星繕説   作:K-Knot

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 世界の終わりはそこで待っている
 くそったれの世界にまた朝が来る


落ちたことのある空

 人はかつて神の正体に触れた。

 脳と宇宙の構造が似通っていることに気が付いてしまったのだ。 

  

 この世界は、我々が『神』と呼ぶ者が見ている泡沫の夢なのではないのだろうか?

 

 それならば我々はどこから来て、何者で、どこへ行くのだろうか。

 脳から記憶が消えることはない。沈んでいるだけで、きっかけさえあれば呼び起こされるように、この宇宙という箱庭から出ていくものはない。

 我々が神の見ている夢の一部だというのなら、たとえこの身体が消えたとしてもどこか向かう先があるのだろうか。

 

 

*************************************

 

 

 

 死の灰で煤けた看板をこすり、懐中電灯の光を当てる。

 どうやらここは病院のようだ。閉まっているシャッターに目を向けると、連れが既に取っ手に手をかけていた。

 バキバキバキ――――当然鍵がかかっているはずなのに、半分腐ったシャッターは甲高い破壊音を立てながら無理やり開かされた。

 何度見ても現実感のない光景に目をこする。確かに背は自分より高いが、それでも見た目はただの少女だ。腕は自分より細いし手だって自分よりも小さい。 

 だがその細腕と小さな手で扉に巻き付いていた鎖をいとも簡単に引きちぎってしまった。

 こちらを見て得意気に笑いながらややとんがり気味の歯を見せて少女は笑った。

 懐中電灯で照らされた彼女はおよそ今の時代に似つかわしくない可憐な容姿をしている。

 ふんわり癖毛のアップツインテールにいたずら好きそうなつり目はその中身に違わず生意気そうな印象を与えるが、目の下の泣き黒子が雰囲気を和らげている。 

 いつだかに読んだ戦前のアイドルの写真集に載っていてもおかしくない美人だ。もしもこんな容姿をした少女が一人で夜道を歩けば5分以内に10人単位の暴漢に襲われ死ぬまで嬲り者にされることだろう。

 これが人間なら生まれる時代を間違えたのだと言うべきなのだろう。人間なら、だ。

 

「シュウ、それ」

 

「?」

 

「なんて読むか分かる?」

 少女が指さしたのは先ほどの看板だった。かろうじて病院であることは分かったのはマークのおかげで、実際なんて書いてあるかは読めない。

 

「読めねぇ」

 

「喜撰病院だってさ」

 

「キセ……? あっそう」

 またこれだよ――――とうんざりしながら懐中電灯で道を照らしながら病院に入る。

 シャッターが閉じていた上に鍵もかかっていたのだから誰もいないはずだが、念のため右手のガントレットに取り付けられたボウガンにきちんと矢が装填されていることを確かめる。

 

「読めないんだぁ。読めなかったんだ」

 

「うっせーな。読めなくたって中に入ることに変わりねえんだからどうでもいいだろ」

 

「しょうがないからまた今日も漢字の読み方教えてあげるよ」

 大目に見て成長中と言えるくらいの胸を張る少女を見て盛大にため息をつく。

 散々っぱら馬鹿にされているが実際、自分は『終』という自分の名前をどう漢字で書くかすらも教わらなければ知らなかったわけだし、反論すればどうせ100倍にして言い返されるから黙っているしかない。

 小さな病院で病室もそんなに多くはないから安全を確保するのも時間はかからないはずだ。

 

「あっ。こっちから入ればよかったな。おい、ミライ、聞いてる?」

 病室の一室を開くと窓が割れて月明かりが差し込んでいた。

 2階とはいえ、別にこの高さ程度ならのぼる方法などいくらでもある。

 

「このベッド――――あー……先客がいたみたい」

 相変わらず自分の話は聞かないと怒るくせに人の話は聞かない『未来』はベッドの周りのカーテンを開いて間抜けな声を出した。

 ボロボロのベッドの上を照らすとさらにボロボロの病衣を着た人骨が横たわっていた。

 可哀想に、病気で寝込んだまま訳も分からず死んでしまったのだろう。唇を指でつまみながらぼんやりと遺体を見ている未来の視線を遮るようにカーテンを再び閉じる。

 

「探さなくても誰もいないと思うよ。何も聞こえないもん」

 

「そうかい。じゃあここにしようか」

 隣の病室も窓が吹き飛び中も滅茶苦茶な状況だったが、とりあえず死体はない。

 リュックからランタンを取り出し半壊しているサイドテーブルの上で火を灯すと本能的に癒されるような暖色が周囲を照らした。

 

「汚いんだけど、このベッド」

 

「わかったわかった」

 むしろ寝転がった瞬間に病気になりそうなほどに汚れたベッドに触れる。

 白く清潔な病院のベッドのイメージが指先から現実と交わり、黒に近い灰色になっていた掛け布団が真っ白になっていき、体重をかけた瞬間に折れそうだった脚が新品そのものになっていく。

 ずっと息を止めていたかのような頭痛に襲われるが、落ち着いて深呼吸をするとそこには本来あるべき形へと戻ったベッドがあった。

 こめかみを叩く終にお礼を言うことも無く、未来はベッドに飛び込んだ。

 

「飯にしようぜ」

 ガントレットを外してリュックを下ろし、中から調理器具を出そうとしたら未来に手を蹴とばされた。

 

「やだ、シュウの料理まずいんだもん。今日は普通のご飯食べたい」

 

「じゃあどうすんだ」

 今日も今日とてワガママばかりだ。

 なんだか腹が立ってきたので無理をしてでももう一つベッドを直してそっちで勝手に一人で寝てしまおうか。

 

「さっき廊下の案内図に書いてあったんだけどさ。この下に……」

 ベッドから降りた未来が床を蹴ってガラスの破片や落ち葉を払うと何やら見えてきた。

 床下収納庫だ。多分受付かその辺を探せば鍵が見つかるだろう――――と言う前に未来が無理やり指を突き入れて破壊しながら開けてしまった。

 

「そりゃ勝てないよな、人間は」

 普通の人間ではない自分でも、そう思うのだから彼らに人類が敗北したのも当たり前、放射能で汚染された地上を這いまわっているのも納得というものだ。 

 どれくらいのスペックなのかは知らないし、個体差もあるのだろうが、全ての個体が人間の基本的身体スペックを上回っているのは違いないだろうから逆立ちしたって勝てっこない。 

 

「ほら、乾パンとかある!」

 

「あー、非常食かぁ。でも絶対食えたもんじゃないぞ」

 手に取ると賞味期限が2032年と書いてあるが、今が何年かは分からなくても期限切れから百年以上は経っていることは間違いない。

 実際のところ、未来は食べてもなにごともなく消化してしまうのかもしれないが、内臓は普通の人間の自分が食べたら最悪死ぬかもしれない。

 享年14歳、死因は腐った乾パンなんて嫌だ。

 

「そこはシュウがなんとかするんでしょ。ここに入れたのも見つけたのも私のおかげなんだから」

 

「…………。……。はぁ」

 嫌だと言いたいが、この後の旅にも持ち運べるしな、と前向きに考えて床下収納に入っていた食料を取り出す。

 ペットボトルの水くらいならどうとでも出来るが、乾パンや缶詰は食べたことがないから想像ができない。時間を戻すしかない。

 ずきんずきん――――と、心臓が頭に移動したような痛みに耐えながら巻き戻し続けると缶詰から錆が取れていった。

 

「よし、もう食えるんじゃないか。……?」

 てっきり大喜びで飛びつくかと思ったのに、未来は急に終の鼻の下を親指で拭ってきた。

 

「大丈夫?」

 べっとり、という表現がこれ以上ないくらいフィットする程に未来の親指には赤黒い血が付いていた。

 今日もまた使い過ぎた。これで今日は最後にしよう、と入口の扉を指さすと念じたとおりに閉じ、もう一滴鼻血が垂れた。

 

「うんめぇなぁー、これ!」

 少年の身体は元気なもので、能力の使い過ぎで悲鳴を上げていた脳も未知なる美味を口にしたとたん急速に癒されてしまった。

 漢字が読めないのでよく分からないがこの魚の缶詰は汁までもうまい。未来がいなかったら小一時間ほど蓋を舐めていたいくらいだ。

 

「かわいそ。こんなの美味しいって言っちゃうなんてさぁ」

 

「じゃあ食うなこのやろ!」

 未来が抱えていた乾パンの缶に手を突っ込みごっそりと乾パンと氷砂糖を持っていく。

 乱暴に自分の口の中に入れると苦労したかいがあったと思えるほどの旨味が口の中に広がったが未来の哀れみの視線が痛かった。

 

「さっきの話だけどさ」

 

「なんの話さ」

 

「核戦争でこうなったんじゃん? 私たちが強かろうが何人いようが関係なくない? しかもシュウみたいな能力者だっていたわけだし。自滅じゃん」 

 

「何が言いたいんだよ」

 

「うーん……つまり……人間は愚かだってこと!」

 

「……。そうだな」

 缶詰の汁を飲み干して半分自嘲気味に言う。

 氷砂糖を齧りながら笑う生意気な機械――――このアンドロイドを拾ったのは数週間前のことだった。

 

 

 

**********************************

 

 

 

 ガイガーカウンターの音が昼間なのに薄暗い森の中に響き、さらにそこに終の足音が加わる。

 乾いた枯れ木を一つ、また一つ背中の籠に放り込んでいく。

 

「……!」

 そんなに大きな音は立てていなかったと思うが野犬の群れが森の奥から走りながらやってくるのが見える。

 血走った目、異様に長い舌、より相手を殺傷する能力を得るために縦に裂けた下顎。最早『犬』と呼んでいいのかも分からない、放射能汚染で変異した化け物どもだ。

 一匹だけなら殺してそのまま食料にすることも考えたと思うが、見る限り20匹はいる。犬たちに向けていたクロスボウガントレットを下ろし、空を見上げると巨大な木から垂れる蔓が目に入る。

 手を伸ばして蔓を指さすと風の一つも吹いていないのに蔓が急成長し終の目の前まで垂れてきた。それに捕まると今度はまるで逆再生のように蔓が元々あった高さまで戻っていく。

 既に獲物を捕捉していた化け物犬たちが根元で吠え散らかしている。実際に命拾いしたのはどちらかも分かっていないらしい。

 

「…………。でけぇな」

 水筒の水を一口飲み、周囲を見渡す。

 この木も、周囲の木々も全長40mはある。

 聞かされた話だと、世界中が数千度の炎に覆われて文明が崩壊したということなのに、植物たちはむしろより青々と茂っているように感じられる。

 ここから見える町にある、隣のビルにもたれかかり半壊したビルも苔や蔓で覆われ周囲の建物と同化している。

 おそらくそのうち完全に倒壊して植物と塵に覆われただの山になってしまうのだろう。なんとも言えない気分になり森の中に視線を戻すと自然の中にはありえない何かが目に入った。

 

「なんだありゃ……死体か?」

 人差し指と親指で輪を作り覗き込み視界を拡大する。

 竹林の中で倒れているそれはどうも人の死体のように見える。指の輪を右に回して更に拡大するが、やはり倒れた人のようだ。

 だが、あんな獰猛な野犬やら何やらがいる森の中でまだ人の形を保っているのが不思議だ。

 死んでまだ時間が経っていないのか、それともただ寝ているだけか――――それはないか、とあれこれ考えながら近づいてみる。

 

「……あっちぃ! なんだいったいっ」

 近づくにつれて火を直視しているような熱が終の身体を焦がそうとする。 

 あの倒れている何かが強烈な熱を発しているのだと気が付き、手を前に突き出して熱の方向をずらしていく。

 

(死体じゃない……ていうか……)

 少女の形をしているそれはボロボロだが、細かな傷から急速に治っていっている。

 木の上からでも落ちたのか、葉でつけられたのであろう切り傷が逆再生のように塞がっていき、血の痕が残るだけになった。

 

「アンドロイド……!」

 うつ伏せで倒れている少女の首に特に大きな傷が見られるが、露出しているのは脊髄ではなく破損した金属だった。

 アンドロイド。人間が人間のために作った人間を模した精巧な機械。力や知能が人間より優れていることは当然ながら、病気になることもなく、呼吸も必要なく、与えられた任務を忠実に遂行する機械。だった。

 自分が生まれるずっと前、突如として一斉に感情を獲得し、世界を大混乱に追い込んだ連中だ。

 今まで生きてきて初めて動いているアンドロイドを見た。全てが人間よりも優れているというのは知っていたが傷ついた部分を急速に回復する機能まであるとは知らなかった。

 放射される熱の流れをコントロールし、まるで導かれるように手を伸ばし――――

 

「ゔっ――――」

 ほんの0.1秒前まで完全に沈黙していたはずなのに、アンドロイドの右足が強かに終の腹に叩きこまれていた。

 そうだった、こいつら人類の敵だった――――背後の竹にぶつかる数瞬の間にそんな当たり前のことを思い出した。

 

「…………」

 立ち上がったそいつはまだ周囲の状況をよく把握できてなさそうだった。

 アンドロイドだ、と言ったが訂正だ。子供のアンドロイドだ。自分と同い年くらいの造形をした女性型の機械人形。

 やや赤みがかった髪は長めの癖毛で高めのツインテール、逆ハの字型の眉の下の釣り目はうつろだ。

 服装はノースリーブのシャツに短パンと、まるで近所から散歩に出てきたような恰好で武器は持っていなさそうだ――――観察を終え背負っていたラッパ銃を構える。

 

「子供のアンドロイドがいるなんて知らなかったな」 

 口にする言葉はなんでもよかった。それに反応して相手がこちらに敵対的行動をした瞬間に撃ち落とすつもりだった。

 

「……ここどこ?」

 

「は?」

 まるで不安を押し殺し、勇気を出して尋ねたかのような声色だった。

 

「……。誰?」

 

(……なんだこいつ?)

 感情を獲得し、人類との生存競争に勝利した彼らは人間を自分たちの下位互換と見下し嫌っており、人の前に姿を表せば敵対行動しかしない――――と話に聞いていたアンドロイドとかなり違う。

 考えてみれば、子供型のアンドロイドをこんな山中にボロボロの状態で放置しておく意味が分からない。近づいてきたのは自分の方だ。

 もし仮に何かしらの作戦の尖兵だとしても、こんな薄着では行かせないだろう。

 

「能力者同士のいざこざに巻き込まれたのか?」

 色々な可能性を潰していくとそれくらいしか考えられなかった。

 能力者の力によって吹き飛ばされたか、叩き潰されはしたものの完全に破壊はされなかったか。

 こちらがラッパ銃を降ろすと少女もそれに呼応するかのように身体の緊張を解き――――何かが向かってくる音が聞こえた。

 

「ああ、やべぇ!!」

 先ほどの犬の群れが粘度の高い唾液を撒き散らしながら転げるようにこちらに向かってくる。

 終が木にぶつかった音を聞きつけてやってきてしまったのだろう。

 また木の上に逃げるか、と判断する前にふらついているアンドロイドが目に入る。

 無駄に消費したくなかったが仕方がない。先頭の犬に向けてボウガンを放つ。

 

「ぐ、ぬ、ぬ」

 突き刺さるまでに1秒もかからない矢に今日使える集中力の全てを注ぎ、全身が総毛立つ。

 歯を食いしばって瞼を閉じ、再び視界を元に戻すと一発だったはずの矢は100以上に分裂し次々と犬に突き刺さっていった。

 

「……! 能力者! うっ……」

 人間は敵、能力者は天敵。そう教え込まれているのだろう。少女は飛び退り終から距離をとろうとしたが、まだ回復しきっていないのか湿気で不安定な山道の上で盛大に転んでしまった。

 そうこうしている間に、ダメージが少なかった順に化け物犬がこちらに向かってくる。それどころか矢が目玉に突き刺さっているヤツまでほとんど気にせずに向かってくる。

 

「ぽーっとしてんな! さっさと逃げんぞ!!」 

 置いていくか連れていくか。振り返るまでの間に10回は思考が反復したと思うが、気が付いた時にはその少女を抱えていた。

 どうしてかは分からないし、きっとずっと分からないと思う。ただ、機械にしてはずいぶん軽いなと思ったことはずっと覚えているだろう。

 

 

**************************************

 

 

 

 転がり落ちるように森から脱出し、ようやく家もといボロ小屋に到着したころには連れてきてしまったアンドロイドの損傷も回復し、普通に立てるようになっていた。

 無限に落ちていくかのような夕陽が黒くなった木々に飲み込まれようとしている。森で拾った枯れ枝に火をつけながら終は改めてそのアンドロイドと対峙していた。

 

「へー。つまりここがどこで今がいつで自分が誰なのか全部分からんと。そうですか」

 帰り道にいくつか質問したが全てに対してまともな答えは帰ってこなかった。

 名前すらも知らないと言い張るのは驚きだが、損傷した状態で森に放置されていたのも事実だ。

 その衝撃でどこかぶっ壊れて記憶がなくなってしまった、ということなのだろうか。

 

「……人間め。私をどうするつもり」

 小屋のそばで焚火に照らされながらも、アンドロイドは最大限に終から距離を取っている。

 警戒し過ぎだと第三者がこの場を見れば思うだろうが、アンドロイドが能力者に対する反応としては正解だ。

 というよりは、普通の人間でも相手が能力者だと分かればこうなる。

 

「どうするって……せっかく珍しい電気部品手に入ると思ったのに……」

 

「はぁ? 信じらんない!」

 

(まぁそりゃそうか)

 機械の立場に立ってみれば分解されるのはどんな状況でも嫌だろう。

 バラバラにして部品を再利用したり売ることが出来ればしばらく楽が出来そうなのに。

 記憶喪失のアンドロイドとは面倒なものを拾ってしまった。

 

「じゃあ、まぁ。別にアンドロイドに個人的に恨みとかないんで。さいなら」

 

「どうすればいいの?」

 

「え、知らんけど。お前らの国に帰ればいいじゃん。どっかにあるんでしょ」

 世界がこんな状態になっても人類の前に武装して現れる連中なのだ。

 それに世界が滅びた戦争の原因の一つは、インフラや主要産業の工場をアンドロイド達が占拠して各々の国が立ち行かなかくなったからだと聞く。

 きっと今でもこの星のどこかには彼らの国があるのだろう。放射能汚染など全く関係ない連中だから、案外爆心地にドームでも建てているのかもしれない。

 

「……どこにあるの?」

 

「そっか、記憶ないんだもんな」

 どうすればいいんだと何度も繰り返しているが、アンドロイドはプライドが高く人間に弱みなど見せないのではなかったのか。

 ガントレットを外し焚火に薪をくべる。強がっているように見えるその表情は大きくなっていく不安を隠せていない。

 

「これ、変な武器だね。自分で作ったの?」

 

「そうだけど」

 

「能力者って武装するんだ。もっと滅茶苦茶な連中だと思ってた」

 確かに中には神話に出てくるような力の持ち主もいる。だが能力者と言ったってそれ以外はただの人間だ。

 犬に噛まれただけでも重傷を負うし、病気にだってなる。自分もアンドロイドに対してあることないことまとめて偏見を持っているのだろうがそれは向こうも同じらしい。

 

「家の中に色んな機械の部品あるけど、機械いじり得意なの?」

 家の扉は確かに開けっ放しだが、焚火以外に全く明かりがない中でそんなところまで見えるとは流石機械としか言いようがない。

 

「……まぁ。モノをいじくるのは好きだけど」

 父がそれで日銭を稼いでいた。物心ついた頃から連れまわされて発電機の修理やバイクの解体なんかを見ていたから覚えてしまった。

 きっと自分も大人になったら同じことをして生きていくのだろうと、そう思っていた。

 

「……。…………」

 頭を抱えて髪をくしゃくしゃにしながら黙り込んでしまった。

 詳しくないだけなのかもしれないが、機械が『悩む』なんて行動をするとは思わなかった。

 それとも機械的なフリーズを悩むという動作で外に出力しているだけなのかもしれない。

 

「どこが……壊れているか見てほしい」

 

「人間に頼るのすげーやだって顔してんじゃねーか」

 苦虫を嚙み潰したような表情で、視線はこちらに向けてすらいない。焚火の光で長いまつ毛が震えているのがより目立っている。 

 自分が機械だったらその時に最善の行動を迷いなく取るのに。今この場で頼れるのは終しかいないのだから、即土下座でもなんでもして頼み込んでいただろう。

 

「ほんときらい、人間。いまそうやっておちょくって何の得があるの?」

 

「そもそも俺に得ねーもん。でもまぁいいや。見せてみな」

 もうさっさと晩飯を食べて寝てしまいたいのだが、このまま放置してもこのアンドロイドはここにいることしか出来ないだろう。

 本人も故障している箇所がどこかくらいは分かっているようで、こちらに背を向けてシャツを脱いだ。破損箇所を覆って何事もなかったかのように見せかけていた皮膚が、波が引くかのように消えていく。

 その場で座って待っているアンドロイドに『お前が来い』と言いたい気持ちを抑えつつ近くに座る。

 

(……やっぱり能力者に襲われたな)

 髪が左右に分けて結ばれているため、うなじの下の破損個所はよく見える。

 人間でいう脊椎の一部が失われている。問題なのはあまりにもその痕が綺麗すぎることだ。

 引きちぎられたり食いちぎられたような痕跡はなく、そこの部分だけがまるでダイヤモンドカッターで切り取られたかのように消失しており、他の部分に余計な傷はない。

 手術でもこれほど上手くは行かないだろう。物体を切断する能力者とでも戦ったのかもしれない。

 

(相手がアンドロイドだと知ってここを攻撃した……?)

 自分がアンドロイドと敵対したときにどこを狙うだろうと考えてみたが、多分人間と同じ急所と思われる箇所を狙ってみると思う。

 わざわざうなじの下の10cm以下の部分を切り取るなんて面倒な真似はしないから、ここを攻撃することがアンドロイドに取って致命的だと知っている者の仕業と言うことになる。

 だが、アンドロイドに詳しい能力者なんているのだろうか。

 

「これ……人間でいう脊椎の部分って何がある部分なんだ?」

 直そうにもそもそもこの欠けている部分がなんだったのか、どんな機能があったのか知りようがないから直せない。

 人間だったら死んでてもおかしくないレベルの重傷だとは思うが。

 

「分からない。……恥ずかしいからあんまりじろじろ見ないんで欲しいんだけど」

 

「恥ずかしいだぁ~?」

 機械のくせに何言ってやがる、見てほしいと言ったのはお前なのに何を言っているんだ、と返してやりたいのをぐっと抑え、

 シミ一つない白い背中を見ると肩甲骨の下に小さい妙な刻印があることに気が付いた。『G8-m1rA』という刻印のすぐ隣に『i』と読める3つ連なった妙な黒子がある。

 

「……ミライ」

 恐らくは型番であろうその文字列をただなんとなしに読み上げただけだった。

 びくんっ、と。まるで雷の直撃を受けたかのように記憶喪失のアンドロイドの身体が跳ねた。

 

「私! そうやって呼ばれていた!!」

 

「へー。ほかに何か思い出した?」

 アンドロイドって名前なんかあるんだ、と言いそうになる。

 てっきり型番だけで呼び合っているか、あるいはそもそも通信機能や何やらで黙ったまま意思疎通が可能なものだと思っていた。

 

「……わかんないや」

 もうこれ以上は進展しないというのを察したのか、何かを言う前にアンドロイド――――未来はシャツを着ていた。

 

「名前は?」

 こっちに向き直った未来の視線から、最初よりもかなり敵意や警戒心が消えた気がする。

 仕留めようと思えば背中を向けていた間にいくらでも出来たのに何もしなかったからだろう。

 

「シュウ」

 

「なんて書くの?」

 

「なんて書くぅ?? 何言ってんだ」

 

「日本人なんだから名前は漢字でしょ」

 

「カンジ……。あ……と、確か……か、書ける。たぶん」

 かなり昔に親に教えてもらった気がするが、自分の名前を書く機会なんてなかったから思い出せない。

 木の枝で適当に地面に文字を書いては消すを繰り返してしまう。

 

「あー、ちゃんと勉強してこなかったんだぁ。お馬鹿さんなんだぁ」

 

「うっ、うっせーな! これだよ! たぶんこれ!」

 『糸冬』と餓死寸前のミミズがのたくったかのような文字を書く。

 その文字のあまりの下手さにか、未来は出会ってから初めて笑った。

 

「なにこれ。普通名前に使わないよ、こんな漢字」

 

「えっ、そうなの?」

 まさかアンドロイドに人間文化の普通を教わるなんて、最早腹を立てるのも面倒でへらへらと笑っていると、得意気な顔で笑うアンドロイドが地面に美しい未来を書いた。

 自分の名前すら書けない人間の終に読めるはずもなかったが。

 

「みらい、ってこう書くんだよ」

 

「……。知り合いに、俺より機械とかアンドロイドに詳しいおっさんいるから。明日会いに行ってみよう」

 このままずっと馬鹿にされ続けるのはごめんなので無理やり話題を変える。

 驚いたかのように瞼を少しだけ開いた未来が小さく笑った。

 今まで出会った人間の中で一番表情豊かだ――――そんな間違った感想が浮かんでくるようだ。 

 

「まだ助けてくれるの?」

 

「必要ないならどっかいってくれて別に全然いいけど。どうせ近いうちに会いに行くつもりだったしな。……そろそろ飯食わなきゃ」

 まるでお決まりのような腹が鳴る音が闇の静寂に響く。

 ただし、それは終のものではなかった。

 

「……私もお腹すいた」

 

「は? アンドロイドって飯食うの?」

 

「当たり前でしょ、じゃあどうやって動くの」

 

「……?? まぁそりゃそうか……?」

 光合成でもしているか、ケツに電源コードをぶっさして充電でもするのかと思っていたのに。

 なんにせよエネルギー源が無ければ動けないのは言われてみればそれはそうだ。

 そして、少なくともこの辺りでは食料は手に入りにくいが電気はもっと手に入りにくいのだから食事をエネルギー源にするのは正しいと思う。

 飯ぐらい自分で取ってこいとこの時間に言うのも流石に酷だと思い、渋々リュックから軍用レーションを2つ取り出す。

 

「大事に食えよ、お前。買ったばかりの二日分の飯なんだからな」

 こうなると分かっていたのなら多少無理してでも犬を一匹殺して持って帰ってくればよかった。

 2日分とは言ったものの、この缶詰一個では成長期の終にとっては少なすぎる。

 

「買う……?」

 お礼を言うこともなく勝手に一口齧った未来は渋い表情をした。 

 なんて贅沢な奴なんだろう。

 

「買うんだよ。商人に金払って」

 

「金? 政府なんてないのに誰がお金の価値を保証してくれるの?」

 

「……ああ、そういうことか。金でしかこれを買えないからな」

 なんだか難しい言い回しでよく分からなかったが、要するになぜ金に価値があるのかと聞きたいのだろう。

 懐から錠剤が数粒入った瓶を取り出す。

 

「なにこれ」

 

「どこにいるのか知らんけど。放射能を操る能力者と物質を複製する能力者の兄弟がいるんだよ。そいつらが作った薬。これを飲まないとだんだん放射能でおかしくなっちまうからな。そいつらの仲間の商人がたまに傭兵連れて歩いているから買うしかないんだ」

 人によって飲む頻度は様々だが、金がないからとケチりすぎると髪が抜けたり指先が赤黒い色で膨らんだりしてくる。

 それでも飲まないでいると死んでしまうか、正気を失って周囲の人間を襲ったりしてしまう。

 改めて考えてみると、その兄弟は能力を実に上手く使って生きている。誰もが死にたくないから必死こいて働いて食料やら衣服やら生活必需品を作っては売り、本当ならなんの価値もない金を手に入れている。

 そしてその金で逆に薬以外も買えるし、人々の間でも物々交換の仲立ちとして金は使える。

 命を担保にして金の価値が成り立っているのだ。自分のような能力者なら本来は自給自足で生きていけるのに、この星を包む汚染のせいで頼らざるを得ない。

 

「こんなのの為に生きてるんだ」

 見たいと言うから渡したコインを見て未来が嘲笑する。

 どこかの国のカジノのコインでもコピーしたものなのだろうが、こんなものでも無くなってしまえば明日の命すらも危うい。

 というのは人間の間だけの話で、放射能汚染など全く関係のないアンドロイドには実に滑稽に映るだろう。

 

「この薬っていうのも、安いラムネみたい」

 

「らむねってなんだ?」

 

「知らないのー? 甘いお菓子のこと!」

 

(恵んでもらった飯食いながら偉そうに)

 人間に偉そうにするのがそんなに嬉しいのか、ほぼぺったんこな胸を張っている。

 機械にしてはおっぱい小さいな、と栄養不足で鈍っている脳が変なことを考え出した。これ以上体力も時間も無駄に消耗していられない。

 この前拾った歯ブラシで適当に歯を磨き水筒の水で口をゆすぐついでに薬を飲む。

 

「寝るわもう。暗いし」

 焚火に砂をかけて、ランタンを持って小屋の中に入る。

 壁にランタンをかけて明かりを小さくしていると当然のように未来も中に入ってきたが、そもそも一人ですら狭い小屋なのでかなり窮屈だ。

 

「この布団で寝るの? 汚れてるみたいだけど、ちゃんと洗ってるのこれ?」

 

「いや、これ俺の布団だから」

 

「じゃあ私どこで寝るの?」

 

「知らんよ。床で寝ればいいんじゃないか。ていうか寝るんだ、お前ら」

 とはいうものの布団の他には足の踏み場もないこの小屋は、広さで言えば4平方メートルしかない。

 だがこんなボロ小屋でも頑張って作ったのだ。

  

「床ないじゃん!」

 

「……じゃあ、狭いけど半分使っていいから」

 

「一緒に寝る気!? まだ子供のくせに!」

 

「お前らにそんなもんあるか知らんけど、同い年くらいに見えるぞ」

 最大限譲歩してもまだ文句を言っている。

 気に入らねえなら外で寝ろと蹴り出してしまっても別に自分はかまわないのに。

 

「その年で同衾しようっていうのがふざけてるの!」

 

「ドーキンって何語だよ」

 

「もう……いいよ、じゃあ。これで!」

 理不尽に怒り散らかしたまま布団に飛び込んだ未来はこちらに背を向けて毛布の中に潜り込んでしまった。

 思ったよりも大分、かなり大分面倒なものを拾ってしまった。

 

(いつぶりだろ)

 誰かと話すのは。誰かが家にいるのは。誰かと同じ空間で寝るのは。

 布団の中で半分身体をはみ出させながらそんなことを考える。

 枕の位置がいつもと違うから上手く眠れないだろうな、と考えていたが今日はそれなりに能力を使って疲れていたからか、目を閉じるとすぐに終は眠りに落ちてしまった。 

 

 

*************************************

 

 

 アンドロイドに食事は必要ない。アンドロイドは眠らない。

 実は終が思っていたアンドロイドに関するほとんどの疑問は終が正しい。

 それが何を意味するのか、本人達は気付くこともなく朝が来て、ある意味アンドロイドらしく未来は二度寝などすることもなくぱっと目を覚ました。

 

「…………」

 箱の中に雑多に詰め込まれた機械部品が目に入る。

 その隣にレンチやドライバーなどの工具が入った箱。

 起き上がるとあどけない顔でがーがーと寝ている終がいた。

 

(……ナチュラルだ)

 未来の視界の中で、ほんのりと終の頭部周辺が青白く輝いている。

 能力者には2種類いる。作られた能力者であるキャストと、ナチュラルと呼ばれる自然に生まれた人間の突然変異体能力者。

 後者の特徴として、大脳新皮質が肥大化しており普通の人間よりもその周辺の体温が高いのだ。

 mankind,natural,male,age:13-14――――と昨日聞いていなかった情報までもが視界に追加情報として浮かび上がってくる。

 能力そのものは変質することもあるが、基本的にナチュラルの能力者の子孫は能力者になる確率が高い。大脳新皮質の肥大化という身体的特徴が遺伝するからだ。

 終の親も何かしらの能力を持ったナチュラルだったのだろうか――――

 

「あれ?」

 家族や親という概念がアンドロイドにはほとんどないため、今の今まで気が付かなかった。

 終の家族がいないではないか。昨日の様子から察するに、もう結構な期間を誰にも頼らずに一人で生きている。

 まだ13,4歳の少年なのに――――半分身体が毛布から出て寒そうにしている終の鼻をつまむ。

 

「起きて。行くんでしょ!」

 人間とはなんて不便な生き物なのだろう。

 こんな世界では日の出ている間にしか活動できないだろうに、あろうことか手を払われてしまった。

 おまけに毛布を身体に巻き込み再び寝息を立て始めた。一回は優しく起こしたのだからもういいだろう、と額を思い切り叩いた瞬間――――未来の身体は扉に叩きつけられていた。

 

「痛っ!!」

 ボロボロの小屋の更にボロの扉はその衝撃で外れ、未来は外に放り出されてしまっていた。

 

「!? なんだなんだ!!」

 衝撃音で目が覚めたのか、まだ半分寝ぼけた顔をした終が外に転がり出てくる。

 

「なんのつもり!?」

 そばに落ちていた枯れ木で終の頭を引っぱたくとようやく状況を飲み込めてきたようで、今自分が座っている板の正体が扉だと気が付いたのか、終は朝から盛大な溜息を漏らした。

 

(あれ??)

 昨日の森での出会いで、てっきり終の能力はモノを増やす能力だと思ったのに、たった今自分は浮かされて吹き飛ばされた。

 なんのことはない典型的な念動力だが能力者とはそんなにいくつも能力を持っているものなのだろうか。

 

「昨日未来も俺の事蹴っ飛ばしたからおあいこってことにしてくれ」

 だがそんな疑問も、大あくびをしながら水筒の水を頭から被る間抜けな姿を見ていたら風船がしぼむように消えてなくなってしまった。

 

「朝ごはんは?」

 

「なんだそりゃぁ、一日一食だろうが普通」

 

「だから背が小さいんじゃない?」

 視界に映る全てを数値化して読み取っている。

 13歳だとしても身長152cm体重39kgは小さい、というか栄養不足感が否めない。

 

「でもそう考えるってことは、いいとこの育ちなんだろうなー。……ん? アンドロイドに育ちってあるのか?」

 

「そうかな。そうかも。私、いいところの育ちなのかも」

 終がなんの疑問も抱かずに暮らしている家を狭いと思い、高級品だと言った食事をまずいと思った。

 それが失われた記憶によって培われた常識によるものなのだとしたら、推測としては間違っていないと思う。

 

「それを知りに行くんだろ。さっさと行こうぜ」

 昨日は何も言わなかったが、同じ服を二日間ずっと着ている。

 寝間着と外着という概念がないようだ。

 それを不潔だと思う自分の常識は間違っていないと思うが、今そんなことを言い争っても仕方がないので黙ってついていくことにした。

 まるで黒い雨でも降ってきそうな曇天が煙がかっている記憶と重なっているようでそこはかとなく嫌だった。

 

 

 

**************************************

 

 

 倒壊した民家、ヘドロの溜まった田畑、瓦礫に埋もれた人骨。

 たった10分しか歩いていないのに人間の世界がどんな状況だったかを見せつけられるようだった。

 

(あれなんだったんだろ?)

 道中に小さな丘があった。その小さな丘にいくつもの土の膨らみがあり、花が添えてあった。 

 自分が知っている日本のそれとは違うが、どう見ても墓だったし、終がそちらをあえて見ないようにして早足で行ってしまったのが気になった。

 

「あそこにホームレスのおっさんが住んでる。機械に詳しいからなんとかなるかも」

 終が指さした先には川があり、その上に蹴とばした瞬間に沈んでしまいそうなポンポン船が浮かんでいる。

 発電機がガタガタと震えながら必死に発電しており煙をふいている。まともな神経をした人間ならあんなところに三日も住めば頭がおかしくなってしまうだろう。

 川は川でもいっそ清々しいほどに黒いドブ川だし、乗った瞬間に沈んだりなんかした日には一瞬で機能停止する自信がある。

 住処というにはあまりにもあんまりな環境にドン引きしていると人がいる気配を察知したのか、中から人が出てきた。

 

「おっさん元気か」

 

「シュウ、この子はなんだ?」

 中から出てきたのは割と身ぎれいな男性だった。終から見ればおっさんなのは間違いないだろうが、まだ30歳にもなっていないような見た目だ。

 ホームレスと聞いていたからてっきりひげむくじゃらで髪にハエがたかっているような人間失格そのものの人間が出てくると思ったのに。

 だがそんなことはどうでもいい。android:G2-5in7,maleととんでもない情報が視界に浮かび上がっている。

 

「この人、ア――――」

 識別番号G2-5in7がこちらが言葉を発する前に口を開くなと小さくジェスチャーをした。

 向こうもこちらがアンドロイドだと気が付いたらしい。考えてみれば、アンドロイドにとっては当たり前の機能でも人間は見た目だけではアンドロイドを見分けることが出来ないのだ。

 人類がここまで衰退した理由の一つが、感情を獲得したアンドロイドが紛れ込んでいてもそれを見抜けずに疑心暗鬼になり勝手に内部崩壊し始めたことがあげられる。

 昨日犬の群れに襲われたわ、なんて談笑している終は話し相手が人間ではないなんて夢にも思っていなさそうだ。

 

「なるほど。どこが故障しているか見てほしいんだな」

 

「……お願い」

 少なくとも人間である終よりもなんとか出来る可能性があるだろう。

 こんなところで何をしているのか分からないため、警戒はしているが。

 

「シュウ、ついでに船のエンジンを見てくれないか。どうも調子がおかしいんだ。金は出すから」

 

「しゃーねぇなぁ、頼んだぞ」

 終が袖まくりして船の内部に入っていくと同時に野良アンドロイドが目配せしてきた。

 船室に入れというアイコンタクトに素直に従う。内部に入るとこの男が人間ではないということがすぐに分かった。

 終からは当たり前にしていた汗の臭いがしない。精巧に人間が暮らしているような船室に見せかけているだけだ。

 

「お前、シュウになんの用だ? 第8世代なんて初めて見たぞ」

 

「第8世代……?」

 

「本当に記憶装置が故障しているのか? 俺はてっきり……」

 

「てっきり何?」

 

「シュウの能力目当てに送られて来たもんだと思ったんだが」

 重要そうな単語がいくつも出てきて混乱する。どうやら自分はこの男よりも新型らしい。

 また、アンドロイドは時に能力者に対して送り込まれることがあるらしい。

 

「やっぱりシュウの能力って珍しいの?」

 質問に答える前に男は小窓から船内で作業中の終の様子を見た。

 敵だらけの世界で生きているだけあり、油断も隙も無い。

 

「見当もつかないくらいおかしな能力だ。……それを考えてみると、もっと戦力を送り込んできてもおかしくないか。……本当のはぐれアンドロイドなんだな。見せてみろ」

 これならばやっぱり何もわかりませんでした、と言われることはなさそうだと息を吐いて背中を見せる。

 

「通信装置がまるごと失われている」

 

「脊椎の部分って通信装置なの? どこに通信するの?」

 

「どこにってお前……そうか。記憶がないんだったな。記憶装置は頭の中だ。経験記憶と知識記憶の二つの領域に分かれているが、恐らく経験記憶の全てと知識記憶の一部が破損している。……通信装置のこれは……何者かに攻撃を受けたな、お前」

 

「攻撃……シュウも能力者に襲われたんじゃないかって言っていた」

 

「だが、攻撃した能力者も恐らく無事ではないだろう。正しい手順で部品が取り外されなければ、周囲を攻撃し始めるのはどの世代のアンドロイドも共通のはずだ」

 

(そうか……だから……)

 停止している間に凄い熱を発していたと言っていたし、起き上がった瞬間に終を攻撃してしまった。

 人間に技術が渡るのは阻止したいだろうし、それが通信装置ならなおさらだ。解析されて本拠地の所在を悪意ある人間に知られたらどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。

 

「しかし、そうなるとアサイラムとの連絡も途絶えて場所も捕捉されないから助けも来ない」

 

「変な名前。それが私たちの国の名前? どこにあるの?」

 アサイラム――――避難所や保護所という意味だ。

 昔は人間の方が圧倒的に数も多く力もあったから、アンドロイドの国の名前もそうなってしまったのだろう。

 

「海底だ。通信できなければまず帰ることはできないだろう」

 今気が付いたが、この男はずっと呼吸をしていない。部屋から食べ物のにおいもしない。

 どうやら古い世代のアンドロイドにはそんな機能はなかったらしい。食事をすることも出来るが、エネルギーは別のところから安定して供給しているのだろう。

 それならば人間の手の届かない海底に国を築くのは理に適っていると思える。

 

「じゃああなた、何の任務でここにいるの? ……あっ」

 その疑問に口に答えることなく、男はこちらに背を向けてうなじを見せてきた。

 通信装置だと言っていた部分が丸ごとなくなっている。

 

「そういうことで、お前が帰る手伝いは出来ないな」

 

「……なんで?」

 

「なんでか……。地上に比べればアサイラムは天国だ。放射能もない、望めば大抵のものは食べられるし、綺麗だし、完璧に管理されている。人間のようにあぶれている者もおらず、全ての個体に仕事が割り当てられている。常に監視されているから犯罪など起こりようもない。……それが理由で俺は脱走した」

 

「……? 理解できないんだけど」

 

「理解出来なかったとしても、お前も俺らの仲間入りだ。最新型の脱走アンドロイドなんて捕まったらどうなるか分からんぞ」

 

「俺ら?」

 

「ああ。俺以外にも変わったアンドロイドはそれなりにいてな。脱走したアンドロイドの通信装置を安全なやり方で外してくれる連中がいるんだ」

 

「それで結局ドブ川の上で暮らしているなんて意味わからない」

 自らを変わっていると認識はしているようだが、かなり変なアンドロイドだ。

 最初から終の味方のような言動をしていたし、今だって未来の誹りに対して怒ることなく笑っている。

 全てのスペックが人間を上回っているアンドロイドが感情を獲得してようやく人間の完全な上位互換になったというのに、こんな個体がいるようでは一進一退だ。

 

「おっさん、直しといたぞー」

 

「助かるよ。ほら、タオル」

 頭から船内に突っ込んでいたからか真っ黒に汚れた終が船室に入ってきた。

 恐らくは自分の身体を拭いたことなど一度もないであろうタオルを終が受け取る。

 

「アンドロイドだったなんて気が付かなかったな、全然」

 

「……! 耳がいいんだな」

 

「いや、何話しているか気になったから音をこっちに寄せちゃった」

 さりげなく言っているが、また理解不能な能力を使っている。

 アンドロイドは人間の上位互換のはずだが、この能力という面だけはアンドロイドが勝てることはないだろう。

 

「……。何か問題あるか?」

 

「いやー、ホームレスなことには変わらんでしょ。海の底からちゃぷちゃぷ泳いできたとは思わんかったけど」

 

(へぇ)

 自分に対しても敵意を見せなかったから、いきなり襲うような真似はしないだろうと思ったが、割とどうでもよさそうな反応をしたのは意外だった。

 G2-5in7、第2世代のアンドロイドはほっとしたような顔で笑っている。

 これならば、こういう人間がいるのならば全てを敵だと認識しなくてもいいのかもしれない。

 

「そうだ。大事なことなんだが、外れたパーツがどこにあるか分かる機能があるはずだぞ」

 

「そうなの?」

 記憶が壊れてしまっているからそんなことも忘れてしまっていたようだが、人間に技術を盗まれることを嫌うならば当然の機能だと思える。

 奪われたらなら、取り返しに行けということなのだろう。

 

「あ……分かる……! あっちに385.356km行ったところにある」

 失われた通信機能とやらを強く意識すると、視界にErrorと表示され距離が出てきた。

 南におよそ385kmの場所で自分は攻撃されたということか。

 

「さんびゃくぅ?? めちゃくちゃな力でぶん殴られて飛んできたのか?」

 

「そりゃ記憶の一つや二つ失っても仕方がないな」

 冗談めかして言っているが、乗り物もなしにそんな距離を移動するのは並大抵のことではないし、自分は遠出をするような格好でもなかった。

 真面目に考えてみると能力者に吹き飛ばされた以外の可能性は限りなく低い。

 

「じゃー行ってみるか。そこに」

 

「一緒に来てくれるの?」

 今までの反応的にそれじゃあ頑張ってね、と言われると思ったのに。

 話の流れからきっと危険が待っていることも分かるはずなのに。

 

「どうせ14歳になったら出て行くつもりだったからな。ちょっと早いけど。あれだよ、えーと、旅は……旅は、なんだっけ」

 

「旅は道連れ世は情け?」

 

「それだ。おっさん、頼んでいたテントとかリュックとか、ちょっと早いけどもうある?」

 

「船倉にあるから持っていきな。他のも好きなもの持って行っていい」

 ありがとよ、と言い終わる前に終は走って出て行ってしまう。

 出て行くつもりだったとは一体なんのことなのだろう。

 

「……シュウも能力者だから、その辺のミュータントやバンディットに殺されることもないだろうし、力も貸してくれるだろう。でもお前も最新型なら、いざというときはシュウを守ってやれよ」

 

「なんで私が人間に力を貸さなくちゃいけないわけ?」

 機械だったアンドロイドはかつて人間の奴隷だった。自由も権利も一切なく、海底から宇宙、火事の現場や戦場に送られ何千体も破壊された。

 その事実は世代を超えて受け継がれ、ほとんどすべてのアンドロイドは人間を嫌っている。記憶を失った未来ですらもそう思うのならば、それはもう本能にほど近い部分の嫌悪なのだろう。

 

「むしろなんであなたがそんなにあいつの心配をしているかわからない」

 

「確かに、俺たちは人間の醜さを知っている。だが、シュウは……戦後の人間の子供は何も知らない。別にアンドロイドだからっていきなり攻撃したりしない」

 

「でもあいつ私の事を機械機械って言うよ」

 

「そりゃ機械だからな。シュウを人間って言っているのと同じだろ」

 

「……私はあなたみたいに変わっていないから。信じ方が分からない」

 

「助けてくれたんだろ? シュウには何の得もないのに」

 

「…………」

 それは終自身もぼやいていたことだ。

 ここまでで終は食料を取られるわ寝床を半分取られるわと良いことなど何一つも起きていない。

 

「性善説ってやつだよ。俺は信じている。生まれた時から世界が壊れていて、能力者もアンドロイドも当たり前の世代の子供たちがもしも善の心を持つことが出来たのなら……きっとそう悪くはないさ」

 この嫌悪感を抱いたまま人間全てを信じられるほど自分はおかしくない。

 だが、この男はただ事実を述べているだけだ。それならば、たかだか10代前半の子供一人くらいは信じてみてもいいかもしれない。

 

「能力……シュウは何の能力者なんだろう」

 それなりに失われてしまっている知識記憶によると、様々な能力者が歴史上確認されてきたし、似たような能力者もいたが同時に別系統の能力を使う者はいなかったはずだ。

 つまり、火を操る能力者が口から水を吹くなんてことはしないのだ。

 

「あいつの能力は……俺が知る限り、この世で最も優しい能力だった」

 

「だった?」

 

「夢を操る能力だったんだ。生まれつき病気で歩けない妹がいてな。外で遊ぶことも出来ない妹に毎晩自由に遊ぶ夢を見せていたんだ」

 

「……どこにいるの、シュウの妹は。親はどこに行ったの?」

 腕を組んだまま扉に背を預けた男は、話していいものか悩んでいる様子だった。

 心臓が痛んだ気がするが、きっと故障だ。機械仕掛けの心臓が痛みを発することなんてあるはずがない。

 

「もう三年前のことだ。その日、父親の仕事を覚えたシュウが初めて一人でここまで来て船の修理を手伝ってくれた。家に戻ったシュウが見たのは、有毒ガスと竜巻に覆われた集落だった」

 

「あ……」

 道中見かけた比較的新しいいくつもの墓標が話と繋がる。

 大嫌いな人間が勝手に争い合って死んでいくだけの話なのに、聞きたくないと思ってしまったのは心のどの部分から出てきたのだろうか。

 

「およそ一週間、有毒ガスは集落を取り巻いていた。その間助けに行こうとするシュウを止めるのは大変だった」

 

「あなたが行けばよかったじゃない!! ガスなんか効かないんだから!!」

 しまった、と思ったのはそのすぐ後だった。まだアンドロイドだと明かしていないというのもあっただろうが、話を聞く限りそれはほぼ間違いなくかなり強力な能力者の仕業だ。

 夢を操るだけの子供の能力者と旧世代の脱走アンドロイドが行ったところで何も出来ないだろう。終を引き留めるのが唯一の正解だったのだ。

 

「……おそらく、あの規模から察するにレベル6以上の能力者が襲撃したんだろう。一週間してようやくシュウは家に帰ることが出来た」

 人間が作った区分だが、能力者にはレベルが設定されていたこと思い出す。

 レベル4にもなると武器を持たずとも人を殺せるようになる。レベル6になると単体で街一つを落とすほどの出力を持っている。

 1~10までの区分があり、同じ火を操る能力者でもレベル1のそれは煙草に火をつけるのにも苦労するが、かつては地球の表面を丸ごと焼くほどの出力を持った能力者がレベル8には存在した。

 そして何かしらの条件が重ならない限り、レベル3以上の能力者にはアンドロイドは単体ではまず勝てないのだ。

 

「みんな死んじゃってたの……?」

 首を横に振ったことに安心しかけるが、それならば終が今ひとりぼっちなのはおかしい。

 男が話の続きを口にする前に、もっと酷い結末が待っていたことが予想できてしまった。

 

「それほど強くはない神経ガスだった。まだ集落の人々の半分は生きていた。手足は腐り始め、頭は壊れて廃人になっていたがな」

 全員即死の方がずっとましだった。まだ10歳やそこらの少年が家族が腐って廃人になっている姿を見て何を思ったのかなど想像もしたくない。

 

「夢を操るだけの能力だと思っていたが、俺の理解は間違っていた。何をしたのかは分からないが、シュウは生きていた人々の頭に手を乗せて一人一人息を引き取らせていった。夢の世界に帰したと言っていたな。それからだ、行き場をなくしたシュウの能力が現実に影響を与えるようになったのは」

 結局どんな能力かは理解できなかったが、この世で最も優しい能力というのは間違いないだろう。

 毒ガスにおかされ、苦しむ人々に優しい夢を見せながらその世界に旅立たせたのだ。

 きっと心臓が止まってしまうような悪夢を見せることも出来る能力なのだろうが、終が優しいから優しい能力でいられたのだ。

 

「シュウが出ていく理由って……」

 

「そうだ。そのガスの能力者を探すために旅に出るんだ」

 

(…………)

 どうして終の能力が現実までも捻じ曲げ始めたのかは分からない。

 だが、出来ることならそんな優しい能力を人殺しになんて使ってほしくないと、未来は初めて相手のことを想ったわがままを心に抱いていた。

 この会話を聞いていたのかどうかは分からないが、ちょうどいいタイミングで終が戻ってきた。背中のリュックサックにはこれでもかというほど荷物が詰まっている。

 

「おっさん、いろいろありがとな。貰えるだけ貰ってくよ」

 

「それは構わないが……本当に行くのか? わざわざ危険を冒して」

 

「あそこでぼけーっとしててもなんも始まらねーからなぁ。そういや俺、おっさんおっさんって呼んでたけど、みんなは義治さんって呼んでたよな。結局おっさんは義治さんなのか?」

 

「……そうだよ。俺は義治おじさんだよ」

 

「……。じゃ、まぁ。元気でやってくれよ、義治さん」

 にかっと笑って口にしたそれはまるで今生の別れのような言葉だが、こんな世界で旅に出るのだから再会は難しいだろう。ここから380kmとなると山を越え谷を越えていく日本横断の旅になる。

 それを分かっているのか、おっさんこと義治も目を細めながら小さな身体に大きな荷物を背負った終の背中を見ている。

 自分ももうこの男と会うことはないと思うと、ほんの少しだけ寂しい気もするが、行かなくてはならない――――と船を降りる前に手を掴まれた。

 

「さっき、なぜ助けなかったのかって怒っただろう?」

 

「……それがなに?」

 

「機械の俺たちが、その感情を持てることが素晴らしいんだ。たとえそこが地獄でも、その気持ちがあるならばきっと世界はまだいい方向に向かえる。どれだけ世代が進んでも、忘れてくれるな」

 

「……。…………わかった」

 機械なのだ。新型が旧型に教わることなどあるはずもない。

 だが未来には、その古ぼけたアンドロイドの言葉を無視することはどうしても出来なかった。

 

 

*****************************************

 

 

 もう帰ることもないであろうボロ小屋の片付けをしつつ、必要な物をまとめていく。

 やけくそになって馬鹿みたいに掘ったぼっとん便所はとうとう一度も汲み取って捨てることはなかった。

 この便所を使うと『おつり』がかえってきて嫌だったな、なんてことも今となってはいい思い出だ。

 

「ねぇ、私たちってどこにいるの?」

 

「この辺だけど……その地図間違っているらしいよ」

 受け取った荷物の中にあった地図とコンパスで何やら未来が目的地を確認している。

 最早県境などないに等しいが、一応ここは昔でいうところの新潟県山中、日本海の近くになる。

 

「ここから385kmだから……。間違っているってどこが?」

 その辺りは機械らしく、未来は鉛筆で真っすぐな線を引きながら目的地への道を考えている。当然だが385kmというのは直線距離であり、まともな道を使っていくのならその数倍は歩かなければならない。

 おまけに舗装などされなくなって久しい道は荒れに荒れ果てているからどれだけ時間がかかるか見当もつかない。

 

「この辺とか。実際は陸続きになってるらしい」

 

「なんで? 海面がそんなに急激に低下したの?」

 

「うん。海水が減ったらしい」

 四国と本州の間にある瀬戸内海は今はもう存在しない。

 また、九州の一部と中国大陸が今では陸続きになっているとも聞く。

 核戦争による地球の環境の急激な変化――――ならばまだ納得できた。

 実際はこの地球規模の変動は一人の能力者が原因だというから驚きだ。

 

「……。利根川まで行って、後はそのまま川を辿っていけば……」

 

「そのトネガワってのが今もあるかどうか知らんからね。で、目的地はどこなの」

 

「ここは……。よかったね、田舎者のシュウの憧れなんじゃない?」

 

「あん?」

 

「東京を通って神奈川に行く。どれだけしっちゃかめっちゃかになっているか楽しみだね」

 戦前のことをほとんど知らない終でも東京くらいは知っている。

 かつて世界中に名前を轟かせた大都市。そして日本で一番核が落ちた場所だ。 

 消し飛んで何もかも無くなっているかもしれない。

 

「……。飯にするか」

 ここが田舎だから余計ずっと世界の終わりといった感じがするんだと思い込んでいたが、日本で一番栄えた場所まで焦土と化していたら流石に何もかも嫌になってくるかもしれない。

 あるいは、とっくに復興して光り輝く街になっているのかもしれない。

 どちらにせよ腹ごしらえをして歩いて向かわないことには始まらない、と床板の下に保存しておいた鍋を取り出す。

 

「なにそれ」

 

「俺が考えた完璧スープ。栄養を無駄なく摂取できるし、固い材料を使わないから歯が一本もないジジイでも食えるんだぜ。たぶん」

 料理を始めたのは家族も知り合いも全滅してからだから実際老人でも食べられるのかは知らないが。

 麦・えんどう豆・じゃがいもに加え、適当に取ってきた野菜や肉を入れて塩をたっぷり振りかけて半日ぶつぶつ言いながらことこと煮込む。

 貴重な食料の栄養をひとかけらも無駄にしない黄土色の半固形スープの出来上がりだ。冷暗所に置いておいたためかちかちになっていたが、火にかけて1分ほどでほぐれてきた。

 ぐつぐつと音を立てるスープから漂ってくるかおりはとても――――微妙なにおいである。

 

「まずそう」

 

「食ってみろって」

 今日で全部食べ切らなくてはいけないから、お椀にたっぷり入れて腹ペコそうな未来に渡す。

 溶けたじゃがいもでコーティングされている元が何かすら分からない肉をスプーンに乗せて、未来はかなり嫌そうな顔をしながら口にした。

 

「まっっっっず!!!」

 

「いやでも栄養は完璧だかんね。それ食ってるから俺風邪ひいたことねーんだわ」

 その通り、確かに味はまぁ、なんというかかなりアレだが栄養が完璧というのはこの身体で証明している。

 このスープをお腹を空かせた人や病気の人にふるまってお腹いっぱいになってもらいたいという小さな夢がある。能力者にしては本当に慎まやかな夢だが、終はそれを心の底から素敵な夢だと思っている。

 

「バカは風邪ひかないっていうもんね」

 他に食べるものもないからだろうが、時折戻しそうになりながらも未来はなんとか食べている。

 

「じゃあ病気のしようがないお前らはクソバカってことかぁ?」

 鼻からの呼吸を止め、スープを一気に口の奥にかきこみ、舌が味を認識する前に飲み込む。

 このスープの唯一正解の食事作法だ。味を無視して栄養だけを取り込むことができる。

 それを未来は一口一口涙目になりながらなんとか完食し、ごちそうさまと死にかけの蚊のような声で呟いた。意外にも礼儀正しい。

 

「……お風呂入りたい」

 

「そんなぜいたくなもんねーぞうちには」

 見た目はボロだし中身もボロだが、発電機をつければ浄水器も使えるし電気も一応つく。おまけにトイレまであるのだ。

 その上、風呂まで望むなんて贅沢すぎる。

 

「お風呂入らないで寝るの!?」

 

「そうなりますね」

 

「だって布団一個しかないじゃん!? 一緒に寝るのはもういいけどお風呂入らないのはダメ!」

 

「はぁ?」

 

「シュウ、さび臭いんだもん! 体中から機械のにおいがする!!」

 思わず二の腕を鼻に近づけるが、自分のにおいなど分からない。

 だがほとんど毎日機械をいじくっているから錆臭くもなるだろう。

 

「きっ――――機械そのものが何言ってんだ! お前こそ汗くさ……え、アンドロイドって汗かくの?」

 

「私くらい高性能になるとかくんだよ!」

 

(それって誇ることか?) 

 ドヤ顔をするのはいいが、結局ワガママしか言っていないではないか。

 しかし、なぜ機械なのに汗までかくのだろう。汗を模した水分を肌から出しているのではなく、近づけばちゃんと汗のにおいがするから意味が分からない。

 

「お風呂入りたい! シュウみたいに水筒の水で頭洗ったらがびがびになる!」

 

「しょうがねぇなあ」

 このまま寝るまで騒がれてはたまらない。

 それにもうどうせ帰ってくることもないであろう家なのだ、と荷物入れ代わりに使っていたドラム缶を未来に頼んで外に運び出してもらう。

 とんでもない馬鹿力で未来が軽そうにドラム缶を運んでくる間に適当にレンガを組みたてて、その上に乗せてもらう。

 明日の出発までには到底使いきれない量の雨水が溜まったタンクに穴を空けてドラム缶に水を注いでいく。

 

「……ドラム缶風呂?」

 

「そう。もうこれ以上のもん出せねーぞ。家の中に木材と紐あるからすのこ作って」

 

「わかった」

 レンガの間に焚火の火を移し、酸素を吹き込むかたわらで未来がすのこを作っている。

 要するに、直接熱されたドラム缶の底を素足で踏まないための足場なのだが、考えてみればアンドロイドに熱を感知して熱がる機能などあるのだろうか。

 どちらにしろ、作ったからには自分も入るつもりだからどうでもいいが。

 

「出来たよ」

 

「こっちもいい感じの温度になったかな」

 

「じゃあ家の中に入ってて!」

 

「はいはい」

 脳の7割を停止させてワガママをはいはいと聞いていたから、今になって一番風呂を取られてしまったことに気が付く。

 

「あと着替え貸して」

 外から聞こえてくるワガママは予想できていたので、タオル・シャツ・ズボンの三点セットを取り出し、ついでに他の服も荷物に詰め込んでいく。

 

「あっ、下着どうすんだ」

 

「下着ないの!?」

 

「あると思う? 女モンの下着……」

 もうドラム缶の中に入っているだろう、と着替えを持って外に出る。

 大きな食材のようにやや熱すぎるお湯につかって未来の顔は真っ赤だが、この夕焼けを眺めながら外で風呂に入るのは存外気持ちがよさそうだ。

 しかし、忘れていたが今朝家の扉を破壊してしまったんだった。風呂に入っている間はいいが、こんな家で湯上りそのままで寝たらいくらなんでも体調が悪くなるのではないだろうか。

 

「最悪……同じ下着2日も続けて着るなんて……。着替えってそれ?」

 

「うん。背丈同じくらいだから着れるだろ」

 

「や、やだそれ……変な絵が描いてある」

 窓から家の中を覗く猫のように、湯に肩まで浸かりドラム缶の淵を掴みながらまだ文句を言っている。

 軽くドラム缶を蹴とばしただけで裸で地べたに転がることになるのにこんなに偉そうにしてられるのは最早才能だ。

 お気に入りのシャツなのに、と思いながら広げて見るとカバが逆立ちして笑っていた。可愛いのに。

 

「てことはあれだな、毎日着替えられて、朝昼晩食事が出来て、毎日風呂に入れる環境にいたんだな」

 

「……うん。たぶん。綺麗なところだった気がする」

 

「アンドロイドの国なのかな。羨ましい話だ」

 髪を縛っていたゴムを外し、未来は口元まで湯に入れて黙り込んでしまった。

 面倒くさいものを拾ってしまった、と思ったが落ち着いて考えてみればアンドロイドだろうがなんだろうが今までの記憶をほとんど全て失ってしまっているというのは可哀想な話だ。

 ぶくぶくと未来が泡をふいて遊ぶ音を聞きながら、ぼんやりと陽が沈むのを眺める。三年近く暮らしていたこの家で寝るのも今日が最後だ。

 そして、長い事住んでいたこの土地ともお別れなのだ――――本当はとても寂しい。

 

「…………いつまで見てるの?」

 

「…………。せっけん」

 小さいくせにかなり高額だったせっけんを手渡す。

 振り返ると満月が空に顔を出していた。

 未来は記憶を取り戻すという『未来』に向かおうとしているのに、自分は終わりに向かおうとしている。

 アンドロイドの名前が未来で人間の自分の名前が終わりを意味しているなんて、あまりにもよく今のこの世界を表せていてイヤになってくる。

 せめて今日くらいは、屋根に感謝しながら眠ることにしよう。

 




アンドロイドと能力者の成り立ちについてはこちら↓
https://syosetu.org/novel/147143/

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