大まかに言えば、大淀さんがひたすらノロケる話。
短いですが,楽しんで頂ければ幸いです。
「遠征隊、ただいま帰投しました大淀さんっ!!」
元気な声と共に、吹雪さん率いる駆逐艦の子達が遠征任務から帰ってくる。
簡単な成果確認も兼ねて、出迎えるのが最近の私のもっぱらの仕事だ。
「長期の遠征任務、お疲れ様でした。今回の成果はーー」
彼女達が持ち帰った資源を一つ一つ確認しながら、手にしたメモ帳へと一つ一つ丁寧に書き出していく。
遠征任務から帰ってきた子たちは、私の作業が終わるまでは解散という訳にも行かず、まだかまだかと言わんばかりに、手持ち無沙汰な様子で重い思いの姿勢で体を休めている。
疲れている所悪いが、これも任務のうちだ。
もうちょっとの間我慢して貰おう。
ーーそう思いながらも、早く休んで欲しいというのも確かに私の本心なので、資源を倉庫に運ぶ妖精さん達をせっつきながら、黙々と記録を進めていった。
「あれ?大淀さん、それ…?」
「どうしました吹雪さん?」
ふと漏れ聞こえた吹雪さんの呟きに、思わず手が止まる。
もしかして髪や服にでも乱れでもあっただろうか?
ーー提督のお側に控える身として、身だしなみには気を遣っている筈だけど、たまに作業を頼んだ妖精さん達が悪戯してきたりする事もあるから油断は出来ない。
「おやおや〜?大淀さんもとうとう『根が生えて』きたようですな〜?」
続く漣さんの言葉で、ようやく合点がいった。
「あぁ、これの事ですか?」
彼女達の視線の先は、私が先ほどから記録に使っている筆記用具である万年筆。
自分で言うのもどうかと思うが、本体とキャップに精緻で見事な細工が施された特注品だ。
「さ、漣ちゃん失礼だよ!!」
慌てたように吹雪さんが漣さんを窘める。
『その言葉』は、一昔前に私たち艦娘が生まれたばかりの頃は、一種の侮蔑の言葉であったのだから無理も無い。
「良いんですよ吹雪さん。最近出撃がご無沙汰なのは事実ですしね」
しかしそんな言葉などもう慣れっこだし、漣さんもそういった悪意とは無縁な、単純に揶揄っているだけだと分かるので全く気にも止めなかった。
「しかし、懐かしい言葉ですね…」
しかし何だか懐かしくなり、手を止める事なく、私は思わず独り言を呟く。
ーー私達艦娘は、艤装の力を発揮すれば、単身で海の上に浮かぶことが出来る。
しかし、その『浮かべる』と言う特性こそが曲者なのだ。
仮に、艦娘が任務中に航行を誤って転倒したとする。
艦娘自身は精々海面上に叩きつけられて、艤装や服、髪の毛がずぶ濡れになる程度で済む。
けれど、艤装の力が及ばないそれ以外の身につけている物はそうもいかない。
当然、通常の物理法則に則って、海中に没する事となる。
ーーこの被害を最も受けるのが、様々な任務をこなす以上必須となる筆記用具だ。
この世に艦娘達が現れてから、彼女達が任務中幾度となく何かの拍子に手を滑らせ、何回の極々微量の海洋汚染と不法投棄を行なったか分からない。
吹雪さんがまだまだ新人だった頃、お気に入りのポップなイラストのペンを落とした日は、一日中泣き腫らしていたのは懐かしい思い出だ。
私も私で、使い慣れてきていたキャップだけ無くなったペンと、ペンが無くなったキャップを持ち帰って帰港した日は、情けなさの余り間宮さんの甘味をやけ食いを敢行した事もあったのだから、彼女を笑う事は出来ないけれど。
だからそう言った涙を飲む経験を積んだ艦娘達は、キャップの付いたペンは使わず、ノック式のボールペンや鉛筆を使う事が殆どだ。
通常の軍人のように、外側から見えるポケット等に筆記用具を挿す事もしない。
戦闘や航行中に落としたり、壊したりする事を防ぐためだ。
だからノック式ではないキャップ付きのペンを使っていたり、外れやすい見える位置のポケットに筆記用具を挿している艦娘を揶揄して、誰が言い始めたかこう言った。
ーー『根が生えている』
海で本領を発揮し、使命を果たさなければならないのが艦娘なのに、まだ陸での時間が多い未熟な新人、何らかの理由で長い時間任務から離れ、鎮守府等の陸の上でばかり仕事をさせられている子達に対する皮肉の言葉だ。
まぁ何とも奥ゆかしく、迂遠で、詩的な嫌味だろう。
特に私のような大淀型の艦娘は、艤装の開発が遅れていて実戦配備が遅かったこと、民間徴用された提督達が慣れない業務で四苦八苦する中、任務という更なる試練を課して(いるように見えて)いたその特性上、この嫌味の標的にされる事が特に多かった。
まぁ、最近は艦娘という存在が認知された上にその数も相当に増え、鎮守府で待機したり陸上で別の任務に就く事も増えたためか、この言葉の嫌味の側面は薄れつつある。
今では精々、先程の漣さんのように出撃に遠征に奔走する子達が、待機組を揶揄うために使われる程度だ。
「ーー燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト…合計…っと。はい、お待たせしました。
記録は完了しましたので、艤装をドックに格納した後、吹雪さんを除いて各員は解散して下さい」
そう告げると、遠征に参加していた駆逐艦の子達はパァっと顔を輝かせて、ドックに向かって我先にと駆け出していく。
そんな初々しい姿を見て、吹雪さんと顔を見合わせて微笑むと、遠征最後の仕事と言える提督への報告をするため、並び立って執務室へと向かう。
「ーーそういえば大淀さん」
「何ですか吹雪さん?」
その途上、不意に吹雪さんからの問いかけに首を傾げる。
「漣ちゃんが揶揄ったせいで忘れちゃってたんですけど、その万年筆、前は持ってなかったですよね?」
…やはり付き合いが長いだけあって、良く見ているなぁ、と感心する。
「ああ、やっぱりバレちゃいますよね」
苦笑しながら、先ほどまで使っていた万年筆を取り出す。
何度見ても、やはり素晴らしい細工の一点物だと感心するーー今の逼迫したご時世に、これほどの仕事が出来る職人を見つけるだけでも苦労した事だろう。
「実はコレ、今朝方貰った物なんですよ」
「あ…そう言えば今日はーーあっ!!」
私の言葉に、少しだけ逡巡してから合点が行ったとばかりに手を打ち鳴らす。
そして、ニマニマとした笑みを浮かべながら、私の顔を覗き込んでくる。
「…ごちそうさまですっ!!」
「ふふ、ありがとうございます」
私もまた得意げに笑いながら、わざとらしく
その薬指には、銀色に輝く指輪が今日も煌めいている。
ーー今日は、ケッコン記念日。
最近出撃しておらず、中々出番が回ってこない私にあの人が買ってくれた宝物。
海に生きる艦娘にとっては、『根を張っている』者の象徴のような、キャップ付きの筆記用具。
でもーー。
「ーーこんな素敵なものを貰えるのなら、幾らでも根が生えても構いませんけどね」
そう心の中で呟きながら、今日も私は愛するあの人のいる執務室の扉を叩く。
ーーどうか貴方の側で張った根が、貴方を支える大樹にならん事を。
そんな事を、願いながら。
現在投稿が止まっている作品も,少しずつではありますが書いていますので,もう少々お待ち頂ければ幸いです。