貴丈の妨害もあり虎杖暗殺に失敗した京都校組は、そのまま東堂に任務を一任したという体でその場を離脱。
その場に貴丈もいるが、彼と東堂の親交は厚い。二人が出会い、言葉を交わした時点で無理だろうとは思うが、一応のメンツというものもある。
やれやれと心底どうでもよさそうに溜め息を漏らした真依と、殿よろしく最後尾を走るメカ丸に加茂からの指示が飛ぶ。
「真依とメカ丸は西宮と合流しろ」
広大な森林地帯を移動する呪霊を徒歩で見つけるのはかなりの手間だ。
視界も悪く足場も悪い中、不意打ちも警戒して走り回れなどごめんこうむる。
その点、術式の関係もあり空を飛べる西宮は索敵においての要であり、この勝負の結果は彼女との連携で決まるとも言って過言はない。
何せ東京校には伏黒の玉犬やパンダといった実力もありながら索敵に優れた生徒がおり、何より貴丈もいるのだ。先に見つけねば勝負の土俵にすら上がれない。
貴丈の時間を浪費させたという意味では、暗殺作戦の意味もあったのかもしれないが。
「御意」
「あの人いないと困るしね」
メカ丸と真依は彼の指示に応じ、彼女は吹っ飛ばされただいたいの方向へ向けて走り出す。
直進するのは加茂と三輪の二人だけ。西宮の行動が再会されるまで、その足で呪霊を探すなり東京校の妨害をするなりを考えていたのだが。
瞬間、木の影から放たれた薙刀の一閃が三輪へと放たれ、同時に飛び出した人影が加茂へと殴りかかった。
「「ッ!?」」
咄嗟に刀で受け止める三輪と、呪力を込めた腕でそれを受け止める加茂。
「よう。探したぜ、京都校」
三輪と鍔迫り合いを演じながら獰猛な笑みを浮かべるのは真希だ。
渾身の力で押し込まれる三輪に返答する余裕はないが、真希はそのまま彼女を押して──そしておそらく三輪もそれを承知で加茂と分断する。
「加茂さん」
残された彼と競り合うのは伏黒だ。
呪力を込めた
「アンタら、虎杖を殺すつもりだったでしょ」
断定的な言葉に加茂は「そのとおりだ」と口にするが、直後とぼけるように片眉を上げた。
「──と言ったら?」
「失敗したんですね。ていうか無理でしょ、桐生先輩もいるのに」
加茂からのどこか小馬鹿にしたような言葉に、当然の事実のように返す伏黒。
実際問題として宿儺の器としての虎杖を危険視し、殺すべきという意見が大半なのは知ってはいるし、なんならそれ絡みと思える事件にすら巻き込まれたのも事実ではある。
だが、よりにもよって今実行するのかと疑問には思う。虎杖だけをどうにか殺すなら可能性があるが、『貴丈と五条が近くにいる』状態でやるのはまず不可能だ。伊達に特級ではない。
伏黒の言葉に加茂は図星だと言わんばかりに薄笑いを浮かべ、それでも「やる理由がない」もしらばっくれる。
「理由ならあるでしょ。御三家ならいくらでも」
伏黒はそう言いながら加茂を押し飛ばし、間合いが開くと共に両者構える。
禪院家と加茂家。相伝の術式を持つ者同士の戦いが、始まろうとしていた。
伏黒と加茂の睨み合いが続いているのとほぼ同時刻。
真希に三輪もまた睨み合いの様相となっていた。
「それにしたって、貴丈もいるのに虎杖仕留めに行くとか、なかなか根性あるじゃねぇか」
真希は煽り半分で京都校の蛮勇を褒めるが、三輪に関してはわかってましたよそんなことと言いたげに半眼になっていた。
同時にああなって良かったと安堵しているのも事実。任務とはいえ、誰かを殺すことに抵抗がないほど、彼女の中の倫理観は壊れきっていない。
「……虎杖君のことはごめんなさい。言い訳にはなりますが、私は皆とは違う」
術師になる覚悟も、背負うものも、何もかもが違うと自覚がありながら、それでもなお術師にしがみつくと決めた少女は、彼女なりの覚悟を真希に示す。
「謝りはしますが、交流会の『勝ち』を譲るつもりはありません。ここで活躍すれば昇級のチャンスも巡ってくる。私は早く自立して、たくさんお金を稼がないといけないんです」
術師の昇級は、基本的には推薦制となっている。
だが教師が面倒を見ている生徒の推薦はできない。それは五条や歌姫であっても例外ではなく、生徒達が学生のうちに昇級したければ、それ以外の術師からの推薦は必須だ。
こういった場で活躍し、その名を売れば
三輪はそれに賭けたいと語り、同じようにこの場を昇級のための踏み台にすると決めていた真希は「へぇ」と興味深そうに目を細めた。
彼女も自分のような何かがあるのかも、気の弱そうな見た目に対して覚悟が決まっていると評価を改める。
「言わなくてもいいが、理由は?」
「貧乏です!弟も二人!」
そしてその背景を知ろうとした瞬間、そんな好奇心はばっさりと切り捨てられた。
なんて事はない。ただ家族の未来のために地獄の中で踏ん張っているというだけの話だ。
(そういう意味じゃ、私も同じか……)
真希は小さく息を吐く。
禪院家当主になるため。そして禪院家の爪弾き者である自分や、何より真依の居場所を作るため、真希も頑張っているのだ。
お互いにこの場に賭ける思いは同じ。ならばやる事は一つ。
だが、その前に。
「オマエ大丈夫か?真依と上手くやれてるか?」
善い奴がすぎるぞとちょっと術師にしてはまとも過ぎると彼女を心配する真希に、三輪は「え……」と困惑しながらも「大丈夫です。多分」と尻すぼみになりながら頷いて見せた。
「ならいい。それじゃ、やるか。手加減はしねぇよ?」
「問題ないです!そういうつもりで言ったわけではないので!」
両者共に家族のため。呪いではなく武器を構え、同時に動き出した。
呪霊探索と真希達との合流を目指して動き出した貴丈。
右手に握るラビットフルボトルの恩恵を受け、紅の疾風となって森の中を駆け抜ける中、盛大な溜め息を漏らす。
「合流したらなんて説明するかな……。馬鹿正直に言ったら怒られるだろうし……」
そんな中でも考えるのはやはりと言うべきか真希達への説明に関してだ。
あの場で起きたことを馬鹿正直に言えば『なんで連れて行かなかった』と怒られ、噓の情報を吐けば十中八九見抜かれるだろう。真希の勘の鋭さをなめてはいけない。
「あとであれこれ言われるくらいなら、恵の援護を期待して白状するか。あ~あ~、最悪だ」
真希への言い訳など諦め、伏黒が味方してくれる可能性に賭けることにした貴丈。
実際には二人とも虎杖と貴丈の援護のため動いているため、盛大にすれ違いを起こして合流どころではないことを彼らは知らない。
あいつらどこ行った〜と森を走る貴丈と、貴丈のやつどこだ!?と森を駆け抜ける真希と虎杖も探してください!と彼女を追いかける伏黒。
三人はいつの間にかすれ違い、出会うことなく森の中を進んでいく。
「あいつら、どこ行った?」
それに気づいたのは貴丈が僅かに早かった。
既に合流できてもおかしくない程度には走った。合流できないにしても、伏黒の玉犬が見つけてくれる程度には近づいたはずだ。
なのに彼らを見つけられず、見つけてもらえる気配もない。
「走る方向間違えたか?」
手頃な木に手を着き、顎に手をやって頭を捻る。
面倒だし電話するかと懐を探った瞬間、がさりと葉の揺れる音がした。それも頭上から。
呪霊かと警戒しながら見上げた先にいたのは、樹上で丸くなっていた西宮だった。
彼女と目があい、二人揃って「「あ……」」と声を漏らす。
太い枝に座り、幹に背を預けて丸くなる様はさながら怪物に怯える幼子のよう。
それだとそれを見上げる自分は悪魔の怪物かと苦笑が漏れる。
西宮の術式が何かは知らないが、空を飛べるというのはこの競技において絶対的な
それを崩すという意味でも彼女はここで脱落させた方が後のためか。
「あんたには悪いが……」
貴丈は少々意地の悪い笑みを浮かべながら、四コマ忍法刀を構えた。
「ここで倒れてもらうぞ」
「最悪っ!」
そのまま木を斬ろうと振りかぶり、やる気満々の彼の姿に西宮は悪態を吐いた。
ただですら先程ぶった斬られるかと思ったのに、どうにか防いで吹っ飛ばされた先でまたそいつと出会う。なんたる不運か。
「ちゃんと受け身とれよ!」
一応の警告と共に刀を一閃。
一切の抵抗なく大木の幹を寸断し、蹴りを入れれば音を立てて倒れていく。
枝葉が絡み合い、やがて千切れる音を轟かせながら大木が倒れ、砂塵が舞い上がる。
振動と衝撃に僅かに目を眇める貴丈だが、「落ちてきてねぇ」と再び上を見上げた。
そこには箒に乗り、こちらを見下ろしてくる西宮の姿があった。
彼女の術式は『
「さっきも思ったが、便利な術式だよな」
「あんたには言われたくないんだけど」
貴丈からの賞賛に、けれど西宮は機嫌を悪くする。
確かに何かと便利な術式ではあるが、貴丈の口から言われても全く嬉しくない。
事実貴丈の術式の方が多芸で、応用力にも富んでいる。
誰が空を飛べる術式と分身する術式を同時に扱える。フルボトルとかいう呪具ありきとはいえ、同時に使うんじゃねぇよと愚痴が吐きたくなる。
正確にはフルボトルと四コマ忍法刀の併用によるものであり、フルボトルの同時使用ではないのだが、西宮にはそんな区別ができるわけもない。
「折角だしやるか」
貴丈がベルトを巻く。フルボトルを取り出し、バックルに嵌めようとした瞬間、視界の端がキラリと光った。
貴丈がそちらに意識を向けたその刹那、放たれた光線が彼へと迫る。
「おっと」
だがそれも四コマ忍法刀で容易く弾き、森の奥で爆発が起こった。
誰も巻き込まれてねぇよなと冷や汗を流す彼の前に、それは現れた。
「無事カ、西宮」
呪術高専京都校所属、準一級術師──
東堂や加茂の影に隠れがちだが、それでも準一級として肩を並べる京都校生徒における頼れる戦力の一人。
「無事だけど、どうやって逃げようか考えたところ」
頼れる戦力の登場ではあるが、西宮の表情は変わらない。
余程の相手でなければこのままメカ丸に任せておけばいいのだが、生憎と目の前の男は埒外の怪物。
「ここは任せロ。お前は目標の呪霊を探セ」
それでもこの場を受け持つとメカ丸は告げ、右腕を伸ばした。
右腕の装甲が開き、鎌状の刃が数本飛び出してくる。
「──
静かに告げられた言葉とその変形機構に貴丈は目を輝せていた。
男の子はああいうのが好きなのだと言わんばかりにキラキラと目を輝せ、それを見下ろす西宮はよくわからんと言わんばかりに鼻を鳴らし、飛んでいってしまう。
「ああ、こら」と追いかけようとした間際、それを阻止するように「
同時に右肘からジェット噴射。暴力的なまでの推進力を味方に貴丈に接近し、右腕を突き出して刃を放つ。
貴丈は後ろに跳躍してそれを避け、四コマ忍法刀のトリガーを一度引いた。
『《分身の術!》』
貴丈は空中で二人に分身しながら着地し、一人は西宮を追いかけて樹上へと駆け上がり、一人はメカ丸へと斬りかかる。
「逃げんなよ、折角の交流会だぜ?」
「やるか、ロボット!」
二人の貴丈は好戦的な笑みを浮かべ、京都校の二人は表情を顰める。
一人を囮に逃げることさえも許さず、斥候の追跡と増援の足止めを同時に行う理不尽。
それが特級。これが特級。突きつけられる理不尽に、二人は立ち向かうという選択肢以外を与えられなかった。
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