この世界には『魔法』がある。科学が発展する以前から存在していた不思議な力。物を浮かせたり、農作物を急成長させたり、自然現象を自在に操ることもできる。それは間違いなく科学より優れた力だ。魔法が世界中に広まれば人類は今より数段進化することが出来るだろう。
しかし、それは許されない。世間に魔法が知れた時に始まるのは戦争だ。魔法による科学の虐殺。貧富の差は今より広がり、大勢の人が死ぬ。その先に待つのは人類史の終わりだけだ。魔法使いたちは魔法の存在を世界に隠し、人類を見守ることを選んだ。それが約千年前のこと。
時は二十一世紀。これまでの人類史を見返せば比較的平和な時代。そんな時代に一人の天才魔法使いが生まれたのである。誰のことって? ふふん、誰だと思う? ねぇ誰のことだと思う? 遠慮しないで正直に言ってみ? ほらほら〜。
あ、ごめんなさい私です素直になるからもう少し聞いて。
えー、こほん。私の名前は蘆田ミカゲ。十六歳の現役女子高生。父と母、二十一歳独身の姉と十四歳の弟の五人家族。苗字の画数がちょっと多くて書くのが面倒臭い普通の家庭です。
でもそれは表の姿。裏では悪い奴らをぎったんばったんにする魔法使い一家! という訳でもない。魔法使いはパパと私の二人だけ。他の家族は魔法を知らない。魔法の存在は妻や姉弟などの親しい人間にすら話せないほど繊細なのだ。あ、私は魔法の才能があったから魔法を知ってます。この優越感! 妹に勝る姉などいないのだよ。
と言っても私も魔法を知ったのは去年のこと。十六歳の誕生日会の後でパパの書斎に呼び出されてそこで知った。最初はいつものくだらない冗談だと笑ったけど目の前で折り紙が浮いたら信じるしかないよね。
その日から私は時間のあるときにこっそり魔法を教わっていた。代々そういうものらしい。表向きには一般人として過ごしつつ、隠れて魔法を習う。そうすることで先祖から続く魔法を次代に残すのだそう。最初の方にちらっと言ったが、私は天才らしくパパが習得に一年かかったという魔法をひと月で物にした。すごい、私。
これがゲームなら学校の魔法使いたちと強力して巨悪に立ち向かう青春が始まるのだが、そんな巨悪はいない。残念ながら。いや、平和で良いんだけどね? ちなみに魔法を悪用した犯罪はそれなりにあるらしい。その話はまた今度、機会があれば。
そんな天才魔法使いの私が普段何をしているかというと…
「ありがとうございましたー」
小さな喫茶店で接客をしていた。ここは表向きのパパの収入源。そして私のために開かれた魔法学校です。立地的に基本閑古鳥しかいないこの喫茶店はお客さんが居ない時に魔法学校になるのです。私はこの時間を使って魔法を習って、ついでにお小遣いも稼いでいます。
「ミカゲ、今日はどんなことがしたい?」
「うーん、それなら式神との感覚の共有とかやってみたいかも」
式神の使役自体はこの前習得できたので、その応用をしてみたかった。この時代の式神はかつての式神とは違い中身の無い場合がほとんどの使い魔のようなもの。かつては霊的な存在を使役していたが現代にそんな存在はほとんどいない。代わりに自分の意識をほんの少し切り取った写しを依り代になる物に張り付けて命令を出す。あとは式神は命令通りに動いてくれるという簡単な仕組みだ。
そして式神とはある程度感覚を共有することができる。一つの感覚を共有するだけでもかなり負荷がかかるらしく、今までは避けてきたがそろそろ試してみたい。あると便利な魔法だろうし。
「感覚の共有か。なら、まずは視覚を練習しようか」
パパはそういって受付台の引き出しから一枚の紙を取り出す。手作りの式神の素材は紙が一番安価で失敗しにくい。使う紙も和紙から折り紙まで、基本なんでも使えるから便利なもの。
はい、と紙と鋏を手渡される。受け取って紙を人型に切る。形代というやつだ。顔に当たる部分に鉛筆で黒い点を二つ、目を書く。あとは指に挟んで祈るように術を唱える。はたから見れば痛い十七歳だが、やってることは本物の魔法なのだ。
「よし、できた」
完成した式神を浮かせてみる。軽い素材だから簡単に浮く。魔法らしいでしょ。やろうと思えば人だって空を飛べるのです。
「ふむ。流石だな。ここから共有、できるか?」
「まっかせて!」
式神の前で両目を閉じ意識を集中させる。初めて使う術はいつだって緊張する。私の意識を式神の視点に切り替える。
ふと気づけば、目の前にはパパと私の前で目を閉じる私がいた。よし。
「ん、成功したよ!」
目を閉じたままの私の口が開く。視界以外は私のままで見ているものだけが違う。変な感じだ。
「少し式神を動かしてみなさい。途中で視界が途切れるくらいまでやってごらん」
「はーい」
とりあえず厨房の方まで動かしてみる。おお、空を飛んでいる感じがする。と言っても風を感じるわけじゃないしそういう動画を見てる感覚。酔いそう。
厨房には誰もいない。適当にぐるぐる動きまわってちょっとした異変に気付く。
「パパ」
「どうした。まさかもう切れたか?」
「いやそうじゃなくてさ。パン焦げてるよ」
オーブンの中で黒く焦げたパンが
「へ? あ。うわあああああああ!!?」
走り去る音が聞こえて式神を少し高いところに避難させて下を見る。少しすると焦った顔のパパが焦げたパンを見て泣いていた。あの様子だとしばらく泣いているだろうし今日の授業はここまでだろう。自主練の時間です。
とりあえず式神を厨房から非難させて扉の隙間を通って廊下にでる。この三階建ての建物の一階部分はパパの喫茶店だが、その上は私たち家族の住むところだ。お姉ちゃんとママに見つからないように式神を移動させる。
台所には晩御飯の準備をしているママが居た。今日の晩御飯は…鯖味噌かな。うん、おいしそう。おなかすいた。気を紛らわせるためにさっさと移動。ここまで視界を共有したままだが、今のところ負担は感じない。むしろ楽しいくらいだ。これが才能ってやつなのだろうか。ちょっとドヤっていいかな。
移動して居間。今にはお姉ちゃんが居た。昨日ママが買ってきた三連のプリンを食べているようだ。だからおなかすいたっての。お腹鳴っちゃったじゃん。誰も聞いてないだろうからいいけど。お仕事終わったら私も食べよう。いや、その前に晩御飯だ。鯖味噌楽しみ。おなかすいた。
というところでカランカラン、と鈴の音が聞こえる。お店の扉が開いた音だ。式神をゴミ箱にぽいして仕事に戻る。さあ接客の時間です。
「いらっしゃいませー、ってなんだ。ハルトじゃん」
「なんだってなんだよ。せっかく幼馴染が来てやったってのに」
元の視界に写っていたのは幼馴染の安倍ハルト。お家的にあんまり仲良くしたくない。一方的にうちの本家があっちを嫌ってるだけなんだけどね。やっぱりこう、苦手意識はある。
「いつものサンドイッチくれー。あとコーヒー」
「はいはい」
ちなみにこいつは魔法を知らない。適性が無いらしい。その点、私はこいつより優れているわけだ。ふふん。
さっさと調理してコーヒーと黒い何かに挟まれたトマトやレタスの挟まった何かを持っていく。
「…なあミカゲ。これはなんだ?」
「なにって、ご所望のサンドイッチですが」
「俺の知ってるサンドイッチは黒くない」
「そういうのもあるんじゃないの? うちでは出してないけど」
「じゃあこれはなんだ」
「焦がしたてのパンで作ったサンドイッチ。悪いけど残飯処理手伝って。お代は取らないからさ」
お願い! と頼んでみる。
「……ったくしょうがねえな」
計画通り。こいつはちょろくて助かる。
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「ごちそうさまでした~」
やはりママの鯖味噌は美味しい。天の道でも通用するくらい美味しい。間違いない。
さて、食後に食べるものといえば? そう、デザート! プリン!
ずっと楽しみにしてたプリン! お待たせ、私のかわい子ちゃん!
「あれ?」
冷蔵庫の扉の先に私の名前が書かれたプリンは無かった。あったのは弟とお姉ちゃんの名前だけ。は?
「お姉ちゃん私のプリン食べたでしょ!」
「え~食べてないし~」
私は知っている。この糞女がさっきプリンを食べていたことを。式神越しでみていたのだから間違いない。
「あんた昨日のうちに食べたんじゃないの~?」
「食べてない! ママ、お姉ちゃんが私のプリン食べた!」
「証拠は? 証拠ないし、
黙れ娼婦もどき。私は手前がプリン食ってるところを見たんだよ。式神越しに。しかしそれは証明できないのも確か。その時間私はリビングに居なかった。式神で見ていたことを明かすわけにはいかない。この場面で私に取れる選択肢は一つ。
「お姉ちゃんの馬鹿! 馬糞! 馬刺しぃぃ!!!」
「あ゛?」
逃げることしかできなかった。
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私がただ逃げるだけか、と言われれば否。断じて否である。
「パパ!」
「うわどうした!?」
逃げ込んだ先はパパの書斎。私の見た光景を話せる唯一の相手、先輩魔法使いもとい陰陽師のパパを頼るためだ。
とりあえず事情を話す。
「なるほどな。えっとそれで、新しいプリンを買えばいいのか?」
「違う!」
私が望むこと。それは簡単なことだ。こういうときすることと言えば…
「パパ、人を殺す呪いを教えて」
「そんなもん教えられるかっ!」
復讐しかない。ラノベの主人公もそういってた。
悲しいことに我が家は呪いが得意な一族なのだ。なにせ祖先はあの蘆屋道満である。物語では大抵安倍晴明の敵、悪役を務めている陰陽師の子孫が私だ。最もこの時代においては両家の子孫は敵対することなく共通の組織に所属してたりするがその話もまた今度。
とにかく呪いとか殺しとか大得意なはずなのだ。なら姉妹殺しも珍しくないだろう。そう、食べ物の恨みは怖いのだ。あの盗人は家族の信頼を裏切り、一時の欲を優先し、あろうことか嘘まで言った。ついでに
「いや殺すのはダメだろ。姉妹だろ」
「えぇ~…」
いいじゃんあの阿婆擦れ殺すくらい。バレねえって。
「しかしまぁ。お前がそこまで言うなら…」
「良いの!?」
「殺すのはダメだ。死なない程度の呪いなら、良いだろう」
そういってパパは本棚の奥から隠すようにしまってある古臭い本を取り出す。
これまた計画通り。正直殺すまでは望んでない。いや上手くいけばとは思ったけど。流石に娘が娘を殺すのを父親が黙ってみていることはないだろう。理想は一晩眠れなくなるくらいには痛めつけてやりたい。
「これを使いなさい。下限はするんだよ?」
「うん! ありがとうパパっ!」
今に見てろよ性悪女。死ぬより酷い目に会わせてやる。
「あ、少し待ちなさい」
「え、なに?」
なんだろう。呪う上での注意点とかかな?
「ミカゲ。一つ聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「お前はなぜ、呪術と言わない?」
「………え?」
え?
「な、なんとなくかなー」
「目をそらすな。今までもいくつか呪術は教えてきたが、お前は一度も呪術とは口にしていない。呪い、呪詛、魔法。それだけがどうしても疑問なんだ」
「いや、特に理由は無いですけどぉー」
「お前が二十歳になれば本家の奴らに会わせなければいけない。奴らそういうところに厳しいからな。ちゃんと今の内から呪術は呪術、陰陽道は陰陽道と区別しておいた方がいい」
「えっと…でも…」
「大丈夫。呪術と口にしただけで呪われることは無い。それに僕がいる。何かあっても大丈夫だから。ほら」
私は察した。これは逃げられない。私は、負けたのだ。
「……じ、じゅじゅちゅ」
「………すまん」
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三分陰陽道~!
本日挑戦する呪いはこちら。『一日のうちに百回右足の小指を角にぶつけて夜も眠れなくなる呪い』です。用意するのは呪う対象になる雌豚の髪の毛、蝋だけ。簡単だね!
髪の毛を融けた蝋で包んで一度固める。固まったらそれに火をつけて髪の毛が燃え尽きるまで愛と気持ちを込めて呪う。これで完成!
呪いを使うときは火事に注意して痛い目見せてやろうね! ついでにじゅじゅちゅ……じゅ、じゅ、つって名前にした奴も呪ってやりたい。
「これで良し。ふふふ、明日が楽しみだね、万年処女」
私はしっかり火が消えたのを確認して布団に入る。御休みなさい。
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時刻は零時零分丁度、日付が変わった直後に蘆田一家は一つの悲鳴で目を覚ました。
声の主は長女の蘆田ヒナタ。悲鳴の直後に彼女の父親が何事かと様子を見に行ったが、その理由は寝返った際に右足の小指を壁にぶつけた、ということだった。察しの良い父親は彼女にいくつか声を掛け自身の寝室へと戻る。
その数分後、再び物音と悲鳴が聞こえ、また数分後に、数分後に聞こえる繰り返しがその晩続いいたという。
一方そのころ呪った本人は安眠妨害されたとして今度別の呪術を試すと誓うのだった。
ネタ新しく思いついたら続きます。