「勇者さん勇者さん! わたし、ドラゴンに乗るのはじめてです!」
「厳密に言えば、ドラゴンに乗るというよりも、ドラゴンが吊り下げている船に乗ってるんだけどね」
海水浴をたっぷり楽しみ、お土産をたくさん買い込んだ、その翌日。
おれと赤髪ちゃんは、空にいた。厳密に言えば、空を飛ぶ船の上にいた。今まで転送魔導陣でぽんぽんと自由に移動してきたが、あれはどこにでもあるものではない。この街から移動するには、またそれなりにお金と時間がかかる。そんなわけで、死霊術師さんの「せっかくですから、わたくしの船に乗って空の旅を楽しんでくださいな」というご好意に甘えて、そのまま船に乗り込んで移動することになった。部屋まで用意してもらって、ほんとにありがてえありがてえ。
「すごいですすごいです! 雲が下にあります!」
「ドラゴンの飛行能力はモンスターの中でも随一……というか、これ以上のサイズで飛行できる魔物は理論上存在しないからなぁ」
死霊術師さんは魔王軍からパクったドラゴンを十匹ほどサクッと蘇生して使役して、空輸をメインに莫大な利益を得ている。が、最近は空輸だけでなく、空中運行船を使った観光業にも精を出しているとかなんとか。たしかに、普通の人は空を飛ぶ経験なんて中々できないので、これは人気が出そうだ。事実、赤髪ちゃんも窓際から離れずに、すっかり外の景色に夢中だ。
この調子なら、しばらく一人にしても大丈夫だろう。
「じゃあ、おれはちょっとみんなと話してくるよ」
「あの、勇者さん」
「ん?」
「それ、わたしについてのお話、ですよね……?」
やはり、というべきか。赤髪ちゃんはのほほんとしているようで、察しがいい。
「うん。今のところは問題ないけど、赤髪ちゃんが狙われてるのは間違いないからね。それについての相談」
悪魔が云々、という話はする必要もないので伏せておく。
「すいません。わたし、ご迷惑ですよね。勇者さんのことも、みなさんのことも、危険に晒して……」
「はいはい。謝るの禁止」
それより先を言われる前に、言葉を押し留める。
「そんなに心配しなくても大丈夫。自分で言うのもおかしな話だけど、こう見えてもおれ、世界を救った勇者だからさ」
盗賊に追われ、あちこちに転送され、ゴーレムにまた追われ……大変なことも多い旅だったが、それよりもおれは、赤髪ちゃんと一緒に過ごす時間の中で、ワクワクして、楽しいことの方がずっと多かった。
「女の子を一人、助けることくらい、どうってことないよ」
だからちょっとくらい、かっこつけてもいいだろう。
『女の子を一人、助けることくらい、どうってことないよ』
「おーおー。勇者さん、かっこいいですねぇ」
『女の子を一人、助けることくらい、どうってことないよ』
「どうってことない、だって。これ勇者くん、めちゃくちゃかっこつけてるよね」
『女の子を一人、助けることくらい、どうってことないよ』
「はぁ〜、勇者さまはやはり素敵ですわ〜!」
ダメでした。
「やめてくださいゆるしてくださいおねがいしますなんでもしますから」
床に膝をついて、頭をこすりつける。
会議室に来たら、おれのさっきの言葉が録音され、大音量で繰り返し再生されて、パーティーメンバーに聞かれていました。なんだよこれおかしいだろ即死呪文だろ。
「ていうか、なんでおれの声拾われてるの? この船の客室、もしかして安普請なの? 見掛け倒しなの?」
「あら、失礼ですわね。勇者さまたちに用立てたお部屋は、最高級のスイートルーム。防音性能にも拘っていますから、激しく夜の営みをしてもなんの問題もありませんわ」
「私が仕込んだ魔力マーカーのおかげです。これだけ近くにいれば、声くらい簡単に拾えます」
「おれのプライバシー!」
絶叫して拳を床に叩きつける。が、そんなおれの慟哭を無視して、賢者ちゃんはおれに椅子をすすめた。はいはい、さっさと着席しますよ。
「さて、揃いましたね」
「うん、揃ったね」
「ええ、揃いましたわね」
今後の方針を話し合おう、ということで。
死霊術師さんが用意してくれた会議室には、懐かしい顔ぶれが勢揃いしていた。
「いや、師匠がいないんだけど」
「あの人は最初から頭数に入れてません」
「どこにいるかわからないしね〜」
「繰り返しになりますが、わたくしはあの方がキライです」
師匠の、扱いが、ひどい!
とはいえ、あの人は本当にいつもふらふらしているので、仕方のないところはあるんだけど。
「それで、何かわかったことは?」
「すでに勇者さんも気づいていると思うのですが、あの子は明らかに上級悪魔に付け狙われています。まず私が、最初の一体に王都で接触。殺しました」
「で、次にうちの領地に二体が来たから、迎撃したよ」
「わたくしは三体倒しました。わたくしの勝ちですわね」
「は? 最初に倒したのは私なんですが?」
「単純に接触してから倒すまでの時間なら、あたしが一番早いと思うよ」
「お二人とも、見苦しいですわね。数に勝る実績はないでしょうに」
「競争してんの?」
思わずツッコむ。
さらっと言い争っているが、本来、上級悪魔というのはそれ単体で街に甚大な被害をもたらす災害のようなものである。討伐のために、騎士団の団長、副団長クラスが出張るレベルだ。少なくとも、倒した数やスピードを競って勝負するような敵ではない。
「この短期間で、上級悪魔が六体。明らかに、異常な数です」
「しかも、どの悪魔もあたし達の『魔法』の性質を知らなかった」
「だから、取るに足らない雑魚だった、とも言えるのですが」
三人が口々に言った意見に、軽く頷く。
「ただ、いくら雑魚でも悪魔は悪魔。無視はできないよ」
「それについては、私も同意見です。あの子を連れ歩くことで、ほいほいと悪魔を引き寄せるわけにもいきません。勇者さん達が滞在した場所に迷惑がかかります」
「それもそうだ」
「あのぉ……賢者さん? うちのお屋敷、それで全壊しているんですけど?」
顔は笑顔のままだが、騎士ちゃんが持っているマグカップのコーヒーが、目に見えて沸騰する。
マジか、お屋敷全壊しちゃったのか……それは本当に悪いことしたな。騎士ちゃんに謝ることがまた増えちまった。
「人的被害をゼロで撃退したのは、流石という他ありませんね。私の見立て通りでした」
「素知らぬ顔でほんとよく言う……こっちに悪魔の処理を押しつけたくせに」
「おや、そんな風に皮肉を言われると残念ですね。修繕費はこちらで出すつもりだったんですが」
「うん! ちょうど建て替えたかったんだよね!」
騎士ちゃん、変わり身が早すぎる。それでいいのかお姫様。
ごほん、と賢者ちゃんが咳払いを一つ。
「そんなわけで、騎士さんの時のように物理的な被害を出すのを避けるために、彼女の身柄の安全を確保できる場所として、この船を選んだというわけです」
たしかに、空の上なら襲撃の確率はぐっと減る。何せ、船を牽引しているのが最大級のモンスターであるドラゴンだ。そこらへんの騎士に護衛を頼むよりも、数百倍安全である。
「仮になんらかの手段で空中のこの船を襲撃されたとしても、死霊術師さんに被害が出るだけで済みますからね」
「あらあら、その口ぶりだとわたくしの会社に物理的な被害が出るのは構わない、と言っているように聞こえますわ」
「その通りです。しかも、死霊術師さんの魔法なら人的被害が出ても安心ですよ」
「遠回しにわたくしに死ねと仰る?」
「あなた絶対に死なないじゃないですか」
剣呑な視線が、ねっとりと絡み合う。うちのパーティーは仲良し! 仲良しです! 本当です!
喧嘩になると面倒なのでおれが止めようかとも思ったが、それより早く騎士ちゃんが仲裁に入る。
「でも、死霊術師さん、よく引き受けてくれたよね。襲われるかもしれないのに」
「まあ、あの程度の悪魔なら、わたくし達が揃っていれば迎撃は可能ですし」
口元に手をあてて、死霊術師さんは余裕綽々といった様子で微笑む。
「それに、わたくしもあの子のことは気に入っております。かわいいじゃありませんか。大事にしてあげたいでしょう?」
「そうだね。それについては同意、かな」
「べつに私はあの子がどうなろうとどうでもいいですが、勇者さんがここまで気にかけているなら、仕方ないですね」
「またまた〜、賢者さまもなんだかんだで気にしてるくせにー」
「素直じゃないですわね」
「だぁー!? 頭撫でないでください! 髪が乱れる!」
「いつもフード被ってるんだからべつにいいじゃん」
「そういう問題じゃねぇんですよ!」
うん。本当に、昔に戻ったみたいでなによりだ。
話し合いの結果、当面はこの船で赤髪ちゃんを匿いつつ、敵の出方を伺う、ということになった。立ち上がって扉を開けたところで、死霊術師さんに声をかける。
「死霊術師さん」
「はい?」
「申し訳ない。迷惑をかける」
「勇者さまが謝られることは何もありませんわ。あの子を助けてあげたいと、そうお思いになったのでしょう?」
「うん」
「ならば、お心のままに。成したいことをなさってくださいませ。今は一般の乗客も乗せていますが、次の寄港地で関係者以外は降ろします。危険があっては困りますので」
死霊術師さんの有能さは、こういう時に際立つ。配慮が行き届いていて、もうマジで頭を下げるくらいしかおれにはできることがない。
では、と去っていく白いローブの背中を見送っていると、後ろから服の袖を引っ張られた。
「あたしに、なにか言うことは?」
女騎士ちゃんである。
「……いろいろ、ごめん」
「いろいろ、とは?」
「おれたちをあの場から逃してくれたこと、屋敷を壊しちゃったこと、自分の領地を留守にして、こんなところまで来てくれたこと」
「それから?」
「……あー」
気まずいな、と思う。しかし、誤魔化すつもりはない。
──あたしの名前は忘れたのに、あの子の名前は気になるんだ?
碧色のきれいな目を正面から見て、逸らさずに謝罪する。
「……名前のこと、ごめん」
「うむ。よろしい」
「お姫様かな?」
「お姫様ですが?」
お姫様でしたね……
特に騎士ちゃんは、人と話すのが好きなお姫様だ。言葉を交わしていると、表情も自然とやわらかくなる。
「うそうそ。あれは、あたしも悪かったよ。自分が助けようとしてる女の子だもん。名前が気になるのは当然だよね」
「そう言ってもらえると、助かる。ごめん」
「だから、もういいよ。それよりも、勇者くん」
くるり、と。
その場で騎士ちゃんが回る。金髪と、白のワンピースが、花びらのように舞って広がった。
「あたしに、何か言うことは?」
「はい。とてもよく似合っています。お姫様」
「うむうむ。よろしい」
にしゃり、と。騎士ちゃんが笑う。
向日葵みたいなその笑顔は、全然お姫様らしくはなかったけど、やっぱりこの子にはこういう顔で笑っていてほしいな、とおれは思う。小っ恥ずかしくてとても口には出せないけど。
「さて……」
今にもステップを踏み出しそうな、軽やかな足取りのお姫様を見送る。そのまま、素知らぬ顔で横を通り過ぎようとしている小さな黒いフードを、おれは片手で引っ剥がした。
「わー、なにするんですかー」
「棒読みやめろ。何も言わんでもわかってるくせに」
中に隠れていた銀髪がこぼれ出て、不健康なほどに白い肌が露わになる。賢者ちゃんは、乱れた髪の毛を整えながら、上目遣いにおれを見た。
「なんのことだか、さっぱりです。私、何か勇者さんに怒られるようなこと、しちゃいましたか?」
「魔力マーカー、もういらないでしょ。剥がして」
「ちっ……」
かわいい顔で舌打ちをするな!
「一応、勇者さんにはわからないように仕込んだつもりだったんですけどね、これ」
「それはおれを舐めすぎ。何年一緒に旅してたと思ってんだ」
「うぅむ……次は誰にも気づかれないように改良しておきます」
「しなくていい」
おれだってプライベートは守りたいんだよ。
「何回も確認することになって悪いんだけど、何かわかった?」
「残念ながら何もわかってないですね。ここにいる私と並行して、かなりの人数を調査に割いているのですが……」
「襲われたりはしてない? 大丈夫?」
いくら増えることができるとはいえ、おれの知らないところで賢者ちゃんが襲われているのは、なんというか心苦しい。
そんな質問が飛んでくるとは思っていなかったのか、賢者ちゃんは何回か目をぱちくりさせて、それから「むふー」と息を吐いた。なんだコイツ。
「心配はご無用ですよ。私は正体不明の敵に襲われてすぐ死ぬようなヘマはしません」
「じゃあ王都の悪魔も普通に倒したの?」
「いえ、一人死にましたけど」
「一人死んでるじゃん!」
「でも、死霊術師さんもさっき、悪魔を尋問してる時に死んでましたよ?」
「あの人は厳密に言えば死んでないから死んでもいいんだよ!」
いや、よくはないけど。うちのパーティーメンバーの倫理観がおかしい。
片手で頭を抱えながら、片手を賢者ちゃんに差し出す。杖すらも使わず、指の一振りで手のひらに刻印されていた魔術マーキングは解けた。
「……また腕あげたなぁ」
「励んでますから」
ない胸を張っているので、よしよしと頭を軽く叩いて撫でる。
「む。そういえば」
「何かあった?」
「私を襲った悪魔は、魔封じの呪符を使ってました。それも、結構強力なやつです」
「呪符、か」
貴重な情報であることに間違いはないけど、それだけで悪魔たちの正体や狙いを推し量れるものではない。
「とにかく、調査は続けます」
「わかった。無理はせずに気をつけて」
「うちのパーティー、勇者さんのために無理をする人しかいませんよ?」
「ありがたいけど、困るなぁ」
本当に、俺は仲間に恵まれていると思う。
いかにも広い船らしい、細く長い廊下を、ぼんやりと歩く。
やれることは、やっているつもりだ。賢者ちゃんも騎士ちゃんも、意外なことに死霊術師さんも、赤髪ちゃんのためにとてもがんばってくれている。だが、根本的な解決に繋がっているわけではない。さっきも当たり前のように流してしまったが、悪魔と戦うのは当然、命の危険を伴う行為なわけで。
おれは、あの子を助けたいという自分のわがままで、仲間を危険に晒してしまっている。なにより、彼女達の強さに甘えてしまっている。
「あ、勇者さまだ!」
「勇者さま!」
いつの間に下を向いていたのか。唐突にふってきた、明るく元気な二つの声に顔をあげた。
「おお! 少年少女じゃん!」
目の前には、かわいらしい笑顔がワンセット。利発そうな男の子と、勝ち気な女の子が一人ずつ。おれが住んでいる街で仲良くしている少年少女……赤髪ちゃんを拾った時に一緒にいた、あの男の子と女の子である。
「なんでここに……」
いるんだ、と言いかけて、死霊術師さんが言っていたことを思い出す。
「お父さんがねー、商店の福引きでこのお船のチケット当ててくれたんだ!」
「すごいでしょ!」
「ははっ、なるほど。そりゃたしかにすごい」
そういえば、一般の乗客も乗ってるって言ってたもんな。
死霊術師さん、本当に商魂逞しいというか、如才ないというか、実にしっかりしている。こういうラッキーな家族から空を行く船の評判が広まれば、自分も乗ってみたい、というお客さんも増えるだろう。一時期は魔王軍の資金面の管理をしていたのは伊達ではないのか、商売に関しては本当に手抜かりというものがない。
「勇者さまも、しばらくお家いなかったけど……」
「わたしたちと同じで、旅行してたの?」
「ああ、そんな感じ。あのお姉ちゃんも一緒だよ」
「お姉ちゃんもこのお船乗ってるの!?」
「勇者さま、もしかして新婚旅行!?」
「はっはっは。全然違うぞ」
まったくこれだから最近のマセガキは。
立っているとどうしても見下ろしてしまう形になってしまうので、おれは膝を折って二人に目線を合わせた。
「ほら、あのお姉ちゃん、自分のこと何も覚えてなかっただろ? だから、自分のことを思い出すお手伝いができればいいなって考えてたんだけど」
「だめだったの?」
「そうだなぁ」
まったくこれだから最近の素直な子どもは。
思ったことをはっきり言ってくれるぜ。
「でも、わかったこともたくさんあったよ」
言い訳かもしれない、と自分でも思ったが。
「まず、赤髪のお姉ちゃんはとてもよく食べる。見ているこっちが楽しくなってくるくらいに、よく食べる」
「たくさん食べるのえらいって、お母さんが言ってた!」
「うんうん。そうだな」
なんとなく、子どもたちの顔を見ながら、言葉を止める気にはならなかった。
ある意味、子どもたちだからこそ、話しやすかったというのもあるかもしれない。一つずつ、赤髪ちゃんのことを思い出しながら、二人に語る。
「乗り物とかには、ちょっと酔いやすかったかな。苦手なのかもしれない」
これから、一緒に船に乗ることなどがあったら、気をつけてあげたい。
「地頭は良くて、でも意外と抜けてるところがあって。わりと、人のことはよく見ていて。口調は丁寧でも、言いたいことや聞きたいことはハッキリ口に出すタイプで」
でも、そういうちょっと押しが強いところは、おれは案外嫌いではなかったりする。
「動物が好きで、優しかった。海が好きで、空も好きだった。さっきも、窓の側から離れなかったよ」
「わたしたちと同じだー!」
「同じ〜!」
「そうだなぁ……同じかもな」
師匠も言っていた。赤髪ちゃんは、まだ子どもだと。
見た目はこの子たちよりもずっと大きいけど、赤髪ちゃんにはまだまだ知らないことがたくさんあって。だから新しいものを見る度に、あんなに目を輝かせて喜んで。
そんなかわいい女の子のために、おれは何ができるのだろう?
「勇者さまは、お姉ちゃんのこと、たすけてあげたいの?」
やはり、子どもは鋭い。
まるでおれの心の中を読んだかのように、男の子が聞く。
「うん。なるべく助けてあげたいって思うよ」
「勇者さまは、お姉ちゃんのこと、好きなの?」
女の子が目を輝かせて、おれの手を握る。
「そういう聞き方をされると、照れるな」
「照れちゃダメだよ! 勇者さまはすごいよ!」
「ね! はじめて会った、全然知らないお姉ちゃんのことを助けようとするなんて、普通の人にはできないよ」
「そうかな?」
「そうだよ!」
「勇者さまは、やっぱり勇者さまなんだよ!」
「だからやっぱり、傲慢だね」
その一言で。
何かが、致命的にズレる音がした。
「あ?」
振り払う。立ち上がる。離れる。後退る。
それらの動作を考えず、脊髄の反射だけで行った。自然と飛び退いて、子どもたちから距離を取った。
「あ、よかった」
「やっと気がついた?」
「……お前ら、
自分でも、驚くほど低い声が漏れた。
それを絞り出すのが、やっとだったと言った方がいいかもしれない。
「わたしたちは、わたしたちだよ」
「そう。ぼくたちはぼくたち」
「勇者さまと、ずーっと一緒にいたもんね」
「いつも遊んでもらってたもんね」
顔を見合わせて、くすくすと笑う声が、廊下に響いて満ちる。
おれと、子どもの形をしたソレ以外。廊下には、誰一人として他の人間はいなかった。忽然と消えていた。
「質問に答えろ」
「わたしたちの、正体?」
「もうなんとなく、わかっているくせに」
翼が生えたわけではない。牙がぎらついているわけでもなく、肉を引き裂くための鋭い爪が見受けられるわけでもない。
そんなわかりやすいバケモノの記号があれば、どんなに楽だろう、と思えた。
悪魔の中でも、
「それにしても勇者さま、助けたい、なんてよく言えるよね!」
「そうだよね。ぼくたちがいなかったら、お姉ちゃんと出会うことすらできなかったのにね!」
「あの日、勇者さまを遊びに誘ったのは、誰だったかな?」
「あの日、勇者さまにお姉ちゃんのことを教えてあげたのは、誰だったかな?」
ああ、そうだ。
そもそも、おれがあんなにも都合良く、彼女を助けられたのがおかしかった。
おれがあの子を拾ったのは。あの子に出会って、手を差し伸べたのは……
──勇者さま、こっちきて! みてみて!
──なんかあっちからお馬さんが来るよ?
──勇者さま
──勇者さま
「
きっと最初から、運命などではなかった。