
「決める……!」
一時的な気絶。この呪霊を逃す訳にはいかない、ここで確実に祓う。
ビルドはベルトのレバーを回転させ、呪力を装填。
『《レディー・ゴー!ボルテック・アタック!!》』
ラビットとバイクのフルボトルの力を全開になり、ベルトから呪力と共に溢れ出した赤いエネルギーが全身を駆け抜け、右足に集約していく。
そのまま呪霊の全身を蹴り砕かんと足を振り上げた瞬間、視界にノイズが走った。
ノイズ混じりに見える景色には自分達と呪霊の姿が映り、それが急激に大きくなっていく。
『アハ!』
ほんの一瞬。刹那の逡巡が、
無邪気なまでの笑い声か聞こえ、二人の視線がそちらに向いた瞬間、超大型の電球に手足が生えたような姿の
「〜〜〜!?」
「くそっ!」
視界が白く染め上げられる程の光量にビルドが体を仰け反らせ、それでも放った蹴りが空を切り、壁に叩きつけられる。
凄まじい呪力が込められた蹴りは下水道のみならず、その振動を地上まで届けるが、今のビルドに上の人達を気にする余裕はない。
「惜しかったね。それじゃ、またね〜」
先程までの負傷はなんだったのか、気楽な呪霊の声が遠ざかっていく。
そしてノイズの向こうに見える景色でも呪霊と共に自分達に背を向け、走り出し、ついに視界の共有の範囲から離脱されてしまう。
二人の視界が回復したのもそれとほぼ同時。
「追いかけますよ!」
「言われなくても!」
七海とビルドが揃って追撃せんとした瞬間、呪霊が逃げた方向から下水道を埋め尽くす程の改造人間が群れをなして突撃してくる。
既に改造された彼らを救う手段はない。だが、その数は二十はくだらず、先程の呪霊がどれだけの被害者を生んでいるのかを嫌でも理解させられる。
だが貴丈の覚悟はもう決まっている。何人だろうが、何十人だろうが、殺ってやる。
ビルドはバイクフルボトルをガトリングフルボトルに交換し、ラビットガトリングフォームに
手元に取り出されたホークガトリンガーを改造人間達に向け、引き金を弾いた。
瞬間、吐き出される数十発の呪力弾。それは迫り来る改造人間達を肉片へと変えていき、接近さえも許さない。
十秒足らずの掃射が終われば、後に残るのは壁や天井にこびり着いた肉片や血痕だけだ。
「奴を追いかけねえと。でも、どこに……ッ!」
彼らの遺体に目を向けながら、意識が向かうのは呪霊の行き先について。
それなりのダメージは与えている。今から追撃すれば祓除も可能な筈だ。
「待ってください、桐生くん」
焦りのままに進もうとするビルドを止めた七海は、深く息を吐くと共に告げた。
「
「だったなおさら……!」
「現状、継ぎ接ぎの呪霊には君の攻撃しか効果がない。なのに君に引かれるように
「最悪の場合の話ですが、君が死亡してしまえばあの呪霊へと対抗策がなくなる。ここは一旦退くべきです」
七海は目を細め、現状を貴丈に伝える。
呪霊を祓えるのは貴丈のみ。
「五条さんが遭遇したという新確認の特級二体とも繋がっている可能性もある。私では力不足です」
そして、先日五条を襲撃したという特級とも繋がっている可能性もあるのだ。二人では手に余る。
「……了解です。とりあえず虎杖に合流しましょう」
貴丈は苦虫を噛み潰したような表情で頷き、変身を解いた。
生身に戻った彼は先程殺めた改造人間達の遺体に近づき、手を合わせた。
「仇は必ずとります。どうか、安らかに眠ってください」
「いや〜、参ったな。ここまで相性が悪いとは」
ライトスマッシュに担がれながら、継ぎ接ぎの呪霊は溜息を吐いた。
もっと術式の実験をしたかったのだが、どうやらそう上手くはいかないらしい。
あと、貴丈の中にいた二人は誰だ。後で知ってそうな奴に聞いてみよう。
「ま、次があるか。とりあえず、このままアジトまでよろしく」
ペチペチと電球を叩く呪霊に、
「もっと喋ってくれてもいいのに。不便だね、その体」
『アハ!』
「それは喋ってるって言わないよ」
呪霊の指摘にライトスマッシュは狼狽えるように明かりをつけ、そして少しずつ弱くしていく。
(喋れはしないが、意外とリアクションは豊富なんだよな〜。)
呪霊は頬杖をつきながら、あまりにも呑気なことを思うのだった。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。