ビルド廻戦   作:EGO

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5.

「……知ってる天井だ」

 

 目を覚ました貴丈は、ぼんやりと自室の天井を見つめながらそんな事を呟いた。

 被せられた毛布を退かして起き上がり、腕や足、服の下にも巻かれた包帯を見つめて目を細める。

 異形となった弟を倒し、撤収しようとしたところで倒れたのは覚えている。

 その後、恥ずかしながら真希に担がれた所も曖昧ではあるが覚えてはいるが、果たしてそのから何があったのか。

 見た限り治療を受けて、部屋まで運ばれたというのは確かなようだが。

 

「今度は何日寝てたんだ……?」

 

 ポリポリと額を掻きながら呟いた彼は、枕元に置かれたリモコンを手に取り、五条が持ってきたきり自分の所有物となっているテレビの電源を入れた。

 何かしら情報がないかとチャンネルを変えていき、いくつか変えた頃、

 

『──月──日。お昼のニュースです』

 

 タイミングよく流れ始めたニュース番組で止め、怪訝そうに眉を寄せる。

 今しがた言われた日付は、自分が任務に出てから三日も経っていることになっているのだから当然だ。

 休日なのが幸いではあるが、三日も寝込んでいたのは事実。

「最悪だ……」と呟いた貴丈は再びベッドに寝転び、流れるニュースを流し聞く。

 やれ俳優が結婚しただの、逆に不倫しただの、今の政治はどうだの、昨日起きた事件の進展だの、普段であれば多少は耳を傾けるものも、今の彼にとっては縁遠い。

 呪術を知り、呪霊という存在を知り、実際に命懸けで戦ったからなのか、そちら側の情報が至極どうでもよく思えてしまう。

 前なら多少は同情したり、愚痴を吐いたりしたかもしれないが、最近はそんな精神的に余裕はなく、今は肉体的にも余裕はない。

 

「……」

 

 ボケッと天井の染みを数えながらニュースを聞き流し、深々と溜め息を吐く。

 目を覚ましたことを五条辺りに連絡すべきなのだろうがと思いつつ、それをする気力もない。

 目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしながら考えるのは、やはり先日祓った(殺した)弟のこと。

 

 ──あれで一人目。まだ一人目だ。

 

 五条の話では、あの日に何人かは祓った(殺した)という話だが、それでもまだ数多くいる筈だ。

 あと何人かまでかは知らないが、確実に一歩目は踏み出した。

 

 ──なら、あとは歩き続けるだけだよな。

 

 一歩目を踏み出せたのなら、それを繰り返せば前には進むのだ。

 行き着く先が地獄だとしても、この歩みを止めるわけにはいかない。

 武器も手に入れた、力の使い方も少しだが理解した。あとは上手く使いこなさなければ……。

 

「……寝てる場合じゃねぇな」

 

 そうと決まればと身体を起こした彼はベッドから降り、素足のまま床を踏みしめる。

 欠伸を噛み殺しながら身体を伸ばし、パキパキと音をたてて背骨が伸びる感覚が心地よい。

 

「っし。あとは」

 

 彼はそのまま固まった筋肉を解すように軽くストレッチを始め、「あ~」や「う~」と低い呻き声が口から漏れる。

 僅かな痛みを伴ったそれは、まだ眠気が残る頭に対しての気付けには丁度よい。

 それも一通り終わるとパン!と鋭い音をたてて頬を叩き、その場にしゃがみこむ。

 影に手を触れればそこから煙が溢れだし、その煙の中に手を突っ込んだ。

 本来なら床に触れる筈の腕は、肘の辺りまで煙の中に入り込み、指先が何かに触れる。

 それを掴んで引っ張り出せば、出てきたのはデフォルメされた兎を模した紋様が刻まれた小さなボトル。

 先の戦闘でもお世話になったラビットフルボトルを振りながら、机に置かれた制服に目を向ける。

 丁寧に畳まれたそれは、修繕ものなのか、新調されたものなのか、どちらなのかはわからないが、どちらにせよないよりはましだと言うもの。

 手早くその袖に手を通し、靴を履く。

 数度爪先で床を叩いて具合を確かめると、付けっぱなしになっていたテレビを消そうとリモコンを手に取り、さっさと電源を切る。

 それと同時にラビットフルボトルを振る手を止め、蓋を開けた。

 

『《ラビット!》』

 

 耳ではなく、頭の中に直接響く陽気な音声。

 ボトルから溢れた赤い光が貴丈の身体を包み込み、途端に身体が軽くなる。

 その場で軽く数度跳び、頭が天井に当たるほどの高さまで跳べたことを確認すればすぐに着地。

 術式──と呼んでいいかはわからないが──の具合もいいことを確認すれば、すぐに蓋を閉めて能力上昇を解除。

 とりあえず、五条かその他の先生に挨拶でもとドアノブに手をかけた瞬間、ひとりでにノブが回り、勢いよく扉が開いた。

 ノブを掴んでいたことが災いして身体を前に引っ張られた貴丈は「うお?!」と声を漏らす。

 普段なら踏ん張ることも出来ただろうが、三日ほど寝込んでいた身体には少々辛いようで、反射的に出掛けた右足も床に引っ掛かる。

 ぎょっと目を見開いた彼はそのまま身体を傾け、衝撃に備えて身体を強張らせるが、ぼふんと何か柔らかい物に顔を埋める結果となった。

 

「……?」

 

 全体重を掛けてぶつかったと言っても良かったが、その何かは一切ぶれずに受け止めた辺り、さながら壁のようではある。

 だがこの柔らかさは何だと眉を寄せた貴丈は、ゆっくりと顔をあげた。

 そして、目を見開いたまま顔を青くした。

 

「……」

 

 無言で見下ろしてくる、さながら養豚場の豚を見るような冷たい視線。

 いつもと違い眼鏡をかけていないが、その分直に感じる視線の鋭さは相当なもの。

 見下ろされる位置からして、顔を埋めた柔らかなものはどうやら彼女の胸だったらしい。

 休日だからか制服ではなく私服姿なのだが、それはどうでもいいだろう。

 固まる彼を他所に、見舞いでもと彼の部屋を訪れた真希は、自分の胸に顔を埋めて真っ青になっている彼の表情をじっと睨みながら、ゆっくりと拳を振り上げる。

 そして、貴丈は変えようのない事実を理解した。

 

 ──俺、死んだ。

 

「あの、ごめ──」

 

 直後彼の謝罪の言葉を掻き消す凄まじい快音が、呪術高専男子寮に響き渡った。

 

 

 

 

 

「で、申し開きはあるか」

 

 どかりと彼のベッドに腰を下ろした真希は、床に正座している貴丈を睨みながらそう問いかけた。

 頭に大きなたん瘤を作った彼は言い訳をするつもりもないのか、「ナニモナイデス」と片言で言うと、怒られた子供のように項垂れる。

 確かに自分が悪い。悪いのだが、病み上がりというか、仮にも重症だった自分に、思いっきり拳骨をかましてくるとはいかがなものか。

 

「──とか、思ってそうだな」

 

「っ!?いや、全く、全然?」

 

 何ともなしに思ったことを読まれた貴丈はぎょっと目を見開き、狼狽えながらもどうにか誤魔化そうとするが、彼女には無意味だ。

 さながら犯人を追い詰める検察官のような、むしろ状況からして勝ちを確信しているからか、余計にたちの悪い視線を彼に向ける。

 が、どんどんと萎縮していく彼の姿に、流石にやりすぎと思ったのか、真希は「まあいい」と告げて「足崩せ」と指示。

「本当、申し訳ない」と改めて彼女に謝罪した彼は痺れる足をゆっくりと崩し、そのまま床の上にあぐらをかいた。

 そして訪れるのは、痛いほどの静寂だ。

 片や見舞いに来たのに胸にダイブされた被害者。

 片や同級生の、しかも女性の胸にダイブした加害者。

 流れる空気が険悪になるのは、当然のことだ。

 何か話題はと思考をフル回転させた貴丈は、じっと彼女の顔を見つめ、「そう言えば」と前置きしてから彼女に問うた。

 

「今さらだが、眼鏡はどうしたんだ?」

 

「あ?ああ、あれか」

 

 彼の問いを受けた真希は、ないとわかっていながら眼鏡の位置を直すように鼻を撫でると、「今は必要ねぇからな」と肩を竦めた。

 だが、その一言は貴丈に更なる疑問を植え付ける。

 初対面の時も思ったことだが、あの眼鏡はなんなのか。

 呪術師として先輩であり、呪霊とのインファイトを繰り広げる真希が、明らかに邪魔になるものを身につける理由がわからない。

 

「前から気になってたんだが」

 

 そして幸いにも今は二人きりだ。

 授業がある日だと聞くタイミングも限られているだろくし、答えたくないと言われても自分と彼女の空気が多少悪くなるだけ。

 変なところで思い切りがいい貴丈は、「あの眼鏡、なんなんだ?」と単刀直入に問いかけた。

 その問いに真希は何かを思慮するように僅かに目を背け、深々と溜め息を吐いた。

 

「言いたくないなら、別に無理に聞かねぇけど」

 

 そして貴丈が一応の気遣いとしてそう言うが、真希は「いや」と返して心底面倒臭そうに説明を始める。

 

「ウチ──禪院家は、御三家(ごさんけ)って呼ばれるエリート呪術師の家系なんだよ」

 

「ご、御三家……?」

 

 だがその話の腰を折る形で貴丈が挙手し、恐る恐ると言った様子で彼女に問うた。 

 呪術業界に首を突っ込んで一週間足らず。

 彼らにとっての常識も、彼にとっては未知の言語を聞かされているよう。

「そこからか」とじと目で彼を睨んだ真希は再び溜め息を吐き、「しゃーねーな」と悪態混じりに言う。

 

「禪院。加茂(かも)。五条。この三つだ。この業界でその名字の奴がいたら、まあ気を付けろ」

 

 難癖付けられても面倒くせーからなと言う辺り、彼女自身何があったのか、それとも何かあるのか、それは定かではない。

 だが実際問題、長い歴史を持つその御三家の価値観というものは酷く歪だ。

 御三家に産まれたからには、呪術師となるのが当たり前。

 術式を持たなければ、例え当主の子息であろうと侮蔑の対象とされ、術式を持っていれば愛人の子供であろうと優遇される。

 長きに渡る伝統や血筋を重んじるばかりで、人として失ってはならないものを無くした、人以前に呪術師であることを重要視する一族たち。

 関わらぬが吉ではあるが、それなりに狭い呪術師の界隈において、膨大な人脈と権力を誇る彼らとは、接触しないほうが難しい。

 それが御三家なのだが、物事には必ず例外というものがある。

 

「五条。……ってことは、先生って意外といい身分なのか?」

 

「悟のことか?あいつ、五条家の当主だぞ」

 

「……」

 

 その例外について貴丈が疑問を呟くと、真希が平然とした口調で答えた。

 彼女が五条を呼び捨てにした事は気になるが、お互いに件の御三家出身という都合上、生徒と教師の関係になる以前から顔見知りだった可能性もある。

 あるいは、単純に相手を呼び捨てするのが真希の癖なのか。

 そんな思考を頭の片隅で終えた貴丈は、あの自由人である五条が、御三家の一つの出身にしてその当主であるという事実にゆっくりと眉を寄せ、天井を仰いだ。

 どこか同情するような、知りたくはなかったことを知ったかのような、少なくともよい表情ではあるまい。

「言いたいことはわかる」と真希が言うと、貴丈は「五条家の人たち、大丈夫なのか?」と本音を漏らした。

 あの自由という言葉を体現する男が当主など、自分が五条家の人間なら胃に穴が開く。間違いない。

 貴丈は無言で五条家の人たちの冥福を祈りながら、「真希は禪院家出身なんだよな?」と話を本題へと戻した。

 

「ああ。それで貴丈、呪術師に必要な最低限の素質って分かるか」

 

「……呪術師になって一週間の男がわかると思うか?」

 

 彼女の問いに貴丈は心底真面目な面持ちで問い返すと、彼女は「まあ、そうだよな」と目を細めた。

 もっと言えば三日も寝ていた為、体感的には呪術師になって一週間も経っていないのだが、それを気にする二人ではない。

 

「『呪いが見えること』だ。一般人でも死に際とかなら見えるらしいが、私はあの眼鏡がねぇと呪いが見えねぇ」

 

「呪いが見えること……。言われてみればそうだな」

 

 彼女の言葉に五条なるほどと頷く貴丈は、見える自分はまだ幸運なのかと思うが、この状況に至る経緯を思い出して決して幸運ではないと判断する。

 

「で、お前に貸したあれを含めて、私の呪具は呪力が込められているもんだ。だから、呪術だの術式だのは聞くな」

 

「わかった」

 

「まあ、おかげで家出られたけどな!飯は不味ぃし、部屋は狭ぇし、知らねぇオッサンがうろついてっし、あと知っててもムカつく連中ばっかだったし、もう最悪だったわ!」

 

 そして鬱憤が溜まりに溜まっていたのか、様々な愚痴が彼女の口から飛び出した。

 狼狽えながらも「お、おう……」と応じた貴丈は、けれど疑問は尽きずに更に口が動く。

 

「なら、その禪院家とか、御三家に関わらないで生きることも出来たんじゃねぇのか?」

 

 貴丈の疑問はまさにそれだった。

 眼鏡なしでは呪霊が見えず、呪具がなければ祓うことも出来ないハンデは、呪術師にとっては致命的。

 そんなものを背負いながら、文字通り命懸けの戦いに身を投じるなど、言い方が悪いが正気の沙汰ではあるまい。

 まあ呪術師にまともな感性をした人間が何人いるかという話にもなるが、それはそれ、これはこれだ。

 彼の言葉に真希は不敵に笑いながら、自信たっぷりな声音で告げる。

 

「確かにそうかもしれねぇけど、私は性格悪ぃかんな。一級術師になって出戻りゃ、家の連中に吠え面かかせられんだろ」

 

 そこまで言い切った彼女は一本指を立て、本当の目的を口にした。

 

「──そんで、内側から禪院家ぶっ壊してやる」

 

 その笑顔と、ある意味彼女の夢とも言えるそれは、今の貴丈にとっては眩しいものだ。

 夢もなく、あるのは地獄への片道切符。

 

「……すごいな、お前は」

 

 そしてこぼれた言葉は、隠す気もない本心からだ。

 未来はあれど限られていて、その道は家族の血によって彩られる自分とは違う。

 困難は多いだろうが、確かな何かを残せる未来。

 真希は「んだよ」と彼の言葉に気味悪がるが、彼がほんの僅かに笑みを浮かべていることに気付き、目を瞬かせた。

 驚いたり、悲しんだりしている彼は見たが、こうして笑っている姿を見るのは初めてだ。

 もっともまだ二日ほどしか顔を合わせていないが。

 

「俺もお前みたいに、真っ直ぐ生きられりゃ良かったのに……」

 

「私みたいに……?」

 

「ああ。強くて、真っ直ぐで、自分の決めたことを貫き通せる奴に、なれりゃよかった」

 

「……っ」

 

 彼の言葉に真希は何か思うことがあったのか、言葉を詰まらせた。

 禪院家は御三家の中でも、異常なほどに術式へと拘りが強い。

 

 ──禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず。

 

 そんな言葉がいつからか語られ、今でも遵守されていると言えば、それを痛感させられるだろう。

 そんな禪院家で、呪いが見えず、術式も持たない女児が産まれたとなれば、侮蔑の度合いも段違いであっただろう。

 失敗の手本として後ろ指を指されていたとしても、何ら不思議ではない。

 だからと言うわけではないが、面と向かって「すごい」だの「お前みたいになりたい」などと言われるのは慣れていない。

 その照れを隠すように僅かに顔を顔を背けるが、すぐにいつも通りの表情と声音を取り戻して告げた。

 

「なれりゃよかったじゃねぇだろ。今からでもやれ」

 

「今からでもって言ってもな」と困り顔を浮かべる貴丈に、真希は「簡単だろ」と返してベッドから降り、床であぐらをかく彼に視線を合わせる。

 

「変わればいいんだよ。歯ぁ食い縛って、舐めんなって唾吐いて、大っ嫌いな自分から、変わればいい」

 

「……」

 

 彼女の言葉は、いつかに五条に言われたものと重なる。

 ただあの時と違い、妙に響いてくるのは心境の変化のせいか、あるいは単に友人からの言葉だからか。

「そうだな」と肩を竦めた貴丈は、ふと五条の言葉も思い出し、「なら」と呟いて彼女に告げた。

 

「お前の夢に協力させてくれ。俺に夢はない。けどな、誰かの夢を守ることはできる」

 

「……なんで、お前に、助けられなきゃいけねぇんだ。一人でやるから意味があんだろうが馬鹿」

 

「誰が馬鹿だ……っ!」

 

 格好つけたかった訳ではないが、どうにか絞り出した言葉をバッサリ切られた貴丈は、溢れた怒気を抑えながら言い返す。

 

「ここにお前と私以外誰がいんだよ」

 

 対する真希は彼を煽るように笑いながらそう問うと、がたりと部屋の扉が揺れた。

「「ん……?」」と声を合わせてそちらに視線を向けた二人が見たのは、僅かに開いた扉の隙間からこちらを覗いてくる二対の瞳。

 ガラス球のような黒い瞳と、澄んだ紫色をした瞳。

 扉向こうの二人は何やら楽しそうにニヤニヤと笑っていたようだが、真希と貴丈に気付かれたとわかるや「やべ、逃げるぞ!」、「しゃけ!」と話してその場から立ち去ろうとした。

 その直後に真希は動いた。

 なぜ動いたのか、またあいつらかといつものように笑い飛ばさなかったのか、その理由は彼女自身も知る由もない。

 だが今の彼女はとりあえずさっきの笑い顔がムカついたからと理由を後付けし、手加減するつもりはないらしい。

 扉を豪快に蹴り抜き、逃げようとしていた一人を扉ごと蹴り飛ばす。

 

「ふぉ!?」

 

 蹴られた勢いのまま宙を舞ったパンダは天井、床の順に叩きつけられてダウン。

 逃げ遅れた狗巻は、誤解だと言わんばかりに「おかか!おかか!」と身ぶり手振りを交えて真希を説得しようとするが、

 

「ふん!」

 

「──っ!?」

 

 それを無視する形で、拳骨が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

「それで、どういう状況?」

 

 任務から戻り、昏睡状態だった教え子の様子を見に来た五条は、眼前に広がる光景に困惑の表情を浮かべていた。

 頭が凹み、床に這いつくばっているパンダ。

 頭に大きなたん瘤をつくり、今にも泣き出しそうになっている狗巻。

 不機嫌オーラ全開の真希。

 そしていつの間にやら目を覚まし、真希に伸されたであろう二人のために、氷やら何やらを準備している貴丈。

 

「見りゃわかんだろ」

 

 訳もわからずに求めた説明は、真希の手でばっさりと切り捨てられた。

「え~」と不満げに声を漏らして肩を竦めた五条は貴丈に目を向け、「それで、大丈夫?」と問いかけた。

「問題ないです」と返した彼は狗巻の頭に氷を詰めた袋を置き、「俺は、ですけど」と付け加えた。

 

「それは何よりだけど、何があったの?」

 

 そして改めて投げ掛けた問いかけには、床に伏しているパンダが答える。

 

「桐生の部屋からすんごい音がしたんで見に来たら、部屋にいた真希に蹴り飛ばされた」

 

「しゃけ」

 

「まあ、言葉にするとそうなるよな」

 

「それだと私が悪者じゃねぇか!」

 

 パンダ、狗巻、貴丈、真希の順で発せられた言葉に、五条は「仲がよさそうでなにより」と返して空いている貴丈用の勉強椅子に腰かけた。

 

「貴丈はあとで硝子にお礼言っておきなよ?無理やり叩き起こして治療させたんだから」

 

「硝子……?って、誰だ」

 

 貴丈はしれっと真希の隣に腰を下ろしながら問うと、彼女はその位置取りに対しては何も言わずに彼に説明した。

 

「家入硝子。悟の同期で、反転術式が使える術師」

 

「反転術式は、あの怪我を治せるってやつだよな?」

 

その通り(エクセレント)。それは覚えてたか」

 

 彼女の言葉に、さながら教えを乞う生徒のように返した貴丈の姿に、五条はサムズアップしながら笑みを浮かべた。

 

「それと真希から聞いたけど、貴丈も術式を使ったんだって?どんな感じのやつ?」

 

「よくわかんないです」

 

 五条からの問いかけに貴丈は首を傾げ、手元に煙を産み出してラビットフルボトルを出現させた。

 初見のパンダは「お」と声を漏らし、狗巻も「めんたいこ」と興味深そうにそれを見る。

 

「これを振って蓋を開けると、速く動けます」

 

「それだけ?」

 

「……あと、真希の呪具を一本変なのに変えました」

 

 ちらちらと真希の様子を見ながら呟いた彼は、自分の影から発生させた煙に手を突っ込み、ドリルクラッシャーを引っ張り出す。

 

「……確かに、変だね」

 

 真希が渡した小太刀が、明らかに刃渡りから全長に至る全てが変わった、ドリル状の何かに変わるなど思うまい。

 込められた呪力は格段に上がっているため、呪具としての等級も一つか二つ上がっているようにさえ見える。

 だが言葉で説明され、こうして現物を見せられても、納得できる者は少ない筈だ。

「ふぅん」と顎に手をやり、楽しそうに微笑む五条は「もう一つあるでしょ」と更に催促。

 

「……少し離れてもらっても?」

 

 それに合点がいった貴丈がそう言うと、伸びていたパンダもゴロゴロと床を転がりながら部屋の端まで行くと、他三人もそちらに寄った。

 それを確認した貴丈は深呼吸すると、祈るように両手を胸の前で組み、目を閉じて意識を集中。

 全身を巡る呪力を両手に包まれた空間に集め、脳裏に過る曖昧な影を、明確な形として形作っていく。

 組んだ両手の隙間から煙がこぼれ、その中から茶色の光が溢れ出す。

「おお」と声を漏らす五条を無視し、両手を力強く握りこんだ瞬間、強烈な光が五人の視界を塗り潰す。

 

『《ゴリラ!》』

 

 そして頭の中に直接響く音声が発せられると同時に光が止むと、貴丈の手には茶色のフルボトルが握られていた。

 デフォルメされたゴリラの紋様が刻まれたそれは、先の音声通りに『ゴリラフルボトル』だ。

 ホッと息を吐く貴丈を見つめながら、五条は「なるほど」と呟いて彼のフルボトルに目を向けた。

 

「構築術式。でもそれじゃ武器の方が説明つかない。物質の構築と、再構築?そんな術式、聞いたことないな」

 

「先生?五条先生?」

 

「二つの術式を持っている?それとも一つ大きな術式の中に、その二つが内包されている?うーん、どうなんだろう」

 

「先生?センセー!」

 

「ん?ああ、ごめんごめん。貴丈の術式について考えてた」

 

 ぼそぼそと独り言を続けていた五条の肩を揺すって意識を戻した貴丈は、「それで、どうです?」と改めて問うた。

 

「うん、そうだね。まず言えるのは、君ができることは大きく分けて二つあること。構築術式は知らないよね?」

 

「専門用語を出さないでください」

 

 五条の言葉に貴丈は肩を落とし、パンダに「知ってるか?」と問いかけた。

「なんで俺?」と返すパンダだが、これも先達の特権かとどこか先輩風を吹かせながら言う。

 

「まあ、簡単に言えば呪力を使って物を創る術式だ。創ったものは、術式を解いても消えないってのが特徴っちゃ特徴だが、その分呪力消費が馬鹿にならないってのは聞いたことがある」

 

「さっすがパンダ。その通りだよ」

 

 パンダの説明に空中で花丸を描いた五条は、貴丈に向けて「それが一つ目だね」と告げて更に説明を続行。

 

「もう一つは再構築術式とでも呼ぼうか、無機物、有機物問わず、物をまた別の物への作り替える術式かな。そして、変えた物は戻せない」

 

 これに呪力を込めてみてと貴丈に鉛筆を渡し、言われるがままに呪力を込めていくと、ただの鉛筆が異様に伸び、ネジ曲がり、さながら孫の手のような形状へと変化した。

 これ幸いと背中を掻き始める貴丈に、五条は「戻してごらん」と言うが、彼は困り顔で孫の手を見つめ、数度瞬き。

 込めた呪力を他に移す、あるいは自分に戻すというのは、果たしてどうやるのだろうか。

 

「えっと……?」

 

 首を傾げる貴丈に五条は「だよね」と返して孫の手を受け取った。

 呪力により、無理やり形を変えられたものがそのまま安定し、さながら最初から呪力を込められた孫の手──つまり呪具であったかのよう。

 貴丈の手を離れても壊れる様子も、他の何かに変わる様子も、元に戻る様子もない。

 一から作り替えるというよりは、その設計図に至る部分から書き換えたような変化の仕方。

 

「この武器もしかり、君の被害者たち──上のおじいちゃんたちから『変異型呪霊』って呼ばれ始めた人たちも、この術式のせいかな」

 

 こんな術式は長い歴史の中には存在せず、所持者が居たとすればもっと話題になる筈だ。

 

 ──やりようによっては、呪具を簡単に量産できるってことでしょ。

 

 上の連中が欲しがりそうだと胸中で溜め息を吐いた五条は、孫の手で背中を掻きながら、『変異型呪霊』という単語で酷く不機嫌そうになった貴丈に目を向けた。

 家族だった人たちを、いよいよをもって呪霊扱いされるというのは、覚悟してはいたのだろくがやはり来るものがあるのだろう。

 だが五条は気遣うことなく、むしろ話題をすり替えるように彼に告げた。

 

「それの応用で怪我を治したりもできるかもだけど、結局倒れちゃったら意味ないよね」

 

 そして一度は倒れた彼が立ち上がれた理由を推察し、はははと苦笑。

 覚えのある貴丈は「そっすね」と気のない返事をし、それに助けられた真希は居心地悪そうに目を背ける。

 

「そのちっちゃいボトルみたいなの、もっと創れたりする?今の限界を知るって意味で、やってもらいたいんだけど」

 

 五条が出した指示に貴丈は「……やってみます」と頷くと、ゴリラフルボトルを煙に呑み込ませると再び集中。

 

「おい、あんまり無理すんなよ」

 

「しゃけ」

 

「さっきも言ったが、構築術式ってのは馬鹿みたいに呪力を食うからな?」

 

 真希、狗巻、パンダがそれぞれ心配の声をあげるが、貴丈は「大丈夫」と返して更に意識を研ぎ澄ませた。

 

 

 

 

 

 それから数時間。外も暗くなってくる時間帯。

 地獄のノンストップボトル生成を行った貴丈は、

 

「疲れたし、眠いし、寝るし……」

 

 完全グロッキーな状態で、ベッドに寝転がっていた。

 

「大丈夫か?」

 

「めんたいこ?」

 

「毛布かけとくぞ」

 

 真希と狗巻は純粋に心配し、パンダが気を使って毛布を被せる。

 寝るしと言ったものの、まだ四人が部屋にいるため眠るつもりはないのか、薄く開いた瞳がじっと五条を睨んでいた。

 

「なんやかんやで二十本。うーん、大量だね~」

 

 机にずらりと並べられたフルボトル群を見下ろし、同時に気付く。

 

 ──彼が祓った一体を加えれば、僕らがあの日以降に祓った被害者の数と一致する。

 

 貴丈が変異させた被害者たち──変異型呪霊と、フルボトルの数が一致。

 呪力量による限界や、一日で創れる分の上限という可能性もあるが、この一致が偶然とは思えない。

 倒した分だけ、この呪力の塊とも言える物は増えていくと考えるのが適切だろう。

 

「これからが楽しみだね」

 

 五条が抑えきれない好奇心に笑みを浮かべ、貴丈に目を向けると、

 

「……起こしたら、刻む」

 

 強烈な殺意を向けられた。

 眠気と戦っているのか血走った瞳がこちらを睨み、背後では影が揺らめいて煙が漏れている。

 ポンと手を叩いた五条は「それじゃ、撤収!」と貴丈を除いた一年三人に向けて言うと、三人はそれぞれ返事をしてそそくさと退室。

 去り際に「ちゃんと寝ろよ」とか、「お疲れさん」とか、「たかな」など、様々言葉が投げ掛けられる。

 最後に残った五条は「また明日ね」と告げて退室。

 

「……」

 

 ギリギリ保っていた意識で返した貴丈はどうにか手を振って彼らを見送ると、そのままベッドに身体を沈めて眠りに落ちた。

 夢も見ないほどに熟睡できたのは、彼にとっては幸運であっただろう。

 

 

 

 

 

 男子たちと別れ、一人呪術高専女子寮の自室に戻ってきた真希は、扉に寄りかかりながら溜め息を吐いた。

 

「なに認められた気になってんだよ、私は……っ!」

 

 思い起こされるのは貴丈の言葉だ。

 呪術も知らなかった男に認められて何になる。

 自分が見返したいのは禪院家であり、貴丈にどうこう言われたところで何にもならない。

 ならないの、だが……。

 

「……」

 

 胸の中を渦巻く、もやもやとした何か。

 それの正体を知らない真希は「ああ、くそ!」と声をあげて乱暴に頭を掻くと、頭を冷やそうと着替えをふん掴み、寮の大浴場を目指して部屋を飛び出す。

 

 ──とりあえず、貴丈(あいつ)はもう一発ぶん殴る。

 

 貴丈からすれば迷惑極まりないことを、真希は心に誓うのだった。

 

 

 

 




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