DARK SOULS → SKYRIM でまったり()スローライフ() 作:佐伯 裕一
序
夕方、鴉の鳴き声で目を覚ます。
鴉とは何かと縁があるせいか、多少の愛着がある。こちらの好意を察してか、なんなら連中のほうから寄って来ることもある。
そして夕方の起床というあたり、私がまっとうな勤め人でないことは明白だ。
私は今、このスカイリムという土地で錬金術師として活動している。
……積極的に薬品を売り出しているわけでもない私の現状を、「活動」などと述べて良いものかは不明だが。
五日の内に近所の婆様へ、副作用が軽くなるよう調整した睡眠薬を。半月の内に樵へ、軟膏を納める予定だ。
そして今月の内には首長府の衛兵隊へ傷薬やマジカ回復薬を、町に住み直接衛兵隊へ納める立場にある錬金術師へ納める必要がある。ややこしいが、こちらは要するに下請けだ。
それなりの対価を頂戴しているとはいえ、便利使いされるのは気分がよろしくない。「あの野郎いつか締めてやる」と独り言が零れる。
この錬金術師の身分は表で動くための仮の姿とは言え、なかなか忙しいのも嬉しいやら面倒やら。少々判断に困る。
そして今日も益体も無いと思いつつ、考えてしまう。
「神やそれに準じる化け物共と丁々発止を繰り広げていた私が、何がどうなってこんな場所で錬金術師なんぞしているのか」と。
半ば習慣的作業と化した薬品作成の下拵えと必要性の薄い夕食を同時に済ませつつ、現実逃避がてら常の如く思考を飛ばす。
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私は『持たざるもの』であった。
幼い頃からやることなすことうまく行った試しが無く、自らの力で何かを得た例も無く、人生に絶望していた。
生まれついて、救いが無かったかといえば、そういうわけではない。家族は私を愛してくれていたし、数少ない友人も私を気にかけてくれていた。
だからこそだろうか。私にとってそれらは、呪いに近いものであった。
不遜であろう。傲慢であろう。しかし現実として、日常的に人生の終わりを望む私にとって、彼等の愛こそが私の命を望まぬ現世に縛り付けていたのだ。
何度それらを振り切り、幕を下ろそうと思ったかわからない。
しかし私の矮小で臆病な精神は、
そうした絶望の中でただ命をつないでいるだけの私に、あるとき転機が訪れた。
別に珍しくもない。流行り病だ。
しかし私にとって予想外だったのは、私を含めた身の回りの人間の中で、『私を除く全員』がその病に罹ってしまったことだ。
彼等は言った。
「お前だけでも無事で良かった。さぁ、あまりそう頻繁に訪ねてくるものではないよ。看病してくれるのは嬉しいが、お前まで病に倒れたら大変だ。もうお帰り」
私は神を呪った。敬虔とは言えないまでも周囲の影響で『白教』徒であった私は、生まれて初めて心から神を呪った。
そして僅かに、彼等を妬んだ。
おぉ、神よ。何故彼等なのです。彼等は敬虔な信徒であり、善人であり、勤勉に自らの人生を生きております。
比べて私はどうでしょう。常に死を望み、仮にそれが叶ったところで、何ら損益を与えません。世間的には誰にも必要とされていないのです。病に罹るなら私であるべきでした。何故私ではなく彼等なのですか。何故、死にたがりを生かし、生きるべき人間を殺すのですか。
他の罹患者と同じく打つ手が無かったのか、私が神を呪ったことがいけなかったのか、彼等は皆、死んだ。天に召されたとはあえて言うまい。
なんにせよ、だ。私は独りになった。誰も私の死を嘆かない。誰も私の自殺を止めない。
親しき者を一度に失った喪失感と孤独感、それに相反する解放感から、私はとめどない涙を流し続けていた。
そして、「さぁこれからどんな死に方でこの糞っ垂れな人生に幕を引いてやろうか」と退廃的かつ魅力的な考えに思い馳せていたとき、左腕に強烈な痛みと、それが収まってからは違和感が訪れた。
混乱した頭で見た左腕にあったのは、昏い闇の中に浮かぶ炎の輪のような印。人間の世にはけして受け入れられることのない『不死人』の証 ────『ダークリング』だった。
愛する彼等が病に罹ったときの憤りなどまだ序の口であったと、このとき私は理解した。
今から、やっと今から望みを叶えようというときに、その道を丁寧に埋められたのだ。ちっぽけな輪、一つで。
なるほど私が今までに抱いていた絶望など可愛いものだったのだ。この僅かに残された小さな望みでさえ神は目敏く見つけ出し、蝋燭の頼りない火を吹き消してしまうように、簡単に潰えさせてしまう。
はっきり言って狂ってしまいそうだった。
しかし私が頭を抱え唸り声や奇声を上げ逃避している最中にも、近隣住民が私の元へ迫り来ていた。
曰く、流行り病が起きたのにこのあたりでお前だけが生き残ったのは不死人であるからだ、と。
病が愛する彼等を襲ったことと私が不死人になったことは時系列が逆転しているため、その口上は的外れであるのだが、そんなことは『善良なる一般市民』にとって関係など無いのだ。
一般市民諸君は私を追い立て、打ち据え、財どころか衣服までもを奪い、衛兵隊へ突き出した。
その頃になればいくら不死人とはいえ、殴られ過ぎた頭が全く思考をまとめることができず、自分がどこに居るのか、どういった状況であるのか、まるでわからずにいた。
次に私の意識が正しく浮上したのは、『北の不死院』と呼ばれる牢獄の独房の中であった。
私がこの場所について知ったのは、連れてこられてから、かなりの時間が経ってからだった。
そう、
なにせここには、情報を得られそうなものが何もない。そのため、正確な時間など知りようがないのだ(ついでに言うと昼も夜もない)。
情報収集をしようにも、おそらく私より遥かに早くぶち込まれたであろう諸先輩方は、『亡者』と表現するしかない廃人と化していた。
何度か話かけてみたが、満足に会話が成り立った試しがない。というか言葉を喋っている者がいない。更に言えば反応すらしない。
やはり、亡者や廃人と表現するのが適当だろう。
そもそも亡者達は骨と皮しかない様子である。どう考えても衛生的な食事を毎日摂取しているようには見えない。
そのような有様では、まともな交流を持とうとするほうが阿呆らしいというものだ。
次にこの場所の住民と呼べるのは、私のかけがえのない心の友である鼠くん(さん)。
彼(彼女)はその愛くるしさで私を癒やしてくれるだけでなく、時折、衝動的に湧き上がる食欲の解消にも役立ってくれる。
しかしどういうわけか、その食欲も日に日に衰えている気がする。それに伴い、私の外見もそこいらの亡者共に近づいている気がするし、何故かそのことに対して然程頓着もしない。
……人間性の摩耗に従って、生物としてのヒトらしさを失っていっているのではないかと思うのだが、正直この思考も廃人寸前の頭で考えたものであり、どこまで正しいのか。そも正しい必要があるのか。更に言えば正しさとはなんなのだ。
……思考がとっ散らかっている自覚だけが残る。
鼠くんさんは徐々に私の周りに増えていった。私を食べても、多分、美味しくはないよ。
最後に、姿の見えない(推定)巨大な化け物氏。
私の独房からは廊下や壁しか見えないが、壁どころか建造物自体を揺らす勢いでズシン、ズシンと足音らしき音と振動が伝わってくるのだ。
私の知識にある最も大きな動物は農耕用の牛だが、大きさを比べてみたなら、きっと大人と子供どころか、大人と猫くらいの差があるだろう。
何故この亡者だらけの牢獄にそんな化け物が居るのか甚だ謎であるが、別に亡者を食うというわけでもないらしい。
少なくとも、化け物氏が私や諸先輩方の前に現れたこともないし、そも、そも重苦しい歩みを乱したこともない。
常に一定の速度でズシン、ズシンと重量を感じさせる足音を鳴らし続けているだけなのだ。
この化け物氏こそが、北の不死院において最も謎深い存在であるかもしれない。
話は変わるが、これだけ長いあいだ不死人をやっていれば、私もとうに亡者となっていてもおかしくはないはずなのだが、それらしいのは外側だけだ。
話そうと思えば話せるし、思考も、自分基準ではしっかりしている。
これは仮説ではあるのだが、不死人となって絶望し、思考を止めた者から廃人の亡者になっていくのではないだろうか。
確かにこの身にダークリングが現れたときの絶望感は凄まじかった。しかし私にとって絶望とは馴染み深い感覚であったし、生まれ育った町から、不死人と、獣と、化け物しかいないこの場所へ強制的に引っ越しをさせられ、否応なく永い時を過ごしたことは、私の死生観に変化を与えたようだ。
より詳細に言えば、心のどこかで『既にここは死後の世界なのだ』と認識している節がある。つまりは、一度死んだ
主観的観測によれば、生前の町での生活より柔軟かつ諧謔に富んだ思考になったと自負している。これがあの頃にできていれば、私の人生ももっと違ったものになっていたのではないかと虚しい仮定の話を考えもしたが。
閑話休題。
諸先輩方、鼠くんさん、化け物氏との心温まる日々を数日、数週間、数ヶ月、数年、数十年、数百年……………………数えることすら馬鹿らしくなるほど過ごした頃、つまり
あぁ、またしても
転機は、崩れた天井から僅かに見える外界より、綺羅びやかな騎士鎧の姿をしてやってきた。案の定その使者は、私を『巡礼』などという過酷な旅へと
別に無視してしまっても構わない話ではあった。その場合、未来永劫あの退屈な不死院で自問自答し続けるという選択肢しかないだけで。
回らない頭で「流石にそれは御免被る」と考えたのが運の尽きだったのだろう。
手始めとばかりに、『推定巨大な化け物氏』が『確定巨大な化け物氏』に変化し(これは後に別個体であったと判明。もう片方の個体が何故大扉を守るわけでもなく徘徊していたのか、更に謎が深まった)、その巨体に相応しい棍棒で磨り潰さた。再度出会った際に「不死人の恩恵を享受させてくれてありがとう」と礼を言ったが、皮肉として通じたかは不明である。
何度となく虫ケラの如く殺され続け、どうにか震える足を叱咤して化け物氏をかいくぐった先には中途半端に知恵を残した先輩方がおり、折れた剣や弓矢で攻撃してくる始末。
生まれてこのかた荒事とは縁が無かったために、化け物氏と比べるのも烏滸がましい程度の脅威ですら、意図も容易く殺される。
しかし進むべき道が、化け物氏を掻い潜り、先輩方をやり過ごし、粗末ながらも武装を整え、再び化け物氏に挑む気違い沙汰しかあり得ない、という鬼畜の所業。やはり神とは一度話し合わなければならないようだ。
全く嬉しくない不死人の恩恵を何度と無く享受し、どうにかこうにか化け物氏を打ち倒して不死院を出たと思ったら、今度は化け物氏に引けを取らない巨大さの大鴉に連れ去られ、『ロードラン』なる地へと運ばれた。
しかし結局、不死院とやることは変わらないらしい。
亡者になって立ち止まり蹲るのが嫌なら、化け物を殺し、神を殺し、力を蓄え、そして始まりの火を継ぐ。
それ以外に道は無いと。
道中、様々なことがあった。
準神とも呼べる化け物共を打ち倒し、さて神々と『
そんな様では振り上げた拳の下ろし所がわからなくなり、仕方ないので残った暗月の彼(彼女)は、八つ当たり気味だが念入りに突き殺しておいた。
ついでにそれなりの数に出会った白教徒共は、尽く殺すか勝手にくたばるのを眺めていた。
連中、言うことは達者だが覚悟も腕前もてんで口上に追いついておらなんだのだ。
唯一『火防女』だけは不憫に思い、一度殺害されたのを生き返らせもしたが。
あぁ、パッチなる坊主頭には一度罠に嵌められたが、拳と『メイス』を交えた正統かつ厳粛な
とまぁ、結果として、私は火継ぎの儀を行い、薪の王となり、次代へと火を繋いだ。
火継ぎにあたり、私の中の神に対する考えに若干の変化が起きた。
姿を見てもいない『ロイド』については今を以てなお恨みの対象であるが、私は大王グウィンが然程嫌いではない。
彼は人の祖たる『小人』を恐れた。しかし『最初の火』が熾ったのは大王の責任ではないし、火から『王のソウル』を見出し仲間と共に古龍へと戦いを挑んだのは、彼の勇敢なる野心からだろう。そこに、小人はいなかった。
大王が仲間の列に加えなかったのか、小人が自らの王のソウルを後生大事に抱くことを至上命題にした故かはわからない。
しかし結果的に、大王は自らの意思で時代を開いた。つまりは勝者となったのだ。勝者には古今東西、その後の世をある程度好き勝手にする権利が与えられる。繰り返すが、その陣営に小人はいなかった。強いて言うのならば、小人は負けたのだ。
私自身、負け組の人生を送ってきたものとして小人を贔屓目に見てしまうところはあるが、それでも負けたのなら、後からぐちぐち文句を垂れるのはあまり美しくない。
やや話がそれたが、大王は自らの開いた時代が終わりかけたときにはあらゆるものを残る者達に分け与え、自ら薪の王となった。
アレはなった者にしかわからないが、常時身を
それら全てにただただ耐えるしかない、そういう役割だ。
大王が時代の責任を取ったことで、小人、ないしは人に対して行った様々な所業は、私にとって許容できるものとして処理された。
私のように元々絶望だけを抱えていた人間にとって、間違えながらも進み続けた大王の生き様は、そうありたかった姿に思えてどうにも嫌いになれないのだ。一片の隙も無く完璧、というわけではないあたりが、眩し過ぎなくて余計に。
私が次に目覚めたのは棺の中であった。
ちなみに、王であった際の最期の記憶はほとんど無い。薄れた景色の中、何者かに打ち倒された気がするだけだ。
目覚めてから周囲を散策するうちに、襲いかかってくる懐かしの亡者や化け物然とした戦士をやり過ごして『祭祀場』にたどり着いた時、火防女は「薪の王が『灰』に選ばれるなど……」と随分驚いていた。
そこで色々と話を聞いたが、要するに現状は私が四苦八苦していた頃からずっとずっと気が遠くなるほど時代を下った世界で、最初の火継ぎをなぞるために似たようなことをしてこい、とのことだった。
私は、少々嫌な予感を抱えつつも大王の繋いだ世が終わるのを忍びなく思い、再び火継ぎを行う決意をし、実際にやり遂げた。
しかし、その予感は的中した。
記憶にあった火継ぎは、世界にあまねく光をもたらさんと火が猛っていた。
それがどうであろうか。ちっぽけな火がこの身ですら焼き尽くすこと能わず、溢れんばかりの力などはもうどこにも残っていなかった。
悲しかった。寂しかった。侘しかった。
大王があれほど手を尽くして望みを託し、私が文字通り死にもの狂いで成し遂げた火継ぎの末路がこれなのか、と。
あぁ、そういえば、火継ぎについて何かしら知っているふうな連中の中には、火継ぎそのものに否定的な面々がいたことを思い出した。
あるいは彼等は個人的感情以外にも、この火継ぎという仕組みの限界を悟っていたのかもしれない、と思った。
少なくとも私はそう感じたし、私の抱いた予感が裏付けられたようにも思えた。
その無念故だろうか。気がつけば私は、再び棺から目覚めていた。
不思議なこともあるものだと思いまた同じ道を辿っていると、死した火防女の遺体から『火防女の瞳』なる悪趣味な品を手に入れた。
自分が持っていても仕方ないと思い、祭祀場の火防女に見せてみると、何やら悩み、考え込んだあとで私に言った。「私は火守女。火の最期を看取るのもまた役目」と。
私は火の時代を終わらせようと考えた。大王は、グウィン王の始めた時代はもう十分人々に光を見せた。無理に延命するくらいなら、終わらせてしまうのもまた一つの選択であると。
あるいは、私の諦念がもたらしたわがままであったのかもしれない。だがそのときの私はそう考えたのだ。
火を守る『王たちの化身』とでも言うべき戦士を倒し、再び最初の火の前に立った時、私は火守女を呼び、
すると彼女は言うのだ。またいつか火は熾る、と。
それを聞いて私は、「あぁ、それならば何もかもが終わりではない。無意味でもない。大王が始めたこの時代も、大きな流れの一つであったということ。また誰かが、時代を始めるのだろう。ならば安心だ」とそう感じた。
徐々に強くなる眠気に抗いきれず、私は意識を手放した。これでやっと私の生も終わる。長く奇妙な一生が終わる。それを噛み締めながら。
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その感慨をぶち壊してくれたのは、今度はどこの神だろうかね。
棺の中からこんにちは。三度目ともなれば新鮮さも糞もないな。
私が、スカイリムへやってきた瞬間だった。
(※あくまで参考にさせていただくまでで、必ずしもアンケートの結果に沿うかはお約束できません) 文字数について質問です。拙作において一話あたりの平均が8000字強くらいらしいのですが、この文字数が長いのか短いのか、読者の皆様がどうお感じになっているのか気になりまして。私としては深く考えず、キリのいいところまで、くらいの意識だったのですが。一つ、ご協力よろしくお願いいたします。
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最低文字数(1000)で十分。
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~5000くらいはいるくない?
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今よりちょい短めで(~8000弱)
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Don't worry.
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もっと長くしろよ読み応えがねえだろハゲ