『高町なのは』は鉄面皮少年だけを名前で呼べない   作:世嗣

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きみを待つ人って、なに?

 

 

 

 また一週間の始まりがやってきた日。この前のように集まった昼休みの屋上で、なのはさんは言った。

 

「記憶が戻りました」

 

「ブーーーーッ」

 

「わあ、吹き出したお茶で虹が! わ、は、はいハンカチ、ハンカチ使って!」

 

「げほ、大丈夫だ。自前のがある。俺のバックには包帯消毒液タオル懐中電灯電池方位磁石にエネルギーチャージのゼリーが常備されている。問題はない」

 

「山岳救助隊の装備?」

 

 前もこんな話をしたような……いやそれは高町さんの方だったか。

 いやそんなことはどうでもいい。

 

 え? 戻ったのか記憶? 

 

「ごめん言い方が悪かったかも。正確には記憶がちょびっと思い出せるようになった、かな」

 

「ちょびっと」

 

「ちょびっと」

 

 なのはさんがお弁当のウインナーを箸で挟んでもむもむと口に入れる。

 

「昨日ユーノくんに取り込まれてたジュエルシード、私が持って帰ったじゃない?」

 

「ああ。一人で持つよりは良いだろうって話になったものな」

 

 いまのジュエルシードは一度モンスターを作るとエネルギーがずいぶん減ってしまうのか危険性が激減する、らしい。

 一時的なものだが封印状態に近いんだとか。

 この状態のジュエルシードは願いも叶えられないし、モンスターを生み出すこともない。

 

 そう、なのはさんは俺に説明した。

 

「で、それが記憶と何の関係がある。

 記憶を戻してくださいとでも願って叶ったわけじゃないんだろう」

 

「……あははー」

 

 ……なぜ目を逸らしたんだ。

 

「まさか願ったのか? 自分で歪んで叶えられるって言ってたのに? 危険だと俺を脅してたのに?」

 

「だ、だってぇ、ジュエルシードにはもう願いを叶える力はないと思ってたし……本気で願ったというか、君が戻してくれたらいいのにねーくらいだったというか……だからそんな呆れた顔で見ないでよ! 表情は変わってないけど雰囲気が呆れてる! ごめんなさい!」

 

「いや、まあ、俺としてはなのはさんに大事ないならそれで良いんだが」

 

 むしろ少しとはいえ記憶が戻ったのは喜ばしいことだ。

 

「しかし、ジュエルシードが願いを素直に叶えてくれたのはなんというか、不可解だな。もうそういう力はないという話だったが」

 

「んー、どーだろうね。なんか戻ってきた、って言うより流れてきたが近い感じだったし」

 

「?」

 

 どう違うんだろう。

 

「あのジュエルシード、どうやら私と結構関わりがあるみたいなんだよね」

 

「関わり」

 

「うん。私が初めて魔法に触れた事件……プレシア・テスタロッサ事件。21個のジュエルシードを巡って地球、それも海鳴で起きた魔導師同士の争奪戦。それの渦中にいたのが私、『高町なのは』だった」 

 

「……ふむ」

 

 つまり、ジュエルシードは高町なのは……なのはさんと因縁のあるものだったという訳か。

 世界を変えてまでそれに巻き込まれているなのはさんからしたらはっきり言って切ってしまいたい縁だろうが。

 

「このジュエルシードには今願いを叶える力も、それを暴走させてジュエルシードモンスターを作る力がないっていうのはたしかだと思う。現に、私のも、君のもジュエルシードに魔力の兆しはない」

 

 でも、となのはさんが言い淀む。

 

「このジュエルシードに触れた時、私の記憶が戻ったのは事実なんだ。理由はわからなくても、そこは揺らがない。

 だから、もし同じように他にこの世界にジュエルシードがあるのなら、それに私が触れたとき記憶が戻るなら……」

 

 なのはさんが押し黙る。

 

 けど、続きの言葉なんとなくわかる。

 なのはさんはこのジュエルシードを集めることに自分が元の世界に戻る可能性を感じてるんだ。

 

 でもそれを言葉にすることはできないのは、なのはさんが自分の力だけじゃ戦えないから。

 魔法を使うための、リンカーコアがないから。

 

「ここ、いいところだよね」

 

 不意に、なのはさんが切り出した。

 

「……屋上がか?」

 

「ふふ、それもだけど、この世界全体の話かな」

 

 なのはさんは微笑みと共に語りだす。

 まるで子どもに絵本を読み聞かせるように、誰かに言い聞かせるように、ゆっくりと。

 

「私の世界はさ、この世界ほど優しい世界じゃないんだよね」

 

 空を見つめて、言葉を紡ぐ。

 

「この世界はさ、みんな幸せそうだよね。フェイトちゃんもはやてちゃんも家族と一緒に暮らしてて、魔法なんかなくてもみんな満足そうで。

 

 一人一人、この世界にやってきてから話した人々を思い出すように彼女は語る。

 

「話に聞く限りクロノくんもヴィータちゃんもなんか元気そうみたいだし、ユーノくんだけはフェレットだったけど……他の人も当たり前の毎日を暮らしてる」

 

 案外、私の知ってるようなユーノくんも人間の姿でどこかにいるのかもね、と笑う。

 

「魔法と出会ったことが間違いだなんて思わない。あの力は私にたくさんのものをくれたし、魔法のおかげで私も色々変われた。

 間違いなくあの出会いは運命だった。私が、私であるために掴んだ力だった」

 

 でもね、となのはさんが目線を空から自分の手元に落とす。

 両の手の指が絡まり、解けて、また絡まる。

 

「この世界には私の世界ではもう見れないものがたくさんある。それが、少し眩しい」

 

 解けた指はもう絡まらない。

 なのはさんがゆっくりと俺を見て、ほにゃりと笑う。

 

「いい世界だね、空見くんのいる世界は」

 

 やさしくて、やわらかくて、彼女らしい笑みだった。

 かわいらしくて、女の子っぽくて、こんなの自分だけに向けられたらくらくら来る。

 

「でも、そんな世界に帰りたいんだろう?」

 

 けど、俺は知っている。『高町なのは』の春の花の微笑みを。星の光を宿した瞳のいろを。

 

 なのはさんの微笑みの水面にゆっくり波紋が広がって、困ったなあとこぼして眉尻を下げた。

 

「私、空見くんほどわかりやすくはないと思ってたんだけど」

 

「そんなこと言うのなのはさんくらいだよ。俺はなに考えてるかわからないと専らの噂だ」

 

「噂、なんだ」

 

「友人は多くない。だがそれなりの付き合いがある連中にもわかりにくいと言われている」

 

 鉄面皮で一本調子。口数少なく答えも無骨。

 まあ、我ながらわかりにくいと言われるのも道理だろう。

 まあそんな俺に比べればなのはさんの方が100倍わかりやすいのは当然だろうに。

 

 しばらく、なのはさんは黙っていた。

 何かを考えていたようにも、答えが決まっていることを話すか迷っているようにも見えた。

 

 けれど、昼過ぎの熱気を孕んだ昼の風が俺たちの間を抜けていっだ時ようやく彼女は言った。

 

「……帰りたいな、私の世界」

 

 目線は前を向いている。

 どこか遠くではない、確かな場所を見つめている。

 

「完璧でも完全でもない。上手くいかなかったことも、こんなはずじゃなかったこともいろいろあった。でも」

 

 なのはさんの言葉に熱がこもっていく。

 

「あっちの世界には、きっと待ってくれてる人がいる。フェイトちゃんたちも、私の家族も、きっと待ってくれてる」

 

 なのはさんがスカートを強く握りしめる。

 

「私は帰りたい。ジュエルシードを集めて、私が帰るための手がかりを、見つけたい」

 

 そうか。……そうか。

 

「なら、最初からそう言って欲しかったな。

 約束しただろう。俺はきみを無事に元の世界に帰す、と」

 

「……だって、ジュエルシード集めはすごく危険なんだよ。記憶を取り戻した今だから私の実感として言える。

 ジュエルシードモンスターだってこれから戦うことになる。覚えてるでしょ、ユーノくんの影の強さ」

 

「ああ、強かったな。正直これからもあんなのと戦わなきゃいけないと言われると、逃げたくなる自分がいることも否定はできない」

 

「なら──」

 

「でも、なのはさんがいる」

 

 隣の彼女の目が丸くなる。ぽかん、と頭から抜け落ちてたように。

 

「俺たちは一人じゃない。二人だ」

 

 手を取り合ってユーノを倒した日から、あの日の屋上でそれぞれの目標を確認した時から、いやもしかすると始まりの日に出会った時から。

 

 俺にはあって、なのはさんにないものがある。

 なのはさんにあって、俺にはないものがある。

 

 この前だって、今だって、これからだって。

 

「俺が一方的に助けるんじゃない。俺もなのはさんに助けられてるから、助けるんだ」

 

 だから、さ。

 

「少しくらいは俺にどーん、と頼ってくれよ」

 

 どんどん、と胸を叩いてみせると、なのはさんは空を見て、遠いどこかに目を向けて、最後に俺を見た。

 

「……そうだね。そうだ、空見くんの言う通りだね」

 

 ああ、うん、やっぱりその笑顔がいい。

『高町なのは』に似合うのは、そういう顔だと俺は思う。

 

 にしても、なのはさんが少ししおらしい。

 今のうちにどーんと俺の頼りがいをアピールしておくのもいいだろう。

 

「それに今の俺は仮にとは言え魔導士なんだ。なのはさんより強い。気を遣われる謂れはない」

 

「……ふふ、なにそれ。まだ砲撃も上手く使えないくせにー」

 

「む」

 

 なのはさんが三角座りでスカートを手で抑えつつ顔だけ倒してこちらを覗き込んでくる。

 角度と距離の関係で、なんだかちょっと見上げられているような形。

 

「そう言うおっきい口は空のひとつでも飛べるようになってから言って欲しいなぁ〜などと高町師匠は思っちゃいますね」

 

「空……飛行か」

 

「あれ、空飛ぶの気乗りしない感じ?」

 

 意外だね、とでも言いたげな顔をするなのはさん。

 

「そりゃ、ちょっと怖いだろう。あんな、手の届かないところを飛ぶんだし」

 

「えー、飛行機とかだともーっと高いところに行くじゃんか〜」

 

「俺飛行機乗ったことないし……というかそもそも俺の体一つで落ちたら死ぬしかない高さに行くのは恐ろしすぎる」

 

「平気だよへーき」

 

「パラシュートとか持っていった方がいいと思うんだが」

 

「怖がりすぎでしょ……。一度飛べば、夢中になっちゃうと思うんだけどなあ」

 

「夢中に……?」

 

「夢中に」

 

 なのはさんが頷き、立ち上がる。

 

「こういう晴れた日とかね、空を飛ぶとすっごく気持ちいいんだ」

 

 だだっ広い屋上をリズムを刻むように歩き、空を見上げる。

 

「真っ青な空と真っ白な雲。そこを自由に飛んでるとこの世の宝物全てを独り占めしているみたいでなんだかワクワクしてくるんだ」

 

「独り占め、か」

 

「うん。自由で、誰にも囚われてなくて、どこまでだって行けちゃいそうで」

 

 きらきらと目を輝かせて手を伸ばしかけたなのはさんが、はたと動きを止めた。

 

「……だから、好き()()()んだ、空を飛ぶの」

 

「……そうか」

 

 いまは、違うという口ぶり。

 いや正確には、今は魔法が使えないから好きだとも言えない、と言ったところだろうか。

 

「平気だったのか、空飛んで」

 

「?」

 

「いや……流石に真昼間に空を飛んでたらバレるんじゃないかとか思ってしまって」

 

「あー、それはそうだね。一回昼間にレイジングハートと飛行の練習してたら近くに飛んでたヘリコプターに見つかりそうになったこともあったなあ」

 

「見つからなくてよかったな。見つかってたら一躍有名人だった」

 

「あはは、かもね。だから、それ以降は空を飛びたい時は夜に行くようにしたんだ」

 

「夜に? 親御さんとかは気付かれなかったのか?」

 

「ふふ、ほら、そこは私は魔法使いなので。自分の二階の窓から、ひゅーんとね」

 

 なのはさんが子どもがそうするように口を手で抑えて楽しそうに顔を綻ばせる。

 

「みーんな寝静まる中、空にある星にどんどん近づいていく感じ。あ、これナイショにしといてね」

 

 きらきら輝く目は、まるでその記憶が宝物だと言ってるようだ

 

 ああ、なのはさんがこの記憶を取り戻せてよかったな。

 どれも大切な、彼女自身の……なのはさんにしかない記憶だ。

 

 あと何個ジュエルシードを集めればなのはさんの記憶は全て戻るのだろう。

 全て集めたら無事に彼女は帰りたい世界に帰れるのだろうか。

 

「空見くん?」

 

 っと、少し考え込みすぎてたみたいだ。

 

「どうかした? なにか考えていたみたいだけど……」

 

「いや……その、なのはさんも俺の知る高町なのはも、あまりそういう親に内緒で色々するタイプに見えなかったから。少し意外だったんだ」

 

「ふうん……」

 

「なんだその意味ありげな目は」

 

「ふふ、べっつにー? ただ」

 

 屋上と、空と、雲との境界をなのはさんは踊るように回り、そして俺にもう一度目線を向ける。

 

「空見くんは知らないかもしれないけど、私は結構ずるいし悪い子なんですよ」

 

 にゃはは、となのはさんは含むように微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なのは、最近空見くんと仲良いよね」

 

 帰り道、フェイトちゃんがそんなことを言ってきた。

 アリサちゃんたちはいない。途中までは一緒に帰っていたけど、道が別れたので今はフェイトちゃんと私の二人だけだ。

 

「そうかなぁ」

 

「そうだよぉ〜、お昼も最近は私たちと一緒じゃないし、休日だって空見くんと出かけてるし……」

 

「もー、だからそれはちょっと用事があったから集まっただけって説明したのに」

 

 この世界のフェイトちゃんはお母さんのプレシアさんとお姉ちゃんのアリシアちゃんと、あとなんでかリンディさんとクロノくんと暮らしながら、ホビーショップT&Hで暮らしている。

 

 翠屋ともずいぶん懇意なようで、お父さんもケーキを卸しに行くのをこの世界に来ての短い間でも何度か見かけたっけ。

 

「じーーっ」

 

「ふぇ、フェイトちゃん、視線が……」

 

「やっぱり、変」

 

 フェイトちゃんが立ち止まり、私をじっと見つめる。

 

「ちょっと前までなのは、男の子の話題振られても『友だちだよ』って答えてたのに、空見くんのことは一度も『友だち』だって言わないよね」

 

「ーーー」

 

 私は『高町なのは』だけど『高町なのは』じゃない。

 だからこの世界の私については、自分の中に朧げにある記憶と、部屋の私物や周囲の人たちとの関係から判断するしかない。

 

 でも、フェイトちゃんは違う。

 おそらく、ずっとこの世界に暮らしていて、その上私と友だちになっている。

 空見くんの話では少なくとも小学一年生の頃には知り合いだったはずだから、その付き合いはそろそろ10年近いはず。

 

 だからきっと『フェイトちゃんしか知らない私』というのも、存在する。

 

 フェイトちゃんが私のことをじっと見つめる。

 

「やっぱり、そうなんだね」

 

「フェイトちゃん……?」

 

「ずっと言わないようにしてた。間違ってたらすごくなのはを傷つけるかもしれないし。

 でも、もう我慢できないよ。ちゃんと聞いて、なのはの力になりたい」

 

 赤い瞳は真剣そのもので、なにか大切なことを伝えようとしているようにも見える。

 

「あのさ、なのは──」

 

 もしかして、フェイトちゃん私の正体に気づいて──

 

「す、好きなんでしょっ、空見くんのことっ」

 

 …………うん、大丈夫みたい。

 

「あ、別れ道こっちだね、ばいばいフェイトちゃん」

 

「待って帰らないでなのは!」

 

「えー、だって空見くんはそう言うのじゃないって何回も言ってるし……」

 

 逆に、ここまで否定されてフェイトちゃんが私と空見くんの仲をそこまで疑う理由が知りたくなってきた。

 

「だってなのは、空見くんのこと名前で呼ばないから」

 

 ……さすが、フェイトちゃん。

 やっぱり、私の親友だ。

 

「だから、もしかして好きとかじゃなくても、もっと二人で何か危ないことやってるんじゃないかって──」

 

「……ほんとうに、そういうのじゃないんだよ」

 

 フェイトちゃんの言葉を遮って首を振る。

 

「ただ空見くんとは最近仲良くなって、ちょびっと屋上の花の世話を手伝ってるだけ。それだけなんだよ」

 

「そう、なの?」

 

「うん。そうなんだ」

 

 だから、私と彼の間にはなにもない。

 あるのは、互いの望みを叶えようという約束だけ。

 

「……それに、空見くんがほんとうに会いたいのは『私』じゃないだろうしね」

 

「それって、どういう……?」

 

「にゃはは、気にしないで。じゃあ、今度こそ、またねフェイトちゃん」

 

「……うん、また明日」

 

 別れた道で、互いに手を振り合う。

 夕暮れの中、少しずつ遠ざかるフェイトちゃんの姿を見送りながら、なんとなくサイドポニーに触った。

 

 癖のない、お母さん譲りの栗色の髪。

 ずっと丁寧に手入れされたことがわかる、『私』の髪。

 

「あなたはすごくいい友だちに恵まれてるんだね、『高町なのは』さん」

 

 この世界でも、私の世界でも、私の友だちは私の友だちでいてくれてることが、少し嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なのは、少し最近思い詰めてるみたいだったけど、気のせいだったのかな」

 

「……うーん、やっぱり恋なのかな。あんなに様子が変ななのはなんて初めてだからなぁ。よし、帰ったら母さんに相談してみよう! 何かいい手があるかも!」

 

「よーし、そうと決まったらT&Hに早く──あれ、なんだろう。あそこの道のところ、なにか、光ってる……?」

 

「これは……菱形の宝石?」

 

 




 

・ホビーショップT&H
テスタロッサ家とハラオウン家が共同で経営しているおもちゃ屋さん。
プレシアとリンディの夫二人は揃って単身赴任中であり、なかなか帰ってくることはないが帰ってきた際には仲睦まじい様子を見せてくれる。
この世界においてフェイトはプレシアの実子であり、アリシアと同等の愛を受けて育っている。
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