DARK SOULS → SKYRIM でまったり()スローライフ() 作:佐伯 裕一
拙作を読みに訪れてくださる皆様におかれましては、旧年の連載開始から、大変お世話になりました。
願わくば本年も変わらぬご愛顧のほど、何卒よろしくお願いいたします。
なお、既に厳冬の様相を呈しておりますので、各位重々ご自愛いただきたく存じます。
また、麦茶太郎樣、アカギ樣、宝船の船頭樣、ぽんぽぽ樣、誤字報告ありがとうございます。大変助かりました。
……長くなると校正が甘くなるようです。気をつけます。
……ぶっちゃけ今回も怖い(17000字超)。隙間時間には向かないだろうから、年始の休み中に読んでください(強要)
ラーナルクがウィンドヘルムに着いた翌朝、衛兵の男に追い立てられるようにして町を出る羽目になり、更にはトルドスなる子供を紹介され、暫く行動を共にすることとなった。後にラーナルクの最も気の置けない友となるのだが、このときのラーナルクの印象としては、あまり良いとは言えないものであった。
それは、リフトの砦から当時まで続く、ラーナルクの複雑に混じり合った胸中に由来するものだ、と本人も幾らかは自覚していた。
ラーナルクが砦の暮らしに慣れてきた頃、養父から、旅に出ることを告げられた。
元々養父は、ラーナルクと会う以前より、リフトからずっと北にあるウィンターホールドを目的地と定めていたらしい。つまりこの旅路は予定されていたことなのだが、やっと自分にも『帰る場所』ができたと感じていた幼子にとっては、衝撃的な通達であった。
いや、思い返せばいくら事情があるにせよ、養父の錬金術修行は常軌を逸していた。それだけの無茶を「必要なこと」として呑まなければならない理由があったのだと、気付けないラーナルクでもなかったはず。それがどういうわけか、この砦に来てから、正確には養父と会ってから、客観的且つ論理的思考へ及ばないことが増えているように思う。一度それを床の中で養父に零したことがある。すると養父は、「お前にとってのホワイトランでの一冬は、生きるための戦いであったのだろう。人は生き死にの戦いの場においては、身体や思考能力の向上を見せることもある。『冬を生き抜く』という一点に焦点を当て、知らぬ内にそのような防衛反応を見せていても不思議ではない」と、そのように答えた。
また、「そうでなくとも、お前の地頭はなかなかの物だ。このまま精進するといい」とも続けて褒めてくれた。ラーナルク自身、自惚れではなく、漠然とだが自分は知恵の回る性質なのだろう、と気付いてはいた。
砦の盗賊達に師事して戦闘や盗賊の業について手解きを受けたが、「飲み込みが早い」とは誰からも言われた。これはラーナルクがまず手本を見せられる際に、その動きをよく観察し、高い精度で模倣できる器用さを備えていたことも理由ではある。しかし一番は、その動きの意味を自分なりに考察し、自分なりの答えを出してから実践に及んでいたことが大きい。
元々の外界の情報を考察することには慣れていた。ここで言う外界とは、一個人の感じる世界、という意味ではなく、頭脳以外の全て、を指す。つまり己の肉体から齎される情報をも、客観的に判断することが出来ていた。それらの要素が重なり、この『一を聞いて十を知る』を地で行く聡明さを見せた。これこそが、ラーナルクの最も特異な武器であった。
余談ではあるが、一味の者達はラーナルクへ「飲み込みが早い」と伝えたが、本音を言えば「飲み込みが
このまま
閑話休題。どのように賢い子供であろうとも、養父自ら「大事なこと」とまで口にした『帰る場所』から自分を引き離すのはどうしたことなのだろうか、と不満はある。ラーナルクは理屈ではなく感情面で折り合いがつかず、結果、突発的に発熱を起こした。
養父や一味の者達は、徐々に冷える季節に移ろうとしていることと、砦に慣れたことで気が緩んだのではないか。それ故のことではないか。そのように話しているようだった。しかし実情としては、『帰る場所』から離れたくないラーナルクの葛藤が無意識的に起こした、養父への抗議でもあった。
しかしそれはそれとして、養父に看病してもらえるのは嬉しいものだった。ホワイトランでは、自分は看病をする側であり、体調を崩すことはほとんど無かった。そのため、発熱自体に慣れておらず、少々気弱になるだけでなく、幾らか怯えもした。養父はそんなラーナルクの面倒を甲斐甲斐しく見てやり、熊の胆を用いた薬まで作ってくれた。
養父が寝台を毛皮だらけにして蒸すほどの寝床を作ったり、丁寧に
「お父さん」に優しくしてもらえるのは、こんなにも温かい気持ちになるのだ、とラーナルクは新しい発見に機嫌を良くした。孤児であった時分には、体調不良は死につながると厳に戒めていたが、これなら、今なら、時々熱を出すのもいいかもしれない。ラーナルクは子供らしい現金さで、看病されるあいだにそんな益対もないことを考えていた。
体調が回復した頃、旅の出発を延期する旨が伝えられた。
今更ながらに責任を感じ萎縮しかけたラーナルクではあるが、延期の一番の理由は別件であるから心配するな、と微笑みながら頭を撫でる養父を見て、幾らかの安堵を得た。たしかに養父は、というか砦全体が、ここ最近忙しない様子ではある。養父の言の全てが、子供に心労をかけないための方便、というわけでもなさそうで、それについてもほっと息を付いた。
と、同時に、養父や一味の者達が度々口にする「計画」とやらを先送りにするほどの『何か』があったということ。錬金術の修行は区切りを見たようだが、「お父さん」がまた多忙のあまり虚ろな目にならないか心配になった。
ラーナルクが「大丈夫なの?」と養父に聞くと、「今回大変なのは彼奴等のほうだ」とからから笑っていた。ラーナルクは一安心すると共に、忙しない一味の者達を面白がって見ている養父の目に、若干の意趣返しの色が見えた気がした。「お父さん」はやっぱりちょっと大人気ない。
自分のせいで「計画」に支障が出た、という自責の念から開放されたラーナルクに対し、養父は体力作りと、武芸の稽古を付けてくれるという。
体力があれば体調を崩しにくくはなるし、旅をするのに虚弱では話にならない。それに、ラーナルクはそも『強くなりたい』がために銀鎧たる「お父さん」に付いて来たのだ。稽古を付けてくれるというなら否やはない、どころか喜びのあまり養父の周りを跳び回り、気が済めば練兵場へ養父を引っ張っていった。
とはいえ、まだ身体の出来上がっていない幼子である。できることは限られ、教えられる内容もある程度、一味の者達と似通う。
それでも、使い手が違えば、癖もある。一連の動きの中で重視する場所も違う。ラーナルクはそれまでに受けた手解きと同様に養父の動きをつぶさに観察し、考察し、己の血肉としていった。その中でも、投石紐を用いた投石は比較的早期に形となったため、今後を通じてラーナルクの得意な攻撃手段となった。
また、養父はラーナルクに走り込みの重要性を解いた。ラーナルクの最終目標は『銀鎧』である。しかし、走っているだけであの高みに届く様子がいまいち想像できない。
すると養父は、己の体験談を語ってくれた。曰く、牛よりもずっと大きい、猫と鼬を掛け合わしたような化け物から逃げる際、全速力且つ長距離を走り通さなければならなかった。獣道すらない森の中で、走るには最悪に近い状況であったが、少しでも遅れていればそのまま死んでいたはずだ、と。
そのほかにも、得物が短剣であろうが長柄であろうが、足腰と体幹が弱ければ、素早く動くことも、得物の威力を十全に発揮することも難しい、と。養父は肉体を強化した後に、各種武器を扱う術を繰り返し練習したと言う。
理屈を理解したのなら、いつまでも文句を言うラーナルクではない。「お父さんもやっていたんだ」と浮き立つ心のままに、練兵場を走り回った。
何にせよ、「お父さん」が指導してくれるという事実が、このときのラーナルクにとって、最も嬉しかった。
砦の者達も、忙しくなった稼業の気分転換にか、ラーナルクに盗賊の業を手解きしてくれた。ここでは目で見て覚える、ということが難しかったが、鍵開けなどは反復練習を重ねることで、簡単な物なら明けられるようになっていた。仕込んだ当人達が、呆れるやら称賛するやら閉口するやら。いずれにせよ、ラーナルクの飲み込みの早さについては、一味全員がある程度織り込み済み、という具合になった。
また、手解きの最中、手を止めずに『盗賊の心得』とやらも説いて聞かされた。
曰く、ヤバくなったらとんずらこけ。
曰く、飯や酒の不味くなることはすんな。であった。
前者は、生きてさえいれば目的を達成する機会は訪れるのだから、命を軽々に投げ出すことをしてはいけない、という意味である。後者は、己の心に従いつつも、最後の一線は守れ、という意味である。
前者はギルドのみならず、盗賊であれば誰でも弁えていることだ。後者は、一味の者達に対するブレックスの教えだ。易きに流れた結果、ドツボに嵌って抜け出せなくなった者を何人も見てきた男が、せめて子飼いの者達にはそのような思いをしてほしくないと考え、矜持は曲げるな、と説いたのだ。
前者はまだしも、後者はラーナルクが理解するにはまだ早かった。ラーナルクにとっても最も不味い、ないしは味がしないと感じた食事は、孤児時代の到底食事とは言えない獲物を物陰で食べていたときか、数少ないホワイトランの父親との食事だ。それよりもご飯がおいしくなくなることなんてあるの? ただ生きることに必死だった幼子にとって、矜持だの意地だのという話は、いまいち想像できなかったのだ。
そうして、あれやこれやと大人が手を尽くしたところで、いや、寧ろ大人達が世話を焼くからこそ、幼子の心情ばかりは如何ともし難い。いよいよ出立が近づいて来た頃、砦を『第二の故郷』とも言えるようになったラーナルクは、つい養父に泣きついてしまった。寂しい、と。
廊下を歩けば、誰かとすれ違い、挨拶してもらえた。食堂に行けば、広く取られた空間のおかげで、一味の顔が一度にほとんど見られた。練兵場に行けば、多少の傷は
何より、養父と自分の部屋では、毎日様々な話をした。今日はどんなことをしたの? 今日も怖い教導役に見張られながら錬金術の修行だった。ラーナルクは何をしていた? 今日はね……。
ラーナルクにとって、この部屋は、ただ寝るだけの部屋ではない。自分と養父のかけがえのない『親子の時間』を育んだ場所なのだ。
ラーナルクも理屈は理解している。家長の言うことには従うべきだ。そして、自分と「お父さん」の二人家族とはいえ、家長は養父であり、自分は従うべき立場にある。それでも、寂しいものは寂しい。折角できた数少ない大切な物を手放すのは、あまりに惜しかった。
養父は泣き止まないラーナルクに対し、怒るでも叱るでもなく、語りかけた。
「お前は、ホワイトランでご母堂と過ごした時間を覚えているか?」
何を言われたのか、ラーナルクは腑に落ちなかった。言葉の意味はわかる。そして、自分が母を忘れるわけもない。理解できなかったのは、何故そんなことを聞かれたのか、だ。ラーナルクが頭に浮かんだそれらをそのまま伝えると、「同じことだ」と返された。
「余程の名家や、いわゆる中流と呼ばれる家の跡継ぎでもなければ、大概は遅かれ早かれ生家を出るときが来る。生まれ育った家で暮らし続けられる者は、案外少ない。そしてお前は……まぁ、生家を出たのがかなり早い部類ではあるが、ホワイトランを発った。今は、この砦を発とうとしている。しかし、ホワイトランの生家同様、この砦で過ごしたことを忘れない。それでいいのだ。ここを故郷とさえ思っていれば、何処にいてもお前は独りにはならない。帰る場所がある。それが大事だ」
正直なところ、ラーナルクの胸中でホワイトランが故郷であるという意識は薄い。印象に残っているのは、母と共に過ごした、少々陰鬱な空気を漂わせた生家の内装。それに、孤児として過ごした寒々しい町の景観だ。
だからこそ、この砦こそが本当の意味で心安らぐ
それが情けないのか、不安なのか、寂しいのか、自分でも把握しきれない感情が綯い交ぜになって、呻き声と共に再び涙が溢れてきた。
養父は言って聞かせればそれで解決すると思っていたのか、泣き止まない自分を前におろおろしている。「砦の者等も、交代で旅に付き添うぞ」などと口にしているが、あまり効果は無い。今、この時に限って、自分は同胞団より養父の手を焼かせているのでは? と謎の優越感を覚えもした。感情が昂ぶった際の逃避は、ラーナルクの悪癖だ。
余程まいったのか、養父はサーベルキャットとユキグマの毛皮を用いて作った、寝間着を取り出した。着ぐるみとでも言うのか、言われるままに着てみればすっぽりと身体が収まり、サーベルキャットの仮装とも言える様子になった。養父のほうは、幾らかの縫い目が見える。一頭分の毛皮では、特に四肢の丈が足らなかったのであろう。
ラーナルクは意外な品を見て考えた。養父は基本的に、自分をあまり
その養父が、弱り果ててご機嫌取りに走った。これは、養父が先の言葉以上の言を持ち合わせていないか、それを理解できない自分に経験が足りないか、情動を抑えられないでいるかなのだろう。つまり、自分のやるべきことは、言われた言葉を反芻して、それを理解できるようになることだ。そして今それができるだけの何かが足りないというのなら、一度棚上げするしかない。ラーナルクはそのように考え、問題を先送りした。幼子らしからぬ思考を回した結果か、涙は治まっていた。
気分を切り換えたラーナルクは、養父のくれた温かい寝間着を堪能することにした。「お父さん」とのお揃いである。嬉しくないはずがない。自分だけでなく養父にも着るようせがみ、どうせならとそのまま猛獣ごっこをしてじゃれついた。養父は泣かせた負い目からか、ラーナルクが疲れて瞼が重くなるまで、ずっと付き合ってくれた。
今は納得できないこともある。それでも、「お父さん」は自分を大事にしてくれている。それだけは確かだ。なら、暫くはこのままでいいのかもしれない。「お父さん」なら、自分に悪いようにはしないだろう、と。
ホワイトランの馬車旅からこっち、不完全ながらも『親』を務めようとした男の努力は、無条件の信頼という形で、実を結んでいた。
ちなみにだが、出立の際、同行者とは別に見送りに着ていた『家主』へ、サーベルキャットの着ぐるみを自慢してみた。年相応の稚気を以て、養父からの愛情と品を自慢したのだが、家主の反応は悔しがるでもなく若干意外なものであった。
「彼と揃いか。……その二着を拵えるのに、並の戦士なら少なくとも三人は死んでいるだろう。『分を弁えろ』だのなんだのって話は彼の望みではないだろうから控えるが。小僧、お前さんは彼の庇護下にあり彼の愛情を一身に受けている幸運を、正しく自覚しなくてはいけないよ」
言われなくとも、という反発心が浮かんだが、この皮肉屋が真面目な顔で言うのだ。傍から見ると、自分は養父の愛を自覚していないのだろうか。そも、愛とはなんだろうか。母や養父がくれる温かなものではないのだろうか。その他にも何かあるのだろうか。
わからない。しかしこの皮肉屋は、大人気なく自分をからかいはしても、悪意のある言動を見せることは無かった。ということは、これも自分が理解できていない
しかしあまりに『わからないまま』の様子を見せているのも癪だったので、力強く頷いてみせた。家主は、ラーナルクの胸中を察しているのか馬鹿にしたように嘲りの笑みを浮かべている。ラーナルクは、やっぱりこの男は嫌いだと思った。
砦を出立してからの道中では、様々なことがあった。
何処に言っても養父は錬金術師として引く手数多であり、多くの人々から感謝されていた。ラーナルクはホワイトランから数えても、養父の、「お父さん」の凄いところは戦闘に関するものしか目にしていなかった。そのため、こうした文化的職能において他者に一目置かれる姿というのは新鮮で、驚きと共に鼻が高い思いを抱いた。「お父さん」のすごいところ、をまた一つ知れて、息子としては嬉しい限りである。
更には、短期的な逗留先である村々では養父が気を利かせて、自分に同年代の遊び相手を用意してくれた。ホワイトランでは多くの時間を母の看病か一人で過ごし、砦に来てからは大人達に囲まれていた。同年代の子供と共に過ごすことは新鮮であり、また養父の気遣いが嬉しくもあり、遊ぶこと自体はそれなりに楽しかった。
しかしそれも、新鮮とはいえ楽しいのは
家業の手伝いを強要する親への反発。簡単な理屈も理解できない頭。酒に酔った浮浪者でもなかろうに、くだらないことでゲラゲラ笑う感性。どれも受け入れ難いものだった。家業の手伝いくらいで家に居られるなら、安いものだろうに。何故こんな簡単なことがわからない? 犬の糞の何がそんなに可笑しいのか。
養父は砦での修行ほどではないが、それなりに忙しそうにしていたため、お付きの盗賊達にそれを話してみた。子供と遊ぶのは飽きた、そこまで楽しくなかった、と。盗賊達は顔を見合わせ、ある意味、生まれの不幸だと思った。幼くして孤児となっても生き抜くだけの頭脳と精神力を持ち、ここ暫くはずっと大人に囲まれて暮らしていた。
とはいえ、『旦那』が決めた子育ての方針である。付き人であり、自分達も幾らかの面倒を見ているとはいえ、ラーナルクが子供と遊ぶことを止めさせるのも躊躇われた。別にいじめを受けただのという話しでもないのだ。
苦肉の策として、どうすれば楽しく遊べるか、その幼稚な連中を導く物言いを考えてみてはどうか、と提案した。どう考えても、ラーナルクのような幼子に伝える内容ではない。しかし盗賊達は、ラーナルクの情操教育以上に、『旦那』の怒りを買うことが恐ろしかった。何せ彼の男は、さしたる理由も無く人を殺し拷問することを厭わないのだ。愛息への接し方は、傍から見れば溺愛とも言える。そんな幼子への扱い方を間違えれば、何をされるかわかったものではない。
盗賊達は自己保身から、無難な回答を導き出した。彼の『旦那』と彼等が真に打ち解けるのは、イーストマーチでの長逗留まで待たなければならなかった。
そして盗賊達が地味に戦々恐々としている横で、ラーナルクは退屈な日々を送っていた。何せ子供達には理屈が通じない。自分が楽しめるように導く、など土台無理な話だ。それでも一応の努力はしてみたが、結果は惨敗である。大人しく、
そうして幾つかの村々で退屈な時間を過ごしたラーナルクにとって、転機と呼べる出来事があった。街道で、サルモール司法高官一行と、イーストマーチ衛兵隊の争いに巻き込まれたのだ(正確には、飛来した魔術に怒った養父が、迂回を止めて首を突っ込んでしまったのだが)(更に余談だが、ラーナルクは「お父さん」の
それにより養父は更なる面倒事に巻き込まれ、お付きの盗賊達も入れ代わり立ち代わり、かなり忙しなく動いていた。ラーナルクにも、不安にならないように、と簡単な説明がされていた。
その後、折角到着したウィンドヘルムをすぐに出立する羽目になり、そこにはトルドスなる年上だろう子供の姿もあった。養父と、少数の付き人と共に行く旅を気に入っていたラーナルクにとっては、トルドスは異物である。邪魔者である。
『故郷』とまで思う砦を後にし、寂しい思いにぐっと蓋を被せて我慢した。そこからどうにか気持ちを切り換え、多少の入れ替わりはあろうとも、養父と、二人の付き人達と共に旅をしてきた。今更この面子に新顔が割り込んでくるなど、ラーナルクは少しも望んではいないのだ。それが、トルドスに対する第一印象の悪さにつながっていた。
何より、トルドスを見ていると、胸に妙な澱みのようなものができるのだ。
ラーナルクからすれば、トルドスは頭の回る性質ではない。何せ、養父がアーチルなる男に対し、「お前の子供は無事に返す」と告げたのだ。であれば、余程のことがなければトルドスの身の安全は保証されたも同然だ。なのにこの子供は、いつ自分の首が落とされるかと緊張し通しなのだ。馬鹿らしいと思った。
しかし養父は、そんなトルドスを見て朗らかな笑みを浮かべながら、怖がることはない、と好意的に話しかける。それに、「戦士の教育を既に受けているのだな」とトルドスを褒めるではないか。ラーナルクは面白くなかった。
アーチルが手配した鉱山採掘村に到着した。
ここでも養父は引っ張りだこだった。やれ節々が痛む。やれ跳ねた石片でついた切り傷の治りが遅い。やれ最近呼吸がしづらい。それらの声を、養父は錬金術師として片っ端から対処していった。
更に、養父が腕利きの戦士であるとわかると、要求は日に日に遠慮が無くなっていった。やれ夜に狼が出る。やれ鉱山の奥に妙な物がいないか見てほしい。やれ付き合いのある村の近くに熊が出たらしい。ラーナルクは、そんなものは衛兵隊か、養父に伸された同胞団にでも頼め、と思った。頼み事をこなす度に、養父は衛兵隊からそれなりの金銭を受け取ってはいたようだが、ラーナルクと過ごす親子の時間が減っていることには変わりない。
止めに、これは時期的には今暫く先の話なのだが、ウィンドヘルムの錬金術師が養父を尋ねて来て、膨大な量の仕事を押し付けていった。元々、盗賊達から頼まれている仕事もある。そこにこれだけの作業が加わってしまったせいで、養父は休息を取る暇も無くなってしまった。
一応、ラーナルクが就寝するときだけは同じ床に入ってくれはする。しかしラーナルクが寝入った頃には、床を抜け出して、作業に取り掛かっている。そして日の出前には床に戻り、ラーナルクが起きるのを待ってくれているのだ。夜中に目が覚めても、養父の姿はほど近い場所に見えた。おかげで、ずっと添い寝をされていなくても、ラーナルクが寂しさや怖ろしさから泣いてしまうことは無かった。
それに、どんなに忙しくとも、自分を不安にさせないよう気遣ってくれていることが嬉しかった(とはいえこれも、件の錬金術師がウィンドヘルムから押し掛けて来てからは、毎日、とはいかなくなったが)。
これは砦にいた頃、起床時に養父の姿が見えなかった際、自分が取り乱した一件が関係しているのだと思った。自分でも思ってもみなかったほど混乱と絶望感に支配されたが、「お前のせいではない」「無理に克服せずとも良い」と養父が抱きしめ、優しく背を叩きながら諭してくれたため、そういうものなのだろう、とこの発作についてはあまり深く考えないようにしているラーナルクである。致し方ないこととはいえ、この時分のラーナルクは、養父の言うことなら大概のことは「真である」として盲信的に受け入れている。
さて。それだけ養父が忙しいとなると、暇を潰すため、盗賊達にまた鍛錬を付けてもらうか、と考えた。しかし、それは難しかった。何せ養父ほどではないにせよ、盗賊達もそれなりには忙しない様子だったからだ。どうも、頭目やギルド? とやらの指示で、大きな仕事に取り掛かっているらしい。
であれば、おじゃま虫のトルドスと過ごすしかない。採掘村はできたばかりなのか、居るのは他所から連れてこられた労働者ばかりで、手隙の子供の姿は見えなかった。……が、はっきり言って気が乗らない。
ラーナルクが村々で共に遊んだ子供達を思う。トルドスはもう少し上の年齢だろうが、自分から見て賢しいとは思えない。対して自分は、誰からも「賢い」だとか「聡い」と褒められる。その自覚もある。この子供と一緒にいたところで、何かいいことがあるだろうか。
そんな少し意地の悪い考えから、トルドスに尋ねてみた。養父や盗賊達の業を見て目の肥えた自分であれば、鼻で笑ってやれるだろう、と。
「……戦士の教育って、どんなことを教わったの? 剣を扱えるの? ……そうなら見せて」
トルドスとしても、どうやってこの生意気な目を向けて来る歳下の子供と打ち解ければいいのか戸惑っていただけに、申し出は渡りに船だった。
父から渡された、トルドスの身体に合わせた短い片手剣。彼の錬金術師に見せれば、「大振りの短剣? 詰めたショートソード?」とその微妙な長さに首を傾げたかもしれない。それを引き抜き、素振りを見せる。腰の鞘を抑えながら、唐竹、薙ぎ、袈裟。素早く両手に持ち替え、逆袈裟、反動を利用するように振り返り、唐竹。中段、上段、中段と三度の突き。
突きの姿勢のまま残心を見せ、数拍後に剣を収めた。
見ていたラーナルクは驚愕の一言だ。
いくら剣が身体に合わせた短く軽い物だと言っても、挙動にぶれが無く、武器に振り回されている様子は見られなかった。必要分だけ力を込め、刃を立てて効果的であろう剣筋をなぞる。
自分も短剣術をかじっているだけに、トルドスの動きが一朝一夕で身につくものではないことを、否応なく理解させられた。小馬鹿にしていた子供に、自分ではまるで及ばない技量を見せられたことが、ラーナルクにとっては衝撃的だった。
トルドスからしても、この素振りでラーナルクからの印象を大きく変えられたのは、僥倖と言って良かった。
何せ、父から言いつけられた役割と注意事項は、なかなかの難題だったのだ。
曰く、父が務めを果たせなかった場合、約に従い、首を要求されたときは大人しく差し出すように。そのときは父もすぐに追うから、寂しくはない。
曰く、彼の錬金術師は悪人でこそ無いが、敵や害になると判断した者への容赦が全くない。それに奴等は何か企みがあるようでもある。問題を起こさずとも、お前が知らずうちに奴の逆鱗に触れないとも限らない。下手に探る真似は一切せず、常に注意せよ。
曰く、彼の錬金術師は、息子を溺愛している。これと友誼を交わせれば、何事か
一つ目も二つ目も軽く絶望的なうえに、その対応策が「ちびちゃんと仲良くなって、お父さんからの印象を良くしよう」だ。心許ないことこのうえ無い。
更に言えば、彼の錬金術師は自分を無事に親元へ返すと口にしていたが、会ったばかりの人物が約束を守る人物かなど、トルドスにわかりようもない(信義を重んじるアーチルが愛息を預けたことこそ、錬金術師がそれなりに信用できる人物であるという証左なわけだが、それを十二の子供に察しろ、というのも酷な話である。誰しもがラーナルクのように物を考えられるわけではない)。それ故に、トルドスは酷く怯えながら、それをなけなしの矜持で必死に隠していた。
しかし、トルドスが未熟ながら修めた剣術の一端を見せたことで、ラーナルクの胸中に激しい葛藤が渦巻き…………負けを認めるに至った。
本来、子供同士の付き合いで勝ちも負けもないだろうが。ラーナルクとしては当初小馬鹿にしていた相手なだけに、『自分より優れた部分もある』と認めるのに酷く労力を要したのだ。
それに、ラーナルクは養父に厚く庇護されている自覚がある。それはたった今まで喜びを齎す事実でしかなかった。だが、眼前の年上の子供は、アーチルなる父親から、『戦士』としての役目を任されている。
この差はなんだろう。庇護されるだけの自分には無くて、役目を任されるトルドスに有るものとは、何なのだろう。ラーナルクは早急にそれを理解し、己の血肉とする必要があると判断した。そこで、甚だ打算的ながらも、トルドスを友(のように見せて利用する相手)とすることに決めた。
この場は態度の悪かった自分から切り出すべきであろう。ラーナルクは意を決して口を開いた。
「……剣、すごかった。他にも、色々と教えてくれると嬉しい。……逆に、ぼくも、わかることは教えてあげる。……………………友達になってくれると嬉しい」
トルドスは、その申し出を満面の笑みで承諾した。傍から見れば微笑ましい光景だが、一方は打算まみれで、もう一方も打算と、自嘲を抱いていた。
トルドスの父であるアーチルは、清濁併せ持ちながら、友情とは美しいものだ、という考えを持っている。そこに行くと自分はどうだろうか。死にたくないがために、チビ助に近づいて身の安全を図っている。父の指示は、自分の命を守ろうとしてのことだ。自分の行いを責めはすまいが、褒めもしないだろう。今日のことを得意気に話したとしたら、思い違いをするなと鉄拳を喰らうかもしれない。少々、自己嫌悪に陥ったトルドスである。
とはいえ、ありえないことではあるが、盗賊ブレックスがもしこの場にいたとしたら、「悪いのは全部あのトンマだからよ。ガキが余計な気を回すこたあねえ」とでも言って切り捨てただろう。此度の採掘村逗留に関して、全面的に件の錬金術師に非があるかといえばそうでもないが、結果として子供が苦労しているのなら、悪いのは全て大人である。二人の子供は、本来もっと気楽に過ごして良い身分なのだ。傍若無人なデイドラロードは、反省を促す踊りでも見せつけられるべきである。
それからの二人は、出会った当初のぎくしゃくした様子が嘘だったかのように、日がな一日遊び続けた。
ラーナルクは、農村に比べれば小動物が少ないものの、虫や鼠を捕まえては、可食に耐えられるかどうかをトルドスに教えた。トルドスの頬は引きつっていた。
トルドスが日課の鍛錬を欠かしたくないと言えば、ラーナルクも一緒になって短剣の素振りや投擲術を磨いた。日によっては、手隙の盗賊を捕まえて、二人揃って教えを受けた。
また、少しすれば砦のハンが子供の訓練用武具を持参したため、ラーナルクとトルドスで打ち合いをしたり、弓の的当てに興じることもあった。真剣での稽古は危険だと言って、養父に止められていたのだ。
ただ打ち合ったり素振りを繰り返しても面白くないと考えたラーナルクは、養父が銀鎧であることは秘密だが、砦で一味の者達を千切っては投げ千切っては投げと揉んでいたことをトルドスに話した。トルドスも、彼の錬金術師は優れた戦士でもあると聞いていたため、大袈裟とは思わず、二人で動きを再現しながら、その真似をしてみた。
結果的に、養父の挙動をなぞるには、全身の筋力が全く足りていない、という身も蓋もない結論に達したため、二人の稽古には更に熱が入ることになった。
おかげで食事の量が増え、人知れず錬金術師の負担が増えていた。
また、養父の多忙さから毎日とは言えなかったが、ラーナルクと養父とトルドスと、川の字になって眠ることも珍しくはなかった。そして起床すれば、養父の作った食事を共にとり、昼まで遊び、昼餉を食べれば二人揃って昼寝をし、起きればまた遊び、日が暮れたら養父と共に夕餉を済ませ、床に入る。
文字通り寝食を共にするうち、ラーナルクもトルドスも、当初抱いていた打算などは何処かへ消え去り、
それを自覚したのは、あるとき二人で村に迷い込んだ狐を追い回していたときのことだ。最終的には上手に逃げられ、二人揃って背の低い生垣に頭から突っ込む羽目になった。切り傷擦り傷を作りながら、髪のあいだに幾つもの葉を挟んだ互いの顔を見て、共に笑った。そのときトルドスが「楽しいな」と言ったのだ。
ラーナルクは、トルドスこそが自分の初めての友達なのだと、心と頭で理解した。なんという充足感と幸福感だろう。
同時に、「お父さん」の愛にも思い至った。養父は、この経験をさせたいがために、これまでの村々でも同年代の子供を自分にあてがい、このトルドスにしても、無理に突き返さず引き取ったのだろう。養父の愛と、それに気付くまでにやたら時間を要した自分が情けなく、涙が零れた。
蹲って泣きべそをかくラーナルクにトルドスは戸惑い、ラーナルクは、すっかり気を許しているトルドスに向け、思いの丈を話した。トルドスは黙って聞いていた。
この頃から、二人はお互いの両親について話すことが増えた。
例えばトルドスが口を開けば、曰く、父はノルド戦士の規範たらんとしている。それは自分の自慢でもある。ただ、自宅に戻ると『家族大好き人間』になり、特に母への愛は何年経っても熱いままだ。夫婦仲がいいのは良しとしても、子供の前だろうが構わず愛し合うのはよしてほしい。いたたまれなくなる。と。
例えばラーナルクが口を開けば、曰く、父はおそらく世界で一番強い。誰もが一目置いているし、自分もいつかそうなりたいと願っている。反面、その圧倒的な力で大概のことは解決できてしまうため、父を知る人間に会ったときは注意が必要である。自分が把握していないところで、とんでもない騒動を起こしているかもしれない。と。
偉大なる父の尊敬するところと、少々困りものなところをお互い話してしまえば、自然と笑いが漏れた。
だが、そうして身内の話しをしていると、どうしてもラーナルクから話せる話題に限りが出てくる。砦の一味を身内に数えて水増ししたとしても、自分がホワイトランを出て、まだそれほどの時は経っていないのだ。
ぼくは、おとうさんのことをよく知らない。
ラーナルクは敬愛する養父に甘えるばかりで、養父について理解が不足していたことを憂いた。しかし、憂いたまま立ち止まるラーナルクではない。その日から寝床で養父と一緒になったときには、毎回質問攻めにしたのだ。
まずは養父の人生について聞いてみた。すると、砦で簡単に聞いていた話と齟齬が出た。これはトルドスが共に聞いているためだろうと納得した。同時に、秘密の話を知っているという優越感も齎した。
また、同様に「今、何をしているの?」という質問についても、『計画』のけの字も触れられなかった。これも秘中の秘、ということなのだろう。
反面、戦闘の心得や、人生で大切なこと、など方向性を持ちながらも漠然とした問には、かなり饒舌な回答が得られた。
まず、戦闘においては、ことを有利に運ぶためなら、敵に倍する人数を揃えること。
使える道具は、懐の許す限り湯水の如く使うこと。
不意打ちが叶うときは、最も強い者から無力化すること。
遠距離からの一方的な攻撃は、人類の考案した最も画期的な攻撃方法であること。
余裕があれば、罠を活用すること。
危なくなれば、躊躇なく逃げること。
等々、凡そ戦士とは思えぬ言がぼろぼろと転び出た。案の定、トルドスが食って掛かる。
養父はそれを笑って流す。
「たしかに、アーチルの思う『正しきノルド戦士』からすれば、到底受け入れ難いだろう。しかし私は、多少くすぐったいながらも優れた戦士と呼ばれている。わかるか? 『正しい戦士』ではないのだ。連中の前でそれらの戦法を見せたことが無いため、仔細を承知のうえで使い分けているわけではないだろうが……。
私は、戦いとはどんな手段を用いても、最後に立っている者こそが勝者であり正義だと考えている。生きていれば、また別の敵と戦うこともできようが、死んでしまえばそれまでだ。ソブンガルデから現世の戦いに介入することは出来まい?」
理屈は通っているように思えるが、トルドスは村を出るまで、終ぞ納得しかねていた。そして後にアーチルへこの話をし、『義侠のアーチル』とまで歌われた父が彼の錬金術師の言をまっこうから否定しなかったことについて、衝撃を受けた。
いくらノルド戦士とは言え、戦闘、ないしは戦争とれば、自陣に相手より豊富な人員を揃えるのは基本である。察知されることなく会敵したとすれば、不意打ちくらいは当然する。前衛が切り込むなか、離れた場所に射手を配置して、射撃に専念させることもある。形勢が不利になれば、戦略的撤退を選ぶこともある。
それらを全く歯に衣着せず口にすれば、彼の錬金術師の言になるというだけの話である。このあたりは実戦を経験した戦士なら誰でも承知していることなのだが、未だ年若いトルドスに納得させるには、少々骨であった。
閑話休題。では人生訓についてはどうだったろうか。こちらは、一部を除いて然程おかしなこともない。
広い世界で信頼できる者とは存外少ないため、余程仲が
取り返しの付かない話でなければ、諦めない限りどうにかなること。その際、闇雲に挑戦し続けるのではなく、上手にできたことや下手を打ったことの考察は怠らないこと。そして、新しい可能性を常に模索すること。
後悔しない選択、というのは極めて難しいため、せめて自分が納得できる選択をすること。どうしても肚が決まらない場合、酒でも友でも女でも、自分以外の力を借りたとて、何ら恥ずかしくはないこと。
ここまでは二人共納得できた。突然「女でも」などと口にするものだから、年頃のトルドスなどは若干赤面してしまったが。
しかし、次に言には首を傾げざるを得なかった。
誰かのため、何かのため、などと口にする者にはあまり近づくな。人は誰しも自分のために生きている。家族のため、友のために生きている、という者もいるが、それは究極的にはただの自己満足だ。それを自覚したうえで口にしているのならは問題無いが、勘違いしたまま口にしているのだとすれば、厄介だ。その手の輩は、他人にもその価値観を押し付けかねん。近寄らぬが吉だ。
ちなみに、これは神に仕える者も含まれる。人は神のために生きているのではない。神のために生きる人が居なければ存在できないのならば、そんな脆弱な神など居ないほうがマシだ。
随分過激なことを言うものだと、トルドスは目をむいた。ステンダールの番人に聞かれれば、デイドラ崇拝者でなくとも付け狙われそうだ。
それに、アーチルは度々「首長のため」「タロスのため」と口にすることがある。これも、素直に納得できるものではない。
先述と同様に自らの父へ詰め寄ってみれば、これまた苦い顔をしながらも否定はされなかった。
当然の話だが、アーチルがただの人である限り、ウルフリック・ストームクロークの本心や、タロスの御心を正しく理解することなどできはしない。その状態で、首長のため、タロスのためと口にしたところで、真に彼等のためになるかなどわかりはしない。そう考えたため、アーチルは開き直った。俺は俺の思う忠義と信仰を果たす。仮に俺の考えが見当違いであれば、誰かから叱責を受けるなり、罰が当たるなりするだろう。そうでないのならば、それでいいのだ、と。
アーチルは愛息が普段触れることのない価値観に触れたことを聞き、彼の錬金術師に預けたことは有意義であったと確信した。したが、もう少し言葉を選べないものかと、やはり少々文句をつけたい気分にはなった。寝室の壁に飾られている黒檀の盾が、少し恨めしくなった。
再びの閑話休題。忙しい養父と同衾できる機会を狙っての質問であったため、例に挙げただけでも数日に渡っての話であったし、それ以外にも様々なことを尋ねた。
結果、トルドスはトルドスで胸中に乱気流を起こし混乱していたが、ラーナルクはラーナルクで、陰鬱な雨雲を発生させていた。
トルドスはいい。自分の父とは違う価値観に触れて戸惑っているだけだろうから。しかし自分は? これまで、自分は「お父さん」の一番近くにいると思っていたのに、知らないことだらけだった。
それはまぁ、普通の親子に比べて過ごした時間は短い。しかし聞き出す機会ならいくらでもあったはずだ。
当の「お父さん」からすれば、心に傷を負った子供にそこまで多くを求めてはいない。最悪の場合、ラーナルクが死ぬまで自分が養ってやってもいいか、とすら考えていたのである。
ある意味、息子に何の期待もしていない、とも取れる思考ではある。しかし、自分の歩んで来た道が、地獄の業火吹き出す地の底を血と屍で舗装したものであったが故に、愛息には穏やかな生を歩んでくれさえすればいい、という思いがある。
そのため、基本的にはひたすら甘やかし、聞かれれば答えてやる、という姿勢でいた。
ラーナルクの理解力が極めて高かったことも、その一因である。何せ口酸っぱく説教をしなくとも、大概のことは一度言って聞かせるなり、どうかすれば言わずとも道理を理解して守る子供であったのだ。甘やかさないほうが難しい。
しかしそれとこれとは話が別である。養父たる男が如何に息子を愛していようが、肝心のラーナルクがどう思い考えるかが全てだ。
このあと、村を出てトルドスと別れることになるまで、普段どおり二人で楽しく遊びに興じていても、ラーナルクの胸には常に棘のような小さな違和感と痛みが付き纏うことになる。