ビルド廻戦   作:EGO

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9.

 手に握るラビットフルボトルの効果で速度が底上げされた貴丈は、まずは様子見をかねた行動を起こした。

 

「おらっ!」

 

 赤い疾風となった貴丈はすれ違い様に変異型呪霊をドリルクラッシャーで殴り付ける。

 

『っ!』

 

 まさに帳を砲撃せんと構えていた変異型呪霊は、貴丈の不意打ちを避けることもできずに直撃するが、大したダメージを受けた様子もない。

 硬い手応えと腕の痺れに「マジか」と呟いた貴丈が変異型呪霊を見やると、それの注意も彼に向いたようだった。

 体勢を整えると共に体ごと彼の方を向き、肩の砲台に溜めていた呪力を解放。

 禍々しく渦巻く青白い呪力が砲弾となり、轟音と共に放たれる。

 だがラビットフルボトルの効果で速度が上がっている貴丈には掠りもせず、彼はその場を駆け出して余裕の回避。

 対する変異型呪霊は半歩下がるほどの反動をその身ひとつで殺しきると両足を踏ん張り、キャタピラを唸らせて移動を開始。

 赤い軌跡を残して走る彼の様子を探りながら、両肩のキャノンから砲弾を放っていく。

 もちろんそれが貴丈に当たることはないのだが、周囲に被害がないわけではない。

 ただですら巨大な呪霊の影響で倒壊しかけていた校舎は、砲弾が当たる度に崩壊を加速させ、もはや瓦礫の山になりかけている。

 校舎も似たようなもので、貴丈が回避した結果の流れ弾や、彼の足元を狙った砲撃のおかげで、小さなクレーターが散見されるほど。

 貴丈はそれに足を取られないように警戒しながら、砲撃の合間に攻撃を加えていく。

 ドリルクラッシャーによる刺突、斬撃、あるいは殴打。

 攻撃の度に火花は散るものの、決定打には届かない。

 かつての岩のような変異型呪霊ほどではないが、目の前の変異型呪霊の防御力も中々のもの。

 むしろ回避のためにラビットフルボトルを使っているため、ドリルクラッシャーにボトルをセットするタイミングが掴めない。

 一度間合いを開けてドリルクラッシャーを変形。そのまま遠距離から仕留めるか。

 貴丈は変異型呪霊の砲撃を掻い潜りながらそう思慮するが、駄目だなとすぐに首を振ってその作戦を除外。

 ドリルクラッシャーにボトルをセットした段階で呪力の溜めが始まる。

 その呪力を感知され、隠れた物影ごと吹き飛ばせる最大出力での砲撃など、ラビットフルボトルの速度なしでは避けられまい。

 ドリルクラッシャーにボトルをセットしながら、他のボトルを使えればその限りではないが、試したこともないことを実戦でやるべきではない。

 命がけのこの状況なら、尚更だ。

 もし自分が倒れれば、あの呪霊は間違いなく真希たちを追いかけるだろう。

 そうなれば二人の命の保証ができないし、自分のせいで二人の未来が閉ざされるなど死んでもごめんだ。

 

 ──これ以上、自分が原因で誰かが傷つくのは耐えられねぇ。

 

 ひどく自分勝手で、利己的な考えではあるが、実際問題彼の心は彼が思っている以上にボロボロなのだ。

 家族や知人たちを自分が呪霊に変えた現実と、それらを殺さねばならない責任。

 それに伴う肉体的、精神的な負担。

 二十歳にも満たない子供が背負うには、あまりにも重すぎるそれは、間違いなく彼の心を蝕んでいる。

 それに彼自身も気づいていないのだから、余計に救いようがない。

 だが、だからこそ、彼は止まることを知らない。

 ラビットフルボトルの力を最大限に生かし、一撃入れては距離をとり、砲撃を回避して更に一撃をくわえる。

 文字通りのヒットアンドウェイ戦法を主軸に、変異型呪霊を一方的に攻撃を加えていく。

 一撃、二撃と最高速度を保ったまますれ違い様に斬りつけ、変異型呪霊を翻弄するものの、やはり決定打には欠ける。

 フルボトルの力を乗せていない、ドリルクラッシャー単体の攻撃力では、変異型呪霊の装甲を破れないのだ。

 ざっ!と地面を擦りながら急停止した貴丈は、いくら斬っても堪えた様子を見せない変異型呪霊の姿に舌打ちを漏らした。

 

 ──やりたくはねぇけど、二本同時に使わなきゃ駄目みたいだな……。

 

 そんな思考が彼の脳裏に過り、ほんの一瞬迷う素振りを見せた。

 一本ずつ使う分にはなんの問題もないが、二本使えばどうなるか。

 五条はフルボトルは変異型呪霊が蓄えた呪力を貴丈が取り込み、後に構築術式で生成しているものだと仮定していた。

 それが事実だとすれば、フルボトルは変異型呪霊の力を貴丈の身体に宿す触媒とも言える。

 一本なら問題ないが、二本、三本と再現なく同時に使ってしまえば、自分はどうなってしまうのか。

 最悪変異型呪霊となり、脱出目前の真希や乙骨、帳の外にいる五条に襲いかかる可能性もある。

 友人や恩人を、自分の手で傷つけたくはない。

 そんな迷いが二本目のフルボトルを取り出そうとした手を止め、変異型呪霊が呪力を溜めたことを合図に再び移動を開始。

 彼がいた場所に砲弾が当たり、凄まじい爆発音と衝撃が貴丈を襲う。

 歯を食い縛ってそれを耐えながら、爆煙を突っ切った貴丈は、ついに覚悟を決めて二本目のフルボトルを取り出そうとした瞬間だった。

 

「ぅぅ……」

 

 貴丈でも、変異型呪霊でもない、誰かの呻き声が彼の耳に届いた。

 弾かれるようにそちらに目を向けたのは、何も貴丈だけではない。

 変異型呪霊もまた身体ごと振り向き、その呻き声の主へと目を向けた。

 先ほど吹き飛ばされた大型呪霊の、大きめの肉片の下。

 そこからどうにか這い出てきた少年二人。

 おそらく、五条が言っていた行方不明になっていた生徒二人だろう。

 一人は意識がないのかぐったりしているが、もう一人はかろうじて意識を保っているようだ。

 生きていたと安堵したいところだが、よく見れば二人の身体には真希の痣にも似たものが浮かび、呪いを受けているのが目に見える。

 だが、今はそれどころではない。

 

『おおおっ!』

 

 変異型呪霊は既に生徒二人に砲身を向け、既に呪力のチャージを開始している。

 今までの交戦経験から、現状の火力ではいくら殴ろうとあの溜めを止めることは不可能。

 ならば、やることはひとつしかない。

 貴丈はラビットフルボトルで強化された速度で変異型呪霊と生徒二人の間に割り込むと、取り替える時間もないと判断したのかラビットフルボトルを握ったまま、手元に水色のフルボトル──ダイヤモンドフルボトルを取り出した。

 それを素早く数度振ってからドリルクラッシャーのソケットに嵌め込み、トリガーを引く。

 

『《レディー・ゴー!ボルテック・ブレイク!!》』

 

 ドリル状の刃が小粒のダイヤモンドを大量に纏い、帳内でも美しいまでの輝きを放つ。

 

「──っ」

 

 同時にドクンと心臓が跳ねる嫌な感覚と、突然の悪寒に全身から汗を吹き出すが、それに構わずドリルクラッシャーを地面に突き立てる。

 その瞬間、貴丈と生徒二人を包み込むようにダイヤモンドが生成された。

 

『オオオオオオ!!』

 

 直後、変異型呪霊の両肩のキャノンが火を噴き、貴丈が生み出したダイヤモンドに直撃した。

 凄まじい爆発音がダイヤモンド内に木霊し、生徒二人の悲鳴をあげるが、貴丈はまた別の意味で表情を歪めた。

 フルボトルの同時使用の弊害か、全身に刺すような痛みが絶え間なく襲い、脳も焼けるように熱い。

 本来ならフルボトルを使うことで一点特化に肉体を強化するところを、ドリルクラッシャーを介しながらも二本同時に使うのは、やはりと言うべきか身体への負担が大きいようだ。

 それでも、歯を食い縛って捻出した呪力をドリルクラッシャーに流し続け、防御を崩すつもりはないらしい。

 変異型呪霊はなにがなんでも壁を破らんとしているのか、自棄になったように砲撃を繰り返し、その度にダイヤモンドを包み込む爆発が起こる。

 ダイヤモンドの表面が焦げ、僅かに罅が入る中、貴丈は全身が引き裂かれるような痛みに耐え、獣じみた雄叫びをあげた。

 吐き出された唾液には僅かに血が混じり、鼻からも口許を真っ赤にするほどの鼻血が垂れる。

 

『オオオオオオ!!』

 

「──っ、ぁぁぁああああああ!!」

 

 変異型呪霊が最大の呪力を込めた砲撃を行い、相対する貴丈は吼えながら呪力を絞り出す。

 直後、凄まじい爆発音と衝撃波が帳内が響き渡り、舞い上がった砂塵が校庭を包み込んだ。

 

 

 

 

 

「うわぁ!?」

 

 突然帳内を駆け抜けた衝撃に乙骨は体勢を崩し、背負っていた真希もろともに倒れこんだ。

 

「づっ……、うぅ……!」

 

 計らずも地面に叩きつけられることになった真希は小さく呻き、足の傷口を中心に広がる痛みに唸る。

 

「ご、ごめん!だ、大丈夫!?」

 

 乙骨は慌てて彼女を抱き起こすが、当の彼女は「大丈夫に見えんのか」と少々どころではない怒気を込めた声で返す。

 そのまま貴丈がいるであろう校庭の方に目を向け、そこに広がる光景にぎょっと目を見開いた。

 特大の爆弾でも落とされたようにきのこ雲が登り、パラパラと音をたてて小石が降り注いでくる。

 だんだんと大きくなる戦闘の規模に狼狽えた乙骨は「は、はやく逃げないと……!」と校庭から目を離して帳の方へと目を向けるが、そんな彼の肩を真希が掴んだ。

 

「オマエ、本当に何しにきたんだ、呪術高専に」

 

 そのまま彼を支えに立ち上がり、薙刀を杖代わりに歩き出した真希が向いているのは校庭の方向だ。

 ふらふらとおぼつかない足取りで、それでも懸命に足を進め、あそこにいる貴丈を助けんとしている。

 

「私にも、貴丈にも、パンダにも、棘にも、叶えたい何かがあるから、欲しいもんがあるから、呪術高専にいんだ!」

 

 そして血を吐かんばかりに喉を震わせ、吐き出した言葉は、本心の吐露だろう。

 

「オマエにはないのか!?何がしたい!何が欲しい!何を叶えたい!」

 

 決して振り向くことはなく、背中越しに投げられる言葉に乙骨は俯き、彼女の言葉に言い返さんとするが、「僕は……」と何かを言いかけて言葉を詰まらせた。

 

「何か言いたいんなら早くしろ。もう足の傷口を痛みも引いた、私は戻る」

 

 そんな彼にもはや興味も失せたのか、彼女は歩き出そうとするが、彼女の背中に乙骨の声が届いた。

 

「僕は、もう誰も傷つけたくなくて……。最初は閉じこもって消えようとしたんだ」

 

 彼は俯いたまま、ポツポツと嘘偽りのない自分の言葉を、自分の意志を言葉にしていく。

 

「でも、五条先生に『一人は寂しい』って言われて、言い返せなかった」

 

 恐怖に震え、上手く力が入らない膝を叩き、半ば無理やりに立ち上がる。

 そのまま覚悟を決めて深呼吸をすると、一歩を踏み出す。

 

「誰かと関わりたい。誰かに必要とされて、生きていていいって、自信が欲しいんだ」

 

 そのまま歩を進めた彼は真希の隣に立つと、彼女はようやく彼に目を向け、先程とは違う前向きな表情にはっと鼻を鳴らした。

 

「──じゃあ、祓え」

 

 そして呪術師の先達として、凛とした表情のままにそう告げた。

 

「祓って祓って祓いまくれ。自信も他人も、その後からついてくんだよ。呪術高専(ここ)はそういう場所だ」

 

 彼女はただそう言うとふらりと身体を揺らし、再びその場に倒れこんだ。

 やはりと言うべきか無理をしていたのか、傷口の膿は酷くなり、気味の悪い痣も濃くなっているように見える。

 

「禪院さん!?」

 

 乙骨が慌てて彼女を支えるが、彼女は「さっさと行け……っ」と彼の背を押した。

 押されるがまま数歩前に出た乙骨は、背後で倒れた真希を見つめるが、彼女は「貴丈を頼んだ」と頼んでふっと力なく笑う。

 彼女の限界が近いのだろうが、それでも乙骨ならこの状況の打破できると踏んでいるのだろう。

 彼女の意を汲んだ乙骨は表情を引き締めると首もとを探り、首から提げていた指輪を──彼が呪われる原因となった、里香との婚約指輪を取り出した。

 それをぎゅっと握り締めた乙骨は歩き出し、それを左手薬指にはめた。

 

「里香ちゃん、力を貸して」

 

『いい……よ……』

 

 直後彼の背後に、異形の存在が現れた。

 

 

 

 

 

『ウゥ……』

 

 度重なる砲撃で消耗し、熱が溜まって赤く染まった両肩のキャノンからはしゅ~と音をたてて煙が吹き出し、放熱をしているようだった。

 今ので決まったと思っているのか、余裕そうに肩を回し、勝鬨をあげるように吼えるが、舞い上がった砂塵の向こうに人影を見つけ、再び警戒態勢となる。

 

「っ……、はぁ……。はぁ……っ」

 

 そして砂塵が晴れるとそこにいるのは、ドリルクラッシャーを杖代わりに片膝をついた貴丈の姿だった。

 背後の生徒二人に怪我はないようだが、その盾となった貴丈は満身創痍。

 全身が血塗れで、頬は焼き爛れ、額から溢れた血で片目が開けられず、頬だけでなく身体中に火傷をしているのか、煙と共に生物の焼ける嫌な臭いが辺りに漂う。

 

「あ、あぁ……」

 

 後ろの生徒の一人がそんな惨状に思わず失禁してしまうが、貴丈はそんなものを気にする余裕はない。

 彼は爛れた頬を見せないように気を使いながら振り向き、「怪我はないか?」とに問いかけた。

 意識がない片割れはともかくとして、呪われながらもどうにか意識を保っていたもう一人は無言のままこくこくと何度も頷き、無事を伝える。

 

「なら、よかった」

 

 その様子にとりあえずひと安心とホッと息を吐いた貴丈は、すぐに表情を引き締めて変異型呪霊を睨み付ける。

 先の砲撃で呪力を使いすぎたのか追撃してくる様子もなく、むしろ耐えられたことに驚いているのか棒立ちしているほど。

 

「まあ、俺はボロボロだけどな……」

 

 貴丈は自分の身体を見下ろして肩を竦めると、ドリルクラッシャーからダイヤモンドフルボトルを引き抜いた。

 そのままラビットフルボトルと共に煙の中にしまおうとするが、二本同時使用の影響なのか呪力をうまく練れず、煙を生み出すことができない。

 

「もう、二度とやらねぇ……」

 

 使用中も辛いのに、使用後にも後遺症が残るなど、二つの特性を扱えるというメリットの割に、その後のデメリットが大きすぎる。

 実際問題、戦闘不能と同義の状態で、あの変異型呪霊を祓除しなければならない。

 

「……もう少し、頑張らねぇとな……っ!」

 

 どうにか気合いだけで立ち上がった彼は、ダイヤモンドフルボトルの蓋を閉めてポケットに突っ込み、ラビットフルボトルを再度振り回す。

 フルボトルから溢れた呪力で無理やりにでも動こうという魂胆なのだが、その直後に強烈な悪寒に襲われた。

 何か強烈な呪いの気配が、こちらに近づいてくるのだ。

 貴丈がゆっくりと首を巡らせ、気配の方に目を向けると、そこには形容しがたい巨大な異形がいた。

 

『イ゛ア゛ァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』

 

 痩せ細り、骨と皮だけのように見える身体と、そこから伸びる長い腕。

 脳が剥き出しになったような頭部には、人間のそれとは思えないほど鋭く長い歯が並び、太い触手を髪のように振り回す。

 

「『…………」』

 

 それを凝視した貴丈と変異型呪霊は揃って困惑し、戦闘状態であることを忘れて顔を見合わせたほど。

 そして二人が再び異形に目を向けた直後、異形が雄叫びと共に動きだし、光の如き速度で変異型呪霊の細腕で捕まえた。

 

『オォ!?』

 

 反応不可能な速度で捕まえられた変異型呪霊は、どうにか抵抗しようと足をばたつかせ、なけなしの呪力を絞り出して異形の顔面に向けて砲撃を行うが、

 

『う゛う゛う゛……!う゛るさい゛……!」

 

 それに全くダメージを受けた様子を見せない異形は、そのまま変異型呪霊を握りつぶした。

 弾けとんだ肉片はやがて煙へと変わり、その煙は独りでに貴丈の影の中へと吸い込まれていく。

 だが異形はそれには気を止めず、返り血で真っ赤になった手を見つめ、ニタニタと楽しそうに笑い始める。

 

『りか、あか、すきぃ』

 

「りか……。里香か!?」

 

 そして計らずも異形──特級過呪怨霊里香の真の姿を目の当たりにした貴丈は驚愕に目を見開くが、ふと違和感を感じて目を細めた。

 なぜかはわからない。わからないのだが、里香と変異型呪霊が重なって見えたのだ。

 何でと首を傾げていると、くいくいと制服の袖を引かれた。

「あ、ああ……」と思考の海から戻ってきた貴丈は、間の抜けた声を漏らしながら振り向けば、今度は乙骨から静かにするようにジェスチャーで指示される。

 先程とは違う雰囲気を纏う彼に、何か吹っ切れたかとどこか喜色の孕んだ表情を浮かべた貴丈は、こくりと無言で頷いた。

 そして乙骨に引かれるがまま、生徒二人と共に近場のクレーターに身を隠す。

 

「助けてくれたのはありがたいんだが……」

 

 そして素直に礼を言った彼は里香の様子を確認。

 彼女は『あおっ、あおはどこっ???』と言いながら校舎をめちゃくちゃにし、逃げ回る呪霊たちを、いっそ無慈悲なまでに殺し回っていた。

 その姿に怖がって震えている生徒に「大丈夫だからな」と気遣いながら、乙骨に問いかけた。

 

「あれは大丈夫なのか?」

 

 問われた乙骨は「今のところは大丈夫」とどこか不安になる返答をするが、今の貴丈にはそれだけで十分。

 

「……逃げるぞ。乙骨はこいつらを頼む」

 

 そしてとにかく五条と合流が最優先と決めて、乙骨に生徒二人を任せ、素早くその場からの離脱を図る。

 身体が重く、視界も霞み始めるが、ここで倒れればまず間違いなく里香の手で殺されることだろう。

 だが悲しいかな、彼はもう限界だった。

 走っている途中で足がもつれ、体勢を崩してしまったのだ。

「やべ……」と声を漏らしてももう遅い、思い切り重心が前に出た身体を支える体力は既になく、彼は豪快に転んでしまう。

 

「桐生くん!」

 

 だが、そんな彼の首根っこを乙骨が素早く捕まえた。

 生徒の一人を小脇に抱え、もう一人を背負っていながら、半ば引きずるような形で帳の外を目指して走り出す。

 

「それで……真希は……?」

 

 無様に引きずられる貴丈が問うと、乙骨は「きっとこの辺に」と辺りを見渡すが、あるのは校門へと続く血の跡のみ。

 それが帳の外まで続いているのを見るに、どうにか自力で這いずって脱出したのか、見える範囲に彼女の姿はない。

 それに安堵したのか、貴丈は途端に気の抜けた表情になるが、こういう時に気を抜くと死ぬと何かテレビで見た気がしてすぐに気を引き締めた。

 そのまま引きずられたまま校門を潜り、乙骨が帳に触れたと同時にそれが解かれた。

 

「や、おかえり」

 

 そして彼らを迎えたのは目元を包帯で覆った男──五条悟。

 彼の後ろの車には真希が寄りかかっており、「遅ぇぞ」と愚痴をこぼした。

 いつの間にか里香の姿も消え、昼間だった筈の空も暗くなり始めている。

 ボロボロな貴丈に目を向けて困り顔になった彼はやれやれと首を振り、そんな彼と子供二人を抱えてここまで来た乙骨に「頑張ったね」と労う。

 照れ臭そうにする乙骨に、ずっと首根っこを掴まれている貴丈は「いい加減離してくれないか」と言いながら、深々と溜め息を吐く。

 離されたら離されたでもう倒れるしかないのだが、今の貴丈にとってはどうでもいい。

 

 ──もう、全身が痛ぇ……。

 

 どちらにせよ、彼の肉体は限界を迎えているのだから。

 

 

 

 

 

 それから幾日か。

 真希と生徒二名の解呪も終わり、貴丈の治療も一段落ついた頃、彼はベッドに寝転んだまま、説教されていた。

 

「それで貴丈。なんでいっつもキミはボロボロになって帰ってくるのかな?」

 

 怒っている相手は五条であり、彼にしては珍しく表情も険しいもの。

 大切な生徒が任務に出る度に満身創痍になって帰ってくるのだから、苦言のひとつでも言いたくなるのは当然ではあるだろう。

 

「なんでと聞かれても、相手が強いからとしか言いようがないんですけど……」

 

 対する貴丈は自分の命に関わる話にも関わらずどこか他人事のように首を傾げ、そんな事をのたまった。

 五条は「確かにそうだけど」と、四級呪術師にも関わらず、下手すれば一級呪霊相当の相手ばかりしている事実に基づき、一応そこには同意する。

 けれどすぐに「でもさ」と返して腕を組み、貴丈に言う。

 

「キミって、いっつも誰かを庇って死にかけるよね?前は真希、今回はあの子供達」

 

 一度目の変異型呪霊との戦いでは、真希を庇って本来なら致命傷とも言える一撃をもらい、今回も生徒たちを庇った結果文字通り死にかけた。

 そしてその自覚はあるのか貴丈は黙りこみ、小さく唸り声を漏らした。

 彼としては身体が勝手に動いただけだったり、相手を死なせたくない一心だったりするだけなのだが、やはりそこが問題なのだろうか。

 

「別にそれが悪いこととは言わないよ?そうしなきゃ死んでたかもしれないんだし、でもさ」

 

 五条はずいっと前のめりになると、寝転ぶ貴丈に顔を近づけた。

 鼻先が触れあいそうな程に近く、貴丈はあまりの近さに嫌悪感を抱いてか全身に鳥肌を立たせるが、そんな事お構いなしに五条は言う。

 

「死ぬ気で戦うのと、死ぬために戦うのは違うよ?忘れないでね、キミが死んだら、少なくとも守られた人にとっては傷になるんだから」

 

「自己評価というか、自分の優先度が段違いに低いのはわかるよ。自分が死んで誰かが助かればって思うのは、キミのしでかした事を思えばまあ当然かもしれない」

 

 五条はそこまで言うと顔を離し、手頃な椅子に腰かけて足を組んだ。

 日本人離れした体躯をもつ彼が、ただそれをしただけで様になるのはムカつくが、言っていることは正しいからと文句は飲み込む。

 物言いたげながらもそれを堪える様子の貴丈の姿に、五条は思わず可笑しそうに笑うが、すぐに表情を引き締めて貴丈に告げた。

 

「もっと自分を大事にしな。少なくとも、キミには生きなきゃならない理由があるんでしょ」

 

「……そう、ですね……」

 

 五条の言葉に、貴丈は改めて目的を確認するようにゆっくりと頷いた。

 最低でも家族を全員祓う(殺す)までは死ねないし、その後は贖罪の為に多くの人を助けなければならない。

 そしてもし贖罪が終わりを迎えたとして、その後に何をするかも考えなければならない。

 やることも多く、考えなければならないことも多いが、全ては自分が生きている前提での話。

 死んでしまえば何もできないし、何かを考えることもできないのだから。

 はぁと溜め息を吐いた彼は「善処します」と一応は約束するが、五条は不満げな表情で腕を組む。

 

「そこは『はい!』って元気よく返事して欲しいんだけどな~」

 

 いつかにも言われたことを再び言われ、貴丈は無言のままじとりと五条を睨む。

 事あるごとにそれを言うつもりなのかと、彼への批判の声が見え隠れしている。

 だがその程度で狼狽える五条ではなく、パンと手を叩くと「それじゃ、僕は行くとしようかな」と立ち上がる。

 ここにいるのも昼休みを利用してのこと、もうすぐ午後の授業が始まる時間だ。

 

「授業を受けたい気持ちはわかるけど、絶対安静だからね。自分を労りなさい」

 

 そして身体を起こそうとした貴丈に先んじてそう告げて、その行動を制した。

 

「もう動けますけど」

 

 貴丈は大丈夫だと言うが、五条は「駄目だよ」と再び彼を制す。

 

「今も言ったけど、もっと自分を大事にしなさい。本当に早死にするよ?」

 

 そのまま上体を起こした貴丈の肩を押してベッドに寝かせ、ふと思い付いたように「子守唄でも歌おうか?」と笑いながら問うた。

 貴丈は「いらないです」と返して諦めたように溜め息を吐くが、すぐに五条に問いかけた。

 

「あの里香って、何なんですか」

 

「何と言われても、よくわからないとしか言えないよ」

 

 彼の問いに対し、五条の返答はただそれだけだった。

 調べた限り、祈本里香は呪術師の家系というわけではない。

 彼女が有力な呪術師であるなら、死後に呪いに転じ、愛する乙骨に憑いても多少なりとも納得できるのだが、

 

「原因不明。出自不明。謎だらけだよ」

 

 五条は何なんだろね、彼女と肩を竦め、「何かあった?」と質問の意図を確かめるように貴丈に問うた。

 問われた貴丈は神妙な面持ちになると、里香を見たときに感じた違和感を言葉にしようと唸り、そして伝わるかどうかは駄目で元々と曖昧なままに口を開く。

 

「本当に、里香が乙骨を呪っているんですか……?」

 

「──と、いうと?」

 

 彼の問いに五条はどこか面白いものを見る学者か何かのように、興味深そうな表情を浮かべた。

 この人でもそんな顔ができるのかと意外に思いながら、貴丈は更に言葉を続ける。

 

「里香を見た時に胸がモヤモヤしたって言うか、デジャブを感じたって言うか、とにかく、里香と俺の家族が重なって見えたんです」

 

「キミの家族。つまり、言い方が悪いけど変異型呪霊と、祈本里香が重なって見えたと?」

 

 そして告げた言葉を五条が端的に纏めて確認すると、貴丈は一度だけ小さく頷いた。

 

「呪う側というよりは、呪われた側のそれに見えたってことでいいのかな?」

 

 更に貴丈が言わんとしたことを明確にすると、貴丈は「それです!」と思わず声を張り上げてしまう。

 伝わるとは思っていなかった意見が届いたからか、貴丈も思いの外テンションが上がったしまったのだろう。

 五条は案外子供っぽいところがあると可笑しそうに笑うが、貴丈は気にした様子もなく「よかった」と安堵の息を吐いている。

 

「キミが言うなら、案外そうなのかもね」

 

「……?どういうことです?」

 

 五条がどこか納得したように言うと、貴丈は首を傾げる。

 まるで既にそれは言われたことがあるというような素振りを見せたのだから、疑問に思うのは当然のこと。

 

「憂太も同じ事を言ってたんだよね。『里香ちゃんが僕に呪いをかけたんじゃなくて、僕が里香ちゃんに呪いをかけたのかもしれません』って」

 

「乙骨も同じ事を……」

 

「キミたち二人がそう言うのなら、本当にそうなのかもしれない。一度、憂太については身辺調査をするつもりだよ。この際遠いご先祖様にまで遡ってね」

 

 もちろん、貴丈もと付け加えると、今度こそ授業だからと五条は部屋を後にした。

 一人残された貴丈は天井を見つめ、深々と溜め息を吐く。

 

「……本当、迷惑をかけっぱなしだな」

 

 一度目はあの日に命を救われ。

 二度目は死刑の執行までの期間を延長してもらい。

 それからというもの、入学のあれこれや授業、実地実習と、何から何まで五条の世話になりっぱなしだ。

 

 ──いつか、この恩も返せんのかな……。

 

 一人ベッドに寝転びながら、貴丈は額の傷跡を指で掻いた。

 とにかく今するべきか休むこと。

 貴丈はあれこれ考えるのも面倒になったのか、頭まで毛布を被って目を閉じた。

 

 

 

 

 




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