DARK SOULS → SKYRIM でまったり()スローライフ() 作:佐伯 裕一
そう言えば誤字報告ですが、前回は指摘される前に自分で見つけることができました。プリントアウト出来ない私としては、『ゆかり』読み上げ機能は大変有り難いです。運営に感謝。
前回の粗筋。
不死人はエストや装備以外では回復しない。
三枚目な錬金術師の弟子ができた。
衛兵隊の訓練を本格化させた。
愛息に巣立ちを促した。
三五、女盗賊と若者
「来たかラーナルク。先程衛兵隊から報告は聞いたぞ。賊討伐の帰り道に見つけたサルモールの連中とイーストマーチ衛兵隊、そのどちらも始末したそうだな。山中の戦闘へ横槍を入れる形での奇襲だったとはいえ、見事な手際だ。
父もそろそろウルフリックへの嫌がらせじみた工作を始めるべきだと考えていたところだからな。丁度良かった。まぁお前のことだ。そのあたりは察したうえでの働きだったのだろうが」
場所はウィンターホールド首長付私兵の館、その地下に隠匿された一部屋である。
魔道具を贅沢に使っているのか、暖炉も無いのに暖かい。機能性を重視して配置された家具と若干数収めてある調度品が、『執務室』といった風情を醸している。
カーリアが観察した、館の主である男の性格とはいまいち噛み合わないのだが……。彼女はこれと良く似た部屋がブレックス邸の地下にも存在することを知っている。おそらくはブレックスの配下が手配したのだろう、とあたりをつけた。
「そもそもの話、このウィンターホールドの地で余所者同士が好き勝手をしていたのだ。裁定を下す権利はこちらに有り、だ。あとはブレックスに任せておけば、上手に引っ掻き回すだろう。心配は要らん。仮にばれたとしても、連中とて文句は言えまい。
しかしなんだ。その組み合わせはいつぞやの旅路を思い出させるな。あのときは私が衛兵隊に味方してアーチルと知り合ったのだが、此度は適度に痕跡を残しての鏖殺か。その判断、手際、悪くないぞ」
人目を憚るように拵えられた場所での密談。
……それはそうと。
「ねえ、時間は有限よ。いい加減、本題に入らないものかしら?」
「おお、そうだな。客人を待たせるのは良くない。
が、しかし、だ。お前はブレックスの友であって、私の友ではない。私にとっては言葉どおり、ただの『客』なのだ。それを弁えてほしいと思うのは贅沢なことか?」
けして余人に気付かれてはならないと気を張ってこの会合に参加したというのに、男はのんびりと若者を労っている。
それに苛立ったカーリアが話を急かすと、男は同意しながらも逆に太い釘を刺してくる始末だ。我知らずカーリアの眉間に皺が寄り、奥歯が噛み締められる。
尤も、男にも一応の言い分はある。
自分は友の頼みで協力するのであって、何処の誰ともわからぬ他人に顎で使われる覚えはない、というものだ。正当な主張と言えばそうなのだが、
「さて、客人だけではなく我が友等も同じ気持ちだろうからな。言われたとおり、本題に入るとしよう。
息子よ。お前は強くなった。この父が、『仕事』を任せるのに十分だと判断するほどに。今こそ、その力を父に貸してほしい。父には手出しできん話なのだ。助けてくれ」
男は続けて「などといきなり言われても困るだろう。まずは紹介からか」と口にし、カーリアを始めとした全員の立場や関係を、呼びつけられた若者へ説明している。
若者……男の言に耳を傾けながらそれぞれの様子を観察しているラーナルクであるが、普段に比べて幼さの見える様子だとカーリアは思った。鍛錬場での
カーリアがラーナルクを観察しているあいだにも、男の話は続く。
「ことの発端は、ギルドの先代マスター殿にまで遡る。件の人物については、お前も盗賊連中から折に触れて聞いているだろう。とはいえどこかに漏れがあってもいけない。既知の話もあろうが、おさらいとでも思って聞きなさい。
ついでに言えば、私が真に事情を理解しているかという確認も兼ねている。しかし私は、要点をまとめて話すのは苦手だからな。時系列順になぞっていくぞ」
男の後半の言はラーナルクだけではなく、軽口混じりにブレックスやブリニョルフへと視線が向いている。間違いや補足があれば都度頼む、ということなのだろう。
「まず、先代殿の名はガルス。ブレックスの友であり、そこなカーリアと恋仲だった男だ。
彼はギルドの最盛期を築き上げた大黒柱だった。多くの友を持ち、個人的にも組織的にも大きな力を持った。それが突然に没したため、ギルドは大混乱に陥った。しかも病没ではなく、暗殺されたとあってはな。結局は後継争いまで起きた。脱走や分派していく者達を止めることもできず、ギルドは概ね今の形に落ち着いたわけだ。このブレックスもメルセル・フレイを嫌ってギルドを出奔した口だな。
……ちと話がそれた。わかった。わかったから睨むな。
ええと、そうだ。傷を負いながらも帰還したメルセル・フレイの証言により、下手人はここにいるカーリアだ、とされた。
ギルドは文字通り血眼になってカーリアを探したそうだが、この才女は随分と腕が立つらしい。結局、ギルドが身柄を確保することは叶わなんだ。まぁ、そうでなければ今こうしてここに立っているわけがないのだがな。
ところが、だ。どうも真相は違っていたようなのだ。下手人はカーリアではなく、それを告げたメルセル・フレイその人だと言うではないか。
父としては真偽のほどは知らぬし、どちらが下手人であっても大した違いは無いのだが。強いて言うなら、父はあの男が好かんからな。彼奴が下手人であったほうが何かと都合がいい。
男の物言いに、カーリアの頭へ血が上る。だが、先程も釘を刺されたばかりだ。ここで口を出しても仕方ないと、フードで視線を隠しつつ、男を睨み付けるだけでこらえる。
それにしても「真偽は些事」とは随分な言い草である。それほどまでにブレックスを信頼しているのか、この件に然程興味が無いのか。男と接点の薄いカーリアには判断がつかない。
だが男にとっては他人事であっても、カーリアにとっては積年の恨みを晴らせるかどうかの瀬戸際なのだ。どうしたって気分は落ち着かないし、男がどこまで頼りになるのかも、いい加減そうな言い草のせいで不安になる。
ブレックスからは予め「信用も信頼もしている」と聞いてはいるが、直接の接点がほとんど無いカーリアでは、そこまで信を置くことができない。
尤も、それはそっくりそのまま男の抱く思いと同じものである。余裕が無い分だけ、カーリアの胸中が乱れている、というだけの話だ。
カーリアの視線に気付いてか気付かずか、男は話を続ける。
「よって友等としては、裏切り者へケジメをつけなければ収まりがつかん。二人の我が友が仇討ちを強く願うのならば、父はそれに協力してやりたい。それに話が先代殺しともなれば、ここに居る面子だけの問題ではない。ギルドの問題だ。よって、ギルド内でも腹芸のできる者を見繕い、協力させる。
だた、一つ問題がある。この父がギルドへ赴き、彼奴の胸を剣で一突きするのは容易い。しかし、この場の皆はそれでは納得せんのだ。特にブレックスなどは、彼奴から全てを奪い、失意の中でその生涯に幕を下ろさせることを望んでいる。父はそれを尊重したいと思う。
そこでだ。あの業突張りをただ殺すのでは面白くないと、父達は一計を案じたのだ。そのためには、まずメルセル・フレイを貶めるための下地が無ければならない。
ついでに言うと、だが。メルセル・フレイ……というより、リフテン首長へ多大な影響力を保持する彼のブラック・ブライア家が計画の妨げになりそうなのだ。父は可能であれば、穏便な方法でこれを排除したいと思っている。石に躓く度に砕いていては、ちと外聞が悪い。
そして、ブラック・ブライア家の権力のうち、無視できない一部が、ギルドの存在なのだ。
無論、ギルドの全員がブラック・ブライア家に協力的というわけではない。が、メルセル・フレイとブラック・ブライア家当主、メイビン・ブラック・ブライアの二人に限って言えば、完全に持ちつ持たれつの関係にある。
お前も散々盗賊連中の業を見てきただろうが、奴等の職能は敵対する者にとって、「何をされるかわからない」という恐怖を
手前味噌ではあるが、父の働きもあって先代殿が没した当初に比べれば、ブラック・ブライア家からギルドへの影響力は徐々に弱まっている、らしいが……。それでも両者の結びつきは今なお強い。父はそれが非常に面白くない。
つまるところ、父はそろそろメルセル・フレイとブラック・ブライア家が邪魔なのだ。前者を友の望む形で取り除き、友の宿願成就と計画の障害排除を両立したい。その諸々の下準備を、お前に任せたいとそう考えている」
男にはブレックスやブリニョルフへの気遣いが見えるが、カーリアやエンシルについてはそうでもない。あくまで当事者であり、友人であるブレックスが同席を求めたため、蚊帳の外に置くことはしなかった。その程度の認識なのだろう。
カーリアとしては、自分こそが最たる渦中の人物だ、という自負がある。それ故、忸怩たる思いも湧いてくるのだが、館の主である男によってあらゆる計画の変更を余儀なくされた結果、カーリアには男の協力を仰ぐ道しか無くなっていた。男と協力関係を結ばなければ、目的達成への道が閉ざされた、と言っても過言ではない。
そう言う意味では、男を憎たらしく思う。それでも今のカーリアには、ブレックスを通じて男を頼る他ない。
釘を刺されてしまった手前、男が何か考え違いを口走ろうとも、ブレックスあたりが訂正するだろう。自分の発言権は無くなったも同然だ。あとでブレックスと改めて話し合うにしても、この場にいるあいだ、どうせやることもない。
カーリアは、どうしてこうなったのか、と男が若者へ話をするあいだ、若干の現実逃避に走った。
自分達ナイチンゲールは、史上最も優れた盗賊であり、同時に最も誠実なノクターナルの守り人だと確信していた。
ダンマーは総じて長寿であるが、見た目通りの若年であったカーリアは、在りし日、たしかにそう考えていたのだ。しかしそれは自分だけの思い込みであったと、骨身に染みることとなった。
信頼していたメルセルはギルドの財産を横領し、私腹を肥やしていた。誰よりも愛しい想い人であったガルスは、決定的な証拠こそ掴めずとも、メルセルを怪しみ、調査していた。
自分だけ、私だけが何もわかっていなかった。カーリアはガルスの亡骸を墓地に残したまま、後悔と絶望で溢れる滂沱の涙を気にもせず、
それから、カーリアにとって地獄の日々が始まった。
メルセルは衝動的にガルスを殺めたわけではなかった。自分の行いが大なり小なり露見していると考え、綿密な計画を立てたうえでガルスを稼業へと誘き出した。そして秘密を共有する同志であり大恩ある先達でもあるギルドマスターを殺めると、その毒牙をカーリアにまで向けた。
カーリアは必死に抵抗して逃げ出したが、今になって思えば、メルセルとしてはカーリアを始末できようが取り逃がそうが、どちらでも良かったのだろうと思う。
ガルス共々殺害を完遂できたのなら、それなりの筋書きを用意し、涙の一つでも零したかもしれない。「あのメルセル・フレイが……」とギルド構成員の同情を誘えれば儲け物。
取り逃がしたとしても、復讐者の仮面を被り、構成員達の怨嗟をカーリアへと向けることができる。
そう考えれば、寧ろメルセルは自分をわざと逃したのかもしれない。敵を目の届かないところへ追いやる危険性は承知しつつも、一人でできることには限度がある。ならば構成員達の負の感情の矛先を残しておいたほうが、何かと都合がいい。
カーリアはそのように考え、おそらくそれは事実だと確信している。
どちらにせよ、カーリアの去就に関わらずメルセルは新体制のギルドで辣腕を振るう。ギルドの規模はいくらか縮小されるかもしれないが、人の下に就くことを
反面、カーリアには泥を啜る毎日が待っていた。ガルスがメルセルを疑っていたように、メルセルもガルスを監視していた。そして
ガルスの近親者へ嘘を吹き込み、カーリアを孤立させる。唯一、魔術大学のエンシルには直接の手出しが不可能であったようだが、ウィンターホールド自体を見張っていれば接触は困難になる。何せウィンターホールドの町では余所者は目立つのだ。ダンマーならなおのこと。カーリアが身の潔白を早期に証明する手立ては失われた。
その結果、カーリアはいつ終わるとも知れない逃亡生活に身をやつすことになった。
騒動の直後は、どの町に行ってもギルドの者が血眼になってカーリアを探していた。少し落ち着いてからも、メルセルの雇った賊や情報屋が常に徘徊していた。カーリアは追い立てられた鼠のように、野山を住処とするしか無かった。
ガルス存命中は、カーリアにとって我が世の春だった。小さな王国とまで称されたギルドを我が物顔で歩き、稼業へと出向く。そして当然のように仕事を完遂させて、仲間の称賛を浴びながら愛しい人に報告をし、後始末を終える。
それがたった一度の裏切りによって全てが覆された。天国は地獄へ。歓びは絶望へ。誇りは自他への不信へ。何もかもが裏返った。ただただ、惨めだった。
いや、『たった一度』などと考えているから自分は駄目なのだろう。ガルスは猜疑心の強い狭量な男ではなかった。であれば、メルセルを疑うことは、それ自体が苦痛を伴っていたはずだ。自分はそれに気付いてやれなかった。恋人が一人苦しんでいるあいだ、自分はその庇護下で得意気な顔を振りまいていただけだった。
カーリアは自らを呪った。こんな愚図は死んだほうがガルスのためになる、とさえ思った。
しかしどうしても。どうしても愛しいあの人の仇を討つまでは死ねない。その思いだけを支えに泥水を啜り、陰から陰へと鼠のように逃げ回る日々を送った。全ては恨みを晴らすため。許されざる悪行を白日の下に晒し、報いを受けさせるため。
カーリアは復讐の鬼になっていた。
そんなカーリアに転機が訪れたのは、ガルス死没から数年が経った頃だった。ウィンドヘルムの町で、ブレックス一味とギルドが暗躍しているという情報を掴んだ。
カーリアは混乱した。詳細までは知らずとも、ブレックスは郎党を引き連れてギルドを出たと聞いていた。それがメルセル率いるギルドと同じ町で仲良く動いている? その割には両者の距離感が気にかかる。
ブレックスがメルセルに取り込まれているのなら、状況は絶望的だ。ブレックスはカーリアをこそ仇と見定め、自分を追い詰めるためであれば喜んでメルセルに協力するだろう。いや、協力どころか寧ろ自ら仇討ちを成し遂げることに執着するかもしれない。
だが、ウィンドヘルムでの両者の動きを見るに、どうも競い合いながらも不干渉を決め込んでいるように見えた。
協力関係が築かれているのなら、どちらの組織がどの有力者をを落とすか、という棲み分けはできているはずだ。しかし競い合っている? ならば何らかの事があって不戦の協定を結びはしていても、同盟とまでは行っていない。そう考えるのが妥当だと思えた。
うまく行けばブレックスを味方にできるかもしれない。
そう考えたカーリアはブレックス一味の動きを監視しながら、ギルドの経済状況を調べることにした。それは並大抵の苦労ではなかったが、絶望の中に見えた一筋の光明は、彼女にとって何よりも何よりも甘く暖かかった。
だが調査が進むうち、状況は自分が考えているほうから明後日に向かっていることがわかった。彼女は再び混乱した。
彼女には腹案があった。逃亡中に伝え聞く限りの話ではあるが、ギルドへの最大の支援者となりつつあったブラック・ブライア家を第一の標的とするものだ。そこへ打撃を与えて、メルセルの対処能力を奪いつつ、防壁の一つを崩す。一挙両得の策である。
これは『敵の敗北を確実にするには、そいつの味方を潰せ』という、ガルスの教えを元に考案したものであった。
それが、ブレックス一味と行動を共にする一人の男によって、策そのものが意味の無いものに成り果てかけていた。
カーリアの考えでは、ギルドは向こう数十年かけてブラック・ブライア家の傀儡になっているはずだった。ガルスの死没は、それほどまでに大きな影響を齎すことも十分あり得るからだ。
だからこそ、落ちぶれたギルドを率いるメルセル・フレイにとってブラック・ブライア家は頭の上がらない最大の支援者となり、そこへの打撃は効果的なものになるはずだったのだ。
だがギルドの復興は予想外の速度で進み、ギルドとブラック・ブライア家の力関係は、それほど大きな傾きを見せていない。今ではギルドが新しい
この状態でブラック・ブライア家にのみ打撃を与えたところで、ギルドには彼の家を『切り捨てる』という選択肢が選べてしまう。それでは意味が無いのだ。
カーリアはブレックス一味にも気付かれないようウィンターホールドの移住者に紛れ、ブレックス一味の、いやブレックス個人の見極めを行った。
一味はその性格上、ブレックスの思うがままに動く。そのため当初は、一味全体の動きを把握できれば、ブレックスの思惑を知ることも可能だと考えた。
だがブレックスがカーリアの存在を念頭に動いていたとしたら? ブレックスがカーリアを油断させ、謀り、罠に
だからカーリアは覚悟を決めた。自分を仇と信じ、姿を現すどころか存在を臭わしただけで殺しにかかってくるかもしれない男の下を、自分から訪ねていった。巨人の宝が欲しければ、巨人の営巣地に踏み入るしかないのだ。
ウィンドヘルムでの一味の暗躍を監視しつつ、フラゴンを出たあとの足取りを追った。そうして疑念を期待に変えてからも、ウィンターホールドにて慎重に様子を探った。
カーリアのこれらの動きにブレックス含めて一味の者達が気付けなかったのは、決して一味の技量が低いからではない。カーリアは若く、更にはガルスの推挙があったとはいえ、ナイチンゲールの守り人なのだ。個人の力量だけなら、少なく見積もってもギルド幹部級。高く見積もれば、隠術と弓術においては他の追随を許さない腕前を持っている。
そんな彼女が一味に敵意を抱くでもなく、ただ観察に徹していた。人は敵意やその痕跡には敏感になるが、そういった邪な気配の無い動きを察知するのは難しい。
危険を冒したかいはあった。カーリアは賭けに勝ち、友人を一人取り戻した。ブレックスはカーリアが接触する以前から真犯人について疑問を抱いており、警戒しつつもカーリアの話に耳を傾けた。
するとブレックスが指示を出すまでもなく配下の者達が裏取りを行い、それは概ね『真である』と判断された。カーリアの逃避行が本当の意味で終わったのは、この時点であった。
次いで、二人目の友人であるエンシルとも再会を果たした。エンシルは元々カーリアを下手人とは考えておらず、消去法でメルセルこそが真犯人だと当たりをつけていた。
それ故に計画の変更を余儀なくされたのだが、もののついでとばかりに主導権まで奪われた。
ブレックスが主導するのならば、まだ我慢もできた。カーリアにとっても馴染み深いこの強面の男は、カーリアの愛する男の友人であり、二人の仲を祝福してくれていた。間違っても口には出さないが、存外、好意を隠すのが下手な男だ。カーリアは自分の予想が十中八九間違っていないだろうと考えている。
ナイチンゲールでこそないものの、仮にメルセルへの復讐の主導権を預けるとしたなら、スカイリム中でもこの男以外に納得できる者はいなかった。カーリアのブレックスに対する信頼は厚かった。
だが、実際に主導権を握っているのは、カーリアとは縁の薄いウィンターホールド首長付き私兵の男。ギルドの外部協力者であり、ブレックスが不承不承言うには「ダチ」らしい男。
男に主導権を預ける最大の理由は、計画の鍵となる若者が男の養子であり、若者への指示は男以外の何人たりとも出すことが叶わないことと伝えられた。
しかしカーリアは本当にそれだけだろうか、と思う。
言っては悪いが、カーリアからすれば男はそう知恵の回る性質には見えなかった。ブレックスであれば、表向きは立てるようにして手玉に取り、傀儡とすることも難しくはないはずだ。特にブレックスの陰であるハンはその手の人心掌握に長けていたと記憶している。
それをしないということは、不機嫌そうに言う「ダチ」が偽りではなく、ガルスには及ばないであろうとも、真なる友情を感じているということ。
元々ブレックスは、カーリアへの復讐心もあっただろうが、メルセルに反発し、ギルドを脱退するほどの激情家でもある。だと言うのに、カーリアには、ブレックスが男を尊重して一歩引いているかのような雰囲気が感じ取れてしまう。そのあたりからも、やはりブレックスと男の信頼関係は自分が思う以上に厚いのだろうと思われた。
カーリアにはそれが歯痒く、もどかしい。復讐の甘い蜜は、心から信頼できる者とのみ分かち合いたい。だが現状は、何を間違えたか一人の部外者が我が物顔で話の中心に居る。
復讐とはどれだけ美辞麗句を並べようが、結局は徹頭徹尾、感情の問題である。だからこそ、カーリアは己の抱く不満を正当なものだと思った。復讐が感情で成すべきことなのであれば、余計な損得や理屈を排したあとに残った感情こそが、最も純粋で崇高な理念になり得ると考えたからだ。
なのに、どうして……。カーリアが現実逃避から帰ってくるころ、男から若者への現状確認が終わったようだった。
「幾つか、質問をよろしいでしょうか?」
「勿論だともラーナルクよ。寧ろ、私はお前と違い記憶力に
「では遠慮なく。まず、何故その役目を仰せつかるのが僕なのでしょう?」
「端的に言えば、盗賊の業を修めている人間の中で、最も腕が立つのがお前だからだ。
父がメルセル・フレイを嫌っているように、あちらも御同様のようだ。ブリニョルフに聞いたが、間違いなかった。父が私兵の仕事をおざなりにしてギルドへの干渉を強めれば、確実に彼奴の警戒を買う。
その点で言えばお前も同様だ。猜疑心の強いあの男のこと。父の子である、というだけで無警戒とは当然行くまい。だが、お前はリフトの砦からこっち、どうかすれば父とより盗賊連中と過ごした時間のほうが長いくらいだ。
更に都合がいいことに、お前も知るとおり二人の付き人のうち、一人は必ずギルドの者だった。おかげで、大変用心深く慎重であらせられるギルドマスター殿は別としても、構成員のあいだにはお前を受け入れても良い土壌が出来上がっているらしいのだ。
勿論、付き人の中にはメルセル・フレイの息がかかった者もいたからな。全員がそうというわけではないが」
「そのあたりは俺からも少し補足させてもらおう。
兄弟の言うとおり、お前さんはギルドの連中からも一目置かれている。特に年嵩の者にその傾向が強い。メルセルが怪しもうが警戒しようが、そいつらがお前さんの身を守るだろう。
ついでに、俺としては都合がいいような困ったような事情もあってな……。
兄弟達には話してあるんだが。実は兄弟が協力者になってくれたあたりから、メルセルを引きずり下ろそうって動きが度々あったんだ。折角落ち着いてきたギルドを再び混乱させかねない馬鹿共だよ。信じられるか小僧。連中、よりにもよって俺を担ごうとしたんだぜ? 見る目が無いにもほどがあるだろう?
結局は穏便な方向に落ち着いていたんだが、人の感情ってもんはそう簡単に割り切れはしないらしいな。
連中が最近
「……それはつまり、僕が舐められている、という話ですか? 僕ならば傀儡にできる、と」
「いやまぁ、悪く取ればそうなんだが、実際はもっと緩い雰囲気だな。連中も、お前さんの腕前や頭の切れは認めている。盗みの業そのものはまだだが、お前さんは若い分、伸び代がある。『自分達が手解きをし、これからも面倒を見てやるつもりの人間が上に立つのなら、そう悪い扱いは受けないだろう。少なくとも現フレイ体制の息苦しさは解消されるはずだ』。連中の考えはそんなところさ」
若者はその後も幾つかの質問を投げかける。
計画への理解を深めようとする思慮深さにも見えるが、カーリアは違和感を覚えた。そしてそれは、エンシルを除く全員に共通したものであった。
普段のラーナルクに指令を下したのならば、ラーナルクからの確認は最低限で済む。ウィンターホールドを取り巻く環境。自分の置かれた立場。ブレックスや男など、指令を下す立場の人間の思惑。それらを鑑みて、最適な行動を己の脳内で弾き出せるからだ。
そこいらの若い衛兵隊員がそのような態度で任務へ臨もうものなら、私兵たる男のしごきが数段厳しいものになる。だが、ラーナルクがその手のしくじりを見せたことは、ここ数年で一度も無い。ラーナルクにとっては、少ない情報からであっても『理解可能な推定事実』なのだ。
そも、現場では予想外なことが度々起こる。そしてその場で判断を下すのは、現場指揮官であるラーナルクだ。つまり、どれだけ事前に打ち合わせをしておいても、結局は現場の裁量で動かざるを得ない。ならばやはり必要以上に詳細な確認は時間の無駄だろう。多忙な養父や相談役の手を煩わせることもない。そういった認識であった。
なのにどうしたわけか。今日は質問が多い。カーリアにはその様子が違和感として映った。
「つまり僕の役目は、僕へ好意的な構成員を足がかりにギルド全体へ広く味方を募り、お父さん達が動く
「『言うは易し』、の典型だがな。概ね間違っちゃいない。欲を言えば、お前さんのシンパを作っておければなお良い。あ、ギルドには年頃の女もいるが、そのあたりは上手にやれよ? 味方に付けられれば心強いが、仲が拗れたら厄介な敵になりかねんぞ」
ブリニョルフがおどけて不良中年らしく訓示を垂れる。対してラーナルクは「あなたじゃあるまいし」と反論し、不良中年は「俺は常に、関係を綺麗にしておく主義だ」と胸をはる。女遊びを否定しないあたり、伊達男ぷりは相変わらずなようだ。
次いでラーナルクは「出立はいつ頃がいいですか?」と聞いた。普段なら有り得ない質問に、カーリアですら決定的だと思った。それは、養父たる男も同様であった。
「……父の下を離れるのが怖いか、ラーナルク」
若者の肩が、気の毒なほどに跳ね、強張った。
鍛錬の様子を見ていると信じられないが、養父の男は子を溺愛し、養子の若者は父を強く慕っているとのことだ。そんな子供が、父の役に立てる好機だと言うのに出立に逸るわけでもなく、寧ろ先延ばしにする、いや、『したい』と思わせるような言を吐いた。
仮に日取りについて都合があるのなら、ここまでの説明で既に明かされているはずだ。男がそれほどの重要事項を失念していたとしても、ブリニョルフやブレックスが補足している。
ラーナルク自身にも自覚が無かったわけではないだろう。それでも、最愛の養父から直截に指摘されたことが、堪えたらしい。
「お前がどうしても、と拒むのなら、無理強いはしない。計画のことは言うまでもなく父の我儘であるし、ギルドの件も同様。父がブレックスに協力してやりたいというだけの話。お前も此奴に多少の恩や義理はあろうが、お前が我が下を離れ、身を危険に曝さなければならないほどの理屈ではない。無論、お前が断ったところで、父がお前を見損なうことは露ほども無い。
それに父の二人の友人はどちらも知恵者であるからな。お前の手を借りられないとなっても、何かしら妙案を思いつくだろうさ。気負うことはない」
男にそんなつもりは無かったのだろう。しかし、内心で狼狽している若者にとっては、突き放した言い方にも聞こえてしまった。
「……お父さんはウィンターホールド首長の私兵であり、町と大学を繋ぐ掛け替えの無い人物です。その息子である僕が臆病風に吹かれて安全な巣に籠るなど、許されることではありません」
「誰が許さない? 誰が決めた? お前に其奴等の心当たりがあるのなら、言いなさい。この父が成敗してくれる。私の自慢の息子を
大体今回の一件は極秘任務だ。対外的には『武者修行に出した』とでも発するつもりでいる。つまりお前が話を受けても断っても、周囲から受ける視線が悪くなることはあるまい。お前の言う『巣に籠る』状態であったとしても、これまでどおり町のためにその腕を振るう毎日が続くだけだ。存外、そのほうが住民達の受けはいいかもしれんな。
そしてそれを理解していないお前でもあるまい?」
自分でも馬鹿な発言をしたと思ったのか、ラーナルクの浮かべる表情は苦い。そこに普段より格段に働かない頭への苛立ちと、それでも何か言い繕わなければならないという切迫感が重なり、若者の浮かべる焦燥は増すばかりだ。
「……ラーナルク、我が息子よ。お前は『考えを読ませない』と評判で、自覚もあることだろう。しかしこの父にはな、大凡何を考えているのかが透けて見えてしまうのだ。お前が何を恐れ、何を隠したがり、何を恥じているのか」
若者はハッとした顔で養父を見つめる。そして慈愛に満ちた視線を真正面から受け、耐えきれず視線を切った。
養父である男は続けて言う。
「お前という人間への観察のみであれば盗賊連中のほうが長けているかもしれんが、こう言った方向への感情の揺らぎについてはな。父のほうが詳しい。何せ父は今でこそ色々と割り切ってしまえる性質になったが、昔のお前より、更に、ずっと、弱く小さな人間だったのだから。まぁ、父親の意地として努めて『強い父親』ばかり見せようとしたこともあってか、お前には『弱い父親』というのは想像しづらいかもしれんが」
ラーナルクの胸中は、男の指摘するとおりだった。『変わっている』と思ったことは有れど、『弱い』などと考えたことは一度たりとてない。養父の失敗談などは、寧ろ強すぎるが故の弊害だと考えていた。それはそれで間違いではないのだが、スカイリムで拾われたラーナルクに、不死人となる以前の男の様子を想像することは、極めて難しい。無理と言ってもいい。
だからこそラーナルクは半信半疑にもなるし、しかしお父さんが言うのなら、と自分の秘部が見通されている恐怖に
黙り込んでしまった若者に対し、男は水を差し向ける。
「そんな父が、今一度、問おう。父は既にお前を一個の戦力として勘定している。だからこそ、この父を助けてはくれまいか」
たっぷり数十を数えるほどの沈黙の後、若者は、ラーナルクは、絞り出すように答えた。
「その任、お受けいたします。吉報をお待ち下さい」
それは若者にとっては初めての経験である、父親の前から立ち去りたい、という
相変わらず心身共にヤバいので、感想や評価で応援していただけると有り難いです。