貴方は覚えていますか。異世界からやって来た少女の事を。
これは空から降って来た一人の少女と、貴方が忘れた不思議な交流の物語。

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本作は氷陰様主催のボーイミーツガール杯参加作品です。
ボーイミーツガール杯の規定により、2021/6/30/23:59までは匿名投稿となります。【旧作者名:貴方の忘れている記憶】


『空から女の子が降って来た。無視する?』 >YES/NO

「──普通、空から女の子が降ってきたら受け止めるでしょ !?」

 

 今晩の買い出しを終え、さあ帰って飯食って趣味の時間だ……! と貴方が心の中で盛り上がっている最中の事だった。特に面識のない外国人の少女に、急に絡まれたのは。

 

「ちょっとアンタ! また無視するつもりじゃないでしょうね! 温厚な私でも流石に怒るわよ !!」

 

 少女の歳の頃は貴方と同じくらいで、服装は何かのキャラクターのコスプレだった。

 コスプレした知らない人にキレられるなんて貴重な体験だなぁ、と貴方は瞬時に現実逃避した。貴方の鋭い勘が、この出来事は長引くぞと告げたのだ。

 貴方は努めて表情に出さないようにして、少女の恰好を観察する事にした。自分の知ってるキャラクターのコスプレなら、そっち方向で話を反らせるかもしれない。そう判断しての事だった。

 

「──ねえ、聞いてるの !? アンタに言って──って何よ、急にじろじろと見て……」

 

 だが、残念ながら少女の恰好からはとんと見当が付かなかった。

 コスプレ元のキャラは流行りのアニメ等ではないのだろう。最近はあまり見ない、如何にも修道女と言った格好に変な紋章がプリントアウトされている。古い作品かオリジナルキャラだろうか。まじまじと見ても、貴方には全く覚えがなかった。

 夕暮れ時。天下の往来で急に喚きながら絡んで来るコスプレ少女。控えめに言って不審者だった。お近付きにはなりたくない。

 あと、温厚な少女は初めましての人に急に切れたりはしない。

 

「いや、どちら様でしょうかじゃないでしょ !? さっきアンタの目の前に落っこちたでしょうが! え、何、健忘症なの? その歳で健忘症なの !?」

 

 いきなり現れてわーきゃー騒ぐ少女に、貴方は眉を潜めた。

 初対面の人相手に流石に失礼過ぎないだろうか。どんな教育を受けてきたのだろう。そこまで学力の高くない学校へ通う貴方でも、礼儀は口煩く指導されているというのに。

 もしかすると、彼女は貴方より年下なのかもしれない。あるいは中学生くらいなら、少々失礼であっても茶目っ気だろうか。

 貴方は他人の年齢を見分けるのが得意という訳ではない。特に外国人となれば尚更である。可能性は十分あった。

 

「……え? 本当に分からない? もしかして私、人違いしてる……?」

 

 貴方は少し考えてから、首を縦に振った。少女の顔が目に見えて真っ青になった。

 

「えっ、嘘……ご、ごめんなさい !? 私てっきり、アンタ──貴方がさっきがん無視してくれちゃったあんちきしょーだとばかり! 本当にごめんなさい !!」

 

 貴方は少女が少しだけ憐れに思えて、苦笑いを浮かべながら気にしていないと少女へと告げる。

 きっと彼女には何か耐え切れない悲しい出来事があったのだろう。

 

「えっと……いや、そこまで悲しいとかじゃないけど……ちょっと衝撃的な出来事があって……じゃなくて、ありまして……」

 

 居た堪れなさが滲み出ている少女へ、思わず慈愛の心が芽生えた。少女が余りにも可哀想に思えたのだ。

 この歳で、自分が本気で空から降って来たと思い込む程、空想(コスプレ元)と現実の区別がつかなくなってしまうなんて、よっぽどだ。

 

「いや、違うわよ !? 私は思い込みとかじゃなくて、本当にさっきこの世界に来た時、空から落ちてくるはめになったの! ていうかコスプレって何 !? ……え、空想の中の人物になりきる事? ──もっと違うわよ!」

 

 違うのだろう。彼女の中では。

 

「いやいやいやいや、そうじゃないわよ! え、何? もしかして私、頭の可笑しい子に見られてる? 自分の趣味の為に知らない人巻き込むやばい奴だって思われてる !?」

 

 貴方は暖かい目をしながら頷いた。コスプレも良いが、他人に迷惑をかけないように線引きはしようね、と告げながら。

 

 ──違うわよー!

 

 彼女はそう大声で叫びながら、崩れ落ちたのだった。

 

 ……所で、もういい加減に行っても良いだろうか。元々、彼女は目立つ格好をしていたが為に人目をとても引いていた。彼女が気付いてるかは知らないが、本当に人目を引いていた。

 なんなら、さっきすれ違って行った同級生が自分を見るなり三度見をして、写真を撮った後何処かへと走り去って行った程だ。

 この後、他の同級生へと拡散する気であろうそいつの誤解が解けるまで語り尽くす……それこそ青春ドラマのように、時には膝を交えて、時には買収し、そして時には一方的に拳を交えて。貴方にはそういう用事が出来てしまったのだ。だからそろそろ勘弁して欲しいのだが。貴方には時間がなかった。

 貴方が安穏とした日常を守るガーディアンと化す決意を固めている傍で、少女があざとく──と言うには、何故だか必死さが滲み出ていたが──貴方の袖を掴んだ。

 

「あの……ごめんなさい……いやでも、うん……その、ちょっとだけ待って欲しいのよ。出来るだけ迷惑をかけないようにするから、ちょっとだけ話を聞いて貰いたいのよ……」

 

 貴方は身構えた。間違いなく確信があったのだ。なんて事だ。テレビの中の出来事だと半分くらい思っていたのに。

 だが間違いないだろう。これは新手の詐欺の手口だ。名付けるならボーイミーツガール詐欺と言った所か。

 だが残念ながら、自分はよく居る貧乏学生だ。幸せの壺なんて買うお金もないし、見ず知らずの人の為に借金を背負う愚かさも持ち合わせていない。

 

「いや違うわよぉ! 私の不名誉を解きたいのと、こっちの世界に来たばっかりだからどうしても誰かの力が必要なの! この世界の常識とかをほんのちょっとだけ教えて欲しいの!

 こっちの世界でも似た様な言葉があるでしょ、擦れ違うのも神のご意思よ!」

 

 やばい。遂に開き直って来たようだ。追い詰めすぎたのだろうか。貴方は少女をあまり刺激しないように気を付けつつ、落ち着くように促した。

 

「──危険物みたいな扱いしないでよもぉーーー!」

 

 残念ながら、貴方は対応の仕方を間違えたようだった。

 少女は遂に限界を超えたようで、泣き出してしまった。周囲からの目線がとても痛い。

 特に女性からは敵を見るような目を向けられてしまっている。本当に勘弁して欲しい。貴方はこの少女の関係者ではないというのに。

 

 貴方は渋々、彼女の話を聞く事にした。本当に渋々だが。

 

「ほ、ほんとに……? 聞いてくれるの……!?」

 

 溜め息を吐きながら、貴方は首肯した。

 先程の同級生にSNSで『後で事情を説明するから拡散はやめて欲しい。じゃないと厄介事にお前も巻き込む』と、同級生との友情を信じた心温まる文面を手早く送り付けながら。

 貴方は、青春って良いよね、と独りごちた。

 

 

 

 少女が落ち着くのを待ってから、貴方達は手近な喫茶店へと移動した。食べ物の量が多くて有名なチェーン店で、喫茶店というよりファミリーレストランに近いお店だ。

 今月の懐事情は特別寒い訳ではないが、暖かいという訳でもない。だが、あのまま色んな視線に晒されるよりは、懐が多少痛む方がまだましだ。どっちにしても、とばっちりも良い所だが。

 

「……我儘聞いて貰ってごめんなさい。えっとこっちの世界のお金はないけど、代わり私の世界のお金を貴方に渡すわね。こっちの世界でも貴金属って価値ある? あ、大丈夫……? 良かった……」

 

 少女は懐から濃紺色の巾着を取り出し、中から金貨を一枚摘み、差し出して来た。

 金の比重は分からないが、仮に本物なら学生二人が一回の飲食で使うような価値の代物ではないだろう。受け取っては後が怖い。偽物なら、そもそも受け取る価値もない。

 本物にしても偽物にしても、どちらにしても金貨を受け取るのは悪手だった。

 貴方はやんわりと断りながら、一先ず少女へと釘を刺した。

 

 一つ、ここは自分の生活圏なので悪目立ちはやめて欲しいこと。一つ、あまり変な騒ぎを起こすと未成年相手でも警察が来ること。一つ、もう帰らねばならない時間なので、あまり長くは話に付き合えないこと。

 

 もしかしたらどさくさ紛れにお説教を垂れる面倒臭い奴と思われるかもしれないが、知った事ではないとばかりに、貴方は溜め息を吐きながら、言いたい事を言い切った。

 正直、貴方からしたら面倒臭い奴は少女の方だった。手心を加えなくとも、最早失礼だとかは関係ないだろう。

 

「う……本当にごめんなさい……言い訳させて欲しいんだけど、私本当にこの世界に来たばかりで、元居た世界でも世間知らずだったのに、大役任されてこっちの世界に来て、目的の人物の目の前に出れたは良いけど、空から落ちてて、でも無視されて、その後ずっと一人で探し回ってて、それで……」

 

 おっと、泣くのは勘弁して欲しい。貴方は彼女に大きく息をする様に促した。

 取り敢えず、彼女の言う事を否定しないから、落ち着いて欲しいと言葉を添えて。

 

「ごめんなさい……」

 

 どうやら情緒不安定になってしまっているようだ。涙を堪えてはいるが、抑えきれなかった分の雫がはらはらと頬を伝っている。正直な所、心底勘弁して欲しいとは思うがそれを態度に出す程大人気なくはない。

 貴方はおしぼりのビニールを片側だけ破り、少女へと差し出した。

 

「ありがとうございます……それと──」

 

 おしぼりを受け取りながら頭を下げようとする少女へと掌を突き出しながら、貴方は冗談交じりに告げた。

 それ以上の謝罪は席を立つし、そんな事より早く何かしら注文しなきゃ、お店を追い出されてしまう。ここはどれも安価な物ばかりだから自分の懐もあまり痛まないので、気兼ねなく好きな物を注文して欲しい、と。

 

「ごめんなさ……じゃなくて、はい。……では、私は貴方と同じものをお願いします。まだこの世界にどんなものがあるのかも知りませんし、文字も読めませんので……」

 

 貴方は了承し、グレープジュースを二つと、フライドポテトを注文した。

 本当はグレープジュースよりも炭酸飲料の方が貴方の好みだが、彼女が見た目通りのコスプレ大好き外国人ではなく、本物の異世界人だと言うのなら、炭酸は馴染みがないかもしれないという一応の配慮だった。

 フライドポテトは普段友人と来る際と同じように、つい癖で頼んだだけだ。

 

 ……それにしても。

 最初に強気のキャラで来られた分、しおらしくされると調子が狂ってしまう。こっちが彼女の素なのだろうか。

 もしさっきのが本性なのだとしたら、さっきのままでお願いしたいのだが。

 

「えっと、分かりました……じゃなくて、分かったわ。貴方がそれで許してくれるなら……」

 

 顔をぐじぐじとおしぼりで拭く彼女へ、それでお願いします、と告げる。

 正直な話、貴方は誰かにしおらしくされるのに慣れていない。下出に出られるより高圧的に来られる方が、まだましだった。妙に凹んでる少女が再び高圧的な態度に出られるとは思わないが。

 加えて、巻き込まれて嫌がってる無関係の相手に、話をさせて欲しいと言えるだけの(したた)かさを見せた彼女には、是非ともその強さを貫き通して欲しい。そう感じたのだ。

 その強さは人と場合によっては疎まれるものかもしれないが、貴方には少し羨ましく思えたから。それは自分が持っていない類の強さだと思うが故に。

 

「えっと……先ず、私の話を聞いてくれてありがとうございます。

 私はアルフォルッソ侯爵家の娘で、エスフォリア正統王国で第三聖女を任されてる、キュリエス=ウーリズ・メリアレン・クークリア・イゴール──」

 

 ──ちょっと待って欲しい。

 貴方は前のめりになりながら、彼女の名乗りを制止した。

 なんだか、不意討ちを食らった気分になったのだ。仲間しかいない背後から、急にヘッドショットが飛んで来たような、そんな感覚。貴方は不覚にも、ろくすっぽ情報が耳に入って来なかった。

 そして何故だが、かつて葬り去った辛い過去(黒歴史)が貴方の脳裏を過ぎったのだ。

 貴方は突然訪れたまさかの致命傷に、身を震わせた。

 そして、何か粗相をしたかとびくりとした様子の少女へと、軽く頭を下げた。

 当然だが、彼女に非はない。その旨を伝えながら、自身の逃げ切れない運命(カルマ)が脳裏を過ぎっただけです、と添えた。貴方は突発的な出来事によって過去に引き摺られていた。

 

「貴方にも……何か辛い事情があるのね……」

 

 少女の罪悪感一辺倒の眼差しに、憐憫の色が混ざった。どうやら貴方の背景に思う所があったらしい。

 事実、貴方にも特大級の辛い過去が存在していた。

 貴方はある日、世界の時間が止まる瞬間を目撃し、世界を裏で牛耳るⅩⅢ機関の陰謀を知ってしまった……という自己投影全開な主人公の小説を書いたノートが親友に見付かってしまい、一時期の渾名が小説内でのコードネーム(ナンバー・アンノウン)になってしまったという過去が。

 

 貴方は渾身の力を振り絞り、少女へと何でもない風を醸し出しながら、もう一度名前を教えて欲しいと告げた。今度は大丈夫だから、と。

 

「……ううん、協力してくれてる貴方にあまり迷惑は掛けられないわ。多分、私の名前が原因なのよね」

 

 貴方は少女の慈愛の心に泣きそうになった。

 

「そうね……私の事はキュウリって呼んで」

 

 ──きゅうり。

 

「ええ。私の愛称よ。親しい人からはそう呼ばれてるわ」

 

 でもお父様以外の男の人に愛称で呼ばせた事なんてないから、お父様が知ったら怒るわね。と彼女は笑った。

 

 キュリエス=ウーリズ・何某……だからキュウリなのかと、貴方は一人で遠い地へとやって来た心地になった。

 彼女が異世界人かどうかは置いておくにしても、間違いなく異文化交流の瞬間がそこにはあった。

 そういえばだが、貴方は異文化交流の経験がほとんどなかったことを、今更になって思い出していた。

 何故だか言葉が通じているので失念していたが。

 

 貴方は謎のコスプレ少女改め、キュウリと名乗った少女へと名乗り返しながら、後でこちらからも質問をして良いかをついでに訊ねる。

 キュウリが外国人にせよ異世界人にせよ、驚く程に流暢な日本語を話せる理由が何となく気になったのだ。

 ……ちなみにだが、先程の黒歴史による自傷ダメージは、貴方から既に抜け切っていた。文化の異なる未知との遭遇で、それどころではなかったとも言える。

 

「貴方から先に聞いてくれても良いわよ? お願いしたのはこっちだもの。それで、何が気になるの?」

 

 キュウリも切り替える事にしたらしい。先程までのおっかなびっくりな様子は一先ず鳴りを潜めている。どうやら、貴方の精神的自傷行為が彼女の切り替えに一役買ったらしい。

 

 貴方はキュウリの言葉に甘える事にして、どうしてそんなに日本語が──この国特有の言語がそんなに上手いのかを訊ねた。

 

「この国特有の言語? ……え、この世界って言葉の種類がまだ複数あるの? その状態でここまで発展してるの? え、嘘、凄っ…… !?」

 

 キュウリの予想外の反応に、貴方は首を傾げた。

 まさか、キュウリの世界──否定しないと約束したので、貴方はキュウリが異世界人だとして話を進めることにした──では、世界全体で単一言語なのだろうか。

 

「ええ、そうよ。何千年も昔は色んな国で沢山の言葉が使われてたらしいけど」

 

 ──遥か昔。

 言葉の異なる人間達が、自分達の神様に一目会いたい一心で力を合わせ、長い年月を掛けて天へと届く塔を建てた。

 だが塔は悪いドラゴンによって倒されてしまい、人々の数百年にも及ぶ努力は水の泡となる。

 それでも人々は諦めず、言葉が通じないながらも励まし合い、塔を再建しようとする──その姿に神様は酷く感動し、地上に降り立たれた。そして、美しい絆を見せた人々へご褒美として、より支え合えるように全ての言語を統一をしたのだった。

 

 ……と、キュウリは楽しそうにそう語った。彼女は聖女を務めているらしいので、神様への思い入れが強いのだろう。キュウリは話の最後に、だからこうして違う世界の人間同士でも話が出来るのよ、と付け足した。

 貴方からはキュウリが日本語を話しているようにしか聞こえないがキュウリからしたら普通に話してるつもりであるらしかった。実に不思議な話だ。

 

 何となく、そういや聞いた話と真逆の話があったなぁ……と、貴方は思い出した。

 キュウリの語った話は、貴方の知るバビロンの塔の神話と真逆だったのだ。

 

「へぇ……こっちだと神様が怒って塔を壊したのね……成程……じゃあ仮定していた通り、こっちとあっちとじゃ、表と裏の世界なのね」

 

 表と裏。どういう意味だろうか。

 

「実は私達の世界で有名な仮説があって、それが異邦世界表裏一体仮説なのよ」

 

 急に生き生きとし始めたキュウリに、貴方は身構えた。どうやら彼女は勉学等で身に付けた知識を──あるいは考えておいた設定を──語るのが好きな性分らしい。先程の神様の話をする時よりも楽しそうに見えた。

 

「実は私達の世界とは並行して発展しているのに、全く異なる──それこそ、空想と現実が入れ替わり、世界にとって重要な事象が真逆で発生した世界こそが異世界であるって仮説なんだけどね。二つの世界は繋がりを共有し、その上で足りない要素を補い合うように繁栄した世界があるって考え方らしいの。だからこそ、全ての命には同等の魂を持つ命が存在していて、逆説的に──」

 

 キュウリは実に楽しそうに、魔法の絶対的実在性がどうの、原初性構築元素の乖離性がどうの、と語っている。

 成程。貴方は完全に理解した。何一つ理解出来ないことを完全に理解した。

 ちょうど、注文していたジュースとフライドポテトを持って来てくれた店員さんに会釈を一つ。キュウリは語るのに夢中で、店員さんに気付いた様子はない。

 店員さんは、傍から見れば妄想を全開で垂れ流す痛いコスプレ少女にも、変わらない営業スマイルだった。ただ、此方には「大変そうな彼女さんですね」と目で語っていたので、他人です。とだけ貴方は目で語り返した。何故だか苦笑された。

 

「……って言うのが、神学者ガリオロ・ガリウスの提唱した仮説の基本的な部分なんだけど、ここからが凄いところでね?」

 

 貴方は黙ってフライドポテトの皿を差し出した。

 凄いところで申し訳ないが、凄く何を言っているのか分からないし、貴方には凄くわかる気がしなかった。そもそも、彼女の語る仮説とやらの中に、何度も魔法という単語が出て来たのだから、魔法ありきの世界での研究成果なんて理解出来るはずもなかった。

 

「あ、ごめん。つい夢中になっちゃった……頂きます。あ、これ美味しい」

 

 キュウリは少し顔を赤くしながら、貴方を真似ておっかなびっくりフライドポテトを摘み、ジュースをちびりと飲んだ。言葉の通り、美味しそうに口にしている。

 どうやら、フライドポテトとグレープジュースはお気に召したようだった。

 

 不思議なくらい情緒不安定で、何か自分の寄り辺になるもの──例えば身に付けた知識とか──になると、必死に見えるほど夢中になる。だが、物珍しげにしながらも、お行儀良く飲食を行う。

 成程、彼女が先程言っていた世間知らずの意味を貴方はよく理解した。キュウリはかなりの箱入りだったようだ。先程の貴方が冗談半分で考えた詐欺師とかとは対極の境遇にあったようだった。

 

 貴方の目からしたら、少女は見ていて可哀想になる程、()()()()()()()。本人は自分に対しても貴方に対しても誤魔化して居るつもりだろうが、残念ながら貴方は自他ともに認める程には勘が良い。

 

 貴方はほとんど確信を──そして幾らかの罪悪感を──持って、少女へとゆっくりと声を掛けた。

 

 気が遠くなるくらい遠い世界から此処まで、大変な中をたった一人でご苦労様。

 今は自分しか居ないけれど、自分じゃ考えられない苦労を背負って来たキュウリを歓迎する。

 それで、キュウリはどういった事情でこっちの世界に来たのだろう。

 

 ……そういった内容の、問い掛けを。

 

 少女は驚いた様に、目を見開いた。

 

「──ぇ、ぁ……わ、たし……?」

 

 私は本当の意味で信じて貰えたのだろうか。そういった意思の視線を受け、貴方はキュウリの目を見ながら頷いた。

 キュウリは、今度こそ抑え切れないように、顔を覆って嗚咽を漏らした。

 

 簡単な話、キュウリは自分の存在を誰にも受け入れて貰えないのではないか、こちらの世界の人間は全員敵対的なのではないか。そういった恐怖と一人で戦っていた。

 貴方が先程言った否定しないから、という発言も、貴方の本心からではないと彼女は感じ取っていただろう。彼女の言葉の端々からは、それが可能だろうと思えるくらいの知性が感じられた。

 だからキュウリは、せめてこの世界で唯一関わった貴方にだけは信じて貰おうと必死で、一つ一つに過剰反応を示していたのだ。きっとそこには、本当の意味で世界から孤立した事のない人間では分からない、どうしようもない恐怖心があったことだろう。

 遠い異世界から来訪した少女は、最初に貴方が感じていたよりも、ずっと賢かった。だがしかし、それ以上に幼く、柔らかな心をしていたのだった。

 

「……あ、ごめんなさ……じゃなくて、ちょっと待って、ごめ……あの……」

 

 貴方は、少女が泣きながら謝り、そして謝ってる事にさえ謝る姿に苦笑した。貴方にはもう、途中で席を立つつもりはなかった。貴方は割と冷たい性格の人間である。だが、勇敢な少女が孤立無援で困っているのを放ったらかしにする程、貴方は外道ではなかった。

 貴方は少女を、大丈夫、大丈夫……と、か細い泣き声が止むまで励まし続けた。

 彼女が泣き止んだら、きちんと彼女の話を聞き、そして可能ならば協力しようと心に決めながら。

 

 

「──えっと。途中で本当に見苦しい姿を見せてしまってごめんなさい。私が異世界──こっちの世界に来た理由は、今話させて貰った通りです……」

 

 ──貴方は天を仰いだ。貴方の覚悟に対して、神の課した試練は大き過ぎた。異世界の神に災いあれ。そう思わずにはいられない。

 

 貴方の励ましを受けたキュウリは落ち着きを取り戻した後、貴方に促されるまま、ぽつりぽつりと彼女の……というより、彼女を送り込んだ異世界人達の目的を語った。

 そしてその内容のあまりの大きさは、貴方の想定を軽く上回っていたのだった。

 彼女が話した目的は以下の通りだった。

 

 異世界で絶対神にあたる神がある魂を元に、自分の子となる神を作った。

 そして、その神は災禍を(もたら)す者としての性質を備えてしまい、人々を不幸に陥れた。

 人々は力を合わせて何とかその神を倒した──が、何とその神は約二千年の時を経て復活。何とか人類が力を合わせて再び追い詰め、今度こそ確実に殺そうとするも、何をどうやっても何故か死なない。

 困った人々は異世界の絶対神に相談した所、「そりゃ、神は同格かそれ以上の神格でしか殺せないし……」との返答が。

 加えて、絶対神の直々の子である為、その無駄に神格の高い神を殺せる神は絶対神のみであり。

 そして、神は神で親殺しや子殺しが出来ない為、打つ手なし。

 

 だが、どうしても災厄の神を殺し、安寧を取り戻したかった異世界人達が出した答えこそ──。

 

「……あの……そのジト目を止めて頂けると助かるんだけど……いや、そりゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて発想、どんな蛮族よって感じだけど、もうこれしか手段がなくて……一応、神様達と同じ魂を持ってるのは人間だってだけは、分かってるのが救いね……」

 

 キュウリは項垂れた。彼女としても、かなり思う所があったらしい。

 貴方としては、異世界人達の何がなんでも敵対存在殺したる、と言わんばかりの殺意の高さの方がどん引きなのだが、異世界人の一人である彼女には通じなかったらしい。実に異文化コミュニケーションだ。

 

 だが、貴方としては困った事になった。

 すなわち、この七十億を超える人間が居る世界の中から、()()()()()を見付けねばならないのだから。

 

「………………ななじゅうおく?」

 

 この世界……というか、地球の人口はかなり少なく申告しての七十億人。一説によれば、既に八十億人を超えてるらしいが。

 

「はちっ…… !? え、何それ、聞いてない……無理……むーりー……!」

 

 え、それってエスフォリア何個分? え、むしろエスフォリアって何人? え? え……え?

 

 と、錯乱するキュウリへ、貴方は慈愛に満ちた眼差しを向けた。そして、心の底からの親切心を込めて、告げた。

 諦めよう、と。

 

「諦めたら帰れないのよー! あっちへの門を開くには、神様の魂が鍵として要るの!」

 

 うわーん!と。見事な喚き方を見せてくれたキュウリへと、貴方は肩を竦めた。

 世は並べて事も無し。だがそれはそれとして、世知辛いものなのだ。

 

 貴方がざっくりとこの世界の常識をキュウリと話して──ほとんどがこの国(日本)における常識だったし、キュウリは半ば放心状態だったが──喫茶店を出た頃には、とっくに日が暮れた後だった。

 貴方はもう開き直ってパスタを二つ注文し、前途多難な少女へとささやかな晩餐を振る舞った。安くはあるが、安定した味は貴方のお気に入りで、気落ちキュウリの舌を楽しませるくらいは訳がなかったようだった。

 

 そういえば、と。貴方は喫茶店の発光看板のぼんやりとした光に照らされる、ぼんやりとしたキュウリへと声を掛けた。

 宿の確保は出来ているのか、と。勿論、貴方に下心は一切ない。

 

「え? あー……はい……一応、考えはあるわ……」

 

 なら良かったと、貴方は首肯した。

 一応、貴方は同級生を巻き込めば、数日くらいなら何とかキュウリの寝床くらいは用意出来るので、試しに聞いてみた事だった。

 だが、考えがあるなら別に良いだろう。……何故だが、無性に嫌な予感がしたが。

 

「それでは、貴重なお時間ありがとうございました。晩御飯まで食べさせて貰って……このお礼は、元の世界に帰るまでに必ずさせて貰うわ……何が出来るか、わかんないけど……」

 

 貴方はお構いなく、と笑った。そんな事より、神の魂が早く見つかるといいね、と嘯きながら。

 

「ええ、絶対に……絶対に見つけてみせるわ! そもそも、朝に私を放置して行ったあんちきしょーを見つければ良いのよ! 八十億人なんて気にする必要はないわ!」

 

 そうだね、その通りだね、頑張ってね、と。貴方はキュウリへとエールを送った。

 エールを受けた異邦の少女は意気揚々と、貴方に再度感謝を述べつつ、夜の闇へと消えて行ったのだった。

 

 

 貴方は、キュウリの背中が見えなくなると同時に溜息を零した。面倒臭い事になったなぁ、と。

 

 実の所、朝に空から降ってくるキュウリを放置した人物に、貴方は心当たりがあった。それはもう、猛烈に心当たりがあった。勘に頼るまでもなく、貴方は犯人言いを当てることが出来た。

 

 つまりは、犯人は()()だったのだ。

 

 貴方は朝、本当に珍しい事に寝坊をして急いでいた。その時に、光に包まれた女の子──キュウリ──が、貴方の目の前に降って来たのだ。

 貴方は想像だにしなかった事態に慌てた。そして、人生最大規模の面倒事であると特大級の警報を鳴らす勘に従い、少女を放置して学校へと向かったのだった。

 かつてはそういうシチュエーションを想像して楽しんだ事もあったが、貴方はもはや厨二病患者ではなかった為、謎のボーイミーツガールよりも面倒事の回避を選択したのだった。

 

 言い訳としては、少女は人間の振りをしたエイリアンで油断させて拉致からの腑分け(キャトルミューティレーション)が目的かもしれない、という判断もあった。貴方はSFがちょっぴり好きだった。

 

 だからこそ、貴方は今日一日……というか、キュウリと再会してからこの時間まで、キュウリが頭のおかしいコスプレイヤーでもなければ、新手の詐欺師でもないと実は知ってて接していたのだ。何故ならば、光りながら何もない空から降って来る場面に居合わせていたから。

 貴方はキュウリの目的を聞く中で、盛大に慌て、是が非でも誤魔化し通さねばならないという決意の中で、不思議なひと時を過ごしていたのだった。

 

 貴方にとって誤算だったのは、キュウリが想定以上に()()()だった事であろうか。

 同級生のような畜生なら適当にあしらえても、本心から善良であったキュウリを絶望のどん底へと突き放す事は出来なかったのだ。要するに、貴方はキュウリに(ほだ)されていた。

 それはそれとして、キュウリの尋ね人が自分であると名乗るつもりはないが。

 

 件の災厄の神とやらを何とか出来る人間はもう一人居るらしいので、是非とも八十億人の中から見付けて出して欲しい。その為ならば、幾らか協力する事だって貴方は(やぶさ)かではなかった。とは言っても、そもそも再会する可能性があるのかも怪しいのだが。

 

 貴方は夜の闇へと向かい、少女の前途に幸あらんことを内心で祈るのだった。

 

 

 ……余談ではあるが、貴方はこの後すぐに、別れた少女キュウリと再会する。

 なんと、彼女は中年くらいの男性と大人の休憩所(ラブホテル)へと消える間際だった。聖女とはなんだったのか。箱入りとは、貴族とは……と貴方が盛大に混乱している内に、キュウリは休憩所へと消えた……訳ではなく、向こうも此方を見付けたようで、貴方へ近付き、話し掛けてきたのだ。

 キュウリが言うには、彼女の寝床の宛とは、実は()()()であったらしい。だが、彼女の想定外な事に、こっちの()()()とあっちの()()()では、家主の神が別だったのだ。

 これに慌てて途方に暮れていたキュウリへと、一人の男性が声を掛けてきたらしい。

 

 ──()()()かい?……と。

 

 親切な方が居て助かったわ!と喜ぶ彼女へと、貴方はにっこりと笑顔を浮かべた。

 そして、不埒な(援交オヤジ)へと買い物袋──実はキュウリとの会話中もずっと持っていた──を投げ付け、そのまま関節技を決めて、警察を呼んだのだった。

 貴方は冷たい性格ではあるし割と外道ではあった。だが、決して正義の心を持っていない訳ではなかったのだ。

 

 その後、警察が五分と待たずに到着し、貴方やキュウリは事情を説明。キュウリはどういう状況か分からない様子だったが、警官達はその様子で何かを察したらしかった。SOSを出す若者達を救うべく、彼等は修羅の如き性犯罪者許さないマンと化していた。

 ……一方で、警察がキュウリの身元照合を行った結果、キュウリは何故か貴方の家に長期滞在する留学生という事に()()()なっていた。この突然発生した事実に、既に今日一日で色々とあり過ぎた貴方にはもはや、真顔以外で浮かべられる表情を持ち合わせてはいないのだった。

 

 ちなみにだが、キュウリは予想通り、貴方の年下で普通に未成年であった。現代社会の闇の神は法の下、国家権力に連れられ、赤いランプと共に夜の闇へと消えて行ったのだった。

 

 ──神を倒すのは、何時の時代だって何処の世界だって、人間であるらしかった。

 

 閑話休題。




作者が書ける精一杯のコメディ。

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