『高町なのは』は鉄面皮少年だけを名前で呼べない   作:世嗣

3 / 5
魔力光診断って、なに?

 

 

 

 『なのはさん』と出会ってから次の休日の昼下がり、俺は街外れの自然公園に呼び出されていた。

 

 桜台と呼ばれるそこは、昔は子どもたちにとっての絶好の遊び場だった。

 しかし今では、山を登らなければならないアクセスの悪さや、河川敷にグラウンドが出来たことも手伝って、とんと人が来なくなってしまった。

 まあよくある話だ。

 

 かくいう俺も場所は知ってはいたが来るのは初めてだし。

 

 約束の時間までまだ一時間近くもあるのか。

 うーん、なのはさんと待ち合わせだと考えるとなんだか朝から落ち着かなかったせいだな。

 どう考えても早く出過ぎてしまった。

 

 ……暇だ。

 

「動きやすい服でと言われたが、ジャージで良かったんだろうか」

 

 着る物もないから面白みもない学校指定のものを選んでしまったが、これダサくないか? 

 これ古着屋で買ったやつでなんかくたびれてるし、む、こんなところに穴が空いている。参った。

 

「……シワだけでも伸ばしとくか」

 

 手アイロンをしても大して変わらんが、まあしないよりはマシだろう。マシだといいな。マシになれ。

 ズボンの方のシワを伸ばしてると指先にコツンと固い感触。

 

 そういえば今日も持ってきてたんだったな。

 

「ジュエルシードもうんともすんとも言わないな」

 

 椅子に腰掛けたまま、ポケットから取り出したジュエルシードを眇めつつ太陽にすかしてみる。

 

 なのはさん曰く、このジュエルシードはなぜかかなり安定してる状態らしく、特に気をつけて運ばずとも暴走したり、誰かの願いを叶えようとすることもないんだそうだ。

 

 一度ジュエルシードモンスターを作り出してエネルギーが少なくなってるのかもしれない、とか言ってたっけ。

 

「おまえが素直なやつなら話は早かったのにな」

 

 ジュエルシードはなにも言わない。当たり前だ。

 

「あれ、そこにいるの空見くん? おーい、私だよー」

 

 そうこうしていると山道をえっちらおっちら登りながらなのはさんがやってきた。

 

 白の清潔感のあるブラウスに動きやすそうなタイトなパンツ。薄青色のショルダーバックがアクセントになっていて、見ているだけで涼やかだ。

 すれ違う人の十人に十人が振り向き、ついでにその日一日は彼女のことが頭から離れなくなることだろう。

 野暮ったい使い古しのジャージの俺とは月とスッポン。蝶と三葉虫くらいの違いがある。

 三葉虫は絶滅している。つまり俺の服装はもう死んでるに等しいということだ。

 

 い、いかん俺全然釣り合ってないこれ……! 

 

 だがそんな俺の気持ちなど露知らず、坂を登り切ったなのはさんはバックから出したペットボトルの水を一口含みふう、と一息。

 

「こんにちは、空見くん。私も結構早く出たつもりだったんだけど早かったんだね。待たせちゃった?」

 

「いや、そうでもない」

 

「そっか。じゃあ良かった。あ、隣座るね」

 

「えっ、と、隣か? ほ、他にも席あるだろう……」

 

「待ち合わせしてたのに離れて座るのは変でしょ? あ、もしかして私汗臭い……?」

 

「え、いや臭くない。断じて臭くはない。むしろ──いやなにもない。ただ、その、俺は服が……」

 

「服? それ学校指定のやつだよね。いいね、動きやすそう」

 

 嫌味なくさらりと言われた。

 ……ああもう、なのはさんと話してたらなんというか、人としての器の大きさの差を感じさせられる。

 

「なのはさんも」

 

 だから、少し気持ちを返したくなる。

 このたった一言で俺のくだらない劣等感を晴らしてくれた彼女に。

 

「なのはさんも、服。いいと思う。なんというか、丈夫そうで、日焼けしにくそうだ」

 

「…………もしかして、いま服のことほめたの?」

 

「ああ」

 

 なのはさんが目を丸くして、すぐにぷっと吹き出した。

 

「な、なんで笑う」

 

「もー、なんで褒めるポイントが丈夫そうで日焼けしにくいことなの。女の子の服なんだからもっとあるじゃん。ふふ、あははっ」

 

 ぐうの音も出ない。

 

 なのはさんはくすくすと肩を揺らして笑う。

 だけど、それは決して嫌味ではないのが、少し不思議。

 

「あのね空見くん。女の子の服を褒めるときはシンプルに『似合ってるよ』『かわいいよ』でいいんだよ」

 

「そう、なのか?」

 

「そーなんですよ。だから、もう一人の私がこの服着てたときはちゃんとそうやってほめてあげるんだよ?」

 

「……なるほど。わかった」

 

「よしよし、一つ賢くなりましたね」

 

「頭を撫でるな。子供扱いするな」

 

「えー、でも頭撫でられるのってなんか安心しない? 私は割と好きなんだよね」

 

「……わからんな」

 

 頭を撫でてきた手を押し返すが当のなのはさんはどこ吹く風で笑ってる。

 熱いね、と手を団扇にする姿は子どもっぽいし、頬は軽い山登りをしたせいかほんのり桜餅のような桃色。

 

 大人っぽくはないしむしろ少し子どもっぽくすらあるのに、俺よりは一枚上手で、調子が狂う。

 

 だが、いつまでも雑談をしているわけにもいかない。

 今日は、俺たちも目的があってわざわざ、こんな人目につかないところまで来たのだから。

 

「じゃあ、そろそろ始めようか」

 

「ああ。やるか、()()()()()

 

 なのはさんが立ち上がったので、俺も同じように腰を上げて向かい合う。

 

「昨日もちょっと話したけど魔法を使うには『リンカーコア』っていう魔力を作る器官がいるんだ。

 生まれつきリンカーコアには性能があって、得意な魔法も魔力を蓄えられる量も違うの」

 

「だから今日は俺がどんな魔法を使えるかチェックするんだったな」

 

「うん。レアスキルって言うその人にしか使えない魔法が使えたりする場合もあるから、そこら辺も含めてだね」

 

 レア。それは少し心が惹かれるな。

 

「本当はデバイスがあるといいんだけどね」

 

「デバイス?」

 

「んー、簡単にいうと超高性能AI付きの魔法使いの杖? これがあると詠唱とか計算とかしなくても魔法が使えるんだよ」

 

「え、魔法使うのに計算しなきゃいけないのか?」

 

「そんな難しくないから大丈夫だって。20の段くらいまでの九九覚えてれば簡単なやつばっかだよ」

 

「俺インド人じゃないからそんなにたくさん覚えてない」

 

 20の段って九九超えてるよ。二十二十だ。語呂最悪。

 

「ともかくやってみよう。じゃあまずは手に魔力を集中してみて」

 

「いきなりそこそこハードルが高いな」

 

「このくらいは初歩だしいけるよ。私もサクッとできたしね」

 

「なら、そうなのか?」

 

 いきなりそんなマジカルなパワーを集めろと言われても困るが、しかしやってみなければどうにもならないのも事実。

 両手を前に出して念じてみる。

 

「はっ! 魔法出てるか!」

 

「出てないね」

 

「そうか。うおおおお! なんか出てるか!」

 

「出てないかなー……」

 

「ぬおおおおおお! ふぬうううう! ちょっとくらいは出たんじゃないか!」

 

「ごめん気配も感じられないかも……」

 

「サイノウナクテスミマセン」

 

「今まで見たことないくらい落ち込んでる……。

 ほら、元気出して。ちょっとやり方を変えてみよっか。こういうの向き不向きだしね」

 

 なのはさんが俺をベンチに座らせる。

 

「なのはさんこれは……」

 

「あ、目開けちゃダメだよ。閉じて閉じて」

 

 両目がなのはさんの手に塞がれ、その拍子に鼻腔を爽やかな香りがくすぐってくる。

 雑念退散。俺は二度と性欲には負けないと誓ったのだ。

 

 俺が目を閉じると、今度は胸のあたりを触られた。そこをとんとん、と叩きつつなのはさんは言葉を続ける。

 

「今きみが魔力をうまく動かせないのはそもそもリンカーコアを意識できてないから。だからまずは、この胸の奥にあるリンカーコアを知覚するところから始めよう」

 

 なるほど。胸の奥……心臓の近くだろうか。

 

「深く息を吐いて、吸って、じっと心の内に目を向ける。そうしたら、きっと空見くんにも自分の魔力の色が見えてくるはずだよ」

 

 吐いて、吸って、目を向ける。

 なのはさんの言葉を繰り返して、言われたことを意識する。

 体の感覚がどんどん削れて研ぎ澄まされていって、自分の身体から出る音が大きくなっていくように感じる。

 

 跳ねる鼓動。呼吸で上下する肺。体をくまなく張り巡る神経。

 

 なんだろう、なんだか奥の方に今まで気づいてなかった何かがあるような。

 

「魔力の感覚が掴めたらその光をゆっくりと動かしていく。血管とか神経とか骨とか、そういう既にある体の道を通すことを意識するとうまくいきやすいかも」

 

 流す。この胸にあるものを。

 血管、神経、骨。

 既にある道を走らせ、腕の先に伝えていく。

 

 わかるぞ、伝えられている。これが魔力だ。

 

「思い出して。この前ジュエルシードモンスターを倒したっていう時のことを。そして、そのイメージをなぞるように……」

 

 なぞるように……撃つ。

 

「魔力を集めたら今度は球形に──」

 

「あ」

 

 しまったイメージしたままなんか手から出してしまった。

 俺の意識から離れた魔力は拳大の光線となり向かい合って俺に指示を出していたなのはさんの顔の真横を突き抜けていった。

 

「せ、セーフ……一応左に避けててよかったー……待ってなんで地面に正座してるの」

 

「すまない腹を切る。介錯を頼みたい」

 

「待って待って待って私怪我してないし大丈夫だって」

 

「危うくきみに怪我をさせかけた。をもって償うに十分すぎる罪だ」

 

「そんなないから! というかきみに死なれると私の方が困っちゃうんだよー!」

 

「まさか……許してくれるのか?」

 

「最初から許す選択肢しかないってば。もう」

 

「菩薩……」

 

「感謝の念が過大……」

 

 息をつくなのはさんはどこか呆れ気味。

 腰に手を当て、出来の悪い生徒に言い聞かせる先生のように訓戒を垂れる。

 

「今のは途中まではすごくよかったけど最後で気が抜けちゃったね。過程自体に問題はなかったからもっかいやってみよっか」

 

「わかった。球形にするんだったか」

 

「うん。球形の魔力スフィアは全ての魔法の基本だからね。そこができれば魔法使いの第一歩だよ」

 

「なるほどな。ええとこんな感じ、か?」

 

 胸から魔力を引き出して、腕に集めて、両手の間に球に固めて整えていく。

 

「おおー、できてるできてる」

 

「そうか、それは、何より」

 

 む、むむ、思ったよりも神経を使うなこれ。気を抜いたら魔力が解けてしまいそうだ。

 

「じゃあ次は私が言う通りにスフィアを変化できるか試してみて」

 

「了、解……」

 

 指示された通りにスフィアをぐにぐにと変化させていく。

 伸ばしたり、そこいらをふよふよと浮かばせたり、スフィアを二つに分けてみたり、光らせてみたり。

 なのはさんの指示が20を超えたあたりで、スフィア維持の集中力の限界を迎えた俺が根を上げて、ようやく一旦休憩に。

 

「はあ、はあ、ふー、疲れた……」

 

「お疲れ様。お水、買ってきたけど飲む?」

 

「ああ、すまないあとで代金は払う」

 

「律儀だねー。えい」

 

「あー、つめたい。気持ちいいな」

 

 なのはさんがペットボトルを頬に引っ付けてきた。そこの自販機で買ったらしく、まだ冷たい。

 

 いつの間にかずいぶん汗をかいていたので、少し冷たすぎるくらいのペットボトルも、今は心地いい。

 

 キャップを開けて口に水を流し込む。

 

 なのはさんはそんな俺の隣に腰掛け、自分はバックから取り出した飲みかけの水を傾ける。

 

「それで、俺の魔法の才能はどんな感じだった?」

 

 一息ついてから出てきた質問はもちろんこれ。

 俺の才能次第ではワンチャンなのはさんを元の世界に返せるかもしれないと言う話だったが。

 

 なのはさんが傍にペットボトルを置きつつ、唇に指を当てんー、と考え込む。

 

「結論から言うと、空見くんの魔法で『私』が帰るのは無理かな。そもそもユーノくんでもそんなことできないだろうし。なので気にしないでね。これに関しては仕方ないので」

 

「ユーノくん」

 

「あ、ごめんごめん。私の魔法の先生なんだ、ユーノくん。私の知る中では一番転移系の魔法が上手い人」

 

 どう言うふうに出会ったとかはやっぱり記憶がちょっとあやふやなんだけど、と零しつつなのはさんは続ける。

 

「きみの適正は『射撃』と『砲撃』。あと『強化』と『飛行』にもそれなりの適正があるかな」

 

「射撃砲撃強化飛行」

 

「簡単に言うときみには『空戦魔導師』の才能があると思います。詳細な魔力コントロールはちょっと苦手みたいだけど才能に恵まれてる方だね」

 

「空戦魔導師」

 

 簡単にと言われてもそもそも単語の意味がわからないんだが。

 字面を追うなら強化は何かを強くできて、飛行は空を飛べるということになるのだろうか。

 砲撃と射撃は違いがよくわからない。

 

 聞く感じ、日常に使うにはどうにも不便な魔法ばっか使えるようだ。

 

「でも、驚いちゃったな」

 

 なのはさんの声に思考を止めて、隣に目線を向ける。

 すると、彼女もまた俺を見て……いや、違うな。見てるのは俺の手。魔法が出た俺の両手だ。

 

 どうしたんだろうか。

 

「や、きみの魔力光、桜色だったから」

 

「魔力光……魔力の光の色か?」

 

 俺の手から出たのは確かに赤より淡く、白よりも濃い色合い。

 それは確かに春に代表される花によく似た色だった。

 

「魔力光はね、リンカーコアを持つ人それぞれで色合いが違うんだよ」

 

 なのはさんがトレードマークのサイドポニーを指ですきながら語り出す。

 

「もちろん色だって無限にあるわけじゃないし、血が繋がってたら同じ色合いの魔力光になりやすいとかはあるけど、それでも滅多におなじにはならない。

 だから魔導師にとって、魔力光っていうのは個性の一つなんだよ」

 

「ほう。血液型みたいだな」

 

「あはは、近いかもね。眉唾だけど、魔力光でわかる性格診断とかもあるし」

 

「性格診断か」

 

「うん。えーとね、確か桜色は……そうだ」

 

 どうやら上手く思い出せたらしいなのはさんが頷く。

 そして咳払い。

 診断の内容は声音を変えて、厳かに続けた。

 

「桜色は『純粋一途で情熱家』。

 ふふ、どう? 自分ではあってそうだって思う?」

 

「……さあ、どうだろうな」

 

「あ、照れてる」

 

「照れてない。見間違いだろう」

 

「やっぱわかりやすいな〜、ふふふ」

 

「から照れてないと言ってるだろう。

 ……ちなみに、他の色は?」

 

「んーと、青は『真面目で実直』。

 黄色は『真面目で礼儀正しい』。

 緑は『控えめで思いやり深い』。

 赤は『情熱家で真っ直ぐ』……とかだった気がする」

 

「それちょいちょい言葉の意味合い被ってないか?」

 

「それは思い出しつつ思った。やっぱこういう占い系微妙に適当だよねー」

 

「じゃあ、俺のやつもあんまり参考にならないか」

 

 占いなんてどれもそんなものなのかもしれない。

 信じたい占いだけ信じるのが多数派だろうし、そもそも血液型占いなんてものを信じてるのは日本だけって話だ。

 

 そういえば、そういうなのはさんの魔力光はなんだったんだろう。

 魔導師だったっていうことはもちろん魔法が使えたんだろうし。

 

 青……っぽくはないな。黄色とかかな。

 あとで聞いてみるとしよう。

 

「ちょっと熱くなってきたね」

 

「だな」

 

「もうお昼過ぎだもんねー。まだまだ熱くなりそー」

 

 ……喉渇いたな。

 まだペットボトルの中、残ってたよな。

 

 確か水の入ったペットボトルは脇の方に置いて………………あったんだがなぁ。

 

 俺となのはさんは今ひとつのベンチに隣り合って座っている。

 だが隣と言っても男女なので距離は人一人分くらいはあって、だからこそお互いにその空いたスペースに置いてたんだ、()()()()()()()()()()()()

 

 Q.俺のペットボトルはどっちでしょう。

 

 ほんとどっちだ。

 

 開き直って適当に選んで飲むという手はある。

 所詮ボトルと粘膜接触しただけでそこに何か大きな意味はないし、他人のを飲んだところで衛生面をとやかくいうほど繊細でもない。

 いや待てでも俺は二度となのはさんにも高町さんにも不義理な真似をするわけにはいかない。

 

 見極めろ、真実を。

 

 そう言えば、なのはさんが飲んでたのはバックから取り出したもので、俺のはさっき買ってきたものだったはず。

 俺の頬に当てられたものが冷たくて、濡れていた。

 

 つまり、俺の方のペットボトルは結露がある方、ということになる。

 

 ならば、こっちの手前側に置いてあるボトルに違いな──。

 

「ふー、喉渇いちゃった。あ、ごめんちょっと水飲むね」

 

「あ」

 

 なのはさんがペットボトルを手に取った。手前側の。

 

「あの、なのはさん」

 

「ふー、おいし。あ、なに? どうかした?」

 

「あ、いや、その……」

 

 言うべきか、言わざるべきか。

 しかし俺がまごまごと言っているうちに聡いなのはさんは俺の目線に、ふと気づく。

 

 彼女は、自分の手の中にあるペットボトルを見て、次に隣に置いてあるペットボトルを見て、そしてまたもう一度、手の中のペットボトルを見た。

 

「水、冷たかった……よね……」

 

 ぱきりとなのはさんの手の中で音がしてプラスチックが凹む。

 さっとなのはさんが目を伏せるとそれにつられてトレードマークのサイドポニーが彼女の顔を覆って、隠す。

 まるで平安貴族の御簾(みす)のよう。

 

「俺に、確認されても、困る」

 

「だ、だよね。あはは、ごめん、間違えちゃったみたい」

 

「う、うむ」

 

「えとー、あのー、ごめんね?」

 

「いや、俺は、気にしない」

 

「そっか。じゃあよかった。君がそんなに気にしない人で助かっちゃったな」

 

「まあ、な。そうだ、騒ぎ立てるほどでもない」

 

「だねー。私もこのくらいは気にしないよー」

 

 あはは、と彼女がいつものように笑うので俺も声だけで同じトーンの言葉を繰り返しておく。

 口角は、いつものように引き攣って上手く動かなかったけど。

 

 なのはさん、思ったよりも普通だ。粘膜接触がなんだとかいちいち気にしてた俺がガキだったと言うことか。

 じゃあ、こっちもあまり気にしすぎるのはよくない。フラットにいくとしよう。

 

「あのなのはさん」

 

「ん、なにかな」

 

「俺も水飲みたいんだが、その……置いてあるこれ、飲んでいいだろうか」

 

「へ」

 

「いやさっきまで飲んでたやつは、まあそういうわけで。ならここにあるこれを飲んだ方がいいかなとか」

 

「だ、だめっ!」

 

 残ったペットボトルに手を伸ばそうとした途端、強い声音とともに寸前でボトルが掻っ攫われる。

 もちろん、それはなのはさんの手で、俺に有無を言わせない早さだった。

 

「ちょ、なに──」

 

 するんだ、の言葉は続かなかった。

 なのはさんが手を伸ばしたせいで、さっきまで彼女の顔を隠していた髪が弾む。覗いたのは見えないはずの、御簾の向こう側。

 

「あ、見ちゃ、だめだから……いま……」

 

 そこには、顔を熟れた林檎のように真っ赤にしたなのはさんの顔があって。

 それは、どう見ても「このくらいは気にしない」人の顔ではなくて。

 

「あ、あ……」

 

 なんか猛烈に恥ずかしさが込み上げ始めた。

 一度過ぎ去ったはずの熱がぐらぐらと体の底の方でまたたぎる。

 

 なのはさんから、高町なのはの顔から目が離せない。

 顔を隠す腕の間から覗く上気した頬、驚きほんの少し潤んだ瞳、きゅっと一文字に結ばれた唇。

 

 この人と間接キスしたのか、俺。

 

 待て、この場合俺は誰と間接キスをしたんだ? 

 高町さんなのか? それともなのはさん? 

 

 もしくは、両方とも、になるのか? 

 

 そのことを考えると、なんだか胸がぐるぐると渦巻き始める。

 俺は、今なにを考えているんだ。

 

 互いに互いを見つめる静謐があたりを支配し、互いの口がパクパクと動く。

 

 そして────。

 

 

 

 ぴりりりりり。

 

 

 

「わあああああっ!」

 

「おおっ?!」

 

 携帯の着信音が、その空気をことごとく破壊し尽くす。

 

「わ、私のみたい。で、でても?」

 

「ど、どうぞどうぞ」

 

 わたわたとなのはさんがバックから携帯を取り出すと、ボタンを押し、応答。耳に当てる。

 

「もしもし、お姉ちゃん。うん、なのは。うん……」

 

 …………ふー、正直助かった、と思う俺がいる事実は否定できない。

 あのままだと絶対に死ぬほど気まずかっただろうし、それに、どんな気持ちを抱けばいいのかわからなかった。

 逃げみたいだが、それでも今は、助かった。

 

「うん、大丈夫だよ。帰りの時間は朝言った通り。そんなに遅くならないと思う」

 

 なのはさんの通話の相手はどうやらお姉さんみたいだ。

 ずいぶん気楽に話しているのは、家族関係があまり元の世界と違いはなかったおかげなのだろうか。

 

「うん、大丈夫。…………うん?」

 

 こっそり一息をついていると、お姉さんとの通話に相槌を打っていたなのはさんがすごく怪訝そうな顔をした。

 なんというか、「ぼくはちくわのなかみをのぞいてしまった」とカミングアウトされたような、そんな微妙な顔。

 

「ユーノくんが病院帰りにいなくなったって、どういうこと?」

 

 ユーノくん? 誰? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーノくんって、私の魔法の先生なんだ」

 

「そういえば魔力光の話するあたりの時そんなこと話してたな」

 

 なのはさんの知る中では一番転移系の魔法が上手いとかなんとか。

 

「それでその『ユーノくん』さんがいなくなったのか」

 

「……みたい。いちおー聞くけど空見くんユーノくんのこと知ってる?」

 

「いや知らないな。聞いたこともない」

 

「そっか。この世界ならもしかして同じ学校にいたりとか思ったけど、それもなさそうだね」

 

 俺たち二人は今桜台の公園から場所を移して、海鳴海浜公園の散歩道あたりに来ている。

 なんでもそこら辺でなのはさんの……いやこの場合は『高町さん』のお姉さんは『ユーノくん』とはぐれてしまったのだそうだ。

 

 有体に言うと俺たちはその迷子探しに来たと言うことになる。

 

「空見くんまで付き合わなくてもよかったのに。ごめんね?」

 

「どうせ暇だった。一人より二人、二人より三人の方が解決は早くなるんだ。ならできるやつができることをするのは当然だ」

 

「ふふ、やさしいんだね」

 

「友人曰く、俺は海鳴の走る人助けマシーンだからな」

 

「えっ、顔どうしたの。唇ひきつってるけどどこか痛い? あと人助けマシーンって?」

 

「……どっちも気にしないでいい」

 

 そうか、なのはさんは俺のあだ名は知らないか。ならわざわざ自分でネタにするんじゃなかったな。

 笑顔もジョークも、慣れないことをやるものじゃない。

 

 二人で歩きつつ、会話は続く。

 

「『ユーノくん』ってどういう容姿の人なのか聞いておいていいか。わかってるだけでも迷子探しはかなり楽になるんだ」

 

「金髪で緑の瞳の男の子だよ。歳は私たちと同じ……だったはず。ごめん、ちょっとはっきりしなくて」

 

「記憶の不安定さはなのはさんのせいじゃないと話はついたはずだ。それに人相については記憶は間違いないんだろう?」

 

「それは多分大丈夫、なんだけど」

 

「けど?」

 

 なのはさんはなにか迷うように口をつぐんだが、しばらくするとため息と共に言葉を漏らす。

 

「ユーノくん、なんで病院にいたのかなって」

 

「病気くらい引くこともあるだろう」

 

「そうだけど、じゃあなんでお姉ちゃんがユーノくんの病院行きの付き添いをしてるんだろう。昨日家に帰った時はユーノくんいなかったし、入院? でもユーノくん病弱とかじゃなかったし……。

 うーん、これこっちの私ならちゃんとわかってたんだろうなあ」

 

「高町さんの方の記憶は見れないのか?」

 

「だめみたい。相変わらず記憶はぼやーっとしててはっきりはしてない」

 

 なら取り敢えず足で稼いで探すしかないみたいだ。

 

 その後、二人で手当たり次第にあたりの人に聞き込みをしつつ、『ユーノくん』を探す。

 昼ごろという時間もあり、人通りもそれなりで尋ねる相手には事欠かない。

 

 だが、『ユーノくん』のことを聞いても誰もが首を振るばかり。

 これには流石に困り果てる。

 一度高町さんのお姉さんに見つかってないか折り返しの電話をかけようと言う話になりかけた時、俺となのはさんの前に見知った人物が現れた。

 

「あれ、なのはに……空見くん?」

 

「フェイトちゃん。……に、隣は」

 

「やっほー、なのはー!」

 

「はにゃ?」

 

「え、なにそのポカーンとした顔。アリシアだよ? フェイトのお姉ちゃんのアリシアちゃんですよー?」

 

「あ、ああ、あー、にゃ、にゃはは、ごめんごめんいつもよりおめかししてたからわからなかったよ〜」

 

「あ、ひどー」

 

 きゃっきゃっとテスタロッサさんの隣で笑う女の子。

 そんな彼女と速攻で大体の雰囲気を把握して話を合わせるなのはさんは、わかってはいたが超器用だ。

 

 ……テスタロッサさんのお姉さん、歳上でも身長は妹より低いんだな。

 

「む、今身長のことをバカにされた気配をした。そこの少年! 君でしょー!」

 

 いきなり指さされた。エスパーか。

 テスタロッサさんのお姉さんは、つかつかと俺に歩み寄ると品定めするように上から下までじろじろと視線を絡ませてくる。

 

「あの、なんでしょうか。テスタロッサさんのお姉さん」

 

「いや〜、ふ〜〜ん、きみがなのはと休日で二人で、ねぇ〜〜。

 で、なのはとデキてるの? 

 

「なっ」

 

「ふへぇ〜、君表情変えないまま器用に驚くね。ま、でもそのおかげでフェイトがなのはに置いていかれてないことは把握させてもらったよっ!」

 

「もう、アリシア姉さんったらまた人を揶揄って。母さんにもほどほどにしなさいって言われたばっかだよね」

 

「もー、ファイトはいい子だなー。あ、あと姉さんじゃなくてお姉ちゃんって呼ばれなきゃ私は聞きませーん」

 

 アリシアさんはテスタロッサさんに注意されてもどこ吹く風。今もにひひ、と笑いながら俺となのはさんとを見てるし。

 そんな姉にため息をつきつつ、テスタロッサは眉をへにょりと下げて、ついでに頭も下げた。

 

「ごめんね、なのは、空見くん。アリシア、こういう人だから……」

 

「あはは、別に気にしてないよ。ね、空見くん」

 

「ん、大丈夫だ。うん、俺は平気だ。問題がない」

 

 ああ、そうさ。俺となのはさんは全くもってそういうのじゃないからな。

 

「フェイトちゃんたちは買い物の帰り?」

 

「うん。ちょっと夕飯の買い出しに出てたんだ。なのはたちは?」

 

「ちょっと人探ししてて。あ、そうだ、フェイトちゃんユーノくん見なかった?」

 

「ユーノ?」

 

 なのはさんとテスタロッサさんの話は実にスムーズだ。本人たちの相性の良さもあるのだろうが、なんとなく会話が上手い気がする。

 聞き上手と話し上手を代わりばんこに担当してる感じ。

 

 この分だと、テスタロッサさんたちへの聞き込みなのはさんに任せて良さそうだ。

 

 俺は他に聞き込みを……できればよかったが、他に人はいないか。

 近くにいるのはキツネくらいだ。いや、狐にしては小さいか。イタチとかかな。

 

「……そういう訳で、ユーノくんここら辺で迷子になっちゃったみたいで、さっきから探してるんだけど見つからないんだ」

 

「へぇ〜、ユーノが。それは大変だね〜」

 

「うん。あんまり迷子になると野犬とか心配だもんね」

 

「野犬……? まあ、確かに?」

 

「アリシアお姉ちゃんもできれば手を貸してあげた……あれ? ねえフェイト、あれあれ」

 

「どうしたのアリシア……あ、なのは! ユーノいたよ!」

 

「え?!」

 

 え、見つかった? どこだ? あたりには誰もいないぞ。

 

「あの、フェイトちゃん、ユーノくんなんてどこにも」

 

「え、ほらあそこだよ、あそこだってなのは」

 

 そう言ってテスタロッサさんが指差しているのは散歩道の脇の雑木林あたり。

 そこには、特に誰もいないように見える。

 

「あそこって……テスタロッサさん、あそこには人なんてどこにもいない気がするんだが……」

 

 不意に、テスタロッサさんとそのお姉さんが揃って首をかしげた。

 

「人? なに言ってるの君。いるじゃん、あそこに()()()()()()()()()

 

「「 なんて?? 」」

 

「え、だからなのはんちのペットのフェレット」

 

 ぴっと、アリシアさんが雑木林を──正確にはその手前の地面にいるイタチみたいな小さな動物を指差した。

 

「……ゆ、ユーノくん、この世界だとフェレットなの? ひ、人ですらない……」

 

「ええ……」

 

 あのイタチの仲間みたいなやつがなのはさんの魔法の先生なのか。

 そりゃ、人のつもりで探してたら見つかる訳ないよな。

 なのはさんもそうならそうと言ってくれたらいいのにさ。

 

「……とりあえず、捕まえよっか」

 

「なら俺が行こう」

 

「動物大丈夫なの?」

 

「任せてくれ。俺は海鳴で本職の探偵の次に迷子のペット探しをしている」

 

「なんかよくわからない自慢をしてきた」

 

 大丈夫、動物はこんな風にゆっくり近づいて、声をかければ怖がられないものなんだ。

 

「おー、ほんとだ。少年やるねー、手慣れてるねー」

 

 よし、あとは笑顔で近づいて。

 

「ほぶぅ!」

 

「と、突然ユーノが加速して少年の顔を蹴り付けたァ!」

 

「しかもそのまま逃げて行っちゃった」

 

「笑顔が完全に笑顔としての役目を果たしてない……」

 

 無念……だがちょっとこづかれたくらいだ、ダメージはない。

 取り敢えず蹴られて汚れた顔と服のゴミを払って、と。

 

「なのはさん、俺はあのイタチを追いかけるが」

 

「私も行くよ。私の家のペットらしいしね。あと、イタチじゃなくてフェレットね」

 

 その後、買い物の荷物が多くてついてこれないらしいテスタロッサさんたちに感謝と別れを告げて、二人で雑木林へ入る。

 

「どこら辺にいっちゃったかな。あんまり遠くないといいけど……」

 

「なのはさんの先生小さいからなあ」

 

「言っておきますけど私の世界のユーノくんは普通に人だったから! そりゃ時々フェレットになって一緒にお風呂に入ってたりしたけどさー」

 

 お風呂……? 『ユーノくん』っていうのはあだ名で女の子だったのか? 

 

「……いた!」

 

 不意に隣でなのはさんが声を上げた。

 釣られて声の方へ目を向ければ、視線の先、少し開けたあたりに小さな毛むくじゃらの動物が見える。

 

「今度は私が行くからね? 空見くんはそこから動かないで。あと笑わなくてもいいからね」

 

「俺への信頼がない」

 

 無駄に走らせたのは俺のせいなので申し開きもできない。

 

 なのはさんがゆっくりと『ユーノくん』に近づいていく。

 あの分なら逃げられることも無さそうだし……あれ、あいつ何か咥えてる。

 よく見えないけど、なんか、()()()()みたいな。

 

「──ッ、なのはさんッ!」

 

「え、にゃあっ」

 

 俺がなのはさんに飛びつき転がった直後、俺たちの背中スレスレを『翠の鎖』が突き抜けて行った。

 

 ごろごろと転がり受け身を取る。

 

「なのはさん、怪我はないか?」

 

「ない、けど今の、まさか……」

 

「ああ。あの『ユーノくん』がいまくわえているのは──」

 

 ユーノの口の中にある宝石が強い光を宿した。

 

「──ジュエルシードだ」

 

 まさか、俺が今持っているのとは別にまだあったとはな。

 

 

《 SET UP 》

 

 

 生まれたのは光、けれど、その後ユーノにまとわりついたのは濃い影。

 始まりの日、俺と高町さんに襲いかかってきたジュエルシードモンスターと同じ、逢魔時の闇を切り取った影がヒトの形を作っていく。

 

「あれはまさか……()()()()()()()()()()()姿()?!」

 

 ひゅっと人型の影が腕を振るうと、そこから翠の鎖が俺たちへと殺到してくる。

 

「逃げさせてはくれなさそうか!」

 

「それに放って置いたら何をするかわからないよ! それに中にフェレットのユーノくんもいるんだし」

 

「確かにそれはここで止めなきゃな」

 

「うん。だからいまは空見くんの魔法で倒そう──いけない、右に転がって!」

 

 言われるがまま転がると、さっきまで俺たちがいた場所を鎖が通り過ぎていく。

 なのはさんは……俺とは反対、左の方に逃げたみたいだ。

 

「この力……やっぱり私の世界のユーノくんの魔法をコピーして……」

 

 翠の鎖になのはさん表情が一瞬翳るが、すぐに黒い影となったユーノに向き直る。

 

「空見くんまずは攻撃を!」

 

「ああ!」

 

 ……。

 

「すまない攻撃ってどうやるんだ!」

 

「昼間やったみたいに魔力を集中して撃つイメージでいけると思うから!」

 

 なるほど、了解。

 襲ってくる鎖をかわしつつ、両手を揃えて前に出す。

 

 イメージ。魔力を胸から腕へ伝えていく。

 

「そして、撃つ!」

 

 腕の先に桜色の魔力の光がぼんやりと集まり、意思に従って放出、加速しユーノへと殺到する。

 

 良し、上手くいった! この前ジュエルシードモンスターを倒したものとほとんど遜色ない! 

 

 

《 PROTECTION 》

 

 

「防がれた?!」

 

 だが、桜の閃光がユーノの影に命中する直前、半透明の障壁のようなものが現れる。

 俺の手から出た攻撃は容易く防がれ、霧散して行った。

 

「収束が甘い、ううん、シールドの強度が──きゃっ!」

 

「なのはさん!」

 

 

《 STRANGLE BIND 》

 

 

 影が指揮者のように腕を振る。

 すると俺とは逆方向に逃げていたなのはさんの足が突然現れた緑の輪っかに縫いとめられた。

 急に足が動かなくなったなのはさんがたまらずこけた。

 

「さっきのはプロテクション、これはストラングルバインド……! ほんとにユーノくんが戦ってるみたいに──」

 

 足の止まったなのはさんに向けて襲いかかる鎖。

 あんなの食らったら痛いどころじゃすまない。

 

「──なんか上手く砲撃出ろ!」

 

 ああクソ、イマイチ威力が出なくて鎖をズラすのが精一杯だ。

 だが、隙はできた。今のうちになのはさんを回収しよう。

 

「わ、な、なんでお姫様抱っこしてるの!」

 

「さっき緑の輪っかに足止められた時かなり強めに転んでたろ。挫いてるかもしれない」

 

「いや、でも抱っこする必要なんか」

 

「荷物担ぎが良かったか? それとも高い信頼度のあるファイヤーマンズキャリーが……」

 

「あーもう、そう言う問題じゃ──前に逃げて!」

 

 俺が前に走った一秒後、さっきまでいた場所を無数の鎖が暴れ回る。

 苦し紛れに片手で流した魔力を撃って反撃するが、またあの緑のバリアに容易くガード。ついでとばかりに仕返しの鎖が追加された。

 

 流石にこれは避けきれない……! 

 

「空見くんそこの木の後ろに!」

 

「──! わかった」

 

 近くの木の陰に飛び込むと殺到する鎖をやり過ごす。

 すこし、これで猶予ができただろうか。

 

「大丈夫か、なのはさん」

 

「私は大丈夫。もう動けるよ。けど……」

 

 ちらり、となのはさんが盾にしている樹木ごしにユーノの影を見た。

 それほど頭はよろしくないのか、いまは鎖で樹を鶴瓶打ちにしているが、いつ樹が壊されるかわかったもんじゃない。

 

「……攻め手に欠けるね」

 

「ああ。シールドが硬いせいで攻撃が意味を成してない」

 

「ユーノくんの防御魔法はトップクラスだから。あのシールドを抜くなら、もっと強い魔法がいる」

 

「強い魔法」

 

「うん。リンカーコアからの魔力を引き出して放出するだけじゃない。魔力をシステム的に構築して『砲撃魔法』に昇華する、とかね」

 

 紫紺の瞳の中に、星の光が宿ってる。

 

「……でも、空見くんには厳しいかも」

 

「どうしてだ?」

 

「砲撃みたいなコントロールの難しい魔法をデバイス無しで使うのはかなり難しいんだ。

 特に、空見くんは初心者だしあまり魔力の制御自体は得意じゃなさそうだから──」

 

「多少難しくてもやるしかないのならやるだけだ

 

「じゃあ聞くけど、昼間やったみたいに魔力を腕に集めながら、なおかつスフィアを小さく固めていく、みたいなことできる?」

 

「ーーー」

 

 言葉にはしない。だが、言葉にはしなかっただけだ。

 俺には到底そんなことできないと、心のどこかが弱音を吐いていた。

 そして俺の思考もまた、それを肯定している。

 

 でも戦わなきゃ、やらなきゃいけないんだ。

 今もユーノの影は俺たちのいる木に向かって攻撃を続けているし、ダラダラ悩んでいても何も解決しない。

 

 ああクソ、こういう時にその『デバイス』とかいうやつがあれば俺もちゃんと魔法を使えたんだろうか。

 

 魔法使いのための、魔法の杖。

 

 それが俺にあれば──。

 

「──あ」

 

 思考が、繋がった。

 いつのまにか俺たちが隠れる木がユーノの影の攻撃に軋み始めてるが、そんなことよりも今は。

 

 聞いてくれなのはさん。俺が、俺たちがあのジュエルシードモンスターに勝つための可能性を。

 

「────って、できるか?」

 

 なのはさんの目が丸くなる。

 

「それは、できないことはないだろうけど……いやでも……かなりタイミングはシビアだし……一歩間違えば私たちどっちも怪我するし……」

 

「ああ。わかってる」

 

「それに何より空見くんが私を信じてくれなきゃいけない」

 

 星の瞳が、俺を見つめた。

 

「空見くんは、私を最後まで信じられる?」

 

「信じられる。俺に手を差し伸べてくれたなのはさんだから、信じられる」

 

「即答だね」

 

 考えるまでもない。当然のことだ。

 

 しばらく、なのはさんは考え込んでいた。おそらく、俺の危険と、成功の確率を天秤にかけて。

 だがやがて根負けしたように、深く頷いた。

 

「なら、私も空見くんを信じるよ」

 

 夜空の星を思わせる強い色が、ほにゃりとした笑みに変わる。

 

「やろう、二人で」

 

 この笑顔に見つめられるだけで、胸の奥が熱くなる。

 戦うための、守るための勇気が湧いてくる。

 

「……そろそろ、この木も危ないかも」

 

 なら、3、2、1で飛び出そう。

 

 3。

 2。

 1……いま!

 

「いくぞッ!」

 

 なのはさんを抱えて木陰から飛び出す。

 その数秒後、鎖の叩きつけについに耐えきれなくなった木が倒壊する。

 

 タイミングバッチリ。

 粉塵が舞い、木屑が散る中右手を前に出す。

 

「タイミングはかけ声で合わせよう。さっきの、覚えてる?」

 

「問題ない」

 

 土埃で朧げな視界の向こうにユーノの影が見える。俺たちが戦うべき、相手の姿。

 

 熱い。

 

「胸が、熱い」

 

 胸の奥に彼女にもらった勇気を燃やし、生まれた熱を魔力に変えて腕へと集める。

 右手のひらが、熱く、眩しい桜色に光り始める。

 

 だが、これでは足りない。

 この光ではユーノの影の防御を抜き、ジュエルシードモンスターを倒すに至らない。

 

 

《 CHAIN BIND 》

 

 

 煙の向こうから数本の鎖が放たれた。

 当たれば無事ですまない、魔力で編まれた魔法の鎖。

 

 それを前にただ手を前にかざしたまま、魔力を集めるのに集中する、ただし()()、だが。

 

「行くよ、空見くん!」

 

「ああッ!」

 

 俺の右手に、なのはさんの右手が重なる。

 重なった右手からなのはさんへと魔力が僅かに流れ、その魔力を使ってなのはさんが俺の魔力を『魔法』へと昇華する魔法陣を創り出す。

 

 俺が提案したのはこういうこと。

 

 魔力はあるが魔法が上手く使えない俺。

 魔法が使えないが知識はあるなのはさん。

 

 なら、なのはさんをデバイスに見立て、二人の力で魔法を使う。

 

「今だけは、なのはさんが俺のデバイス代わりだッ!」

 

「こんな無茶苦茶な発想、私じゃ思いつけなかったかもね! よし、行けるよ空見くん!」

 

 晴れかけた粉塵の向こうでユーノの影がたじろいだ。

 だけど残念だったな、俺たちの魔力の渦はもう止まらない。

 

 重なった右手が温かい。勇気が、熱が溢れてくる。

 

 行くぞ、かけ声は。

 

「全力!」「全開!」

 

 なのはさんと目線を合わせ、繋いだ右手を、前へと突き出し、二人で叫ぶ。

 

 

「「 ディバインバスターァァァッ! 」」

 

 

 吹き荒れた魔力は桜色の槍へと変わり、射線上にあった鎖を引きちぎりながら一直線にユーノの影へと疾走する。

 

 

《 PROTECTION 》

 

 

 ……。そうだな、当然ユーノの影も防御するよな。

 でも、この魔法なら。俺となのはさんの魔法なら!

 魔法、なら……!

 

「く、ぐ……」

 

「ふう、ううっ、シールドを、抜ききれない……!」

 

 これでも、抜ききれないのか。勝てないのか。

 今度もまた俺は手を伸ばしてくれた女の子を守りきれないのか。

 

「いや、だ」

 

 違う。今はこの前とは違う。

 届かなかった手、伸ばしても掴めなかった手。

 

 けど今は、なのはさんと手をつなげている。

 

 だからまだ、戦える。限界を越えられる。

 

「もう二度と、守れないのは御免だッ!」

 

 心の奥が、熱い。

 

「これ、魔力が、膨れ上がって──」

 

 持ってけディバインバスター! 俺のありったけの魔力を! 

 

「ブレイク、シューーーートッッ!」

 

 叫びと共に魔力の槍の太さが一気に倍になり、根こそぎの魔力をぶち込んだディバインバスターは今まで競り合っていたバリアにヒビを入れ、粉々に砕いた。

 

 桜色の光の奔流に影が吹き飛ばされ、さっきまでジュエルシードモンスターがいた場所には菱形の石ころと、気を失った茶色の獣の二つだけ。

 

「はあ、はあ、はあ……勝った……」

 

 ギリギリだった。もう魔力は小指たりとも残ってない。

 

「つっかれたー……」

 

 もう立ってられない。手を解いて、地面に倒れ込むように仰向けになると空を見上げる。

 

 ペット探しのつもりが、とんだ大冒険だ。

 

「おつかれさま、空見くん」

 

「なのはさんも、な」

 

「空見くんの頑張りがあってこそだよ。よくがんばりました」

 

 ぽんぽん、としゃがんだなのはさんに頭を撫でられる。

 

 明らかに子ども扱いされてる。

 疲れてて、腕を上げるのも億劫だがとりあえず腕を押しのけよう。

 子ども扱いは、なんか嫌だ。

 

「……魔力光診断、結構あってるのかもね」

 

 とつぜん、なんだろう。

 声のするまま、覗き込んでくるなのはさんを見上げる。

 

 空はいつの間にか夕闇に変わり一番星が早くも光る。

 けれどそんな星すら霞ませる、人がそこにいた。

 

「『純粋一途で情熱家』。

 桜色に恥じない、熱くて真っ直ぐな一撃だったよ」

 

「……揶揄わないでくれ」

 

 普段なら押しのける。

 ……でも、もう少しこのままでもいいか。

 

 なにせ、俺は純粋の桜色、らしいからな。

 

 いまは素直に俺だけの一番星を独り占めさせてもらおう。

 

 




 
・ユーノ
なのはの世界ではなのはの師匠のスクライア一族の少年。
変身魔法を得意とするものの、れっきとした人間である。

……が、なんの因果か、空見のいる世界ではなのはの家のペットのフェレットにつけられた名前。
予防接種のため動物病院に連れて行かれ、なのはの姉が引き取りに行った帰りに、逃亡。ジュエルシードモンスターに取り込まれることとなった。

家に帰ったあと
「管理局との通信、できたりしないよね?」
「きゅう?」
と話す姿が見られたとか、見られなかったとか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。