ビルド廻戦   作:EGO

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6.

 貴丈が目覚め、二十本のフルボトルを生成した翌日。

 呪術高専の校庭。

 普段なら生徒らが模擬戦に多用するその場所も、午前中の、朝一番となれば人も少ない。

 朝露が辺りを包み、僅かな肌寒さも感じるそこには、既に二つの人影があった。

 一人は自然体のままに立つ五条。もう一人はドリルクラッシャーを構えた貴丈だ。

 渡り廊下から校庭に続く石造りの階段には、二人を見守るようにパンダ、狗巻、真希の三人がたむろしており、やいやいと野次が飛んで来る。

 

「さて朝一で悪いんだけど、キミの能力を確かめたくてね」

 

「問題ないです。むしろ俺も試しておきたいですから」

 

 それらを聞き流した五条の謝罪混じりの言葉に、貴丈は一応の気遣いとしてそう返し、冗談半分にそう告げた。

「ならよかった」と笑った五条は、じっとドリルクラッシャーを見つめながら言う。

 

「それに昨日の小っこいのを填めて使うんでしょ?僕が相手をしてあげるから、色々と試してみな」

 

 コキコキと首を鳴らし、軽く伸びをしながら告げた言葉に、貴丈は「おす」と返して手元に煙を発生させる。

 とりあえず生成した順にゴリラフルボトルを取り出した彼は、ふとした疑問を五条にぶつける。

 

「……あの、当てていいんですか?」

 

 彼の心配は言葉の通りだ。

 ドリルクラッシャーはその形状の都合上、峰打ちなんて生半可なことはできず、ボトルをセットしての使用となれば、相手が格上であろうと粉微塵にできる。

 事実ハリネズミフルボトルを使用した結果、あの防御とパワー特化と思われる変異型呪霊は内側から滅多刺しになったのだから、彼の心配は当然のことだ。

 だが五条は首を傾げ、「なに言ってんの?」と心底不思議そうな声音で貴丈に問うた。

 

「いや、当たれば死にますよ?」

 

「うん。だから、なに言ってんの?」

 

「……当たらなければどうってことはないってことすか?」

 

「いや、半分はそうだけど、そういう意味じゃないんだけど」

 

「「……?」」

 

 全くと言っていいほどに二人の会話は噛み合わず、最終的にはお互いに首を傾げる始末。

「えっと……?」と声を漏らす貴丈を見つめながら、五条はハッとして彼に問うた。

 

「キミに僕の術式の説明ってした?」

 

「いや、全く」

 

 その問いに貴丈が間髪入れずに返すと、五条は「そっか~」と一人納得しながらうんうんと頷き始める。

 

「ちょっとこっちおいで」

 

「……?うす」

 

 五条の指示に疑問符混じりに応じた貴丈は彼に駆け寄ると、五条は不意に手を前に出した。

 

「触ってみて」

 

「……これになんの意味が?」

 

「いいから。言葉でするよりもこの方が早い」

 

 五条の行動の意味が何一つとして理解できない貴丈が問うが、五条はそんな彼を急かすように手招き。

 訳もわからないまま五条の手に触れようと手を伸ばした貴丈は、次の瞬間に目を見開いた。

 二人の手が触れそうになった直前に、見えない何かによって遮られたからだ。

 引く分は問題ないが、押してみてもびくともせず、さながら見えない壁があるかのよう。

「え……」と声を漏らす貴丈に、五条はその反応を待ってたと言わんばかりに楽しそうに笑いながら言う。

 

「僕の術式は『無下限呪術』って言うんだ。今の状況を簡単に言うと、見えないだけで僕とキミの間には無限がある」

 

「……?触ってる感じはあるんですけど」

 

「まあ、そっちは触ってるつもりでも、僕には届いてないって思えばいいよ。呪術初心者の貴丈には、見えないバリアがあるって思えば簡単」

 

「それなら、何となく……?」

 

「僕の呪術は、どこにでもある無限を現実に持ってきてるってだけなんだけど、まあ詳しい話はおいおいと。今はキミの方がメインなんだし」

 

 朝一番で回りきっていない貴丈の脳は、五条の言葉を全ては把握しかねていた。

 五条の術式は見えない無限を具現化させる。

 無限である以上近づくことはできず、無論触れることもできない。

 その無限が見えない分、いつ無限があり、いつ無限がないのか判別もできず、攻めようにも攻められない。

 もっと言えば、攻めたところで無限を張られるだろうから意味もない。

 まあ、詰まる所。

 

「理不尽じゃね?」

 

「そう言う人もいるよね~」

 

 貴丈がぽろりと漏らした本音に、五条は肩を竦めてくつくつとおかしそうに笑う。

 術式を知らなければまず対処はできず、知ったところで対処法がわからなければ意味もない。

 

「ま、そう言うわけだから思いっきりぶつかっていいよ。貴丈の術式なら、もしかしたら破れるかもしれないし」

 

「破り方とかあるんすか?」

 

「あるけど、それもまた今度。結構難しいからね」

 

 はい、離れてと言われた貴丈は手を下ろし、後ろ歩きで元の位置に戻る。

 攻撃が当たらない術式。今の説明ではそれだけだが、おそらく攻撃にも応用が利くのだろう。

 威力も射程もわからないその攻撃を、今はしてくれないことを祈るばかりだが、目の前の男ならやりかねない。

「あ、ごめ~ん」とか言いながら、こちらを吹き飛ばす幻覚を見た貴丈は頭を振ってそれを追い出すと、改めてドリルクラッシャーを構えた。

 

「さて、いつでも、どこからでも、何でもいいよ」

 

 そして相対する最強は彼を迎え入れるように両腕を広げると、不敵な笑みを浮かべる。

 貴丈は手元に煙を発生させて茶色のフルボトルを取り出すと、それを数度振って蓋を開けた。

 

『《ゴリラ!》』

 

 二人の頭に響く陽気な声。

 その言葉の通りに取り出されたのはゴリラフルボトルだ。

 それをドリルクラッシャーのソケットにセットすれば、再び『《ゴリラ!》』と陽気な音声が二人の頭に響き、ドリル状の刃にボトルから溢れだした茶色のエネルギーが集まっていく。

 肌に感じる呪力の高まりと、それを暴発させることなく刃に纏わせる貴丈の技量に、五条は「いいね」と声を漏らした。

 

「いきます!」

 

 貴丈は宣言と共にドリルクラッシャーのトリガーを引き、刃に溜めたエネルギーを解放。

 

『《レディー・ゴー!ボルテック・ブレイク!》』

 

 ドリルクラッシャーから陽気で、けれど威勢のいい声が鳴り響き、それを合図に貴丈が走り出す。

 五条は「ドンとこーい」と無防備に突っ立っているわけだが、先の説明通りならこの一撃も当たりはしない。

 故に貴丈の脳内から、手加減と容赦の二つが抜け落ち、瞳にも殺意が宿る。

 割りと本気の殺意を感じた五条が「あれ」と呟いたのも束の間、貴丈はドリルクラッシャーを大上段に構え、

 

「オォォラァァアアアアッ!!」

 

 雄叫びと共に振り下ろした。

 刃に纏っていた茶色のエネルギーが巨大な拳を形作り、五条の脳天に向かって振り下ろされる。

 

「へぇ、すごいね」

 

 それを見上げた五条はじっとそれを見つめて観察した直後、巨大な拳が彼に叩きつけられた。

 爆弾が目の前で爆発したような凄まじい轟音と衝撃が校庭を駆け抜け、それなりに距離のある校舎の窓が、ガタガタと音をたてて揺れるほど。

 遠くにいた一年三人もそれぞれ感嘆にも似た声を漏らしながら、舞い上がった砂塵を鬱陶しそうに眉を寄せる。

 砂塵に包まれた貴丈は、自分で生み出した衝撃に目眩を覚えながら、小さく舌打ちを漏らす。

「聞こえてるよ~」と目の前から間の抜けた声が聞こえ、パチン!と指を鳴らす音と共にどこからか吹いた風で砂塵が晴れていく。

 

「うん。ぼくじゃなきゃ、死んでるね」

 

 そして姿を現した五条は、頭に当たる寸前で止まったドリルクラッシャーと拳型のエネルギー体を見上げた。

 彼が足をついていた地面には蜘蛛の巣状の罅が入り、彼がいなければ抉れてクレーターになっていたことだろう。

 

「威力は十分。あとは当てるだけ」

 

 そして目の前で睨んでくる貴丈に助言すると、彼は素早くその場から飛び退いてドリルクラッシャーのソケットからゴリラフルボトルを引き抜く。

 それを煙に飲み込ませ、代わりに取り出したのは黄土色のフルボトル。

 刻まれた紋様は一本角の昆虫。

 数度それを振り、蓋を開けて響く音声は『《カブトムシ!》』。

 カブトムシフルボトルをドリルクラッシャーにセットすれば、黄土色のエネルギーが刃を包む。

 フーッと深く息を吐いた貴丈はそれに合わせて腰を落とし、地面と水平になるようにドリルクラッシャーを構える。

 見るからに刺突技のようだが、五条は真正面から受け止める姿勢を崩さない。

 エネルギーが限界まで高まり、バチバチとスパークし始めると、貴丈はトリガーを引いた。

 

『《レディー・ゴー!ボルテック・ブレイク!》』

 

 先程と同じ音声がドリルクラッシャーから発せられ、それを合図に真っ直ぐに突き出す。

 放たれた黄土色のエネルギーはカブトムシの角のように先端が湾曲し、数本に枝分かれしている。

 

「左右に避けようとすれば、逆に当たるって感じかな」

 

 迫るそれを冷静に分析した五条は相変わらず避ける素振りを見せず、彼を貫かんとしたエネルギー体はやはりと言うべきか彼に当たる直前に受け止められた。

 

「はっ!」

 

 貴丈はそれが何だと言わんばかりに、ドリルクラッシャーを真横に振り抜いた。

 その動きに合わせてエネルギー刃は横薙ぎに振り抜かれ、棒立ちの五条に襲いかかるが、やはり当たる寸前で受け止められる。

 

「どちらかと言えば間合いの延長。うん、なるほど」

 

 うんうんと頷きながら呟いた五条は「はい、次!」と貴丈を急かした。

 まるで新しい玩具を前にはしゃぐ子供のようだが、貴丈はそれを気にする素振りはない。

 頭の中に浮かぶ選択肢を全て検討しながら、ふと脳裏に過ったドリルクラッシャーの使い方を試そうと手を動かす。

 カブトムシフルボトルをソケットから抜くと、何の躊躇いもなくドリルクラッシャーの刃を握った。

 そのまま力任せに柄から刃を取り外した貴丈は、切っ先の方から柄へと差し込む。

 

「……なにそれ」

 

 端から見ればラッパのようにも見える不格好さだが、嫌な予感が五条の脳裏を過る。

 確かに遠目からラッパなのだが、見方によっては銃とも言えるだろう。

 そして、彼の予想はまさにその通りであった。

 ドリルクラッシャーは刃を取り外し、向きを変えて取り付けることで銃としても扱えるのだ。

 彼の悪寒を他所に貴丈は次のフルボトルを取り出し、数度振ってから蓋を開ける。

 

『《ガトリング!》』

 

 鋼を思わせる鈍い輝きを放つそれは、音声通りにガトリングフルボトル。

 今まで扱ってきた、ラビット、ハリネズミ、ゴリラ、カブトムシとは違う無機物であり、もっと言えば兵器の名を冠するフルボトル。

 

「急に殺意高いねぇ!」

 

 その音声が聞こえていた五条はそうツッコミを入れるが、貴丈は軽く肩を竦めるのみ。

 ガンモードへと切り替えたドリルクラッシャーにガトリングフルボトルをセットすれば、銃口に鋼色の輝きが集まっていく。

 

「ちゃんと防いでくださいよ!」

 

 流石に心配になった貴丈が声を張り上げると、五条は「お任せあれ!」とお茶らけた声音で返す。

 それと同時にトリガーを引けば、

 

『《レディー・ゴー!ボルテック・ブレイク!》』

 

 いつもの音声と共に、銃口から数多のエネルギー弾が吐き出され、雨あられのように五条へと殺到した。

 

「ほい」

 

 だが、それも五条には届かない。

 当たる間際で無限に阻まれたエネルギー弾は、次々と放たれる後続のエネルギー弾と当たって相殺。小爆発を繰り返す。

 ドドドドドドドドド!と小さな爆発が連続で起こる奇妙な音を聞きながら、貴丈は真紅のフルボトルを取り出す。

 片手でトリガーを引きながら、もう片方の手でフルボトルを振り、蓋を開ける。

 

『《消防車!》』

 

 そして頭に響くのは突然の働く車。

 僅かにこけかける貴丈だが、構わずにガトリングフルボトルをドリルクラッシャーから取り外し、代わりに消防車フルボトルをセット。

 

『《レディー・ゴー!ボルテック・ブレイク!》』

 

 まさに大盤振る舞い。

 四つ目のフルボトルを使用した、四つ目の大技。

 ガトリングフルボトルの斉射が終わると共に、舞い上がった砂塵を吹き飛ばした五条が、次に備えて身構えた瞬間。

 彼の視界を、大量の水が覆い隠した。

「ちょ!?」と声を漏らした五条だが、突然の放水に驚いたのは何も彼だけではない。

「うお!?」と驚愕の声を漏らした貴丈は両足を踏ん張るが、その反動は凄まじい。

 消防車の細いホースですら、放っておけば暴れ馬の如く荒ぶるものを、それ以上の量と勢いをもって水が出ているのだ。

 危険と判断した貴丈がトリガーから指を離そうとするが、それよりも早く反動に負けた。

 正確には放射した水でぬかるんだ砂に足を取られ、「ヤベ……」と声を漏らしながらスッ転んだのだが、どちらにせよ結果は変わらない。

 荒ぶったドリルクラッシャーは明々後日の方向に放水を開始することになり、

 

「あ……?」

 

「高菜?」

 

「お……?」

 

 不幸にも、銃口の先には一年三人がたむろしている石階段。

 巻き込まれないようにと十分に離れていたからか、割と気を抜いていた三人は碌に避けることもできず、貴丈の呪力が生み出した水を全身で浴びることになった。

 転んだと同時にトリガーから指を離してはいたが、すぐに放水が止まるわけでもないことがこの事態を招いたのだろう。

 顔を真っ青にした貴丈を他所に、無下限呪術で放水を防ぎきった五条は爆笑し始め、朝っぱらからずぶ濡れになった三人はおもむろに立ち上がると、

 

「歯ぁ食い縛れ!」

 

「しゃけ……!」

 

「加減はするから、逃げるなよ!」

 

 まさに激怒状態だった。

 額に青筋を浮かべた真希はバキバキと指をならし、狗巻はグッと拳を握り、パンダは一応の容赦はしてくれそうだが味方ではない。

 プルプルと震える貴丈だが、どうやっても言い繕えない状況に溜め息を吐く。

 

「最悪だ……」

 

 その言葉の直後、鈍い打撃音が校庭に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「確かに俺が悪いけど、五条先生も見てないで庇ってくれてもいいじゃねぇか」

 

 同級生三人の手でぼこぼこにされた貴丈は所々に痣が出来た身体に鞭を打ち、呪術高専に設置された自動販売機の前に来ていた。

ボコボコにしただけでは飽きたらず、今度は使いっぱしりとして駆り出されたのである。ついでに五条からも注文された。勿論全て貴丈の自腹で。

 たかが飲み物一つとはいえ、生徒に奢らせる教師というのはいかがなものか。

 

 ──まあ、貯金はあるにはあるけど……。

 

 現在は呪術高専の生徒ではあるが、業界での扱いとしては生徒兼呪術師らしく、こなした任務に応じて給料―と言うよりは報酬か──が支払われる。

 前回の変異型呪霊や、あの場にいた呪霊らの脅威度から算出された報酬は、高校一年が一日で稼ぐ金額ではないことは確か。

 物欲もなく、何なら節制を好む貴丈からすれば、ある分には困らないが、ありすぎても困るのだ。

 使わなければ一方的に貯まるばかりで、かといってこの先使う予定もない。

 こういったところで少しずつ落とさなければ、死刑が執行された後、顔も知らない呪術界上層部に持っていかれてしまう。

 別に悪いことではないのだろうが、五条が腐りきっていると断言した連中に渡すのも癪だ。

 死ぬまでに使いきるつもりなら、多少散財してもいいのだろうか。タイミングがあれば家具でも見て行こうか。

 適当に良さげな物を買う分には誰も怒るまい。

 

「それにしてもメロンソーダって、子供かよ」

 

 メモ書きに書かれた注文を確認した貴丈は、五条が無駄に達筆に書かれたメロンソーダの文字を見つめ、溜め息を吐いた。

 案外甘党なのだろうかと担任の好みを推理しながら、財布から百円玉を取り出し、それを自動販売機に入れようとすると、

 

「君が桐生くんかな?」

 

 不意に背中から投げられた言葉に、「ん……」と声を漏らしながら振り向いた。

 そこにいたのは高身長で金髪の女性。ライダースーツに身を包んではいるものの、何と言うべきか主張が激しい体つきをしている。

 具体的に言うと胸と尻の辺り。金髪なのも相まって、日本人には見えない。

 かつての彼なら赤面して顔を背けるような状況でも、今の彼にとっては大したことはない。

 これが大人になったと言えるのか、壊れたと言うべきなのかは、貴丈には測りかねないが、質問に返す程度のことはできる。

 

「そうですけど、あなたは……?」

 

「うん、その前に一つ聞きたいことがあるんだけど」

 

「……?まあ、どうぞ」

 

 金髪の女性は名乗ることなく何かを聞こうとし、話が進みそうにないと判断した貴丈はそれを承諾。

 それによっしゃと言わんばかりに頷いた女性は、ウィンクしながら貴丈に問うた。

 

「どんな女が好み(タイプ)かな?」

 

「……は?」

 

「だから、異性の好み(タイプ)だよ。言いたくない?それとも男の方が好き?」

 

 突然の質問に理解が追い付かない貴丈を無視し、金髪の女性は畳み掛けてくる。

 その表情には何がなんでも聞き出そうとする凄みがあるし、たった一人の状況で、見ず知らずの相手に性癖暴露など、何の罰ゲームだろうか。

 よりにもよって高身長で尻も大きめという、割りと()()()()()()()()()()()()()()()余計に腹が立つ。

 

「……まず、名乗っていただきたいのですが」

 

 貴丈がそう言ってどうにか抵抗を始めると、金髪の女性も流石に諦めたのか、深々と溜め息を吐いた。

「彼みたいな事を言うね」とどこか懐かしむように言った彼女の脳裏に過るのは、同じ問いに同じように返してきた生徒の姿が掠める。

 

「特級呪術師。九十九(つくも)由基(ゆき)って言えば、わかるかな?」

 

 そして得意気に笑いながら告げられた言葉に、貴丈はこてんと首を傾げた。

 九十九由基。九十九由基と彼女の名前が頭の中を駆け巡り、聞いたことのある名前かを探っていくのだが、全く聞き覚えのない名前なのだ。

 僅かに間を開けて「いえ、全く」と返せば、九十九は見るからに落ち込み、「そっか……」と声音まで弱々しくなる。

 特級呪術師。日本に三人しかいないという、最強格の呪術師なのだろうが、その名前までは把握していない。

 どうせ五条以外に会うこともないと高を括った結果なのだが、まさかこうして会うことになるとは。

 

 ──まあ、五条先生か夜蛾学長に用があるんだろ。

 

 一介の生徒に他ならない貴丈はそう決めつけて、「先生なら校庭ですよ」と言うのだが、今度は九十九が首を傾げた。

 

「いや、用があるのは君なんだけど」

 

「……?特級呪術師が、俺に何のようです?」

 

 今日一日で何度浮かべたかもわからない疑問符だが、貴丈にとっては毎日が未知の出来事ばかり。

 だが、この未知を未知だと認めることが何よりも大事だと、母からは何度も言われた。

 長男だからと強がらず、わからない時はわからないと言っても、辛い時は助けを呼んでもいいと、弟たちからの下らない質問に、馬鹿正直に悩んでいた自分に言ってくれた言葉だ。

 そんな思いの中投げ掛けた質問に九十九はじっと彼を見つめると、本題に入らんと口を開いた。

 

「私の目的を果たすためには、君は避けては通れないからね」

 

「別にあなたの邪魔をした記憶は──」

 

「まあまあ、話を最後まで聞きたまえ」

 

 話の途中で割り込んだ貴丈を軽く受け流しつつ、「君、呪霊を払った経験は?」と問うた。

 

「……まだ、一度。いや、蠅頭を除けば一人(・・)だけです」

 

 彼女の問いに貴丈がひどく悲しそうな声音で返すと、九十九は「それだ」と言ってそっと彼の胸に手を触れた。

 

「私が目指しているのは呪霊を祓うんじゃなくて、呪霊が生まれないようにすることなんだけど、君が例外(イレギュラー)すぎてね」

 

「まあ、五条先生からも似たようなことを言われましたよ。未知の術式だって」

 

 貴丈は彼女の言葉に驚く様子もなく自嘲的に俯き、小さく肩を竦めた。

 呪術師として呪霊を祓った経験がほぼないからか、九十九が言った言葉の重要性に気付いてないのだ。

 九十九はその反応に興味深そうに笑いながら「その通りだよ」と彼の言葉を肯定。

 

「少し難しい話になると思うけど、呪術師から呪霊が生まれないってのは知ってる?」

 

「呪術師歴、一週間なんです……」

 

「……ごめん。それは予想外だ」

 

 九十九が神妙な面持ちで話し始めようとすると、貴丈が申し訳なさそうな声音で返すと、九十九は素直に謝罪。

「ん~、困った」と頭を掻いた彼女はポンと手を叩くと、「ついて来て」と言いながら貴丈の手を掴んだ。

 彼が何か言う前に歩き出せば、彼は黙って後ろを着いて行く。

 ここで逃げてもいいのだろうが、彼女から自分の術式に関しての情報が聞き出せれば、家族を救う手立ても見つかるかもしれない。

 既に一人殺してしまったが、一人でも多く救いたいのもまた事実。

 だがそれを探している間に、家族が誰かの命を奪うことも見逃したくはない。

 

 ──ままならねぇな……。

 

 現実と理想がひしめき合い、貴丈は深々と溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 呪術高専の談話室。

 普段なら京都校の学長や、その他重役が訪ねてきた際に使うその部屋に、貴丈と九十九はいた。

 見るからに高そうな机を挟んで、座るだけでわかる高いソファーに腰を掛けた二人の間には、妙な沈黙が流れている。

 正確にはソファーがふかふかし過ぎて落ち着かない貴丈がもぞもぞと動いているため、それが止むのを待ってくれているのだが。

 

「……話が始まらないからそろそろいいかい?」

 

「ど、どうぞ。お構い無く」

 

 ついに我慢の限界と言わんばかりに告げられた言葉に貴丈が応じると、九十九は話し始めた。

 

「まず私の目的は呪霊が生まれない世界を作りたいって話はしたでしょ」

 

「ついさっき言われましたから、覚えてますよ」

 

「その続きからだ。流石に呪霊が生まれる原因はわかるよね?」

 

「人が何かを恐れる感情。ある種の呪力が集まった結果……でしたっけ?」

 

その通り(エクセレント)。すると、呪術が生まれない世界の作り方は二つ」

 

 そう言って九十九は談話室に置かれた棚からコップを取り出すと、それを卓上に置いた。

 

「まず一つは全人類から呪力をなくすこと。昔はモデルケースもいて、それなりにいい線行ったんだけどやっぱなしになった」

 

 九十九はそう言うとコップの片方を倒し、コロコロと転がるそれを目で追った。

 

「モデルケース?」

 

「天与呪縛って知ってる?生まれながらに何かしらの縛りを設けられた代わりに、超人的な何かを持つことなんだけど」

 

「話だけは聞いた気が……。確か、真希がそれだった筈」

 

 彼女の言葉に貴丈が言うと、九十九は「合ってるけど不正解」と中途半端な解答を口にした。

 

「彼女は呪術師だけど呪力が一般人並の代わりに、高い身体能力を持っているだけさ。私が欲しいのは、完璧に呪力を持たない人間だったんだけど、現状一人しかいないし、何ならそいつはもう亡くなってる」

 

 おかげで計画がパーだよと残念そうに肩を竦めるが、すぐに表情を引き締めてもう一つのコップを指で叩いた。

 

「そして次のプランが、全人類が呪力をコントロール出来るようにする方法。実用の目処も立ってないけど、理論的には出来上がってる」

 

「……どうして呪力がコントロールできれば、呪霊が居なくなるんです?」

 

 どんどんと小難しい話へとなっていくが、どうにか食らいついている貴丈は再び問うた。

 だが九十九はとりあえず最後まで説明するつもりなのか、言葉を続ける。

 

「一般人から漏れだした呪力は呪霊を生むけど、呪術師からは呪霊って生まれないんだよ。呪力が漏れださずに、そのまま体内を巡って術式を使う時に消費されるから」

 

「つまり全人類が呪術師になれば、呪霊は生まれない。──筈だったと」

 

 貴丈が意味深に「筈だった」と付け加えた言葉に、九十九は「そうなんだよ」と不満そうに唇を尖らせた。

 

「呪術師でありながら呪力を放出して、人を呪霊に変えた奴がいるって聞いて、急いで帰ってきたって感じ」

 

「協力したいのは山々ですけど、俺自身この術式がよくわかっていないんです……」

 

 貴丈が肩を竦めながらそう言うと、九十九は「わかっているとも」と頷き、頬杖をついた。

 

「まあ、タイミングがあれば調べさせてよ。何か掴めるかもしれないし」

 

 そして何故だか楽しそうに笑いながら告げられた言葉に、貴丈はまるで五条の相手をしている錯覚を覚えながらも小さく頷く。

 

「ただ、急いでください」

 

「……?なにか予定でもあるの?」

 

 貴丈がぼそりと呟いた言葉に心底不思議そうに九十九が返すと、彼はまるで他人事のように言う。

 

「まあ、いつ死ぬかわかりませんからね……」

 

「おっと、それは聞き捨てならないな」

 

 そして彼が告げた言葉に応じたのは、九十九ではない。

 聞くからに怒っているのがわかる声音のそれは、普段の飄々とした物とは程遠い。

 びくりと肩を跳ねさせた貴丈を他所に、九十九は彼の背後に目を向けており、「やあ、久しぶり」と気さくに挨拶を国にした。

 貴丈が錆びたロボットのようにギギギと音をたてて後ろを向けば、そこには不機嫌そうに腕を組んでいる五条の姿があった。

「どうも」と恐る恐る口にした貴丈だが、五条は包帯越しに見下ろしてくる。

 目元が隠されている都合上、その姿は酷く不気味で、子供なら泣き出しそうなもの。

 

「……いつから、そこに?」

 

「ちょうど今だよ。全然戻ってこないから、皆で探し回ったんだけど」

 

 五条はちらりと九十九に目を向け、「面倒な人に絡まれてたのね」と肩を竦める。

「誰が面倒な人だ」と九十九は反論するが、五条は気にした素振りを見せない。

 彼は貴丈の肩に手を置くと、「で、僕の生徒に何のよう?」と彼女に問うた。

 声音もいつも通りで、表情も笑ってはいるが、おそらく目は真剣そのものだろう。

 教師として生徒を守らんとする意志が、今の彼からは滲み出ている。

 その言葉に九十九は苦笑すると、「気になる子に声をかけちゃ駄目かい?」と貴丈を見つめた。

 

「私の目的としては、彼は避けては通れないからね。今のうちに挨拶しておくくらい、いいだろう?」

 

「挨拶だけなら、ね」

 

 彼女の言葉に五条は信じていないだろう声音で返すと、貴丈に「変なこと言われてない?」と問うた。

 問われた貴丈は「性癖暴露を強要されました」と包み隠さずに言うと、九十九は溜め息を吐いた。

 

「私からすれば大事なことなんだよ?」

 

「はいはい。海外ばっか行って、給料を止められた人の事なんて放っといて授業だよ、授業」

 

 九十九の言葉を無視する形で五条が手を叩くと、貴丈は「了解」と返して立ち上がる。

 そのまま五条に連れられて談話室を後にしようとすると、「ああ、一ついいかい」と貴丈を呼び止めた。

 

「君の好み(タイプ)を──」

 

「失礼します」

 

 そしてまた問われた質問を無視して今度こそ退室しようとするが、その背中に再び声がかけられた。

 

「ごめん、ごめん。次は真面目な話」

 

「……なんです?」

 

 その三十分足らずでどんどん下がっていく九十九の評価だが、それは彼女を無視する理由にはならない。

 貴丈が振り向くことはないが律儀に足を止めると、九十九は彼に告げた。

 

「気休めにでもなる趣味でも見つけたらどうだい。気を張り続けていると、ふとした拍子に切れてしまうよ」

 

「……善処します」

 

 彼は一言でそう返すと、さっさと部屋を後にして後ろ手で扉を閉めた。

 

「あ~。どうしてこう、教えてくれないのかな~」

 

 一人残された九十九は結局彼の好み(タイプ)がわからず、ほとほと困り果てたように溜め息を吐く。

 

「……連絡先の交換もしてないじゃん」

 

 そして、これなら先においても最も大事なものを忘れたことに気づき、「あ゛~」とだらしのない声を漏らしながら背もたれに身体を預けた。

 

 

 

 

 

 長い廊下を歩きながら、五条と貴丈の会話は続いていた。

 

「全く、無視して戻ってきて良かったんだよ?」

 

「それは、そうかもしれませんけど」

 

 五条の言葉に貴丈はそう返すと、僅かに考える素振りをしてから言葉を続ける。

 

「俺の術式に関して、何か知っていればなと……」

 

「虎穴に入ればってやつ?もう、僕に一言相談して欲しかったな」

 

「なんか、すんません」

 

 何だかんだで心配をかけてしまった貴丈が素直に謝罪すると、五条は笑いながら「それは僕にだけ言う言葉じゃないでしょ」と言って窓の外を指差した。

 つられてそちらに目を向ければ、いつまで待たせんだと言わんばかりにこちらを睨む真希と、飲み物を待ってそわそわしている狗巻。最後に「こっちこっち」と言わんばかりに手を振ってくるパンダの姿がある。

 

「皆のこと待たせちゃったんだから、その謝罪もしないとね」

 

「……また拳骨されんのか」

 

 見るからに不機嫌な真希の姿に冷や汗を流す貴丈に、五条は「かもね」とあいかわらず楽しそうに笑う。

 

「最悪だ……」

 

 貴丈はそう呟くと肩を落とし、まず注文の飲み物を買わねばと自動販売機に向けて走り出す。

 その背を見送り、窓の外で彼を追いかけて走り出した一年三人の姿を見送った五条は、「青春だね~」と呑気に呟く。

 

「遅ぇんだよ!どこまで買いに行ってやがった!?」

 

「とか言ってるが、一番心配してたのは真希だよな」

 

「しゃけ」

 

「そうなのか?」

 

「んなわけあるか!」

 

 廊下の向こうで楽しそうに喋る四人の声が、五条のご機嫌を良くしていくのだった。

 のんびり歩いて四人に合流した五条は、「ほら、授業やるよ」と自動販売機の前でわちゃわちゃしている四人に告げた。

 

「しゃけ」

 

「お、もうそんな時間か」

 

「わかってんよ」

 

 狗巻、パンダ、真希がそれぞれ返し、同時に貴丈が買った飲み物を受けとると、一気にそれらを呷っていく。

 

「……トイレ行きたくなっても知らねぇぞ」

 

 一人水を買った貴丈はそう言うが、三人は構うことなく一気飲み。

 狗巻、パンダがそのまま空き缶をゴミ箱に捨てるが、真希はパン!と音をたてて缶を潰してからゴミ箱に投げ捨てた。

 

「……」

 

 聞いてはいたし、何なら殴られたこともあるが、こうして見せつけられると真希の膂力というのは凄まじい。

 

「あれ、貴丈。僕のは?」

 

 そう言いながらひょっこりと視界に映り込んできた五条は、相変わらず貴丈に奢らせるつもりらしい。

 貴丈は溜め息を吐くと、とりあえず殴ってもいいのではと思いながら、迷惑料代わりのメロンソーダを五条に渡したのだった。

 

 

 




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