DARK SOULS → SKYRIM でまったり()スローライフ()   作:佐伯 裕一

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サブタイの漢数字表記を若干変えました(十六 → 一六)。ずっと自分の中で違和感があったのと、このほうがそれっぽいかなと。
それにともない、前話までの分も、全て変更してあります(この件に関しまして、アンケートを設置いたしました。ご協力いただければ幸いです)。
また、ぽんぽぽ樣、蛮族樣、町長樣、seek09樣、satake樣、誤字報告ありがとうございます。大変助かりました。
最近誤字は減っていたのですが、やや長くなったこともあってか、見落としが増えておりました。反省いたします。


一六、突撃! 隣の同胞団

 ホワイトランの門前に、衛兵の誰何の声が響く。

 

「止まれ! ……見かけないナリだな。何の用で来た」

 

 衛兵たちの眼前には、全身を綺羅びやかな銀製の鎧で覆った、大柄な男が佇んでいる。顔は兜で見えないが、両手を見せて、身なり以外に怪しい樣子はない。

 

「私は遍歴の戦士。タムリエルを転々としながら強者を探し歩いている。

 ここホワイトランに居を構えるという同胞団は、スカイリムのみならず他国にもその名を轟かせている。是非、手合わせ願いたく、罷り越した」

 

「なるほどな。しかし……凄い鎧だな。総銀製か?」

 

「あぁ、神に仕える(つわもの)のみが纏うことを許された特別な鎧だ。同胞団を相手取るに相応しいと考える」

 

 門の両端にいた二人の衛兵は、顔を見合わせ苦笑した。

 銀は希少で高価とは言え、金属の中でも柔らかい部類だ。それで鎧を誂えるなど、まさしく神に捧げる祭事用か、もしくは伊達や酔狂としか思えない。

 あるいは、いずこかの宗派では防具に適さない銀製の鎧を纏って諸国を巡り腕を磨く、などという教えがあるのかとも頭をよぎったが……。

 どちらにせよ、「名を轟かす」同胞団の相手になるとは思えない。身の程を知ることになるだろう。二人はそう考えた。

 郷土愛の強いノルドには無理からぬことではあるが、衛兵達は銀鎧の男が口にした『我が町の英雄達』への評価を耳にした際、自然と警戒心が薄れてしまっていた。

 

「いいだろう、通れ。言うまでもないが、揉め事を起こすなよ。騒ぎになったとき、余所者が痛い目に遭うのを、完全に止められるとは限らない」

 

「あぁ、勿論承知しているとも。同胞団の強さを確かめる。もしバルグルーフ首長閣下が手隙であれば挨拶くらいはさせていただくやもしれんが、()()()()()揉め事を起こそうなどとは考えんよ」

 

 一人の衛兵は頷き「よし、通れ!」と声を張る。もう一人の衛兵は門上の者に合図を送り、開門させる。

 現状、スカイリムに二つと無い鎧を纏った男が門を潜った。

 同胞団、いや、ホワイトランの市民たちは、これが何を引き起こすのか、すぐに知ることとなる。尤も、自ら目の当たりにしたとて、信じられるかどうかは別の話なのだが。

 

 

 

 銀鎧は、眼前に広がる街並みに驚いていた。

 銀鎧とて、高度な文明を持ち、栄えた都市を目にしたことはある。それは情緒と寂寞を湛えた古都であったり、静謐かつ荘厳な貴族街であったり、威厳と苛烈さを隠さない城と城下であったり。

 しかし、今まで銀鎧がスカイリムに足を踏み入れてから訪れた都市と言えばリフテンのみであり、その街並みは、ホワイトランと比べてしまえばどうしても見劣りするものであった。

 無論、リフテンに力が無いわけではない。しかし、自然豊かで産業に恵まれているとはいえ、交通の便が悪くやや閉鎖的であるリフテンと、スカイリムのほぼ中央に位置する交易都市であり、スカイフォージなどその興りからしていわれがあるホワイトランでは、如何せんその繁栄ぶりが街並みの差として表れてしまうのだ。

 銀鎧は遠目に見える天を突くような砦を確認し、歩き出した。

 

 ──── いいか、手前は出来る限り目立て。とはいえ、そのギンギラで目抜き通りを行くだけでも注目の的だろうからな。とりあえず肩で風を切っとけ。

 

 そして銀鎧が街並みに驚いているのと同様、右手にある炉で鉄を精錬していた男がちらと視線を向け、次いで慌てて振り返り驚いた。

 鍛冶師である男は少々距離があるにも拘らず、その鎧がおそらく銀製であること、一切の錆が無いこと、鎧の意匠が神々しいまでに洗練されていることに感嘆した。そして職業柄、鎧の立てる音から張りぼてでないことにも気付いた。

 鍛冶師の視線に気付いた銀鎧が、堂々とした歩みで近寄ってくる。鍛冶師の男は何事かと身構え、護身用に下げている剣を意識した。

 

 ──── あとは、そうさな……散々地図を見せたから場所はわかっているだろうが、わざと先々で道を尋ねる、とかな。手前が声をかけ『ジョルバスクル』の名を出せば、誰だって気になるってもんよ。

 

「貴公、少々尋ねたい。ジョルバスクル、とは、この『平野地区』の目抜き通りをまっすぐ進み、『風地区』の広場に出て、更に階段を昇ったところにある……相違ないかな?」

 

 鍛冶師は気もそぞろに小さく返事を返した。銀鎧は同じように小さく礼を言い、進む。

 炉の火は絶対に落とせない。だが、この見事な鎧をもっと見ていたい。どうしても付いていきたい。鍛冶師は己の欲に勝てず、普段なら滅多に触らせない見習いへ炉を見ているように指示を出し、男のあとに続いた。

 銀鎧が通りを歩くと、同様のことが起こった。いつの間にか見物やら冷やかしやらが銀鎧の後ろに続き、ちょっとした行列、いや人集りができており、それは銀鎧の移動に合わせて動く。

 そのうえ銀鎧は、市場のある広場や、『ギルダーグリーン』の根本の腰掛けに座る老婆など、行く先々でジョルバスクルについて聞いている。

 

 ──── おっと大事なことだ。()()のは昼飯時にしろ。きっとそのほうが()()()()()いく。

 

 老婆が「首長様の砦を見て、右手にある館がそうですよ」と答えると、慇懃に礼を言い、また歩を進める。まるで物語の英雄のようだと、子供達がはしゃいでいる。

 

 銀鎧が、とうとうジョルバスクルの扉の前まで辿り着いた。

 後ろに続いた見物人達は、階段下、ギルダーグリーンの広場に屯している。昼餉の頃だというのに、耳ざとく噂を聞きつけたのか自宅や酒場から走って来る者までいて、詰めかけた人々は増える一方である。

 恐れ知らずな者は、首長の砦であるドラゴンズ・リーチのある雲地区へと繋がる階段の途中まで登り、よく見ようと目を凝らしている。

 その中には、滅多に、どころか死ぬまで雲地区には行かないであろう浮浪者や孤児などもおり、皆、不思議なことに一様に熱に浮かされ、何が起こるのか、あの銀鎧が()()()()()のかと興奮している。

 

 銀鎧が扉を叩く。ドン、ドンと、遠慮の無い鈍い音が響く。

 中から一人の男が顔を出した。町でもそれなりに知られている、同胞団の一員だ。

 

 ──── あとは話し方もだな。手前の喋りは常から仰々しいきらいがあるが、きし、だったか? こっちでは聞かねえ戦士の呼び方の。そいつ等の喋りを特に意識して話せ。面倒でも演じろ。銀鎧と手前は表向き無関係だ。

 ……()()、な。

 

「突然の来訪、あいすまぬ。私は遍歴の戦士。タムリエル中の強者を求めて旅をしている。

 その旅の最中(さなか)、行く先々で同胞団の名を耳にしてな。一つ、手合わせ願いたく罷り越した。さぁ、存分に頼むぞ」

 

 同胞団の男は、銀鎧を頭から爪先まで無遠慮に眺め、冷やかしの類だと断じた。

 同胞団が居を構えるジョルバスクル、その側にある『スカイフォージ』では、良質な鉄が取れる。そしてその鍛冶場で腕を振るうのは、壮年にして既にスカイリム随一の名を欲しいがままにするエオルンド・グレイ・メーンである。その技量はこの先、更に高まるだろう。

 同胞団は元々、武具への付呪ですら許さない武芸者達の集まりである。付呪が施されていなければ『黒檀』でも『翠水晶』でも構わないと言えば構わないはずだが、立地の影響や心情的に、鋼鉄の武具へ信仰にも似た執着を持っている。

 そういった理由から、『銀製の鎧を纏う者』など、富豪か神官の戯れにしか思えない。

 

「ふざけているのか? 今、皆で飯を食っているのが見えるだろう? そうじゃなくったってお前みたいなのは間に合ってるんだよ。

 ったく。たまにいるんだよなぁ、こういう勘違いした阿呆が。自分が『イスグラモル』の再来じゃあないかと思って、やたら派手な格好で来やがる。うんざりだ。本当の戦士なら、腕前だけで全てを証明できるというのに。

 ……ほら、いつまで突っ立ってんだ。とっとと失せろ」

 

 食事を邪魔されたことと相手の出で立ちに機嫌を害した同胞団の男は、銀鎧を突き飛ばし、素気無く扉を閉ざした。

 銀鎧はもう一度扉を叩き「頼もう!」と声を張り上げるが、内側から蹴りでも入ったのだろうか。バンッ、と大きな音と共に口汚い罵声が聞こえる。

 

 銀鎧が踵を返して広場のほうへ歩いてくる。見物人達も、なんだこれでおわりか、と落胆して散り散りになりかけたとき、銀鎧が声を張り上げた。

 

 ──── 十中八九邪険にされるだろうからよ、そしたらおちょくり倒せ。そんで ────

 

()()()()()()()随分と人が集まってしまったな。これでは少々危険だ。その大樹のあたりまで下がっているといい」

 

 見物人達はまだこの見世物に続きがあるのだと理解し、素直にギルダーグリーンまで下がる。

 さて、あの銀鎧は何をする気なのか、と注視していると、視線の先の両手が、見間違いでなければ真っ赤に燃えている。

 注目の集まる中、燃えた手の平が上に向けられ、一瞬ののちには人の頭など優に呑み込んでしまう大きさの火球が生み出される。

 誰しもが「まさか」と思った瞬間、銀鎧が両の火球をジョルバスクルの扉へ投げつけた。

 

 轟音。……その後、余韻がやけに耳に残り、そして静寂。

 見物人達は、不安になるほどの停滞を感じた。しかし実際には数拍程度の時しか経っていない。

 誰かが言った。「やりやがった」

 次いで誰かが言う。「死んじまうんじゃねえか?」

 

 一足飛びに、ジョルバスクルの中から先程の男が駆け()でた。

 

「お前! 自分が何をしたのかわかっているのか!?」

 

 文言こそ質問だが、激しい口調と腰の剣を抜く動作は、既に臨戦態勢のそれである。

 

「無論だ。多少、雅を欠いたのは承知しているが、こうでもしなくては相手として立つのも怖くて仕方無いようだったのでな。血気と理由を与えてやった。どうかな?

 あぁ、安心しろ。金は置いていくから、扉はそれで直すといい」

 

 飛び出した男以外にも、ジョルバスクルの中から出てきた同胞団の面々は、先の言を聞いて、頭の中の何かが切れた気がした。それは血管であったかもしれないし、いわゆる堪忍袋の緒であったかもしれない。

 同胞団の一人が短く「殺す」と呟き、吶喊した。

 

 ──── そのあとは適当に、好きに、手前のやり口で暴れろ。…………ただし、なるべく殺すなよ。

 

 まず一人突出した男の顔面に、銀鎧が大袈裟に振りかぶった張り手をぶち当てる。そして勢いそのままに吹き飛ばし、ジョルバスクルの中へと逆戻りさせた。

 吹き飛んだ男は首を()()()()のか頭を打ったのか、一撃で昏倒している。

 

 それを見て遅まきながら、この極めてふざけた客人が、()()()()以上の達人であると理解した。

 同胞団の戦士は、冷静さを欠いていたとしても、そう安々と打ち倒せるものではない。

 

 次は盾と剣をそれぞれ構えた二人が左右から飛びかかる。

 銀鎧も背負っていた盾、帯びていた剣を構えて対処する。

 銀鎧に向かって左の男は、盾を前面に出し体当たりを繰り出す。これで剣を封じると同時に体勢を崩し、右の男が切り込む。

 ……はずだったが、そっくりそのまま盾で同様に体当たりを繰り出される。

 男は疑問に思う。銀鎧は多少面倒でも躱すべきだったのだ。これでは拮抗してしまう。そうすれば結果は同じことだ。それがわからぬ相手か?

 その疑問は、自らの浮遊感と共に消え去った。盾と盾の衝突で耳障りかつ派手な音が鳴り、拮抗どころかジョルバスクルの屋根が上から見えるまで吹き飛ばされた。既に男の意識は無く、着地点には仲間が走り込んでいる。

 連携を前提に切りかかっていた右の男は予定が狂いはしたが、ガラ空きの背に向けて切り掛かる。剣も、まして盾も間に合いはしまい。

 しかしその予感は、ある意味当たりながらも裏切られる。銀鎧は剣と盾を捨て、すぐさま肘で当身を食らわせるよう半身で飛び込んだ。そのまま近くなった剣の持ち手を掴み、変則的に横向きの背負投げで宙へ放り投げる。

 

 そこに、褐色の女戦士が矢を放つ。盾がなければ防げまい。躱すのならば、その先を狙って他の物が更に矢を放つまで。

 だが、女戦士の予測もまた外れる。銀鎧は背負った槍を器用に体を捻るように回し、構え、矢を穂先で防いだ。

 

 皆が思う、ありえない。熟達した戦士ですら、得物で矢を防ぐのは難しい。それを為すならば、せめて剣が届く程度まで引き付け見極めてから、柄で受けるか払うものだ。それを長い槍の穂先で弾くなど、尋常な技量ではない。

 指導層の男が叫ぶ。「三人以上で掛かれ! 射手もだ!」

 銀鎧はそれでも止まらない。槍を横に寝かしたまま投げ、距離の近かった者達をまとめて押しのける。その隙に捨てた剣と盾を拾い、腰を落とした自護体で手招きをする始末。

 挑発に乗るのは癪だが、ジョルバスクルを取り囲むように群衆がおり、自分達の戦いをつぶさに見ている。元より逃げるつもりは無いが、余計に情けない姿を見せるわけにはいかなくなった。同胞団の面々は、銀鎧に次々と挑み掛かる。

 横薙ぎは盾で上方に弾かれ、ガラ空きの腹へ蹴りが入り吹き飛ぶ。

 唐竹の一撃はまとわりつくような剣の軌道で銀鎧に引き寄せられ、いつのまにか腕ごと脇に抱えられた。一瞬見つめ合い呆けたかと思ったが錯覚だ。そのときには頭突きを食らって昏倒している。

 銀鎧と仲間の距離が近いため、慎重に機会を窺って居た射手は、標的の足、それも脹脛を狙った。外れても地面に刺さるだけの射線だ。

 だが、いや、やはりというべきか。後ろに目でも付いているのか銀鎧は足踏みで矢を躱し、踏み折り、頭突きでのびている男を射手へ向かって投げた。

 受け止めさせる投げ方ではない。頭から槍投げのように突っ込んできた質量武器は、見事鳩尾に決まり、射手も崩れる。

 最後の射手も、戦いの中で地に転がった盾を円盤のように投げつけられる。顔に対して縦に当たったため、額から顎までが割れてはいるが、力が分散した分、死んではいない。

 そのあいだにも第二陣が既に銀鎧を取り囲んでおり、誰一人として動きを止めていた者がいないことを示す。

 

 銀鎧は戦いで昂ぶったのか、機嫌良く声を張り上げる。「良き相手。良き強者よ。まだまだこんなものではないだろう? かかってこい!」

 

 来いと言われて行く理由など、本来は無かった。

 だが戦士の憩いの場である神聖なジョルバスクルを焼かれ、何人もの仲間が昏倒させられている今となっては、既に銀鎧は許せる相手ではない。

 それに、基本的には守るより攻めるほうが容易い。流麗な護剣を最も得意とする戦士など、歌の中にのみ存在する。

 彼我の力量を見切り勝てぬと思いつつ、同胞団に攻め掛からない選択肢は、最早無かった。雄叫びを上げて戦士たちが銀鎧に挑む。

 大勢の攻勢を受けてなお「良き心意気!」と笑う声が妙に腹立たしい。とはいえその怒りもすぐに消え去る。先人に倣って昏倒するからだ。

 

 徐々に、銀鎧の、相手を打ち倒す早さが減じてきた。

 体力切れかとも思ったが違う。すぐに打ち倒すことを止めて、斬り合い、組み合い、指南するように戦っている。

 その証左か、「脇が甘い!」だの「速さに惑うな! 足元!」だの声を張りながら、そのとおりの場所を剣の腹で叩いている。当然、降りかかる矢を全て躱しながら、だ。

 射手に至っても、足を止めていれば仲間を槍代わりに投げられ、射ちあぐねれば、ここだと言わんばかりに一瞬の隙を作られる。

 射ったあとに気付くのだ。誘導されていた、と。しかしそこにしか好機が無いのも事実。指南を受けているのは、近接組だけではなかった。

 銀鎧の蛮行を見た。巨人の如き膂力で仲間を吹き飛ばされた。卓越した技量で子供のようにあしらわれた。銀鎧はけして許せない。しかし、最も我慢ならないのは、戦いがいつも間にか『殺し合い』から『手合わせ』に、『手合わせ』から『稽古』に変化してしまっている事実であった。

 自分達同胞団は、スカイリム随一の武芸者。その名に驕ることなく、日々腕を磨き、スカイリム全土の民草のために、獣を、巨人を討ち、つまらない喧嘩の仲裁も買って出た。

 全ては、この身一つで戦士の規範たらんとするがため。戦士の真髄を見せんとするがため。戦士の誇りを貫かんがため。

 それが、こんな男一人に!

 

 同胞団の皆が、正確には指導層を除いた皆が一丸となって銀鎧に攻めかかるが、一人、また一人と抱え投げられ、肘で打ち落され、槍の大回転を喰らい、ついにはその場にいる全員が倒された。

 

 いつの間にか、戦いの喧騒に紛れて指導層はジョルバスクルの中へ退避している。

 銀鎧は溜息をつき、誰に聞こえるともなく、「お楽しみは終わりか」と呟いた。

 そして振り返ると、危険であるから今暫く近寄らぬように、と既に群衆の域まで増えた見物人達へ釘を刺す。

 そんな釘などなくとも、同胞団が一方的に蹂躙されるという悪夢以外の何物でもない光景を目の当たりにして、それでもなお動ける者など、衛兵を含めてこの場には一人としていなかった。

 

 

 

 銀鎧がジョルバスクルに足を踏み入れる。

 それを見た同胞団の指導層、『サークル』の一人であるジャーケンが口を開いた。

 

「よし、サークルメンバー以外はいないな? あの樣子じゃ、見物人が近づくこともないだろう」

 

「だがジャーケン、町の中で変身するなんて、前代未聞だぞ!」

 

 コドラクという名のサークルメンバーの言葉にも、「事ここに至っちゃ構うかよ」とジャーケンなる男は聞く耳を持たない。

 そのまま、気合を一つ入れたかと思えば、鎧を脱いだあとの肌着を突き破って体が膨張していく。それだけではなく、夜闇の如く黒い体毛を全身に生やし、頭部は狼そのものである。

 銀鎧が再び溜息を吐く。

 

「それだ、それがいかんのだ。父母から授かった己が肉体。そこに宿った力と技だけを頼りに、高みへと至ったのだろう? 何故そのような不純物を混ぜる。理解に苦しむな。

 伝統なら捨ててしまえ。強さのみを求めるなら、武芸者などとは二度と名乗るな。見苦しいことこの上無い。

 まだ、外で掛かって来た者達のほうが尊敬に値する戦士であったよ。

 私はある目的のために道場破り紛いのことをやらかしているわけだがな、一つには勘違いをしている半獣に灸を据えてやろうと思って来たのだ」

 

 銀鎧の無遠慮な物言いに、サークルメンバーの怒りは止まらない。

 

「何を! 『シルバーハンド』が偉そうに!」

 

「あぁ、そのような誤解をされるだろうと我が友が言っていたな。

 断っておくが、私はその『銀の手』とやらとは全くの無関係だぞ。別に『スカイリムからのわーうるふ撃滅』なんぞ、どうでもいいと思っている。賛成も反対もせん。

 ただ、同胞団という存在とその半獣の姿が合わさることに対して、個人的に我慢ならんほどの苛立ちを覚える、というだけの話だ。

 ほら、躾をしてやるから掛かって来い、犬っころ」

 

 銀鎧の挑発を受け、ジャーケンの人としての理性が無くなっていく。人狼形態であることに加え、怒りのあまり普段以上に狼へと近づいているのだ。

 男の鎧を引き裂き喉笛を食いちぎらんと飛びかかるジャーケンに対して、男は武器を全て放った。

 

 ──── 一応言っておくがよ、『殺すな』ってのはサークルメンバーも含めて、だからな? なるべくスマートに行こうや。それが俺等の流儀だ。

 

「聞けば、お前達は銀に弱いのだろう。鎧ならまだしも、剣や槍では触れただけで死にかねんからな。甲冑拳法で相手をしてやる。安心しろ。変わり者の闇霊と特訓したから、それなりのものだぞ?」

 

 ジャーケンが振りかぶる鋭い鉤爪のついた右手を、銀鎧は右手で受け、指を絡ませてしっかりと握る。

 次いで振りかぶられた左手も、同じように左手で受けて握る。

 それだけでジャーケンの両手には激痛が走った。

 通常、手甲の手の平の部分は、形状にもよるが、指が分かれる類であれば金属部品は少ない。

 その例に漏れず銀鎧の手の平の銀も少ないのだが、触れている銀はただの銀ではない。世界を形造った大王。その大王に仕える騎士だけに与えられた、誉れ高き銀である。聖なる加護も纏っており、人狼では微かに触れただけで、ただではすまない。

 

 変形した頭部故に悲鳴を上げることすらままならないのだろう。ジャーケンはくぐもった声を上げ、男から逃れようとする。

 

「外の者達はなるべく傷が残らぬよう加減したが、お前達は別だ。痛い目に遭ってもらうぞ」

 

 銀鎧はジャーケンの手と同じ手を組み合わせて握っている。つまり銀鎧の両腕は交差している。それを力任せに捻じりながら開く。

 結果、今度はジャーケンの両腕が交差することになり、捻じりを入れられたことで肘が壊れた。

 ジャーケンが獣そのものの声で「ガアァ!」と鳴くと、銀鎧は一度手を離し、小さくまとまった人狼の身体を抱き締めた。

 今度は悲鳴すら上げられない。銀の接地面が広過ぎるのだ。そのまま鯖折りに力を込めて行き、ジャーケンが白目を剥いて気絶したところで開放された。

 とはいえそこに情けなどは微塵も無い。音を立てて崩れ落ちた人狼を邪魔だとばかりに蹴り飛ばし、場所を確保する。

 

「まずは一人、と。さて、見たところ、ここにいる面子がサークルメンバーとやらなのだろう? ご丁寧に、私が屋内へ飛ばした者も何処(いずこ)かに除けて。

 それほど半獣の姿を見られたくないのなら、何故その血を受け入れるのか、重ね重ね理解に苦しむ。

 とりあえず全員躾けてやるから、有難く思え。お前達の誘いに乗って屋内に来てやったのだ。遠慮するな」

 

 ジャーケンは『導き手』ではないにしろ、サークルの中でも一、二を争う優秀な戦士であり、その力は変身することで数倍に膨れ上がる。

 それがこうまで容易くあしらわれるとは……。

 膂力で負ける。技量で負ける。装備の相性が悪過ぎる。先程の倒れた相手への所業を見て、目の前の銀鎧が見逃してくれるとも思えない。

 ジャーケンの言葉ではないが、ことここに至って、サークルメンバーに残さえた道は唯一つ。『同胞団』に撤退が許されない以上、破れかぶれでも吶喊することだけだった。……一人を除いて。

 

 

 

 ********************

 

 

 

「それで、首長、バルグルーフ閣下。貴公は旅人とも謁見を行うと聞き、また衛兵諸君にいたく()()()()()故、挨拶に伺ったわけだが、多勢にて囲み弓持て戦斧を向けるがホワイトランの習いか?」

 

 現在私は、ホワイトランの行政区たるドラゴンズ・リーチにて、大歓迎を受けている最中である。勿論、皮肉だ。私とてこれを本気で友好的だとは思わない。

 

「奇異なる戦士よ、それは何一つ揉め事を起こさなかった()()()()旅人にのみ許される物言いだ。……あまり俺を舐めるなよ?」

 

「舐める? さてそれはどちらの台詞なのか。この砦に詰める衛兵や従者、貴公個人の私兵が同胞団全員よりも武芸に優れるというなら理解できるのだがな。

 そうでないのならば、いたずらに私の機嫌を損ねる以外の意味を持たない。違うか?」

 

 バルグルーフは忌々しげに頬を歪めると、片手で合図を出し、武器を下げさせた。奴の言葉に倣うなら、模範的な苦虫を噛み潰した顔、というヤツだろう。

 

「それで、何故(なにゆえ)、私は出頭を求められたのかな? ホワイトランでは、街に到着した旅人を即日、首長の下まで引っ立てる、という規則でもお有りか?」

 

「こうまで慇懃無礼だと感心すらしてしまうな。同胞団への一件、どう釈明する気だ」

 

「釈明? それこそ異なこと。私は正面から訪ね、彼の武芸者集団と腕試しをしたまで。何一つ恥じることは無い。たまたま、彼我の力量差が私に傾いたがために全員を眠らせてしまったが、誰も殺してはいないはずだ。

 そも、聞けば彼等は日々、入団希望者と腕試しを行い、認められれば仲間に、認められなければ追い返しているそうではないか。今日のそれと何が違う?

 私が犯した罪は魔法を用いジョルバスクルの扉を焼いてしまったことだが、それも代金を弁償してきた。ホワイトランの刑法には明るくないが、こうも大仰に騒ぎ立てることかね」

 

 いよいよもってバルグルーフの顔が酷いことになってきた。ついでに触れると、隣の私兵イリレス(首長の個人的護衛。従者や衛兵への指揮権有り)の顔は既に限界まで酷い。表情で人が殺せるなら、私は何度も死を繰り返している。

 友(悪戯親父のほう)の話では、バルグルーフはイリレスと共にサルモールとの戦争において功を上げ、ホワイトラン皆の支持を得る形で首長に納まったのだとか。

 強さと、勇敢さと、公平さを持つ良き指導者らしい。一部界隈では「偉大なる」と枕につける者達もいるとか。定着すれば二つ名になるだろう。

 しかし如何せん若いな。

 当然、首長に相応しい矜持も持ち合わせているだろうが、自尊心がやや前に出るきらいがある。両者は似て非なる。大成するまで今少し、といったところか。

 

「閣下。業腹ですが、ここはあの者の言うとおり、解放するしかないかと」

 

「俺に舐められたまま引き下がれと言うのか!」

 

 執政らしい老人に諌められているが、収まりがつかんようだ。しかし老人も負けてはいない。「閣下!」と再び諌める。眼力が強いあまり、睨みつけているようにすら見える。

 

「旅人を拘留するのに相応しい理由が足りませぬ。それ以上に! 何を置いてでも! 御身をこそ大事になさいませ!」

 

 ほどなくして、バツが悪そうにバルグルーフが目を背ける。老人の気迫が勝った。

 実際問題、ここで私が暴れ出せば、同胞団と同じ結末になりかねん。あくまで民である武芸者集団ならまだしも、ホワイトラン地方を治める首長が多勢で一人へ挑み負けたとなれば、仮に命が助かっても権威の失墜は免れない。

 怒る主へ諫言できる、良い側近を置いている。きっとこの男は二つ名を得ることだろう。

 そして私へ視線を戻すと、八つ当たり気味に吐き捨てた。

 

「俺が首長であるあいだ、ホワイトランで自由を謳歌できると思うなよ。道端の樽一つ蹴飛ばしただけでも、牢に叩き込んでやるからな。

 わかったら一刻も早く俺の前から消えろ!」

 

「言われずとも。では壮健でな、『偉大なる』バルグルーフ閣下」

 

 踵を返して砦を出る私の後方では「お止めください閣下!」だの「離せ!」だの聞こえてくる。……煽り過ぎただろうか。

 悪戯親父の指示で理由有ってのことらしいが、別に私はバルグルーフに恨みは無いのだ。少々気の毒である。胸中でのみ謝るから許せ。

 

 

 

 風地区まで下りてきて、ジョルバスクルに寄ってみる。目を覚ました同胞団の者から睨まれるが、それだけである。

 私の再訪に気付いたのか、奥からコドラクが出てきた。

 

「首長との会談は如何だったかな?」

 

「別に。可もなく不可も無し、だ。それより本当に治療はいいのか?」

 

 一人の人狼をのしたあと、他全員が変身して飛びかかってきたと思いきや、このコドラク一人だけが隅で控えていた。

 怖気づいたのかとも思ったが、誰か一人でも冷静に話をしなければ全員殺されかねない、と考えたらしい。

 別に私は言葉通り灸を据えてやろうと思っただけで、殺す気は無かったのだが。友(親父)からも、人狼状態で負った傷は治りが早い、と聞いていたし。

 私が治療を買って出たのは、狼の血を受け入れていない、つまりはサークルメンバー以外の者達についてだ。

 

「流石に誇りと沽券に関わるからな。控えてくれ。あぁ、だが一人だけ重傷者がいたから、その者だけは頼む。回復薬ではどうにもならないのでな。

 本人は拒んでいるが、両脇から抑えているあいだに手早く頼む」

 

 この男、温厚そうに見えて実は酷いヤツなのではないだろうか?

 と思っている内に喚き声が近づいてくる。盾を顔面で縦に受けた男だ。流石にこれは骨がイカれて薬だけではどうにもなるまい。今も額と鼻と口から血をダラダラと流している。その割には随分と元気だ。

 いや、その元気と血を薬で回復したうえでこれ、ということか。

 私の治療について聞いていたのだろう。必死に抵抗しているが、指導者の言うことなので私は悪くない。すぐに『大回復』を唱えた。友の骨折も直したお墨付きである。

 顔面の痛みが消えて気持ちも落ち着いたのか、喚きはしなくなったが、代わりに殺気立った目でこちらを睨んでいる。

 がんばれよ、その悔しさがあればもっと強くなれる。私はそうやってきた。

 

 コドラクにそれではと退去の挨拶をして、ジョルバスクルを後にしようとする……が、当然のように呼び止められた。

 

「差し支えなければ聞かせてほしい。どうしてこのような暴挙を? 純粋に腕試しだと言い張るなら、それで納得してみせるが」

 

 さて、このコドラクという男。

 あの状況で話し合いだなどと口にするのは、私の頭に一度は掠めたように「怖気づいた」と怒りを買い、誰よりも惨たらしく嬲り殺しにされてもおかしくはなかった。しかしこの男はそれをやった。

 同胞団という、苦楽を共にする一つの家族を守るために、命を張ったのだ。私はこの男が嫌いではない。

 ……ので、正直に話してしまおうと思う。声の聞こえる範囲に人はいないようであるし。

 

「『純粋な腕試し』というのも、別に全くの嘘というわけではないのだ。同胞団という武芸者集団に興味があった。実際、ジョルバスクルの外での戦いは楽しかった。

 もう一つは、これも既に伝えたとおり、裏では人狼の力などを受け入れながら表では『誰よりも武芸に身を捧げている』と吹聴する馬鹿共を、懲らしめてやろうと思った。

 力の信奉者であるなら、そう言えば良いのだ。聞こえの良いことを言いながら実態が違うなど、詐欺ではないか。義憤……というよりは私の個人的不快感から動いた。善行を為したなどとは間違っても思わんが、お前達に悪いとも思わん。

 あとは、ある計画のためだ。これは私が主でありながら私は全てを把握していないというお粗末な話なのだが、まぁ必要だったのだ。……理由としては以上だな」

 

 コドラクは何やら考え込んでから口を開いた。

 

「正直に言うと、私自身、狼の血を受け入れたことについてずっと後悔していた。それを改めて考えさせられたよ。

 しかし、文字通り同胞達を一方的に嬲った相手を好意的に受け止められるかといえば、そこまで人間ができてはいないようだ。

 ある意味、助けられておいて身勝手とは思うが、できれば二度と会わないことを祈らせてほしい」

 

 私はこの男の正直な物言いに思わず笑ってしまう。

 

「身勝手結構! それを諌められると、私など何もできなくなってしまうからな。

 究極的には誰も彼もが皆、身勝手なのだ。お前も身勝手に生きればいいさ。では、壮健でな」

 

 バルグルーフと同じ挨拶を残してジョルバスクルを去る。今度は皮肉ではない。

 

 

 

 

 

 ところで、私が歩くと人垣が割れて、即席の道ができる。別に猛獣ではないのだから、噛み付いたりはしないと言うのに。

 平野地区の市場のあたりまで戻ると、それが顕著だった。元々人が多い場所で道が用意されるなど、これはそういう嫌がらせなのだろうか。

 自業自得とはいえ、少々心が寒い………………と思っていたら、何やら足にひっついているものが。

 

「坊主、何をしている?」

 

「…………」

 

「口が利けぬのなら衛兵を呼んで対処を頼むしかないが、そうなのか?」

 

「…………連れてって」

 

「親はどうした?」

 

「…………お父さんがいる。……昔はお母さんもいた。でもお母さん死んじゃった。そしたら、お父さんに出てけって言われた」

 

「それはいつのことだ?」

 

「…………去年の秋」

 

「冬のあいだはどうしていたのだ?」

 

「よその家の、のき下とか、じょうへきのくぼみとかにかくれて、風が当たらないようにしてた。

 ごはんは、そのへんのや草とか虫とか食べたり、キナレスのしさい樣に分けてもらってた」

 

 口の重たい子供だが、思わず呵々と笑ってしまう。

 

「ではこのスカイリムで丸々一冬、家無しで耐えきったのか。見上げた根性だな。

 しかし何故私だ? 言っておくが私は優しくもなんともないぞ?」

 

「…………」

 

「言わねば置いて行くぞ」

 

「……………………強かったから。ぼくが強かったら、お父さんに出てけって言われても、いやだって言えた。

 付いて行ったら、強くなれると思ったから」

 

「強くなることが幸せに繋がるとは限らんぞ。現に私は、否応なく強さを求めさせられ、絶望し、人間性を摩耗させきった亡者共を見てきた。何人もだ。

 どこかの丁稚に納まるか、それこそキナレスの司祭殿に頼んで、神官への道を目指すほうが良いのではないか?」

 

 足にしがみつく力が一層強くなった。理屈がわからぬ年頃なのか、それとも幼いなりに強さへの憧憬と渇望を捨てられぬのか。

 まぁ、いいか。いざとなったら強面のくせに実は世話焼きの悪戯親父を頼ろう。

 

「よし、ならば来るといい。今日からお前は私の子だ。よろしくな」




身勝手(自覚はある)。ついでにみなしごげっと。

サブタイトルの漢数字表記についてです。今はまだ十台なのであまり代わり映えしませんが、二十台からはやや面倒になるかと思い、私がしっくりくるほうに変更しました。ですが、今までのほうが良い、と思われる方がどの程度いらっしゃるのかとも気になりまして。ご協力いただければ幸いです。

  • 前のほうがいい
  • 今のでいい
  • サブタイトル表記に興味が無い。
  • つかホットケーキって焼く前のが美味くね?
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