DARK SOULS → SKYRIM でまったり()スローライフ()   作:佐伯 裕一

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二〇、であったアーチルの語りを膨らませたものです。大筋では変わりません。
自分で書いておいてなんですが、重臣でもない現場指揮官の行動としてはなかなかがんばったのではないだろうかと思い、詰め所で別れてからのアーチルの行動 + ウルフリックの掘り下げを行い、オリ主合流後の語りを大幅カット、という具合にしました。
ただ、こちら試験的に書いてみたこともあり、アリかなとは思いつつ、長すぎないかとも思ってます。そこでアンケートを設置しましたので、もしよろしければご協力ください。
(該当箇所以外はちょこちょこ一、二文加筆修正した程度なので、読まなくとも支障はありません。二〇を既にお読みでお急ぎの方は、該当箇所のみ目を通されても問題ありません)
また、グリムカンビ樣、七號樣、太陽のガリ茶樣、誤字報告ありがとうございます。大変助かりました。


二〇改、アーチルの大冒険

 翌朝、案の定というか、御者となりマルッコに鞭を入れようとするサディンに向けて部下の男が物申して来たが、「私は私の主人の指示で同行しているだけで、この方がストームクローク軍に入ろうが関知するところではありません」とすげなく断り、構わず走り出した。

 ではもう一人はと視線を向けられた砦の者は、「ここで旦那を見捨てることなく引き続きお世話を焼いていれば、後々旦那に良くしていただけるのは我々って寸法でさ」と異なる意見を述べる。「郷へ戻って主人から抗議させてもらう」と言うのは馬鹿正直なようで憚られるにしても、息の合ったことである。とはいえ、それとて表の顔としてらしく見せているに過ぎないのだから、男が「下手な誤魔化しを口にして手を打った」と勘違いしてくれれば十分だ。流石に、郷の主人とやらがスカイリム一の闇ギルドとは思うまい。「嘘をつくなら、二重三重と徹底的に」とは二人の盗賊の談だ。

 にしても、盗賊は演技が上手だ。私も騙されないように気をつけねば。自分の交友関係がほぼほぼ盗賊で占められていることからは目を背ける。……尤も、仮にそんな事態が訪れたとするならば、『そうする』だけの事情があるのだろう。それを鑑みれば、然程気にすることも無いのかもしれない。まぁ、どの道、仮定の話である。そのとき、成るように成るのだろう。

 鼻を鳴らす男を放置して、一行は歩き出した。

 

 馬車が無くなったことでラーナルクを歩かせる必要が出たが、本人の機嫌は悪くない。どうも馬車の上でじっとしているのは、暇どころか揺れと衝撃に耐え続ける不快な時間だったようで、街道を歩いて進むのが楽しいらしい。

 我が身のことより、サディンやマルッコと離れることを惜しんでいた。サディンは自身がそろそろ交替の時期であることを伝えていたため、少し言い聞かせれば納得したようだ。マルッコにしても、すぐに戻って来ることをこっそり伝えると、抑えてくれた。

 忍耐強く、性根のまっすぐな子だと思う。しかし、今まで一言も愚痴を零さなかったことについては、そこまで我慢しなくても良いのだと伝えた。子供が、少なくとも今のラーナルクが思うところを圧し殺す必要はない。

 同時に、「愚痴も零さず受け答えも問題ないのだから平気なのだろう」と考えていた己を殴り飛ばしたい。あれが口の重い子だということはわかっていただろうに。無駄に長く生きているくせに、親としてはまだまだ未熟なようだ。ストームクローク軍云々よりずっと落ち込む。

 ラーナルクに、疲れたときは背負うから正直に言うようにと伝え、あまり離れない程度ならと許し、はしゃぐのを眺めている。

 そして私は、息子の愛らしさに目を細めつつ、アーチルの部下の男の存在を意図的に無視するよう振る舞っている。怒りを湛えているのは事実であるし、このくらいは不快感を表明したほうが自然だろう。ギルドが動けば例え時間がかかろうともどうにかなる、と悠長に構えていては、不審がられる。

 私に無視されて腹を立てているらしい男は、アーチルに叱り付けられ、不貞腐れている。私としては、静かになるのならなんだっていい。

 

 昼を過ぎて、もうしばらくすれば空が朱に染まるだろうというころ、ウィンドヘルムの城壁が見えてきた。

 なんというのか。いかにもな『城塞都市』である。ホワイトランの城壁も見事なものであったが、あれは丘というか、岩山のようになった土地の上に建てられているため、高さの幾らかは地盤によるものだ。それによくよく見てみれば、市街地の目立たないところでは補修が必要な箇所もあった。

 しかしこちらは、河口沿いの平地に堂々と聳えている。人の手で造り上げられた、不可侵の領域である。ストームクローク軍には思うところあるものの、ウィンドヘルムの町を造り上げた人々の業は、見事と言わざるを得ない。ラーナルクも、ホワイトラン以外で初めて見る巨大都市に、口をぽかんと開けて驚いている。家からあまり出ない子供だったのだから、町を外から眺めたのは初めてなのかもしれない。ホワイトランを出るときは、あまり振り返りたがらなかったように思うし。

 少々険悪な雰囲気である一行だが、私達親子の反応に気を良くしたのか、アーチルも男も少し柔らかい態度になった。

 

 

 

 私達は川の手前にある衛兵の詰め所へ連れて行かれた。どうやら、処遇が決まるまではウィンドヘルムの町内には入れずに留め置くつもりらしい。とはいえ、アーチルの計らいにより、入町前、一時的に貴人を待機させるための部屋へ案内された。直に夏だとはいえ、夜は冷える。防寒性の高い部屋に通してくれたことには、素直に感謝したい。

 アーチルと部下の男とはここで別れた。部下の男が成す、一度は正式な志願申請として受理される私の入隊手続きを、アーチルが追いかけて撤回する、という形らしい。ややこしいうえにまどろっこしい。

 しかしこの愚か者を黙らせるには「一応は自分の提案が通った」と思わせる必要がある。初めから書類の手続自体が止められるのならばしているし、もっと言えば昨日頭に過ぎったとおりとっくに殺している。大きな組織を相手にすると面倒が発生する、と学んだ次第である。巡礼とは違うなあ、とも。

 

 ラーナルクは結局、道程の半ばを過ぎるまで「歩き疲れた」と申告することが無かった。子供の足では辛かろうに、また我慢をしたのかと思ったが、そうではないらしい。皆と同じように歩いて旅をする楽しさが疲れを自覚させず、そのまま体力の限界を超えて歩き続けてしまったようだ。そのせいで、限界を迎えてからは、多少は足が休まっても自分で歩くことはほとんど無かった。とはいえ、背負われる、という行為を一度味わってからは、歩くことより私の背で揺られることに楽しさを見出したらしく、歩かなかった理由にはそちらもあるのではないかと思う。勿論、その程度でへばる私ではない。

 

 現在ラーナルクは、寝台に腰掛けた私の膝を枕に夢の中で過ごしている。大人が馬車に乗って旅をするだけでも、それなりには疲れるのだ。子供の足ではしゃぎながら歩き、不安定な人の背で揺られ、疲れないはずがない。夕餉が済んでも、今日は早目に休ませてやるべきだろう。

 夕餉そのものは、用意ができれば誰かが持ってくるはずだ。部屋は客室とはいえ、ここは曲がりなりにも軍事施設。ただでさえ私達は微妙な立場なのだから、勝手にうろつくのは控えるべきだろう。来なければそのとき対応すればいい。そう考え、それまでは寝台で横にならせておくことにした。

 ラーナルクの寝顔を眺めながら頭を撫でていれば、不思議と手持ち無沙汰だと感じることもない。

 今日は体力を使い果たしてへばったとはいえ、それらを管理してやるのは大人の役目であるし、そも私の都合で連れ回しているのだ。それに、アーチルはともかく、部下の男がラーナルクに何を言うかわからなかったため、今日の足取りは子供の足に合わせていたとは言い難い。こちらもそれなりに気を使い、休憩をまめに挟みながらではあったが、それでも朝から昼過ぎまでは遅れずにきちんと歩き切った。偉いものだと思う。ラーナルク本人が望んで私に付いてきたとはいえ、ホワイトランからこっち、このような奇異なる生活を送ることになるとは、思ってもみなかったろうに。

 

 しかし以前から思っていたことだが、ラーナルクの、誰かと一緒にいることを好み、誰かと同じ行動を喜ぶ、この植え付けられた性癖とも言える心の問題。これをどうしたものかと思う。

 焦ってはならないことくらいは私にもわかる。だから今は、計画に関わることでなければ基本的にラーナルクの好きにさせている。ただ、いつかはその癖を乗り越えさせなければならないとも思う。あるいは私の杞憂に終わるのかもしれない。成長と共に心の傷が癒え、自我を確立し、健全に発達していくのかもしれない。そうなればいい、そうなってほしいと願う。だがもし傷が癒える類のものではなく、それ故にこの癖を引きずったまま大きくなったとき、子供とは呼べない図体のままいつまでも独り立ちができずにいるかもしれない。

 極論ではあるが、それでも問題無いと言えば無いのだ。私は老いるということがないのだから、ラーナルクが死ぬまで面倒を見てやればいい。健全とは言えないかもしれないが、必ずしも世間一般で言う『健全』である必要などあるまい。

 ブレックスのおかげで、どこにいても財を稼ぐ手立てはできた。計画が一段落したのなら、世間体を気にする必要も無い。不死人たる私が死ぬときは、亡者となり自我を失ったうえで命を落とすか、自らの生に一片の悔いも無く満足したときだ。ラーナルクを養っているあいだに、私が死に切ることは無いだろう。だからこその極論である。

 しかし、それが喜ばしいことではないのも確かだ。ラーナルク自身の人生として『楽しみ』が少ない。楽しみが少ないからといって、不幸であるとは言わない。何に幸せを見出すかは人それぞれであるし、他者からは一見恵まれない一生であるように思えても、本人は充足感を覚えて命に幕を下ろすかもしれない。ラーナルクの幸せを私が決めるなどという、そんな傲慢な親にはなりたくない。

 だが、何気ないことに幸せを見出し、小さな幸せでも心から満足できる人間というのは、極々稀である。だからこそ、人は与えられたもの以上を求めて苦しみ、何事かを成すために修練を重ね、己を昇華させることを美徳とする。何より、あらゆる物事において多くの場合、受動的であるより能動的であるほうが、幸せに繋がる『楽しみ』を見つけやすい。

 

 子を初めて持つ私の自問自答は際限なく続き……扉がノックされ、夕餉が持ち込まれたところで閃いた。私は多くの事柄を力によって解決してきた。力が無くて困ることはあっても、力が有って困ることは少ない。必要が無ければ、振るわずにいればいいだけのこと。力を持つが故に面倒に巻き込まれたり、力に呑まれることもあろうが、それは本人の自制心の問題であり、力の有無と直接的には関係がない。

 ということで、ラーナルクを鍛えることにした。そのあいだにラーナルクの性癖にもいくらか変化が訪れることだろうし、何より力が付けば自信に繋がる。案外それが諸々の悩みを解決してくれるやもしれない。幸い、旅の途中に砦の者やサディンから受けた手解きで、それなりの体力は付き、ままごと程度の投擲術と短剣術は使えるようになっている。私が気をつけていれば、壊してしまうこともないだろう。多分。……いや、初めのうちは、誰かに監督していてもらったほうがいいかもしれない。そうだ、そうしよう。

 私はラーナルクを起こし、二人で夕餉に舌鼓を打った。腹が膨れたラーナルクは再び眠たくなったようで、予定どおり早目に就寝と相成った。私はというと、ラーナルクを起こさないよう注意しながら、少しでも疲れが取れればと、足腰を揉んでやっている。今日はがんばったのだ。この程度はしてやりたい。

 

 

 

********************

 

 

 

 アーチルは一介のストームクローク軍兵士である。名家の生まれでもなければ、特別優秀な戦士であるというわけでもない。

 しかしその実直な仕事ぶりと、何より『ノルドの体現者』たらんとする姿勢が多くの者に評価され、ここウィンドヘルムにおいては多少名の通った軍人である。それは、首長、ウルフリック・ストームクロークの耳に入るほどでもあった。

 そしてアーチルは、此度の『旅の錬金術師を名乗る男の処遇』を、可及的速やかに正さねばならないと考えた。

 ノルドは信義と強さを重んじる。その体現者たらんとする人間として、サルモール一行との争いに助勢し、素晴らしき腕前を披露した彼の錬金術師について、正当に報いなければならないと切実に思った。これが成されないのならば、自分達は、自らの口で非難している帝国と変わらない存在であるとすら思う。タロスが統一したタムリエルの正統後継国家でありながら、サルモールに敗れ、ましてや肩を並べ戦ったハンマーフェルを売り渡し、スカイリムの誇りに傷を付けるなど、何のための帝国か。何のための統一国家か。『スカイリムは帝国の一地域である』と主張するのならば、帝国は寄り親で、スカイリムは寄り子ということになる。外敵から子を守るでもなく、子に助けられた挙げ句に子を抑えつける親が、親足り得るとでも思っているのか。耳長の干渉を唯々諾々と受け入れ、結果ハンマーフェルは自力で独立。スカイリムでも我が首長が音頭を取って同様の兆しが見える。どう転ぼうとも、タロスの齎した『強き帝国』が蘇るのは、遥か先のことだろう。

 思考がそれた。とにかく今は、件の男の処遇をどうにかしなければならないのである。

 アーチルが考え事をしながら首長の執務室へ歩いていると、廊下に控えていた首長の側仕えが気付き、近寄ってきた。

 

「これはアーチル殿。如何なさいましたかな?」

 

「悪いが緊急の用だ。すぐにでも閣下へお目通り願いたい」

 

 側仕えの表情が曇る。アーチルと側仕えは別段険悪な仲ではない。それがこの表情ということは何か面倒事か、と嫌な予感がアーチルの脳裏によぎった。

 

「……実は間の悪いことに、閣下は現在ソリチュードから来た貴族と会談中です。表向きは貿易の話ですが、内実は我等の軍拡について探りを入れに来たのでしょう。既に予定を少々過ぎています。今暫くかかるやもしれません」

 

 こちらは急ぎだというのに。それにしてもブルーパレスのもやしだと? 大方、ドール城の帝国軍が直接詰問に来ては関係が悪化しかねないため、言われるがままに態々足を運んだのだろう。ノルドの面汚しよ。帝国の走狗になんぞ落ちぶれて、恥ずかしくないのか。

 だが首長が応対しているというのなら、アーチルが踏み入っても主の顔を潰すだけだ。業腹ではあっても待機せざるを得まい。アーチルは側仕えが使っていた椅子の隣に腰掛け、ウルフリックを待つ旨を伝えた。幾らか気まずい時間が流れたが、側仕えは突然、閃いた、という顔で立ち上がり言う。

 

「伺うに、何やら重要かつお急ぎの様子。……私は本来、常にこの場にて待機し、閣下のお世話を務めるが役目。しかしそれも時と場合によりましょう。真に閣下へ忠義を果たすのならば、一時の叱責を覚悟してでも動くべき時もあるはずです。私にお任せください! 代わりの方をすぐに連れて参りますので!」

 

 終わりのほうは声掛けられたアーチルにすら聞き取れないほどのせっかちさである。側仕えはアーチルは呆気に取られているあいだに、駆けて行ってしまった。

 実のところ、側仕えもまた、ウルフリックがソリチュード貴族の相手に時間を浪費している中、自らはただ座って待機しているしかない状況に対し、憤懣を溜めていたのだ。結果として、側仕えは驚くべき速さで駆けていった。

 アーチルがそんな悠長に構えていたのが悪かったのだろうか。側仕えの連れてきた人物を目の当たりにしたとき、ことが不味いほうへ転ばないか、アーチルは不安になった。眼前にいるのは『石拳のガルマル』。先代首長の懐刀であり、就任から数年しか経っていない当代ウルフリックの最も頼れる腹心である。ウルフリックを除けば最高軍事司令官であり、なるほど、側仕えが連れてくるに不足の無い人物と言える。……今のアーチルが訴えたい事柄に相応しい御仁かは何とも言えないところだが。

 アーチルは側仕えに礼をいい、ガルマルへ件の錬金術師についてのあらましを語った。少々強引なところがあるとはいえ、この男もまた、正しきノルドであると信ずるが故に包み隠さず。

 

「……名までは覚えておらんが、其奴、たしか甘ったれたぼんぼんだったか? 入隊時の訓練でしごいてやった覚えがある。とても許せるものではないな。忠義故とはいえ、恩人を脅すなどノルドどころか男の風上にも置けん不届き者だ。安心しろ。その件は私が責任を持って必ず処罰する。表向き軽くなろうとも、今後其奴がどれだけ功を上げようとも、軍の中枢に上ることは有り得んだろう。そしてそれらは全て私の名で行う。お前が逆恨みされてもいかんからな。文句を言うようなら、自慢の拳で黙らせてやるわい」

 

 朗らかに笑い、部下を労うガルマルを見て、アーチルはほっと一息ついた。「私はガルマル殿を少々誤解していたかもしれない。やはり彼もまた、正しきノルドであったのだ」とアーチルは感じ入った。

 

「しかしその錬金術師とやら。このまま物別れとするのはあまりに惜しいな。子供や従者を下げ一人で吶喊する勇気と義侠心。お前の隊が苦戦する戦況を一変させる腕前。そして錬金術にまで精通しているとは。素晴らしき戦士であり、素晴らしきノルドである。この時期にそのような男と巡り合ったのも、タロスの思し召しであろう。

 ……決めたぞ。その男は私が預かろう。ウィンターホールドで錬金術師として働くのが望みとはいえ、それだけの力量、在野に埋もれさせるにはあまりにも惜しい。せめて説得する時間くらいは欲しいものだ。なに、お前の話どおりのノルドであるなら、暫く行動を共にすれば、我らストームクロークの理念に理解を示し、入隊を快諾してくれることだろう。そのときが楽しみである!

 それにだ、先祖の故郷へ貢献するなら、何も自ら赴かずとも叶うことだろう。我が軍で力を振るい、得た給金を送れば良いのだ。其奴の望みとはちと形が違うかもしれんが、一介の錬金術師として住民の傷や病を癒やすより、そちらのほうが何かと良いのではないかの。彼の町への貢献という意味では、願いに沿うだろう」

 

 ガルマルは肩で風を切りながら、機嫌良く去りつつあった。その場に残されたアーチルは一時呆け……正気に戻ってすぐに彼を追いかけた。

 ガルマルの言にも理はある。しかしものには手順というものがある。件の錬金術師は現状、ストームクロークへの入隊を望んでいない。それを無視してことを進めるのは、悪く言えば裏切りである。男を高く買うのであれば、入隊云々は横に置いたうえで持て成し、礼を伝え、それから勧誘をすべきだ。ガルマルの言う提案もそのときに伝えれば良い、とアーチルは言い募る。

 しかし己の考えを否定され、「私の珍しく浮かんだ妙案にケチを付けるか!」と怒鳴られてしまえば、一介の兵士にできることは無い。一度頭に血が上ったガルマルを諌めることができるのは、未だ手の空かない首長以外には存在しないのだ。

 

 アーチルは済まなそうにしている側仕えに気にするなと伝え、改めて礼を言った。そのあと、彼の記憶はいまいちはっきりしていない。夕餉を取ったような、とっていないような。

 運の悪いことに、ウルフリックは会談を済ませたあとも、続けざまに他の貴族や重臣と会議を行っており、アーチルが緊急だと伝えても面会が叶うことは無かった。翌朝一番の面会は約されたものの、それではガルマルの提案が決定事項として処理されてしまう。

 気落ちしたアーチルの頭に浮かぶのは、恩人にどんな顔をして詫びればいいのか、ということばかりだ。下手をすれば、自分だけではなく隊員全員がサルモール一行に殺害されていたかもしれない。良く戦い良く死ぬのならば、それも本望である。しかし、首長の大望の一助になることを望むアーチルに取って、街道での遭遇戦などという重要性の低い戦いで命を落とすことは避けたい話である。件の自称錬金術師は、そこから救ってくれた。それに報いると啖呵を切ったにも拘らず、現在の体たらくを顧みて、アーチルは無力感に苛まれていた。

 アーチルの胸中が自罰的かつ自虐的になればなるほど、無力感と罪悪感で苛まれれば苛まれるほど、精神的負荷は雪だるまの如く膨れ上がり……………………生真面目な男から、『保身』という人間が最も無くしてはならないものの一つが抜け落ちた。

 

 アーチルは間違っても盗賊ではない。人目を盗んで目的を遂行することなどできない。そも、元より「誰にも知られず思いつきを完遂する」という心算が欠如しているアーチルにとって、あとになり己の所業が発覚しようとも構うものではない。

 開き直ってからのアーチルの行動は素早かった。思い立ったなら行動あるのみとばかりにすぐさま酒場へ行き、上等な蜂蜜酒を数本購入した。次いで偏屈者の店主が開く錬金術店へ行き、睡眠薬を購入する。

 そして夜半、首長の執務室に近い書類の保管庫で寝ずの番をしている同僚へ酒を進めた。同僚がどれほど高い職業倫理を持ってはいても、ノルドである。酒好きは種族柄でもあるし、蜂蜜酒を丸々一本空けてほろ酔い以上に自分を見失うものなど、『下戸』扱いなのがノルドという生き物だ。番兵は進められるがまま蜂蜜酒を口にし……睡眠薬によって昏倒した。

 アーチルはその隙に保管庫へと忍び込み、ガルマルの命により作成された書類を細切れに破り、懐にしまった。あとで火にでもくべるつもりだ。次いで、筆跡に注意しながら偽の書類を作り上げた。危ない橋、どころか自殺行為を現在進行系で行っているのだ。せめて成果は得たい。

 工作を済ませたアーチルは薬を盛った番兵を起こして水を飲ませ、「疲れているのではないか?」と声をかけた。番兵の面目無さ気な顔を見ていると胸が痛んだが、それも正直に暴露するつもりでいる。番兵に罰が下ることは無いだろう。

 

 そのまま何食わぬ顔で帰宅し、大黒柱の帰りを待っていた妻と物音に起きた息子を抱き締めた。自分は信念のために行動しているが、軍において重大な違反行為をしたことは事実である。この温もりを味わうことも、最後になるかもしれない。いや、おそらくはそうなるだろう。アーチルは噛み締めるように最愛の家族を抱き締めた。

 妻も息子も、違和感を覚えはしたが、それを指摘することは無かった。詳しい事情はわからない。しかし、今この瞬間。覚悟を決めた様子の夫の、父の姿を、目に焼き付けなければならない。そう感じ取ったのだ。アーチルは屈んで出来の良い息子と目線を合わせ、「誇りを忘れるな」と伝えた。そして素直に頷いた息子を見て破顔し、頭を撫で、床に戻るよう促した。立ち上がり、今一度妻を抱き締め、あえて心のままの言葉を紡いだ。君と出会えて良かった。君と一緒になって良かった。君と子供を儲けて良かった。愛息を立派に育ててくれてありがとう。そのように告げた。息子と違い目を合わせなかったのは、そうしてしまえば、声が震え、涙が止まらず、言いたいことの半分も伝えられないと思ったからだ。妻もアーチルの気持ちを察し、鼻を啜りながらも黙って夫の言葉を聞き、強くその身を抱き締めた。

 その晩、二人は出会った頃のように愛し合った。

 ことを終えて疲れから眠った妻を横にして、アーチルは思った。こんな辛い思いをするのならば、家族を愛しているのならば、件の錬金術師のためにここまでしてやることもないのではないだろうか、と。

 得られる成果は、恩人へ正当に報いること。ノルドの誇りを守ること。失う最悪を想定するのならば、自らの命と名誉。蓄えた財産。家族の安全。その後の後ろ指を指される苦しい一生。つまりは自らの持つ全て、だ。それが本当に釣り合っているのだろうかと思う。……こんな迷いを抱くのならば、家に帰らず『王の宮殿』で夜を明かせば良かったとすら思った。

 すると、眠ったとばかり思っていた妻がアーチルへ語りかける。

 

「ノルドの誇りは、正直に言えば私にはわかりません。それに、詳しく知らないので見当違いかもしれませんが、貴方はいま動かなければ、きっと一生を後悔するでしょう。そういう不器用な人です。私が愛したのは、そういう人です。私は、貴方の苦しむそんな姿を見たくはありません。ですから、どうか思うままに。あの子のことは、私が責任を持って育てます。誇り高き父親のように」

 

 アーチルの肚は決まった。

 

 

 

 

 

 翌朝、夜番の兵が上がる前にアーチルは砦へ足を運び、偽造した書類を元に命令を下した。命じられた兵は、書面上とうに執行期限が過ぎていることを確認し、跳び上がる勢いで手続きを済ませた。常に帝国軍を意識するストームクローク軍において、軍令の遅れなど許されることではない。

 命令が遂行される樣を見届けたアーチルは、首長の執務室前にいる側仕えへ「大変勝手ながら、朝一番の陳情は取り止めとさせていただきたい」と伝えた。未だウルフリックの起床時間ですらない時分での申告であったため、側仕えも眉をひそめる程度で、了承の意を伝えた。ちなみにこの側仕えは、昨日とは別人である。

 準備を終えたアーチルは衛兵隊の詰め所で朝餉を腹いっぱい詰め込み、蜂蜜酒とワインを空けた。同僚からは勤務に差し支えると苦言を呈されたが、「今日だけは良いのだ」と笑って返した。普段と違うアーチルの様子を怪訝に思うものの、何か特命でも受けたのではなかろうかと当たりをつけて、誰もそれ以上は詮索しなかった。

 食べ終わった食器を下げたあと、井戸で水を多めに飲み、顔を洗い、髪と髭を整え、鎧と剣を磨き上げ、身嗜みに問題が無いことを確認した。アーチルに、一世一代の勝負の時が来た。

 

 アーチルが王の宮殿の入り口からまっすぐ進んだ謁見の間に差し掛かったとき、両脇の番兵に止められた。この時間に朝の定例会議を行っていることはウィンドヘルムの衛兵ならば誰でも知っていることであり、そこに立ち入る者は誰であれ一度は足を止められる。ましてやアーチルは、隊を率いることがあるとはいえ、一介の兵士である。番兵の見る目も鋭い。アーチルは腰から剣を鞘ごと外し、番兵へ突き出しながら朗らかに口を開く。アーチル自身も、何故それほどまでに穏やかな気持ちなのか、不思議であった。

 

「これより閣下に直訴奉る。止めたければ、この場で俺を切り捨てろ。さもなければ、俺はけして止まらんぞ。通してくれるのならば、この剣を持って付いてきてくれ。俺が妙な真似をしたなら、こいつで遠慮なく首を落とせ」

 

 二人の番兵は顔を見合わせて困惑した。眼前の男は、全く知らぬ仲でもない。首長や重臣から直々に命を受けることもある、それなりに信を受けた男だ。それが何故堂々と「これから無礼を働く」などと世迷い言をほざくのか。酔っているのか? 狂したのか? しかし男は自らの剣を差し出し、直訴ならぬなら切れと言う。番兵は口々に考え直すよう言葉を尽くすが、アーチルは譲らない。番兵達は、アーチルが本気であることを悟った。そして自らの職業倫理と同族意識と男の誇りとが脳内で荒れ狂い……交差させた戦斧を下ろした。余程の覚悟である。戦士が何を置いても諫言せねばならんと言うのだ。殺すならそれを聞いてからでもいいはずだ。番兵の内一人は「減給か叱責で済むだろうか……」と肩を落としている。妙に緊張感が無いが、それがやや現実逃避を含みながらその場の空気を和らげようという意図であることは皆が察したため、柔らかな笑いだけが浮かんだ。

 

 番兵の理解を得たアーチルが、一度、二度と深呼吸をし、謁見の間の扉を開いた。扉の内両側で待機していた二人の番兵は、アーチルと、次いでに足を踏み入れる外側の番兵二人を見て目を見開いた。現在、謁見の間では、ウィンドヘルムの重臣達が会議中である。余程の緊急時を除いて、この場に臨席を許されていない、つまりは重臣でもない者の邪魔立てなど許されはしない。

 その場の皆は、会議を中断させるだけの緊急事態が起きたのかと身構えた。しかしいつまでまっても、堂々と入場し、悠然と歩を進めるアーチルからは、報告前の口上が述べられる様子が無い。

 何らおかしなことは無いとばかりにアーチルは進み続ける。重臣達の横を通り過ぎ、番兵ですらどこまで進むのかと肝を冷やし「もしや謀反では?」と疑いを持ち始めた頃、ウルフリックから十歩の距離まで近づいたところで、アーチルは跪いた。

 

「閣下に置かれましてはご機嫌麗しゅう存じます。此度は重大かつ緊急の案件が出来したがために、ご無礼を承知のうえ、参上仕りました」

 

 ウルフリックはアーチルの口上を受け、今が会議中であることを再確認し、アーチルは、無論存じております、と返す。迂遠なようだが、ウルフリックからしても、部下が何故非常識を働いているのか、わかりかねているのだ。

 遅まきながらそして混乱が解けた重臣達が、口々に、分を弁えろ、直ちに退出せよ、と声を張る。しかしアーチルには届かない。

 ウルフリックは再度問いかけ、何用であるか、とアーチルを促した。

 アーチルは語る。二日前、市民殺害の嫌疑がかかるサルモール一行にウィンドヘルムまでの同行を求め、断られたため戦闘に発展したこと。戦況は相手方へ傾き、あわや全滅かと思いきや、旅人の助勢により一行を殲滅せしめたこと。一行は証拠隠滅のため、地に埋め処理したこと。ウィンターホールド行きを望む旅人を、自らの部下が愚かしくも脅し、ストームクローク軍へ入隊させたこと。それをガルマルに報告したが、入隊の撤回はなされなかったこと。上位者の決定には表立って逆らえず、書類を改竄し、既に処理したこと。ここには、その弁明に来たこと。

 

 当然の如く、重臣達から怒号が飛んだ。ガルマル同様、旅人を脅した、という(くだり)では眉をひそめたり、ノルド的正義に厚い者は「その愚か者を引っ立てよ!」と怒りを顕にした。ガルマルも、ここで自らの判断を口にしており、頷く者も多い。しかしアーチルの書類改竄に話が及ぶと、揃って絶句した。

 軍幹部の命で作成された書類を改竄するなど、重罪以外の何物でもなく、悪くすれば極刑、良くても厳罰は免れない。それをアーチルは堂々と告白したのだ。会議に乱入するという非常識に、更に非常識を重ねた形だ。そんな馬鹿はなかなかお目にかかれない。

 数拍の静寂を破るように再び怒号を飛ばそうと重臣が口を開きかけた瞬間、ウルフリックが片手を上げて制した。若いとはいえ、自然と人を惹き付ける雰囲気を纏う男である。僅かな動作でも、場の空気を掌握してみせた。

 

「アーチルよ。私としては、ガルマルの下した処分は多少強引ではあるものの、然程悪いものではないと考えている。お前や私達の考える『正しきノルド』を別にして、旅人にとっては不本意かもしれぬが、しかし多額の礼金や高い待遇を与えれば、不満は腹に収めてくれるのではないか? それにいくら先祖の故郷とはいえ、彼の者はウィンターホールドにおいて余所者である。様々な物が不足するあの町で、彼の者がすぐに受け入れられ満足に働けるかは全くの不明だ。しかし、そこに我が軍で厚遇されていたという事実が加われば、多少の箔が付き有意となるのではないか。私はそう考えた。

 ……が、お前は今まで、私や、私の友の命に忠実であった。そのお前の口から軍機違反を犯したと聞いて信じられぬ思いが先立つが、それが事実として、それほどの大事。出来心やもしれんが、他にも理由あってのことではないのか? であるならば話せ。お前の主として、聞こう」

 

 アーチルは、ウルフリックの一度はガルマルに賛同するような言を聞き、焦りもしたが、きちんとこちらへ水を向けられたことに安堵した。アーチルは、我が首長ならばきっとこの思いを聞き届けてくださる、と信じていた。しかしそれは賭けでもあった。問答無用で斬り殺されていてもおかしくはなかったのだ。アーチルは一つ関門を越えたことを実感しつつ、口を開いた。例えこの口上が終わったとしても、自らの命の保証など何処にも無いと承知していながら。

 

「恐れながら申し上げます。件の旅人は素晴らしい戦士であり、ガルマル樣の仰るとおり、義侠心とそれに相応しい力量を備えたノルドであります。同胞として迎え入れることができれば、心強いことこの上無いでしょう。しかしそれでは信義に反します。それは、確かな力量の戦士を得る以上の損害を、我が軍のみならず、閣下ご自身にも齎します。私はそれこそを危惧しております」

 

 ことがウルフリックにも関係するという段になって重臣達が口を開きかけるが、再び制され、ウルフリックが鋭い眼光のまま「続けよ」と口にする。

 

「例えば旅人が、我が町の英雄であるブランウルフ・フリー・ウィンターであれば、もしくは余所者であったとしても、ホワイトランのバルグルーフなどであれば、閣下はそれ相応に扱うことでしょう。それはノルドとしての信義によるものでもあり、政治的判断でもあるはずです。それ自体に何ら問題はありません。ですが、それ故にイーストマーチの民のみならず、他地方の者達でも、『フリー・ウィンターであったから、バルグルーフであったから、そのような扱いを受けたのだ』と解釈します。

 しかしそれでは駄目なのです。閣下の大望を果たすには、それでは足りないのです。

 肝心なのは、旅人が取るに足らない人物であろうとも、恩を受けたのならば賓客として遇し、そのうえで閣下の理想を語って聞かせ、心服させることなのです。そして、仮に旅人が閣下の思いを理解し得なかったとしても、それを寛大に許し、旅の幸運を祈る。そういった姿勢を見せ続けることで、閣下は必ずや大望を成就されることと私は信じます。

 逆にそれが成されない場合、ストームクローク軍とは、ウルフリック・ストームクロークとは、ノルドでさえ市井の者であればその意向を蔑ろにし、勝手気ままに扱う。そのような集団である、との印象を抱かれかねません。それは閣下の大望にとって百害あって一利無し。寧ろ帝国を利するのみであると考えます。どうか、ご英断を」

 

 アーチルの言葉を静かに聞いていたウルフリックが、短く尋ねる。

 

「先程からお前は『大望』と口にするが、私がどのような望みを抱いているというのだ?」

 

「はい、閣下。閣下はスカイリムの全てのノルドの支持を得て、弱さと誇り無きが故にサルモールの走狗へ堕ちた帝国からの真の独立を果たし、以てスカイリムの誇りあるノルドの生き方そのものを守護せんとなさっている。私はそう理解しております」

 

 ウルフリックは部下の言葉を聞き、目を閉じた。アーチルは主人に思いの丈を伝え、次の言葉を待った。それはある種の神聖さを伴い、切り取られた一枚の絵のようにも思えた。先程までアーチルの処罰を叫んでいた重臣達ですら、この空気を壊すことは憚られ、唾を飲んでウルフリックの言葉を待った。

 

「……旅人は書類上、既に入隊済みとなっているのだったな? であれば急ぎその決定を撤回……いや、それでは彼の者に不名誉な何かがあったと邪推されかねん。除隊とせよ。それとは別に、謝礼もな。恩には報いねばならん。また、我が過ちを命がけで正した忠臣を罰するわけにもいかん。アーチルの犯した数々の違反は、無罪放免とする。異論は許さん」

 

 アーチルは一瞬頭が真っ白になった。思わず聞き間違いは無いか確認しようと口を開きかけたが、万一それが原因で臍を曲げられ除隊扱いが更に撤回されては泣いても泣ききれないと思い、慌てて固く口を結んだ。そして跪いたまま、地に頭をつけんばかりに平服した。

 驚いたのはアーチルだけではない。後ろに付き従った番兵も、重臣たちも、言葉が無い。乱入者の言には理があるものの、それを全面的に受け入れ、そして全面的に許すなど。高い矜持に見合うだけの高い自尊心を備えている主の寛容さが、想像の埒外だったのだ。

 その場にいる全員が呆け気味な中、ウルフリックは側仕えに指示を出し、先程の言葉が嘘偽り無いことを証明した。

 一介の兵士が、首長すら納得していた決定を覆した。凄いものを見たと皆が感心していたとき、ウルフリックは今一度、皆を困惑させることを口にする。

 

「彼の錬金術師については、形式としては入隊後、間を置かず除隊が許可された、という形になる。まぁ書類上のことだから然程時間はかからぬはずだが…………いや、その男、やはり欲しいな」

 

 アーチルの頭が再び真っ白になる。重臣達も困惑する。今、たった今、美しき主従の絆を以て良い落とし所に落ち着いたのではなかったのか、と。 

 しかしウルフリックは、先程のイーストマーチの主に相応しい厳威纏う空気を放り捨て、悪戯でも思いついたかのように片側の口角を上げている。

 

「アーチルよ。お前は私を諌めるためであれば、信義のためであれば、その者がどれほどつまらぬ男であっても同じ行動をとったのだろう。だが幾らかは、男の非凡さに感化されたのではないか? この男との約束のためなら命をも賭けられる、と。実際、報告を聞くだけでも並ではないことは明白である。できることならば私の私兵としたい。指揮能力があるのなら、方面軍を任せても良いかもしれない。ガルマルでは無いが、説得する時間が欲しいな。……そうだ、我が軍の者ではないにも拘らず無理を言うのだ。給金どころではない。多額の迷惑料を支払うべきだ。それも彼の者が困惑するほどの。そして毎日使いをだし、根負けさせるのだ。金と誠意を以て当たれば、仮にスカイリム中にこの件が広まったとしても、不義理と思う者は少ないだろう。強引さへの嫌悪より、寧ろ厚遇ぶりに羨望の眼差しが集まるのではないか? もし上手にことが運んだのなら、「我も我も」と優秀な戦士たちが我が宮殿に詰めかけるやもしれん」

 

 ウルフリックの言葉は、始めこそアーチルへ語りかけるものであったが、途中からは誰に聞かせるでもない独白の様相を呈していた。そこに、アーチルにとっては間が悪いことに、一連の裁定に不満を持っていた一部の重臣が同調し、あれよあれよと言う間に件の旅人の処遇が決まって行く。

 アーチルは反対意見を述べようとしたが、どうにも身体に力が入らない。その場で姿勢を崩さないでいることで精一杯になっていた。一度は死を覚悟して直談判し、主の恩情により命を拾った。その全身を浸す安堵感から抜け出して、再び決死の覚悟で物申せるようになるほど、アーチルという男の心身は頑丈にはできていなかったのだ。

 結果、錬金術師を名乗る彼の旅人の処遇は、入隊後即除隊。しかしその身柄はウィンドヘルムから遠くない土地に、首長の我儘、という形で留め置かれることになった。アーチルに出来たのは、男の赴く土地を、主からの使者が日帰りで訪ねるのにやや苦労する程度の距離まで離すことだけだった。

 アーチルの胸中には、成し遂げた達成感と、それが台無しになった虚無感と、それらを覆い潰す巨大な疲労感が残った。

 

 

 

 

 

 会議も終わり、謁見の間から所変わってウルフリックの私室である。ここには現在、部屋の主とガルマルの二人だけがいる。

 

「さて、ウルフリックよ。お前にも何か考えあってのことと思いあまり口を挟まなかったが、随分と大盤振る舞いが過ぎたのではないか?」

 

 先の会議(乱入案件)でのウルフリックの裁定に対してガルマルが物申すが、ウルフリックは何事もないとばかりに返してみせる。

 

「ガルマル。今の私はすこぶる機嫌がいい。何故かわかるか?」

 

 少々話をそらされたようにも思い、また自分の質問に答えが得られなかったガルマルは、やや憮然として「『優秀な戦士』が現れたからではないのか?」と答えるが、ウルフリックは首を振った。

 

「あんなものは演技に過ぎん。腕の立つ戦士自体はいつでも軍に加えたいと考えていることに間違いは無いが、戦争は一人の優秀な戦士によって行われるものではない。……かつて力を求めてグレイビアードを頼った私が言うのだ。間違い無い。

 今回の件で素晴らしい点は二つ。

 一つは、私が裏で仕込みなど行わずとも、兵の中から私に諫言するために命を張ろうという者が出たことだ。

 これは完全に硬直した組織では有り得ない。私はこれまで、少々強引にことを運んで来た自覚があったが、この分なら然程問題もあるまい。そして彼奴を許した話は瞬く間に広まるだろう。自称錬金術師への勧誘などどうでも良い。今日の一件をもって、私と我がストームクローク軍の名声は高まり、参加希望者は増え続けるはずだ。私が『清廉なノルド』の姿を見せ続ける限りな。人は見るものを望むように見る。如何にソリチュードが帝国とつながろうとも、如何にバルグルーフがこちらへ靡かずとも、市井のノルド達が味方につけば意味は無いのだ。

 もう一つは、『私が“見せたい”と思う姿』が兵士にも共有されていると確認できたことだ。

 図らずも、アーチルは私の理想像を語った。勿論、全てのノルドがそのように考えているとは間違っても思わんが、しかし彼奴一人だけの思い込み、ということもあるまい。あれは良くも悪くも平均的な善性のノルドだ。同意見の者はそれなりにいるだろう。つまり、先の一点とも重複するが、私のこれまでの方針は間違っていなかった、という確認がとれたのだ。これは大きいぞガルマル。人心を動かそうと工作すれば、余程巧妙でもなければどこかに痕跡が残る。そしてそれは不審と嘲笑の種に変わる。しかしその手の労苦を経ることなく、我々は望ましい結果を手にしているのだ。これが上機嫌とならずにいられるか? お前の言う大盤振る舞いはついでのようなものだ」

 

 ウルフリックの下す件の旅人の処遇については、実のところある理由から既定路線であった。裁定までの問答は、それを少々演出して見せたに過ぎない。だからこそ、旅人については『優秀な戦士』以上の価値を見出してはいない。寧ろ、今回、自分にとって良い結果を齎した駒の内の一つ、という認識が強い。それに人は美談を耳にしたとき、つい穿った考えを持つ者も出てしまうものだ。だからこそ、主従の美しい絆の話では終わらせずに、ウルフリック・ストームクロークという一人の人間の欠点が垣間見えるよう意図的に仕組んだ。それにより、いわゆる『出来過ぎた胡散臭さ』を消そうとしたのである。つまりは、旅人を留め置いた件についても、演出に過ぎない。

 ガルマルは、そんな饒舌なウルフリックの独演を黙って聞き、思った。政治のわからぬ自分では、年下の友であり主でもある男の考えが正しいのか間違っているのかの判断がつかない。しかし、これまでの方針が良い結果を齎したと浮かれる男を見て、言わずにはいられなかった。

 

「ウルフリック……。やはりお前が上級王になるべきだ」

 

 

 

********************

 

 

 

 翌日の昼前、一人の子供を連れたアーチルが沈痛な面持ちで訪ねてきた。曰く、しくじった、と。そして私達を急かすように詰め所から連れ出し、馬車に乗せて走り出した。本人は別で馬に乗っている。

 移動しながらしきりに詫びを入れられるが、それだけでは全く要領を得ない。「誠意を見せたいのなら、包み隠さず全てを話してくれ。長くなっても構わないから」と少々突き放した物言いをして、やっと少しはまともになった奴に顛末を催促をした。

 奴はきまり悪そうではあるが、ぽつぽつと少しずつ話し始めた。

 要してみれば、曰く、前日の内には首長への報告は叶わず、代わりに幹部へ訴えたが失敗。そのため、軍規違反を承知で書類改竄のうえに偽の命令を発した。その後、つまり今日。首長を含めた重臣達にことのあらましを伝え、説得を成功させる。私のストームクローク軍入隊こそ避けられなかったものの、除隊は既定路線となった。

 ……が、首長までもが色を出し始めたので、鉱山採掘村にてほとぼり冷めるまで我慢してほしい、とのことだった。

 

 アーチルの長い独白を聞いて私の胸中に浮かんだのは…………

 

 …………この男、無茶をし過ぎなのでは? というものだった。

 あまり神妙な態度で切り出すものだから、もっと状況は如何ともし難く、この男は流されるまま長いものには巻かれていたのかと思った。しかし実態は、己と種族の誇り、それに首長への忠節に命をかけ、出来得る限りのことをしてくれたように思う。

 寧ろ、何故この男はここまで恐縮しているのだろうか。

 たしかに、結果として私との約束を完全に守ることは叶わなかったが、状況が然程悪いとは思えない。首長はこちらの道理を認めたうえで、少々子供じみた駄々をこねているだけだ。計画が遅れるのが痛いと言えば痛いが、その程度は首長とアーチルの顔を立ててやっても良いだろう。おそらく、そのほうが後々良い結果となるはずだ。馬車に同乗している砦の者に目配せしても、察して頷いてくれた。

 以上から私としては、大満足、とはいかずとも特に不満は無いのだが……アーチルは約束を守れなかった一点について、非常に気に病んでいる。生真面目過ぎないだろうか。他人事ながら少々心配になる。

 

 そのあたりを伝えようと口を開きかけたが、まだ続きがあるらしい。

 

「そこでだ。お前の任地に、私の子を連れて行ってくれ。名はトルドス。今回の経緯は伝えてあるし、俺の思いも、こいつの使命も言い含めてある。()()()()には好きにしてくれて構わない。これが俺にできる最大限の詫びの印だ。かえって面倒だと思うかもしれんが、呑んでくれると有り難い」

 

 要するに人質ということか。『首長に私を諦めさせる』という約束が果たされなかった場合、最悪殺してしまっても良い、と。私が思うに首長の説得くらいならどうということはないのだろうが、ガルマルだったか? 他にも強硬派の重臣が横槍を入れて来た場合、どうなるかはわからない。そのため、と。

 ラーナルクを引き取ってから、以前より子供に対して当たりが柔らかくなったと自覚する私だ。あまりこういう話は好みでないのだが、当の息子もその気でいるらしい。ラーナルクより少し上、といった程度の年で、大したものである。既に戦士の教育を受けているのだろうか。となれば、言うだけ野暮か。幼くとも戦士であると主張するのなら、それは尊重せねばなるまい。

 任地については、ウィンドヘルムから馬車で南東へ一日程度進んだところにある、鉱山採掘村だそうだ。

 武具の生産量を徐々に増加させているストームクローク軍にとって、鉱山は資源確保に重要な地だ。それなりには賑わっているのだろう。あばら屋に住まわされてラーナルクが風邪を引く、ということもあるまい。そのへんの開拓村ではないあたり、アーチルがせめてもと気を遣ったのだろう。悪くない。

 ……実を言うと、一件についてブレックスに使いを出すまでもなく、砦の者が少々伝手を使い首長に働きかけていたのだとか。曰く、万一の事態あれば、自分の裁可仰ぐ必要なく、最良と思われる行動を取るべし、と。それ故、砦の者は夜の内にウィンドヘルムの有力者にあたり、首長と面会させ、ことを穏便に済ませるよう話をつけたのだとか。このあたりは、組織として運営するギルドより、一人一人の裁量が大きいブレックス一味の即応性が役立った形であろうか。何にせよ助けられた。交替の際には、私が礼を言っていたと伝えてもらうことにした。当然、本人にも礼は言った。「役目ですからなんてことはありゃしません」とは功労者たる砦の者の談である。

 閑話休題。内を固めたい首長は有力者を無下にするわけにもいかず、要求も然程重いものではない。寧ろ有力者への貸しとして呑むだろう。なんなら、自らの指導力を誇示するため、強硬派を率先して抑えるくらいはしてのけるかもしれない、とのことだった。ウルフリック・ストームクローク、派閥の領袖に立つだけあって、それなりにはやり手なようだ。扇動力だけの男ではないらしい。

 私は否やの無いことをアーチルへ伝えた。

 

 ほっとした顔を見せたかと思うと、今度は再び神妙な面持ちを見せた。忙しい男である。

 

「それから、あの馬鹿についてだが……」

 

 あぁ、なるほど、そちらもあったな。私達を面倒事に巻き込んだ張本人であるのだから、話題としては重要だな。目の前の男の意外な大冒険の印象が強くて、一時、頭から抜け落ちていたが。それに、ギルドが動く以上、私の中では済んだこと、という認識が強い。私とラーナルクの安全に比べれば、優先度は極めて低い。

 聞くに、男はウィンドヘルムの豪商の息子らしく、根底ではストームクローク軍と私に良かれと思って行動した、正しく確信犯だったようなので、直接的にはせいぜい首長からお叱りの言葉を受けて終わりだろうと。まぁ、強硬派が眉を顰めながらもそれを採用してしまっているあたり、そんなものだろう。

 

「そちらについては、私の友人達が動いてくれている。何もしなくていい」

 

 私のすました様子を不審に思ったのか、アーチルは顔を近づけ声を落とし、眦を釣り上げて問うてくる。

 

「……殺すのか?」

 

「いや、そういったやり口は()()の流儀に反するらしいのでな。安心するといい」

 

 そう言うと、しばし表情をころころと変えながら迷ったような顔をして、終いには脱力してしまった。殺されるのと、殺されたほうがマシな目に遭うのと、どちらが有情であるか悩んだのだろう。矛を納めてくれたあたり、一応の納得はしたのだろうが。

 

「いやはや、初めは優れた戦士と知り合ったかと思ったが、とんだ食わせ者だったな。……採掘村でのことだが、錬金術が使えるのは本当だよな?」

 

 勿論である。そのために私は効率主義のデーモンによって、字の読み書きと錬金術の詰め込みという拷問染みた促成教育を受けたのだ。というか、立ち寄った村々で実演してみせたろうに。アーチルがそれどころではなかったのは理解できるが。

 

「私がお前に嘘を言ったことはまだないはずだが?」

 

 私の言に対し、アーチルは今日初めて皮肉げに笑ってみせた。

 

「『義によって』、は嘘だろう?」

 

 ……ばれていたか。

 

「すまない、失念していた。たしかにそれは嘘だ。あのときは、サルモールの愚か者から攻撃を受けた私怨と、衛兵隊に貸しを作りたい打算から動いた。最もお前達を混乱させずに済むかと思い口にしたが、騙ったことについては謝ろう」

 

 謝罪を発する側と受ける側が入れ替わったことが面白かったのか、アーチルはカラカラと笑う。

 

「この分では、()殿()の言うノルド的美徳についても、幾らか怪しいのではないかな? ……いやいや、構わんとも。冗談だ。それにどうしてだろうな。お前に助けられた直後よりも、こうして話している今のほうが、お前という人間を好ましいと思っている。俺は自らに課すだけではなく、他者からも認められる正しきノルドでありたいと思っているはずなのに、そこから外れるお前が何故か嫌いになれない」

 

 それはお互い様である。私とて、眼前の男を一度は面倒を嫌って部下諸共殺そうと考えたのだ。つい二日前のことである。悪い男ではないと感じつつも、その程度のものだった。しかし今は、気安く交わす会話が心地良い。

 

「アーチル。我が父母と信仰する太陽にかけて誓おう。()()がどう転ぼうとも、お前の息子は無事に返すと。まぁそれまでのあいだは、倅の遊び相手として暫く借りておくことにするよ」

 

 アーチルは破顔して、握手を求めてきた。私はそれに応じ、他に二三言葉を交わしてから、馬車は任地へ、アーチルはウィンドヘルムへと戻っていった。

 計画に遅れが生じるのは面白くはないが、ラーナルクを鍛えてやる時間ができたと思えば、全くの無駄な時でもあるまい。それに今日は気持ちの良い陽気である。急ぐ旅でもなし。私は馬車の荷台に毛布を敷いて子供二人を寝転ばせ、手綱を握って到着を待つことにした。人生、成るように成るのだ。

 

 

 

********************

 

 

 

 ウィンターホールドにて一人の男が、まだ日も高いというのに寝台で伏せっている。

 壮年などとうに過ぎ、中年とも呼べなくなり、老年、それも老境に入った力無き老人である。

 そこいらの物乞いが聞けば、怒りのあまりに廃材でも持ち出して「何が『力無き』か」と殴り掛かるやもしれない。なにせ老人は、首長会議(ムート)への参加権を持つ、ウィンターホールドの首長その人なのだから。しかし老人は自らをそう自覚していたし、近しい人間からも、概ね同様の認識を持たれている。

 たしかに、庶民に比べれば広い家にも住んでいる。銀器を始めとした調度品も多少は揃えている。しかし、その程度の暮らしは、ウィンターホールド以外の諸都市であれば、豪族、豪商程度でも、わけもなく整えることができる環境である。首長の暮らしぶりとしては、侘しいことこの上ない。

 

 老人は、その生まれが建前上持つ権威とは裏腹に、多くのものを持たないまま生を受けた。

 老人が産まれる、ほんの少し前のことである。ウィンターホールドに大災害が起きた。大きな揺れを感じはしたものの、それ自体に被害はほとんど無かったため、当時の首長を始めとして、不思議なこともあるものだと日常へ戻ろうとした。しかし、時を置かずに()()()()()()()()()のだ。

 誰にも、どうするもできなかった。海は幾度となく町に押し寄せ、その度に土を、岩を、陸地そのものを削り取り、当然の如くそこに居た人々や建てられた家々を呑み込んでいった。大学も、己が居城を守らんと、魔法結界が正しく作動しているかの確認に奔走している有様で、余裕などは全く無かった。古の英雄とて、この未曾有の事態の前では同じく無力であっただろう。

 

 生き残った皆が呆然としていた。そして現実感の無いまま、ある事実に気付いてしまった。寒冷地であるスカイリムの中で最も地域の多くを凍土に覆われたウィンターホールドにおいて、家無くして生きていくことが可能であろうか、と。答えは誰に教わるでもなく自明であった。否、である。

 誰も彼もが、ふわふわと足元の定まらない奇妙な浮遊感を覚えていた。心の弾む躍動感などありはしない。文字通り地に足がついていないのだ。それ故か、いち早く立ち直った首長の号令により、家を持つ者は家を失った者達をそれぞれ自宅へ招いた。首長自身も、砦と邸宅が流されたため、多少裕福な者の家に転がり込んだ。市民としては、上位者の声があったとはいえ、深く考えないままにわかりやすい善性に突き動かされた、というのが実状である。それ故か、暫くの後には住民同士で争いが絶えなくなった。

 町全体が大きな被害を受けたのだ。運良く直接的被害に合わなかった者でさえ、生活はすぐに苦しくなる。そこに、家を持たず多くは食い扶持を稼ぐ手段すら流されてしまった者達が同居しているのだ。初めは互助精神で招き入れた同じ町の仲間を、いつしか厄介者と感じるようになった。家を持たない者達としても言い分はある。面倒をかけているのは承知していても、現状でできる限りのことはしているのだ。これ以上どうしろと? 寒風吹き荒ぶ野外で過ごして、朝には冷たく硬くなっていろとでも?

 町への被害の他にも、それらの閉塞感や険悪な空気に耐えかねて、多くの者がウィンターホールドを去っていった。

 

 かつてウィンターホールドは魔術大学と共に歩み、スカイリムの中でも栄えた都市であった。しかし二百年近く前に起きた『オブリビオンの動乱』により魔術師そのものへの不信感が高まった。それを受けてノルドを中心に、魔術も魔術師も信用ならない。ノルドは鋼と己が肉体こそを信ずる。そういった世論が形成されていった。元々あった気風を叫ぶ声が相対的に大きくなった結果である。そこに此度の大災害だ。長い時をかけて培われた不信感が「大災害は大学が引き起こした」という噂を生み、ウィンターホールドと魔術大学の仲は決定的に引き裂かれた。

 ウィンターホールドは大学の影響で他の土地に比べて非ノルドが多く住まうとはいえ、あくまでそれは比較的の話で、主な住民はノルドである。またスカイリムの一都市であり、地方を運営する首長一族もノルドである。そのような()()もあり、一度引き裂かれた仲を修復することは生半ではなく、事実、大災害から現在まで、成し遂げられてはいない。老人は、町が加速度的な衰退を見せ始める、その時分に生を受けた。

 老人はウィンターホールドの繁栄など知らない。現在の住処ですら、大崩壊後に建てられたものであり、大崩壊以前とは比べるべくもない。しかしそれらは、老人には不幸なことに、老人が『老人』ではなかった当時の年嵩の者達からすれば、忘れ去るには記憶に新しかったのだ。影も形も無い、現状ではありもしない栄光の日々。そのような()()を聞かされて育った老人は思った。「では、何故今の我らは貧しいのか」と。

 老人とて馬鹿ではない。理屈では理解している。だからこそ声を大にして言いたかった。叫びたかった。懇願したかった。「俺に、在りし日の話をするのはやめてくれ」と。だがそれは、ウィンターホールドを治める者として、許される行いではなかった。老人は呪いとも言える話に耳を塞ぐこともできず、いつしか憎悪と、それすらも叶わぬと理解してからは諦念、冷笑、絶望を友に人生を過ごした。

 どうかすれば、ウィンターホールド再興の道もあったのかもしれない。しかし、首長の息子に生まれたというだけの凡人であった老人には、それを成し遂げることはできなかった。老人は、『持たざるもの』であった。

 そんな老人を寝室の屋根裏から覗く者がいる。その者は、老人とその周囲を監視するよう指示されていた。今はまだこのまま、()が来るまでは、と。

二〇、のあとに二〇改を投稿しました。大筋としては変わりませんが、アーチルの行動とウルフリックの人物像を掘り下げました。元の話と改と、どちらが良いか、よろしければアンケートにご協力ください。

  • なんとなく二〇のほうがいい。
  • スッキリしていて、二〇のほうがいい。
  • なんとなく二〇改のほうがいい。
  • 読み応えがあって、二〇改のほうがいい。
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