TS転生お姉ちゃん♂は神威くんから逃げたいようです 作:B型
完結してしまったな。
遥か昔から攘夷志士よりも夜兎になりたかった逆張りオタクでした。チャイナ好き。
8歳になったある日。
おもむろに、話しておきたいことがある、と父に呼び出された。
家の裏手で、向き合って。いつになく真剣な顔をした父は開口一番、
「朔夜ちゃん。……朔夜ちゃんはな、実は、父ちゃんと母ちゃんの子どもじゃないんだ」
血が、繋がって、ない──?
「────、」
──いや、知ってた。
知ってました。
大方そんなとこだろうと思ってたし、知ってたわ。
だって遺伝子ゼロだもの。顔の作りからして見るからに似てないもの。やや癖のある紺の髪も、蜂蜜色の瞳も、彼らにはない色だったし。
逆に良かった血が繋がってなくて。──これで実子だったら、“原作”にはない修羅場が勝手に発生していることになるのだから。
そんなある種達観した安堵感を抱きつつ、私は育ての父──星海坊主こと、神晃の揺れる瞳を無言で見返した。『銀魂』と名づけられた漫画の、そのキャラクターの一人である彼の顔を。
「…………そっ、か……」
とりあえず、控えめに相槌。
育ての親から生まれた訳ではないことを知った時、普通ならどういう反応を取るのか。ちょっとわかんない、橋の下で拾われた経験ないから。
「……大丈夫だよ、父さん」
いつもおちゃらけた神晃が神妙な顔をしているのが気まずくて、いい子ぶってみる。
「血の繋がりがなくても……私たちは同じ夜兎で、父さんと母さんは私を愛してくれてる」
嘘偽りない事実であり、口から出まかせ。元からこの話題にそこまでの興味とかないし。
「私、ちゃんとわかっているから。……遊びに行ってくるね」
「あっ、さ、朔夜ちゃん!」
テンプレートなセリフを返して、とりあえずその場から退散。後ろで神晃が何か叫んでいたようだが、今は聞かないふりをした。余裕がないとかではなく、単純にこの空気が面倒くさい。
──で、実子うんぬん以前に。
どうして“こんなこと”になっているのか、といえば。
それは、当事者である私が一番聞きたい。
現代日本で普通に大学生やってたはずが、いつの間にか銀魂の世界に転生して夜兎やってた。
端的に言えばそれでしかないのだが、この流れだけでは納得できる要素がひとつもない。
しかし、肝心要の大学生→夜兎に生まれる、の記憶があまりにも曖昧で思い出せそうもなく、今さらどうしようもない。今でも気分は大学生なのだが、肉体は普通に夜兎の子どもなので、寝起きなんかは未だに混乱する。
先ほどの話の通り、私は江華と神晃の実子ではないようだが、じゃあどっから発生したんだよということさえわからない。8割方、その辺で拾われた捨て子なのだろうけれど。
というか、明らかに無からキャラクターが発生しているんですけど。原作キャラに憑依させられても困るが、イレギュラーはもっと困る。
それ、で。
今まで漠然と生きてきたのが、物心がつく頃になって、ようやく現実との乖離に気づいた。
そしてもうひとつ、気づいたことがあった。
転生以上にクリティカルな事象。
──この体、男じゃん。
……まず、私自身の話を少ししよう。
私の名前は鈴木菜々実。名前と一人称が概ね指す通りに、女性として生まれついた。そして、女性ということに何の疑いもなく生きてきた。
それが良くなかった──というのもおかしな話だが。とにかく、私が転生してしまったこの“朔夜”と名づけられた夜兎は、男性だったのだ。
しかし、女子大学生から夜兎転生(穢土転生みたいな語感だな)までに「転生してる……!?」的なイベントを挟まなかったせいか、私は無意識下で女児として振る舞っていたらしい。
倫理のりの字もなさそうなこのドブ川に、性同一性障害として爆誕してしまった訳だ。
……しかし、奇行と取られかねないその行動に、家族は破茶滅茶に理解があった。
どうやら自分を女だと思っているらしい→じゃあ女性として育てよう、という親として100%の解答へスムーズに辿り着いてしまったのだ。凄まじい配慮。それがまた私の自覚を遅らせた。
いや、気づけよって話なんですけどね。チンチンついてんだから。
とにかく、私が肉体と自認の乖離に気づいたのは、物心がつき終わったくらいのことだった。
だが時すでに遅し。家族は私を普通に女の子扱いしており、今さら「あっ男なら男でいいです」とは言い出せない雰囲気になっていたという訳である。どっとはらい。
「はあ……」
いつもの石段に腰掛けて一人、黄昏る。
うつむくと、刺繍があしらわれたチャイナドレスの裾が目に入る。当然のように、服も女物。二次性徴前の今はいいが、大きくなってゴリゴリのゴリラになったらマジでどうする?
──今までと変わらず、何も気にせず自分らしく在れることについては良かった。
──でも実際問題、私の体は男な訳で。そこで自我を貫き通すくらいなら、男として自分を偽ったほうがマシだった。
何だか、余計に面倒ごとを招いている気がする。もしくは、その予感がしてならない。
片方のもみあげに垂らした三つ編みの一房を弄びながら、ぼんやり考える。
髪も長く伸ばして、後ろでひとつのお団子にして、カバーを掛けて纏めてある。まあ、髪については夜兎はみな年齢性別関係なく伸ばす傾向にあり、男だから女だからというのはない。
「……どうしたの、ねえさん」
背後からハスキーボイスで呼びかけられて、思考の沼から引き上げられる。
ああ、いけない。
できる限り笑顔を取り繕って、振り返った。その先に立っているのは、もちろん。
2歳年下の、血の繋がらない弟──神威。
「ひとりになったら駄目だよ」
やんわりとした口調で、戦闘の心得がない姉の勝手をたしなめてくる。
「……ごめんね」
でも、あの空間にはいたくなくて。今は江華にも会いたくない。
そんな気持ちはもちろん吐き出せず、それきり黙っていたら。
「最近……なんか、元気ないね。具合悪い?」
原作での狂気的な振る舞いはどこへやら、今は単なるかわゆい弟でしかない彼は、小さな三つ編みを揺らしながら隣に座ってきた。
……もうすぐ神楽が生まれるというのに臥せってばかりの江華の様子を見て、何か神経質になっているのだろうか。強いて言うなら、何の疑いも持たず『ねえさん』などと呼ばれている今この瞬間のせいで具合が悪くなっているのだが。
もしかして神晃が今あの話を切り出したのも、神楽誕生を間近に控えて何か思うところがあったから、なのかもしれない。
「……神威くんは優しいね」
ああ〜ショタ可愛いんじゃ、という歓喜と、あと数年経ったらこいつに殺されているかもしれない、という恐怖が複雑に入り交じる。
家族団らんを楽しめた瞬間があっただけ神晃はまだマシで、彼らの顛末を知っている私は最初から気が気ではなかった。下手したら既に余命のカウントダウンに入っている段階である。
そんなことを考えていたのが良くなかったのだろうか、
「ずっと……そのままでいてね」
綺麗な薄橙の髪を撫でて──うっかり、無意味な呪いの言葉を吐いた。
神威は、きょとんとビー玉みたいな碧眼を瞬いて。それから、ちょっと変な顔をした。
「ねえさんは、」
そこで一旦、言葉を区切って。
「俺が喧嘩ばっかりしてると、嫌?」
機嫌を窺うように放たれたその言葉に、どきりとした。
戦いに向かない私の体。神威は、同族として出来損ないの私を気遣っているのだ。
しかし、私が現代っ子だから怖くて戦えないとか、事態はそんな単純な話ではなかった。神威はきっと、まだ知らないことだけれど。
──単純な膂力だけならば、最強と謳われた父をも凌ぐ才がある、と言われた。
けれど、私の肉体はその強大すぎる力に耐えられなかった。拳を振るえば骨が折れ、野山を駆ければ肉が裂けた。硝子のように脆い体だった。
夜兎として、失敗作。
戦わないのではなく、戦えない。
まさか、それに気づいていたから本当の親は私を捨てたのだろうか。夜兎という種族ならそれくらいやりかねない。
クソ、恵まれた種族からデバフばっかり豊富な人生だな。良いところが顔しかない。そんな悪態を内心だけでついていたら、
「わ、」
神威に、いきなり正面から抱きつかれた。
返答に困っていると思われたのか。
「大丈夫」
幼少期の、2歳の差は大きい。まだすっぽり私の腕の中に収まってしまう彼は、それでも気丈に決意を述べてみせる。
「ねえさんも、……神楽も、母さんも、みんな俺が守るよ」
──なんて、言っていたのがもう数年前の話。
その直後に神楽が生まれて以降、我が家は坂を転げ落ちるように家庭崩壊の一途を辿り。
神威は家を出てゆき、神晃は留守がちになり、──江華は、その永い永い命を終えた。
私は、結局異物たる自分の存在が何の役にも立たなかったことを知った。居ても居なくても変わらない存在。むしろ、私という存在が余計に神威の重荷になっていた節はあったかもしれない。
……いや、それは神楽も同じか。
誰にもハガキを出せない葬儀をひっそり終え、この街でも比較的マシな、見晴らしの良い崖の上に簡素な墓石を立てて。
それきり、神晃はまた逃げるように私たちのもとから姿を消した。新しい仕事だ、と言って。
私たちはとうとう、2人きりになった。
「神楽ちゃん」
明らかに塞ぎ込んだ様子の彼女を、慰める術なんて私は知らなかった。だから、
「あなた一人でも、地球に行きなさい」
彼女が一人で決める選択を、さも優しさのように差し出した。卑怯なやり方だった。
「……でも、」
「ここにはもう何もない」
けれど。今の神楽に明確な心残りがあるとすれば、この私。私が背中を押さなかったら、彼女はこのドブ川に残ることを選んでいたかも。
それくらい──現実を生きていた私が思っていたよりずっと、彼女は優しい、優しい妹だった。
「思い出だけで生きるには、あなたは若すぎる」
……で、私はといえば。
どういう訳だかとっくに成長期を終えても中性的というか、きゃるるん♡とした容姿のままだったので、言い出す機会もなくお姉ちゃん続行中です。どこに出しても恥ずかしい立派な男の娘になりました。もう20歳とか信じたくない。
神楽ちゃん、あなたが実のお姉ちゃんだと思い込んでいる人間は血が繋がっていないし、ちんちんが生えています。
……今からでも貧乳のふたなりってことで何とかならんかな?
「……私は……もう、いいの」
というか、神楽と一緒にいると無条件で黒歴史がサブスクされることになるんだよな。
しかし、今さら実は前世の記憶から自分を女だと思い込んでいた異常成人男性でしたー、などと開示するタイミングがどこにあるというのか。神楽誕生以降の鎧袖一触即発な空気の中では当然、口に出せる雰囲気ではなかったし。
「じゅうぶんすぎるくらい良くしてもらった。……もう、たくさん生きたから」
マジで私という歩く黒歴史の存在はとりあえず忘れて、地球で原作の暮らしを楽しんでくれ。
どうせ神威や神晃絡みの話になったら引っ張り出される運命だけど、ひとまずそれまでは。そんな汚い本音は隠して、微笑みかける。
「……朔ねえ、……」
神楽は、それ以上何も言ってこなかった。
何か言いたそうにはしていたけれど、彼女も疲れきっていたのだろう。黙って、荷物を纏めて。
翌朝には、もういなかった。
空っぽの部屋。空っぽのベッド。
一人っきりに、なってしまった。
いつも神楽が座っていた椅子に座って、汚れた天井を仰ぐ。……途端に今までの十何年間かがどっと降り掛かってきて、眉間が痛んだ。
何もできなかったな。
一応、家族としてやってきたつもりだったけれど。前世の記憶なんか思い出さなければ良かった。あんなに大事にしてくれていたのに。
我が子と呼んでくれたのに。
江華が死んだ。母が、死んだ。
フィクションの筋書き通りの退場だ、とわかっているつもりでも、思うことはあった。今まで意識していなかった日常のあれこれがいきなり重みを伴って伸し掛かってきて、息ができない。
これからのことなんて、冗談抜きで何も浮かびそうになかった。原作がなんだ。私の“家族”とは関係ない話ばかりじゃないか。
「……はあ……」
この世界に来てから私、ため息ばかりだ。
「これから私、どうしたらいい? ……母さん」
江華の遺品である煙管を弄びながら。
自然と、その一言が口からこぼれ出た。
……彼女が死んでようやくそんな弱音が吐けるなんて、皮肉なものだ。