「やあ。君がファビア・クロゼルグ選手だね?」
「…………だれ」
試合を終えて帰宅の途につく。誰の目にも入らず、誰も目に入れず。
やるべき事はある。これから会合を開くというエレミアとクラウスの末裔、あの二人の動向を探ること。
そんな時、私の前に男の人が現れた。
茶色っぽくて少しくるくるした髪。若く見える顔。青と白のスーツ。ビジネスマン?というものだろうか。なのに、見覚えがある。見ているだけで、頭の奥がちりちりしてくる。
「君を迎えに来た……というと少し語弊があるか。君を誘いに来た」
その時、瞬時に興味が失せる。力が欲しいのか、それとも身体が欲しいのか、いずれにせよやる事は変わらない。魔女の誇りを傷つけるならば–——
「未来永劫呪われよ、か。そうまであの子を追い詰めてしまったのは俺たちが原因だ。すまなかった。こうして、見つけるのが随分遅くなってしまった」
目の前の男の人が頭を下げる。
心を読まれた?いやそれよりも————どういうこと?この人は私を、いや、クロゼルグを知っている?
「だがこれだけは言わせてほしい。生きていてくれてありがとう」
その時。脳裏に稲妻が走る。まさか。まさか。この人は———
「あ、アムロ?なんで。どうして」
どうして、いまさらになって。末裔じゃなくて、本物が。
「思い出してくれたか。よかった、忘れていたらどうしようかと思っていた」
だって、だってあなたは。
「
杖を持つ手が震える。幽霊じゃない。記憶にあるあの頃よりもほんの少し老けてるけれど。
アムロが目の前で片膝をついて、私に目線を合わせてくる。
「生きてるよ、どうしてかは知らないが。今は市井で機械いじりをしながら暮らしている」
あなたには言いたいことがあった。あったのに、言葉にできない。
どうしてシャアと戦わないといけなかったの?ってずっと、ずっと聞きたくて。でも、アムロに子どもなんていないと思ってたから、心の中で諦めてて。
なのに、どうして、今になって。
「君は怒っているだろう。君を見つけられなかった俺たちに。だが少しだけ時間をくれないだろうか?」
あの頃のように、優しく真っ直ぐに目を見つめられて。
あの懐かしい透き通る夜空のような目に見つめられて。
「俺たちは君と、話がしたい」
私は泣きそうになりながら、首を縦に振ることしかできなかった。
◇ ◆ ◇
「うおおおおーーーーー!なんじゃここはーーーッ!」
アインハルトとジークリンデ・エレミアの試合は、ジークリンデの勝利に終わった。
試合の中で発覚したのは二人の因縁。そして過去に縛られた二人の少女は、互いの過去について話すための会を設けることになった。
とはいえ二人だけで済むはずもなく。その二人の関係者–——というより、ライバルのインターミドル選手なのだが———の数も合わせて、それなりの人数になると読んだはやて。確保した会場は高層ホテルのディナー会場。
シリアスな雰囲気の会は、驚愕の声を挙げるハリー・トライベッカの大音声とともに始まったのである。
「ところで、まだ来ていない方がいらっしゃるとか」
「あ、それわたしのパパです。なんだか用事があるらしくて、遅れて来るって言ってました!」
「あら、そうでしたの。では、到着されるまでゆっくり食事といたしましょうか」
「ごはんは自由に食べてええでなー」
主催者たるはやての許可に、目を輝かせて喜ぶ子どもたち。
色とりどりの食事を前にもう待ちきれないといった空気を漂わせ、あれも欲しいこれも食べたいと口の中を唾液でいっぱいにしている。
そして食事とインターミドルという共通の話題を得てあっさり打ち解けた面々は思い思いの席に座り、もぐもぐと料理に舌鼓を打っていた。
すると、入り口が音を立てて開き、ようやく最後の一人が姿を現す。
「すまない。待たせてしまったかな?」
「ほんまやで?急に一人分増やしてほしい言われた私の身にもなってほしいなー?」
「悪かったよ。彼女を説得していたんだ。話をしよう、ってね」
すすすっとアムロに近寄り、しなだれかかるはやて。どことなく「オトナ」な雰囲気の二人にあわあわする周囲を尻目に、これをスルーしながらアムロは後ろに連れていた少女を部屋に入れた。
「ファビア・クロゼルグ選手?」
そう声に出したのは誰だったか。
何故ここに?という疑問を他所に、アムロは彼女を連れてきた理由を告げる。
「ああ。この会にはクラウスやリッドの関係者が集まるんだろ?なら彼女を迎えに行かないのは不義理だろうと思ってね」
「そっか。私の知らん関係者の子、こんなとこにもおったんや。そらほっといたらあかんよな。ありがとうアムロさん……さあ、改めてお名前、聞いてもええ?」
「……もう知ってると思うけど。ファビア・クロゼルグ」
クロゼルグ、と聞いた瞬間。がた、と座っていた椅子を倒しながら、ヴィヴィオが——否、オリヴィエが立ち上がる。
「————ぇ」
ぽろぽろと涙を溢しながら、ふらふらと彼女の元へ駆け寄り、両手でファビアの手を握る。
その所作から、ヴィヴィオがオリヴィエに変わっていることをアインハルトは悟った。そしてクラウスの記憶の中から、クロゼルグの名を探る。
答えが出るまでに、そう時間はかからなかった。シュトゥラ南部、魔女の森のいたずら猫。戦乱の中で散り散りになってしまった、友人の一人。
その末裔が今、目の前にいる。
その時アインハルトもまた、脇目も振らず彼女の元へ駆け寄り、崩れるように膝をつく。
「まさか、本当に……」
「よかった……よかったぁ……!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ……………!」
ぎょっとする周囲も、目を見張るファビアのことも気にせず、オリヴィエは泣きながらファビアを抱きしめ、アインハルトは呆然と、二人のことを見つめ続けていた。
————–——————————–—
「そ、その、先ほどはお見苦しい姿を見せてしまい申し訳ありません……」
目を真っ赤にしつつも泣き止んだオリヴィエが正気に戻ったとき。彼女の目に映ったのは苦笑いするジークリンデと怪訝な目を向ける上位選手組。そしてなんとも言えない顔をするはやてだった。
本来、今日の主役はアインハルトとジークリンデのはず。それを忘れて自分の世界に入っていってしまった事実に顔を赤らめて頭を下げる彼女からは、ヴィヴィオらしからぬ大人びた雰囲気が感じられた。
「あなたにも、ご迷惑をお掛けしました……大切な装束を汚してしまって」
一方、泣かれた側のファビアは置いてけぼりになってぽかんとしていた。
とりあえず目の前にいるのはオリヴィエの末裔とクラウスの末裔で間違いないだろう。初代から受け継いだ、復讐すべき相手。
けれど、それがあまりにも大きな声で縋りついて泣くものだから、なんだか毒気が抜かれてしまった。あんなに憎んでいたはずなのに、あんなに怒っていたはずなのに。
もう。しょうがないなぁヴィヴィ様は。
みーんなやっぱり、わたしがいないとだめなんだから。
彼女の中の初代クロゼルグは憑き物が落ちたように、泣き笑いながらそう言った。
「それはええんやけどさ」
律儀にぴしっ、と手をまっすぐ上げて、ジークリンデが尋ねる。
今のヴィヴィオはヴィヴィオではない。身に纏う空気の何もかもが違う。でも変わらずお話できてる。ということは、何かあるんよな?
「んーと、ヴィヴィちゃんも昔の記憶とか持っとるん?」
「いいえ。違います。そもそも私はヴィヴィオではありませんので」
やっぱり、と納得するジーク。一方で、事情を知らない面々はヴィヴィオじゃない?と頭の上にはてなマークを浮かべている。
それを目に収めた時、オリヴィエの雰囲気が一変した。
清廉で、清楚で、それでいて覇気のある王の気配。そしてため息が出るほど美しい所作を披露しながら、荘厳に告げた。
「お集まりの多くの皆様にはお初にお目にかかります。私はヴィヴィオの心の同居人。名をオリヴィエ・ゼーゲブレヒトと申します。以後、お見知りおきを」
ぺこりと頭を下げるオリヴィエ。だが参加者にとってはそれどころではなかった。
オリヴィエ。
オリヴィエ・ゼーゲブレヒト?
どこかで聞いたことのあるような。
最初に決壊したのは当然の如く、雷帝の血を引くヴィクトーリア・ダーグリュンだった。
「な………まさか!かの聖王陛下であらせられますの!?」
ざわつく会場。え、なにそれ。歴史上の人物じゃなかったの?
「そう呼ばれたこともあります。ですがそれは過去の話。今や王家も無く、国も無く。然ればただのオリヴィエと、そうお呼びください」
「いやいやいやいや!無理ですわよ!?」
「ちょっと待てってヘンテコお嬢様。聖王オリヴィエって昔の人なんだろ?それが今の今まで生きてるって有り得んのか?」
「本来は有り得ぬことでした。私はゆりかごの中で朽ちていた身……ですが少々事情がありまして、今は魂だけがこうしてヴィヴィオの中に宿っています。要するに、二重人格のようなものとでも思っていただければと」
「ほーん、ほなヴィヴィちゃんに変な影響があるとか、そういうのは結構あるん?」
「そ、その、先ほどは私の感情が強く出過ぎてしまいましたので……日常生活を送る分には、問題はないかと」
「はいはい。オリヴィエはもーちょっと自分のネームバリュー考えようなー」
流石に収拾がつかないと判断したはやてが手を叩いてインターセプト。伝説の聖王へのそれと思えない態度にヴィクトーリアが凍りつく中、ようやく話の主導権を取り戻した彼女はアムロをジトーっとひとしきり見やると、背筋を正した面々に向かって本来の役目を果たす。
「だいぶ脱線してしもたけど、そろそろ本題に入ろか」
「みんなも知っての通り、今日の試合を戦った二人には少し複雑な因縁がある」
「片や「黒のエレミア」の継承者、ジークリンデ・エレミア」
「片や「イングヴァルト」の末裔、アインハルト」
「そしてその二人を繋ぐのが聖王女オリヴィエ」
はやてが次々と、因縁に纏わる者たちの名を挙げる。そしてそこに繋げて、アムロがもう一人の名を告げた。
「最後に、その三人と深い関係にあった魔女の森のクロゼルグ」
アムロの視線が一度ファビアに向き、再びはやてに向く。そして一つ頷くと、主導権を再びはやての元へ投げ渡した。
「かつて戦乱の時代を一緒に生きたベルカの末裔が今この時代に集まってる……それにこの場には雷帝ダーグリュンの血統ヴィクトーリアに、ここにはおれへんけどもうひとり、旧ベルカ王家直系の子もおる。これが偶然なのか縁なのかはわかれへんけど、大人側としてはこういう継承者たちが一堂に会するゆーんはちょっぴり気にかかるところやねん」
「今はインターミドルの大事な時期や、みんなが事件に巻き込まれたりせぇへんよう、私たちも守っていきたい———せやから、そのためにも二人の過去を話し合う会に私らも参加させてほしいんよ。アムロさんはヴィヴィオのお父さんやしな」
「改めて、ヴィヴィオの父のアムロ・レイだ。よろしく頼む」
そしてアインハルトの口から語られるクラウスの過去。
彼女の中からクラウスの怨念は消え去った。だがその後悔は、無念は、記憶となって生き続けている。
「当時の『エレミア』の名は、ヴィルフリッド・エレミア。『リッド』と呼ばれていたこともありました」
「クラウス、オリヴィエ、リッドに、いたずら猫のクロゼルグ」
「それと、後ほどお話しするあと二人」
「その、陛下ご本人の前で言うのはすごく恥ずかしいのですが、6人で過ごしたあの頃がクラウスにとって一番幸せな時期でした」
「だからこそ———彼は貴女がゆりかごの王になることを認められなかった」
「ゆりかごは玉座に就く者の命や運命と引き替えに絶対の力を振るう最終兵器。その王になれば自由も尊厳も、未来さえ奪われてしまう」
「だからクラウスは『彼』と結託して貴女を止めようとして———何もできず、敗れました。その微笑みを曇らすこともできず」
「——–——————っ」
オリヴィエの表情が険しくなる。それに目を向けることなく、アインハルトは語り続ける。
「たった一年でベルカの諸王時代は終わりを告げました。諸王乱立の時代は終わり、聖王家によってベルカは統一の道を歩み始めました」
「クラウス殿下とウチのご先祖様とはその後は……?」
「リッドは、陛下が国に呼び戻される少し前から姿を消していました。以来、クラウスとリッドの縁は繋がることなく、彼は生涯を閉じました。……私から話せるのはこれぐらいです」
「普段からどこにいるのか分からず、ふらっと半年近くも姿を消すこともある人でしたが、エレミアの力や言葉が必要な時はいつの間にかそこにいてくれました。だからこそ、なぜ姿を消したのか知りたかった。『彼』も、捜索には協力してくれましたが……」
「その、『彼』というのは、誰だったんでしょう……?」
「シャア・アズナブル」
「現代において、大罪人として名を残す彼は……クラウス達にとっては無二の親友であり、盟友だったのです」
「そのあたりは、私よりあなたの方が詳しいでしょう?——–———アムロ」