TS転生お姉ちゃん♂は神威くんから逃げたいようです 作:B型
また懐かしい夢を見た──ような気がした。
「おい」
けれど、それが記憶として脳に残るより早く、外界の干渉を受けて意識が浮上した。
掴みかけた夢の名残は綿あめのようにあっけなく溶けて消えて、舌触りさえ残らない。
「おい、」
再び呼びかけられる。重たい瞼を擦って、声のした方角をぼんやり見上げる。
……思ったより、至近距離で死んだ魚の目と目が合った。一瞬どきりとしたが、すぐにこれまでの顛末と──彼の名前を思い出す。
「……銀時さん、」
寝起きの掠れた声でも、その名は確かに伝わったようで。一晩の宿としたこの万事屋の主、坂田銀時が小さく鼻を鳴らしてみせた。
「うなされてたぜ」
──うなされていた。
それでわざわざ起こしたのだろうか。シャワーまで借りたのに、ひどい寝汗で肌がべたついている。長い髪が張りつく不愉快さをぼんやり感じながら、ソファから体を起こした。
文句を言える立場ではないが、ベッドとするにはこのソファは硬すぎた。一夜にして体がバキバキになったのをひしひしと感じる。そりゃうなされもしますわな。
「なんか、かむい? とか呼んでたけど」
「………………」
いやうなされる原因まだあったわ。
意図的に無視してたけど明らかにこっちが直接的な要因だわ。しかも2番目くらいにバレたくないヤツにバレそうだわ。
「実家で飼ってたペットの名前です」
「ペット?」
「餌代どころか自分たちの食料を買うのも苦しくなったので鍋の具にしちゃったんですけど、今でもたまに夢に見るんですよね」
「どういうこと?」
一瞬の沈黙の後、口から出まかせがすらすら出た。
銀時は怪訝な顔をしていたが、何とかそれで煙に巻くことはできたようだ。新たな追撃はなく、代わりに微妙な沈黙が流れる。
そのタイミングで、逃げの一手を打つことにした。
「洗面所……借りていいですか?」
「おー」
銀時のやる気なさげな許可を背に、ふらつく足でバスルームに向かう。
コックを捻って、水を出して。
その冷たさを顔に浴びせて、少し落ち着いた。
洗面器に両手をついて、鏡を見上げる。……明らかに憔悴しきった、青白い顔が映っていた。
悔やんでいる。
ふと、そう思った。自ら選び取った道のせいで苦しみを得ている。その選択を、後悔している。
そんな表情だった。うんざりしたし、自分がそんな顔をしていることがやるせなかった。頭を強く振って、滴る水と、迷いを振り払う。
間違っていた。間違っていたかもしれない。
そんなことは私自身が一番良く知っているからこそ、少なくとも今は考えたくなかった。
他に誰も、私の選択を肯定し得ないのだから。女として生きると決めたことも、神威から逃げてきたことも。誰も知り得ないのなら、その正否を決める権利もまた、私以外には存在しない。
だから、良い。良い、と決めた。
「……あそこにはもう何もない、」
神楽にはそう言ったけれど、それは私にとっても同じことだったのだろう。
あのドブ川で手に入れられるものはもう何もない。ただ、腐って死んでいくだけ。
空っぽの部屋。空っぽのベッド。
空っぽの──私自身。
「……私は私の中身を見つけないと」
この街で。この世界で。
神威を受け入れることができないなら、せめてそうやって生きていかないと。神楽も神威も神晃も関係ない、私の欲しいもの、行きたい場所。
単なる不可抗力ではない、彼を拒めるだけの理由が欲しい。
──そうでないと、きっともう生き遂せられない。
「はあ……」
振り乱した髪を申し訳程度に整え、重い足取りで部屋を出て──ぎょっとした。
腕を組み、壁にもたれかかった銀時が、濁った赤錆色の瞳でこちらを見つめていた。
「大丈夫か?」
目が合って。パジャマ姿のままの彼が、淡々と問うてくる。雰囲気的に彼も起きたばかりで、洗面所が空くのを待っていただけ……と思いたい。
何を考えているのかわからない、昼行灯的な立ち位置。キャラクターとしては魅力的だけれど、こうやって実際に相対すると恐ろしい存在だ。こちらは秘密ばかりの身だから、なおさら。
「……ええ、」
大丈夫。何に対しての疑問なのだろう。
それを突き止める勇気はないまま、生返事をして、足早に脇を通り抜ける。
今までなんとなく生きてきてしまったけれど、選択の時が来ている……ような気がした。
「………………」
居間に戻って、硬いソファに腰を落ち着ける。
部屋の隅にある時代錯誤なブラウン管テレビが、朝の天気予報を垂れ流しているのをぼうっと眺めながら。水音とともに再び部屋にやってきた銀時を、視界の端で捉えていた。
随分と早いお帰りで。
ボロを出したくない、という点だけで彼とはもう会話したくなかったのだが、残念ながらそうもいかないようだった。
「……神楽」
彼が呟いた名前に、思わず反応してしまう。顔を上げて、視線が絡んで。はっとしたが、時すでに遅し。
それを会話の糸口としたらしい銀時は、淡々と次の言葉を投げかけてくる。
「一人で地球に行かせた割には、随分とお前に懐いてるみてーだな」
……もしかしたら単なる雑談の一環だったのかもしれないが、今の私には耳の痛い話だった。
「……大抵の妹や弟は、無条件で兄とか姉を愛するものなんですよ。よっぽどのクズでもなければ、もしくはよっぽどのクズだとしても」
「そーかね」
「はい。無償の愛は親から子ではなく、子から親に向けられるものである。……そういうことなんです」
私がもし、神楽一家と何ら関係のない普通の夜兎であったら。良くも悪くも、彼らと今のような関係性には至れていないだろう。
私は夜兎としても半端者だし、“鈴木菜々実”という人格自体も、何か特別な才能や魅力のある存在ではない。単独で春雨や、万事屋に取り入るようなコミュニケーション能力や、スキルはない。
「神楽ちゃんが私に懐いているように見えるのは、私がなにか良い人間だからとかではないということです。血が繋がっていないながら、たまたま姉というポジションに収まった。だから愛されている。ズルみたいなもんでしょう」
“家族”という属性が付与されていたから。気づいたら神楽に好かれ、神威に執着される立場にいた。
ズル、というと“朔夜”には語弊があるかもしれないが、銀魂という漫画作品に転生した“鈴木菜々実”にとっては間違いなくチートだった。何の苦労もなく関係が築けるポジションなのだから。
しかし、当然ながら銀時はそんな私の内心まで解することはなく。
「…………卑屈だねェ〜……」
呆れた表情で、そう絞り出しただけだった。
そう。確かに“この世界”しか知らない人間が放つ言葉としては、不可解に深刻な悩みだ。
少し、話しすぎたのかもしれない。
ボロを出したくない、と言った先から。
漠然とした後悔に苛まれながら、天然パーマをぼりぼり掻きむしる銀時を横目で見やる。
「きょうだい関係をそんな陰鬱に受け止めるヤツ初めて見たわ、もっと明るく生きたら?」
明るく。……これも、耳に痛い単語だった。
「明るく……」
いつも暗い顔をしている。
あの江華にさえそう言われてその身を案じられていたのを、今さら思い出した。
何か楽しみを見つけよう、と決意したはなからこんなでは、我が事ながら先が思いやられる。
頑張らないと。色々を。
「……私、」
「朔ねえェェエエ!!」
「うぉおおぉ!?」
口を開きかかったその瞬間。
どがしゃあん、と激しい轟音。──神楽が、見事な飛び膝蹴りで寝室を隔てる襖を蹴破った音だった。
寝起きが丸わかりの山姥ヘアに寝間着のまま、歴戦の軍人が如く部屋に転がり込んでくる。
「神楽ちゃん、」
「おまッこの襖、おまッ」
日常の1コマかのように破壊されたインテリアに目を剥く銀時、それには構わず私の足元に縋りついてくる神楽。
「朔ねえぇ……夢じゃなかったアルぅう……!」
「夢?」
尋常でない喜びように困惑する私に対し、神楽は至極真面目に丸い頬を膨らませて、
「だって……朝起きたら朔ねえいなかったから……」
一緒に寝るって言ったのに。嘘つき。
そんな幼気な恨み言が滲む、潤んだ青い瞳に見上げられて、合点がいく。それと同時に、さすがに心が痛んだ。
「……ごめんね」
とりあえず、ボサボサの髪を撫でて宥めておく。
約束を破ったことに、別段深い理由があった訳でもなく。単に、神楽が寝床にしているという押入れで共寝するのは不可能かつ、アポ無し客の分際で寝室を間借りするのが躊躇われただけだ。
「ううう」
「わ、」
……と言っても、理屈を言って通じるような雰囲気ではなく。痛いくらい抱きしめてくる体を、やんわりと引き剥がす。
彼女の気持ちがわからないではないが、同じ温度で共感してやれない以上、平静を取り戻してもらうしかない。
「と……とりあえず神楽ちゃん、お茶でも飲んで落ち着いて、」
たまたまテーブルにあった湯呑みか何かを掴もうとして、
「あっ」
手が滑って、落とした。──否。意識する暇もなく形を失って、指の間からこぼれ落ちた。ぱらぱらと膝上に散らばる白い欠片に、一瞬の沈黙が広がって。
それを破ったのは、神楽だった。
「もー、朔ねえまた湯呑み割ってー」
「あはは……」
「オイオイオイオイ!!」
平常運転の神楽、照れる私、次々と私物を破壊される銀時だけが発狂しかかっていた。神楽はブリッジする勢いで悶える銀時を平然と見やって、
「朔ねえは週一くらいのペースで茶碗とか壊してたアル」
「すみません……」
「とんだデストロイヤーじゃねーか!」
そう。口にするのも恥ずかしい話だが、実家では日常茶飯事。
茶碗や湯呑みなんてまだ可愛いほうで、夜兎の力を制御しきれなかった私は、ドアや椅子さえもしょっちゅう壊していた。家族や私は既に慣れきっていたが、普通の地球人から見れば不発弾並みの危険人物だろう。
例によって例に漏れず、銀時もそういう判断を私に下したようで。
「姉妹揃って破壊の申し子か!? あーもー、小遣いやるからとっとと遊びにでも行ってこい!」
「やった」
今泣いていた烏がもう笑った。
そんな揶揄がしっくり来る変わりようで、にこにこと銀時から小銭を受け取る神楽。それを無邪気で可愛いなあと思ってしまうのは、親バカならぬ姉バカというヤツなのだろうか。
「あ、その前に」
ぱん、と唐突に手を叩いてみせる神楽。何かいいことを思いついた、というふうだった。
「私が髪結んであげるヨ」
私の下ろしたままの髪をひと房つまみながら、にこやかにそんな提案をしてくる。
「え?」
「下ろしてるのも似合ってるけど、やっぱり結んでたほうが便利アル」
そう言っている間にも、いつの間に持ってきたのか、櫛が優しく後ろ髪を梳いていく感覚。やや癖のある髪質なので普通にやるとすぐ引っかかるのだけれど、そういったこともなく丁寧に梳かされていく。
「私のカバーが余ってたから、つけてあげるネ」
櫛を通した後は、手早く束ねてひとつに結び、それを纏めて団子を作る。最後に、神楽が普段使いしている房飾りのついたカバーを被せて完成。
次に、残したこめかみの一房を、慣れた手つきで三つ編みに編んでいく。20年間やってきた私より早いのではないか、という具合だった。
三つ編みと、お団子。
足掻きみたいなものだった。それの名残。家族との繋がりを求めた、幼い私の小さな抵抗。
そんなことを考えながら、振り返って神楽の頭を撫でる。
「ありがとう。……神楽ちゃん、髪結ぶの上手になったね」
「えへへ」
まあ、当の神楽は未だ山姥もかくやというヘアスタイルなので、説得力がないのだが。
代わりに私が縛ってあげようかな、なんて考えているうちに、
「おはようございまー……」
新八が出勤してきてしまったらしい。
が、ルーティンが滲み出す投げやりな挨拶は途中で掻き消え。草履を脱ごうとした半端な姿勢で、なぜか玄関土間で立ち止まる新八。……というか、こちらを見て静止している?
「……おはようございます」
妙な沈黙が気まずくて、とりあえず挨拶を返しておく。そこで彼ははっとしたように、
「あ、さ、朔夜さんか……髪縛るとだいぶ……印象変わりますね」
単純に、髪型が大幅に変わったので、個人の識別に手間取っていたらしい。まあ、昨日今日会ったばかりの人間だし、やむを得ないか。
しかし、神楽はなぜか、改めて部屋に上がってきた新八にやたら辛辣なご様子で。チッと本気の舌打ちをひとつかましつつ、
「朔ねえにデレデレしてんじゃねーよ、メガネが伝染るだろうが」
「あれェまた標準語!? てゆーかメガネが伝染るってどういう状況ォ!?」
別に、そんな態度は取られていなかったと思うけど。神楽はちょっと過保護すぎるきらいがあるな。どちらが姉かよくわからない。
神楽は可愛いし、私も彼女の身が心配でない訳ではないけれど。あそこまでの過剰反応をする気にはなれなかった。いや、彼女は夜兎として真っ当に強いという違いは大きいか、
「なんだ新八テメー、ひとつ縛りでまな板の姉ならなんでも良かったワケ? 見損なったよ俺」
「ちょっと人を狂ったシスコンみたいに言うのやめてくれません?」
「朔ねえ、いこ」
「………………」
うーん、さっきから会話のペースに全くついていけていない。
前世でもぼんやりしていると言われたことなんてないけれど、この3人のやり取りには馴染める気がしない。これから大丈夫だろうか。
今までとはまた別の領域で、今後を不安視する要因が生まれた一幕だった。
──支度をして外に出た神楽は開口一番、「かぶき町を案内してあげる」と言い出した。
まず、万事屋の一階にあるスナックお登勢から始まり、よく買い物に行くという大江戸ストア、児童公園、真選組屯所。
原作が始まったばかりということで、バリエーションは想像以上に少なかったが、それらを徒歩で巡るのは運動不足には少しきつかった。
そして神楽に手を引かれるがまま、最後に辿り着いたのは。
「あら、神楽ちゃん」
──恒道館道場、と達筆に記された看板が吊るしてある、立派な武家屋敷門。
そのすぐ側で竹箒を握る、楚々とした和服の女性。見るからに若い彼女は、神楽を見てその美しい顔を柔和に綻ばせてみせる。
「姐御ォ!」
「なんでそんなヤクザもんみたいな呼び方?」
ついツッコんでしまったが、神楽が物騒に慕うその彼女にはもちろん、覚えがあった。
志村妙。志村新八の実姉にして、ゴリラに育てられたダークマターの使い手である。……冗談だが冗談でないところが恐ろしい。
にこやかに微笑む妙は、当然に神楽の隣に立つ私へ視線を移して。品良く頬に手を当てながら、
「もしかして……神楽ちゃんのお姉さん?」
繋いだ手か、それとも揃いのチャイナ服か。
とにかく、似てもいないのに一発で関係性を看破されるとはどういうことだ。さすがに驚きが抑えきれず、つい食い気味に、
「ご存知だったんですか」
「ええ、あなたの話はよく聞いていたから」
「私の……?」
どんな話だよ、と一瞬身構えてしまう。
しかし、原作で神威や神晃の(具体的な)話はおくびにも出さなかった神楽なのに、私のことはぺらぺら話していたなんて。少し意外……というか、どう判断していいか困る情報である。
「私、妙って言いますぅ」
「あ……朔夜です」
もう昨日今日だけで何回自分の名前を口にしただろう。実家にいた頃はそもそも家族以外と親しくなる機会なんてなかったし、そろそろ“朔夜”がゲシュタルト崩壊する。
「新ちゃんにはもう会ったかしら? 私の弟なの」
「はい、まあ……」
「ねーアネゴ、新八のヤツさっそく朔ねえに色目使ってたヨ」
「あら、神楽ちゃんのお姉さまになんてこと……あとでちゃんとしばき倒しておかないと」
誤解に満ち満ちた密告によりおもむろに新八の今後が危ぶまれる感じになってきたが、大丈夫なのだろうか。弱い私は心の中で十字を切ることしかできないが、強く生きてほしい。アーメン。
祈りを捧げている間にも、妙はゴリラっぷりを欠片も匂わさぬ上品な笑みを浮かべて。
「うふふ。本当に会えるなんて、私も嬉しい」
「お妙さん」
「美人で優しくって……私を見てるとあなたのこと思い出すって……そっくりだって」
そこで一旦、言葉を区切って。
「もしかして胸のことだったの? オイ」
「ちが……違うヨ姐御、誤解なんです」
「あああ神楽ちゃん!?」
未成年に躊躇なくアイアンクローを仕掛けに行く妙の姐御。やめてください死んでしまいます。
夜兎の目をもってしても、早業すぎて止められなかった。どんな身体能力っていうかまた胸?
「まあ……とにかく、神楽ちゃんのお姉さんだなんて、私としても他人な気がしないわね。私のことも妹みたいなものと思って、仲良くしてくれると嬉しいわ」
差し出される、ほっそりとした白い手。
痛くしてしまうんじゃないかと戦々恐々だったが、握ったら思ったよりも強い力で握り返されて、何となくほっとした。
いつの間に、日が暮れていた。
帰り際にまた大江戸ストアに寄って、酢昆布と、割ってしまった湯呑みの代わりを買って。
児童公園のベンチに並んで座って、暮れなずむ町を肴に酢昆布をつまむ。今になって神楽は妙に物静かで、子どもも帰ってカラスの鳴き声しか聞こえないこの空間が、何となく居心地悪くて。
「……良い、ところだね」
毒にも薬にもならないことを言った。
「神楽ちゃんが楽しくやれているようで……安心した」
これは、半分本当。
原作で読んでわかりきっていたこととはいえ。まだ短い期間ながら、かぶき町に馴染んでいるところが見られて、姉として安心した。
「かぶき町のこと、気に入ってくれたアルカ?」
神楽が、妙に淡々と尋ねてくる。
機嫌を窺っているみたいだな、と思った。
「うん」
弄んでいた食べかけの酢昆布を、口に含む。鼻を通り抜ける酸味にどことなく懐かしさを感じた。
酢昆布、か。……小学生の頃、他でもないこの漫画に感化されて、たまに食べていた。懐かしさはそのせいかもしれない。銀魂の流行りは、中野物産の売上に一役買っていたことだろう。
「すごく賑やかで……素敵な町」
「デショ」
にっと歯を見せて、無邪気に誇ってくる。その笑みに安堵したのもつかの間、
「だから、」
だから、?
「だからもう……いなくならないでヨ」
呼吸が、止まりそうになった。
握られる服の裾が、やけに重く感じる。その重みに耐えられそうになくて、私がいなくなったことなんてないでしょ、と苦笑で話を濁そうとして。できなかった。
神楽の、青い瞳が真っ直ぐ私を見つめていた。
空より広く、海より深い。江華の青であり、神威の青だった。私が言葉に詰まっている間に、彼女は。
「私が朔ねえのこと守るから」
──守る。
……気分の悪い言葉だ、と思った。
聞き覚えのある言葉ゆえに、なおさら。
私はそんな価値のある存在ではない。あなたが幸せになるために、欠片も必要のない人間。何もかもが嘘で、本当のことなんて何ひとつあなたには教えてあげられない。
神楽がもし、私といることに幸福を感じたとして、それは間違った感情なのだ。
その罪悪感が、ナイフのように心の柔らかい場所へ突き刺さってくる。わかっていたことだった。
──私のことは忘れて、幸せになって。
そんなこと、言える訳ないじゃん。
無責任極まりない発言だ。それこそ、呪いみたいな。──呪い。
「……うん。もうどこにも行かないよ」
神楽の頭を撫でる。
──そのままでいて。いなくならないで。私のことは忘れて。
たくさん呪って、同じくらい、呪われている。そうすることで私たち、家族をやってきたんだね。今、やっと気づいたような気がした。
「ずっと、ここにいる」
神楽に会わない。
本当は、そう在り続けられれば良かった。遺恨は残るだろうけど、今よりはよっぽどマシだった。全てはそれを成し遂げられなかった私の責任。
だから、せめて。その責任を取らないと。
最期まで、彼女の──彼女たちの“姉”として。
一番好きなキャラはたまです。