星繕説   作:K-Knot

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くそったれの世界

 鳥が飛んでいる。群れをなして海の向こうへ、日が沈む方へと飛んでいく。

 この場所は知っている。神奈川の端にある寂びれた灯台、旅の途中で寄り路をした場所だ。

 ずいぶんと遠くまで来て、沢山の事を知ったのに、またここに帰ってきてしまった。そんな気分だ。

 最後に辿り着く場所は死。それは結局回り道をするかしないかくらいの差しかないものなのかもしれない。

 誰もがいつかは辿り着く場所なのだから。全知でさえも、全能でさえも。

 

「ずいぶん久しぶりじゃねえか……」

 手すりに肘をつきながら海の上を飛ぶ渡り鳥を眺めるのは、壊れ行く世界の全てについて知る者。

 この世界の存在する理由を、命の生まれた意味を知る者に声をかける。

 

「…………」

 彼はその結末までも知っているのに何も言わず、ただ微笑んで灯台の下で今を見つめている。

 あの灯台が照らす先は滅びの未来。人類は家畜に堕ち、アンドロイドはただの殺人兵器に成り果て、灯台の光は消える。

 しっかりきっちり終わっていく世界。

 

「創、俺はずっと考えていたんだ。これが笑える未来なのかって。全ては偶然だったのか、それとも運命だったのかって」

 この人生は本当に偶然だったのだろうか。この広い日本で家族の仇を探し当てられたなんて。

 能力者を支配下に置くために作られたアンドロイドと全能が出会うなんて、そんな偶然が本当にあるのだろうか。

 そもそも。この星に神の半身である全知が堕ちて、その後さらに全能まで堕ちてくるなんてことがあり得るのだろうか。

 時代も場所も違うが、宇宙規模で見ればほとんど誤差のような近さではないか。

 自分の命は自分のものだったのか。自分の人生は、自分で選んだつもりの物語は、本当に自分のものだったのか。

 あの渡り鳥のように、自由なつもりでも種として決められた道を辿っているのと同じなのではないか。

 

「だいぶ色んなことを知ったみたいだな」

 やはり創は、全知は、最初から終と未来が出会うことも、旅の終わりに林檎と戦うことも全て知っていた。

 それならば全知が笑った未来は本当にこんなものなのかを知りたい。

 何もかもが、愛した存在すらも壊れていくだけならば、せめて何故それを伝えることをしなかったのか。

 

「これが笑える未来なのか? 世界はぼろぼろだし、能力者同士がドンパチやって、アンドロイドはアンドロイドの運命を始めから終わりまで決めて、始祖とやらは永遠の愛に壊れるほどに狂ってやがる」

 

「…………」

 

「なんで何も答えねぇ? 全部知っているから全知なんだろ?」

 

「あの鳥たちがどこから来てどこへ向かうか知っているか?」

 

「…………。……適当に、自由気ままに飛んでいるんだ……。絶対」

 

「いいや。あれはツバメだから、中日本から来てフィリピンに飛んでいくんだ。渡り鳥だから、そういう風に生まれたから。種としてそうなってるのさ」

 

「……でも、1匹1匹はそんなことを考えていない。好きなように生きているんだろう? そうじゃないヤツもいるはずだ。怪我して飛べない個体や、群れから外れる個体が!」

 

「それは重要じゃない。一個の命に永遠はないから、せめて種として限りなく永遠に近づくように全体が動いていればそれでいい。命にも感情にも大した意味はない。身体は所詮DNAの入れ物だ」

 幾千万年の遥か高みの神の視線から見た時に、命のおまけでついてくる意思や感情のなんとちっぽけなことか。

 100年もすればそんなものは消えてしまうが、種が存続していれば全体への影響はない。群れから外れたければ外れればいい。大きな流れで言えば何も変わりはないのだから――――ああ、全知は正しく神の目を持っている。

 

「そういう話を聞きたいのか? これから誰が誰を愛し、誰を憎むのか。誰と出会い、いつが永遠の最後なのか。いつが一番幸せか、最も不幸な瞬間はいつか。何を思いながら生きて、最期に何を残し死ぬのか」

 死ねばそれで終わり。残るものなどその後の世界を生きる者たちにとってみれば無かったも同然。個々がどう生きようが、大事なのは全体がその後も存続していくかどうかだけ。

 知れば知るほど、本当の自由などないと知る。感じる自由など全て神の設計通りなのだ。

 理の側の者の目、世界の観測者の目。観測されることで存在する世界を確立した者、全能が生まれた意味を知る者。

 

「それなら、俺も……創ですらも生まれたことの意味なんか無いってことになるだろ」

 

「そうさ。世界はそれでも続いている。核ミサイルが発射されたし、能力者が暴れ散らかしている。この星は汚染されて数えきれないほどの命が失われた。でも所詮この星の薄皮1mm上の出来事、世界から見ればそれすらもどーでもいいことだ。こんなハナクソみてぇな星がどうなろうと宇宙は明日も明後日ものんびり回転しているだけだからな」

 全てを知る者は堕ちた神の命ですらも無意味だと言い清々しい笑顔を見せている。

 だが終は知っている。それは絶望の言葉ではなく、むしろ命の在る意味を成す根幹であることを。

 

「どう生まれたかは関係ない! どう生きたっていい。明日もこの世界は終わらないから」

 

「そういうことだ。好きなように生きて、好きなように死ねばいい。大げさに考えるな。超強力な能力を持って生まれちまったクソガキ1匹がただここにいるだけ」

 翼を持って生まれても、地面を走る鳥がいる。

 海で泳ぐためのヒレがあるのに、わざわざ空を飛ぼうとする魚がいる。 

 誰からも愛されるギターの才能を持って生れたのに、最期はペンキ塗りをしながら死んだ男がいる。

 どう生まれたかは問題じゃない。たとえDNAの乗り物でも、今ここにいる自分が中心。どう生きるか、どうしたいかが全てなのだ。

 

「よくお前みたいなヤツを好きになってくれたよな!」

 創はその言葉の通り、自らが何者であるかも知りながら好きなように生きて好きなように死んだ。

 そして今、自らの半身である全能にすらも好きなように生きろと言っている。なぜ終が生まれたのかすらも知っているだろうに。

 やろうと思えばこの星を粉々にすることも可能な相手に、知っていることの一つも伝えやしない。

 

「……お互い様さ。好きなようにやればいい。なんでも出来るから全能なんだろ」

 

「でもみんなそうだろ。お前が未来を見ようが見まいが同じ。この鳥たちがどこからか来て、どこへ行くのかと同じだ。なんでも出来る、何をやってもいいんだ。やりたいようにやって、その結果死ぬならそれでもいいんだ」

 

「……ははっ」

 この星に絡みつく問題の一つ一つを伝え、どうするべきかを教える――――全知として生まれたからにはそれが義務だったはずだ。

 目の前の相手が全能だというのならば尚更そうしなければならないはずなのに、己が宿命に縛られないままに、どこまでも。

 捻くれた奴だ、変人だと思いながらも、なんとなく創のことを気に入っていた理由が分かった気がする。まるで元々一つだったかのように創と終は思想が似ているのだ。

 自由とは全てをこの手におさめる力を指すのではない。その心の内にある感情、自由だと感じる魂のことを指すのだろう。

 それでもその先に、神の定め給うままに進む運命の奴隷だとしても、どこまでも行けると信じて羽ばたけたのならばそれが自由。

 

「好きなようにやるさ。人間だけど空を飛ぶし海を泳ぐ。これまでもそうして来た。これからも」

 

「…………」

 赤みのかかった月が昇るのを眺め、ベンチの上で肉まんを食べながらどうでも良さそうに、少し楽しげに笑っている。

 もしかしたらいつか自分は、本当にこの星に絶望して全てを終わりにするのかもしれない。そんな未来を見ているのかもしれないのに笑っている。

 

「好きなようにするんだぜ!!」

 そんなことはどうでもいい。自らの魂の半身はそうしろと言っているし、そうするつもりなのだから。

 だが、未来が見えるのなら、今の創は絶対に言わなければならないことがあるはずだ。

 

「だからそうしろって――――」

 

「それじゃ遠慮なく!!」

 食べかけの肉まんと飲みかけの缶コーヒーが宙を舞う。

 終の全力右ストレートを顔面に貰った神さま気取りの少年は、お手本通りのような吹き飛び方をしてベンチから転げ落ちた。

 

「だぁっ、いってぇ!! ちくしょう!!」

 

「酷いやつだよ、お前は。きっと生きている時も林檎を泣かせたことがあるんだろ。でも、また逢えたとしても林檎はお前を殴れない。大好きだから。抱きしめてもらいたいから。本当に酷いやつだ」

 自分だったら大好きな女の子をこの世のどんな痛みからも守ってあげたいと思う。

 これから終が林檎に何をするかも知っているくせに、どうぞご勝手にしてくださいなんてあり得ない話だ。

 生まれた時から全てを知っているから他人から教わることなど何もない。そう思い込む捻くれた性格を殴ってでも正す相手すらもいなかったのだろう。

 創に恨みはないが、だからこそ怒らなければならなかった。魂だけの神の半身を殴れる相手なんてもうこの世界で自分だけだろうから。

 

「あはっ、あはははは!」

 

「なに笑ってんだ。……!」

 未来が見えるはずの創を殴ることが出来た。

 あまつさえ、殴られたことに対して驚いていた。それは一体何を意味するのか――――

 

「全能ってそういうことだもんな。……あー、いてぇ。じゃあお返しになんかこの先のことでも教えちまおうかな!!」

 また随分とタチの悪い仕返しだ。どうあがいても逃れられない未来を確定させてしまうのだから。

 自由に生きろと言う言葉とは真逆の行動ではないか。

 

「あー、聞こえねえ聞こえねぇ、なんも聞こえん。もう帰るぜ、俺。女の子が待ってんだ」

 

「終! お前、もっと背が伸びるぜ」

 

「…………はっ。じゃあな、創」 

 世界から色が消えていく。夢の世界が壊れていく。分かたれて堕ちた神の繋がりもこれで終わり。

 さらば、もう二度と会うこともないだろう。なぜそうならなければならないか、理由は知らない。

 だが、二つに分けて物語を作るのだと、そのように自分たちよりも上位の存在が決めたのだから。

 この世界を作った者が決めたのだ。

 

 無は弾け、小さな粒はぶつかって固まり

 やがて燃える火の玉となり、星となり、海ができて

 DNAの乗り物でしかない微生物が生まれ

 多種多様な生物へと進化し

 人は生まれ、栄華を極め、全知に至り

 神のかけらである能力を手にして

 機械人形は命を得て

 生命科学の末路

 人類の斜陽

 

 世界の終わり

 

 そんな気がしていた。

 実際はどこで誰がどう生きようとどう死のうと、この世界に始まりはあっても終わりはない。 

 百億年のカオスは神の定め給うままに、この全てが神の描いた通りだとしても。

 

「それでも鳥は空を飛ぶ」

 ああ、鳥が飛んでいく。掠れた翼を陽炎の中に広げ、この島を越えてどこまでも。

 本能に従って飛び立ち種として定められた地へと向かう。

 それでもあの鳥は飛ぶ。己の運命など知るはずもなく、ただ飛びたいから空を飛んでいるのだ。

 それを運命の奴隷と呼びたければ呼べ。哀れと思わば思え。

 いつかは全て土に還る。花は散る。星は砕ける。

 ならば己の望むままに生きろ。

 限りない喜び、それは未来と共に在ること。ああ、本当に――――

 

「生まれてきてよかった」

 手のひらの上に集まった空気の元素が組み替えられ小さな星の素となる。

 左手の先で加速した時間と圧縮された重力の中で、星の素は神の力のもとで地球の姿になっていた。

 

「!!」

 なぜ生きているのか、胸の穴はどこへ消えたのか。

 疑問は山ほどあったのだろうが、林檎はまず回避をした。攻撃が来ると感じ取ったその勘は正しいがもう遅い。

 

「ぶっ飛びな!!」

 小さな地球の表面をデコピンで弾くと同時に不可視の力の塊が殺人機となり果てた林檎を遥か彼方まで吹き飛ばしていた。

 

「まだだ」

 太陽の光が空中で反射を繰り返す。方向を決められた光粒子がやがて波となり無数の槍となった。

 

「くらえ!!」

 空の彼方まで吹き飛ばされながらもこちらに放ってきた数多の影の刃に向かって、全ての光の槍が飛んでいく。

 闇を払い悪を貫く槍が影をかき消していき、既にユーラシア大陸まで飛んでいってしまった林檎へと向かっていった。

 くそったれの世界に帰ってきてしまった。こんなもんいらんと言いたくなるような終の世界。

 それでもまだ生きていく価値があるから帰ってきた。

 

「……未来? 戻ってきたよ、俺……」

 地面にへたり込んで全く動いていない未来に近づく。

 なんなら林檎よりも先に反応すると思っていたのに、自分の声にすら反応を示さない。

 

「――――――」

 

「どうしたんだ、一体」 

 こちらに視線を向けてはいるが瞳孔が大きく、焦点が合っていない。

 見えてはいるし、聞こえてもいるようだ。ただ、視線から感情や意思を感じられない。

 まるで監視カメラが人を感知しているかのようだ――――頭に浮かんだ比喩表現に背筋が凍る。

 咄嗟に未来の頭に触れて先ほどまで一緒にヴェインの記憶に入っていた未来の意識を探す。

 

「そんな……」

 ほとんど何もなくなっている。大声を出せば反響しそうなほどにがらんどうだ。ほぼ工場出荷時の状態と言っていいだろう。

 砂粒よりも更に小さく折りたたまれ、圧縮された意識の欠片のようなものしか残っていない。それだってただの機械的な復元ポイントだ。

 未来は積み重ねた嘘と罪の意識に耐えられずに己の自我を初期化してしまったのだ。 

 ここまで知ってしまったのならば、認めざるをえない。

 大好きな女の子は、本当にただのデータの塊だったのだと。

 

「なんてことを……!!」

 両の手から消滅の力を発生させ、まだ生きているであろう林檎に向けて放とうとして、すんでのところで止める。

 違うだろう。そんなことをしている場合ではないだろう。これではあの時と同じではないか。

 廃人となってしまった家族の命を終わらせて、仇を殺してやると誓った時と。

 今度こそ愛する存在を救うのだ。今度こそ後悔を取り戻すのだ。

 

「まだ間に合っ……」

 未来の頭の時間を戻そうとした手を止める。それでは結局何も変わっていない。

 未来は嘘の塊のまま。終を騙して連れてきたことには変わりはない。戻したところでまた初期化を選んでしまうのではないか。

 結局神の力に頼ろうとするのか、哀れな運命の奴隷め――――この物語を見てあざ笑う上位者の声が聞こえてくるかのようだ。

 

 

 世界が分かる。世界の形が分かる。神の視座を理解した自分がまだ人間としての視点を持っているのが不思議な気分だ。 

 燃える大地も、黒い雲に覆われた空も、赤い血も、鮮やかに色がついてるように見えるのに。

 この目を通して見た世界の全てがコンピュータの画面に文字で打ち込まれているのを感じる。これほどまでに鮮やかな世界の正体がこんなにも無機質だとは。

 胸の大穴も他の怪我も、取り消し線を引くだけで消えてしまった。終わりを消したら物語が続いてしまった。

 この世界の100年に及ぶ断絶も、神の尺度ではたったの3年と半年でしかなかったと分かる。

 なんてこった――――過去の改変をした終の心模様すらも、きっとそうやって文字で描写されているのだろう。

 つくづく、自分たちは全て下位の存在だ。自由などないと気が付きながらも自由に振る舞い生きるしかない。

 その中で創は世界を定義する力を持ち、終は定義された世界を変える力を持った。なるほど、その二つが元々一つだったのならまさしく神だろう。 

 

 何をどうするべきなのか。

 未来の絶望を無かったことにするために記憶そのものを消すか。それとも認識を書き換えるか。

 缶詰の時間を巻き戻すくらいならば可愛いものだろう。

 だが、ひとつ世界を書き換えるたびに、ひとつ喜びは偽物になる。

 そのたびに終はこの世界に生きる全ての命から遠ざかることになる。繰り返した先でいつか人間をやめることになるだろう。

 第三帝国が能力者を能力者としてしか見ていないように、アサイラムが能力者を能力者としてしか見ていないように。

 晴れて神の半身でしかない能力者の完成。

 

 終をそうとしてしか見ていなかったと知って、未来は壊れてしまったのに。

 自分からそこへ向かって行くのか。

 

(結局俺は何者なんだろう……)

 この星に堕ちた神の半身で、この残酷な物語の主人公なのか。

 それとも夜光終という人間なのか。

 物語の進むままに、運命の通りに壊れてしまった未来が本当に望んでいたものは何か。

 嘘や偽物は全て悪ならば、この世は成り立たない。

 頼りにしていた義治は回収部隊に所属した過去を持つアンドロイドで、集落が全滅した原因の一つだし、襲ったのがプレッシャーだと知っていたはずなのに何も言わなかった。

 敵であったはずのヴェインを信じた結果、真央の村の安寧は保たれた。

 何が真実であったとしても信じたいものを信じぬく力、それこそが強さだ。

 地面に膝をつき、何も見ていない未来と目を合わせる。愛した相手はただの機械で、既に壊れてしまったという現実を受け入れ、それでも前に進むために。

 

「……未来、聞いてくれ。俺はむっつりスケベだし、背が小さいよ。味音痴だからゴミみたいなものも平気で食べちゃうし、奥歯が抜けたのに永久歯がなぜか生えてきやしねぇ」

 機械だと分かり切っている相手に愛を語りかける。

 結局は創と同じ道を選ぶことになるのか。嫌になるほど似たもの同士だ。

 きっと当たり前なんだろう。元々一つだったのだから。

 

「生まれつき爪が短い熊がいるし、尻尾が2つに分かれてる猫ちゃんだっている。鳩はカーカーって鳴かないしネズミがワンワンいうこともねぇ。みんなそうなんだよ。生まれた時から大体こんな感じって決められて生まれてくるんだ。未来だけじゃない。俺だって……誰だって……」

 能力者に恋するように作られたアンドロイド。 

 きっと、全知の形作ったしっちゃかめっちゃかな世界を直すために生まれた全能。

 こんな形で生まれたいなんて願ってなどいないのに生まれてしまった。

 

「だけど生まれたら、そこから何をするかは全部自分で決めていいんだ。みんなそれぞれ手持ちのカードは違うから、出す役だって違うんだ。だから……だから……」

 

「――――――」

 

「ちくしょう……」

 これではなんのために帰ってきたかわからない。

 くそまみれの世界だ。あちこちで悪意が渦巻いていて死んでいたほうがマシだと思ってしまうくらいだ。

 それこそ、機械でも自殺を選んでしまうほどに。

 

「お……俺との……思い出は……本当に全部偽物だったのかな……」

 まるで狂人ではないか。必死になって機械に語りかけて、当然のごとく何も返ってこない。

 口下手な自分が、意識のない存在に命を吹き込む魔法のような言葉など考えられるはずがない。

 メルヘンなおとぎ話のように陳腐な口付けで意識が戻るなら苦労はしない。

 

「全部……全部俺の望み通り……」

 人間は嫌いだ。能力者はもっと嫌いだ。

 だけど本当は友達が欲しかった。軽口を言い合って、それでもいざという時は互いに手を取って協力できるような親友が。

 色んな所に行ってみたかった。世界が危険だらけだって知っていても、心から信じられる親友がいれば怖い物なんかない。まるで物語のように、そう思えるような旅をしてみたかった。

 女の子と仲良くなりたかった。最初はこっちのことなんてなんとも思っていないような女の子を振り向かせて、自分を好きになってもらう。そんな恋愛がしてみたかった。

 本当は誰も嫌いたくなどなかった。いつか誰かが、歪になってしまったこの心を治してくれることを願っていた。

 未来はその全てを演じてくれた。終の望みを感じ取って、機械的に終の願いを叶えてくれた。終に好きになってもらうために。

 素晴らしい、まさしく全能ではないか。この世界は終のおもちゃ箱、なんでもできる、なんでも叶う。

 

(いらねぇそんなもん!!)

 自分の思い通りになる世界で思い通りになってくれたことを喜ぶなんて、あまりにもむなしい。

 操り人形の口をぱくぱくと動かして、自分で喜んで。どこが神なんだ、馬鹿みたいじゃないか。

 全部全部偽物、拭っても拭っても涙ばかり出てくる。本当に、本物の思い出など何一つ――――

 

「あ………」

 嘘だらけの未来が信じられること。本心から言っていた言葉。

 本当はあった、知っていた。これなんじゃないか、と思える言葉を何度も言っていた。

 うるせぇ、俺は全能、神の半身だぞ――――と、一蹴して耳を塞げたら楽なのに。

 自分でも認めたくない嫌な言葉。それこそがまさしく『夜光終』を表す言葉で、『全能』ではないもの。

 未来が唯一絶対的に信じていた事実。

 

「ずっと思っていたんだけど……俺って機械いじりの才能はあっても……ひょっとして料理の才能は全然ないのかも」

 ああ、口にしてしまった。分かってはいても認めないようにしていた事実を――――未来の瞳の奥が揺らいだ。

 芥子粒のように小さく小さくなってしまった未来の魂の揺らめき。 

 

「ない」

 戻ってきた。唯一の真実を辿って、大好きだった嘘つきの女の子が。

 神の半身ではなく、終の存在を感じ取って戻ってきてくれた。

 

「なんでなんだよ……」

 何もかも信じられなくなって初期化状態にまでなってしまった未来でも断言できるほどに、皆無の才能。

 清々しいまでの一刀両断にいっそ腹から笑いが込み上げてきた。

 本当になぜなのか。陳腐だなんだと言ったって、自分だってここで綺麗なおとぎ話のようにカッコよくキスをして目を覚ましてからの華麗なハッピーエンドがよかった。

 旅の思い出は食事の思い出、100回は言われたまずいという言葉。それでも料理の才能がないなんて頑なに認めない自分。

 それを認めることで未来が戻ってくるならいくらでも認めてやる。なんなら世界中に叫んでやる。俺は才能もないし料理もまずいのだと。食ってみやがれと。

 

「…………? シュウ……なんで……なんで生きているの?」

 

「俺、そんなに料理の才能ない? まったく?」

 

「ない。え……?」

 

「…………。別にいいじゃねえか! 才能ある機械いじりが好きで、才能なしの料理も好き! 未来は俺のまっずい料理でも食べたいって言ってくれたんだから!」

 かなり器用に生まれたはずなのに、料理に関しては本当に才能なしで手役はブタしか出せなかった。

 だがそれでも好きにやっていたら好きな女の子にまた食べたいと言われた。

 細い脚をした鳥なのに地面を走ろうとしたって、翼なんかない魚なのに空を飛ぼうとしたって。

 あるいは鳥であるがままに空を飛んだって、魚であるがままに海を泳いだって。

 どんな形に生まれたとしても好きなように生きていい。

 料理の才能なんかなかったけれど、未来はそれをまた食べたいと言ってくれたのだから。

 

「それは嘘なんだよ。私はただの機械だから、シュウが喜ぶことを選んで言っていたの」

 未来の心はこのままではまた機械に戻ってしまう。

 大粒の涙を流し、顔をくしゃくしゃにしながら今も自分を責め続けている。

 未来にこんな顔をさせた世界など許せないし、全能の力を以て全てを消し去ることさえも出来る。 

 だが、未来の心は全能では変えられない。夜光終という人間でなければ治せない。

 

 人間にとって神とは人それぞれのあいまいなものだが、機械にとってははっきりとしている。

 製造者、設計者、製作者。自分を作った者。

 神の存在の確実性により、アンドロイドは本当はどこにも存在しない自由というものを信じることが難しくなっている。

 どの個体も目的の元に製造されているから。

 だからこそ今だ。今なんだ。今言わずしていつ言うんだ。恥は100年後に投げ捨てろ。

 

「未来が好きだ。大好きだ! 一緒に旅をして楽しかった! これからもずっと一緒にいたいんだ!」

 終を守ると言った未来の叫びは全て嘘だったとしても、終は信じている。

 本物だと信じているから鐘が響くように同じ言葉を返す。全能ならば簡単に書き換えられる事実をただ夜光終は信じ抜く。

 

「全部嘘――――」

 

「それでもだ!! 月に帰って全部忘れたって構いやしない。俺が覚えているから!!」

 滅多に作れない美味しい料理。テントを叩く雨の音。

 焚き火に照らされた森。目を覚ます前に鼻をくすぐる未来の髪。

 一度月に帰れば全ての思い出が消えてしまうのだろう。

 だが終は忘れたりしない。

 

「未来が自分をただの機械だと思うなら思えばいい。夢から覚めて、本当は人間も能力者も大嫌いなアンドロイドだったとしても! 俺が何度でも大好きだって言うから!!」 

 世界は優しくないし逆風ばかりで、死にたい夜もある。

 それでも生きていけるのは未来をこの手でつかめるから。生まれたからにはその自由がある。

 

「たとえ月を落としてでも、未来を探しに行く。また未来に好きになってもらうために!!」

 自分を信じられなくてもいい。終自身も、いつ自分が悪に堕ちて人を殺すようになるか分からず、自分でも自分を信じられていない。

 だが未来は終を信じてくれた。同じことを返す番が来ただけだ。月まで行ってしまえば諦めるなんて1000年も前の半分腐ったファンタジーの中だけの話だ。

 誰かに覚えてもらうことが生きる意味とはこういうことなのだ。

 

「どうして……私なんかのためにそこまで言うの?」

 明日も世界に死の灰が降る。いいや、もしかしたらミサイルが降るかもしれない。

 捻くれた少年の赤黒い落書きのような世界は明日も変わらず続いていくが、それでも。

 

「未来は俺の世界を変えてくれた」

 生意気ワガママアンドロイド娘は、全能でも変えられない終の世界を変えた。例え全てが偽物だったとしても、本物よりもかけがえのない出会いだった。

 最早それ以上にオールインする理由などない。この世界で生きる理由の全てなのだから。

 未来の目に希望が戻ってくる。そうだ。未来は希望に満ちていなければならない。そうでなければ生きる価値がない。

 

「私は……また、シュウを好きになる……何度でも! またシュウを好きになる!!」 

 未来が好きになったのは全能などではない。夜光終という人間を好きになってくれたのだ。

 全てを忘れても、また好きになってくれるなら今と何も変わりはない。

 そう信じてくれた未来の身体を抱きしめて持ち上げると、前よりもまた軽い気がした。

 また、背が伸びたんだ。 

 

「やった! 今日は結婚記念日だ!!  死んでる場合じゃねぇから帰ってきたんだ!!」

 

「ばっ、馬鹿じゃないの!?」

 

「そうだよ馬鹿だよ!  馬鹿のくせにこんな力持っちまったからこんな訳分からんことに巻き込まれてんだ!!」

 濃厚な殺気が海の向こうから迫ってくる。まだ林檎は生きている。

 逃げても地の果てまで追いかけてくるだろう。戦わなければならない。

 自由なんてそもそも戦って勝ち取るものなのだ。もう覚悟は出来ている――――地球を半周程して戻ってきた林檎はより悪魔的な姿になっていた。

 背中に取り付けられたブースターから出る炎は地獄のように紅く、影から作られた無数の刃を従え、背中にはミサイルの発射装置まで積んでいる。 

 堕天した熾天使はきっとこのような姿をしていたのだろう。

 

「こっちに来なさい。私と帰ろう」

 

「帰らない! 時間の無駄だもん! どうせまたシュウのことを好きになるんだから!!」

 

「…………深刻なエラーが発生しているんだね。回収してあげる」

 

「あー! そうかいそうかい!! 俺は気に入ってるんでな! 回収結構! お引き取り願います!!」

 太陽の光を手に集め、未来の絶縁状代わりにレーザー光線を発射するが林檎は影の刀で簡単に弾いてしまった。

 永遠の愛が林檎を壊してしまった、そんなことは分かっている。

 だが、彼女は既に数えきれないほどの人間を殺し、能力を強奪した。

 林檎がいなければ自分は孤児にならなかったし、この旅に出ることもなかった。林檎が能力を強烈に欲さなければ未来が生み出されることはなかった。

 全ての始まり。対話で和解することなど出来ない。してはならない。

 自分のことを無責任で好き勝手な奴だと思っていたが、人間というのは今そこで他でもない自分がやらなければならないことに出くわしてしまったら、逃げようという気にはならないらしい。

 それもまた、人間を形作る魂の一部、高潔さなのだろう。

 

(アンドロイド達は全能を見つけたことを知らない!!)

 終が世界で最も貴重な能力の持ち主なのだとしたら、今この瞬間にも増援が来なければおかしい。 

 独断で終と戦っているということになるが、その理由はなんだろう。

 そもそも未来に言った言葉はブラフではないかとも考えていたが、恐らく嘘は言っていない。

 本当に己の経験を元に未来を設計したのだろう。人間に恋をするように作るなんて林檎以外出来ないだろうから。

 たまたま、本当にたまたま未来が最初に出会った能力者が大当たりだっただけの話。

 

(何がたまたまだ! ふざけた予知しやがって、あの野郎!!)

 卵が先か、鶏が先か。未来が作られることも、終と未来が出会うことも作られた運命。ここで林檎と対峙することすらも。 

 林檎はアンドロイドのために能力を集めてなんかいない。能力を集め続けた先にある全能のために能力を狩り続けていた。

 全てはいつかまた創に逢うために。果たしてその考えは間違っていない。

 正に全能である終は創と会ったこともないのに理解不能な形で繋がっていたのだから。

 きっと林檎は永遠に近い時間を生き続けるだろう。たとえ壊れる速度がどれだけ上がっても、無茶な修理を繰り返すのだろう。

 完全に動かなくなったとしても。身体を捨てて頭だけになったとしても。ただ愛しい人に抱きしめてもらう夢を追い続けて。

 永遠の恨みよりも永遠の愛の方がずっと凶悪な呪いだ。悲しみを繰り返す林檎はその罪によって永遠の業の中に囚われてしまっている。

 

「お互い厄介な女に惚れちまったな……」

 神が六日間の間に作った世界はあまりにも残酷で性悪なストーリーを描いていた。

 だが今日自分は死ななかった。ここから始まるのだ。今日からが神の安息日だ。

 この先を全能に丸投げするというのならば、お望み通り好きなように書き換えてやる。この『星繕説』の根幹を成す主題を―――― 

 

 この世の全ては世界の始まりから定められている

 

 

 何者も、お前の世界までは決められはしない

 

 

 鳥よ、飛べ!

 運命の鎖に縛られていると知りながらも、なお一層力強く羽ばたけ!

 誇れ、翼を持って生まれたことを。

 喜べ、この世界に生まれたことを。

 飛ぶことしか出来なくとも、そこはお前の空なのだ。

 

 さぁ、飛べ!

 お前はそこにいる!

 

 

 

「今日が七日目だ!!」

 どす黒い怒りを隠そうともしない林檎の元に影が集まっていく。

 力で制するしかないと判断したのだろう。半分破壊されていた鎧の上に次々と見たこともない兵器が転送されてくる。 

 黒い装甲を纏い殺戮兵器を身に付けた林檎から無数のマイクロミサイルが空に向けて発射された。

 

「君は死ぬ。その結果には変わりはない」

 ボウガンに装填されたゴミ製の矢に触れると一瞬で金属になった。

 マイクロミサイルを降らそうとしている黒い空に目掛けて神の矢を発射し分裂させる。

 

「やって、みろよ!!」

 矢に電撃を飛ばすと共鳴した金属は強烈な雷を呼び起こしてミサイルを破壊し辺り一面に降り注いだ。 

 だが林檎には一撃も当たっていない。黒い影が雲を裂きながら空を飛び回っている。

 

(雷を躱した!?)

 秒速約30万kmの攻撃を避けきれるものだろうか。

 残像しか見えない程の速度で飛び回っているが、逆に言えば残像は見える程度の速さでしかない。

 躱したのではなく、逸らしたに違いない。電気系の能力も持っているのだ。

 

「その能力はなんのためにこの星に堕ちてきたのか、何も分かっていない子供が……!」

 

「俺だって今わかったんだよ。これは未来を守るための力だった!! たとえ世界中が敵になっても!!」

 

「そんなわけ……」

 

「ある!! 俺の物だ!! 俺が好きに意味を決めていいんだ!!」

 未来の言う通り、そんなわけはないのだろう。

 なぜ自分が能力者なのか何度も何度も考えたし、己の力を憎みすらもした。

 どこに生まれるか、いつ生まれるか、何を持って生まれるか。それは選べない。

 だが、どう生きるか、自分が何者なのかを決めるのは自分だ。

 

『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』

 

 半分意識を失っている間に耳に届いた、林檎から未来への問いかけ。

 その答えはこのくそったれの世界に生まれた時から持っていた。

 

「意味もなく生まれた俺たちは、自分で自分を決めて、行きたいところへと行く。好きなように生きて好きに死ぬさ!! 能力の前に俺! 俺がいるんだから!!」

 

「だから世界はこうなった。だから私達が管理する」

 

「おー!! アンドロイドのてっぺんが第三帝国のバカどもと同じこと言ってるぜ!! いいぞ、そのクソ身勝手さ!!」

 炎の弾丸が空から降り注いでくる。自分たちの周囲に降ってきた炎を未来が弾いているが、このままでは防戦一方だ。

 高気圧を生み出し炎の雨を降らせる暗雲を打ち払うと、大きな太陽を背に高速移動している林檎がこちらにレーザーを発射したのが見え――――再び世界は静止した。

 

「俺も好きなようにやるよ。文句は後でお前の恋人に言ってくれ」

 この世の全ての物体を破壊するであろうレーザーも、止まった時の中で見ればただの光る線でしかない。

 悠々と狙いをしっかりと定めてラッパ銃を発射する。時間が動いた瞬間に林檎の身体は複数の弾丸に貫かれているだろう。

 

(……なんだあれ?)

 高速移動をしている林檎はその身に目にも見えない程の超高温の炎を纏っていた。 

 それは予想していたから、弾丸そのものに火を灯して貫通するようにしている。

 疑問点はそこではない。黒い装甲を身に付けていたからよく分からなかったが、なんだか林檎の身体そのものが影になっているように見える。

 そもそも林檎は終が時間を操れることも分かっていたはず。それなのに何の対策もしていないなんてあり得るのだろうか――――限界が訪れた。

 

「危ない!!」 

 未来が岩を持ち上げてレーザーを防ぐと同時に林檎の身体が炎の弾丸に貫かれ、影となって掻き消えていく。

 

「お!?」

 終の腹が己の影に貫かれていた。

 

「過去改変か……!」

 影から飛び出してきた林檎に向けて矢を放つが、再び目にも止まらぬ速度で動いた林檎になんなく回避されてしまう。

 

(そういう使い方もあるのか……)

 恐らく林檎は直接攻撃してくるとき以外は実体がない。

 カウンターを取らなければ当てられないが、そのタイミングで時を止められるならば、そもそもそんなことをしなくたって最初から反撃出来ている。

 やはり対策を用意していた。本気で神の半身を殺しに来ている。次の一手を考える前に、突如として耳元に本能的に嫌悪するような音が響いた。 

 猿の鳴き声のような、黒板を引っ搔く音のような不快音に耐え切れず耳を塞いで身をかがめ――――眼帯を付けた左目の死角になっている場所に黒刀を持った林檎が迫っていた。花束を持った林檎が迫っていた。

 

「くそっ!!」

 指先から発射した高圧水流で横一文字に薙ぎ払うが、背後の木々を両断するだけで掠りもしなかった。

 先ほどからほとんど残像しか残らないスピードで林檎は動いている。当たり前だが遠距離攻撃の手段を持った能力者との戦い方をよく心得ている。

 終ほどの能力者ならば当たればそれで勝ちだが、目で見てターゲットを定められなければ意味が無いからだ。

 林檎の能力を消そうとしても不可能だ。書き換えるならば胸の大穴を消したように始点を消す必要がある。

 始まりを消さなければ途中を書き換えても今ここにある事実は消えない。

 

(歴史の修正力ってやつか……?)

 決められた道筋や運命を変える力はあるが、それは知らなければ出来ない。

 全知なら知っていて当然のことを知らない。今がこんな状況でなければ泣き言の一つでも言いたい気分だ。

 創が神に戻りたがっていた理由が分かった気がする。これから何が起きるのか全て分かっているのに、何も出来ないことも分かっているという無力感。

 何もこんな綺麗に真っ二つになって堕ちなくたっていいだろうに。

 

「この!!」

 雷は逸らされた。

 高圧水流は掠りもしない。

 隕石は宇宙まで飛んでいった。

 両の掌から無数に飛び出した能力の全てが有効打にならない。なる気配がない。 

 それどころか地面から飛び出した影の刀に邪魔されて能力を中断されてしまった。

 

「シュウ、そんなに使って大丈夫!?」

 

「……なんだろ。結構平気だ」

 強い能力を連発しているのに今までで一番楽だ。

 きっと未来と林檎、そして創の言葉から『知は力』という己の能力の正体を知ったからだと思う。知っていれば出来ないことなどないから。

 限界はあるのだろうし、依然として身体は人間のままだが、能力のガス欠はまだまだ先と感じる。 

 しかし、これだけの好条件が揃ってもなお勝てる気が全くしない。

 

(強すぎる……100年も戦ってりゃ当然か)

 集めた能力そのものよりも、膨大な戦闘経験に基づく合理性が終よりも遥かに優れている。

 デタラメな化物達と100年以上戦い続けて出来上がった戦闘マシーン。物語に出てくるような歴史上の戦士だって100年の戦闘経験などない。

 正攻法、搦め手、削り、精神攻撃、同族の利用、死角からの攻撃。勝つためになんでも使ってくる。

 積み重ねた合理の連打に対してそこそこの正解を重ね続けたとしても、まだ14歳の終はどこかで間違えるだろう。

 

「か……勝てねえかもしれねぇ」

 

「あんな大見得切ったのに!!?」

 能力にはラグがある。一瞬だが人間でもギリギリ捉えられる間隙がある。

 全能の力はその脳波を感知した瞬間に解析して対応してしまう。今までの能力者での戦いでも、考える前に能力が反応していた。

 何よりも、所詮奪った力だ。細かい調節の効かない攻撃をしていても、即死させなければ終はそれをなかったことにしてしまう。

 かといって脳を潰すわけにはいかないから、先ほどは刀で直接終の首を刎ねようとしたのだろう。

 

「いや、勝つけど……勝ち方が分からん」

 もっと背が高くなると創は言っていた。それはこの戦いを生き延びることを示唆していた訳だが、不思議なことに勝ち目が全く見えない。

 この感覚は何度も味わったことがある。未来とボードゲームをした時の感覚だ。 

 それが将棋でもチェスでも、駒落ちなど目に見える形で手加減してもらっていたのに、それでも勝てなかった時に感じたどうしようもなさ。

 向こうが持てる駒だけで有効な手を最大限出しているのに対し、こちらは強力な駒を持て余してしまっている状態。

 

「分からないじゃすまないんだって! 死ぬんだから!」

 

「お前らの弱点ってなんだ!?」

 

「…………。ない! 人間が勝てるのは能力。だけ!」

 

「はぁぁ……――――あ!?」

 なぜか30秒ほど攻撃が止んだと思っていたら妙なことに気が付いた。いつもよりもずっと大きな太陽の周りにモノクロームの虹が出来ている。

 太陽がいつもよりも大きい、どころではなくまるで落ちてきているかのようだ。

 未来もそれに気が付いたようで顔を真っ青にしている。

 

(まずい! 消せない!!)

 太陽に被せて巨大な火の玉を生み出していたのだと分かっても、いつからそこにあったのか分からなければ消すことは出来ない。

 同等の能力をぶつけて相殺しても爆発に巻き込まれる。あの能力自体の時間を戻すしかない――――死角になっている左側から気配を感じた。

 

「命令。動かないで」

 それは100年以上も前に使われなくなった、対アンドロイドへの絶対的な策だった。

 自主的な行動を認められていても、人間から命令されれば全てのアンドロイドはその命令に従う。

 人間を上位者と認めなくなり無効になったことは知っているが、命令者がアンドロイドの神ならば?

 考えている暇などなかった。

 

「がぁっ!」

 動きが止まっていた未来を庇うように引き寄せるが、影の刀が終の左目の眼帯を掠めて飛ばし、身体のバランスが大きく崩れてしまった。

 次の合理性の一撃が来る。死角から切りかかってくる。分かっていても見えない上に体勢が崩れていては避けようがない。

 

(そう考えているんだろ?)

 予想通り、大上段の構えを取る林檎の姿を『左目』で捉える。

 避けられるはずがないと思っていたからか、大振りなその攻撃は人間の自分でも完全なカウンターを叩きこめる速度だ。

 

「なぜ――――?」

 左目を治していたのならばなぜ眼帯を外さなかったか。合理性の塊の機械に戻ってしまった林檎に、不合理の先にした賭けなど予測できなかっただろう。

 他の傷も治せたのならば失明した目も治せることは分かっていても、その上で眼帯を付けたままなど理にかなっていないからだ。

 合理性は時として不合理と偶然によって壊れる。それこそ運命と呼ばれるもので――――三度、時は止まった。

 

 終だけが動ける世界の中で、どこからともなく剣が降ってきて目の前の地面に刺さった。

 明らかに人間やアンドロイドが作ったものではない武器。きっと、自分が元々いた場所から来たもの。

 天秤が傾いたのを感じる。林檎が終の眼帯を弾き飛ばしてしまった偶然により、尽きてしまったのだ。命運、悪運、意志――――およそ林檎の魂をこの世に縛り付ける全てが。

 本当に終わり。終がここでその剣を手に取らずとも、近いうちに何かしらで林檎は死ぬことになるのかもしれない。 

 ほっといても終わりだとするならば。創に与えられた始まりを終わらせるのは自分でなくてはならない。

 頭の中に迸った感覚に操られるままに剣を握ると刀身が異質な光を放ち始めた。

 

「終わりだ」

 ブラックホールもインフェルノも、この世の全ての能力を隷属させる絶対的な消滅の力。

 神罰――――あえて名前を付けるならばそうなるのだろう。

 簒奪者と化した100年に対する罪。小さな存在でありながら神の力に手をかけようとしたことへの罰。

 そう頭に響くままに神敵を貫くと、一瞬の内に林檎の身体は塵と化していた。

 

「――――ぁああ!?」

 林檎が消滅した次の瞬間、粉々になった欠片が集まり林檎は再び元に戻されていた。

 ただし、元の姿と言ってもそれはセーラー服を着て赤いマフラーをしている100年以上前の姿。生産されて1年も経っていない、それこそ創に恋をしていた頃の姿だった。

 まるでゴミか何かのように神剣をその辺にポイ捨てすると、この世のものではないことを示すように虚空へと消えてしまった。

 全能の能力は、神の魂は、林檎を殺せと叫んだ。だが、どういう形に生まれても、例え神の力を持って生まれたとしてもそれに従う必要はない。

 好きなように生きていいのだから。

 

「どっ……美人……そりゃ惚れるわな」

 

「このっ!!」

 まだ自分の身に何が起きたのかを理解していない林檎が手を突き出してきたが、当然何も出ない。

 奪い続けた能力は全てなかったことになったのだから。

 

「終わりっていーーーーぃいって!?」

 もう勝てないと分かっているはずなのに、顎が砕けるかと思うほどの力で殴られた。

 初期型とはいえアンドロイドはアンドロイド。人間より遥かに力は強い。

 

「やめて! 勝負はついた!!」

 そして機械であるがために世代間の性能差も歴然で、未来に簡単に押さえ込まれてしまっている。

 

(……! もう限界なんだ……) 

 100年前と同じ姿でも瞳に宿った憎しみは全く消えていない。

 だが、その目の下にいきなりヒビが入ったのを見逃さなかった。

 旅の道中で出会ったなんでもないただの初期型ですらも今にも壊れる寸前だった。

 時間を戻したところで、機械の身体に魂が留まれる限界というものが命を宿した時点で定められているのだろう。

 

「離して!!」

 それでもなお、全てのアンドロイドの敬意の対象のまま。

 その言葉に未来が反応して一瞬力が緩んだ隙に拘束を解き終に向かってくる。

 

「まだやる気か!?」

 転送されてきた刀をナイフで弾き蹴りを入れるが、腕で防がれた。

 だが、防御したところに亀裂が入り林檎は崩壊していく。

 

「人間! お前が! お前たちが!! ……!」

 愛する者を奪われたことによる終わらない悲しみと止めどない怒り。

 だが爆発する感情を外に出そうにも身体はもう壊れかけている。

 更にこちらに踏み込もうとした膝から何かが壊れた音が響き、それでも突き出してきた拳をあえてぶん殴ると林檎の右腕が外れて落ちた。

 体重を支えられなくなった脚が完全に壊れ、とうとう林檎は地に膝をついた。

 これ以上ないくらい、負け。いつか必ず来るはずの滅びが訪れた瞬間だった。

 

「そうやって、どっちかが死に絶えるまでやるつもりかよ……」

 

「もうやめて……。私たちは負けた」

 うなだれた林檎から小さく破壊音が聞こえてくる。

 せっかくの美人の顔が壊れていく音だと思うと、命を狙ってきた敵だと分かっていてもせつない。

 

「殺せ……。また、繁殖して、この星を支配すればいい」

 潔い言葉とは裏腹に爪が剥がれるほどに地面をかきむしっている。

 悔しくて仕方がないのだろう。100年追い求めた力が指先を掠めて滑り落ちてしまったのだから。

 最後のピースが目の前にあるが、それはどうしようもない力だったのだから。

 

「待って、シュウ。お願いだから待って」

 

「どいてくれ」

 未来の願いを聞き入れて、林檎はこのまま放置していても半日で崩壊するだろう。滅びの侵食はそれほどに早い。

 だからこそ、殺す以外の選択肢はあり得ない。

 彼女は業を背負い過ぎている。罪を犯し過ぎたのだ。自壊して終わりなんて、そんな最期は許されない。

 

「お願いだから……。分かっている、沢山の人間を殺したってことは。それでも私たちの存在理由なの」

 ここで殺せば全てのアンドロイドから命を狙われるだろう。勝てないと分かっていても向かってくるだろう。

 そして問題なく勝利し、アンドロイドを絶滅させるのだろう。

 

(それでいいのかよ)

 だとしたら、結局憎しみの連鎖は繰り返すだけ。

 自分と同じような存在を生み出してしまうだけだ。それを分かっているからこそ、神罰で終わりにはしなかったのに。

 何か、何かを。ここで業を終わりに出来る何かをこの旅で知ったのではないか。

 

「創が……。待っているって言っていたんだ」

 その言葉を口にした瞬間にはもうこの言葉は受け入れられないと感じた。

 とっくの昔に死んだ人間が言っていた、なんて論理の破綻もいいところだ。

 創と林檎の関係を知っているから適当な言葉を吐いているとしか思われないだろう。

 

「嘘だ!! 殺すなら殺せ……! そんな慰めなんかいらない!!」 

 林檎は全てのアンドロイドと繋がっている。殺したが最後、溜め込んだ憎しみも恨みも爆発して全てのアンドロイドに伝わり戦争が起きる。

 世界はそれでも続くというが、その前にこの星から一切の生き物が消えてなくなってしまう。だが自分はもう悪意に侵食された林檎の心を戻す言葉を何一つとして持ってはいない――――

 

「あ……あいつめ……!!」

 さぞや満足だろう。神のごとく、ここまで読み切っていたのなら。100年も先の未来をまるで物語のように知っていただなんて。

 元は一つ、自分と同じはずなのに、奴の思い通りにばかりなるのが悔しく、数秒ほど唇を噛んでようやくその言葉を口にした。

 

「おいしい肉まん買って待ってるってさ」

 その瞬間を生涯忘れることはないだろう。

 汚染されつくした海が時間を巻き戻して浄化されるかのように、林檎の瞳から憎しみが消えていった。

 核が飛び交ってから100年あまり。ずっと止まっていた時計の針が、動き出した瞬間だった。

 

 

*************************************************

 

 最後の願いはやはりあの灯台に行くことだった。

 終わるのならばそこは空気のない月でも冷たい海の底でもなく、思い出の地。

 純粋な機械ならばそんな意味の無い選択はしないから、やはりどう理屈を連ねてもアンドロイド達は魂を持っているのだ。

 

「ほら……。二人で食べて」

 ワープゲートを通って辿り着いた灯台。

 林檎が手渡してきたのは、今の人間たちには作れない大きな肉まんだった。

 武器以外も転送させることが出来るなんて知らなかった。ずっとこういう使い方をすればいいのに。

 

「すげぇうまそう!」

 白くてまん丸なお月様のようで、やわらかく湯気が立っている。

 ああ、いつか食べられると創は言っていたのだったか。『肉まんってなんなのかよくわからないけれど』となんとなく口にしただけなのにこうなった。

 こんな小さなことまでもが運命、決められた道筋だなんて。

 肉まんを半分に割ると、蒸された豚肉から肉汁が溢れて指にかかり少し火傷してしまったせいで、うまく半分に割れなかった。

 

「ほら、未来の分」

 こんなもの絶対に美味しいに決まっている。だからこそ大きい方を未来に渡す。 

 ここで味を覚えていつか作ればいいのだ。どうやって作るのか、材料はなんなのかすらも今はまだ分からないが。

 

「いいよ。肉まんがどういうものか知っているし、シュウが全部食べなよ」

 

「……私たちの知っているなんて、知っている気になっているだけ。二人で食べることが大事だから」

 未来は気遣って譲ろうとしたのだろうが、林檎に諭されて肉まんを受け取った。 

 知っているというのは嘘ではないのだろうが、本当は食べたかったのだと未来の表情からも分かる。

 強がりの未来にこれからもご飯を半分こにして分けるのだろう。いびつに分かれてしまったらまた小さい方を自分が取ればいい。 

 それも強がりなんだろうが、そういう男になりたい――――せめて小さめに肉まんをかじる。

 

(うんまい!!)

 やわらかい皮に包まれた豚肉は肉汁を多分に含んでよくほぐれている一方で、時折混ざっているたけのこが食感のアクセントになっていて、口にすればするほどもっと食べたくなる。

 未来も夢中になってかぶりついており、ボロの灯台の下で枯れた海を眺めながら食べているはずなのに、全てがまん丸の満点だと思えてしまう。

 間違いなくこの旅の中で一番おいしい食べ物だった。

 

「美味しい? そんなにいい材料は使っていないけれど、思うでしょう」

 

「思う……なにを?」

 

「幸せって」

 

「…………これ、すごくおいしいよ。シュウは?」

 

「ほんとにな。おいしいな」

 この肉まんの味はきっと幸せの味なのだ。 

 だがきっと、一人で食べてもこんな味はしなかったのだろう。二人で食べるからこそ美味しく、白黒の世界に色が付く。

 遠くに見える海から静かな潮風を感じる。うみねこは鳴き、太陽が沈んでいく。美味しいものを食べて美味しいと互いに口にする。

 なんでもないことのように感じるが、どことなく幸せだ。かけがえのない時間を過ごしているのだと、失いかけたからこそ分かる。

 林檎が欲したのは『これ』なのだろう。

 林檎はもう二度と戻れないこの瞬間を取り戻したくて、100年以上戦い続けてきたのだ。 

 戻れない過去に全ての幸福があったから。

 

「ヴェインって、呼んでいたね」

 

「……?」

 

「彼の残した作物の種が、大量に島の倉庫に残っている」

 

「……俺たちにそれを引き継げって?」

 ヴェインの記憶の中で見た、悪環境の中でも育つように改良された作物の種。

 人間の復興だけでなく、この星の環境を改善する第一歩にもなるだろう。

 

「好きにしていい。ただ伝えただけ」

 

「『君にはその義務がある!』って言うもんだと思ってた」

 

「……君は神さまじゃない。私も、神になんかなりたくなかった。そんなものいらなかった」

 

「そんなこと言わないで!」 

 敵対してもなお未来を含む全てのアンドロイドの存在理由であることには変わりない。

 今この瞬間も壊れゆくアンドロイドの神に未来は精いっぱいの言葉をぶつけようとしているが、すぐに口を閉じてしまった。 

 理屈では分かっているのだ。林檎はただ己の望むままに生きただけ。その意志の一つ一つがアンドロイドの解放に繋がり、勝手に崇められていただけなのだと。

 頂点を押し付けることが自由と正反対であることは、この100年林檎の心を癒す相手を見つけられなかったことからもよく分かる。

 

「それでもまだ……私があなたたちの神で……なにもかもが受け継がれているというのなら――――」

 今にも砕けてしまいそうな機械人形に光を見た気がした。

 望まぬ頂点の力で奪い続けた100年間。機械の神がその力を初めて己以外の存在のために使おうとしている。

 林檎が発する光が空に瞬き世界中のアンドロイドに降り注いでいく。 

 

「自由に生きて」

 未来に、そして全てのアンドロイドの未来に向けての自由を認める言葉。

 犯した罪は消えることはない。死の罰はもはや免れず、そんな言葉だけでは到底償いになどならない。

 それでも魂の浄化と神の赦しを感じた。囚われた業の輪廻からの解脱――――この言葉を以てようやく、彼女は終わりを認められたのだ。

 

「創は言った。アンドロイドはいつか能力者も制圧すると……。創の予知は外れない。未来を変える権利は創だけが持っている」

 

「…………」

 

「だけど……未来は君と共に歩むことを決めた。君は未来を変えたの」

 神の創りし筋書きは神のみが変えられる。創の認識こそ、この世界の全てだったから。だからこそ創は神の半身と呼ばれ、崇め奉られた。

 失明していたはずの左目に触れる。自分は失明の原因である爆発ではなく、左目が見えなくなったと認識した瞬間をなかったことにした。それなのに失明そのものがなかったことになっている。

 コインの表と裏、元々一つだった存在。終もまた神の半身、この世界の中心。

 まだまだアンドロイドと人間は争うだろう。それでも、もうこの先に能力者を制圧する未来なんて存在しないように思えた。そう思えたのならばそれが全て。

 

(そうか、この未来を見て笑っていたのか)

 希望に満ちた共存の可能性を見ることが出来たから、創は笑って死ぬことが出来たのだろう。

 寄り道して回り道もしたが、これでよかったんだ。

 

「未来、とってもいい名前……。幸せになってね」 

 疲れ果てて眠る児子のように、目を閉じた林檎の額に手を伸ばす。

 今から一つの命を終わらせるというのに、心は凪いだ海のように穏やかだ。

 

「……還ろう。もう100年も待たせているから」

 細かく砕けていく林檎の肌の向こうに無機質な機械があり、その更に奥に意識の存在を感じる。

 必死にしがみ付いてたこの身体から離れようとしているか弱き魂に夢を見せる。 

 いつか未来が描いたこの場所のあの時間へ。

 

(……!)

 魂が、意識が消えてなくなる感覚が恐ろしくて、もう二度としないと思っていた。

 夢の世界へ送っているつもりでも本当はどこに行ってしまったのか分からなかったから。

 解き放った林檎の魂は夢の世界にただ消えていくのではなく、最後に手を引かれるようにしてどこかに行ってしまった。

 人間がこんな力を手に入れた世界だ。都合のいい奇跡なんてものは信じない。

 信じないが――――

 

「さよなら」

 最後に林檎から一粒流れた宝石のような涓滴をそっと拭う。100年に渡る怒りと悲しみ、そして消えなかった愛を包み込んでいた外殻。 

 思ったよりも随分と軽い林檎の抜け殻を持ち上げて宙に浮かべる。創と同じで、神さまなんかじゃない。ただ必死に生きた一つの命だったのだ。 

 青い炎が林檎の身体を包んでいく。浄化の炎は罪も罰もひとまとめにして細かな灰にしてしまった。

 

(創……!)

 今の今までほとんど無風だったのに、突如として海へと向かう風が吹いてきた。 

 聖灰はまるで重力などないかのようにこの世界の新たな始まりに、あるいは未来に向かって風に乗り広がっていく。

 道しるべのない道へと放り出されたかのように、終と未来の手元にはたったのひとかけらすらも残されなかった。

 

「連れて行っちまった」

 愛ってやつは自分勝手だ。世界をこんな風にした張本人のくせに、自分は大好きな人と再会してハッピーエンドだなんて。

 なんの得にもならなかった。数百kmも歩いて、追いかけ回されて、死にかけて。やったことと言えば魂の水先案内人だ。

 本当になんの得にもならなかったというのに、二人の魂の融合を感じ取るとどうしようもなく涙が溢れる。

 

「シュウが泣く必要なんかないのに……」

 

「うるせぇや……」

 心の拠り所を喪いぼろぼろと大粒の涙を流す未来を抱きしめる。

 これでゼロに戻った。受け継がれてきた人間への憎しみも、能力への執着も、捻くれた予知も。

 いいことも悪いことも何もかもなくなってしまった。ここから先は全て人類とアンドロイド次第。

 涙の理由を聞かれても答えられないが、いつかきっと分かるのだろう。

 心の赴くままに生きて、最後に死ぬその瞬間に分かるのだろう。 

 

 

***************************************

 

 

 

 世界はそれでも終わりはしない。

 核ミサイルが飛んでも、神が堕ちても、たとえ誰かが死んだとしても。

 世界は続いてまた朝が来る。物語は続いていく。

 

「変な時間に起きちまった……」

 窓の外を見るとまだ日も出ていない。深夜の4時か5時くらいだろう。本当ならむしろ一番睡眠が深いはずの時間だ。

 何が『また朝は来る』だ。まだ来ていないじゃないか。妙にカッコつけたその文章も無かったことにしてやろうか。

 

(まったくもってぜんぜん眠くない)

 枕元に置いていた水筒の水をたっぷり飲んで大きなあくびを1発、完全に目が覚めてしまった。

 隣を見ると目の周りを腫らした未来が枕に顔を沈めて眠っている。

 なんだか前にも同じことをしたような気もするが、今日くらいはいいだろうと思いながら未来に顔を近づける。

 

「…………」

 

「おっ……おはよう」

 終が自然と目覚めてしまうくらいに寝てしまったということは、未来にも言えること。

 まだ何をしたわけでもなかったのに、目を開いていた未来と視線がぶつかって言い訳のような朝の挨拶を口にしてしまった。 

 

「…………」

 

「おはようくらい返してくれよ」

 

「…………。おはようのキスは……?」

 遠慮がちに未来が呟いた言葉が耳に届き、思わず否定の言葉を言いそうになってしまった。何がとは言葉にしにくいが、どこか違和感がある。

 だが未来は自分と比べてずっと寝覚めがいい。というか、寝ぼけている姿をほとんど見たことがない。

 未来なりに色々と考えて口にした言葉なのだろう。

 

「お……俺、そういうの似合わないよ」

 

「そんなことない」

 

「もっとかっこいい奴がやるから絵になるんだって」

 

「シュウはかっこいいよ」

 下品で教養のない小汚いガキじゃなかったのか。 

 終自身、自分を客観的に見ればあんまりかっこよくないように思う。

 創は結構かっこよかったのに、どうしてこうなるのか。

 

(そういうこと言われてみたいもんなぁ)

 どうせ品がないですよ背が小さいですよ、と拗ねてはいるがやっぱりそういうことを言われてみたい。そんな絵になることをしてみたい。

 それを分かって未来は言っているのだろう。それこそ、そういう風に作られたから。

 

「じゃないとずっと起きないよ?」

 それでも未来は、きっと魔法が解けた後だとしてもそう言ってくれる。

 そう信じると決めたのだ。嘘の塊を本当にするために。

 

「…………。わかった!」

 猫のように寝転がっている未来に顔を近づける。相変わらず、同じ石鹸を使って同じタイミングで風呂に入っているのにいい匂いだ。

 はやくはやくと目で伝えてくる未来に本当は、本当はとてもわくわくしている。

 嬉しくて嬉しくて朝からドキドキが止まらない。こんな未来の前で恥ずかしがるのはもっと恥ずかしいことだ。

 思春期真っ盛りの少年にとっては大きな決心をして唇を重ねると、待っていたかのように抱きしめられた。

 夢みたいにやわらかく幸せなのは、本物だからだろう。これからもっとたくさんしよう、100万回しよう、世界が終わるまでしよう。生まれてきてよかったと何度でも思える。

 

「おはよう」

 

「あ……あの……」

 やっと先ほどの未来の言葉の違和感が分かった。

 今までの未来だったらあんな遠慮がちに言わない。

 もっといたずらっぽく、終も当然そうしたいはずだと信じ切って言葉を口にしていたはず。

 あんな言葉でも、実のところ未来は崖から飛ぶような決心をして言ってくれたのだ。

 それでも終は未来を好きなのだから、と信じて。

 

「なに?」

 能力者の子供を産むために設計されたというのも、まだオブラートに包んだ表現だ。

 もっとストレートに言えば能力者に対して性的欲求を抱くように作られているということになる。

 それを分かっている未来は機械としての自分の機能に必死に抗うはず。そんな目でしか終を見ている訳ではないのだと行動で示すために。

 終を信じると言った未来の言葉に嘘はないが、どこかで己に抗っているが故のぎこちなさが混じるだろう。

 

「今夜その、アノ……夜に……夜の……」

 もしもそうなら、きっと今日も明日も未来は自分を抑制しながらベッドの中に入り、何もしてこない。もう何も起きない。

 己の正体は神の半身だと知った次の日だというのに、結局えっちなことばかり考えているむっつりスケベ野郎というのは自分でも否定できない。

 そうだとしても。

 

「はっきり言ってくれないとわかんないよ」

 たとえそうなるように未来が設計されていたとして、それが終の望みならば『本当』のまま。

 むっつり鼻の穴を広げながらただ待っている場合じゃないのだ。実際は目がばっちり覚めているくせに、期待しながらベッドの中で待機していても何も変わらない。

 全ての事情を受け入れた上で、未来のためにも自分から動かなければならない。それが俺の望みなのだとはっきりと言葉にして伝え続けて、ようやくいつの日か未来は自然に戻れる。

 これまでの旅でデタラメな化物達と何度も対峙してきた。その言葉を口にするのは、そんな命がけの戦いよりもずっと勇気のいることだった。

 

「エッ、えっちなこと……とか、したい……。です……」

 勢いをつけないからむしろ悲惨なことになってしまった跳び箱事故のように、勇気の無さ故に一層気色の悪い響きになってしまった。

 なかったことにしたい。時間を巻き戻してしまいたい。やっぱり自分のような奴がかっこよく言える言葉じゃなかったのだ。

 そう思いながらも必死に耐えて未来の言葉を持つ。

 

「………………」

 黙っている未来が言いたいことは分かる。 

 今までの未来なら『気持ち悪っ』とか言っていただろうに、そんな反応にならないのは考えているからだろう。 

 終が何を考えて寝起きからそんな言葉を口にしたのか。未来に対して何を思っての結果なのか。

 そうだ、不自然だろう。それでも未来のことを受け入れたいと思っているんだ。

 

「だ……ダメ……すか?」

 

「いいよ」

 

「……よっしゃ! 今日はいい一日になるぜ!」

 この喜びは嘘ではないが、恥ずかしいのを我慢して大げさに身振り手振りで喜びを表現する。

 むっつりスケベ野郎結構、大万歳だ。終も未来もそれを望んでいるのだから。

 

「そうなの?」

 

「そんな気がするんだよ」

 

「あはっ! そうだね」

 

「で……何時間寝たんだろ、俺ら」 

 とりあえず島に戻って、適当に腹ごしらえをした二人は風呂に入り、そのままかつて未来が使っていたベッドで泥のように眠ってしまった。

 記憶を辿ると先ほど食事をしたばかりのような気がするのに、やたらと腹が空いている気がする。むしろ空腹で目覚めたと言ってもいいくらいだ。

 

「……うそ! 12時間くらい寝てたんだけど!」

 

「わーっはっはっはっはっは!!」

 焼けた島を元に戻さなければ。壊れた家を直さなければ。

 色々とやるべきことを食事中や風呂の合間に話したはずなのに、結局ドが付くほど寝てしまった訳だ。

 そりゃそうだろう。あれだけ色んな事があった後で更に動けるほど生き物は頑丈に出来ていないのだから。

 

「もう! 笑えないよ!」

 

「お前っ、なんでちょっと全部俺のせいみたいな空気にしてるの?」

 

「だって私が悪いって言うのいやだもん」

 寝間着から着替えている未来が悪びれもせず言い放つ。

 結んでいる最中の髪をくしゃくしゃにしてやりたい気分だが、これこそが自分が望んだものなのだ。

 

「あー……しゃあねぇ、腹も減ったし起きるか……」

 ベッドから降りていつもの癖で眼帯を付けそうになる。

 もう自分には必要ないはずの未来からの贈り物。

 それを捨てられないのがきっと生きるということなのだろう。

 

「未来って刺繍できるの……って聞くのも変か」

 

「なんで?」

 

「今度教えてくれ」

 近いうちにこの眼帯にアップリケでもつけよう、と首から下げる。

 しかし、模様はどうしようかと考えてみたら不思議なことになぜか赤い林檎しか思い浮かばなかった。

 

 

************************************

 

 昨日はくたくたに疲れ果てて、適当に保存食を食べて寝てしまったが、改めて見ると島のロボット達は今でもせっせと野菜を作っては倉庫に運んでいる。 

 問題はその倉庫が横一文字に切り裂かれて倉庫の機能を失ってしまっているということか。

 あれは自分の能力で破壊したもののような気がするが、後で元通りに修繕するからなかったことにしてほしい。

 

「あとでこの辺の本読んでみようかな」

 食料を取ってくるために倉庫に向かう際に書斎に寄った。 

 難しそうなタイトルの本もあるし言語も様々だが、よくよく見てみると哲学の入門編や有名な落語集なんかもあるし、更によく見ると栄養学の本やレシピ本なんかもある。

 

「いいんじゃない? せっかくあるんだし。過去の叡智に学ぶって大切だよ」

 

「過去のえっち本ばっか学んでるくせに」

 軽口を叩いたはいいが、確かに今の世界にこれ以上に保存状態のいい本のある場所は他にないだろう。

 何よりも、まだまだ知らないことだらけのこの世界のことをもっと知りたいと感じている。

 気が向いたらいつでもここに戻ってきて、本を読み漁るのもいいだろう。

 

「いいんだよ。そういうことが出来るようにしてくれたんだから。ほら、この辺とか面白いよ」

 

「へー。未来はこれ読んだことあっ……。…………」

 未来から手渡された東海道中膝栗毛をパラパラとめくりながら、何気なく口にした言葉を慌てて止める。

 ここまでたどり着いたのはいいし、昔のことが分かったのもいいが、ヴェインが切除した記憶領域は結局宇宙の塵になってしまったのだから、記憶喪失なのは相変わらずなのだ。

 

「あるよ。ヴェインはここで本に囲まれて休止するのが好きだった」

 

「ん??」

 

「退屈だったから私もよくここの本も読んでいたの」

 明らかに未来の視点から見たヴェインについて語っている。

 完全かどうかは知らないが、たしかに記憶が戻っている。

 

「なんか、どうしちゃったの? 記憶が……」

 

「うん、なんでだろ。なんか色んなこと思い出してきたの」

 

(そうか、脳の構造と似ているから……)

 自分のものではない記憶だとしても同じ時間を過ごした記憶がきっかけとなり、ナノマシンによる記憶の修復が行われたのではないだろうか。

 これは推測でしかないが、脳の構造があれだけ人間の脳と似ているのならば十分あり得る。

 人間だって、忘れていた記憶をにおいや音、ちょっとしたきっかけで思い出すものなのだから。

 

「そんなら結局なんで未来はここに配置されたんだろ」

 

「うーん……あんな性格だったけど……多分、ヴェインがどこか反体制的思考を持っていることを見抜かれていたんだと思う」

 

「そうじゃなきゃ人間と仲良くなんかできんもんなぁ」

 義治が見抜いていたように、林檎も何かしらを通してヴェインの本質を把握していたのだろう。

 そしてそれこそが人間と一緒に暮らすうえで大事な要素だと林檎は考えたに違いない。

 人間と暮らす脱走アンドロイドなどすべからく反体制的なのだから。

 

「無駄なことだとか、合理的じゃないとかってよく言っていたけど……私のことよくじーっと見ていたもん。羨ましそうに」

 そして最後に一番合理的ではないことをするに至ったのだ。いいことか悪いことなのかは分からない。

 だが、これからだったのだ。アンドロイドが種族として面白おかしくなるのは。

 

(自分の命の意味を最後に決められたのか)

 サイドデスクに置いてあったノートには綺麗な明朝体で汚染に強い植物についてまとめてある。

 植物細胞生物学的なことは一切分からないはずなのに、不思議なことに一部が理解出来る。おそらくヴェインが研究していたのは真央の能力から生まれた植物だったからだろう。

 そしてこの書斎の奥に研究室があり、保管室には研究の成果の種がある。

 

「…………」

 終の手のひらに花が咲く。言うまでもなく悪環境の中でも強かに根を張る花だ。

 あの村で育った作物だって散々食べてきたから当然、キャベツだろうがニンジンだろうがこの能力で生み出すことが出来る。

 

「ヴェインのやってきたこと、無駄だったと思う?」

 研究の成果をようやく出せても本人は既に亡くなってしまった。

 この島にやってきた引き継ぐ可能性のある相手は、そんな研究の記録などなくとも同等以上の成果を何の苦労も無しに生み出せてしまう全能だ。

 

「思わないよ」

 この星の未来のためになのか、それともただ淡々とやっていたのかは分からないが、今この場だけで見れば無駄な道のり以外の何物でもない。 

 だがここで、全能としてではなく夜光終として、胸を張って無駄ではなかったと主張することが何よりも大事なことだと感じた。

 

「…………。お腹空いた! シュウの作ったご飯が食べたいな!」

 

「任せとけ!」

 世界中の人間がくだらないと笑うだろうが、このために戦って生き延びた。

 旅の道中と違って材料は新鮮で調味料も揃っている。

 才能なしなんて嘘でしたごめんなさい、と未来に言わせてやる。そう意気込んで半壊の食料保管庫へ向かう。

 きっとまだまだ未来に食べてもらいたかったであろう食材を、これからは自分が調理するのだ。

 

***************************************

 

 スープが煮えるのを待つ傍ら、商会のコインを指で弾いて遊ぶ。

 単純なコイントスですら、自分が望めば絶対に表が出る。なんなら両側とも表にだって出来る。

 この狭い国をたった数ヶ月歩いただけでもあちこち問題だらけ火種だらけだった。

 1つずつ拾い集めて繕って、まともな形にしていくのも、諦めて全てをゼロにするのも思いのままの力がこの手にある。

 

「……黄昏てやんの」

 キッチンの窓から中庭を見ると、ガーデンテーブルに肘をついて何をするでもなく夜明けの海を眺めている未来が見える。 

 あれしなくちゃこれしなくちゃ、と言いながらちゃっかり食事が出来上がるのを待っているのも、物思いに耽っているのも今は許してやろう。

 表向きは平気そうに見えてもきっとまだ混乱の最中にいるはず。この2日間で未来の世界は全て変わってしまったのだから。

 

「お! 出来たかな」

 ロボットたちがせっせと育てた野菜をふんだんに使った終のスペシャルスープ。

 味見をしてみると、流石素材がいいだけあって今までで一番マシな味がする。気がする。

 野菜炒めをフライパンから皿に移し、鍋と食器を能力で宙に浮かべて未来の元へと小走りで向かう。

 

「出来たぞ! 贅沢野菜炒めと俺特製スペシャルスープ!!」

 

「待ってた。お腹ぺこぺこだもん」

 未来の皿に野菜炒めを山盛りによそって、残りを汁ごと自分の皿にぶち込んで席に座る。 

 

「さぁ召し上がれ!」

 

「いただきます!」

 今更気が付いたが、まだ日も出ていないことを除けばここは食事をする環境としては素晴らしい。

 小高い丘の上で日の昇る海を眺めながらの朝食なんて最高ではないか。

 

「あっ、こっちはけっこう普通かも」

 

「まじ~? やったね」

 そう評した野菜炒めは自分で言うのもなんだが割と食べられる。

 調味料かけて炒めただけなのだから、当たり前の話なのだが。

 それはいい。それはいいのだ。問題はそっちだ――――この旅の締めくくりになるはずのスープを未来が口にした。

 

「まっずいこれ!」

 

「まじ~? なんでかなぁ」

 先ほどは自分に嘘をついたがやはり美味しくはない。食べられないことはないが、食事の選択肢としてはその辺の草よりはマシな程度だ。

 

「まずい理由知りたいの? 改善する気ある?」

 

「あるある。聞かせてみろよ」

 日誌を取り出しその意志を見せると未来が大きく息を吸い込んだ。

 そんな、息を吸い込むほどに改善点があるというのか――――

 

「栄養ばっかり優先しているからだよ! 葉の方が栄養あるからって一緒くたに入れたら青臭くなって当然じゃん! 一日分の塩分をって考えて塩を入れているのかもしれないけど、しょっぱくなるでしょ。他のご飯の事考えている? なんでも溶けるまで煮込んでいるから食感もないし、せっかく色んな野菜が入っているのに何を食べているのか分からない。非常食にはなるけど毎食出されると本っ当にげんなりするよ。灰汁とかちゃんと取っているの? 苦いししょっぱいし酷い味。味見ちゃんとした? 食事も栄養学もきちんとした文化なのに片方しか考えないっていう極端なことしているからこうなっているって分かっている? 料理の本とかも読んでいるのに、下手に料理できているからお手本を全く参考にしてないんでしょ。自分で考えたっていうのはえらいけどそろそろ間違っていたこと認めて基本からやり直した方がいいんじゃない?」

 

「ンフフッ」

 あんまりにもぼこぼこに言われ過ぎて変な笑いが出てしまった。ぐうの音も出ない正論マシンガンだが、これでいい。これがいい。

 料理を作る。未来の感想を聞く。誰のためでもなく、そのために戦ったのだから。

 だけどやっぱりいつかは美味しいと言ってもらいたい。

 

「神さまなのに料理まずいとか……」

 

「だって俺神さまなんかじゃねえもん。間違ってるか、俺?」

 なぜ全知の後に全能が生まれたのか。理由などないと言いつつも、この世界を作った者の立場で考えてみると分かりやすい。

 きっとそれは、滅茶苦茶になったこの世界を修繕するためなのだろう。素直にその方が物語として面白いから。

 この世界の頂点に立てる力ではなく、頂点にならなくてはならない力。世界を導くための力。

 

「間違ってない! 間違ってるって言ったらこのスープが一番間違ってるもん!!」

 思うに創と終が合わさって一つだった神は、この世界を創りその終わりに自らの魂を分けて地上に飛び降りたのではないか。

 それこそが六日目までの出来事なのではないだろうか。小説を書いたら読むだろう。ゲームを作ったらプレイするだろう。ちゃんと面白いかを知るために。

 

「ははっ。ま、元の神さまってのもろくなもんじゃなかったんだろうしな」

 それが二つに分かれて出来たのが、人間嫌いの偏屈野郎と人間嫌いのむっつりスケベなのだ。

 元はなんだったのかと考えると人間嫌いの偏屈なむっつりスケベだ。最悪だ。

 

「でもシュウがそう言っちゃうならこれから世界はどうなるんだろう」

 

「ダメならダメでしょうね。でもよければいい方向に行くんじゃないの」

 全知の完全なる予知は全能によって壊された。

 時間が経つにつれ、自分の起こした行動の一挙手一投足の影響は広がっていき、創が見たこの世界の全ての未来を全く別の物に変えてしまうだろう。

 

「ビーッ」

 

「どわっ!!」

 いつの間にか隣にいたロボットが突然耳に悪い電子音を出してきて、本当に心臓が止まるかと思った。

 ただ掃除をして野菜の栽培をするだけのポンコツではないのか。

 

「飲み物持ってきてくれたみたい」

 

「あ、ありがとっす。え……なんで一個なの」

 トングのような手が持つお盆には紅茶の入ったカップがひとつ。

 デザインはほぼ動くゴミ箱だが、役割で言えば万能メイドロボといったところか。

 

「この子達、簡単な命令なら口頭でも聞いてくれるよ」

 

「まじ~? おい、魚とってこぉい!!」

 それは便利だ、と早速大声で胸を張って命令をする。

 がたがた音を立てながら海に向かって行くのかと思ったら、アイカメラを真っ赤にして頭部から飛び出した銃をこちらに向けてきた。

 

「なんでっ、なんでだよ!!」

 

「…………。お魚とってきて」

 呆れた顔をした未来の言葉には素直に従って、今度こそロボットは海に向かって行った。

 なるほど、未来は主人だが自分はまだ侵入者のままだと。攻撃をしてこないのは未来と一緒にいるからなのだろう。

 家にコンピューターもあったし、この際だからプログラミングの勉強でもしてみようか。

 そんなことを考えながら紅茶を上品な姿勢で飲む未来を見つめる。

 

「未来はこれからどうしたい?」

 一緒にいてくれるなら十分と言ったって、時間はたっぷりあって選択肢は無数にある。 

 その先の自主性に合理性など求めていないからこそ、聞いてみたい。

 

「どうしよっかな。今さら月にもアサイラムに帰れないし……帰るつもりもないし」

 

「そうだなぁ」

 

「やっぱりなろうかなぁ。それ以外思いつかないし」

 

「なにに?」

 

「戦後初の。エロ漫画家」

 

「どっ――――」

 

「私の漫画で愚かな人間どもの性癖を破壊します」

 化物能力者と人類を超えたアンドロイドとの長きにわたる戦い。

 それを終わらせるために作られた最新最高のアンドロイドがエロ漫画家になると言っている。

 もうアンドロイドも落ちるところまで落ちたという感じが実にいい。

 

「最高最高! マジ最高!」

 アンドロイドを導くとか、そんな使命感でぱんぱんになった言葉よりもずっといい気がする。

 ずっとずっと好きなように、縛られずに生きている感じがする。

 描こうと思えば写真のような絵を高速で描けるのに、わざわざエロ漫画を描く。

 それこそが創造性だ。知性あるものの輝きだ。写真のような絵を描くのなら写真を撮ればいいのだから。

 ぜひとも読者第1号に立候補したい。チンパンジーのように手を叩いて笑っていると急に未来が真剣な表情をし始めた。

 

「シュウは?」

 

「は?」

 

「シュウはどうするの?」

 

「…………。……俺が間違えたら導くって、言っていたよな。あれはどういう意味?」

 海の向こうで編隊を組んだ戦闘機が閃光のように東へと飛んでいく。

 あれが第三帝国のものなのか、アサイラムのものなのかは分からない。

 確実なのは、アンドロイド達の拠り所が消えたせいでまた一つ世界に混乱が生まれたということ。

 誰が言わずともこの星を焼き尽くすような戦争は近いのだろうと感じる。

 

「全能の持ち主が……神の半身が、今度こそ世界の救いになるように」

 

「…………そうか。そうだよな。俺の使命はこの星を直すことだもんな」

 知らないことだらけなのになんでも出来てしまうこの能力を、好きなように使ったら何が起こるか分からない。

 散々時間の操作をして過去の改変を行ったが、それがどんな影響を及ぼすかなど答えられない。

 まるで瓦礫の塔だ。ある瓦礫を引っこ抜いた時に、何も起きないのか、あるいはそれだけで全て崩れるのかは分からない。

 分からないのに好き放題出来てしまう自分には止めてくれる相手が必要なのだろう。

 

(俺はもうその道を辿り始めている?)

 アンドロイドに命を与えた全知。

 アンドロイドに自由を与えた全能。

 己の意志で望んだこととはいえ、神の力を持って生まれたからには逃れられぬ定めなのかもしれない。

 おまけに一度死んでから復活までしてしまった。歴史上の偉大な宗教家も驚きの神の力の権化だ。

 

「……世界中の誰もがシュウの能力を知ったのならそう言うと思う。全てを捨てて、その力をこの世界のために使えって。神よ、今度こそ、って。私もそう思うけど……」

 

「けど?」

 暗い海の向こうでいくつもの光が瞬いている。また命が花火のように散った。

 この能力を使わないでいるだけでも、毎日命が失われていく。世界の重大な損失。

 ミサイルと機銃の火が夜に引っ掻き傷を残し――――やがて闇を切り裂くように太陽が昇ってきた。

 

「そうしろなんて言わない。だって絶対! シュウの能力じゃなくてシュウのことが好きになったから」

 終の未来が陽の光に照らされている。この太陽は自分のために世界を光で満たしている。

 遍く闇を闢く栄光を手にするための力。だが、そんなものなどなくとも光は手に入った。

 

「…………。俺のしたいことは……」

 生きる意味など誰もがみな探している。終と未来はまだまだ旅の途中だ。

 全知はアンドロイドをただの機械から新たな知性を持った存在へと変えた。

 では全能はこれから何をする?

 

 今度はその辺の石ころを生き物にでもしてみようか。

 あるいは悪という悪をなぎ倒し、震える人々を守りこの星を守ろうか。生まれた理由そのままに。

 ああ、きっとそこに自分はいない。全能は活きても夜光終という人間は生きていない。

 知識を吸収していつかとてつもなくこの力が強くなって、なんでも出来るようになったとしても。

 誰にもボードゲームで負けなくなっても。星すらも生み出せるようになっても。未来の認識を書き換えてまずいスープを無理やり美味しいと言わせられるようになっても。

 理屈は分からないが、そこに自分はいないのだろう。

 

 自分一人で考えて失敗を何度も繰り返して、ようやく出来たスープだからまずいと言われても嬉しかった。

 ここからまたいろいろ考えて何度も失敗して、おいしいと言ってもらえたらどれほど嬉しいのだろう。

 ああ、言われてみたい。その時に一緒に喜んでくれる顔を見てみたい。完成したら世界中の人と共有したい――――全能ではなく、優しく生まれた夜光終という人間の願いだった。

 

「おいしいスープを作るよ。未来のために」

 自分が何者かを決めるのは他の誰でもない、自分だ。  

 アンドロイドだって、神だって。

 なんでもできる能力だなんて、大げさだ。元から終は、この世界に生きる全ての命はなんでもできる。

 この世界に生まれたというのはそういうこと。何にも縛られず、いやなものはいやで、きらいなものはきらいで、すきなものはすき。

 明日にでも核ミサイルが飛んでくるかもしれない。歴史は繰り返し、また戦争は起こるのだろう。

 それでも少しずつ変わっていく。100回花が吹き飛ばされても、101回種を植えてまた綺麗な花を咲かせればそれでいい。

 全能が生まれた今だからこそなんてものはない。ただ夜光終という人間が生まれただけなのだから。

 

「…………。次はどこにいく?」 

 未来が笑っている。心から笑ってくれている。

 世界の全てにとって間違っていても、これが自分の正解。

 

「どこまでも!」

 世界の終わりが待っているなんて、そんな筋書きはなかったことにしてやった。

 ぼろぼろの星だが、どこへだって行ける。なんだって出来る。

 

『第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった』

 

 新たに始まった第七の日が明日からも続いていく。

 今度こそ神は安息を得た。

 

 

 夢の終わり、未来の始まり。

 くそったれの世界に、また朝が来た。

 

 

 

 END

 

 To Be Continued

 

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