DARK SOULS → SKYRIM でまったり()スローライフ() 作:佐伯 裕一
少しぶりの
いや、正確に言うならば、やらかした直後は少しだけ慌てた。しかし色々と考えるうちに段々と、「これはどうにもならんのでは?」との思考が脳内を占めて行き、それに伴い精神の沈静化が起き、今に至っている。
この落ち着いた気を持ってすれば、右手に握った『クラブ』も、それに殴打されて倒れている怪しげな魔術師も、この灰色の景色も、静止した周囲の人間も、なんということはない……ように思える。思えるったら思える。
首長たる老人との謁見を終えてから大学訪問までの日々は、瞬く間に過ぎていった。
まずは、修繕する廃墟の選定。そして住民への挨拶。そして錬金術師である私へ立て続けに舞い込む依頼の処理。それらを熟していれば、予定していた半月という期間はあまりに短く、結局私が大学へ足を向けたのは、それから更に一月が経ってからであった。
老人からは修繕を条件に適当な廃墟の利用、専有を認められている。そこで、宿屋を仮の住処としながら、首長の館と町の入口の中間地点にある、それなりに大きな
貴族ではないが、衛兵隊への指揮権をも持つ首長の側近となった場合、住んでいる家がみすぼらしいのでは格好がつかない。元々土地の者であれば為人も知られており、『清貧』でとおるかもしれんが、私は余所者なのだ。誰に対してもわかりやすい
それにこれは、私にある程度の財力があることを、町の住民へ喧伝する意味も兼ねている。錬金術という暮らしの助けになることが可能な職能を持ち、ある程度裕福な新しい住民。初めのうちは多少警戒はされるだろうが、慣れてくれば、頼りにされるだろう。食い詰め物がやってきた、と思われるよりは何倍もいいはずだ。それに、私の下にはギルドと一味の者が交替で詰めることになっている。頻繁な人の出入りがある以上、寧ろ財力なり何なりが無いほうが不自然である。
ちなみに、人足は主にウィンドヘルムの『灰色地区』と呼ばれる貧民街に住む『ダークエルフ』を雇用している。ノルド至上主義を地で行くウィンドヘルムにおいて彼等は常に肩身の狭い思いをしており、日銭を稼ぐのも楽ではないのだとか。私の選定した屋敷の修繕作業にはそれなりの時がかかるはずであり、雇う人数も相応なものなので、彼等に払う給金もまた然りだ。私にとっても彼等にとっても良い話と言える。
が、当のダークエルフ達の中に、というか半数以上が、ウィンターホールドでの普請を面白くなく思っているようだった。二百年前のオブリビオンの動乱当時、大学には多くのダークエルフが所属していたらしい。しかし、動乱以降は日に日に肩身が狭くなり、町を離れざるを得なくなった、という経緯があるそうだ。そして、時が経った今でもその被差別の痛みは引き継がれている、と。気持ちは理解できるのだが、自ら人足に応募しておいてガタガタ抜かす姿勢に腹が立ったので、いくらか撫でてやってから告げた。「いずれはウィンターホールドの町全体を、『人種の坩堝』とする予定である。カジートもアルゴニアンもエルフもそこいら中を闊歩するようになるから、気にするな」と。私達は大陸中から魔術師を集める予定なのだ。寧ろノルドこそ少数派となり、大きな顔をすることはまかりならなくなるだろう。ノルドを含めて憎む老人の笑みが目に浮かぶようである。
とはいえ、いつまでも宿屋暮らしでは面倒も多く、屋敷の修繕が済むのは早ければ早いほうが良い。資金面に一切の不安は無いため、人足は十分に雇っている。私個人で言っても、錬金術と魂石充填や付呪、それにウィンドヘルム首長から下賜された多額の金銭がある。また、ギルドや一味からの援助もある。私は案外、金満なのだ。そうして多くの手を確保したとしても、材料の問題がある。木材や石材、それに建築用の金具は近隣の村や町で買い付けているが、一度に買える量にも、一度に運搬できる量にも限度がある。何せこのウィンターホールドという町は、街道もろくに整備されていないのだ。本当に無い無い尽くしである。そのため、買付け分にだけ頼っていては屋敷に住むのがいつになるかと危惧し、実は町の外れ、それも今にも海へ落下しそうな崖側の廃墟の建材を、夜中にこっそり拝借している。工具を使えば大きな音が立ち訝しまれるが、私が、柱一本、梁一本と少しずつ人力で運んで普請場に置いておく分には、発覚することも無いだろう。利用に耐え得るかの可否は、現場で判断すれば良い。人足を総動員して廃墟を解体するのが最も合理的ではあるのだが、住民感情を鑑みると、やるにしてもそれは今ではない気がする。そのような理由から、もし、深夜に目を覚まし、星明かりだけを頼りに柱を担ぐ男を見た者がいたとすれば、それは蜂蜜酒の飲みすぎだ。少なくとも私の下へ来た住民がそう話したのなら、私はそう答え、二日酔いに聞く薬を処方するだろう。
錬金術師としての活動も、心配していたほどのことは無かった。何せ長く錬金術師がいない町であったのだ。病に侵されようが、節々が痛もうが、「いつものこと」としてやり過ごすしかなかった住民達である。私が低価格で薬を処方していけば、たちまち諸々についての話を聞かせてくれるようになった。私も、頭目殿から『いっぱし』を名乗る許可を得てから、既に一年半以上が経とうとしている。その間、リフトからイーストマーチ、そしてここウィンドヘルムにおいて、実地で活動してきたのだ。薬品作成の腕前だけでなく、診察のほうも慣れたものである。そうして違和感無く住民の不調を聞き取りながら、世間話としてウィンターホールドの町や大学についての話を聞くのだ。
耳に入る多くは、やはり「大学憎し」である。大災害の原因と信じ切っている住民にとっては致し方ないと思いつつ、このあたりは、首長たる老人とアークメイジの手腕に期待するしかない。なんなら、共同で声明を出させても良いかもしれない。「大災害に大学は一切の関わり無し。町と大学は、互いに力を合わせ、在りし日の栄華を取り戻さん」と。
大災害当時のアークメイジは、同じく当時の首長に向けて、大災害との関与を否定し、関係の悪化を危惧する手紙を送っている。大学側のその考えが変わっていなければ、大学は町から向けられる一方的な悪意を面白くなくは思っていても、根本では町に寄り添うことが巡り巡って大学のためになると理解しているのだろう。共同声明によって住民感情が改善されるのなら、大学側の歩み寄りはそれなりに期待できる。このあたりは、頭目殿の考えのとおりだろう。それにあの老人にしても、心配は無用なはずだ。なにせ「計画のため」と口にすれば、自分を便利使いすることを許すような為政者だ。それに、住民を困惑させ、「今までの凝り固まった考えを否定できる」というその一点において、嬉々として参加しそうではある。助かるような、困ったような。どうも私は、あの老人を庇護対象のように見てしまう。図体の大きなラーナルクのようだ。
閑話休題。まぁ共同声明云々も、『町の復興』という実益が目に見えてからやっと受け入れられる類の話であろう。何の利も無いままに仇が仇ではなかったと聞かされても、住民の悪感情が緩和されるかは怪しい。何か切掛が欲しいところである。
時々、「何で大学のことなんか気にするんだ?」と胡乱気な視線を投げかけられるのだが、「薬の材料に必要な珍しい品が、大学でしか手に入らないらしい」と答えれば、一応は納得してくれた。目の前の錬金術師は自分達住民のために忙しなく働いており、大学に目を向けるのも、結局は自分達のためだと言う。いくら大学を嫌っていても、その状況で献身的な錬金術師たる私を責められる者もおるまい。いても周りが止める。
悪感情といえば、宿屋の主人だけは住民の中でも例外的に大学への悪感情を抱いていなかった。理由は、大学への食料供給の仲買人を務めているから、らしい。要するに、町の大多数から蛇蝎の如く嫌われる相手が、お得意様なのだ。仮に巧妙に隠しているだけで本当は嫌っていようとも、表に出すことはないだろう。やはり実利である。そのあたりからうまく攻められれば良いのだが。
それから、計画とは全く関係の無いことではあるが、ラーナルクが私に稽古を就けてほしい、と頼んできた。たしか、大学訪問の予定がずれ込んでいるなと思ったあたりだったため、町に着いて半月頃だったと思う。
ウィンターホールドに到着して数日後から、あれは誰に言われるでもなく夜明け前には起きて、走り込みを続けていた。日中も短剣の素振りを行ったり、また走ったり。昼餉の後には決まって仮眠をとり、起きれば夕餉までのあいだ中、あちこちを走り回っている。この町は然程広くなく、そのうえ塀らしい塀も無い。危ないからあまり遠くにいかないように、と言いつけた結果、
人の顔色を窺うのとは違い、周囲の様子をよく観察できていたことにも感心したが、最も驚くべき変化は、床に就く際、私を待つ頻度が減ったことだ。今まではどれだけ瞼が重くなろうとも私が床にやってくるのを待っていたあれが、自分の中で線引をしたらしい。この程度なら待つ。それを越えれば、朝に響くから寝る。そんなふうに。イーストマーチでの採掘村からこっち、色々と本人なりに考えているようだとは思っていたので、本人のするがままにしていたが、私が考えているよりずっと早く、あれは子供ではなくなろうとしているようだ。それがいいことなのか、悪いことなのかはわからない。ただまぁ、私としてはあれが自ら望むことであれば極力叶えてやりたいと思う次第なので、稽古を付けてやるくらいはどうということもない。添い寝の時間が減ることをラーナルク自身が呑み込めるのなら、錬金術師としての作業は夜半に回しても一向に構わないのだし。
そんなわけで、久しぶりに私直々に愛息をしごいてやることにした。とはいえ一日に見てやれる時間は限られているため、一日一種。それも昼餉前のみである。場所は屋敷の普請場の近くだ。私の付き人が目を光らせている中で手を抜く者はいないだろうが、子供とはいえ稽古の様子を見れば、多少は背筋も伸びるというもの。それに、住民の目が多い場所で行い、子供をいたぶっている、などとあらぬ誤解をかけられたくはない。走り込み自体は、毎日続けさせる。
まずは短剣術。その特徴は、無手に近い速さと手数、そして接近時の選択肢の豊富さだ。
懐に潜り込めば、甲冑が相手でも急所に刃を差し込める。それも難しいと思えば、得物の短さを生かして素早く納め、投げに移行してもいい。肘や蹴りを織り交ぜるのもいいだろう。相手の得物の扱い辛い距離に貼り付いたまま、自分だけは、拳、柄打ち、体当て、短剣、肘、膝、蹴りと、距離と緩急を織り交ぜて戦う。短剣術の幾らかは無手体術だというのが私の持論だ。握った短い刃に全てをかけるような者は、ごろつきか亡者くらいしか私は知らない。
指導方針としては、かかってくるラーナルクの悪手を指摘しつつ、ひたすら転がすだけだ。考えなしに思われそうだが、短剣術は相手の懐深く飛び込む必要性から、危険だと思えば不格好でも距離を取らなければならない。ならば受け身をとりつつ転がって離脱するのも手だ。それを教えたいがため、という意味もある。
あれは短剣術の稽古ではすぐに傷だらけになるため、まめに回復をかけてやる。私はその後、仕事に戻るが、夕餉まで自分なりにひらすら鍛えるせいか、短剣術の日は死んだように眠ることが多い。
次に投擲術。不意打ちに良し牽制に良し。何より、投擲物以外に何も装備が必要無い、という点が最も素晴らしい。身軽であるという事実は、ありとあらゆる場面で有利となる。
投擲術は、投擲紐を用いたものと、素手での両方を行う。人によっては全く違う業だと考える者もいるが、私に言わせれば、手から物体が離れる瞬間、投擲物へどの方向にどの程度の力が加わってているかを感じ取れれば、あとは慣れである。対象との距離や風向きを考慮しつつ軌道を予測。それに沿うように放つ。言ってしまえばそれだけだ。指先の微妙な制御が利けば、物がナイフであれ石であれ火炎壺であれ、思った場所へ着弾させられる。
ちなみに、投げるのはどちらの腕でも行うよう指導している。利き腕のみでしか使えないのなら、不意打ちが難しくなる。それでは勿体ない。
投擲術の日も短剣術同様、体全体に疲労が溜まるせいか、同じく死んだように眠る。自覚の有無は別として、手首、肘、肩を酷使することになるため、寝ているあれの腕を揉んでやる。
そして弓術。ハンが寄越した子供用の弓では、既に若干弱くなっていたため、私の手持ちから無強化の『ショートボウ』をやることにした。これでも物足りなくなれば、改めてこちらの素材で作ればよいだろう。
弓術に関しては、私自身の使用頻度が極めて高い割に、細かいことはよくわかっていない。なにせ、文字どおりの死物狂いで覚えたのだ。「いつの間にかできていた」が正直なところである。
徒党を組んで襲いかかる亡者共の接近を拒むため、素早く引いては射ち、射っては引く、を繰り返した。体感的に、引き始めは背中から肩にかけての力を用い、次に腕の力、という気がしている。しかしこれも、自己の筋力と弓を強化するにつれて、おざなりな引き方でも相手を殺せるようになってしまったため、今ではほとんど意識していない。ラーナルクにしても、今少し体幹ができてからが本格的な稽古になるだろう。無強化のショートボウを用いる場面があるとすれば、投擲で牽制しつつ短剣術で止めを刺したほうが安全で確実かと思われる。
弓術の日は特に利き腕が疲労するため、揉んでやる。また、指先の皮が剥けて痛む度に回復してやった。そんなことに耐える暇があれば、一射でも多く射ち、腕の限界を迎えたなら走ればいい。一見甘いようだが、実のところそうでもない。
そして剣術。といっても、現状ではラーナルクに鉄製の剣を持たせると自身が剣に振り回されてしまうため、木剣での素振りのほかにすることがあまりない。せいぜい目を鍛えさせようかと、盾を構えさせ、そこに私が打ち込む、といった形をとっている。……どうも剣術というよりは盾術の稽古になっている気がするが、まぁいいだろう。どの道、両手で盾を構えている段階で気にすることでもない。
剣術の日が最も怪我も少なく、精神的な疲労も軽いのか、あれは私の就寝を待っていることが多い。毎日毎日必ず限界まで追い込まねばならん道理も無いだろうと、今はこれで良しとしている。
ラーナルクは日に日に教えを呑み込んで行くし、私も愛息との時間がとれて喜ばしい。採掘村と違い、倅の鍛錬を人任せにせずにすんでいる、という実感が嬉しいのかもしれない。身勝手な親ではあるが、親子のどちらも損はしていないのだから、許してほしい。
ウィンターホールドの町に久しく鳴らなかった大工仕事の音が響き、住民達も大なり小なり抱えていた不調から立ち直り、町全体にいくらかの活気が戻った頃、私の大学訪問と相成った。まずは、マスターウィザードのサボス・アレン、そしてエンシルなる男と接触し、味方につける。そのうえでアークメイジを説得し、町の復興に協力させる。別途、エンシルにはブレックスからの手紙を渡す。大丈夫だ。やることはきちんと覚えている。
余談ではあるが、首長閣下は私の大学訪問について、計画が進行していることには愉悦を覚えるものの、憎い住民に活気が戻ったことには腹立たし気であった。本当に困った老人である。仕方が無いので、「いずれは彼等も計画に巻き込まれる身。束の間の喜びを享受させてやれば、それが壊れたときの絶望もまた、より大きくなると言うもの」などと言って機嫌をとった。段々と御し方がわかってきた気がする。私の口の回りについては、盗賊連中のそれが伝染ったのではないかと思われる。
更に余談ではあるが、長年悩みの種であった腰痛から解放された老婆が、ほか数人と共に見送りに来てくれて、「気をつけて行くんだよ」「何か変なことをされそうになったら、大声を上げて逃げるんだよ」と声をかけながら、気付けの一杯とばかりに蜂蜜酒を渡してくれた。別に、これから敵地へ単身乗り込もうというわけではないのだが。しかしどうにも世話焼きな老婆の好意に頬が緩んでしまい、「注意して、行ってきます」などと返してしまった。私に祖母がいればあんなふうだったのだろうか。
ウィンターホールドの町から続く、宙に浮く細道のような足場を登り、大学へと歩を進める。
よく見てみれば、大学の設備である細道には崩れている箇所がいくつもある。細道の足場は崖を越えた空中にあるわけで、その高度も相まって危険極まりない。何故修繕しないのか。大学も資金難なのだろうか?
足元に注意しながら進んでいると、細道の途中に、広場と言うには狭すぎるが、人が数人並んで立てるほどの空間が確保された場所に出た。そこに一人のダークエルフがいる。
「やぁ、ウィンターホールド魔術大学へようこそ。私はサボス・アレン。大学には何か依頼があって? それとも学徒となりに来たのかな?」
いきなり目当ての人物と邂逅してしまった。しかも、最近、やさぐれたウィンドヘルムのダークエルフと触れ合い、それに慣れていたせいか、眼前の男の気さくさに若干面食らった。大学関係者が皆
私が余所事を考えているのを怪訝に思ったらしい。いかん、その手の思考はいつでもできる。私はサボス本人と、研究者エンシル、そしてアークメイジに用があることを伝えた。町と大学について、重要な提案がある、と。そしてその関係上、大学内をある程度自由に動けると助かることも。サボスはいくらか思考を巡らせ、それを続けながら浮かんだ考えをぽつぽつと口にする。
「さて、何やらわけありのようだな。私に、エンシルに、アグスか。あぁ、最後のはアークメイジの名だ。しかし私を含めたこの三人に用と言われても、共通点が無いせいで全く見当がつかないな。立ち話も何だが、部外者をあまり大学敷地内に入れるのも……。そうだ、いっそ学徒となってしまえば、大学内の施設は自由に使えるぞ。お前は何か魔法が使えるか? 学徒として迎え入れるには、最低限でいいから魔法の素養を確認することになっているんだ。例えば破壊魔法の初歩、火炎の魔法や、ほかにも回復魔法など、なんでもいい。灯火の魔法なんかでもいいぞ」
それでいいのかマスターウィザード。私が大学に害を為す気でいる人間であったなら、どうするつもりなのだろう。防犯意識が低すぎるのではと思うのだが。いや、私にどんな思惑があれど、それを抑えつけるだけの実力者がこの大学には掃いて捨てるほどいる。そういった自負なのだろう。つまりはこの気さくな男もそれなりの実力者、と。まぁ、でなければ大学の次席には就けんか。
私は、サボスが空間の中央に張った防御魔法に対し、呪術で『火の玉』を放つ。一つ見せれば十分なのだろうが、サボスは味方につけたい人物だ。一応、他の注文にも応えておこう。次に回復魔法を、と思ったところで、そういえばスカイリムでは他の魔術と同じく手から回復魔法を放つのであったと思い出した。私の回復は奇跡を用いたもので、多くは己を中心として効果を発揮する。あまりこちらの主流から外れるのもどうかと思い、滅多に使わない『放つ回復』を繰り出す。最後に『照らす光』の魔術を唱えて、サボスを見る。私としては良かれと思って魔法を披露したのだが、マスターウィザード殿の顔からは気さくさの欠片も無くなっていた。
「お前、いや君は一体どこでその魔術を? いや、結果はいい。予想し、求めていたものと概ね同じものが出てきたからな。しかし過程が、いやそういう問題か? 何がおかしい? この、火炎魔法でありながら火炎魔法ではない印象はどこから来る? 術の原理が根本から違うのか? そんなことがあり得る?」
独り言の中に疑問符をばらまいている様子が少しおかしくて、私の中に悪戯心が芽生えた。「こんなのもあるぞ」と、ソウルの矢を放つ。これを見たサボスの反応は劇的だった。「それは絶対におかしい!」だったのだから。失礼なヤツめ。
私に向かって叫んでおきながら、サボスは再び自問自答に没頭してしまった。「分類としては破壊魔法のはずだ。しかし火炎でも氷結でも雷撃でも無い。例えるなら純粋な魔力の発露。そんな術の体系は聞いたことが無い。あり得るのか? しかも発動の瞬間、周囲の魔力を取り込むような動きがあった。それが確かなら、あれは発動にのみマジカを消費し、その効果自体は周囲の魔力を用いるとでも? だとすれば恐ろしい魔力効率だ。火炎魔法の数分の一程度で数倍の威力を発揮することにならないか。なら、極大魔法と同じだけのマジカを込めれば、一体どれほどの威力に……」
自分の世界から戻ってこないので、手刀を食らわせる。「痛い!」と鳴いたあと恨めし気な視線を寄越すが、痛くしたのだ。その手の考察はあとでアークメイジやほかの研究員を交えてじっくりすれば良いのだから、今は早く中に入れてほしい。
「いやなんというか、取り乱してすまない。驚いてしまってね。試験は合格だ。というか君は学徒としてより、客員研究員として招いたほうが良さそうだ。私を含めて大学の研究者達は皆、君の使う奇異な魔術に興味津々となるだろうからな。悪いが、君自身の学ぶ時間を確保してやれるか、保証はできないぞ」
格好のおもちゃを見つけて、やたら機嫌が良さそうだ。大学に赴く前にブレックスが言っていたが、基本的に大学の人間は『魔術馬鹿』の『研究馬鹿』で、ほかのことはどうでもいい、という者が多いそうだ。この男もまた、その手合いなのだろう。何にせよ、目標としていた人物から好印象を得られたことは、成果と言えよう。
私はサボスに案内され、大学の門を潜った。門の内側には三つの塔が高い塀で繋がっており、それぞれ『達成の間』、『平静の間』、『元素の間』と名付けられているらしく、入り口が設けてある。門正面にある元素の間の扉が最も大きい。
それにしても驚いたのは、潜った門が近づいただけで独りでに動いたことだ。何処かに機械式の巻き上げ機を引く巨人が隠れているわけでもなく、本当に独りでに。サボスはこれも魔術だと言う。いつだったかも思ったが、こちらの魔法は自由度が高いように思う。……いや、違うな。ウーラシールにおいても、魔術式であろう昇降機が設置されていた。私が知らないだけで、ロードランやロスリックにも様々な魔術はあったのだ。少なくとも、私はシースが聖女達を化生に変えたその方法を知らない。件の昇降機の作り方も知らない。戦闘における発動の手順が異なる程度で結論を出すのは早計と言わざるを得ないだろう。こちらの魔法を学ぶ以外にも、その差異を通して私の魔法を更に高めることができるやもしれない。
……自らの探究心を呼び水に、否応なく、とんがり帽子の翁を思い起こしてしまう。シースの魔術如きで亡者になっている場合では無かったのだぞ。まだまだ学ぶことはあったのだ。馬鹿め。呆れるほどの探究心を持ちながら、何を満足しているのか。馬鹿め。
学院から逃れた暗殺者についても思う。彼は私との友情に殉じたとそう思いたいが、ここに彼がいればどうであったろう。世俗とは隔離された環境で、思う存分学ぶことができる。権力闘争の道具にされることも、卑しき者と蔑まれることもない。つまらぬ過去を思い出す暇も無く、魔術に没頭したのではないだろうか。
二人共、何故ここに居ないのだろうなぁ。
塀の中の広場中央に、巨大な魔術師の像がそびえている。それを横目に見ながら進む私を振り返り、サボスが怪訝そうにしている。いかん、感傷に浸るのは宿に戻ってからでもできる。今は役目に集中すべきだ。
元素の間に足を踏み入れ、実技演習場のような広間で待つよう言われる。サボスが、エンシルとアークメイジを連れてくるそうだ。手持ち無沙汰なため、演習場を眺めてみる。そこかしこに、明らかに自然発生したものではない光源が浮遊しており、全力で「ここは魔術師達の学舎だ」と主張しているようにも思える。例に出したウーラシールにもその気が無かったでもないのだが。なんだろう、魔術に精通している者というものは、それを誇りたくなるものなのだろうか。シースの書庫は……魔術的要素より、不快な音を撒き散らす巨大な機械式の楽器のほうが印象深い。あれは本当になんだったのだろう。蛇人がレバーを用いて音を鳴らした途端、元聖女達が狂乱したので、なにか思考か精神に作用する特性があったのかもしれないが。しかしそれは音の特性であり機械のものではない。時代を下ったロスリックならまだしも、ロードランにおいてはあのような仕掛けは書庫でしか見かけなかった。魔術を生み出しただけでなく、機械などの道具の作成にも秀でていた件の白竜の頭の中は、一体、何がどのようになっていたのだろう。
余所事を考えていると、サボスが二人の男を連れてきた。一人はブレックスと同年代らしきウッドエルフ。一人はフードで顔がよく見えないが、老齢のノルドかインペリアルといったところではなかろうか。
サボスが口を開き、私の「わけあり」を聞こうとしたその瞬間、世界が灰色になった。更には強い違和感が私を襲う。その出処はすぐにわかった。サボス達が静止している。状況的に、私を持て成す芸の類ではないだろう。もっと言えば、私の動きも阻害されている。酷く粘つく水の中にいるような感覚だ。
敵襲であろうかと身構えていると、私とサボス達の間に
だが、男は私の思いなどには一切頓着せず、まるで無視して、前置きも無く無遠慮に話を始める。
「
「うるさい」
気がつけば無強化のクラブで男を殴り倒していた。話が長い上に自分だけ理解している単語を並べ見当違いなことを捲し立て、結局聞きたいのは「訪問の理由は何だ?」と来たものだ。大体、生者だの死者だのと言われたあたりでかなり頭に来ている。そのあたりについては、私こそが最も真実を知りたいと願っているというのに。
本来、火継ぎを行えばダークリングは消えて不死人もいなくなるはずなのだ。暗闇に生まれた火。それによって齎された生と死の概念。その境界が曖昧になる象徴的な、文字どおりな
…………。
とはいえ、殴ってしまったことはまずかったかもしれん。酷く緩慢な動きであったはずだが、眼前の男には躱せなかったようだ。ひ弱だな。だが、まずは言葉を交えて相互理解を深めるべきだったのではないか、という気がしてくる。しかしなぁ、この男が人の話を聞いただろうか? いや、多分おそらくきっと駄目だったのではなかろうか。
それに現状をどうするか、だ。この時が止まったような灰色の景色、これは状況的に眼前の男の仕業だろう。しかし術者が気を失っても解けない類のものなのか? それとも、術内で静止していなかった私や男の体感時間でいくらか経てば、解けるものなのか? わからん。というか死んでないよな? ……よし、息はある。一応、回復しておこう。
ともあれ、この場で私ができることも無さそうだ。突っ立っているのもなんだしな。壁際にでも座って、男の覚醒を待とう。まったく、妙なことになったものだ。思えば、流石のシースや神々でさえ、時を止める術は持っていなかったはずである。暗月の彼が最も近いかもしれんが……。やはりこの地の魔術は、自由度が高いように思う。学びがいがありそうだ。そうじゃないか? ローガン。オーベック。