異世界帰りの魔王様   作:大倉 雪之丞

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こんにちは、大倉雪之丞です。

お待たせいたしました、異世界帰りの魔王様第二話です。

あとがきのほうに前回も含めた、オリジナル用語集を書きました。




主亡き王国にて

 さて、前回より少し時は遡り、幽世(かくりよ)のとある小屋の中。

 

「ほぉ、あの異世界に召喚されたガキ。北欧のキカン坊相手によく渡り合ってるじゃねぇか」

 

「まことに。これは、異世界帰還者初の羅刹王の誕生になるやもしれませぬな」

 

「ですが、大丈夫でしょうか。例え、北欧のフレイ様にこの少年が打ち勝つことができたとしても、その後にはフレイヤ様、テュール様との闘いになるでしょう。それに生き残ることができるのかどうか…」

 

 囲炉裏を三人の人物が取り囲んで、何やら鍋の中を覗き込みながら、談笑していた。

 

 鍋に張られた水は、不思議なことに、まるでテレビや映画のスクリーンのようにどこかの情景を映し出していた。

 

「そりゃァ、このガキ次第だろ。本当に神殺しを為したなら、そう簡単には死なないだろうしな。まぁ、俺もこいつにゃァ少し興味がある。もし、本当に為し得たのなら、ここで一時的に保護することも考えといて損はねぇ」

 

「そうですな。まこと為し得たのであれば、彼の御仁は日の本初の羅刹王と為られます。そのうえ、あと二柱のまつろわぬ神との決闘を控える身となりましょう。ここで傷を癒していただく間に、彼の御仁のお人柄などを見極めることもできましょうぞ」

 

 大柄な老人と黒衣の即身仏のような二人は、くつくつと笑いをこらえながらそう宣う。

 

 それに対し、色鮮やかな十二単に身を包んだ媛は少し不愉快そうに眉をひそめた。

 

「また、そのようなことを…。お二人とも。どうやら、趨勢は決したようです。この国初の羅刹の君が誕生いたしました」

 

 媛のその言葉に、二人も身を乗り出して、鍋の中をのぞきだす。

 

 その鍋の中では確かに、巨人の如く大柄な男の心臓部分に、しっかりと剣だったナニカが突き刺さっており、男の信じられないとばかりに大きく眼を見開き、一瞬の後に大笑いをしだした様子もしっかりと映し出されていた。

 

「はっ、随分と楽しそうに笑うじゃねぇか。______それにしても、本当に為すとはな。ちったァ、期待してもいいってことかァ?こいつは」

 

「記念すべき吉報、いや現世の呪術師どもにとっては忌むべき凶報、というべきですかな?」

 

「いずれにせよ、まずはこの羅刹の君を保護せねばなりますまい。私は、いまだ眠れる羅刹の君をお迎えに行ってまいります。御坊と御老公はどうなさいますか?」

 

 老人と即身仏は、ニヤリと悪い笑みを浮かべ、そんな二人を媛は困ったものを見るように見ている。

 

「そりゃァ、もちろん。会うさ」

 

「某も会いまするぞ」

 

 その言葉を最後に、三人の姿は小屋から消え去った。

 

 目指すは、新たな魔王が生まれた場所。

 

 まつろわぬフレイが、まつろわぬフレイヤとまつろわぬテュールという二柱の神を迎え撃つために整備した、彼の王国である。

 

 

 

 

 

______目を覚ますと、目を見張るほどの美女に膝枕されていた。

 

 どんな三文芝居でもそんな言葉は出てこないだろう。だが、僕が現状置かれている状況は、そう称する以外思いつかなかった。

 

「おはようございます、異世界の勇者殿。まずはまつろわぬフレイから無事権能を簒奪なされ、羅刹の君へと新生されたこと、おめでとうございます。あなた様の歩まれる道は今後、困難を極めると思われますが______」

 

「らせつの、きみ…?」

 

 正直、彼女が何を言っているのか僕にはわからなかった。勇者だの、自分の行く末だのについて話しているのは分かるのだが、覚醒したばかりの頭ではそこまで頭が回らない。

 

 ただ、一つだけ言えるとしたら______

 

「綺麗だ」

 

「…はい?」

 

 彼女の表情が固まる。

 

 嗚呼、それではいけない。美しいものは美しくあらねばならないように、美しい女性には微笑んでいてほしい。

 

 まぁ、いきなりこんなことを言い出した自分のせいであるが、覚醒したばかりの頭であるからか、止めようとしても、口が止まってくれない。

 

「貴女のように綺麗な女性は初めて見ました」

 

 彼女の頬に手を伸ばし、ゆっくりと、愛おしいものを撫でるように触れる。

 

 女性に対してこのようなふるまいをするようになったのはいつ頃だったか。召喚される前はそこまで特別扱いをした覚えは彼にはなかった。

 

 たしか______そう、あの普段は清楚そうに微笑み、子供などであれば敵対者であった魔族にすら情けをかけながら敵として立ちふさがったときには"氷の聖女"などという言葉が似合うほど冷ややかな表情を一切変えず処理していた、あの聖女を旅の伴に迎えてからだろう。

 

 あの旅の中で少しでも女性への配慮に欠ければ即座に冷笑を浮かべ、説教をし始めたあの聖女にきっちりと女性への扱い方なるものを叩き込まれたせいだったはずだ。

 

 その度に魔女が何やら『自分にさせたい扱いを刷り込むって…』と小さくつぶやいていたり、騎士があきれた物を見るように聖女を見ていたりと、まあ本人的には教育のつもりでも、周りから見れば所謂『逆光源氏計画』に見えていたのだろう。

 

 まだ、義務教育を受ける身であり、世間知らずだったし、女性に逆らうと碌な目に合わないという父の言葉からそれを素直に受け取っていたのだが、今思い返してみると当事者の片割れからみても私欲がにじみ出ていた気がする。

 

 実際、常に『実践あるのみ!』となんだかんだ理由をつけては即座に実行させられ、その度にどこかご満悦にしていた気がするし、それを魔物の乱入とかで邪魔をされると烈火のごとく怒っていたし。

 

 ______あれ、意外と思い出すとあの人も割と色物枠だったなぁ。当時は大人なお姉さんって感じで普通に憧れてたけど。しかも、最終的に開き直ってなかったか?『誰も不幸にならないんだからいいじゃないですか!実際、貴女たちもまんざらでもなさそうにしていたではありませんか!?』とか叫んでたような記憶がある。

 

「ははァ、新たな神殺しは随分と女にやさしいなァ。おめぇも顔を赤らめて、惚れたか?」

 

 思考の海に潜り込んでいると、突然第三者の声が聞こえた。

 

 反射的に立ち上がり、腰に手をやり______今は無き相棒を探して空を切った。

 

 それに顔をしかめつつも、声のした方向に目を向ける。

 

 そこに立っていたのは、弥生時代の人々が身に着けるような簡素な服に身を包んだ大柄な老人とミイラのように干からびた即身仏のような黒衣の僧だった。

 

「この度は神殺しの大業を達成為されたこと、お慶び申し上げます。異世界の勇者殿。______御気分はいかがですかな?それに媛のことも随分とお気に召されたようで…嫁入りですかな?」

 

 ニヤニヤと面白いものを見たかのように笑いながら言う二人に対して、自然と眉間にしわが寄ってしまう。

 

 しかも、あの老人。なんというか、ただ者ではない気がする。実際、アレが現れてからは全身に力がみなぎって仕方がない。五感が研ぎ澄まされ、老人の一挙手一投足を見逃すまいと驚異的な集中力が発揮される。

 

 ______まるで、魔王を目の前にしたときみたいだな。

 

 異世界の女神により与えられた祝福。それは女神聖教曰く『魔王を討滅するための、魔王殺したる勇者を生む大呪法』。それゆえに、魔王を相手にするとき、勇者は戦いに向けて常に万全の状態が保たれ、女神の加護を発揮するとか。

 

 実際、この祝福には最終決戦の時にはかなり助けられたものだ。物理攻撃は通じず、魔法も通じず、唯一通じるのは魔王討滅の祝福を与えられた勇者と、勇者だけが持つことができる聖剣による手傷のみと、非常に厄介な存在だった。

 

「...御坊、御老公。お戯れはそこまでになさいませ。我らはそのような目的でやってきたわけではありません」

 

 先ほどまで、膝枕をしていた"媛"と呼ばれる女性の凛とした、鈴の音色のような清涼な声が響く。

 

「はっはっはっ、そう恐ぇ顔すんな。まんざらでもねぇのは事実だろうが。...さて、初めましてだな、岩戸周。俺は速須佐之男命。須佐之男でいいぜぇ」

 

「なんで、僕の名前を知ってるんだ?」

 

「そりゃあ、お前が異世界に召喚され、その挙句帰ってきた貴重な存在だからだよ。異世界の連中からの拉致ってのは、ままあることだ。だが、その中で帰ってきたのはごく少数でな。お前みたいに無事帰ってきたやつらは自然と不死の領域とかにいる奴らにも名前が知られるんだ。まあ、俺たちは別に不死の領域にいるわけじゃねぇから知る由もねぇが...異世界帰還者支援機関は知ってるだろ?」

 

 異世界帰還者支援機関。

 

 彼らの職務は主に二つ。行方不明者が発生したら、それが通常の手段であるのか、それとも異世界による拉致なのかの調査を行うことと、もし帰還することができたものが現れた場合には、その人物が日常生活に戻れるよう、支援を行うことだ。

 

 異世界帰還者である僕も、この機関の支援の元、最近ようやく平和な日常に慣れることができた。

 

 ちなみに、職務などについてを教えてくれたのは僕の担当者である甘粕さんだ。

 

 本来は機関の本元である政府のある組織の東京分室の次期室長に仕える身らしいのだが、機関に所属する人員が極端に少ないことと、空いている人手がなかったため、室長から出向命令を受けたらしい。

 

 随分とくたびれた感じの苦労人だった。ただ、アニメ等に詳しい人物で、一度語りだしたら止まらない、というのが難点だろうか。

 

「知ってるけど...。あなたたちと何の関係が?」

 

「あの機関の本家本元である正史編纂委員会には、我らも少し力を貸しておるのです。とは言っても、あのものどもが、地上の些事にかまけて、眠れる虎を起こさぬようにするためなのですが」

 

「じゃあ、僕のこともその、正史編纂委員会から?」

 

「えぇ、その通りです。特に御身は異世界からの女神の祝福を得たまま、お戻りになられたので、我らも少々注視していたのです」

 

 黒衣の僧と媛のいうことを信じるならば、軽く監視されていた、ということなのだろう。

 

「そうですか。じゃあ、いくつか質問いいですか?」

 

「______待ちな。来たぜ」

 

 気が付けば、須佐之男は空を見上げていた。

 

 それに習うように僕も空を見上げる。そこにいたのは______

 

「久しいな、異世界の勇者。いや、我らが仇敵よ」

 

 月の光を溶かし込んだかのような銀髪をなびかせ、無数の戦乙女を従えたとても美しい女神だった。




今回(前回を含め)出てきたオリジナル用語集

・魔王討伐パーティー
 王国の『救世主招来の儀』により、異世界から召喚された勇者を中核とし、現代において最高峰の実力を有する魔女、女神聖教始まって以来最高と称される聖女、召喚した王国の第一王女であり、優れた外交官でもある王女、そして、女性のみで構成され、王国最強との呼び声高い近衛騎士団の次期騎士団長であり、第一王女の側近である女騎士で構成された世界最強のパーティー。魔王討伐後に勇者が異世界へと帰還したことで解散されたが...?

・女神聖教
 異世界において広く信仰される宗教。宗教の上層部には女性しかいないが、これの任命権を持つのは女神か、女神の代弁者であり、女神の言葉を神託により得る聖女のみ。『魔王討滅の祝福』なる大呪法があるらしい。

・魔王討滅の祝福
 周が召喚された異世界の女神が、ある世界の『人間を神とも戦える人類最強の戦士』へと昇華させる大呪法と、『魔王が世界に多く存在している場合に魔王を殲滅する宿命を持った勇士を召喚』する儀式をモデルに作り上げられた女神の加護。この祝福を得た勇者は聖剣をふるう資格を得るほか、魔王と相対したとき、いつでも戦闘行為を全力で行えるように体が整えられるなどの特徴がある。今回、パンドラにより変更が加えられたようだが...?

・聖女
 王国からは『慈愛の聖女』と呼ばれ、魔族からは『氷の聖女』と呼ばれた女神聖教の修道女。女神の代弁者たる今代の聖女。年齢は20代前半。周の旅には女神の神託により同行していた。当時、周は気が付かなかったようだが、若干ショタコンの気があった。彼女からすれば程よく年を取りながら、今だショタと呼べる容姿をしていた勇者は(世間体を気にしなくてもいいという意味でも)かなり好みだったらしい。

・聖剣
 『魔王討滅の祝福』を持つ勇者のみが振るうことのできる剣。イメージ的には白銀に輝くヴァイキングたちが使っていたというウルフバートが一番近い。現在、担い手たる勇者が元居た世界に帰ったため、女神聖教と聖女が管理している。

・異世界帰還者支援機関
 日本政府の正史編纂委員会の傘下、というか一部門の一つ。異世界に拉致された疑惑がある行方不明者が出た場合には、異世界からの拉致なのかどうかを呪術的観点、科学的観点の両方からアプローチを行い、異世界による拉致なのかを判断する。ほかにも、異世界に拉致され、帰還した人物は帰還後に精神疾患を発症したり、人を傷つけることになんの抵抗もなくなっている場合が多いため、彼らが日常生活に戻れるように支援も行う。日本全国から集められた行方不明事件に強い警官や物理学者、結界や転移系の術式に長けた術者が所属している。



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