DARK SOULS → SKYRIM でまったり()スローライフ()   作:佐伯 裕一

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蠢動 ウィンターホールド復興
二二、二度の謁見


「では、少々くどいと思われるやもしれんが、最後にもう一度だけ言わせてくれ。そなたの力、私のために奮ってはくれまいか?」

 

「申し訳ございません、閣下。御身には、我が身に余る褒賞と礼を尽くしていただきました。それ故、そのお心遣いを固辞し続けることが本当に正しい行いなのか、私自身わかりかねているほどにございます。しかし、今の我が姿を見て、亡き父祖がどう思うかが、この身には最も重要で、最も恐ろしいのです。万が一にも、閣下のお心に沿うた私を父祖が見て『金に絆された』などと無礼な見当違いを抱いてはなりません。何せ一度こうと決めれば絶対に筋を曲げない、古い考えのノルドなものですから。誠、悩ましいことですが、御恩有る閣下にそのような愚かな考えを向けぬとも限りません。ならばこの身は一度、ウィンターホールドの復興のため働き、然る後に閣下がお立ちになられた際には、非才のこの身が何のお役に立てるかわかりませんが、微力を尽くす所存にございます。

 我が身は卑しき旅人にも拘らず、英傑たる閣下に繰り返しお心を砕いていただいたこと、それこそを我が名誉とし、堂々と彼の町へ赴きたいと、そう考えます」

 

 私の口上にウルフリックは表向き残念そうにしながらも頷き、脇に控えていたアーチルへと目配せをした。そしてアーチルが更に脇に控えている官吏に目配せをすると、ずっしりと重そうな箱を恭しく掲げながら私の前まで持ってきた。

 

「ではこれ以上の引き止めは無粋であろう。だが、そうだな、あえて言わせてくれ。友よ、これは我等の友情の証である。断じて褒賞などではない。そなたの旅の無事を願い、また、我等の再会を願うがための物だ。どうか遠慮せずに受け取ってほしい」 

 

 首長が自らの()()を引っ込め、()()の証として金銭を送るという。これを受け取らなければ、こちらが無粋となり首長の顔を潰すことになる。政務に携わる者というのは、どうしてこう、こちらの逃げ道を塞ぐ真似が好きなのか。とはいえこれも()()()()どおり。ならば少々大袈裟に驚いてみせようか。

 

「なんと! ……誠に恐れ多いことではございますが、我が身を友とお呼びくださる閣下のお心意気、有り難く頂戴する次第です。些事から大事に渡りこの身を気遣っていただけましたこと、重ね重ね御礼申し上げます」

 

 鷹揚に頷くウルフリックと、主君の寛大さに感じ入っているアーチルが対照的で少しおかしい。あの男、それなりに後ろ暗いことも解するはずなのに、主のこととなると少々盲目的ではなかろうか。まぁ、言うだけ野暮か。

 アーチルの反対側に控える厳しい男、先程手合わせしたガルマルが、こちらは私を引き止められなかったことを本気で悔やんで不機嫌顔を曝している。此奴は此奴でまたウルフリック第一というかなんというか。私の中でウィンドヘルムの印象は、『一本気だが面倒臭い』に固定されつつある。

 

「では、達者でな、友よ。身体を厭えよ。……退出を許可する」

 

 最後の一言を合図に、私は跪いたまま更に深く礼をする。そのあいだにアーチルが私の側まで歩み寄り、同道しつつ謁見の間から退出した。

 まだだ、もう少し。あと少しで王の宮殿から出る。出口が見えてきた。私は現在、一応とはいえ賓客であるため、番兵は戦斧を捧げてから石突で地を叩く儀礼を見せ、私達が扉を潜り旅立つのを祝福している。……今少し。

 更にやや進んだ交差路で曲がり、小声でアーチルに衛兵の目が無いか確認する。呆れを含みつつ「もう誰も見ていない」と聞こえれば、どっと身体から力が抜けて溜息が出る。

 

「疲れたぞアーチル。何も手隙の文武仕官達を並べ立てての拝謁である必要はなかったろう? こっちは庶民なんだ。あんまりいじめてくれるな」

 

 私の愚痴混じりの文句に対し、アーチルは皮肉げに笑う。なんでも、歌にまでなった私の謁見を、あまり簡素にはできなかったそうだ。ということは……。

 

「つまり私はお前のとばっちりを受けたわけか。え? 『義侠のアーチル』よ。歌の主役はお前だろうが。まったく、有名人の知り合いを持つのも楽じゃないなあ」

 

 今度はアーチルが人目を気にしながら私の口を塞ぎにかかる。現に、近くにいたものが「アーチル? あの?」と振り返り彼を見る。まだ慣れないのか、恥ずかしがった本人が私の背を押して宿屋まで駆けさせられ、ラーナルクと付き人二人を回収。そのまま郊外の衛兵の詰め所近くの厩まで追い立てるように連れ出された。

 

「お前、これが恩人に対する態度か!?」

 

「それはそれ、これはこれだ! それにお前だってあれだけ暴れて何が『錬金術師』だ! 少しはそれらしくしろ! 大体、お前が私にかけた苦労を忘れてはいないからな。お前の処遇を問いに閣下の下を訪れたときのあの怪訝そうな表情。顔から火が出るかと思ったわ! 」

 

 あぁ、そういえばそんなこともあったなあ。一年もいると、色々あるものだ。そうだ、丁度いい。詫びにもなるし、この場で渡してしまおう。

 

「それはまぁ、すまん。詫びと言えば少々仰々しいが、これを受け取ってくれ。敵を攻め滅ぼすより、味方の命や矜持を守る戦いをする男だと思い、盾が相応しかろうと用立てた。軍で使いづらければ、家の適当な場所にでも飾っておいてくれ」

 

 言い争う様子から一変して、アーチルから呆然とした声色で「これは、『黒檀』か?」と聞こえる。そう黒檀である。私の知識ではその名は樹木のものであるのだが、この地では黒檀と言えば鉱石である。おそらくは黒檀色の鉱石、黒檀鉱とでも呼ぶべき代物だとは思うのだが。何せ私ときたら、黒檀を用いた上等な家具など見たことが無いのだ。やもすればロスリックあたりで目にしたかもしれんが、判別できなければ同じこと。鉱石である黒檀がどの世界でも当たり前の常識、と強弁された場合、私には反論の余地がない。

 余所事を考える私を前に、こんな高価な物は受け取れないだの鬱陶しいので、持ち手の下を見てみろと言い放つ。アーチルが覗き込んだあたりには『義侠のアーチルへ』と嫌がらせのような文言が彫り込んであり、要するに受け取ってもらわなければ困るのだ。売るにも売れまい。勝ったな。

 

 文句があるような恐縮するような奴を置いて、私達は戦勝の喜びに呵々と笑い、進む。多少気が済んだので振り返ってみると、大きく手をふるアーチルと、隣に、詰め所で私達が通るのを待っていたのか、トルドスと一人の女性が見える。奥方だろう。しまったな、浮かれた勢いそのままに出立したが、一声かけていけば良かったか? いやしかし、今更戻るのもな。

 トルドスもラーナルクに手を振り、ラーナルクも振り返す。奥方は私と目を合わせると、深々と腰を折った。正直、こちらも迷惑をかけたし、何よりトルドスはラーナルクの友となってくれた。あまり下手に出られても困る。夫への気安い様子でも見せるか。

 

「壮健でな! アーチル!」

 

「お前も! もう妙な一団に捕まるなよ!」

 

 サルモールのことを言っているのであろうが、若干自虐にも聞こえる。おかしくなって、後ろ手に手を振りながら笑ってしまう。良い旅立ちである。

 

 

 

 ブリニョルフからイーストマーチでの長逗留が終わる報せを受け取ったあとは、なかなか忙しない日々であった。まず、私は私で残っていた依頼を片付けつつ、村の者共に追加で薬の作り置きをこさえてやった。代金は取らない。こちらの特別な事情を聞いていた故とは思うが、余所者に良くしてくれた村人達だ。恩に報いたかった。

 そして私達より一足先に、トルドスを親元へ返した。「お役目が」と躊躇ったが、私が無理に行かせた。トルドス自身の生真面目さもあったのだろうが、実際的に役目は果たしているのだし、それならば一年も心配しどおしだったはずの母君の下へ返してやりたかった。それに、ラーナルクが別れ難くなるのではないかと気を揉んだということもある。……こちらに関しては杞憂であったが。あれはトルドスとの別れの際、涙を堪えて、再会を誓っていた。ひたすら忙殺されていた私の知らぬ間に、随分と成長したようだった。そのうちの幾らかは、トルドスが齎してくれたものかもしれない。そう考えれば、一年耐え忍んでくれたトルドスと、息子を送り出してくれたアーチルには感謝の念を抱くばかりである。そのあたりを汲んで、黒檀の盾にあまり恐縮しないでもらえると嬉しいのだが。

 

 そして、一応は首長に挨拶が必要だろうとウィンドヘルムまで辿り着けば、その日のうちに謁見の日取りと、受け答えの取り決めを首長の側仕えから伝えられた。その際、「くれぐれも口外せぬよう」と念を押された。一介の兵士と首長のあいだに起きた美談は、美談のまま綺麗に締めたい、そういうことなのだろう。別段否やは無かったので、了承の旨を伝えた。

 

 そう、美談と言えば、アーチルの直訴とウルフリックの寛恕は、ここウィンドヘルムで歌になった。ウルフリックのほうは既にイーストマーチの頂点であるからして滅多な二つ名は付けられないと敬遠されたらしいが、その点、というか、その分も含めて、というか、兵士であるアーチルには遠慮無く付いた。それもあまりに真正面から褒めちぎるせいで、名乗るには少々恥ずかしいヤツがだ。おかげでアーチルは、町中で名前を呼ばれるのを嫌がっている。楽しむなり、二つ名に相応しい男になるなりすれば良いのだ。とはいえ、奴の虚飾を嫌う性格は、私としても好ましいと思うものではあるのだが。

 そんなふうに歌に関して、確かになかなか聞かない話ではあるから無理もない、と思っていたら、付き人の一人が「十中八九首長の喧伝です」と教えてくれた。物を知らぬということは恐ろしいことではあるが、物を知るということは、いくらかの楽しみを失うことであるのかもしれない、と思った。まぁ、私に予定調和な謁見をさせる首長だ。言われてみれば、いや言われずとも少し考えればその可能性に行き着く。となると、呑気に「自然と詩人が作った歌だ」と信じていた私が間抜けという話になり……本当に我が頭脳は戦闘以外ではものの役に立たんと実感した。

 

 閑話休題。一味の者曰く、直訴を経て、首長からアーチルへの信用は高まったらしい。正確に言えば、その後の私の処遇を巡る混乱時に奴が何も情報を得ていない樣を見て、直訴を含めてこちらとの関与は無い、純粋な行いだった、とそのように判断されたようだ。考えてみれば、直訴直前に裏工作が行われているのだ。直訴なんぞという血迷い事の裏には、身の安全の保証があった、と解釈するのが自然とも言える。しかし、何も知らされず顔を潰される形になっても愚直に説得を続ける姿を見て、それは忠義の臣のものであると首長自身が感じ入ったのだとか。私としては、首長はどうでも良いが、アーチルの評価が確かなものになったのなら、喜ばしい。仮に何か面倒事が起きても、その名誉が奴の身を守るだろう。少なくとも、ウィンドヘルムにおいてはそのはずだ。

 

 そして首長との謁見となったのだが、途中、重臣のガルマルが私との手合わせを望んだ。予定には無かったのだが、どうにも私の身柄を諦められなかったようだ。首長は眉をひそめ、アーチルはおろおろと慌てていたが、寧ろ形式張った謁見に飽き飽きしていた私としても好都合であった。気分転換になればと応じ……なかなか楽しかった。奴は両の手に戦斧と戦鎚を持ち挑みかかって来たため、私もそれに合わせてグレートメイスとルッツエルンで相手をした。本来、槍を除けば長柄など、一対一では扱いづらい代物である。それを二本も持ち出すなど、余程の力自慢が多数を同時に相手取るため、つまりは戦場で稀に見る程度のはずだ。その『稀』を私個人に用いたあたり、ガルマルなる男も祭り好きだったのだろう。合わせて四本の長柄が乱舞する樣は、傍から見ればなかなかに壮観なはずだ。本気で勝ちなり殺しなりを望んでいたのなら、両の手にあったのは、どちらも剣であったはずだ。人一人を相手取るにはそちらのほうが相応しい。実際、双剣を扱うだけの技量が無い男には見えなかった。

 幾合か打ち合い、頃合いかというところで奴の獲物を弾き飛ばした。驚いた顔は見せたが、すぐに引き締め、負けを認めた。周囲も沸き、首長も一安心。……とここまでは良いのだが、腕前を(じか)に見たことで、ガルマルはかえって諦めがつかなくなったらしい。口を閉じている分別はあったものの、謁見の最中ずっと、イーストマーチを離れる私を恨めしそうに見ていた。負けたのだから諦め給えよ。

 

 その後は先述のとおりである。強いて言うなら、トルドスとの最後の別れを済ませてからのラーナルクが、少々大人しい。歩みは止めないが、何やら考え込んでいる。聞き出しても良いが、本人なりに思うところがあるのなら、しばらくは放っておいてもいいのかもしれん。友にも「子煩悩」と言われてしまったことだし。不味いことになりそうなら、無理にでも聞き出す必要もあろうが……。いや、私より付き人達のほうが上手に解決できるかもしれん。親でも師でもない絶妙な立ち位置にいる連中だ。だからこそ話せることもあるだろう。ちなみに、歩いているのはラーナルクの希望だ。子供だけを歩かせるわけにはいかんと皆が歩いているため、荷台の軽いマルッコは機嫌がいい。

 色々と考えることはあるが、良い旅日和である。

 

 

 

 

 

 ウィンドヘルムからウィンターホールドまでは、リフテンからウィンドヘルムまでの日程を鑑みると、然程のものでもなかった。とはいえ、旅路が順調だったためではない。無論、そもそもの距離が違うと言えばそうだが、ウィンターホールドへ近づくにつれ、村が徐々に減っていくのだ。話には聞いていたが、地方の都が廃れるということは、その地方全体の問題なのだと、私はある意味このとき初めて実感した。実際の荒廃具合というものは、伝聞だけではなく、現地に足を踏み入れなければ理解できないものなのかもしれない。

 結果、どうせ野宿するのなら進めるだけ進んでしまおう、とばかりに歩き続ける羽目になった。幸い、食料や水はウィンターホールドまで問題ないだけの量を積んである。それに、道中で時間を浪費しない程度に狩りを行ったため、食事はそれなりのものだった。

 更に、やたら距離が稼げたのは、ラーナルクが大人と遜色ない足で歩き続けたためであり、その目には何か決意のような光が見えた。無理はしないように、と強く言い含めてはおいたが、()()()()()()ときもあるだろう。そう思い、なるべく本人の勝手にさせておいた。いざとなれば、荷台に乗せてやればいいだけの話ではあるのだし。しかしあの様子では、大人しく荷台へ収まったか怪しいものである。歩き切ってくれたことは、素直に誇らしく思おう。

 

 数日の旅を経て、ウィンターホールドの町に着いた。ここでも、覚悟していた以上の衝撃を受けた。私はこれまで首長の座す町を三つは見てきた。リフテン。ホワイトラン。ウィンドヘルム。それらは五大都市と呼ばれる、スカイリムの中でも栄え、力を持つ町である。眼前のウィンターホールドとて、在りし日には大変な栄華を誇っていたと聞く。それがどうだろうか。これは、村だ。これを町だとか砦だとかと呼ぶことは不可能だ。これは、村である。私はこれを復興させると大言を吐いたのか。我が二人の友は、その世迷い言を実現させるために知恵を絞ってくれたのか。何度目であろうか。友の恩を知らず、のうのうと過ごしていた自分を殴りたくなるこの気持ちは。付き人二人も、私の気持ちを察したのか、黙っている。いや、肚の底では呆れているのかもしれない。「何を今更」、「お前が言い出したんだろう?」と。ラーナルクは……きょとんとしている。そうだろうな。散々聞かされていた目的地が、町や砦を名乗る村だとは思わないだろうからな。

 

 私がなんとも言えない感傷に浸っていると、一年と数ヶ月ぶりのべらんめえ調が耳朶を打った。

 

「おう、随分待たせてくれるじゃねえか。あの爺様が持ち直してくれたから良かったものの、そうじゃなきゃ次代樣を丸め込まにゃならんところだったぜ」

 

 今しがた感謝と申し訳無さと同時に抱いた友の一人が、そこに居た。傍らにはいつもどおり微笑みを浮かべたハンの姿が。おそらく、他にも砦の者達が町に散っていることだろう。それはそうと、今の言は友の優しさのはずだ。ならば乗らねば無粋というもの。

 

「何を言う。そちらの工作と連絡の不備によって、私は待ち惚けを食らわされたのだ。この頭目殿は『お待たせしてしまい申し訳ない』くらい言えんのか」

 

 ブレックスは「うるせえよ」と私の脛を蹴りながら、町へ誘う。たしかに、入り口でいつまでも棒立ちでいては、町の者に訝しまれよう。見たところ厩は無いようだが、宿屋か首長の砦になら馬車を止めても文句は言われまい。

 ……と思いきや、通り過ぎた宿屋にも、見える位置まで近づいた首長の館にも、馬車を収められそうな厩らしきものは無かった。……これは最悪の場合、マルッコと馬車はギルドや砦の者の移動用と割り切ってしまうほかないかもしれん。というか、首長が住まうのも砦ですらないのだな。館か。

 再度感傷に浸りかけた瞬間、館の陰からもう一人の友が顔を出した。

 

「さて、俺のほうは叔父貴と違って久しぶりでもないから特別言うことはない…………はずだったんだがね。兄弟、町の実状が衝撃的で、動揺しているだろう?

 あのなぁ、君が計画を口にした当初に、俺も叔父貴も『世間知らずの発言だなぁ』なんてことは思ったさ。それをとっくにやり過ごして、そのうえで成れば上がりはデカいと踏んだから、みんなして兄弟に協力してるんだ。世話をかけただの何だの今更思うのは、随分水臭い話じゃないかと俺は思うぜ」

 

 隣のブレックスも、憮然とはしているが、同意見らしい。ハンはいつもどおり微笑んでいる。ブリニョルフは皮肉げの得意げだ。私はこみ上げるものを堪え、腰を深く折った。

 

「私もくどいのは好かん。だからこれっきりだ。今まで、私の預かり知らないところも含めて、苦労をかけたと思う。ありがとう。そしてこれからも苦労をかける。よろしく頼む」

 

 顔を上げて「以上だ」と締めれば、二人は揃って「応!」と力強く頷いてくれる。ハンは微笑みが深くなり、ただの笑みである。頭目殿の力を存分に振るえる場が嬉しいのだろう。

 しかし、二人して色々と察しが良すぎないだろうか。それを零すと、「手前がわかりやす過ぎんだ」とまた蹴られた。理不尽である。更にはブリニョルフまでもが「嘘や詐術を用いる者が少なかったのは、ロードランやロスリックの数少ない良心だったのだろうね」などと際どい冗談を口にする。いやまぁ、私の様子からまた察した故の言であり、実際、騙すくらいなら力づくで奪いに来る者ばかりだったのはたしかではあるが。()()()()嘘つきなど、坊主頭の賊くらいしか思い浮かばんしな。

 

「さて、件の爺様はもう中で俺達を待ってる。謁見するのは俺、ハン、ブリニョルフ、手前の四人だ。……本当はフレイを呼ぶべきなんだが、名代のブリニョルフで行く。というか、しばらくこいつは手前にかかりっきりって()()になる。ちと理由があってな。後で話す。てなわけで、手前は物陰で旅装から錬金術師らしいローブに着替えてこい。あ、謁見は二度に分けて執り行う。一度目は表向き。二度目は悪巧み用だ。そんときは『銀鎧』で行くからな」

 

 どうにも色々と気になることを言われたが、まずは謁見に集中すべきだろう。しかし、ここで同胞団とバルグルーフの面子を潰した銀鎧が関わってくるのか。以前「まだ」と語っていたその()が来たということなのだろうか。それとも「まだ」先か。

 馬車を付き人に預け、館から離れたところにある廃屋の陰で装備を替える。武器は……一応持っておこう。言われてから、預けるなりなんなりすればいいはずだ。このスカイリムでは、旅の者であれば、剣の一本でも持っていなければ、かえって怪しまれる。気が利かないと思われるやもしれんが、儀礼的なやり取り、というのも必要な場合もあるはずだ。それに、余程問題があれば二人が注意するはず。ひとまずブロードソードを帯びておけばいいだろう。

 着替えを終えて出ていくと、ブリニョルフとブレックスもそれなりの装いに変わっていた。私が銀鎧となるとき、おそらく二人も盗賊の鎧に身を包むのだろう。『演出』というものがそれなりに大事であることは、私も多少は理解している。

 

「それから、事前情報として伝えておくがな、爺様を引き込んだのはいいが、魔術嫌いは変わっちゃいねえんだわ。だから錬金術について聞かれても、生業に選んだのは適正があったから、くらいに抑えとけ。

 そんで本題はこっからだ。奴さん、蓋を開けて見れば、魔術どころかこの世の全てを嫌って、いや、憎んでいやがる。可能な限り全部ぶっ壊しちまいたいんだと。愛しきウィンターホールドも、愛しきノルドも、大学も、スカイリムも、帝国も、サルモールも、何もかもだ。俺からすればイカれてると言うしかねえんだが、「何もかも」には手前自身も入んだとよ。「儂とてウィンターホールドのノルドであるのだから、当然の話であろう?」だと。

 正直、それを聞いて爺樣があてになるのか際どいと思ったんでな。一度は、表舞台から退場してもらおうかとも考えた。しっかし、当の爺樣がえれえ乗り気なのよ。それも自分の立場をよく弁えてな。そうなると、いつ芋引くかわからねえ若い次代樣よりは、後のことなんざ知ったこっちゃねえってな爺様を担いだほうが、俺等も幾らか動きやすいやと思ってよ。

 まぁぶっちゃけ、その破滅願望のおかげで味方に付けられたって側面もないではねえからな。諸々鑑みて、都合がいいと判断した。あとは…………」

 

 ブレックスの、謁見における注意事項が続く。聞こえてはいる。一度目の謁見は通常のものであるため、周囲の者に対しても粗相の無いように。大丈夫だ。つい先日、ここよりずっと大きな宮殿で謁見を済ませてきた。大丈夫だ、聞こえている。しかしどうにも足元が定まらない。聞こえて、理解はしていても、言葉ではなくどこか()()()()()として捉えている自分がいる。

 ウィンターホールド首長とやらの為人を簡単に説明された途端、何か嫌な予感、嫌な臭いがしたのだ。友の言葉を借りるなら、「同類」のそれだ。決めつけるのは早い。世を儚んでいても、似て非なる考えを持つのが人という生き物だ。だからいたずらに恐れる必要はない。多分、大丈夫だ。二人が私の様子を見て心配している。「大丈夫だ」と答える。事ここに至って、何の問題がある? ないはずだ。きっと思い過ごしだ。

 だが、だがもし思い過ごしではなかったなら、その老人は、幾星霜の遠い過去に置いてきた、不死人となる以前の私ではなかろうか?

 私は老人を前にして、まともに受け答えができるだろうか。いや、大丈夫だ。わからない。

 

 

 

********************

 

 

 

 新しくこのウィンターホールドに居を構え、錬金術を用いて町の者の助けとなりたい。そう願い出た一行との謁見を済ませ、奥に下がった。

 謁見そのものには、特段、言うべきこともない。私が首長として願いを聞き届け、許しを与えた。今は使っていない廃屋を修繕して住まう。ついては、修繕が成るまでは宿屋に逗留し、資材は全て自己で負担する。その条件を申し出たため、こちらの懐も痛まぬとして、好きな屋敷を使うよう申し伝えた。尤も、今では何が屋敷で何が工房で何が店舗であったかなど、わかりもしないが。

 それより、だ。夜になれば肚を割った話ができる。この日をどれだけ待ち望んだことか。先の形式だけの謁見などにどれだけの意味があるというのか。必要だとは理解していても、気が急いて仕方がなかった。早う奴等に会いたい。幼い頃より陰鬱な町の空気に当てられてきた私だ。このように気分が高揚した試しなど、我が生涯において初の出来事ではないだろうか。それだけでも素晴らしき日だというに、このあとにはまだ本命の()()()()が残っているのだ。

 あぁ、早う夜になれ。日よ、疾く落ちよ。

 

 

 

 寝所で休んでいると、いつもの如く屋根裏らしきところから声がする。曰く、支度が整った、と。

 私は妻を起こさぬよう寝台を抜け出し、厚着をしてから書斎を目指す。春とはいえ、ウィンターホールドの夜は凍えるには十分に冷える。私は、出来得る限り長く楽しみたいのだ。身体には気をつけねばならん。病になんぞかかっている暇は無い。しかし、心身、とは言えぬあたり、我ながら笑止なことよ。とうに心を病んでおる自覚を持ちながら、何の手も打たずに来たのだから。しかしそれが故に、彼奴等と手を組むことになったのだ。人生、何があるかわからぬ。あぁ、だからこそ面白いのだろう。人の世とはなんと楽しきものか。

 

 夢心地のまま歩き続け、書斎に辿り着いたとき、部屋の中には謁見のときと同じく四人の男がいた。違うのは、うち三人は上質な仕立ての装いから、黒革の鎧に。一人は錬金術師のローブから、燭台の微かな灯りですら目に眩しい、綺羅びやかな銀鎧を纏っていた。よもや騙りとは思うておらなんだが、こうして目の当たりにすると、感慨もひとしお、といったところだ。

 

「貴様が音に聞こえし『銀鎧』か? ホワイトランにて、同胞団を嬲り、バルグルーフの面子を潰したという」

 

「閣下、者共から『直截な受け答えを』と伝え聞いておりますればそのようにいたしますが、一つ訂正いたしますと、同胞団は嬲ったわけではございません。彼等とは尋常に手合わせをいたしました。結果として、私以外の皆が昏倒したまでのことです」

 

 さて、この銀鎧。今のは皮肉か? それとも、誠、胸中ではそう思うておるのか? どちらにせよ面白い。なるほど、常人離れした男は、頭の中身も同様らしいな。「それを『嬲った』と言うのよ」と笑えば、「失礼いたしました」と一礼する。此奴とのやり取りは面白いな。

 私が銀鎧を楽しんでいると、銀鎧からも一つ聞きたいことがあると。何ぞ不備でもあったか? 彼奴等のあいだで情報の共有はなされておらんのか?

 

「者共から、閣下はあらゆるものを『壊したい』のだと伺っております。それは誠にございましょうや? また、『あらゆるもの』とはどの程度までを指しましょうや? 範囲や、程度の問題です。そして、そのために必要とあらば、様々な忍耐を経ることが可能でしょうや?」

 

 なんと恐れ知らずなことか。小なりとは言え首長に向かって「必要な我慢ができるか」だと。場合によっては首を刎ねられてもおかしくはないぞ。やはり此奴はどこかずれておる。

 

「知れたこと。あらゆるものをとは文字通り全てよ。この世にある人、物、町。それに形無きものも。尊厳、常識、伝統。それ等全てを言うておる。……しかし惜しいかな、貴様等の訪ねてくるのが遅かったわ。儂の寿命がそこまでは保たんだろう。故に、我が望みは出来得る限り多く、大きく、既存の()()を壊すこと。それが大筋では貴様等の願いに沿うのであろう? だからこそ、貴様等と組み、力を貸すことを決めた。……答えはこれで良いか?」

 

 銀鎧がまだ何か言いかけたが、賊の一人が制した。少々つまらんとも思うが、家人に怪しまれぬうちに話を済まさねばならぬのも事実。頃合いであろう。

 

「では閣下。不肖ブレックスが、我等の描く絵図をご説明いたします。

 まず、この銀鎧を大学へ送り込み、ウィンターホールドの町の復興に助力させます。その際、閣下より御信任状をいただくことになるかと存じますので、何卒お願い申し上げます」

 

「良い。そして町としての力を取り戻すまでは、ことを動かすことまかりならん、と言うのであろう? そのための忍耐をと。案ずるな、承知のうえだ。続けよ」

 

「では、その後についてですが、閣下には上級王イストロッドへ首長会議(ムート)の開催を要求していただきます。イストロッドが没した場合は、おそらく次代であろうトリグへ。名目は『タロス崇拝禁止に揺れるスカイリムの行く末について』です。これは、応じられずとも構いません。その場合、閣下の御名を以てスカイリム全ての首長に触れを出します。名目は先と同様。しかし上級王が動かなかったとあれば、上級王頼りなし、そのような風聞は広まるでしょう。それまでにこちらで、ウィンドヘルム、リフテン、『ドーンスター』、『ファルクリース』の首長達からの参加表明は得ておきますので、触れにはその件を添えていただきます。それにより帝国派の首長達も、上級王の布告ではないにせよ、全くの無視を決め込むことは下策となります。そして閣下には、いずれかの会議において、スカイリムのノルドの代表として立っていただきたいのです。可能であれば、ウルフリック・ストームクロークと同等程度の旗頭としての地位を得てくだされば、言うことはございません」

 

 黙って聞いていたが、思わず吹き出してしまった。愉快だ!

 

「ノルドすら壊してしまいたい儂をノルドの代弁者に仕立て上げるか! ブレックスと言ったな。貴様、悪であるな。

 それで、仮にことがうまく運んだとして、ストームクロークの小倅は焦るであろうな。彼奴は大多数の支持を得て上級王に就きたがっているはずだ。老い先短いとはいえ、儂に『ノルドの顔』の席を奪われては、それも遠退くであろう。今以上の強硬派にならざるを得んな。

 それで行き着く先は……、なるほど、貴様、再びの大戦を起こしたいのだな? 儂とあの小倅が互いに頭を取り合いながら、帝国、ひいてはサルモールとがっぷり四つに組む、そのように仕向けると言うのであろう。壊れるものの規模が計り知れんな!」

 

 限界だ! 我慢できん! 家人が起きようが知ったことか。今は、腹の底から湧いて出てくるこの笑いが身を壊さぬよう、吐き出すしかない!

 ブレックスなる賊は表情一つ変えぬまま、僅かに心外だと声色に乗せて告げてくる。

 

「積極的に大戦を引き起こすことが望みではございません。我等の稼業において、帝国はまだしもサルモールは邪魔なのです。しかし昨今のアルドメリ自治領の隆盛著しく、これを取り除くには、国家を巻き込まねばなりません。

 先の大戦において、サルモールは帝国から一つずつ手足を奪い、当たる敵を二つにまで絞った後に軍を発しました。今度はこちらが同様に動きます。既に、ブラックマーシュ、『エルスウェーア』、『ハンマーフェル』には工作を仕掛けております」

 

「成程な。皇帝が『帝国の下、一つに』と呼びかけたところで誰も聞きはせん。しかし連合軍として、横暴なサルモールに対抗しよう、であれば、自治を望む者等は話に乗るやもしれんの。ハンマーフェルは、帝国には裏切られたと思っておろう。直接矛を交えたサルモールへの憎悪は言うに及ばず、と。そしてそれが成ったなら、貴様等はこのスカイリムで自由に励むことができる、というわけだな。

 まぁ、儂が見るのは全て、とはいかんだろうが、多くの血が流れるだろうな。否やは無いぞ。概ね、それを軸として良きに計らえ」

 

 最初は銀鎧に笑わされたが、このブレックスという賊、いや男、なかなかどうして悪党である。此奴がある程度好きに動けるよう、便宜を図ってやらねばなるまいな。

 これから面白くなる……と思ったところで、少々物音が聞こえる。何人か起きたか? 水を差しおって……。いや、私が羽目を外し過ぎたのか。自制し、長生きをと思うとるのにまったく、阿呆なことよ。

 ブレックスに今日これ以上に何かあるか聞けば、概略は全て伝えたとのこと。「ならば今宵はお開きであるな」と告げ、寝所へ戻った。

 案の定、目を覚ましていた衛兵や妻から、何かあったのか、と聞かれたが、適当に誤魔化した。

 さて、私は私で寿命と戦わねばならん。彼奴等の絵図を為すのに何年かかる? 完全に成るには更に何年かかる? そのとき私は生きてはおるまい。だからこそ、少しでも長くこの楽しい楽しい戯れに参加し続けるためには、日々の養生が肝要である。夜分に悪巧みをしておいてなんだが、夜更しは厳禁であるな。




そろそろ、盗賊ギルドの外でも原作と乖離させていこうかなと。身内での打ち合わせを飛ばしての悪巧みだったので、次回はそのあたりの認識共有です。

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