DARK SOULS → SKYRIM でまったり()スローライフ() 作:佐伯 裕一
地下の狭い隧道に、ガツーン、ガツーンと耳を痺れさせる音が絶え間なく響いている。
ブレックスが男の催した宴会で手打ちを決めてから、男は有言実行とばかりにすぐさま
男は毎日、朝餉の片付けが終わる頃にはやってきて、食材を放出。自らは地下に籠もり、昼餉の支度ができれば皆と食事をし、夕餉の支度が始まる頃には帰っていく。そんな日を繰り返していた。
その間、「絶え間なく」を地で行くように、男が休息を取ることは一度も無い。指示が無ければひたすらまっすぐ掘り進め、ブレックスが指示を出せば素直に従い進路を変える。その繰り返しである。
元々地下で行う工事というのは重労働であり、小まめな休憩を挟まなければ効率が落ちること、空間が狭く一度に作業できる人数が限られていること、空気が塵芥にまみれ呼吸器に悪影響を与えること、掘り出された土砂の処理に時間がかかること等、様々な理由で進捗が極めて遅い。
しかしこの男は、通常の数倍の大きさと長さを誇る鶴嘴(?)を通常の何倍もの早さで休むことなく振るい、冗談じみた速度で空間を拡張し続けている。
ブレックスの仕事は、男の掘る進路を指示すること以上に、掘り出された土を土嚢に詰めて男に回収させることであった。地味に腰にくる作業である。
初日、二日目と随分剣呑であった男の来訪であるが、手打ちとなってからは堂々と正面の門から入り、堂々と門から出ていく。
聞けば、リフテンから通っていると言う。不思議に思い、乗ってきた馬はどこに繋いでいるのか、砦から離して野生動物にでも襲われては不味くないか、と尋ねてみれば、「父母からもらった両の足がある」と自慢気に叩いてみせた。
リフテンから砦までは歩いて一日、馬車で半日、夜明けと共に早馬を飛ばして朝餉の最中に滑り込むかという距離だ。
移動に適した魔術を使っているのか、馬鹿げた体力にものを言わせて駆け抜けているのかブレックスには判断がつかないが、男の非常識さについて考えを巡らせることすら面倒になってそれ以上の追求を止めた。
「なぁブレックス、何か面白い話は無いのか? 地下空間の拡張はそれなりに達成感もあるから飽きはしないが、首から上は少々暇だ。適当な話でもしてくれないか」
ブレックスは内心で悪態をつく。
口に出さないのは、男の出し続ける大音量のせいだ。これに負けないように声を張ると、喉がすぐに枯れてしまう。工事初日はそれで痛い目に遭った。ついでに腹立たしさで頭の血管も数本切れた。
と、男の出す音が変わる。硬い岩盤から土の層に変わったらしい。
ブレックスの予定する工事完了まではまだ岩盤を掘り進める必要があるが、何よりブレックス自身が耳にじんわりと残り続ける痛みに耐えかねたため、土壁を掘り進めるよう指示を出して男にシャベルを渡した。岩を砕いて進むのでなければ、十分な得物だ。
しかし男はシャベルより良い得物があると言い、四又になった長い鋤、を取り出した。形状から鑑みるに、ほぐれた土砂を運んだり、山と重ねた草を運ぶのに使うのではないかとブレックスは思ったが、いやこの男のことだ、この鋤で一気に土壁を崩し掻き出すのだろうと放っておくことにした。
常人であれば岩盤だろうが土壁であろうが、得物が鶴嘴だろうが鋤だろうが掘り進める苦労は大きなものであろうが、この馬鹿力をもってすれば関係あるまい。寧ろ岩盤より土壁のほうが音も小さくなる分、ブレックスの耳に優しい。
地層の変化は、恩恵であると同時に会話を拒否する理由が一つ減ったことを意味し、今度は鼻を鳴らして応じる。
「手前と仲良くお喋りせにゃならん理由は無いと思うんだがな」
「お前はなかなか懐かない猫のようだな。食事の世話もし、それなりの時間を二人きりで過ごしてもいる。少しくらい絆されてくれてもいいだろうに」
現在ここには、「誰が猫だ馬鹿垂れ」と毒づくブレックスと男の二人しかいない。ハンはブレックスの指示で砦全体の指示を担当している。
更に言えば、配下の半数以上を狩猟や賊働きの名目で砦の外へ出している。
男がこちらを害する可能性は低くなったが、消え去ったわけではない。
何かの拍子に男がブレックスを殺害した際には、ハンを頭目として砦の配下達を逃亡させるよう指示していた。その場合、既に多くの者が砦から出ているほうが、都合がいい。
ハンは「死ぬなら共に」とブレックスを睨みつけながら食ってかかったが、ブレックスが「頼む」と一言告げて頭を下げた姿勢のまま幾らか待つと、やるせない面持ちを浮かべて最後には承諾した。
まぁ、ハンに関してはどうにかこうにか上手に出し抜いて、
ブレックスとしては、そうした危機管理の他にも、現実的な面からもこの機会に蓄えを増やしておくべきだと考えた。
人間、余裕が無くなると思考が短絡的になりがちであるし、普段は仕出かさない失敗が増える。何より、稼業に精を出すための活力が日に日に失われていく。
フラゴン一派がリフテンの掌握を進め、リフテン有力者からの支援があてにならなくなった現状、男の持ち込む食材は一味にとって非常に有り難いものであった。それを思い浮かべるだけでも業腹であるため、絶対に口にすることはないが。
しかしブレックスは多数の配下を抱える頭目として、実利を優先せざるを得ない。それ故に好機を逃さず、食料と財を蓄えるのだ。自分に何があっても、配下達が路頭に迷わないように。
「そうだ、適当な話題が思い浮かばないのなら、ガルスの話をしてくれないか。
どうもギルドの面々は、ガルスの話題になると暗い面持ちになるのだ。聞くのが憚られる。
そのくせ、誰もが栄光の日々を思い出し、傑物であった己がマスターを誇らしく思い、心の何処かでは話題を共有したがっている。
今はまだ、心の整理がついておらんのだろうな」
「それが察しきれてんのに遠慮無く俺に持ちかけるってのは、手前どういう神経してやがんだ」
「お前は
それに、ブリニョルフはお前を『ガルスの信奉者』だと言っていた。
私に面識は無いが、彼が出来のいい兄のように語る人物だ。さぞ良い男であったのだろうよ。
皆を惹きつけた一人の人間について、『信奉者』とまで呼ばれるほど近くにいた男の口から聞いてみたいと思うのも、然程おかしな話でもあるまい」
ここ数日のあいだにブレックスが男に対して腹立たしさを覚えた回数など、最早数えるのも馬鹿馬鹿しいが、今度ばかりはそれを通り越して憎いとまで思った。
ガルスの死は、自他共認める『信奉者』であるブレックスにとって、今だ傷口を抉り血を流し続けているものであった。
いや、本当は血もすっかり流れ果てている。今、傷口から零れ出ているものは、ブレックスが生きていくために大切な何かである。
「口が重いな。だが私はガルスの話が聞きたいのだ。
……そうだ、話してくれないのなら、明日から持参する食料の一部に、刺激の強い香辛料や極めて酸味の強い果実を仕込んでおこう。
あれだけの量だ。食材を一つ一つ丁寧に確認などできんだろう。そして見事当たりを引いた者には高らかに教えてやるのだ『ブレックスが悪い』と」
憎い、と思ったはずだ。だがブレックスの奥底からは再び腹立たしさが迫り上がり、頭を掻き毟りたくなる。次いで「自分達はこんな馬鹿に負けたのか」と情けなさと呆れが込み上げる。
何故、こうまでわがままなのだ。何故、自分の口を割らせるための手段が子供の悪戯と同等なのだ。大量の食材とは言え、何故、仕込みが調理中に臭いで気付かれることなく成功すると確信しているのだ。
そして何故、自分はこの傲岸不遜な阿呆の言うことに一々駄目出しをしているのか。
ブレックスは一通り心を乱し、乱し続け…………脱力した。もう、何も考えたくない。
鈍った頭のまま、口が動くに任せた。
「…………ガルスは、俺の全部だった。強くて、賢くて、笑えて、唯一意地を張らずに心から尊敬していたと言える相手だった。
奴に付いていけば、クソッタレな俺の人生もマシなもんになると信じられた」
男は鋤を動きを鈍くした。話を聞く態勢になったようだ。
「奴と出会ったのは、仕事先のとある屋敷でな。双方、数人の配下を連れていた。
一触即発ってヤツだ。互いの力量は見た瞬間ある程度わかったからな。
死を覚悟したが、あの野郎、ぬけぬけと言いやがったのさ。『どうせ狙う獲物は同じだろう? なら競争しよう。私が勝ったらお前、私の手下になれ。私が負けたらお前の手下になってやる』ってよ。
言い終わるや否や、奴は背を向けて駆け出した。後ろから襲われるとは思わなかったのか、それでも問題無いと判断したのかはわからねえ。奴の配下も苦笑しながら付き合っていたな。多分、その手の非常識はいつものことだったんだろう。
俺にも意地がある。すぐに追いかけた。
その屋敷は面倒な作りで、一度地下に降りてから屋根裏へ続く梯子と階段を通らにゃならなかった。
奴は俺の先を行っている。ならそのまま追いかけたって勝負には勝てねえ。だから俺は一度外に出てから外壁を伝って屋根まで登り、少々強引だがそこから侵入しようとした。
乗る必要も無い勝負に乗って冷静さを失っていたあたり、既に奴の術中だったんだろうな。
屋根には屋敷の私兵の詰め所があって、まんまとかち合った。思わず『八大神に呪いあれ』なんて口走ったな。
こっちは盗賊。相手は本職の戦士。苦戦は必至だった。
いつの間にか囲まれて撤退も難しくなったとき、屋根裏からガルス達が私兵共の死角をついて飛び出し、奇襲をかけた。まぁ、有り体に言って助けられちまったわけだ。
勝負にも負けて借りまで作った。奴に負けを認めないわけにはいかなかった。
だが、どうしても気になって尋ねた。『いつもこんな勧誘をしているのか』、『俺のことを以前から知っていたのか』と。
すると奴は『こんなことは片手で足りる程度だ』『お前のことは名前くらいしか知らなかった』と答えた。
なら何故と重ねて問うと、『お前の目と、配下達の挙動だ』と言いやがった。
曰く、盗賊として誰よりも名を上げてやろうという野心が見えた。
曰く、配下達はお前を信頼しており、そのうえで万一の際には身を挺する覚悟があった。
奴は『野心と、それに見合う技量と、相反する甘さを兼ね備えたヤツは珍しい。だから欲しくなった』と締めた。
勝負に負けたこと、命を救われたこと、奴の不思議な雰囲気に呑まれたこと、トドメにそんな口説き文句を聞かされたことが決め手になって、俺はギルドに入った」
ブレックスは、まさに転機となったその日を懐かしく思い出していた。
ガルスのことを考えるだけで辛い。しかし、記憶を辛くするだけの素晴らしい思い出も確かにあるのだ。
「なかなか運命的な出会いであったのだな。ちなみにそれはいつ頃のことだ?」
「あー、何年前になるか? デルビンのおっさんは居たな。フレイの糞もだ。二人共、既に幹部だった。ブリニョルフは新進気鋭の若手って感じだったな。ニルインやバイパーはまだ居なかったと思う。俺のあとにそれぞれ加入してきたはずだ。
……まぁ馴れ初め程度聞けりゃ十分だろう。あとは他の連中にでも尋ねろ」
「待て待て、馬鹿を言うな。
こんな面白い話を聞かされては、余計に続きが気になってしまうだろう。もう食材に悪さはしないと誓うから、話してくれ。
ほら、土を掘る音だって静かだろう?」
馬鹿デカイ音を出していた自覚はあったのか、とブレックスはまた一つ溜息をつく。
ブレックスは仕方なしに口を開くが、同時に、何故自分の口がこれほどまでに軽くなっているのか、ふと疑問に思った。
男が魔術を使ったか? いや、その素振りは見えなかった。ではどうして?
ブレックスの頭の隅の隅に、ちらと一瞬だけ、荒唐に過ぎる考えが浮かぶ。男に、僅かながらガルスの面影があるのではないかと。
ブレックスは自分で自分を殴りたくなった。この『デイドラ』とも思える非常識さと人の事情を鑑みない傍若無人さ、それに冗談めいた戦闘力を誇る異常者が、あの出来物ガルスに似ている? ありえない。
まず知恵と知識が足らない。ガルスなら己が望み成就させるための策の立案を、味方でもない集団へ任せたりしない。
次に人間的魅力が足らない。それは諧謔であったり、常に周囲へ目を配り苦悩する者へ必要なとき必要なだけ手を差し伸べる言動であったり、組織の長として申し分の無いものであった。
翻って男はどうであろうか。
初日。自分に密やかに会いたいがために、道中にいた配下達を軒並み昏倒させた。腕力に物を言わせる前に頭を使えトンマめ。
二日目。誰も頼んでいない宴会を催し、ほぼ無理やり手打ちにさせられた。あそこでブレックスが判断しなければ、配下達が良からぬことを考え返り討ちにあっていた可能性を否定できない。『仲直り』とやらがしたいのなら、男を魅せて惚れさせてみせろ。
考えれば考えるほど程遠い人物像を重ね合わせてしまったことへの自己嫌悪が高まっていく、が、一つだけ、気付いてしまった。
ガルスは常に深謀遠慮を巡らせ、用心に用心を重ね、巨大組織の長に相応しい貫禄を備えていた。ブレックスはそんなガルスの側近であることが何よりも誇らしかった。
しかし彼には、時折、子供染みた行動をとる悪癖があった。
どうしても欲しい書物を手に入れたいがために、採算を度外視して作戦を組んだり(その書物は高価な魔導書でも、歴史的価値のある文献でもなかった)。
思いつきで定めた標的(各地の首長)の寝所へ忍び込み、警備状態の甘さを指摘する置き手紙を枕元に置いてみたり(実害が無く、沽券に関わるため誰も表沙汰にはしなかった)。
それらの庇い立てが難しい過去を思い出すと、男との共通点が毛ほども無いかと言われれば、少々否定しづらいものがあった。
「とはいえ、あとはそんなに面白い話しも無いぞ。
ガルスの指揮の下、俺達ギルドは躍進を続け、過去類を見ないほどの勢力となった。
組織がデカくなるとな、それ以上デカくしようと思わなくったってデカくなるよう世の中が動くんだよ。貴族や豪商共が向こうから伝手を作っておきたいと近寄ってくる。
何もかも順調だった。『我が世の春』ってやつだな」
ブレックスは栄光の日々を思い出していた。
ガルスと二人だけで城へ忍び込み、精鋭中の精鋭を手玉に取っては無事逃亡した帰路で夜空に呵々と大笑した日。
幹部となり、ガルスから受けた指示を上々の首尾でこなし、称賛を受けた日。
ガルスの後釜、なんて声も聞こえてきたためにそれを否定し、それなりに見込みのありそうな若手を鍛えてやった日。
増していく影響力。フラゴンが小さな王国と呼べるまで豊かになっていった暮らし振り。自己満足と理解しつつも、恵まれない出自であった自分と重なる少年少女若者達を掬い上げてやれた、達成感。
何もかもが輝いていた。紛れもなく、人生最良の日々であったのだ。
そのあたりの話を思い出しながら散発的に話す。いや、男へ聞かせるというよりは、ただ思い返して、一人思い出に浸るついでに口から漏れ出ていた、というほうが正確であった。
だが、ガルスの人生が暗殺によって幕引きを迎えたのなら、思い出は美しいままでは終わらない。
黄金色の景色が、ドス黒く粘る汚泥によって汚されていく。
カーリア。それが汚泥の正体だ。あの女が存在している限り、いや違う、あの女がこの世に存在していたという事実がある限り、ガルスの栄光に彩られた人生には、一つの汚点が付き纏う。
それが何よりも許せなかった。
男の勝手な言い分に呑まれて比較的穏やかな心持ちで昔語りを続けていたブレックスだが、仇敵の存在を強く認識した途端、全身から滲み出る昏い憎しみを抑えきれなくなった。
「……ブリニョルフから簡単にだけ聞いているのだがな。幹部であり恋仲でもあったカーリアという女が、ガルスを暗殺したと。
ギルドの窮状の根本的な原因はそれであるとも」
男も多少の事情は知っているようだ。
ここまで口を滑らせた勢いもあり、ブレックスは遠慮無く悪態をつく。
「あぁそうさ。あの女狐め。最もガルスに近しい人物になっておいて、その恩も、愛も、何もかもを仇で返しやがった。
当時、最盛期を迎えていたギルドのマスターだったガルスを狙う馬鹿共は、掃いて捨てるほどごろごろしていやがった。
俺達も防衛には気を配っていたが、ガルスが寝所まで共にするカーリアこそ、奴の身を守るのに最適な人材はいなかった。
二人の仲睦まじさは皆の認めるところだったからな。カーリアは腕も悪くなかったし、俺も納得していた。
それが、よりにもよって……。唯一心を許した女に殺されるなんて思わねえだろ。そんなの、あんまりだ。酷すぎらあな。
あの女だけは何があっても許せねえ。命に替えても殺してやる。ついでに、のほほんと構えていた当時の俺を殺してやりてえよ。
……俺がギルドを抜けたのはな、女狐の皮を剥いで生き地獄を味わわせてやるためってのが一番デケえ。
当然、フラゴンの連中も動いちゃいるだろうがな。デカイ図体が動くほど、あの女に察知されやすくなる。だから少数か、俺一人で動いたほうがいい。
それに、甘い甘い復讐の蜜を他の連中に横取りされてたまるかよ」
ブレックスの胸中に、先程までの穏やかさは欠片もない。ただひたすらに、昏く、黒い、憎しみだけが支配していた。
だからだろうか。男が次に、軽やかとも言える調子で発した言葉に対して、一切の理性も効かなかったのは。
「……なるほど、そうではないかと思っていたが、お前、もう復讐以外に生きる理由が無いな? そう思い詰めるものでもないと思うのだが。
何せガルスは、なかなか男冥利に尽きる死に様だったようだからな。私も死ぬときは惚れた女に刺されて死にたいものだ。
尤も、私は異性に魅力的と映る性質ではないようだから、難しいかもしれんが」
男の発した言葉が、ブレックスには一瞬理解できなかった。つい今まで、曲がりなりにも会話が成立していたからだ。だから全くの予想外な返答に対して、脳が機能を一時放棄した。
そして考えるより先に、男の喉元へ向けて身体ごと短剣を突き込んでいた。男は圧倒的強者である。そんなことは知ったことか。今はこの短剣で喉笛を切り裂くのが先だ。
男が鋤で短剣を防ぐ。
ブレックスは怒り狂うあまり、意味を持った言葉を発することが叶わず、獣のような唸り声を上げたのみだった。
「どうした? 愛していた男が死んで悲しいのはわかるが、その死に様は尊重してやるべきだろう。
勿論、仇を許せなどと言うつもりは無いぞ。しかし本当に愛していたのなら、ガルスの人生全てを認めてやってもいいではないか。
誰も彼もがガルスの最期について暗い顔をする。一人くらい全てを肯定してやる者がいても良いではないか。
そしてそれはお前であるべきだ。そう思ったが故の発言だったが、お前も他の者と同じか?」
ブレックスの脳の、思考を司る機能が再び停止した。今度は先程のような怒りで我を忘れたからではない。
男の言うことを飲み込み、理解するのに時間がかかったためだ。何を言っているのか、わからなかったのだ。
「ん? もしかしてお前はガルスを愛してはいなかったのか? あぁ、男色的な意味ではないぞ。いわゆる『男が男に惚れた』というヤツだ。
自分の人生を賭けて、ガルスが何処まで行けるのか、見てみたい。そのための力になりたい。そう考えたのだろう?」
今度は理解できる。何せブレックスの考えそのものだったからだ。
「それを表現するのに、人の言葉は不自由が過ぎるのでな。愛という単語を用いた。別に愛とは、男女間だけで成立するものではあるまい。
他の者から聞くガルスという人物は崇拝の対象であるように思ったがな、お前の話しぶりを聞くに、どうもお前は尊敬しつつも対等な友として並び立とうとしていたのではないかと感じた。
始めは『信奉者』などと聞いていたのでな。そういった類かと思ったが。お前のその実際は友のそれだ。
崇拝は一方的な理想像の押し付けだが、愛は理解が伴ってこそ。だからお前はガルスを愛していたのだと思った。違うのか?」
男が「愛」などと口にするために余計話が複雑になっているが、言わんとすることはわからないでもない。
自然と、鋤に防がれている短剣に込めた力が抜けていく。
「ならばだ。ガルスへの愛はそのままに。仇であるカーリアへの憎悪もそのままに。二つを分けて考えればいい。カーリアは必ず殺す。ガルスはギルドに最盛期をもたらした傑物として、後々にまで語り継いでいく。
それではいかんのか?
そも、ガルスの人生はガルスのものだ。どれだけ親しかろうが、お前がどうこう言っていい筋合いでもあるまいに」
ブレックスは混乱していた。
ガルスを想えば、当然のようにその最期にも思考が向く。するとカーリアへの憎しみが湧き上がる。
いつの間にか、ブレックスだけではない、盗賊ギルドの面々にとって、ガルスとカーリアは不可分となっていた。
だからこそ、ガルスを思い出すことが苦しかった。栄光の日々を思い出すことが辛かった。
だが、男は言う。「それはそれ、これはこれ」と。
頭の片隅では「そう簡単に割り切れれば苦労はしない」と反発の声が上がっているが、大部分は呆けている。考えもしなかった意見によって、一度真っ白に洗い流されてしまったのだ。
一つだけ確かなのは、ブレックスにとって、ガルスが逝去してから長く付き纏っていた、鈍く締め付けるような、苦く臓腑を焼くような、重くのしかかるような、どうしようもない不快感が消え去ったことだった。
勿論、男の言うことが正しいとは限らない。
特に、混乱の最中にあるブレックスにとって、この羽根が生えたように軽くなった気分さえ、やもすればガルスへの裏切りではないかとすら感じ、恐怖が襲いかかってくるほどだ。
だが、しかし、でも、わからない。非常識の塊からもたらされた視点を、どう処理すればいいのかわからないのだ。
ブレックスは全身の力を振り絞って男に短く告げ、その場を後にした。
「今日の作業はここまでだ。俺は部屋にいる。何かあればハンに聞け。明日の昼餉には参加する」
のろのろと足を引きずり、ふらふらと頼りなく歩くブレックスのことを「大丈夫だろうか」と男は思ったが、彼の頭目殿がいなければ工事はままならない。うっかり地下水脈を掘り当てれば、雷が落ちるでは済まないだろう。
男は砦を出るまでにすれ違った配下の一人に事情を話し、いつもより早く帰路に着いた。
(※あくまで参考にさせていただくまでで、必ずしもアンケートの結果に沿うかはお約束できません) 文字数について質問です。拙作において一話あたりの平均が8000字強くらいらしいのですが、この文字数が長いのか短いのか、読者の皆様がどうお感じになっているのか気になりまして。私としては深く考えず、キリのいいところまで、くらいの意識だったのですが。一つ、ご協力よろしくお願いいたします。
-
最低文字数(1000)で十分。
-
~5000くらいはいるくない?
-
今よりちょい短めで(~8000弱)
-
Don't worry.
-
もっと長くしろよ読み応えがねえだろハゲ