DARK SOULS → SKYRIM でまったり()スローライフ() 作:佐伯 裕一
また、ひね樣樣、誤字報告ありがとうございます。大変助かりました。
イーストマーチの鉱山採掘村逗留中のほとんどの時間をトルドスと過ごし、ウィンターホールドに腰を据えたラーナルクには、ある悩みがあった。詮無きことと思いつつも、どうしても浮かぶのだ。早く大人になりたい、早く大きくなりたいと願いつつ、こんな悩みを抱えること自体が子供の証明のような気もして、脳裏によぎる度、憂鬱な気分になる。
―――― どうして僕は、お父さんの本当の子供じゃないんだろう。
ラーナルクという人物を語るとき、その境遇に目を向ければ、多くは薄幸の少年と認識するだろう。
子供を顧みない、どころか疎んじてさえいる父親と、そんな男を夫としてしまった病弱な母の下に生まれ、挙げ句には
しかしラーナルクは、
一つ目は、年齢の割に随分と乾いた感性だ。
ラーナルクにとって親とは母のことを指し、父は既に父ではなかった。時々家に帰ってきては空気を悪くし、自分と母が飢えないだけの金を置いては出ていく人間。いなくなれば食い扶持に困るが、いても然程有難いと思えない存在。
それどころか、母の具合が良く、買い物に出かけているときなどは、何が気に食わないのか、家に残ったラーナルクを殴り蹴ることも珍しくはなかった。ラーナルクは母に心配をかけまいと必死に耐えていたが、何にせよ、それがラーナルクにとっての父であった。
だからか、母が死に、父から受ける暴力が頻発するようになったある日、家を追い出されたそのときも、驚愕のあまり立ち尽くす、などということは無かった。孤児は流石に不味い、と考え、けたたましい音を立てて閉まった扉の前で、父の情に訴え翻意させられそうな口上をいくつか思い浮かべてはみた。しかし、望みが薄いと判断すれば、すぐにその場を立ち去った。ラーナルクが父親と真に決別したのは、孤児になって数拍の後、という目を瞠るほどの早さだった。
二つ目、三つ目は、死を遠ざけるための行動力と、体験によって齎される知識を確実に己が血肉とし、それを元に思考を発展させる知恵だ。
亡き母親が、町の外には冒険が溢れているのだ、と話していたことを思い出す。それはつまり、冒険に見合っただけの危険を孕んでいる、という事実の裏返しでもある。酒に酔った父親の横暴にすら逆らえない自分に、町の外で一人生き延びる力が備わっているとは考えられない。おそらくは極めて困難なはずだ。
ラーナルクは幼いながらに思考を止めず、恐れではなく現実的な推察により、その脳内から、ホワイトランの外へ活路を求める選択肢を却下した。
そして四つ目は、『死なないため』とそう定めたのなら、必要と思われるあらゆる行動を一切躊躇わない胆力だ。ラーナルクはこれらを武器に、死の季節に打ち勝った。
まず、日中に休み、活動は夜と決めた。孤児になった初日、いつものように日が暮れてから眠ろうとしたところ、風や地面に体温を奪われ続け、本能的に「これは不味い」と悟ったからだ。ラーナルクは、体温、『熱』がそのまま『命』であるということを知った。
そういえば、死んだ母も徐々に冷たくなっていったことを思い出す。なるほど、死ぬとはこういうことか、と理解した。そして、死なないためには極力身体を冷やすべきではないと結論を下した。これから冬に入ろうという時期の孤児としては、最優先で解決すべき命題である。
そのため、城壁の窪みに廃棄された樽で風除けの囲いを作り、休息場所を確保した。足元には薪割り場からくすねて来た薪を並べ、その上には材木置場から同じ様にくすねた板を置いた。盗みを働いた孤児は嬲り殺しに遭う、とは以前より伝え聞いていたことだが、凍えて死ぬのも怒りを買って殺されるのも、大した違いはないだろうとラーナルクは考えた。とにかく、これで地面に直接触れず、風も防げる。
衛兵に見咎められては、一時家屋の軒下などに避難していた。そうしてほとぼりが冷めたら、同じ様に
時折、濃密な金属や煤の臭いが鼻どころか肺にまで不快感をもたらしたが、それだけだ。凍え死ぬよりはマシだと我慢した。しかし、鍛冶師はただでさえ自らの業を工房関係者以外の人間に見られることを嫌がるため、見慣れない子供が付近をうろつくことに神経を尖らせた。炉や作業場の陰で休める日は、幸運であったと言える。当時のラーナルクの語彙にはまだ存在しないが、何処ぞの不死人に言わせれば、「痛し痒し」と口にしただろう。
火を起こすことも考えたが、夜間警邏にあたるホワイトランの衛兵は、火災事故の元になる不審な火元を常に警戒している。ウィンドヘルムやマルカルスと違い木造家屋の多いホワイトランの町中で焚き火など、許されるはずもない。そもそも、薪をどうするのか、という問題もある。頻繁に盗みを働くのは危険を伴うと理解していたために、安易な行動は自ら死に歩み寄るようなものだと考えたのだ。
食糧事情についても、様々な動植物を獣の如く捕食することに、毛ほどの抵抗感も抱かなかった。
まず、手頃なところでは虫や鼠などの小動物を狙った。秋のあいだで最も優先度の高い獲物は、蝗虫であった。なにせ毒が無く、多くは冬を越せず死んでしまうからだ。冬でも探せば死体くらいはあるのだろうが、鳥などに食べられ目にすることは無くなるだろう。ラーナルクはせっせと蝗虫を捕まえては食べた。
秋から厳しい冬を通して春になるまで、蚯蚓にも大いに世話になった。しかし、土を掘る必要があることと、寒い季節は活動が鈍くなるのか、あまり数を見つけることは出来なかった。そもそも、道具も持たない子供に、穴掘りは重労働である。費用対効果が合わない。
越冬中の蜂の巣などはご馳走であった。蜂の巣は静かに回収して拾った麻袋に包み、タロス像前の水場に漬け込んだ。水路の水では巣を沈め、蜂達を溺死させるための嵩が足りなかったのだ。蜜が多少駄目にはなったが、安全に獲物を食べるためには、必要な手段だと考えた。尤も、夜とはいえ大変目立つ場所での大変目立つ行為であったため、直ぐに衛兵隊に見つかり咎められたため、一度しか口にできなかった。また、蜘蛛や蝶は簡単に捕まえられたが毒を持つ物が多く、無毒でも強い苦味や酸味を味わうことがあり、あまり好ましい獲物とは言えなかった。ラーナルクがそれらを捕食するかの選択には、精神的苦痛と空腹感を胸中の天秤に乗せ、覚悟を決める必要があった。
鼠や鼬、子犬や子猫を捕まえた時は、目、鼻、舌、肛門などの粘膜に異常が無いか確認した。初めて鼠を捕食したとき、酷く腹を下したのだ。あまりに重症化したため、数日は身動きが取れず、水をすするのが精一杯だった。このときばかりは、そのまま衰弱して死ぬのではないかと思った。実際、症状が更に酷ければ、それが現実となっても不思議ではなかったのだ。
そして自分の食べた鼠の残骸を見てみれば、どうも病気を持っていたのではないかと見当がつけられるだけの異常を見つけた。だからだ。捕獲した獲物に火を通すことが叶わない以上、食前の確認は、加熱調理が不可能なラーナルクにできる、最大限の用心だった。これにより、毒や病気の無い獲物のなんと有難いことか、と実感した。
そのような痛い目に遭いつつも、小動物の捕獲を諦め口にしない、という選択肢は有り得なかった。何せ食べなければ活力が湧かない。活力が湧かなければ熱が生まれない。ラーナルクは栄養学など知る由も無い幼子ではあったが、食べなければ死ぬ、という真理には孤児なりに辿り着いていた。これが、物を食べずとも訪れるのが空腹感、更には飢餓感のみであったのなら、ラーナルクは遠慮無くそちらを選んだだろう。火を通していない獲物を食べる危険性自体は、きちんと認識していたからだ。
ちなみに、明らかに異常が見つかった鼠は一度、その場で縊り殺して罠の餌として試してみた。餌を狙いに来た獣を狙ったのだが、ホワイトランでは狐どころか猫や犬が町の中に侵入することすら稀である(捕まえた子猫や子犬はおそらく飼われていたものが逃げたのだろう)。せいぜい烏が舞い降りることはあったが、手持ちの道具では、滑空で素早く餌を奪いそのまま飛び去っていく空の住民を捕まえることは叶わず、罠作戦は失敗に終わった。ラーナルクは狩りの難しさを一つ知った。
と同時に、この作戦は労力の無駄だと切り捨てた。ラーナルクは、現状で力及ばない事柄を未練無く諦めることができた。
宿屋や民家から出される廃棄物も漁った。しかしそれらは基本的に骨や野菜の皮しか無く、自分で小動物を捕らえるほどの可食分量を得ることは難しかった。だが、ある程度安定的且つ安全に供給を得られる、という点においては、大変有難いものであった。
また、後述の理由から、あまり腐敗臭を身に纏いたくなかったラーナルクとしては、これも「痛し痒し」であった。
最も入手頻度が低く、反面安全に入手できる成果物は、市場の屋台に放置された食料の内、比較的傷んでいて商品価値が低い物であった。無くなっても店主は然程気にしないうえに、普段小動物や廃棄物を口にしている少年からすれば、『商品価値が低い』程度の傷みは何の問題もなかったからである(なお、酷く冷える日に出来心で酒をくすねたこともあったが、一口飲んで『これはダメだ』と痛感した。酒精の弱い蜂蜜酒とは言え、十にもならない子供が飲んで良いものではなかった)。
野草にも手を出したが、食用になり得る物か否かの区別など、ラーナルクにはつかない。そのため、まずは食して身体に不調が無いかを確認し、判断するしかなかった。中には、弱い薬効成分が含有されており、大量に摂取すればかえって毒となる物もあった。腹を下し酷い頭痛に苛まれ奇妙な幻覚を見ながら、ラーナルクは一つ一つ生きるための知識を体得していった。本人にとって、別段嬉しいことではなかったが。
それらの
また、時折エルダーグリーンの近くを徘徊するラーナルクの境遇を哀れに思ったキナレスの司祭も、毎日、とは行かないにせよ、多少の援助はしてくれた。当然、樹皮を剥がしていることは伏せてある。そして、この司祭へ近寄るために、極力身綺麗でいたかったのだ。孤児に施しをする聖職者なのだから気にはしないかもしれないが、人間、不快な思いは避けたいと思うのが自然だ。だからこそ、風地区に行く際には、どれだけ水が冷たかろうが顔や手を洗い、少しでも清潔にしてから赴いていた。ラーナルクは、人の感情の機微に敏感であった。
実際には、司祭はラーナルクの行いを『施しを受ける者として本人なりの礼儀を払っている』のだと解釈し、ラーナルクの思惑とは少々ずれた形で好意的に受け止めていた。
また、ラーナルクは他の孤児や浮浪者に比べて、身の振り方も上手だった。
大前提として、スカイリムは尚武の気風が強い。これは、比較的開放的であるホワイトランも例に漏れない。では、この土地の男には何が求められるのか。それは、とにもかくにも『強さ』である。人徳も知恵もいいだろう。しかしそれは強さを身に着けた上で、人間に深みを出すために身につけるもの、とされている。優しいだけの者も、頭が回るだけの者も、スカイリムでは尊敬を勝ち得ない。
では、一定の強さを身につけることが当然とされている社会において、弱き者がどのような扱いを受けるか。それは、言うまでもない。白眼視され、疎まれ、蔑まれる。更に言えば、市民であってもそのような扱いは珍しくないのだ。それが、腕っぷしに加えて社会的にも弱者である孤児や浮浪者であれば?
「火を見るより明らか」と表現するのが適当であろう。ホワイトランに限らず、スカイリムでの社会的弱者への視線に含まれる慈悲の念は弱い。
それ故、ラーナルクは、他の孤児や浮浪者のように、通行人に慈悲を乞うことはしなかった。キナレスの司祭を除いて、他人に頼ることもしなかった。人前に出る機会が少なかったこともあるが、ラーナルクのそういった態度は、衛兵隊など治安を司る者達からの警戒感を薄れさせた(実際には必要最低限の物品をくすねてはいるのだが)。
いずれにせよ、衛兵隊が主に犯罪者予備軍として猜疑心を持って睨んでいたのは、ラーナルク以外の者達に対してであった。哀れな姿で油断させておいて、スリを働かないか。夜中に鍵穴を触ってはいないか。そのように。
警邏に鉄則などはなく、あるのは先達の教えと自らの経験だけだ。ならばそれらに則ったうえで、疑いの目が感情的に唾棄している者達へ向くのは、致し方ないとも言える。飽きもせず夜な夜な虫や鼠を追いかけ回す、ある意味わかりやすい行動を取るだけの子供など、彼等にとっては放置して良い部類であったのだ。
そうして秋が終わり、毎日毎日眠りから覚める度に自分が本当に生きているのか確かめる冬が過ぎ、春が訪れた。
この頃になれば、ラーナルクは孤児や浮浪者達から一目置かれる存在になっていた。自分達と違い、身を寄せ合うこともなく一人生きている幼子は、どうしたって目立つ。それなのにその幼子は、大方の予想を裏切りスカイリムの厳しい冬を耐えきってみせた。なかなかできるものではない。
だが、そのような感心を寄せられると同時に、嫌悪の視線が注がれていることにもラーナルクは気付いていた。孤児のくせに。自分達と変わらない身の上のくせに。何を格好をつけているのか。面白くない。
ラーナルクとしては、自らが死なないための最善を尽くしたつもりでいただけなのだが、結果的に、不必要な敵対心を買うという失態を犯したことを悟った。
光の当たる場所で暮らす市民達からは、一括りに孤児だ浮浪者だと唾棄されつつも、持たざる者達は持たざる者達なりに低く狭い社会があり、それなりに序列のようなものも存在する。そこから外れて飄々としている、ないしはそう見える幼子など、目障り以外の何物でもないのだ。
ラーナルクはそれらの視線を鑑み、少しでも身の安全を守ろうと、薪割り場から手斧をくすねておいた。持ち主に見つかれば罰は免れないため、持ち歩くのは夜間の活動時のみだ。
待ち望んだ春であったのに、ラーナルクにとってはいつ襲われるかもしれない、落ち着かない日々となってしまった。
しかし、そんな問題などまるで些細な、どうでもよくなるような事件が起きた。ラーナルクにとっての転機であり、ホワイトランの全ての住民にとっても、大なり小なりそのような側面を持つ出来事だ。
よく晴れた日だった。見る者全ての目を奪う綺羅びやかな銀鎧を纏った大男が、あろうことがスカイリムで最も強いとされる同胞団へ、正面切って喧嘩を売ったのだ。ラーナルクはその様子を、空地区へつながる階段からつぶさに見ていた。
母の聞かせてくれた、寝物語の中だけの存在だと考えていた魔法。それを実際に用いてジョルバスクルの扉を焼き、同胞団全員を相手取って大立ち回りを見せた。ジョルバスクル屋内へ入ってからも物音がしていたため、サークルメンバーと交戦していたのだろう。しかし、その後出てきたのは銀鎧だった。驚くべきことではあるが、同胞団全員にたった一人で勝利してしまったらしい。ラーナルクは武に詳しくはないが、圧倒的な数的不利を歯牙にもかけない男は、相当な実力者なのだろうと思った。
その後、我に返った衛兵隊が銀鎧を遠巻きに取り囲み、首長の元へと連行していった。ラーナルクは珍しく混乱していた。銀鎧は罪人として罰せられてしまうのだろうか。それとも、首長の砦でもジョルバスクルと同じ様に暴れまわるのだろうか。思考がまとまらないことも自分にしては珍しいと思ったが、何より腹の底から湧いてくる熱に浮かされ、それどころではなかったのだ。腹一杯の獲物にありつけたわけではない。酒を飲んだわけでもない。日光浴で温まったわけでもない。経験したことの無い感覚だ。銀鎧を見ていると、体が熱くなる。
ラーナルクにとって更に驚くべきは、首長の砦から無事に帰還した銀鎧が、あろうことかジョルバスクルへ再び足を向けたことだった。何故そんな危険なことをと思ったが、身なりのいいサークルメンバーらしき男と談笑しているのが見えた。理解できなかった。あれだけの暴挙に及んだのなら、それ相応に恨まれているのではないのか? 何故銀鎧は、襲撃を受けた側と関係を構築できているのだろうか。
とにかく知りたい。銀鎧について知りたい。銀鎧の力や考えについて知りたい。そう思った。
銀鎧が歩くと人垣が割れて道ができる。その様子を見ていたラーナルクは、「いつも、『戦士』だ『ノルドの誇り』だってうるさいやつらが、かっこわるいな」と嘲り笑った。滑稽だと。
ラーナルクは幼心に昏い気持ちを抱いたが、実際の所、件の銀鎧を相手にしてしまえばいくらスカイリムの民とは言え、分が悪いというもの。彼の銀鎧は単体で完結するデイドラロードだ。世界の礎となった経験すらある。常識的に考えて、人の身で敵う相手ではない。
本人がその気になれば、身に帯びた神性と魔性が相まった奇妙な存在感は強くなり、周りの者達の目を惹き付けて止まず、それでいて理解不能な猛獣のように恐れられる存在である。人垣も割れるし道くらいはできる。
ラーナルクはこれが運命の出会いだと直感した。銀鎧は無用な怪我人を出さないためか、随分とゆったりとした足取りで外門へと向かい、ホワイトランを後にしようとしている。今なら間に合う。ラーナルクは人集りを大きく迂回するように走り、散々世話になった市場のあたりで銀鎧に追いついた。そこから、
「坊主、何をしている?」
言われて気がついた。自分は銀鎧にどうしてほしいのだろう? 多分、一緒に連れて行ってほしいのだ。この、父とも思えぬ父が暮らすホワイトランから連れ出してほしいのだ。なら、情に訴える口上が無くてはいけない。しかし、熱に浮かされていたせいで、それらは全く用意していない。らしくない失態である。どうする。どうすればいい?
混乱し、千載一遇の好機を逃しかけている現状に涙が溢れてくる。自分を叱咤してどうにか頭を回そうと努めていると、銀鎧のほうから質問された。ラーナルクは問答無用で引き剥がされないことに、言葉にならないほどの安堵を覚えた。そして質問に答えていると、何が面白いのか銀鎧が機嫌良さそうに笑っている。孤児が一冬越えるのは、そんなにおかしいだろうか?
「しかし何故私だ? 言っておくが私は優しくもなんともないぞ?」
何故銀鎧を選んだのか。これも、言われてから気付いた。頼れる大人であれば、自分の知る限り最も親切にしてくれたのは、キナレスの司祭樣だ。何故銀鎧を選んだ? 同胞団に対する行いを見れば、司祭樣のほうが絶対に優しいだろう。数瞬、逡巡したが、存外答えはすぐに出た。人の定めた倫理の外にいるかのような圧倒的な力。ラーナルクはそれに魅せられたのだ。だから答えた。多少、受けが良さそうな演出も加えて。ラーナルクは生きていくために、幾らかの小賢しさも身につけていた。
「……………………強かったから。ぼくが強かったら、お父さんに出てけって言われても、いやだって言えた。
付いて行ったら、強くなれると思ったから」
案の定というか、銀鎧は翻意を促してきた。しかしここで引き下がるわけにはいかない。銀鎧の強さを身に着けたい。ホワイトランに居たくない。独りで惨めに日々を過ごすのはもう嫌だ。間違っても、もう野晒しで冬を越したくない。そうした様々な思いを込めて、銀鎧の足を力いっぱい締め付けた。
すると根負けしたのだろうか。銀鎧はラーナルクの同行を許可した。しかしここで予想外が一つ。ラーナルクは、自分が従者か丁稚として連れて行かれるものだと思っていた。実際、ホワイトランの戦士がそのような存在を連れているのを見たことがある。しかし銀鎧は言った。
「よし、ならば来るといい。今日からお前は私の子だ。よろしくな」
…………………………………………子供? 今日初めて会っていきなり? 孤児を?
ラーナルクは混乱のあまり、一種の現実逃避を図った。「銀鎧に会ってから、らしくないことばかりだ」と。
銀鎧の拠点はリフト地方にあるのだという。しかし、銀鎧がリフト地方、というかリフテンから来たと調べが付くのは不味いとのことで、ウィンドヘルムを経由して、リフテン行きの馬車に乗った。
ラーナルクの知識には、リフトもリフテンもウィンドヘルムも朧気にしかなく、地理関係も全く把握していなかったが、故あって遠回りをする、ということだけは理解できた。おかげで馬車の旅は長く、ラーナルクと鎧を脱いだ銀鎧(この時点では、ラーナルクはまだ銀鎧の名前を知らなかった)が話す時間は、いくらでもあった。
銀鎧は、ラーナルクが孤児となってから同胞団襲撃の日まで、どうやって生き延びたかを興味深そうに質問した。小動物を獲物としていたことはホワイトランでも話したが、鼠を食べて生死の境を彷徨った話は思いの外
そして他にも雨風のしのぎ方などの話しているうちに、銀鎧が『盗みは悪事である』というまっとうな倫理観を備えながら、「報復として殺される覚悟があり、自らが生きるためにやむを得ないのならば、
が、「私の友人達はその手の稼業に手を染めていてな。お前が盗賊の道に進みたいと言うのなら、話は別だ」とも続けられた。ラーナルクはまたしても混乱した。道徳的規範を教えたいのか犯罪を
馬車は予定通りウィンドヘルムを経由し、乗り継ぎを経て、旅はまだまだ続く。
先述の他にも、様々な話をした。体は弱かったが、優しかった母のこと。自分を邪魔者として扱った父とも呼べぬ父のこと。ホワイトランがどのような町であるかということ。
逆に、銀鎧がジョルバスクルの中や首長の砦でどんなやり取りをしたのかも聞いた。聞いて、なんて命知らずなのだろうかとも思った。しかし、銀鎧があまりになんてことも無いように話すものだから、眼前の男にとっては特別なことではないのだ、と感心した。
しかし、首長を煽り倒したのはどういう意図があってのことなのだろう? 純粋に疑問に思い、また、心配にもなったので、「大丈夫なの?」と聞くと、「私にもわからん」と頼りない答えが返ってきた。次いで「問題が無いわけではないだろうが、酷いことにはならん。我が友の策である。仮に正面切っての戦争になったとしても、友等とお前一人くらいは守ってやれるから心配するな」と言われた。幼いラーナルクには『戦争』がどんなものなのか全く想像できなかったが、銀鎧が言うなら大丈夫なのだろう、と納得した。
それ以上に、銀鎧の守る人間の中に自分が当然の如く勘定されていることが、身も心も浮き立つほど嬉しかった。
旅のあいだ、久しぶりにまっとうな食事をとった。
初めは旅の途中での野営時であったが、銀鎧はどこからか調理済みの汁物を取り出し、ゆっくりと食べるよう言いながら渡してきた。慌てて食べるなら取り上げる、とすら言って。折角のご馳走を食いっぱぐれてたまるかと、焦る気持ちを圧し殺して、極力ゆっくりと食べた。
舌を通して感じる味は、母の作った夕餉に遠く及ばないものだった。及ばないはずなのだが、不思議なことに涙が次から次へと零れ、止まらなかった。横で見ていた銀鎧は、「数ヶ月ぶりの食事は美味しいだろう」と頭を撫でてくれた。久しぶりだから美味しく感じるのだろうか。多分、少し違うのではないかとラーナルクは思った。銀鎧から齎された汁物が、あの惨めで気の休まらない日々から脱したことの象徴になったのではないかと。だから、口にするにはあまりに膨大な思いが溢れ、涙の形となって噴き出したのではないか、と。
悲しい思いをしているわけではないはずだが、湧き上がる強い情動に耐えるため、現実逃避地味た客観的思考を呼び起こしてしまった。ラーナルクは、素直に情動へ身を委ねられない自分のそういった癖は少々損だな、と更に逃避を重ねた。
汁物を、ゆっくり、ゆっくりと時間をかけて食べた。汁を飲み、それが喉を通り腹に収まるのを実感する。柔らかく煮られた具を噛み、苦味や酸味やえぐ味どころか、ただただ旨味ばかりが溢れるそれをいつまでも噛んでいたいと思ったが、よく煮られた具は溶けるように無くなってしまう。あまりに惜しく、少し悲しくなったほどだ。
それを見ていた銀鎧が笑いながら、「ゆっくり食べる約束を守るなら、まだまだ沢山あるから心配するな」と汁物の入った器を取り出した。結局、三杯の汁を飲み干した。誰かと食べる食事とは、こんなにも暖かく、安らぐものだったろうか。食事を終えたラーナルクは、腹がくちたせいか、銀鎧を庇護者と認めて安心したせいか、強烈な眠気に襲われた。ラーナルクの心身は共に、休養を必要としていたのだ。
意識が薄れる中でラーナルクは、銀鎧が焚き火の前に陣取り、自分をその膝の上に乗せたことを感じた。焚き火側の側面が温かい。でも、銀鎧に触れているほうの側面も、じんわりと火に当てられているように、温かい。人肌とは少し違うような……考えすぎだろうか。きっとそうだろう。今は眠いんだ。
ラーナルクはその日、数ヶ月ぶりに熟睡した。生家で凍える心配をせずに眠っていたことなど、もう遠い昔にすら思えた。知らず内に、再び涙が頬を伝っていた。
翌朝はラーナルクの目覚めを待ってから行動を開始したため、少々遅い出発となった。何故起こさなかったのかと聞くと「起こしてほしかったのか?」と問い返された。別に規則正しい生活習慣に拘るつもりはないのだが、旅を主導する立場の
何故この
とはいえ、ラーナルクの不安は杞憂に終わった。人間、自分に親切な者を警戒し続けるというのも、なかなか疲れる話である。食事は野営だろうが宿屋であろうが、腹一杯になるまで食べさせてもらえた。寝る時は、膝の上か、同じ床で眠った。話しかければ邪険にされることは無く、逆に興味を持って話しかけられることもあれば、ただ一緒に景色を楽しむ余裕もあった。おかげで、ラーナルクが銀鎧を警戒することも無くなっていた。
ラーナルクにとって、馬車の旅は楽しいものだった。しかし行者曰く、本来であれば旅とは、馬車だろうが徒歩だろうが、ラーナルクが思うよりずっと疲れるものらしい。そうでないのは、銀鎧が旅の行程をゆったりしたものへと指示したことが大きかった。そのために、通常の倍以上の旅費を支払ったとも聞き、「お前の親父さんは太っ腹でうらやましいな」などとからかわれた。さらには、尻の下にも大きな毛皮の敷物が敷かれていた。その毛皮には、どこにも縫い目が見当たらない。聞けばマンモスの毛皮だとか。ラーナルクは寝物語にしか聞かない、家屋のように大きな獣を思い浮かべて、こんなものを敷物にしていいのか、と尋ねた。だが銀鎧は「売り物にもならんのだ。構うまい」とどこ吹く風だ。それどころか、解体処理にはそれなりの手間暇をかけたというのに、「肌触りの悪いごわついたマンモスの毛皮を買い取る商人などいない」と聞かされたときのことを愚痴っている。その鬱憤晴らしとして、毛皮をやや粗雑に扱っているのだとか。ラーナルクは銀鎧の大人気ないところを見て、おかしくなった。と同時に、男にしては何ということは無くとも、自分としては厚遇されているように思え、面映くて仕方がなかった。
正確には覚えていないが、半月からひと月弱かけて目的地のリフテン、そこから盗賊の塒である砦まで旅をしたが、その頃には銀鎧を「お父さん」と呼ぶのに抵抗は無くなっていた。
ラーナルクに少々賢すぎる感がありますが、そのあたりは次回、ないしは次々回で触れたいなと。
また、作中では火を使えないがために生食を行っておりますが、あらゆる野生動物、畜産動物においては「確実に寄生虫がいない」などということは『絶対に』有り得ません。
大変危険な行為でありますので、生食用の精肉以外を口にする際は、必ず火を通してください。
作中で優良な食料のように描写した蝗虫でさえ、本来なら危険です。