貴丈達と虎杖達が合流して数時間。事件が起きた。
虎杖と伊地知が調査を進めていた吉野順平が在学している里桜高校に『帳』が降ろされたのだ。
不運にも七海が下水道の改造人間殲滅の為に離れていたタイミングに起きてしまったそれに対応できるのは、虎杖と貴丈の二人のみ。
「そういう事だからどいてくれ、伊地知さん」
報告を聞いて早々に飛び出そうとした二人の前に立ちはだかった伊地知に、貴丈が語気を強めて告げた。
『帳』が降ろされたタイミングがタイミングだ。例の継ぎ接ぎ呪霊と何かしらの関連が疑われる。あいつをどうにかできるのは、現状貴丈だけだ。
「どきません。私達の仕事は人助けです。そしてその中には君達学生も含まれます。行ってはいけません」
この三人の中で間違いなく最弱だろう男は伊地知だ。
だが、この中で一番大人なのも伊地知なのだ。
彼は大人として、二人を死地に送り出したくはない。学生達が青春を謳歌せず、そのまま屍を晒すなどという最悪な結末にはなって欲しくない。死んで欲しくない。
既に一度虎杖を見殺しにしている彼にとって、それはより一層に引けない矜持となっていた。
二人とて、それを知らないわけではない。自分達が伊地知と同じ立場なら同じことをするし、最悪ぶん殴ってでも止めようとするだろう。それをして来ないのは、彼の優しさということか。
だが今の二人はそれを踏み躙る。呪術師としての使命を果たさねばならない。
「ごめん、伊地知さん」
「俺達はいくよ」
貴丈が先に進み、虎杖がその後ろに続いた。
二人は伊地知の脇を抜け、廊下の奥へと進んでいく。
また止められなかったと俯く伊地知。彼には二人を止める意思はあれど、力がなかった。
貴丈の用意したマシンビルダーに二人で跨り、突き進むこと十数分。二人は里桜高校の前にいた。
貴丈は『帳』に手を突っ込み、不可侵の類ではないことを確認。
「入れそうだ。とりあえず俺はこれを張った奴を探すから、虎杖は生徒達の安全確保を」
「うす」
彼の指示に虎杖は頷き、ふーっと深く息を吐いた。
そして駆け出したのはほぼ同時。二人は同時に『帳』の内側へと侵入し、三つの呪力を感知。
片方は隠そうともしていない強力な呪力。もう一つはそれに隠れるようにして身を潜めているもの。
虎杖はその片方しか感じ取れていないようだが、貴丈から見ればむしろ好都合だった。
「虎杖、任せた」
貴丈の指示に返事代わりの加速で応じた虎杖は、真っ直ぐに体育館の方へと突き進んでいった。
その背を見送った貴丈はラビットフルボトルを取り出し、数度振ってから蓋を開けた。
『《ラビット!》』と陽気な声を置き去りにしながら、紅い呪力を足に纏わせて地を蹴り、跳躍。昇降口から一気に屋上へと跳び、フェンスを飛び越えて屋上の中央に着地。
そのまま腰にビルドドライバーを装着し、貯水タンクの上を睨みつけた。
「また会ったな、継ぎ接ぎ」
「や、先輩。待ってたよ」
『ヒャハ!』
そこにいたのは件の継ぎ接ぎ呪霊とライトスマッシュの
ライトスマッシュの方から妙な呪力を感じつつ、警戒するのは継ぎ接ぎ呪霊の方。
奴が何かを起こしたとなれば、つまりは大量の被害者が出ているということだ。学生の方にも被害が出ていることだろう。
ラビットフルボトルとタンクフルボトルを取り出し、ドライバーに装着する貴丈に向けて、継ぎ接ぎ呪霊が口を開く。
「いつまでも継ぎ接ぎじゃ寂しいし、名乗っておこうか。俺は真人だよ、先輩」
「そうか、生憎お前に名乗る名前はない。
「そう来なくちゃ」
貴丈の挑発に真人が応じ、両手の指を鳴らしながら呪力を纏わせた。
前回の戦いで相手の術式が効かない──何らかの暴発の可能性もあるが──のは承知済み。警戒はすれど、真に警戒すべきは急な変形のほうだろう。
「──変身」
『《鋼のムーンサルト!ラビット!タンク!!イェーイ!!!》』
纏うは紅と青の鎧。いつもの通りにビルドへの変身を遂げた貴丈は、仮面の下で真人を睨みつけた。
瞬間、三つの影が同時に動く。
ライトスマッシュが先行し、その後ろで真人が腕を槍の如く鋭く変形させ、迎え打つ形のビルドが拳を構える。
『ヒャハ!』
ライトスマッシュの嗤い声と共に閃光が放たれ、ビルドの視界を白く塗り潰される。
仮面越しに熱さえも感じる光量だが、ビルドは怯まない。
ライトスマッシュを飛び越える形で追い越した真人がビルドを貫かんと腕を突き出すが、彼はそれを身を捩ることで回避。
槍が床に突き刺さる金属音を合図に、ビルドは拳を放って腕を粉砕。
「あれ?」
支えを失い、落下してきた真人に向けて蹴りを放つが、彼は腕を翼に変化させて上昇することで回避。
『ヒャハハ!』
すかさず割り込んできたライトスマッシュが閃光を放ち、ビルドの視界を潰そうとするが、ビルドはそんなものお構いなしにライトスマッシュを殴り飛ばす。
拳がライトスマッシュにヒビを入れる異音と共に衝撃音が鳴り響き、ライトスマッシュが屋上のフェンスに激突した。
そんな彼の背後に着地した真人が腕を鎌に変形させ、彼の首を刈らんと振り抜く。
ピクリと肩を揺らして反応したビルドが頭の横に腕を立て、鎌の一撃を防御。
ビルドはそのまま鎌を掴み、刃を砕きながら指をめり込ませ、一気に引き寄せる。
ぐん!と凄まじい力で引かれた真人の体が宙を舞い、驚愕に歪んだ顔にビルドの拳が叩きつけられる。
快音と共に吹き飛ぶ真人だが、すぐにビルドが引き寄せ、更に追撃せんとする。
だが人型とはいえ腐っても呪霊である真人にとって、腕とはその形をしているだけの塊でしかない。
つまりは自切。自身の腕を切断し、ついでに切れた腕を鉄球へと変化させる。
瞬間、ビルドの掌の中で硬質な鉄塊が生み出されるが、鎧の防御と握力のゴリ押しで握り潰し、肉片と成り果てたそれを投げ捨てる。
腕を生やしながらビルドを観察する真人は、僅かな違和感に目を細めていた。
普通ならすぐにでも追撃にくるだろうタイミングに何もしてこない。蹲るライトスマッシュの方にも行かず、その場でどっしりと構えるばかり。
(もしかして、目を閉じてる?)
ライトスマッシュの目潰しにも動じず、けれど積極的というわけでもない。仮面の下で目を閉じ、音や呪力を頼りに攻撃しているのではないか。
(試してみるか)
ぺろりと唇を舐めた真人は右腕を鞭のようにしならせ、ビルドの頬をぶっ叩いた。
容易く音速を超えた一撃はビルドの仮面を見事に捉え、スパン!と破裂音にも似た鋭い音をたてるが、彼は怯みもしない。
(単純に威力足りてないな、これ。でも──)
まるで反応しなかったビルドの様子に先程の仮説がある程度はあっていたと笑みを浮かべるが、次の瞬間にはビルドが動き出していた。
紅い残像を残しながら一気に真人に肉薄し、鳩尾に拳を叩き込む。
(目、開けてんじゃねえよ!?)
肉を抉る打撃音と共に真人は血を吐き出すが、動き出したのはライトスマッシュも同じこと。
真人を殴りつけたビルドの背後。音もなく迫っていたライトスマッシュが、彼に掴みかからんとするが、振り向きもせずに放たれた蹴りがライトスマッシュに突き刺さる。
咄嗟に光るライトスマッシュだが、そもそも見ていないビルドにとってはどうでもいい。少し熱さを感じる程度では止まらない。
鳩尾にめり込ませた拳で真人を掴み、そのままライトスマッシュに叩きつけ、二体を一纏めに。
もみくしゃになりながら転がっていく二人を睨み、ドライバーのレバーを掴み、回転させるビルド。
『《レディ・ゴー!ボルテック・フィニッシュ!!》』
ベルトから鳴り響く音声を振り切るように走り出し、十分な助走を付けると跳躍。
空中で丸めた体を翻し、加速と同時に右足を突き出す。
「ちょ、まっ!?」
『ヒャハ!?』
真人のライトスマッシュの素っ頓狂な声が、次の瞬間には悲鳴に変わる。
ビルドの飛び蹴りを叩き込まれた瞬間、呪力が弾け、屋上が音を立てて崩壊する。
「だらぁぁぁああああああああああ!!!」
そんな崩壊音を掻き消す程の怒号が轟き、そのまま校舎を貫通する形で二体を蹴り抜く。
そして一階の床にぶち当たり、その床さえも砕いた瞬間、凄まじい振動が帳を揺らすのだった。
「順平、無事か!?」
「う、うん。なんとか……」
突然起きた校舎の一部の崩壊。それに巻き込まれた虎杖が真っ先に心配したのは、吉野順平だった。
母親を何者かに呪殺され、その犯人──正確には依頼した人物──を同級生の誰かだと決めつけた彼が、この里桜高校の騒動の中心ともいえる人物だった。
だが七海達との別行動中に親睦を深めた虎杖にとって、彼は友人の一人だ。
暴走する友人をどうにか説得し、ようやく手を取り合えたかと思った直後の校舎崩壊。咄嗟に首根っこを掴んで急いで離脱はしたものの、飛んできた破片やガラス片で肌には大小様々な傷がついていた。
「びっくりした。家庭科室が吹っ飛んだのか?」
「なんで家庭科室?」
「いや、ガスとか色々使うじゃん?」
「それは、そうだけど……」
だが多少の負傷などどこ吹く風。虎杖は制服の汚れを叩き落としながら立ち上がり、吉野に手を伸ばす。
虎杖の手を借りて立ち上がる吉野は、改めて校舎に目を向けた。
屋上から走る亀裂であちこちボロボロ。窓ガラスは全て割れているし、このまま放っておいたら全壊することだろう。
まあ、別にこの学校に愛着も何もないのだが。
「でさ、さっきの話なんだけど」
虎杖に声をかけられ、彼の方に向き直る。
先程までの話を簡潔に纏めれば、このまま虎杖達で吉野を呪術高専に連れ帰り、共に母親を呪殺した真犯人を突き止めようということだ。
普通の人生を捨て、血と呪いに塗れた人生に引き込むことに多少なりとも罪悪感は付き纏う。だが、このまま彼を放っておけるほど、虎杖は冷徹にはなれなかった。
「いや、すぐに答えてくれってわけじゃないし、俺が言ったって先生達がオッケーしてくれるかわかんないんだけどさ」
頬を掻き、言葉に迷いながら言う虎杖に、吉野がもう決まりきっていた答えを口にしようとした瞬間、
「虎杖、と誰か知らないけど、巻き込まれなかったか!?」
壊れかけの校舎からビルドが飛び出してくる。
「桐生先輩!」と手を振る虎杖に手を振りかえすビルド。
「先輩?」と首を傾げる吉野を他所に、ビルドが二人に向けて警告する。
「まだ終わってない!どっかにいるぞ!」
その言葉を合図にして、十数匹の大型の鼠が校舎から一斉に飛び出してくる。
『ヒャハ、ハ……!』
それに混ざる形で半ば半壊したライトスマッシュも窓から飛び出してくるが、虎杖がハッとしてその壊れかけた肉体を凝視した。
人でいうところの胸部だろうか。その辺りに何とも見覚えのある指のようなものが埋め込まれ、そこからドス黒い呪力が漏れ出しているのだ。
「なんで指持ってんだよ、あいつ!?」
虎杖が驚愕している間に二人の元にたどり着いたビルドは構えを取り、二人に告げる。
「情けない先輩で悪いけど、ちょっと手伝ってくれ!」
「お、おす!順平は下がってろ、いいな!」
「え、でも……」
二人を守るように構えるビルド。
吉野を守るように構えた虎杖。
そして困惑してばかりの吉野。
三者三様の反応をする中、鼠の群れが集まり、人の形となっていく。
「いや〜、びっくりした。死ぬかと思ったよ」
「真人さん!?」
「や、順平」
人型に戻った真人が友人に挨拶するように手を挙げ、吉野に声をかけた。
吉野もまた驚きを露わにする中、ビルドは構わずに真人を睨みつけながら、吉野に声をかけた。
「あいつとお前がどんな関係なのかは後で聞く。今はどっちに味方するかだけ教えろ」
「ぼ、僕は──」
「順平は味方です!俺の友達です!」
淡々とした声音での問いかけに吉野が答えるよりも早く、虎杖が割って入った。
「な、順平!」と笑顔を向け、吉野もまたぎこちなく笑いながら、けれど確かな意志をこめて頷く。
「そっか。じゃ、よろしく」
ビルドもまた仮面の下で微笑みながら頷き、意識を真人とライトスマッシュに集中。
時折感じた嫌な呪力の正体もわかった。多少の強化はあれど、やれることが少ないライトスマッシュはそこまで脅威というわけでもない。
ライトスマッシュが割れた電球となった体を揺らし、バタバタと
「それじゃ、第二ラウンドだ」
『ヒャハハ!!』
「あの継ぎ接ぎの相手は俺がする!二人はあの電球の方を抑えてくれ!」
「了解!順平、無理すんなよ!」
「わ、わかった」
一対二から、三対二へ。
壊れかけの校舎を背景に、呪霊と呪術師達の戦いが始まろうとしていた。
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