世界救い終わったけど、記憶喪失の女の子ひろった   作:龍流

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死霊術師さんと魔王

「ほえ〜。でっかいですねぇ」

「でっかいでしょ?」

 

 赤髪ちゃんと一緒に、停泊した船の前までやってきた。この前戦ったゴーレムも大きかったが、アレは縦にでかかったのに対して、この船は横にもでかい。豪華客船、と言っても遜色ない大きさだ。

 その近くでは、例のドラゴンが海水で水浴びをしている。ぶるぶると体を震わせる様はむしろかわいらしいくらいで、子どもたちが喜んでいる。

 

「ドラゴンさんも、大人しいですね……」

「あの竜は、完全に死霊術師さんの管理下にあるからね。万に一つも、暴れ出したり、勝手に暴走する危険はないよ」

「それって、やっぱり死霊術師さんの……」

 

 

 

「勇者さまぁあああ!!」

 

 

 

 なにか、声が聞こえた。

 右からではない。左からではない。当然、下からであるはずがない。

 つまり、上である。

 おれは落ち着いてジュースのコップを地面に置き、足を大きく開いて腰を下げて重心を落とし、さらに両手を広げて落ちてくるそれをキャッチする姿勢を作った。

 

 

「おひさしぶりですッ!」

 

 

 そして、落ちてきたそれを、受け止める。

 

「……ひさしぶり」

「ああっ! 勇者さま! 勇者さまですわ!」

 

 見ての通り勇者さまですよ。そのきれいな瞳は飾りか?

 

「お会いしとうございました! お体は大丈夫ですか? お変わりはありませんか?」

 

 抱きとめた腕の中で、パーティーの中で最も豊満な体がうねうねと動く。頼むから目に毒なのでやめてほしい。

 

「おれは大丈夫だよ。死霊術師さんも、元気そうでよかった」

「ああっ……うれしいですうれしいです。そんなにわたくしのことを、ずっと想っていてくださったんですね!」

 

 相変わらず普通に会話すると、いろいろ抜け落ちる人である。まあ、パーティー入りしてからずっとこんな感じなのだが。

 

「とりあえず、空から落ちてくるのやめない?」

「申し訳ありません。船の窓から下まで迎えに来てくださっている勇者さまが見えたので、いてもたってもいられず……ですが、わたくしは信じておりました。勇者さまなら、必ず重力に引かれて落ちる哀れなわたくしを、地面とキスする前に受け止めてくださる、と」

「自分で落ちてるよね?」

 

 本当に話を聞かねぇなこの人。

 

「仕事は終わってるの?」

「いいえ。港についたばかりですもの。むしろ、ちっとも終わっていませんわ」

「だめじゃん」

「ええ。わたくしはダメな女です。ですが、勇者さまが近くにいるのに、勇者さまに会わないという選択肢は、わたくしの中にはございません! たとえ急ぎの仕事があったとしても、です!」

「ますますだめじゃん」

「ええ、ええ。わたくしはダメな女です……さあ、勇者さま、ダメダメなわたくしを、お叱りください」

「死霊術師さんって、基本的に打つよりも打たれる方が好きそうだよね」

「もちろんですわ」

「そこはせめて照れてほしい」

 

 会話がアダルトな方向に行きそうになったので、ちらりと赤髪ちゃんの方を見る。今までのメンバーとは全く異なるノリの死霊術師さんに、赤髪ちゃんはやはり固まってしまっていた。そりゃそうだ。

 

「赤髪ちゃん、悪いけどそこらへんで何か食べるもの買ってきてくれるかな? なんでもいいから」

「あ、えっと、はい!」

「あら、すいません。ありがとうございます」

 

 死霊術師さんはおれに抱きついたまま、走り去っていく赤髪ちゃんの背を眺めていた。いつまでも抱き止めているわけにはいかないので、地面に下ろして、代わりにさっき置いたジュースを拾う。

 

「あの子ですか」

「事情は?」

「もちろん、賢者さまから聞き及んでおりますわ」

「それはなにより」

「あの子と、二人でここまでいらしたんですか?」

「うん。道中、他のみんなのところに寄ったりはしたけど……あ、そういえばひさしぶりに、武闘家さんに会ったよ」

「あら、野垂れ死んでいなかったんですの。残念ですわ。わたくし、あの方はキライなので」

「えぇ……」

 

 元は敵とはいえ、最終的には一緒に世界を救った仲になったんだから、そんなに嫌わなくても……

 なんとも言えないので、困り顔のままジュースを口に運ぶ。

 

「勇者さま」

「ん?」

「勇者さまは、あの少女のことが好きなのですか?」

 

 ジュースを口から噴き出す、なんて。そんなお約束の反応ができれば良かったのだが、おれはその質問に真顔になった。

 

「ダメかな?」

「ええ、ダメです」

 

 肩が寄せられ、手が伸びて、素肌が触れる。そのぬるま湯のような体温に、おれは目を細めた。

 

「わたくし、嫉妬してしまいます」

 

 耳元で、囁きかけられた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 愛とは、どこまで醜いものなのだろう。

 

 リリアミラ・ギルデンスターンは、代々魔導師を輩出することで知られる良家の一人娘として、この世に生を受けた。親の愛情をたっぷりと受けて育ち、兄達は年の離れた妹をかわいがり、リリアミラは何一つの不自由なく、健やかに成長した。

 家同士の繋がりを強固にするため。あるいは、より恵まれた才能を持つ魔導師が生まれることに期待して。リリアミラには、幼少の頃から結婚することを定められた許嫁がいた。家柄にも才能にも恵まれた彼は、しかし決してそれをひけらかすことなく、優しく穏やかで、誰よりも静かにリリアミラのことを愛した。リリアミラも、そんな彼のことが大好きだった。

 

「わたくしは、あなたのことを愛しています」

「ぼくもだよ。かわいいリリア」

 

 ある日、彼が馬車に轢かれた。

 瀕死の重傷だった。足は千切れ、血があふれ、どんな治癒魔術をかけたところで間に合わないと、それを見た誰もが確信するほどの、致命的な外傷だった。

 あるいはもし、ここで彼が死んでいれば、リリアミラは普通の少女として一生を終えていたのかもしれない。だが、少女は心から愛する許嫁の死体を見て、泣き叫びもせず、錯乱するわけでもなく、ただひたすらに彼の治療を行うことを選択した。

 

「死なせません。絶対に」

 

 そして、死ぬはずだった彼は生き返った。

 

 奇跡だ。これが愛の力だ、と。誰もがリリアミラの治癒魔術を称賛した。祝福と称賛の中で、リリアミラと彼の愛は、ますます強固なものとなった。

 ギルデンスターン家の誇る、最高の医療魔術士が誕生した。その噂は街中を駆け巡り、この事件以降、リリアミラは治癒魔術のみを専門とする、医療魔術士としての道を歩み出す。

 しかし、リリアミラの治癒魔術の適正は、何故か恵まれたものではなかった。まったく適正がないわけではないが、精々が中の下といったところ。首を傾げた指導役の魔導師は、実験用のラットを使った指導の中で、少女の中に眠る特異な才能にようやく気がついた。

 

 一度は完全に死んだはずのラットが、息を吹き返したのだ。

 

「お嬢様の才能は、魔術ではありません。あれは『魔法』でございます」

 

 どんな天才魔導師が力を尽くそうと、研鑽を積み上げようと、その心身に刻まれなければ、絶対に手が届かない存在、魔法。

 ギルデンスターン家はじまって以来の『魔法使い』の誕生に、両親は狂喜した。兄達もその才能に嫉妬するわけではなく、心からリリアミラを称えた。なによりも、その特別な力に助けられた彼が、リリアミラの秘められた魔法に惚れ込んだ。

 

「きみの魔法は、ぼくの誇りだ。リリア」

「それはわたくしも同じです。わたくしは、はじめて使った魔法で愛する人を救えたことを、生涯の誇りとして生きていきますわ」

 

 リリアミラの成人を待って、結婚式の日取りが決まった。魔法の性質の研究と鍛錬も進み、日々が充実していた。それは間違いなく、リリアミラの生涯の中で、最も幸せな時間だった。

 その矢先に、彼が倒れた。今度は外傷ではない。当時、治療の方法が一切見つかっていなかった、不治の病。その難病に、少しずつ彼の体は冒されていたのだ。誰もが彼の回復を諦める中、しかし少女だけは、目の前で病と戦う愛する命を救うことを、諦めていなかった。

 

「死なせません。絶対に」

 

 一度は息を引き取ったはずの彼は、リリアミラが触れると、蘇った。

 奇跡だ。これが愛の力だ、と。誰もがリリアミラの魔法を賛美した。あの時と同じ、惜しみない祝福と称賛の中で、リリアミラと彼の愛は、ますます強固なものとなる……

 

「……ごほっ」

「え?」

 

 そのはず、だった。

 結論から言えば、リリアミラの魔法は、彼を蘇らせることはできても、救うことができるものではなかった。たしかに彼は蘇ったが、蘇った彼の体は蘇る前と変わらず病に冒されており、リリアミラの力で根治できるものではなかったのだ。

 

「死なせません。絶対に」

 

 それでもなお、リリアミラ・ギルデンスターンという少女は、諦めを知らなかった。

 彼が死ぬ度に、触れて治す。何度でも何度でも、たとえ何度死んだとしても、蘇らせる。並行して、病の原因を必死に探った。魔術だけではない。少しでも効果が期待できそうな薬草は大金を積んで取り寄せ、自ら調合して彼に飲ませた。常にベッドの横に座り、果物を切って食べさせ、楽しそうな本を持ってきては読み聞かせた。

 

「大丈夫ですわ」

 

 リリアミラは、必死に言い聞かせた。

 

「必ず、あなたは良くなります。だってわたくしは、あなたのことを愛していますもの。わたくしがいる限り、あなたは絶対に死にません。死なせません!」

「リリア……」

 

 固く抱擁を交わしている間は、安心できた。口吻を交わしている間だけは、安堵できた。

 たとえ、その間に弱りきった彼が死んでしまったとしても、リリアミラが触れていれば、彼は蘇ることができたからだ。

 リリアミラは、意志が強い少女だった。彼の肉親が病室に近づかなくなり、彼の存在が触れてはならないタブーになりつつあることがわかっていても、リリアミラは絶対に諦めなかった。

 故に、先に限界がきたのは彼女ではなく、彼の方だった。

 

「もういい」

「え?」

「もういいよ。リリア」

「どうしたの、あなた。今日はね、東方で評判の薬草を煎じてみて……」

「触れるなぁ!」

 

 病人のものとは思えない、怒号が響いた。リリアミラは驚いて、りんごを切っていた果物ナイフを取り落した。

 16年という人生の中で、怒鳴られたのは、はじめてだった。彼に拒絶されたのも、はじめてだった。

 

「ごほっ、げほっ……」

「……だめですわ。無理をしては」

「……すまない。怒鳴ってしまって」

 

 さっきの声がまるで嘘だったかのように、彼は体を丸め込んで咳き込んだ。その背中を、そっと触れて撫でる。骨と皮しかない、病人の体。それ以上に何か大切なものが抜け落ちているような、蘇った死人の体だった。

 

「リリア。一つ、お願いがあるんだ」

「なんでしょう? なんでも仰ってください。あなたの願うことなら、わたくしは必ず叶えてみせます!」

「ありがとう」

 

 およそ数ヶ月ぶりに、彼は心から安堵したやさしい笑みを浮かべて、

 

 

「ぼくを、殺してくれ」

 

 

 およそ数ヶ月ぶりに、彼女は彼の前で笑顔を保てなくなった。

 

「なにを、言っていますの……?」

「もう無理なんだ。こわいんだ。誰よりも、ぼく自身がわかっているんだ。この体は、もう治らない。蘇っても、生きることができない」

 

 両手で顔を覆って、彼の言葉は止まらない。

 

「ぼくはもう、死にたくない。何度も何度も、何度も……死にたくないんだ」

 

 愕然として、リリアミラは両手を見詰めた。

 がんばれば、報われると思っていた。諦めなければ、実ると思っていた。自分の『魔法』は、神に愛された奇跡の力だと思っていた。

 だが結局のところ、この力は、愛する人の命すら救えない。

 

「殺してくれ、リリアミラ」

「で、できません」

「ぼくの最後の願いだ。頼む」

「できません! 絶対に、いや!」

 

 彼の体が、ベッドの上からずり落ちる。

 まるで幼子のように、リリアミラはただ首を横に振って、床に膝をついた。

 

「……仕方ないな」

 

 果物ナイフがそこに落ちていることに、気がついたのは鮮血が吹き出したあとだった。

 

「あ、あ、ああああああ……!」

 

 彼にきっと似合う、と。せめて、病床でなるべく過ごしやすいように、と。選んだ服が、鮮血に染まっていく。

 病人とは思えないほどに力強く、彼は自分の首筋にナイフをあてがっていた。

 

「待って、待ってください。今……」

「やめ、ろ。来るな」

 

 彼は、即死できなかった。

 口の端からこぼれ落ちる血に溺れそうになりながら、それでもなお、彼はリリアミラを睨みつけ、言葉を紡いだ。

 

「もう二度と、ぼくに触るな」

 

 なぜだろう?

 どうしてだろう?

 こんなにも愛しているのに。こんなにも愛しているからこそ。

 自分は彼に、指一本。触れることすらできないのだ。

 

「お前、なんか……」

 

 聞いてはいけない、と思った。

 それを聞いてしまったら、何かが壊れてしまうという直感があった。

 しかし、リリアミラは目を見開いて、流れていく彼の血を見た。耳を手で塞がずに、彼の声を聞いた。

 

 それが、愛する人の最期の言葉だったから。

 

 

「お前なんか、愛さなければよかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリアミラの様子は?」

「あれはもう駄目ですな」

「食事は与えているのかね」

「どちらにせよ、もう表には出せないでしょう」

「なんということだ。死因は刃物だと聞いたぞ!」

「彼の家には、どう説明したものか……」

「一族の汚点になる! 末代までの恥だ!」

「どうせ治らなかったのだ。あちらも厄介払いができて清々しているに違いないさ」

「リリアミラが殺したのか?」

「自殺と聞いている。同情するよ」

「彼女が殺したようなものだろう」

「不幸だな。もっと早くに死んでおけば……」

「そもそも、人を蘇らせることが異常なのだ」

「あれは危険な魔法だ」

「だが、魔法であることに間違いはない」

「左様。使い道はあるだろう」

「彼女の血縁は?」

「構わん。両親と兄は殺せ」

「実験の邪魔になるからな」

「ああ。彼女は地下へ。くれぐれも、丁重に扱ってくれたまえ」

「魔法は身体から引き剥がせないのでは?」

「やってみなければわからないだろう」

「そういう意味では、彼女の身体はうってつけだよ」

 

 

 

 

 暗闇の中に囚われてから、時間を数えるのをやめた。何をされても、心は動かなくなった。

 親は死んだ。兄は死んだ。愛する人は、自分を恨んで死んだ。

 首と手足に鎖を繋がれ、様々な実験の対象になって、それでもなお、リリアミラは死ねなかった。

 

 いつしか、彼と同じ感情を抱くようになった。

 

 扉が開く。

 数ヶ月ぶりに見る光に、目が焼けそうになった。

 

「こんにちは」

 

 鈴の音を転がしたような、かわいらしい声だった。

 

「かわいそうに。こんなところに囚われて、辛かったわね。もう大丈夫よ」

 

 慈愛に満ちた、やさしい声だった。

 

「わたしが来たわ」

 

 すべてを見通すような、透明な声だった。

 

「……殺して」

「え?」

「わたくしを、殺してください」

「あら、あなた……死にたいの?」

 

 闇に慣れた目で、光の中に立つ彼女の顔を見ることはできなかったけれど、

 

「いいわよ。それならわたしが、あなたを殺してあげるわ」

 

 彼女が微笑んでいることは、不思議とわかった。




「自分は嫉妬している」と、自己申告するタイプのヤンデレが好きだという気付きを得ましたが、いやそれはヤンデレではないのではないか……?と悩んだり悩まなかったり。



今回の登場人物

・死霊術師さん
 本名、リリアミラ・ギルデンスターン。幸せで恵まれた人生を、たった一つの魔法の存在で粉々に砕かれた女。勇者が大好きだが、魔王のことも好きだった。

・勇者くん
 死霊術師さんがいつも人目を気にせず抱きついてくるので困っていたが、慣れた。

・パシリちゃん
 記憶喪失で赤髪。焼きそばかたこ焼きかお好み焼きにするかめちゃくちゃ悩んでいる。

・賢者ちゃん
 倒した悪魔を前にわりとマジメな話をしている最中に死霊術師さんが窓から飛び降りたため、ついに頭が狂ったかと思った。

・女騎士ちゃん
 倒した悪魔を前にわりとマジメな話をしている最中に死霊術師さんが窓から飛び降りたため、ついに頭が狂ったかと思った。




・魔王
 彼女の存在は、最初から人に知られているものではなかった。時間をかけて浸透し、広まり、恐怖される概念そのものに名前がついたものが、結果的に彼女であったと言われている。
 リリアミラにとっては、自分の魔法を利用しようとする人間よりも、気まぐれに手を差し伸べた彼女の方が優しかった。それだけのことである。

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