DARK SOULS → SKYRIM でまったり()スローライフ()   作:佐伯 裕一

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18000字超えと少々長いです。ただ、マルカルス編最終話ということもあり、切るよりは長くてもそのまま出したほうが良いと思いました。お時間のあるときに目を通していただければ、と。

また、麦茶太郎様、誤字報告ありがとうございます。大変助かりました。

前回の粗筋。
三人目、四人目の協力者、宿屋の女給スヴェンと宮廷魔道士カルセルモの助力により、市警隊ぶん投げ日課が捗る。


四一、お祭りと悪巧み

 宮廷魔術師カルセルモ師。錬金術師ボテラ。銀細工師イーザイル。そして宿屋の女給スヴェン。

 この四人の協力があって、私はついに市警隊全員の始末を終えた。最後の一人を投げ終えたのは、小雨の振る、寒々しい早朝だった。

 

 天候に反して、私は絶好調であった。散々いびってくれた市警隊員を一人残らず血祭りに上げられて達成感に溢れていたし、その多くは今際の際に()()()()それらしい言葉を吐いてくれた。「助けてくれ」「嫌だ」「どうして」「やめてくれ」。

 月次(つきなみ)な言葉でいい。独創性なんか無くったっていい。本心から出た言葉であれば、それが唯一無二なのだ。

 己の行いを省みて、潔く散って行く者など誰一人としていなかった。私はその事実に感動すら覚えた。

 わざわざ四人も協力者を募り、囚われの王を護衛しながら、やたら面倒な手口で毎日欠かさず複数人を殺害し、逃げられれば追い立て、隠れられれば炙り出し、探し出した。

 そんな苦労をしておいてつまらない男気など見せられたら、かえって興が冷めてしまう。だが、連中は(わきま)えていた。連中は「小悪党は小悪党らしく情けなく散ってほしい」という私の()()()()()()願いを叶えてくれた。

 今なら感謝の気持ちすら抱ける。ありがとう、マルカルス市警隊。戦士ですらなくなった不甲斐なき者共よ。お前達のことはきっと、覚えている限り忘れないだろう。

 

 

 

 さて、そんな絶好調な私だ。すぐにでもシルバー・ブラッド家邸宅へ乗り込もうかと思案したのだが……。どうも今日この日ではない気がしてやめた。

 宿に戻ってしっくりこない顔をスヴェンに見せてしまったために要らぬ心配をかけたが、別に調子が悪いわけではない。しかし、やはり今日ではないのだ。

 

 最近は市警隊や傭兵の相手ばかりしていたため忘れがちではあったが、本命はシルバー・ブラッド家なのだ。ならば本命らしく、攻めるにしても様式というものが無ければならない、と私は考える。だが、今、攻めても、どうもそれらしい様子にはならない気がしたのだ……。

 何故だ? 感覚的な思考ばかりがよぎり、論理立った理由がわからない。

 そこへ、スヴェンが言う。「この宿も随分、空き部屋が増えたわね」と。

 ……脳裏に稲妻が走る感覚。そうか、もう傭兵が居ないのだ。

 

 私が考える理想はこうだ。

 市警隊を一掃した私は、敵の親玉であるシルバー・ブラッド家へ攻め入る。

 しかし立ちはだかるは百の市警隊に百の傭兵達。……あくまで理想の話であるので、この場だけ市警隊が都合よく復活していても問題はない。

 軟弱者共を蹴散らし、少しずつ彼の家の邸宅へ歩を進める私。思い思いの場所から観戦し、湧き上がる民衆。

 連中を血祭りに上げることでついに巨悪は倒され、町の興奮は最高潮へと至る。

 そしてそのままなし崩し的にマダナックをマルカルス市政へ参加させる承認を首長へ取り付け、大団円、だ。

 

 それがどうであろう。実際には市警隊は鏖殺してしまったし、傭兵を名乗る腰抜け共はマルカルスから姿を消した。

 私が日課を続ける最中、徐々に彼の家に雇われる傭兵が減っているのは把握していたが、とうとう古くからの子飼以外は一人もいなくなってしまったのだ。そのため、宿の逗留客が減っている、と。

 何なら彼の邸宅も、襤褸を纏った王を閉じ込めている銀山も、『近づけば祟られる』とばかりに人気が無い。

 別に私は市警隊達以外を的にかける気はないし、そもそも祟り方がわからない。だが市民達には、彼の家に関わる場所というだけで縁起が悪く思えるのだろう。だから駄目だったのだ。

 

 仮に今、私がシルバー・ブラッド邸へ襲撃をかけたとしよう。それに気付き、目撃する者がいるだろうか?

 邸宅内で大立ち回りを演じたとしよう。物音を聞きつける者はいるだろうが、近寄る者はいるだろうか?

 私が関係者一同を外へ引き摺り出したとする。それを出迎えてくれる民衆はいるだろうか?

 答えは全て『否』だ。なんと盛り上がりにかけることだろう。私の直感は冴え渡っていたということだ。

 

 そうとわかれば、準備が必要だ。

 平和な町であっても、市民は娯楽に飢えている。その中でも、処刑は一つの見世物として人気が高いと亡き友等も話してくれた。

 マルカルスの住民は、公権力である市警隊が暴力を辞さず、常に圧迫してくる環境にあった。そして、ここふた月ばかりは私の日課によって陰鬱な気分に曝されていたことだろう。気晴らしの娯楽に飢えていてもおかしくはない。

 そしてその催しは、首長ですらおいそれと手を出せない、どころかリーチの中でもマルカルスに限って言えば()()()と評して不足ない輩を成敗することなのだ。市民達にも楽しんで貰わなければ。

 

 私はその日、町を走り回り、物を集め人に声をかけ、忙しくした。

 夜にはマルカルスで最も高い見張り塔から空を伺い、翌日の天気が晴れ、ないしは曇であることも確認した。

 協力者達には、最後の仕上げへの助力を頼んだ。昼頃を頂点にして、彼の家の邸宅前に人が集まるよう仕向けてほしい、と。

 

 

 

 

 

 一夜明けて。

 日が中点に登ろうかという頃、私はシルバー・ブラッド邸の前に立ち、非常に満足していた。

 邸宅の玄関先には、十字に組まれた杭が立ち並んでいる。わざわざ私が朝から運び、打ち込んだのだ。そしてそれを邪魔立てする者は一人もいなかった。もう市警隊も傭兵もいない。私の何を見られようと、構うことは無いのだ。

 それを遠巻きに見やりながら、何が始まるのかとざわめく市民達。理想的である。昼食時を選んだのは正解だったな。

 

 実はこれ、以前行った同胞団襲撃を参考にしていたりする。

 あのときは、昼食を邪魔された同胞団員が腹を立てて揉め事になりやすくなる、というのが一番の理由だったが。

 それに加えて、誰しも昼食のために仕事の手を止める時間帯に何ぞ催し物があれば、やはり気になって見たくなるものなのだろう。

 こういったとき、市民の中でも発言力を持つボテラや、市民に愛されるスヴェンの存在は有り難い。人を集めるのに最適だった。

 

 ついでに、今は遠き地にいる友の知恵にも感謝を。

 ……私の『理想の仕上げ図』からこの状況を作り出したわけだが、ブレックスに指示されて行った同胞団襲撃は、私の中で成功体験として根付いているようだ。

 野次馬のような群衆。派手に暴れる私。解決する問題。

 私自身に視線を集めたい欲求は皆無だが、それでことがうまく運んだ試しがあるのも事実。知らず知らずのうちに、「あのように立ち回れば良い」という思いがあったらしい。離れていても、我が友は私の力になってくれる。

 

 

 

 私は杭の側に立ち、黒鉄の大盾や塔のカイトシールド、ハルバードや無強化のメイスを取り出し、いかにも『これから荒事を起こすぞ』といった様子を群衆に見せつける。

 まぁ、おそらく盾も武器も大きな物は使わないだろう。色々と家具がある室内では、大物長物は扱いづらいうえ、勢い余って殺しかねない。この中の一族郎党には、これからある役割を担って貰いたいのだ。できるだけ生け捕りにしたいし、軽傷のまま引き摺り出したい。

 

 勿体ぶって音を立てながら襲撃の準備をしているとき、私は群がる市民の中にマダナックの姿を見つけた。これも予定どおり。奴がどれだけ道化を演じきれるか見物である。

 必要なことなので構わないのだが、私が手を回さなくとも当たり前のように往来に顔を出すのだな、この王は。

 

 

 

 さぁ。準備は万端。仕掛けも万全。あとは楽しい殴り込みだと扉を開けようとして……鍵がかかっていた。当然と言えば当然である。しかし出鼻をくじかれた感は否めない。

 仕方が無い(面倒臭い)ので、壊してしまおう。私は大槌である『グラント』を取り出し、全力で石の扉に叩きつける。極めて高い筋力が要求される、鉄塊。耳をつんざく音を上げながらも、きちんと一撃で扉を破壊してくれた。衆目もより集まったようである。風は私に吹いているな?

 

 私は邸宅に踏み込み、唖然としている面々を前に声をかける。問答無用で斬りかかるのはよろしくない。今の私は人に見られているのだから。

 

「やぁ、シルバー・ブラッド家の諸君、初めまして。こんにちは。

 私が誰だか疑問だろうから明かすが、ここ最近、市警隊に(ちゅう)を下していた者だ。マルカルスに巣食う寄生虫、その末端たる市警隊が片付いたのでな。本体を叩きに来た、というわけだ。単純明快だな」

 

 見渡すと、壮年の男。それより幾らか若い男。その妻であろう若い女。そして狼狽(うろた)える使用人と、狼狽えながらもこちらへ身構える戦士が五人見えた。

 ソーンヴァー・シルバー・ブラッド、ソーナー・シルバー・ブラッド、ベトリッド・シルバー・ブラッドだろう。使用人は知らん。戦士は……。駄目だな。こちらは明らかに狼藉者なのだから、有無を言わさず跳びかかってくればいいものを。

 

「そういうわけだから、昼食時に悪いのだがな。少し表に出てくれないだろうか。お前達を磔にする特別な十字の杭も用意したんだ。頼むよ」

 

 ソーンヴァーが声を上げかける。大方「ふざけるな」とでも言おうとしたのだろうが、別に私に聞いてやる義理は無い。姿勢を低く滑らせ、突貫の勢いを以て爪先をメイスで潰す。上げかけた声は絶叫になった。

 地を滑る低い姿勢のまま、残りの者共の爪先や足の甲を次々潰していく。女は衣服で足先が見えなかったので、脛があるだろう位置を盾の縁で殴りつけた。多分、全部折るか砕くかできたと思う。

 

 この段になってようやく戦士が動き始める。……戦士というか木偶ではなかろうか? もしくは、素人に動き回られてはかえって邪魔だと考えたか? だとすれば油断ならない。

 私の低い姿勢に注意して腰を落としているが、ふと気付いた。使用人の分までは杭があるが、木偶の分を入れると足りないな、と。

 そこで、メイスからハルバードに持ち替え、刺す。「使わない」と思っていたが、嘘になってしまったな。しかし余計な身柄は文字通り持て余すので、仕方がない。

 それに、ソウルの業をまざまざ見た敵対者を、生かしておく理由も無い。

 

 二人目が雄叫びを上げながら唐竹に斬り付けてくる。盾で受けようとしたものの……やはり長物は室内では少々不便である。長さは強さではあるが。

 両手に別々の武具を持つのが億劫になったため、塔のカイトシールドをしまい、両手で持ったハルバードの柄の中心で剣を受ける。そこで一瞬力を抜き、姿勢を崩したところを跳ね上げ、石突で顎を殴り、返す斧頭で首を断つ。

 三人目が後ろから突きを放つのを、胴を中心に回転させた斧頭で弾き、そのまま頭上でもう一回転させた刃を以て頭を割る。

 四人目と五人目は同時にしかけてきた。此奴等、やはり木偶ではないな。ただ、私はここでまた一つ思い違いに気付いてしまった。

 何故私は、この家の家具の無事を気にかけながら戦っているのだろうか、と。

 一度気付けば馬鹿らしいの一言だ。柄の、出来るだけ石突に近いところを持ち、体ごとハルバードを振り回す。机や棚が派手に壊れるが、同時に戦士達も胴のあたりで上下二つに別れた。

 なんというか、荒事から遠ざかると勘が鈍るな。戦士達にも、騙し討ちのような形になってしまった。別に悪いとは思わんが、折角の遊び相手は惜しいと思ってしまう。

 

 五人分の血と臓物が撒き散らかされたが、シルバー・ブラッドの面々はそれを浴びなかった。どうも足を潰されて床に這いつくばっていたのが幸いしたらしい。これから行うことを思えば好都合である。

 

 

 

 私は武具をしまい、両の腕に連中を抱えて表へ運び出す。その際、()()()()()()()()ことも忘れない。抵抗されても、折れた足を握ってやれば大人しくなるので楽だ。

 表に出て磔にすると、大回復を全員にかけてやる。衆目に曝される圧制者は、惨めに弱っているか、ふてぶてしく吠えているかが望ましい。今日は後者だ。

 

 私は民衆に、マルカルス市民達に問う。

 

「この中に、シルバー・ブラッド家から何か無体を働かれた者はいないか!?」

 

 折角集まったというのに、まだシルバー・ブラッドの恐怖は刷り込まれたままのようだ。

 再び声を上げる。

 

「この中に、市警隊や傭兵共に、理不尽な要求を呑まされた者はいないか!?」

 

 言い終わり、しまった、と思う。これがブレックスの手引であったなら、群衆の中に手の者を潜ませて声を上げさせるはずだ。だが私は、そのような工作をしていない。

 この手の問答は最初の一人がいなければ話にならないのだが……。

 

「されたぞ! 俺は、冤罪でシドナ鉱山に入りたくなかったら、店の商品をタダ同然に負けろと強要された!」

 

 市民が声をあげたか! そう思って目をやると、男の後ろにはマダナックがいた。おそらく、あの者は町に潜伏していたフォースウォーンなのだろう。

 あまりあの男を調子付かせたくはないのだが、今は仕方あるまい。

 私は「なんという横暴! 卑劣な所業! 他にはいないか!?」と煽る。

 

「お、俺はいつもどおり銀山出口にある溶鉱炉へ働きに出たら、傭兵達に『ウォーレンズ(貧民窟)の連中は臭くてたまらねえ』って殴られて、蹴られて、そんで川にまで落とされた! 市警隊は見て見ぬ振りだ!」

 

「わ、私は、市場で買い物をしていたら、『スリを働くつもりだったのだろう?』と言いがかりをつけられ、そのまま暗がりへ……」

 

 流石に女の被害はマダナックの仕込みだろう。熱が高まったとはいえ、衆目の前で恥を晒したい女はいないはずだ。もしいるなら、もっと昏い恨みを湛えた目をしているものだ。

 その後も被害の訴えは続いた。ほうっておけば止みそうになかったので(連中、どれだけ恨みを買っているんだ?)、盾をメイスで叩いて群衆の注目を集めると同時に黙らせる。

 

「マルカルス市民の諸君、貴方達の怒りと悲しみはよく伝わった。余所者である自分でさえ、義憤を堪えられそうにない!

 では聞こう。この者達に相応しい罰とはなんだろうか!?」

 

 「殴られた分、殴り返してやりてぇ!」「奪われた物を返してほしい!」「誇りを傷つけたことへの謝罪を!」

 うんうん、実際の被害に遭っていたというのにまだ熱狂には至らないとは、マルカルス市民は温厚だな。まぁ、直接手を汚したのは眼前の連中ではなく市警隊達が主なのだから、被害と怒りが結びつきづらいのかもしれない。

 そのせいか、なかなか期待している言葉が出てこないな。

 

 ―――― 死を。

 

 その一言は不思議と皆の耳に響いた。見れば、また陰にマダナックが。彼奴、なかなか使えるな。

 

「ただの死か? 長く町に貢献した名家への、礼儀を以ての死か?」

 

 ―――― 卑怯者に相応しい死を。苦しみ抜いた末の死を。

 

「そうだ、この者達は、貴方方から様々なものを奪った。名誉を! 財産を! 尊厳を!

 この者達の指を見てほしい! 綺羅びやかな指輪の数々が見えるだろう。見てほしい! 使用人でさえ、金とダイヤモンドの首飾りをしている!

 あれらは本来、貴方方の物だったはずだ! それを不当に奪い、富を蓄え、市警隊達を使い暴力で訴えを黙らせてきた! シルバー・ブラッド家こそ、マルカルスの簒奪者だ!

 シルバー・ブラッド家さえいなければ、ウォーレンズなど存在しなかった! シルバー・ブラッド家さえいなければ、この町で誰も泣くことはなかったのだ!」

 

 嘘っぱちである。

 指輪は私が嵌めたものだし、使用人の首飾りも同様だ。流石に使用人が家事に不便な指輪をしているのは不自然かと思い首飾りにしたのだが、ダイヤモンドはやりすぎた気がする。

 それにどんな町にも浮浪者はいる。此奴等がどれだけ正しく商売に精を出したとしても、富めるシルバー・ブラッド家と貧しきウォーレンズ住民は生まれていただろう。

 例外なのは、暴力的な金銭に物を言わせて復興中の、我が町ウィンターホールドくらいなものである。

 

 私が余所事を考えていると、マダナックに乗せられた群衆が雄叫びを上げる。「死を! 卑怯者に相応しい死を! 苦しみ抜いた死を!」。繰り返される。扇動は成功だ。流石は王、といったところか。

 あの男のことはあとで考えるとしよう。見れば、場もなかなか温まったようだ。ならば私も再び道化を演じなければならん。

 

「そうだ。ここにいる全員に、この者達を殴る権利がある! 斬りつける権利がある!」

 

 私は、溶鉱炉の作業員にスコップを渡して叫ぶ。

 

「貴方が日々シャベルを握っていたのは何故だ。ウォーレンズで不自由な生活を送るためか? 違う! 今日この日、九大神に変わって卑怯者へ罰を与えるためだ!」

 

 そこまで言っても、純朴な作業員は何をさせたがられているのか、感づかないらしい。仕方ない。

 私はソーンヴァーの脛をスコップで殴りつける。いい具合に骨は折れたが、シャベルの柄も折れてしまった。加減が難しいな、これは。

 次いですぐに大回復をかけてやる。するとすぐに、血色の良い足が戻ってきた。

 

「この足をみてほしい。これは罰を受けた者の足か? 貴方の苦しみを味わわせた足か?

 いいや、違う。まだ卑怯者の足のままだ! なら、貴方のするべきことはなんだ!?」

 

 作業員はようやく狂気に侵された。自分に喝を入れるため、初めは蚊の鳴くような、そして徐々に絶叫と呼べるほどの大声を上げて、使い慣れたシャベルで力いっぱい脛を横殴りに叩く。

 素人がシャベル(剣匙)の刃を立てられなければ骨が折れるまではいくまいが、内出血で変色しつつある。

 しかしこれで溜飲を下げてもらっても困るのだ。そうはさせじと、私の作った回復薬を強制的に飲ませる。するとどうだろう。先程と同様、血色の良い足が戻ってきた。

 殴った作業員はいまいち要領を得ない様子だが、無視して群衆へ語りかける。

 

「見てほしい! 罰を受けたはずなのに、この者達の足は誰一人として罪を雪いでいない! 卑怯者のままだ!

 では、どうする? もう言わなくてもわかるな。次は誰がシャベルを持つ?

 シャベルだけではないぞ。鉱夫には鶴嘴を用意した。力に自信の無い方はこのダガーを使うといい。

 狙うのだって、足でなくても構わない。腹でも腕でも、好きなところを! あぁ、頭にだけは注意してくれ。うっかり死なせてしまっては、寧ろ救いになる。

 ……貴方も、シャベルで一度叩いたくらいで晴れる恨みでもないのでしょう? ならば列に並ぶといい。私はここにいる全員が()()()()()を行使し終えるまでの薬を用意した! 安心してほしい!

 正当な権利の行使が終わった方は、連中に薬を飲ませるのを手伝ってほしい。ここにいる全員が仲間だ。仲間の権利を、簒奪者から守ってやってほしい。お願いする!」

 

 縛られ、いいように嬲られるシルバー・ブラッド家の面々。出動もなければ鎮圧も無い市警隊。自分達を脅しつける傭兵もいない。自由の身が保証されたままで、恨みを晴らせる。鬱憤を晴らせる。

 その状態で群衆は、一人の狂気を目の当たりにした。そしてそれは、驚くほど簡単に伝播した。

 長く抑圧され、怒りの発散すらまともに叶わなかった者達だ。火がつくのは遅かったが、その分、溜め込んだ憤懣は相当なものだったのだろう。

 

 あとは酷いものだった。群衆が郎党を含めたシルバー・ブラッド家を嬲り、死なせないように薬を飲ませる。

 当然、連中は抵抗する。それが余計火に油を注ぐのだが、薬を飲ませられなければ、如何せん回転率が悪い。

 

 私自身、群衆が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()様がもどかしくなったので、ソーンヴァーだかソーナーだかの横っ面を殴り、口が開いたところに瓶ごと突っ込み、更に下から顎を殴った。

 回復薬が喉を通ればそれでいいのだ。瓶の破片が口腔内を傷つけようが構わない。どうせまた同じようなことをして、回復薬で治るのだから。

 私の()()()()飲ませ方を見て遠慮はいらないと理解したのか、群衆は、抵抗されれば同じように()()()()薬の飲ませ方を躊躇わなくなった。

 人というものは工夫する生き物なのか、頑迷に抵抗したソーンヴァーに至っては、群衆の手で顎が斬られてしまっている。あれでは口を塞ぎたくとも塞げまい。熱狂の中だというのに、賢いな。

 

 私謹製の不必要なほどに質の高い回復薬は、致命傷以外の傷をどんどん治してしまう。それを見て、薬を飲ませたのは自分達であるのに更に怒りを湧き上がらせる群衆。

 ……いや、よく見れば顎周りの怪我は薬を飲ませるために常態化しているせいか、治りが遅いようにも見える。

 回復薬とは、塗布せず経口摂取した場合は基本的に、体全体を満遍なく治療する。両腕に同等の切り傷を負っていたとして、利き腕だから早く治る、ということもない。だが……これは……。

 アグス師にいい土産話ができたやもしれん。こういった実験は、今の大学や私個人の風聞を気にすれば、なかなかできるものでもないしな。

 

 そのうち、シルバー・ブラッド家の連中が声を張り上げた。

 

「そ、ソーナーは違う。家長は俺だ! 責め苦を追わせたいというのならば、俺にだけ矛先を向ければいい、この臆病者共め!!」

 

「兄は、違う。正しきノルドとして、帝国軍としてサルモールとも戦った。知っている者も多いはずだ! ……私だ。鉱山を経営していたのも、市警隊を買収したのも私なのだ!

 それに、よく聞け臆病者共! 私は、ウィンドヘルムのウルフリック・ストームクローク首長閣下とも懇意にさせていただいている。マルカルス事件の顛末を覚えているだろう? このような狼藉を働いて、無事ですむと思うなよ。死にたい者だけ、私を嬲るといい!」

 

 臆病者共とはよくいったもので、群衆の興奮に若干、水を差されてしまった。体力的に多少疲れが見えていたことも原因だろう。

 あまりこの空気が続くのはよくないと前に出かけると、マダナックが私の隣に来て、制した。そして手の者を使い、彼の兄弟を糾弾する。

 

「みんな、騙されるな! 兄のソーンヴァーも弟のソーナーも、お互いを助けることしか言っていない! 男なら、真のノルドなら、妻や家人に被害が及ばないよう口にするはずだ!

 それに使用人達を見ろ。自分が助かりたいばかりで、主の助命など全く頭にない! 普段から上に立つものとして己を律し接していれば、配下の者は自ずと主を助けようという気持ちになるはずだ。それも無い!

 こいつらが口にするのは、兄弟愛や高潔さを装った、真に唾棄すべき詭弁だ! こいつらは嘘つきだ!

 それに、東の首長が噂通りの真のノルドであれば、こんな卑怯者達と懇意なはずがない。きっとこいつらが金銭をちらつかせて擦り寄っただけだ! 卑怯者の嘘に惑わされるな!」

 

 麗しい兄弟愛だけは本当のことだと思うし、ウルフリックと裏で通じていたとしても私は驚かん。西の端にストームクロークの一大拠点兼一大財源ができたなら、あの男は諸手を挙げて喜ぶだろう。

 しかし、一つでも疑わしいのなら、口にした全てが嘘だと断じる。力強く言い切ってやることで、群衆への根拠無き説得力は増す。少なくとも、狂気に支配されたこの場では。

 私も遊び半分煽り半分くらいのつもりで、『義侠のアーチル』を歌ってやる。そして、そこに脇役として登場する錬金術師が、私だとも。寧ろウルフリックと親しいのは私のほうだと印象づける。

 ……西の果てでも恥ずかしい歌を広められたと知ったら、アーチルの奴、黒檀の盾で殴りかかってきそうだな。

 

 歌を披露したのは、適度に休息を取らせるためでもある。祭りはまだ続く。群衆には、一時の怒りに身を任せてへばってもらっても困るのだ。適度に休みながら、猛る心だけは維持してほしい。今日一日は、ずっと地に足をつけず浮かれていてくれると助かる。

 そうして、自分たちが騙されかけたのだと()()()()群衆は、更に怒りの炎を燃やす者や、それを応援するように食料を集め始める者も出だした。本当に祭りの様相を呈してきたな。

 

 

 

 すると、マダナックが少々得意げな顔で私に声をかけてきた。

 

「どうしてなかなか盛況な催しじゃないか、遠き王よ。尤も、計画性という一点においては不安の残る出来であったように思うが?」

 

「いやいや何を言うのか襤褸を纏った王よ。お前を信頼してのことではないか。

 これからマルカルス市政のみならず、リーチ全体の為政に参画してもらわねばならんのだ。この程度は合わせてくれる機転が無いと、()()()不安になってしまう。そうだろう?」

 

 またしても嘘っぱちである。

 私が真の道化になりかけたのは事実である。しかしこの油断ならない男に対しては、ハッタリも大事だ。ついでに、こちらが組織立って動いていることを仄めかす。

 実際の協力者はたった四人で組織などと呼べたものではないが、組織立って動いているのとて半分は嘘ではない。

 マルカルスが手に入ったなら、ブレックスが人員を送ってくる算段になっている。そして私の一連の行動は計画の一環であり、今回のように私が単独で動くほうが稀なのだ。

 ……というか、余所の都市を引っ掻き回して影響力を保持しようとする一都市の首長付私兵、というのもどうなのかと自分で思ってしまう。

 いや、私兵就任からしてそれらを加味した話なのだから、正に今更である。

 

「さて、それでは襤褸を……纏うことも今日限り無くなりそうだが。お前の()としての手腕をもう一度見せてもらうとしよう。銀山をお前にくれてやることはできるが、それが穏便に済むかどうかはお前次第だ。フォースウォーンがリーチのノルド達に受け入れられるかどうかもな。

 せいぜい気張るといい。私の『日課』の標的になりたくはないだろう?」

 

 私の考えとしては、計画の一環として、シルバー・ブラッド家とフォースウォーンをそっくり入れ替えてしまおう、という指針で動いてきた。

 だから数々の銀山の所有権も、マルカルス市政への影響力も、マダナックへ売約済みのような話である。そうはいっても、それを住民達が許すかといえば別の話。なにせ町と村々を行き来する者達へ襲撃を繰り返してきたのは、他ならぬフォースウォーンなのだから。

 そしてフォースウォーンが暴発した際には、マダナックが折れるか住民感情が治まるまで、私は生贄を捧げなければならない。この男はそれを良しとはしないだろうが、止められはしないと理解もしている。

 マダナックの表情が苦虫を噛み潰したように変わる。私はこの男があまり好きではないので、気分がいい。

 

 マダナックは磔になった連中の前に進み出て、声を張り上げる。

 

「皆さん! どうか私にも、この卑怯者達と同じ責め苦を与えてほしい!

 私はマダナック。フォースウォーンの王である者です」

 

 群衆に衝撃が走る。それが浸透するのを待つように、マダナックは一度言葉を切る。

 狙い通りなのか、新たな敵の出現に、興奮した群衆は怒りを向ける。

 

「責め苦を与える前に、どうか事情だけでも聞いてほしい。それが、()()()()を与えることに繋がるでしょう。

 私は、ここにいるソーナー・シルバー・ブラッドに捕らえられておりました。そしてソーナーがリーチの流通を掌握するために、私の命の保証と引き換えに、私の部下へ、望まぬ襲撃を命じさせたのです。

 襲撃によって、親しい人を失った方もおられるでしょう。大切な物を無くされた方もおられるでしょう。体は無事でも、心に傷を負った方もおられるでしょう。

 私はこの者達と同じ卑怯者です。私の力が足りず、見張りを目を盗んで自死することができませんでした。

 ですがどうか、部下達の所業はお許しいただきたいのです。愚かで愛しい部下達の罪は、全て私のものです。どうか、どうか……」

 

 うまいな、と思うと同時に少々腹立たしい。

 私はまず、シルバー・ブラッド家を悪しき者と断定し、それを嬲ることは正しい行いだ、という構図を意図して作り出した。多くの者は正しい側に立っていたいからだ。

 奴はそれを利用し、「正しき罰」と口にした。自分が正しい側にいるためには、奴の言葉を聞かざるを得ない状況を作ったわけだ。そのうえで平身低頭。フォースウォーンは被害者であるが、正しい心を持つ自分は正しい罰を望む、と。

 多分、このあと私も再び出ざるを得んだろうな。私は利用されるのが好きではない。なるほど。味方ではない知恵者とはこうも不快なものか。

 

 シルバー・ブラッド家の連中に比べれば躊躇いがちだが、マダナックにも暴行が加えられる。マダナックは暴行にも回復薬の経口摂取にも抵抗しないので、自ずと暴行自体が連中に比べれば軽いものになっている。

 そこへ王の助命嘆願のために現れる、町に潜伏していたフォースウォーン達。王は自分達の身の安全を慮っただけで、卑怯であったわけでも臆病であったわけでもない。ただ、王の務めを果たさんとしたまで。攻めるなら自分達も同様に、と。

 ついさっきまで隣人だと思っていた者がフォースウォーンだと名乗りでる。それだけでも衝撃的だろうに、涙ながらに許しを請うている。ここで振り上げた拳を躊躇いなく振り下ろせる者は少ない。

 しかしそれは精神的な抑圧でもある。暴行はしたい。だが、新しい獲物を嬲るのは憚られる。

 

 だから私がその矛先を思い出させてやる。

 

「聞いてほしい。ここにいるマダナックは、たしかに罪人だ。私自身、マルカルスへ来る途中、馬車であったにも拘わらず襲撃に遭った。

 しかしそれがフォースウォーンにとっても望まぬものだったとしたら。それを強要した者がいるのだとしたら。その者こそが本当の罪人ではないだろうか!

 そしてそれは、皆も知るとおり、ここにいるソーナー・シルバー・ブラッドだ! 此奴こそが全ての元凶!

 貴方の家族が傷ついたのも! 貴方がウォーレンズに居住しなければならないのも! マルカルスが騒乱に見舞われ続けるのも! 全てこのソーナーが原因だ! 真に罰を受けるべきはマダナックやフォースウォーンではない。ソーナーだ!」

 

 我ながら暴論である。

 だが、群衆にとっては違う。この場においての扇動者がそう口にするのだから、()()()それは正しいのだろう。だから自分達には、この怒りも遣る瀬無さもソーナー・シルバー・ブラッドにぶつけていい権利がある。

 少々無理があるかと思い、もうひと押しすることにした。『錯乱』の呪文だ。大学の文献を読み漁っているうちに存在を知ったのだが、これは感覚的には『魅了』の呪術を魔術的に解釈したものと言っていい。習得は容易だった。それを弱く広くかけてやる。

 

 その効果もあってか、マダナックに群がっていた群衆は、私の指し示すとおりソーナーへと再び詰め寄る。

 一度水を差された苛立ちも相まっているのか、暴行は先程より凄惨なものになった。

 マダナックを初めとしたフォースウォーンの連中はといえば、シルバー・ブラッド家の者達へ薬を飲ませるのを手伝ったり、疲れて休憩している者へ水や食料を配ったりしている。

 共通の敵を懲らしめるため、共に行動した。その事実を以て、マルカルス市民との関係を改善しようというのだろう。催しの運営人員と言えそうな働きぶりだ。勤勉なことは結構である。

 

 あとは本当に見ているだけで良かった。

 私が主に非難したのはソーナーだが、ソーナーへの順番を待ちきれない者が他の家人へと襲いかかる。シルバー・ブラッド家の連中は、満遍なく暴行を受けている。

 そうして日が暮れる頃。とうとう連中から悲鳴すら上がらなくなった。心が壊れたのか、既に事切れたのかはわからない。だが群衆の一人はその無反応に腹を立て、頭を鶴嘴で殴ってしまう。

 岩盤から鉱石を掘り出す工具を遠慮なく頭部へ振るえばどうなるか。答えは目の前にある。頭蓋が割れて中身が飛び出す。瞬間的に上がった圧で眼球は飛び出し、その後、圧が瞬時に下がるためそれ以上飛び出しもせず、戻りもせず、蛙のような目のまま固定される。

 一人が殺しをしてしまうと、()()()、とでも思うのだろうか。他の者達も残った連中を殺し始めた。危険だと判断したのか、フォースウォーン達は下がっている。

 

 連中が全員嬲り殺しに遭ったあと、奇妙な静けさが訪れる。ここで罪悪感から後悔の念を抱かせてはいけない。罪悪感は聞こえのいい言葉で塗りつぶすからこそ、長く()()として残るのだ。そしてその凝りは、我々の人事に反発する気概を失わせるだろう。

 

「マルカルスの難事の元凶であったシルバー・ブラッド家は、ここに誅された! マルカルスに住まう全ての人々が正義を願い、勝ったからだ! マルカルス万歳! 正しき心に九大神の祝福を!」

 

 最初の一人二人こそ戸惑いがちであったが、やがてそれは群衆の叫びとなった。マルカルス万歳! 正しき心に九大神の祝福を!

 ……素晴らしいな。そうして、まんまと扇動に乗り、世にも非道な拷問の末の殺害を行った罪悪感を、生涯抱えていてほしい。それが我々のためになるのだから。

 

 さて、十日もしないうちにサルモールから司法高官が派遣されてくるのだったな。

 マダナックにはそれまでにある程度の足場固めをさせておこう。人間、躓くなら物事が順調に進んでいるときほど、酷く落ち込むものだ。あの男の心を折っておくには必要な手順だろう。

 

 

 

********************

 

 

 

 シルバー・ブラッド家の面々がマルカルス市民によって殺害されるという事件から、つまり民衆を扇動した男が『祭り』や『催し』と称し、市民からは『正義の執行日』とされている日から数日が経った頃。

 マダナックは急ぎ足でアンダーストーン砦へと足を運んでいた。首長府の一員として外せない用があるためだ。

 

 マダナックは祭りの日から精力的に動き回っていた。

 まず当日の日暮れ後には、扇動者の男と共に首長イグマンドへ謁見し、執政や個人的相談役に次ぐ参与として首長府への参加を許された。

 

 首長とて町で暴動を起こした当人を許す気は無かったが、市警隊が壊滅した今、それらを使うことは無理な話であった。その他の衛兵隊を総動員しても、市警隊全てを相手取った下手人を抑え込めるとは思えない。

 そこで、マルカルス事件のときと同じく抜け道から砦を脱しようとしたのだが……。そこに立ち塞がったのは、あろうことが首長府において私兵に次ぐ最高戦力とも言える宮廷魔道士、カルセルモであった。

 彼の魔道士は言った。「得難き友のため、閣下を往かせるわけにはまいりませぬ」と。

 

 相手はただの暴徒ではない。水面下で自身のすぐ側まで魔の手を忍ばせることのできる者。そして、やろうと思えばいつでも自分の命を奪える者。

 慮外者の手が思いの外、長く伸びていることを実感した首長は、無力感を抱え抵抗を諦めた。

 そうして怪しげな余所者の言葉どおり、マダナックなるフォースウォーンのリーチ為政参画を認めざるを得なくなった。

 絵図を書いたのはこの余所者であろう。ソーンヴァー・シルバー・ブラッドからマダナックという男の処遇については連絡を受けていたため、そんな男がシドナ鉱山の中から全てを指揮したとは考えづらい。ならばこの余所者こそが黒幕であり、マダナックはこの者の走狗か、協力者というのが納得できる筋である。

 

 フォースウォーンの王など受け入れて問題はないのかと危惧したが、砦を半裸で彷徨かないだけの分別はあったようだ。マダナックは貴族の礼服を着こなし、配下の者達も衛兵隊の鎧を身に着けている。

 厄介な者ばかりがこのアンダーストーン砦に集う。どうして自分の人生はこんなにも思いどおりにいかないものか、と首長が嘆き時ばかりが浪費されていくあいだにも、マダナックは各所への挨拶周りを済ませ、手の者を配備している。

 

 フォースウォーン勢力が、驚くほど簡単に公権力の座に就いた、就いてしまえたことに、首長は驚きを隠せなかった。

 これは、リーチのノルドに刷り込まれた、フォースウォーンはデイドラ崇拝も辞さない蛮族である、という印象が大きい。首長とて先入観を捨て去るのは難しい。

 そして首長はシルバー・ブラッド家が悪と断罪された日の様子を知らない。だから市民達がフォースウォーンを受け入れていることが信じられなかった。リーチ中の砦を不法に占拠するフォースウォーンなど、首長にとっては市警隊と並んで頭痛の種でしか無かったからだ。

 

 

 

 しかし現実には日を追うごとにマダナックの存在感は増し、地位は盤石になっていく。

 半ば勢いで承認を脅し取られてしまった人事ではあるが、こうなっては首長の権限のみで彼の者を排斥するのも難しい。

 何度目かわからない溜息を吐きながら、首長はつい先程アンダーストーン砦に到着した、目の前のサルモール司法高官へと意識を集中させた。

 

「遠路はるばるご苦労だった。私はイグマンド。ご存知だろうが、リーチの首長の任に就く者だ。よしなに頼む」

 

「労いに感謝します、首長閣下。私はオンドルマール。こちらこそ、何かと便宜を図っていただきたいと考える身。ご面倒をおかけすると思いますが、ご協力をお願いしたい。

 尤も、閣下は俗に言うマルカルス事件のあとにも、情に絆されることなく理性的な判断を下されました。我々サルモールといたしましても、閣下ほどスカイリムで信をおける方はおらぬ、と評判ですとも」

 

 サルモールから来た司法高官が口にするのは、皮肉と牽制だ。

 リーチ首長はマルカルス事件の際、マルカルスからフォースウォーンを追い払ったウルフリック・ストームクロークへの功へ報いる形で、タロス崇拝を容認した。

 しかし帝国とその背後にいるサルモールからの圧力に屈し、飲めぬはずの吐いた唾を飲み、ウルフリックを捕縛してしまったのだ。

 囚われているあいだにウルフリックの父でもある前イーストマーチ首長は死亡しており、マルカルス首長は、葬儀に参列することすら許されなかったウルフリックから強い恨みを買っている。きな臭さが年々増すスカイリムにおいても、否応なく帝国側へつかざるを得ないのがマルカルス首長、イグマンドという男なのだ。

 司法高官が言いたいのは、余計なことは考えず、これまでどおり大人しく自分達に協力しろ、という話であろう。少なくとも、首長はそう受け取った。

 

 その後も執政など重要人物の紹介が続き、首長にとっては忌々しくもマダナックの番が巡ってきた。

 

「お初にお目にかかります。マ、まダナッくと申す者です。今はこうして首長府に受け入れていただいておりますが、ふぃ、フォースウォーンの者達からは王として担がれる身でもあります。

 現在、フォースウォーンは国を持たぬ民です。しかし、ごれゔぉを改めたいと私は考えております。

 おのような挨拶の場で無作法とは存じますが、オンドルマール殿におかれましてモ!、頭の隅に置いていただければ幸いです」

 

 司法高官の眉間に皺が寄る。

 まず単純に聞き取りづらい。更には挨拶の場で際どい政治的発言を、それも首長の顔を潰す発言をするなど、信じられない行いである。本人の言うとおり無作法としか言えず、もっと言えば無礼だと非難することもできる。

 だがマダナックという男の名前には聞き覚えがあるうえ、マルカルス事件のことを口にしてしまったのはオンドルマールであった。この状況で堂々とマダナックを非難できるほど、サルモール司法高官は恥知らずではなかった。

 

 とはいえ、マダナックとは先のマルカルス事件において、一時このマルカルスを占拠した者の名であったはずだ。それがどうして、首長府の一員としてこの場にいるのか。

 また、マダナックの発言が非常識なだけならまだ良かったのだ。問題は、マダナックが帝国に寄越した『スカイリムからの独立嘆願書』である。

 これが成ればスカイリムを更に混乱させることができるうえ、帝国の凋落をより印象づけることができる。方策としては、サルモール司法高官として寧ろ後押ししたいくらいなのだ。

 

 だが、それをこの場で口にするか。蛮族は所詮蛮族であるな、と司法高官はマダナックに対する評価を数段下げた。

 司法高官はマダナックの発言を嗜め……。そこへ、横から嘴が挟まれる。まだ紹介すら済んでいない男だ。マルカルスの礼儀はどうなっているのか。司法高官の眉間の皺が更に深まる。

 

「しかしですな。これなるマダナックの訴え、一度は帝国やサルモールにて承認しようという動きもあったとか。それが、この男が投獄されて有耶無耶になってしまったと。

 こうして表舞台に戻ることが叶ったのですから、今一度検討していただくことはなりませぬか?」

 

 鬱陶しい。司法高官は不快感を隠さず、この顔合わせをすぐにでも切り上げたい衝動に駆られる。

 実際に有用な策であろうとも、この場で立てなければならないイグマンドを前にして発言して良い内容ではない。

 サマーセットを立つときには、マダナックが重用されている、などという話は聞いていなかった。本当に、自分の知らないひとふた月のあいだに何が起こったのか。

 苛立ちを抑えながらも現状把握に努めていると、眼前のマダナックの様子がおかしいことに気付く。俯きぶつぶつと何か漏らし、体が小刻みに振るえている。尋常ならざる憤怒に支配されているようにも見えるが……。

 

 司法高官が怪訝にしていると、顔を上げたマダナックの表情は不気味に過ぎた。例えるなら、昏い怒りと陶酔を兼ね備えているような……。

 相手の顔に注意を向けていると、腹に熱を感じる。恐る恐る視線を下げれば、自らの腹に映える短剣の柄らしき物。刺されたと理解するのに時間はかからなかった。そして短剣は拗られ、引き抜かれる。

 

 マダナックが「約ぞくを違えるからだ! ゔぉースゔぉーンをブ辱するな!」と錯乱している。

 そこへ先程の男が組み付き、マダナック殿、お気を鎮めなさい! と何か薬らしき物を飲ませている。だが司法高官にはもう、よく見えていない。失血と激痛によりその場に倒れ、単純に視点が低いのだ。

 正気に戻ったらしいマダナックが何事が呟き、呆然としている。「何故、何が? 私が、何を?」と。首長が衛兵隊にマダナックを確保させようとするが、男が邪魔をする。

 場が一時膠着(こうちゃく)したところで、男がマダナックへ耳打ちするように話しかけた。何故か、その言葉だけははっきり聞こえた。

 

「やってしまったな()()()()()()よ。お前のせいでこのリーチは反サルモール勢力となってしまった。不可解なフォースウォーン代表者の登用。使者の殺害。サルモールは、お前と首長府を無関係だとは思うまい。寧ろ総意として行動したと判断するだろう。

 サルモールとの話し合いによって自らの望みを叶えることもできたかもしれない。そんな未来もあったかもしれない。

 だがその芽を摘んだのは、お前だ。オンドルマール殿を殺したのは、お前だ。リーチを巻き込んだのは、お前だ。フォースウォーンを未来永劫日陰者にしてしまったのは、残念だがお前なのだ、マダナック」

 

 マダナックはうめき声を上げながら、放心している。

 あぁ、なんとなく理解できた。自分はこの男に利用されたのだ、と。そして司法高官の目には、マダナックもまた利用されただけの被害者に見えた。

 リーチの都合で及ぶ凶行にしては、誰にとっても得が無い。おそらくはこの男の、リーチの外の都合による犯行。となれば、スカイリムで何事か企んでいる勢力がある。

 ストームクローク? いやおそらく違う。一部から報告のあったウィンターホールド? わからない。しかしこれを本国に伝えなければ……。

 

 オンドルマールの意識はそこで途絶えた。

 この場で最も回復魔法に長けた人物は、件の男と井戸端会議をしている。常備している回復薬では効果が薄い。オンドルマールの心臓は、静かに鼓動を止めた。

 

 思いもよらない凶行により場は騒然としているが、マダナックが更迭されることはない。フォースウォーンが排斥されることもない。

 何故なら、ここにはそれを良しとしない男がいるからだ。この男が首を縦に振らない限り、首長でさえ何も思い通りにはできない。

 首長はマルカルス事件によって市民の支持を失い、反対に男とマダナックの発言力は先のシルバー・ブラッド家殺害の一件で高まっている。

 マルカルス首長は、おそらく現在の五大都市において最も無力な首長に成り下がった。できることは、限りなく少ない。

 自らの行動が理解できないマダナックとは逆に自らの立場が理解できてしまうがために、首長イグマンドは、マダナック同様、呆然としてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「やはり呪術とこちらの魔術は併用できるようです。私の呪術、『魅了』を弱くかけて、そのうえから『錯乱』の呪文をかける。敵味方をある程度識別できる状態で、理性を飛ばし攻撃性を高める、そのような結果が得られるようですな」

 

「それはドゥーマーの絡繰には……」

 

「魂石を使用しているとはいえ、効果があるかは厳しいでしょう。元々、生物であっても魅了は効果の可否がある魔法なのです。例外があるとすれば、別個に(コア)を持つセンチュリオンくらいでしょうか。それでも厳しいとは思いますが」

 

「だが可能性があるのならば、確かめねばなるまい。それにドゥーマー関連に効果が無くとも、ファルメルにはおそらく効くだろう。となればそちらの研究を進めることはできるはず」

 

「なるほど。師の発想力には敵いませんな。では後日時間を作りますので、また遺跡探索行と洒落込みますか」

 

 マルカルスを、リーチを、混乱の渦に叩き落した当人は、既に忘れ去ったかのように宮廷魔道士と談笑する。それを見て一人の盗賊が、北へ送る手紙を出すために走った。

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