DARK SOULS → SKYRIM でまったり()スローライフ() 作:佐伯 裕一
つまり、この四六を投稿してから四五の返信に入る、というような形で、一話分ラグができます。ご了承いただければ幸いです。
前回の粗筋。
「スカイリム軍は諸行軍と違うんよ。国軍なんよ。あと、それを運用できるだけの制度改革もしたい」
「ちょっと考えさせてもらえるかしら?」
帰還したトリグ氏、お父上に見切りをつけて決闘を申し込み、上級王就任。
ウィンドヘルムから出立した騎馬の一団が、西へ西へ猛然と駆けている。規模は十五名程度。東の王の護衛を含んだ集団としては、あまりに心許ない。
「待て! 少しは脚を落とさんか!」
ガルマルが近くから怒鳴るが、先頭のすぐ後ろを位置どるウルフリックは耳を貸さない。
ウルフリックには確信めいた予感があった。ウィンターホールドでの会議の席で老人が発した、スカイリム軍なる集団と制度改革の発案。これを聞いてからというもの、一刻も早くその場を立ち去りたくて仕方がなかった。
『誰か』が動く前に先んじなければ、面倒なことになる。
その思いは時が過ぎるごとに大きくなり、体面のために一度、本拠地であるウィンドヘルムへ戻ることさえ煩わしかったほどだ。西へ駆けて行きたいのに、身体は東へ進んでいる。どうしても我慢できず、一人を先触れとして走らせ、緊急の騎馬隊を編成させた。それを率いて今、重臣達の反対を跳ね除け少数で出立し、馬に無理をさせて夜通し駆けている。
星明かりは出ているものの、それで移動できるのは徒歩までだ。馬を疾駆させるなど正気の沙汰ではない。仕方なしに先頭が松明を掲げながら走り、そのすぐ後ろを焦れる思いのウルフリックがいるわけだが……彼の王は、自らは足元しか見えていない状態で馬を駆る最先頭の配下の忠誠心を汲んでやるべきだろう。普段であればその程度は気を回せる王だが、今だけは、今だけは一つのことしか考えることができなくなっている。
誰よりも早く、上級王の首級を上げなければ。
老人の発したスカイリム軍に纏わる話は、上級王の力と権威を強化するものだった。
現在の上級王がスカイリム軍なる組織をそもそも認めるとは思えないが、老人は一時的に自分がその座に就いても良い、と言った。発案が常識外れなものだったからか、哀れみを抱かせる弱々しい態度が原因か、その場では老人の野心が顕在化したのだという雰囲気にはならなかった。
実際、老人にその気はないのだろう。寧ろ警戒心抱かせないよう、発案者である自分は一歩引いた立場で発言権を得るはずだ。
しかし、ウルフリック自身が考えているように、尋常ではなく力尽くでの禅位を求める者が他にいてもおかしくはない。そうなれば厄介極まりないことになる。
何のために今まで準備を重ねてきたのか。肉にたかる羽虫の如き帝国軍やソリチュードの使者達をのらりくらりと躱し、軍拡を進めてきた。野心を指摘されても言い逃れができる余地を残し、サルモールとも決定的な決裂には至っていない。その努力が無に帰すかどうかの瀬戸際なのだ。
疾く、疾く、馬よ駆けよ。ウルフリックははやる気を自覚しながら、それを抑えるつもりが無かった。
背後から僅かに陽光が差し、振り返ってみれば空もだいぶ青みがかっている頃、一団はソリチュードのあるハーフィンガルに入るところだった。
刹那、風切音が聞こえたかと思うと同時に、先頭の配下が崩れた。落馬ではない。馬が倒れたのだ。
馬術に優れた者を選別したが、それでもやはり無茶な強行軍であったかと思いながらも仲間を踏み殺さないよう、慌てて皆が速度を落としつつ街道の脇にそれる。
そこに、ガルマルの大喝が響く。
「馬を盾にして伏せよ! 襲撃だ!」
見れば、倒れた馬の首筋から腹にかけて、数本の矢が刺さっている。箇所は前方から左側にかけて。
一団は街道の左側を警戒するように態勢を整えた。ウルフリックの心情としては、足である馬を失いたくはなかったが、実際に襲撃を受けたとあっては、配下達も主のわがままを聞き入れるつもりはない。
続く矢の雨にて、盾とされた街道左側の馬が全滅した。そのほかの馬も、襲撃に怯えて暴れたり逃げ出したりしている。無事な馬はほぼいない。
これ以上、矢を射ても効果は薄いと判断したのか、藪の奥から襲撃犯達が姿を表した。
「本当なら暗闇の中で始末をつけるつもりだったんですがね。朝日を背にしてご登場とは、やっぱ『持ってる』人っているんですかねえ」
呆れたような顔をした男達は、カジートの一団だった。数はウルフリック達よりやや少ない程度。夜目が聞く彼等なら、なるほど夜闇の中でも弓での襲撃を成功させられるだろう。寧ろ暗闇に慣れた目で東を向いていたため、陽光が刺さる形になり、矢が先頭にしか当たらなかったのだ。千載一遇の好機を潰されたカジートの男は、酷く面白くなさそうだった。
「誰何したとて話しはしまいな」
「いやぁ、わかりませんぜ? 俺等の懐に入る金貨の十倍出してくれるってんなら、アンタ等の側に付くことを考えないでもない、かもしれやせんよ」
「問答するだけ無駄だな。蹴散らせ」
剣を抜いて、ウルフリック自身も躍りかかる。配下の一人が諌めようとしたが、ガルマルがそれを静止する。襲撃犯の別働隊がいた場合、戦場から離れた場所で控えているほうが危険になりかねない。ならば見えている一団の中へ突っ込んで、乱戦に持ち込んでしまったほうがまだ
それにウルフリックは並の戦士ではない。襲撃犯が余程の手練れでなければ、手傷を負うかも怪しい。数的有利による味方の援護も期待できるのならば、前線に立つほうが安全だ、とウルフリックとガルマルの両者は判断した。
ウルフリック達は夜通しの移動で疲労が溜まっているが、士気は高い。主が猛きノルドとして前線で戦っているということもあるが、卑怯な闇討ちを受けたことから怒り心頭なのだ。
強行軍に際して重量のある長柄の武器を持つ者はいないが、片手剣でもそこいらの戦士など苦にもしない精鋭達。それが凄まじい勢いでカジート達に襲いかかっている。勝敗が決するのに、然程の時はいらなかった。
「ありゃま。こらあ思った以上に分が悪いや。おいお前等、引くぞ!」
「みすみす逃がすと思うてか!」
「森の中でノルドがカジートに追いつけるわきゃあねえだろ。それにオタク等、急ぎのご用がおありでないんで?」
背後関係を洗いたいガルマルは逃げる襲撃犯に食ってかかったが、ウルフリックがそれを良しとしないだろうことは言われずとも察せられたため、奥歯を噛んで留まった。
そしてあたりを見渡す。伏兵も無いようだ。それより……。
「馬をだいぶやられたな。これよりは騎乗するより、荷を背負わせて
ウルフリックもかなり渋い顔で頷く。配下の者達は主の機嫌が極めて悪いことを察して、粛々と出発の準備を整える。
小走り程度で移動することになったため、少し落ち着いて話ができるようになった。
「連中、あまり見ない集団でしたね。帝国軍やソリチュード所属とも思えない戦い方でした」
「それに、我々を待ち伏せしていたのだ。どこかから漏れたのならあまりに早いし、読んでいたなら訝しい。カジート……。まさかウィンターホールドの手の者か?」
「たしかにあの町なら腕利きのカジートを囲っていても不思議ではない。が、可能性を考えるならばサルモールに雇われた傭兵、という線とて有り得るわ。それに、あの者等がそう短絡的な行動に出るだろうか?」
各々が推論を述べてみるが、考えれば考えるほどわからなくなっていく。急ぎの道中とはいえ、取り逃がしたのは惜しいことだったかもしれない。一団の中に苛立ちと、薄気味悪さからくる不快感が漂っていた。それが足を急がせる原動力にもなったので、ウルフリックは問答に加わらず、かといって掣肘もしないまま任せている。
まだ昼餉には少し早いかという頃、一団はソリチュードの大手門が見える位置まで辿り着いた。
だが、何かおかしい。自分達を見て門番の衛兵が騒いでいるのもそうだが、それだけではない。港や往来の市民達まで、なんというか、町全体が騒然としている。
「止まれストームクローク! こちらは貴様が上級王の暗殺を企んでいるとの情報を掴んでいる。ここを通すわけにはいかん!」
門番は明らかに余裕を無くしている。仮にもウルフリックは一地方を預かる王だ。門番風情に『貴様』呼ばわりされる
ウルフリックがソリチュードを訪問したことなど数える程度しかないが、それでもこれまでここまで警戒されたことはない。勿論、そのあいだだってウルフリックが良からぬことを企んでいる、という垂れ込みくらいはあったはずだ。なのに今回だけ何故?
ウルフリックの胸中に渦巻いていた嫌な予感が、急速に大きく育って抑えきれなくなった。
「それだけではないはずだ。何事かあったな? 悪いが押し通る。友邦の一大事を見過ごせる私ではない!」
言うな否や、途絶えない市民の往来のために開けられていた僅かな隙間に身体をねじ込む。ガルマル他数人が素早く付き従い、そのほかの配下達は門番の抑えに回った。
町に入ったウルフリックを見た市民は、悲鳴を上げて逃げ出す。彼の王はそれには構わず、状況の把握に努めようとした。しかし違和感がある。何だ? 以前と違うと思える様子は?
人が、少ない。
思えば、大手門が見えた頃から違和感はあった。
そして錯乱しかけた門番。そして人気の薄さ。
『確信めいた』思いが『確信』に変わる。
しかし認めたくない。認めたくないがために、それを確かめるためにブルーパレスへと走る。
それでもウルフリックには不幸なことに、案の定というか、ブルーパレス前の目抜き通りに人集りができている。だがブルーパレスに押し寄せるふうではない。何かを恐れているような。
ウルフリックは天を仰いだ。それでも確かめなければならない。誰が自分に先んじたのか。これからどう立ち回るべきなのか。それを決めるためにも。
ブルーパレス前でも門番に止められたが、先程と同様、配下に任せて押し通った。
そして玉座の間まで駆け上がると、そこには信じ難い光景が待っていた。
決闘でも起きたかのような荒れ具合。誰かが死したかのような血溜まり。それがつい先程起こったかのような残り香。
そして、玉座に座ったまま気怠げに指示を出すトリグの姿。
「やぁ、なんとなく貴方は来る気がしていました。しかし見てのとおり少々立て込んでおりまして。客室へ案内させますので、どうかお寛ぎください」
ウルフリックが考え得る限り、最悪の展開だった。最も渡ってほしくない者の頭上で、上級王の王冠が、血に濡れながらも美しく輝いていた。
「さってと相談役様? 仕事はこなしてきやしたぜ。殺せなくとも足止めをして、ソリチュードに垂れ込み。ちゃ~んとね」
「おう、ご苦労さん。あとで衛兵隊のレンドってヤツを訪ねな。ブツは奴が持っている。お預け食らわせて悪いが、大学の薬師曰く、これまでの物より数段『飛ぶ』らしいぜ」
「ヒャッハ! だっから旦那の使いっぱは辞めらんねえのよ。そんじゃ、俺はこれで失礼しやすよ。あ、あと俺等の仲間入り、考えといてくださいね」
カジートの男がブレックスの下を去ると、一つ息をついて独り言を吐く。
「薬中なんざ不安で手元におけるかよ、ってんだ。さあて、こっちは上首尾に終わったようだが、あのトンマのほうはどうだか。問題ねえと思うが……仮にしくじるとすれば、あのお坊ちゃんが早すぎた場合、か? だが有り得るのかね、そんなこと」
サルモール大使館では、スカイリムに派遣されている司法高官達へ緊急の招集がかかり、会議が行われていた。
ウィンターホールドで常識外の会議が行われ、そこでスカイリム軍などという世迷言が飛び出したというのだ。それらの情報は買収した現地の賊を使ってもたらされた。尤も、サルモールの出方を見るためにブレックスがわざと目溢ししたことにも気付かない程度の腕前の者であったが。
兎にも角にも、そんなものを認めるわけにはいかない。
イデオロギーの面で認められないものであったタロス崇拝を禁止としたのは、大戦のきっかけの一つでもあったのでそれはいい。そして、帝国内部の熱心な崇拝者達 ―― おそらくはスカイリムの者達が怒り狂うだろうことも既定路線であった。
元々、直接的な軍事行動と並行して、帝国構成国を弱体化させる策は常に張り巡らせている。これもその一計の一つであった。スカイリムは必ず割れる。そうなれば帝国の力は更に弱まる。自分達は、油断せずそれを煽るだけでいい。
だが、上級王の権限強化と、スカイリム軍なる国軍の存在は認められない。折角割れかけているスカイリムが、強固にまとまってしまうかもしれないなど。何のために火種を撒いて、精鋭である司法高官を北の果てまで派遣していると思っているのか。大戦による人的損害は、何も帝国だけのものではないというのに。
会議の出席者達は、文字どおりその緊急性を理解しつつ、有用な手を思いつけないでいた。
それは幾つかの不透明な要素のためだ。
まず、スカイリムのノルド共が
今まではノルド達自身、漠然と「スカイリムという土地はノルドのものであり、それを諸侯が治めている」という認識だった。だからソリチュードの誰其れだとかロリクステッドの何某、という物言いをするようになる。
それが上級王という存在を確固たるものとして国体を改められては、「自らは『スカイリム人』である」と認識するノルドが出かねない。それでは困るのだ。その結束は非情に不味い流れを生む。
スカイリムのノルド達がスカイリム人なのであれば、帝国とてスカイリム人のタイバー・セプティムが興した国。つまりスカイリムは帝国の一構成国というより、帝国の生みの親である、と。そのような風潮が高まりかねない。
これまでも「タロスはスカイリムのノルドであったのだから」という主張はあったが、それは酷くぼんやりとしたものであった。言ってしまえば、この時代のタムリエルに言葉は浸透していないが、民族自決や国民国家としての考えが広まるかどうか、という危険性にサルモール大使館の面々は気付いていた。そしてそれがノルドにとって魅力的な色を帯び、帝国へのこれまで以上の協力を自発的に行いかねないことも。
帝国の中心であるシロディールは、何もインペリアルだけのものではない。スカイリムと違い開放的な土地柄は、多くの人種を引き付ける。その中には勿論ノルドもいるし、ノルドでなくともタロス崇拝に熱心な者も少なくはない。そこに万が一、スカイリムが帝国を救おうと熱を上げている、などという話が伝播すればどうなるか。再びの大戦となりかねない。
前回は奇襲に近い作戦行動をとったことも、サルモールの勝因として大きい。しかし、仮に再びの、となれば、今度は敵味方がわかっているうえに、攻めるのは帝国側からだろう。防備を固めるべき場所と、投入すべき戦力がより把握できている。
レッドガード達にひたすら頭を下げて、帝国に再統合するまではいかなくとも、協力関係を結ぶくらいはやってのけるだろう。更に言えば、サルモールが勢力圏に組み込んだエルスウェーアのカジート達やヴァレンウッドのボズマー達も、奇襲をしかけて一度落とした敵本拠を、奪還されたところまで見ている。開戦前より「サルモール頼りなし」と考えている可能性はある。
そうなれば、今度は勝算がかなり薄くなる。それは避けなければならない。
次に、ではどうやって止めるのか、という話だ。
これがストームクロークの企てている反乱と同様のものなら話は早かった。親帝国派に圧をかけて反乱分子と対立させるのだ。帝国軍、スカイリム、双方が疲弊し、サルモールにとっての脅威度は下がる。
しかし曲がりなりにも「みんな仲良く一致団結しましょう」と来てしまった。これを前述のとおり鎮圧できれば良いが、仮に失敗した場合、「このような外圧を許さないためにも、我々は一つに纏まらなければならない!」とスカイリム軍の追い風になりかねない。それだけは避けなければならない。
だが、こうすれば確実に抑え込める、という良案が浮かばない。そして時をかければかけるほど、スカイリムのノルド達は主張を交え、考えを擦り合わせ、軍発足に漕ぎ着ける算段が高くなる。
どうすればいい。ソリチュードだけで足りないのならばどこに圧をかけるか。いっそ懐柔策に出てみるか? それでまず「タロス崇拝禁止を解け」とでも言われたらどうする気なのだ! いや現実的な者とているはず。買収できる者から懐柔して、徐々に世論をこちらの思うようにすれば。それで間に合うのか? 発案者のウィンターホールドは急速な復興を遂げているのだぞ。そこに威を感じ、焦りを覚えない者は少ない。漠然とでも「変わらなければ」という思いを抱く者は多いはず。我々の思うより、率先して動くかもしれんぞ! いっそスカイリムの外から攻めてはどうか? 他種族の移民流入を促進させるだとか。それを最も成し遂げた者が発案者なのだ。何処も同じようにうまくいくとは思わんが、かえってスカイリムの戦力を増すだけに終わってしまったらどうするのだ? では他に何か考えが!?
会議は踊る、されど進まず。
そもそも、彼等は勘違いをしている。もう何もかも手遅れであるというのに、そうとは知らず足掻こうとしている。
それがどの時点だったかはわからない。一人の男が、古代ノルドの墳墓から現れたときだったかもしれない。一人の司法高官が、街道で見かけた馬車に炎の魔術を放ったときかもしれない。歪な心の主従が、北の地で出会ったときであったかもしれない。
何にせよ、今になって慌てても遅すぎるのだ。
司法高官達が侃々諤々熱を上げているとは露ほども知らない男が、配下の者を従えて襲撃の算段をつけている。
鎧には熊の意匠があるが、中身はウィンターホールド首長の私兵と衛兵隊、それに盗賊だ。衛兵隊からは忠誠心の高い者や汚れ仕事を厭わない者を選び、重装の甲冑を。盗賊達は軽装の甲冑を身に纏い、主に斥候として動いている。
以前に似た作戦行動を実施してはいるが、今回は大使館の人員の鏖殺が目的である。そのため、盗賊の案内に従って既に大使館をぐるりと囲んでいる。魔術防御を高める装備を全員が身につけ、大量の回復薬も持参している。指示は「死ぬな。逃がすな。柵になれ」である。逃亡を許さなければ、私兵の男一人でも目的達成は可能なのだ。
それにしても、何故、この時分に襲撃を計画するのか。それはスカイリム軍設立とその風潮を後押ししたいがためであった。
ムートもどきとも言える会議を終えたウィンターホールドの面々に、誰一人として楽観視している者はいなかった。
会議ではノルドに都合の良いことばかり並べたが、タロス崇拝禁止を自分達に押し付ける帝国、そのスカイリムでの窓口が上級王なのだ。その権力が強化される話など、ノルドにとって面白いものであるはずはない。会議では多少そのことも触れられていたが、ウィンターホールド首長は性善説でのらりくらり躱していた。
また、窓口として帝国と付き合わなければならない上級王としても、迷惑極まりない話である。望んでもいないのに自らの権力が強化され、これまで以上に矢面に立たされる。たまったものではない。つまり体制側からも反体制側からも反対意見は続出するだろうな、というあまりに無茶な提案だったのだ。
ではどのようにして、提案を皆に飲ませるか。『情勢を今以上に悪化させればいい』、というのがブレックスの策であった。
その一貫として、まずサルモール大使館を襲撃する。それも、以前ウィンドヘルムの足を引っ張るために行った工作活動ではなく、情け容赦無い殲滅作戦である。狙いは、サルモールの反スカイリム感情の激化。
タロス崇拝禁止どころではない圧力をスカイリムにかけるようになり、上級王が「スカイリム軍已む無し」と立ち上がれば作戦は成功。そうでなくても、市民のあいだに不満が溜まれば、それこそ会議で話していたように一時的にでもウィンターホールド首長が上級王となり、スカイリム軍を興せばいい。
おそらくサルモールは帝国軍を全面に押し出して、スカイリム住民の恨みの矛先を向けさせるだろうが、ウィンターホールドは港を、海の玄関口を得た。少々遠回りではあるが、サルモールへ直接打撃を与えることは可能だ。また、ダンマーやカジートとも良好な関係を築いている。海路陸路を使ってサマーセット諸島へ圧力をかけることもできるだろう。
あくまで帝国軍は相手にせず、常にサルモールのみを攻撃する。そしてサルモールからの反スカイリム感情を高めるだけ高めて、スカイリム軍設立につなげる。これがブレックスの描いたおおよその絵図だ。
この襲撃作戦は、その第一歩ということになる。
本当なら事前に取り掛かっておく選択肢もあったのだが、会議の前に実行してしまうと参加の動向が読めなくなるため、会議修了を経てから行うこととしたのだ。
配置に着いた時点で、日が西の山脈の隆線にかかっているところだった。決行は夜更けである。大使館は雪深い場所に立っているため、武具の煌めきが土の地面より目立ちやすい。そのため、夜襲を企てたのだ。
配下には男から少量の酒が支給されている。夜更けまで雪の中でじっと隠れていなければならない。体温を維持するための措置だ。本当は温かい汁物でもくれてやりたかったのだが、呼気から立ち上る湯気ですら敵の歩哨に見つかりはしないかと警戒しているのだ。悪いとは思いながら、贅沢はさせてやれない。尤も、配下達はすまなそうに酒を支給する上司を悪くは思っていない。
誰もがちびちびと酒を飲みながら大使館を睨みつけ、時折星を見上げ、直に殺し合いが始まるのだと緊張していたそのとき、南の街道から近づいてくる一団がいた。五人。一人を四人の盗賊が取り囲んでいる形だ。男の隣にいた配下の者が弓を構える。極秘作戦に連れてくるだけあって、そのあたりは指示をしなくても必要と思った行動を取る。
男が誰何しようと口を開く前に、その一人が機先を制した。
「初めまして、ウィンターホールドの私兵殿。今はソリチュードからの使者、とだけ名乗っておきます。この方々にもお伝えしてありますが、私が戻らなかった場合、ソリチュードは即座にウィンターホールドを敵と見なして行動に移ります」
男が誰何の手間が省けた、と思うと同時に、弓を下ろすよう指示を出す。これは使者へ見せるためであり、盗賊達はいつでも殺せるよう、隠した投げナイフを離していない。
「さあてな。いきなり訪ねてこられて、随分物騒な物言いだな。そなたが本当にソリチュードの人間なのかもわからぬ。大体私はウルフリック閣下の密命を受けてここにいるわけで、ウィンターホールドの私兵だなどと言われてもなんのことやら」
男はひとまずとぼけて見るが、「そちらがどう思われようが、こちらは伝えるべきことをお伝えするまでです」、と使者は取り付く島もない。
その態度が男の配下達の怒りに振れるが、片手を上げて制する。
男は使者を一度無視して盗賊に聞く。
「この者を見つけたとき、他に誰かいたか?」
「いいえ、見つけられませんでした。ただ、この夜闇です。絶対とは言い切れません。申し訳ありません」
「いや、いい。そういうことなら、首を刎ねるのは止めておいたほうが良さそうだな」
男は盗賊達の腕を信じている。その盗賊達が「わからない」というのであれば、監視役は「いる」と仮定するべきだと考えた。そもそもの話、ソリチュードからサルモール大使館まで距離がある。使者が腕利きだとしても、賊に襲われるなどして役目を果たせず殺害される可能性は十分にある。
であるならば、使者は全幅の信頼を寄せられるだけの尋常ならざる戦士なのか、元々複数人であり男の下に現れたのが一人であっただけの話、という線が考えられる。後者が濃厚であろう。
前者であれば、それだけの得難い戦士を、男の気分次第で死なせてしまうような使い方はしないだろうし、口の利き方にも重々注意をしてあるはずだ。しかしその気配はない。
ならば本当に監視役はいて、この使者を名乗るものが殺された場合、それを主に伝える役目の者がいると考えるべきなのだろう。それが本当にソリチュードの縁者なのかは、男には不明だが。
「さて、使者殿。私はウィンターホールド首長の私兵ではなくウルフリック閣下に忠誠を誓う戦士であるのだが、それはともかく要件を聞いてやろう。手短にな」
「はい、有り難く。お見受けしたところ、サルモール大使館への襲撃を企てておいでのようですが、それを取りやめていただきたいのです」
「ほう、そう見えるか。我々の作戦行動は機密故、明かすことはできぬが。で、仮に大使館を襲わなかったとして、我々に何の益がある?」
「ウィンターホールド閣下の提言に対して、前向きな検討をお約束する、と
男が僅かに眉をひそめる。上級王はウィンターホールドに好意的ではなかったはず。それに、この妙に誇るような口振り……。
「そなたの物言いには違和感があった。そなたの主、ソリチュードの
何故それを聞く? 言わずに済ませたい。との思いが使者の胸中によぎるが、あまり関係を悪化させるのも不味いと考えて打ち明けることにした。
「……ソリチュード首長でありスカイリムの上級王、トリグ様にございます」
上級王!? 男は腹を抱えて「アッハッハ!」と笑い出す。
配下の者達がギョッとして慌てる。自分達は今、極秘作戦に従事しており、隠密行動をとっているはず。だが男が続けて言う。
「皆に伝えよ。撤退だ。別にサルモールにばれても構わん。襲ってくるなら全て殺すが、無理に相手をする必要はない」
すかさず使者が頭を下げて言う。「聞き入れていただけたようで何よりです」
だが、先程まで上機嫌であった男は、使者へ釘を刺すように視線を鋭くして言う。
「トリグに伝えよ。貸し
「……二つ、ですか? それと、あまり人の主を気安く呼び捨ててほしくないものですが」
「なんだ知らんのか。ああ、それでそなたの口の利き方にも合点がいった。私とアレは師弟関係にある。破門した覚えも一人立ちを許した覚えもないので、まだその続柄は続いているはずだ。そなたは主の師に散々無礼な口を叩いたわけだ。だから二つなのだ」
「……は? えっあの! それは! 真の話なので!??」
「こらこら、ウィンドヘルムの戦士云々という馬鹿な話を止めて、ウィンターホールド首長閣下の私兵であると認めてやったのだ。少しは嬉しそうにしろ。それから、そなたからの謝罪は受け取らん。吐いた唾は飲めぬ。配下の尻拭いをするのは主の責である。……叱責程度ですむと良いな?
あぁそうだ。仮にそなたが自らの失態を隠して報告したとする。しかしあの生真面目な男のことだ。私に手紙の一つくらい寄越すだろう。そこに貸し借りの話が無かったとする。私は訝しんで返書をしたためるだろうな。そこでトリグは初めてこのことを知るわけだ。その場合は叱責どころではないだろうなあ。そなたの歩く先が、明るいことを祈っているぞ?」
話していると、徐々に男の配下が集まってきた。使者は追いすがろうとするが、配下の者達が出立の準備を進めつつ、男とのあいだに壁を作る。「私兵殿! お待ちを!」と聞こえるが、誰も取り合わない。使者の保身以上に大切な言伝がまだあるのなら、とうに口にしているだろうからだ。
にわかに大使館が騒がしくなる。自分達が包囲されていたことに気付いたらしい。その段階で、男の一団も集結することができた。
「これよりは速やかに帰還する。やむを得ぬ場合を除いて戦闘は禁止だ。殿は私が務めるが、私より遅れる者は訓練が酷いことになるのを覚悟しろ。
さてさて、サルモールの耳長共が血眼になって追いかけてくるぞ。ヘタを打つなよ。帰るまでが作戦だ。……それでは、進軍開始! 」
元より男が鍛えた衛兵隊の中でも精鋭を連れてきたのだ。発破をかけてやる必要性は薄かった。
それでも、これが作戦決行を断念した敗走なのではなく、政治的駆け引きに勝った凱旋なのだと男なりに印象付けようと努めていた。
事実、心配になった盗賊の一人が声を潜めて尋ねた。
「旦那、いいんですかい? 頭はサルモールを激怒させることを望んどりましたが」
「別に金輪際、襲撃が叶わなくなったわけでもあるまい。態勢を整えて再び襲いに来ればいい話だ。多少警備は強化されるだろうが、それもまとめて蹂躙してやればいい。サルモールの本拠へ、こちらの高い脅威度がより伝わるだろう」
盗賊は現場指揮官である男より、計画の指揮を取っている自らの頭目の指示を優先させたがっていた。そのため、頭では理解していても、どこか納得できないでいるところがある。
「それにだ、こちらへ歩み寄る姿勢を見せているトリグと敵対してまで達成したい成果ではなかろうよ。
そしてこれがトドメだ。私はトリグに二つの貸しを作った。お前、自分が玉座にあるとして、私という人間を正しく理解したうえで借りを二つも作った、とする。どう思う?」
「……頭をかかえやす」
男はまた「アッハッハ」と笑った。
とはいえ、これらの言い分は男なりの強がり。言ってみれば負け惜しみである。男もまた、先んじることができなかったのだ。その悔しさを悟られぬよう、からからと気分良く見えるよう笑ってみせる。そんな自分を、どこか虚しく思いながら。
トの字「あ、やっべ。相手はお師匠様だから口の利き方に気をつけろって伝えるの忘れてた。でもお父ちゃんぶっ殺した直後にそんな頭回らんやん」