TS転生お姉ちゃん♂は神威くんから逃げたいようです   作:B型

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タイトルが適当すぎたので変えました タイトル系を考えるのが一番苦手です




ギャグマンガだから

 一人になって、改めて考えること。

 

 ──“銀魂”という漫画は、一体どういう終わり方を迎えたのだろうか。

 ──そりゃあ有名な漫画だし、好きだった。アニメも見たし、単行本も持っていた。でもどれも昔の話。誰が推しだったかも覚えていない。

 ──神威は。神楽は。神晃は。あのいびつな家族は結局、どうなったのだろう。

 ──そして、意図せずそこに巻き込まれたいびつな“私”は?

 

 

「……ん……」

 

 誰かの気配でふと、目が覚めた。

 うつ伏せていた硬い机から顔を上げる。枕代わりにしていたらしい右腕が少し痺れている。

 寝てしまっていたらしい。

 今は、何時なのだろう。

 江華が死に、神楽が家を出て行ってから、本格的にすることもなく。ぼんやり物思いに耽るか、うつらうつらして過ごすことが多くなっていた。

 ここ1年で自分がすっかり老け込んでしまったような気さえする。生きる目的が見当たらない。家の外は危険だからつい引きこもりがちだし。そういえば、誰かが来ていたようだけど──

 

「…………父さん?」

 

 最も候補として有力なその名を呼ぶ。

 しかし、返事はなかった。

 誰だ。惚けた頭が闖入者という冷や水で引き締まるよりも早く、戸口の人影が口を開く。

 

「──鍵も掛けないでうたた寝なんて、随分と不用心だなあ」

 

 馴れ馴れしく呼びかけられた。

 聞き覚えのある、若い男の声だった。また別のベクトルで心拍数が跳ね上がる。

 この、響きは。

 

「久しぶり、朔夜」

 

 長くなった三つ編みを揺らしながら現れたその姿。一瞬、夢の続きかとさえ思った。

 薄橙の髪、青い瞳。

 チャイナ服に、番傘。

 

「神……威……?」

 

 思わず溢れたその名に、とうに家を出て行ったはずの弟──神威が目を細める。その仕草から取って食おうというような獰猛さは感じられなかったが、それがまた恐ろしかった。

 

「……うん。変わらないね、あの時から」

 

 ──あの時。

 神晃が久々に帰ってきた日。神晃が神楽と買い物に行っている間に、傷だらけの神威が帰ってきた。そして、江華に言った。

 俺と一緒に来てくれないか。

 それから私を見て。私の手を取って。ねえさんにも来てほしい。はっきりと、そう言った。

 神楽を誘わず私に声を掛けた意図は、今でもよくわからない。たまたま家にいて、彼の願いを否定しなかったからかもしれない。

 どこにも口を挟めないまま、神威は神晃と争い始めて。そして、出て行ってしまった。

 その神威が今、目の前にいる。

 

「……神威くんは……大きくなったね」

 

 まず、それが口から出た。

 もう何年前の話だろうか。月日が曖昧な暮らしの中では、はっきりとはわからないけど、もしかすると10年以上経っているのかもしれない。

 久しぶりに見る彼は、ちょっぴり生意気で可愛らしい少年なんかではなく、間違いなく大人の男になっていた。

 それについては特に答えることなく、神威が一歩、足を踏み出して距離を詰めてくる。なんとなく、恐怖を覚えた。言語化できない恐怖を。

 何をしに来たんだ。

 まさか、単に江華の墓参りがしたかったとかそういう訳でもあるまい。恐る恐る尋ねてみる。

 

「何の用……?」

「きみに会いに来たに決まってるじゃないか」

 

 か、を言い終わるか言い終わらないかのうちに。シームレスに振り下ろされる番傘。

 何の予備動作も、気迫もない、日常に染みついた殺しの仕草だった。ぞっとする暇もなかった。

 

「ッ、」

 

 ああ死んだ、と現代っ子の私は生を諦めたけれど、この体には確かに夜兎の血が流れており。

 たまたまテーブルに立てかけてあった自分の番傘で、反射的にその初撃を凌いでいた。ふと気づいたら、鍔迫り合う番傘越しに神威の笑顔と目が合って。

 

「わお。さすがに防いでみせたか」

 

 感慨の薄い呟きだった。

 防げずに死んでいたところで何も思わない。そんな異常な価値観が垣間見える口調に、改めて血の気が引く。

 殺されるかも、とは思っていた。思っていたけれど、それを受け入れていた訳じゃない!

 こんな場面で生への欲求を再確認するなんて、皮肉すぎる人生だ。場違いな自嘲とともに、傘を精一杯振るって神威を弾き飛ばす。

 腕が衝撃で痺れたが、構っていられない。開いていた窓から外へ飛び出して──

 

「おっと、こっちは行き止まりだぜお嬢さん」

 

 動揺のあまり、気配に気づけなかった。

 私の行く手を阻むように突き出される番傘。窓の脇、煤けた壁にもたれ掛かる中年の男が、生気のない三白眼で私を捉えていた。

 ──阿伏兎。

 その名前がとっさに浮かんだが、最後の気力を振り絞ってしらばっくれる。

 

「……誰ですか……」

 

 男はそれには答えずに、気負いない足取りで現れた神威に目を向ける。

 

「団長。……捕まえましたよ」

 

 来訪は神威の独断と勝手に思っていたけれど、まさか第七師団の部下まで控えていたなんて。非常に面倒なことになった。

 出かけないから、といつの間にか縛る習慣がなくなっていた長い髪が邪魔で、鬱陶しい。かと言えこんな状況で除けることもできず、みすぼらしいざんばら頭のまま、顔を覗き込んでくる神威と視線を合わせる。

 

「やっぱり弱いね、朔夜は」

 

 絶対強者の目線から放たれる、事実を事実として語る言葉。自他ともに認める弱者の身として憤りは覚えず、ただ恐怖だけがあった。

 

「しっかし、わざわざ里帰りしてまでウチの団長は何をご所望かと思えば……まさか姉君の御身とはね」

 

 芝居がかった仕草で肩を竦める部下に、神威が控えめなため息をついてみせる。そして淡々と、

 

「こいつは姉じゃないよ。見ればわかるだろう」

 

 見ればわかる。私の全く似ていない容姿について言っているのだろう。

 ──血からは逃れられない。そう考えていたけれど、江華の面影のないこの姿では、神威の脳裏に『家族』の2文字を過ぎらせることすら叶わないのかもしれない。私は所詮、他人ということだ。

 

「……へいへい」

 

 私を一瞬横目で窺った阿伏兎が、意味深長に生返事をする。そこにどんな意味があるのか思考を巡らせるより早く、

 

「朔夜」

 

 神威がその端正な顔をぐっと寄せてくる。

 

「きみは夜兎として出来損ないだ」

 

 どきりとした。

 知らぬはナントカだけ、というように、神威はいつの間にか私の秘密のひとつを知っていたようだ。その調子でもうひとつも解明してさっさとどっかに行ってくれ。

 パワーポイントの図形で作ったんですか、と聞きたくなるような均整の取れたアルカイックスマイルが良くない意味で眩しい。形の良い指が私の無い胸をとん、と小突いて、

 

「でも、きみの血──きみが産む子にはものすごく興味があるんだよね」

 

 至近距離で告げられた関心に、何かとてつもなく嫌な予感だけを感じながら、濁してみる。

 

「……何が言いたいのかさっぱり、」

「カマトトぶるなよ」

 

 ぴしゃりと跳ね除けられた。

 神威としてももったいぶった言い回しを続ける気はないらしく。続いた言葉は非常に簡潔で、あけすけなものだった。

 

「俺の子を産んでよ、朔夜」

 

 神威の子を、私が。

 その裏にある行為や過程に目が行かないほど、私は幼くなかった。目の前が暗くなった。

 道理で、妙な執着を見せてくると思った。

 神威は私に母体としての価値を見出していたのだ。私そのものは失敗作でも、私の血を継いだ子ならば、もしくは。そういうことか。

 強い子を産んで──父である神威に戦いを挑む未来を期待している。かつての神威と神晃のように。

 ヒュウ、と阿伏兎が下手な口笛を鳴らして、我に返る。それに冷めた目を向ける神威。

 

「姉君に対して随分と熱烈な告白だ」

「だから姉じゃないって言ってるだろ」

「俺には大差ないように見えますけどねえ……」

 

 顔が良いとか人気キャラとかもう関係ない、こいつは私の弟なのだ。リアル弟に関係を迫られて気分の良い姉がいるか? いやいない(反語)。同意のない行為は犯罪なんですよ。 

 

「ま、夜兎が増えるのは良いことか。俺としても団長のガキってのが気にならない訳じゃないし」

「そればっかりだね」

 

 おい阿伏兎。案の定一切頼りにならない。

 

「……か……神威くん正気……? お姉ちゃんそんな弟に育てた覚えないんだけど」

「朔夜に育てられた覚えはないよ」

「き、近親相姦……」

「いやだから繋がってないだろ血が」

 

 倒置法を駆使してアピールしてくるのは良いのだが、じゃあ子作りしてもOKという理屈にはならんだろ。狂った少女漫画の世界観かよ。 

 ヤバい、穿って見ればそこそこエロい話をされているはずなのに冷や汗しか出てこない。こんなに心臓に悪い口説かれ方あるんだ。

 

「何を迷っているのかな。別に、きみが今さら何をしてどこに行こうが、星海坊主やアイツには関係ないことだろう?」

 

 黙り込んでしまった私に、神威が淡白な声で呼びかけてくる。関係が、ない。

 神楽にも、神晃にも。

 

「………………」

 

 そういう問題じゃない、と反駁するべき場面なのかもしれない。けれど、

 

「…………確かに……」

「そこで納得するのかよ」

 

 阿伏兎は呆れているようだが、改めて考えるとまさしくその通りで。私が神威の傘下に入ったところで誰の脅威にもなり得ないのだ。

 彼のことだから、私の存在をちらつかせて神楽や神晃に圧を掛けるような狡い真似はしないだろう。うっかり状況を知った時に彼らへ心的ダメージは入るかもしれないが。

 そういう点で心配事はない。

 ない、けれど。

 

 いや、そもそもの話。

 よく考えてほしい。倫理観とか家族への影響とか私の感情以前に、この話には壁が存在しているのだ。

 

 “性別”というベルリンのそれより高い壁が。

 

 男同士では子どもは作れない。当たり前すぎて教科書にすら載っていない事実である。

 私がYESと言おうが言うまいが、この体は根本的に妊娠出産が不可能な仕組みなのだ。

 まあ、神威が弩級の馬鹿とかそういう話ではなく、私が未だ彼に性別を秘匿しているのが悪いんだけども。

 いや、というか気づけよ。何が獣だ。

 齢20にして女装に全く疑問を持たれていない。しかし男の娘の才能があるとか喜んでいる場合ではない。考え得る限りで最悪のパターンに追い込まれつつある。

 神威という男は『女は強い子を生むかもしれないから生かす、子どもは強くなるかもしれないから生かす』というポリコレに中指を立てる邪・パターナリズムの権化で、つまりここから導き出されるのは『男なら死ねい!』である。

 ヤバ……ヤバいなんてもんじゃない、そもそも一応は姉と慕っていた存在が男だったという時点で衝撃の事実だ。過呼吸になりそう。人生3回分の恥をこいつに晒した挙げ句殺されるのか私は?

 あっ想像して具合悪くなってきた。

 

「……ダメ……行けない、」

 

 目眩を覚えつつ一応断ってみる。

 神楽に申し訳が立たないとか神晃を傷つけておいて許せないとかそういう感情は一切なく、シンプルに保身。

 

「私のことはもう、放っておいてよ……」

 

 お互いの傷が浅いうちに。このままじゃ誰も幸せにならない。

 しかし、そんな私の内心など汲むはずもないのがこのクレイジー神威である。

 

「ふうん。ま、関係ないけどね」

 

 クソ、やはりただ嫌がられてるだけだと思われている。ストレスで胃が痛くなってきた。

 yahoo!知恵袋でも発言小町でもなんでもいいから、不可抗力で男の娘として生きてきたら血の繋がらない弟に求愛(動物的な意味で)された時に取るべきベストな行動を私に教えてくれ。できれば命と五体を守る方向性で。

 ──と、私がそんな未知の心的疲労に悩まされていることなど知らない神威は、こちらが恥ずかしくなるくらい堂々としており。

 

「今の俺は海賊だ」

 

 淡々と、略奪の意志を提示してくる。

 

「今度こそ、欲しいものは力ずくででも奪ってみせる」

 

 やべえ性別強制開示させられる。息子なら既にいますよ、私の股間にってか。殺すぞ。

 

「ちっ」「うお」

 

 正体不明の苛立ちに任せて、邪魔な阿伏兎を番傘で薙ぎ払った。瞬間的なパワーだけは一級品、と称されただけあって、その一撃は確かに身構えたはずの巨軀でさえ簡単に吹き飛ばす。

 

「ありゃりゃ」

「いってえな、」

「何やってるのかな阿伏兎」

 

 気の抜けた声を上げる2人は無視して、一目散に駆け出した。とにかく、ここじゃない場所へ。

 

「あの佇まいから出せる力じゃねえぞ……」

「だから言ったろう、あれはそうなんだって。悪いクセが出たね」

 

 後ろで何か言っていたような気もしたが、今はどうでも良かった。

 こんなところで詰んでいられない。そんな強い思いだけが、私の足を動かしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──どれだけ走ったのだろう。

 何年暮らしていても、元来引きこもりがちだった私には土地勘など全くなく。

 

「っ、はあ……ッ、はあ、」

 

 気づいたら、見知らぬ崖っぷちまで追い詰められていた。こんな火サスの再放送みたいなピンチが現実に起きるとはね。

 思わず崖下を覗き込んだが、暗闇に飲み込まれて何も見えなかった。

 

「追いかけっこはおしまい」

 

 息もスタミナも切れて死に体、みたいな姉をよそに、悠々と悪役のセリフを引っさげて登場する(元)弟。ちょっと今喋る余裕ない。3分待て。

 顔面からありとあらゆる体液を垂れ流す姉を黙って観察していたらしい神威が、再び口を開く。すわまた悪役ムーヴかと思ったが、

 

「きみは今さらどこに行きたいの?」

 

 心底不思議そうに問いかけられて、整いかけていた息がまた詰まった。

 

「本当の家族を探したい? それともアイツのことが気がかり?」

 

 一拍置いて、

 

「どれも違うんだろう」

 

 断言する口調だった。何もかも見透かしてくるような、ぞっとするほど澄んだ青色の瞳。

 ああ、きみは神楽を江華に似ていると言ったけれど、きみのその目こそ江華にそっくりだ。彼が語っていた嫌悪感のようなものを追体験して、そんな自分がまた嫌になる。

 

「何も欲しくなんかないくせに、どうしてこんなに抵抗するのかな」

 

 どうしてっていうか、物理的に不可能だからだが。さすがの神威も私が男だと知れば興味を失うだろうし、そうなったらもうゴートゥーヘルだ。

 そこでふと、彼の発言が喉の奥に引っかかったままであったことに気づく。

 

「……何も欲しくない」

 

 神威は、私が抱えていた虚無感に気づいていたのかもしれない。ずっと、昔から。

 空っぽ。あの部屋と同じ。空っぽだから、どこにも行けない。何にもなれない。

 何者でもない。何も求めていない。

 だから、自分のモノにできると思った?

 姉とか家族とか以前に、私には何もないことを彼はわかっていたのかもしれない。私には夜兎の血も、家族の因縁も、何もありはしない。

 私は鈴木菜々実で、第二の人生なんて必要ないくらい恵まれた人間だったのだから。

 抵抗は、本当に予想外だったのかも。

 実際、私が“普通の女性”だったなら、彼について行ったのかもしれない。そこまで考えて。無意味な問いだと気づいて、やめた。

 後ずさる。後ずさって──

 

「神威くんにはわからないよ。一生」

 

 飛んだ。背中から、勢いをつけて。

 

「──────、」

 

 神威の少し驚いたような顔がすぐにフェードアウトして、真っ暗になる。

 後を追うように薄れていく意識の中、ふと、浮かんだこと。

 

 ──しかし、神威ほどの夜兎がなぜ最後まで私の性別に気づかなかったのだろう。

 

 

 ……あ、これギャグマンガだからか。

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