気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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芦名峠ダウンヒルタイムアタック『シマカゼタービンVSスカイラインGT-R・BCNR33(首都高カスタム)』

自重とか種族とかいろいろかなぐり捨てた、好きなことを好きにやってる狂った世界をお楽しみください。

多くの感想と誤字報告、ありがとうございます!






第9話

 

 

スタート地点になる2車線道路に栗毛の馬であるシマカゼタービンとライトグレーのスカイラインR33が横並びに並ぶ。

それを敏則は近くのガードレールに寄りかかりながら眺めていた。

 

「シマカゼのヤツ、どう走るつもりかね」

 

「さてね、おっちゃんこそ随分と熱心に教えてたじゃねぇの?」

 

「当たり前よぉ、あいつは俺たちの仲間だからな」

 

敏則はこの峠のR34乗りの照れくさそうな笑みを横目で見る。彼がここにいるのはひとえに、シマカゼタービンを応援するためだ。

 

「正直厳しいと思うぜ、相手が相手だ。車の相性が峠に悪くてもドライバーはガチのベテランだからな」

 

「相性最悪のR33を完全にものにして走ってたからな、俺も惚れ惚れするくらい腕がいい」

 

この男がそこまで言うならそれこそ最高のR乗りと言える、芦名山のR乗りでもトップのこの男が太鼓判を押すのだから。

 

「だがうちらのシマカゼはここがホームコースだ、地の利はこっちにある。あとはそこをどう生かせるかだ」

 

「馬力じゃ勝ち目がない、スピードも負けてる、体力だって後になればなるほどきつくなる」

 

勝てる要素がない、それはいつものことだ。でもそれでシマカゼタービンはずっと戦ってきた、負けて負けて負け続け、そして勝って勝って勝ってきた。

負けは勝ちよりもはるかに多い、でも勝つのだ。あいつは車相手に勝ちをいくつももぎ取ってきた馬なのだから。

 

「いつもワクワクするよな、あいつのバトルは。いっつも期待しちまう」

 

「そういう馬なんだよ。だからこうしてみんな見に来る、今日は勝つかも、ってな」

 

そういうところは血筋なのかもしれない。シマカゼタービンにはそういう応援したくなる何かを感じる人は多いのだ。

かつてのツインターボを知る競馬ファンがここを訪れたときもある、そしてシマカゼタービンの走りに彼を見て、次第にシマカゼ自身を応援するようになる。

何よりこれはただの公道レースでお金は動かない、勝手に来て勝手に楽しむ主役も観客も自己責任の場だ。

だから誰もがただ勝負をしに、応援して見届けるために来る、ただ純粋に夢を求めてやってくる。

R33とシマカゼタービンの周囲から人気が去り、両者の前に良助が立って右手を振り上げる。

 

「始めるぞ!準備はいいな!!」

 

良助の号令に周囲のざわめきが消える、この場の全員が固唾を飲んだ。

 

「カウント、5!!」

 

シマカゼタービンが蹄を鳴らす、R33がそれに応えるようにエンジンを吹かす。

 

「4!」

 

いつもこのカウントを聞くと身が引き締まる。

 

「3!」

 

自分が走るわけではないのに、ワクワクが胸から湧き出てくる。

 

「2!1!!GO!!!」

 

良助が腕を振り下ろす。その瞬間、両者が一気に良助の脇を突き抜けて飛び出した。

先行はやはりR33だ、だがその前に敏則はシマカゼタービンのスタートダッシュに舌を巻いた。

以前よりもはるかに早く、正確に足を踏み込んで理想的なスタートダッシュを決めてR33の立ち上がりについて行ったのだ。

あの動きの元はおそらくディープインパクトのスタートダッシュ、それを自分なりにアレンジして身に付けてきたのだろう。

あいつはまだまだ強くなるのか、面白いことになってきたぞ。敏則はわくわくしながら峠の道を駆けていくシマカゼタービンの後姿を見送って、その後ろを追走する見慣れた車に目を見開いた。

 

「ハチロク!?親父のヤツ、追走する気だ!」

 

「嘘だろ!?親父さんずりぃ!!」

 

やりやがったなあの親父、昔から何も変わっちゃいねぇ。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

〈兄貴、本当にやる気なのか?あいつはイカレてるぜ〉

 

先ほど降りた弟の言葉が脳裏に過る。弟は自分を気遣っている、その優しさがうれしいと同時に少し鬱陶しく思えた。

 

「俺が仕掛けたバトルだ、今更逃げられねぇよ」

 

〈解ってる、だが兄貴は峠の事まだわかり切ってないだろ?怖いぜ、その車じゃ〉

 

弟は自分のR33の事はよく知っている、戦闘力もその傾向もだ。だからこそ、彼は感じて素直に忠告してくれている。

 

「俺にはこれが一番なんだ、不甲斐ない走りはしねぇさ」

 

スタートの合図と同時にアクセルを踏み込む。R33のエンジンは快調だ、それこそいつもより良く回ってるとすら思えるほどに。

タイヤの食いつきもだいぶこなれてきた、ステアリングのキレもいつも通り、自分は全力を出して挑んでいける。

 

「食いついてきた?いいスタートだ」

 

スタートと同時にちらりと見たバックミラーにはあの栗毛の馬がしっかりと追走してきているのが見える。

後ろには時代遅れのスプリンタートレノAE86、距離を空けて追走してるのを見るとあの馬の主が追いかけてきてるといったところだろう。

自分の馬の雄姿だ、見たいに決まってる。自分も馬主ならそうしただろうと彼には理解できた。

だからアレはギャラリー、敵ではない。今日の敵はやはりあの馬、シマカゼタービンだ。彼はコーナーをグリップ走行でインベタを突き抜けながら後ろを見る。

 

(マジかよ、こいつは本物だ)

 

食らいついてきてやがる、それも馬なのに馬体が横に向いている。このキツイコーナーで蹄鉄が滑っている、それを車のようなドリフトで対応しているように見える。

だがそれだけが驚くべき点ではない、シマカゼタービンの馬体がゆっくりとだが接近してきているのだ。

あいつのラインは自分のさらにイン、普通ならあり得ない僅かな隙間を通るライン。初っ端から抜くつもりだ。

 

「この車間でも抜きに来るのか、並みの度胸じゃねぇな」

 

ハンドルをさらに深く回し、車体をさらにインコースに寄せながらアクセルを踏んで速度を上げる。

するとシマカゼタービンはすぐに速度を緩めて車間を少し開ける、様子見の体勢だ。

外から抜くような余裕は相手にはない、つまりこの先は馬の体では通れない程のインコース運転を強いられるということだ。

 

(一気に吹かしたわけじゃないにしても、車の加速にしっかりついてきてる)

 

コーナーを抜けながらバックミラーを見ると、必ずシマカゼタービンの姿とライトが映っている。

通常は450馬力、それを無視してフルで回せば500馬力の超高出力チューンのエンジンを持つR33の加速力はここでは使いづらい。

今も本気では回さずアクセルは踏み込んでいない、それでも普通の馬ならばすでに千切っているはず。なのにコーナーをもう3つ抜けているのに後ろにいる。

アスファルトの下り坂を駆け下るだけでも普通の馬ならば大きなダメージになるはずなのに、まったく気にもせず踏み込んでいく。

もうすでに時速100㎞で飛ばしてる、コーナーではブレーキングで速度を落としているにしても馬の足では到底無理なはずだ。

なのに奴はついてくる、こちらはブレーキング速度を落としているグリップ走行のカーブに速度を落とさずにコーナーに突っ込んで食らいついてきているのだ。

 

(こっちのタイヤは滑りやすくて苦労してるってのに、あっちは踏み込みがいい。地元の強みか)

 

普段から走っている首都高の高速道路では見られない路面コンディションの悪さは、自分のR33の足にまとわりついていた。

対策としてグリップの利く高グレードタイヤに履き替えているのに、走り出してみればそんなものは全くの誤差だと気づかされた。

不用意に踏みすぎればタイヤの空転は免れないし、ハンドリングのミスは不用意な消耗を招く。

ABSを効かせたブレーキングは確実なラインを自分に作ってくれているが、一瞬でもタイヤが路面をつかみ損ねればそれこそクラッシュの可能性が出てくる。

仮にクラッシュは免れても、後ろのシマカゼタービンがその隙をついて前に出るだろう。前に出られたらどうなるか、そこが想像できない。

 

(不用意に踏めない、低速域だと車体が重いってのにな。この差が弟を事故らせた一因か)

 

これが首都高の湾岸線ならば思い切りエンジンを吹かして速度に乗せて車体をかばえるが、ここではそうもいかない。

速度を上げすぎれば次のコーナーで曲がり切れない、しかも車が暴れて余計に気を遣う。かといって遅すぎれば馬に負ける。

あの馬は確実に時速100㎞を出せる足がある、立ち上がりでは車に負けるが速度に乗ったまま迫られれば、コーナーでは抜きに来ることもできるのはさっき分かったばかりだ。

 

(なるほど、この加減が難しい。先生だのと言われるわけだぜ、あいつは俺よりも完璧にこの道を掴んでる)

 

踏みすぎれば速度が出過ぎる、もたつけば馬が前に出る。馬の足だからこそある即応性と走行能力、車にはない特性が峠を走る上で光るのだ。

それはドライバーの技術が上達して車の性能を引き出せるようになればすぐに埋まってしまうもの、だがそれができなければこの峠の走り屋はこの馬の尻を追いかけることになる。

このコースでは馬に抜かれないインコースの抜け方を初心者の頃に叩き込まれる、つまり曲がり方と制御性を培われるということ。

峠の走り方を覚える初心者のアグレッサーとして、この馬は最適な相手と言えるのだ。

 

(こりゃ、タフなバトルになりそうだ)

 

そしてそんな初心者相手の先生は今、自分の尻を追いかけて本気で迫っている。思わず笑みがこぼれた、おかしくて仕方がない、こんなにも興奮しているのだから。

首都高にはないこのびりびり来るスリル。それも相手は車ではなくて馬、だがあいつは確実に一級品の走り屋だ。

最初から自分に仕掛けてくる思い切りの良さ、勝負への執着、何を企んでるかわからない駆け引き、後ろから聞こえる蹄の足音が奇妙で恐ろしく聞こえて刺激してくる。

背筋にビンビン伝わってくる、恐怖?いや、これは武者震いだ。

 

(いいね、最初から乗せてくる奴は向こうにもいなかった。良い馬だぜお前は)

 

舐めてかからないで正解だ、こいつは並みの走り屋小僧なんかへでもないスキルと技術を持つイカれたヤツに違いない。

何をどうすればこんな馬に育つのかなんて皆目見当もつかないが言えるのはただ一つ。

 

「ついてこれるか、俺のRに!」

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

大竹には目の前の光景がいまだに信じがたかった。シマカゼタービンが一頭で本当にレースを行っている、そしてR33に本当に食らいついている。

シマカゼタービンがレースの時は騎手を乗せないというのは茂三から聞いてはいたが、それでも現実に目にしてみるとあまりにも現実離れしていた。

だがその足運び、レースのやり方、その後ろ姿はまさしくシマカゼタービンの走りそのものだ。

たった一頭で、自分の頭で完璧にこの峠のレースを考えて走っていることに他ならない。普通ではありえないことが、目の前で起きている。

大竹は思わず震えが来た腕を抑え込んだ、こんな頭のいい馬はこれまで見たことがなかった。あり得るはずがない馬が目の前を走っているのだ。

 

「いい腕だな、あの33。シマカゼの抜きにすぐに対応してきてる、あのデカい巨体できっちり詰めるのはそうそうできるもんじゃないぞ」

 

「そんなにいいドライバーなんですか?私にはすごいとしか…」

 

「あのR33は首都高カスタムのヘビータイプ、馬力も全力なら500は出せるチューンだろうな。だがこの峠じゃいささか重すぎる。

エンジン出力は過剰、装備も無駄、足回りもピーキー、普通の走り屋が飛ばせば一気に操縦不能で谷底、ここではそういう味付けのじゃじゃ馬だ。

それをきっちり制御して攻め込んでる、自分の相棒を完璧に理解した上でコースの違いも頭に叩き込んできてんだ、やる奴だ」

 

そういう茂三はその激しい競り合いの後ろにしっかりと安全マージンを取りながら、大竹の撮影を配慮してAE86を付けている。

それだけ大竹にも茂三の運転テクニックが恐ろしく卓越したものだとわかった。一瞬で切り替わるシフトレバーが全く見えないし、ブレーキングとアクセルの踏み込みはけた違いに早い。

この勾配が強く右に左にとコーナーで揺られる車体を完全に制御して後ろの特等席を維持し続けているのだ。

 

(こんなうまい人にそういわれる相手にシマカゼは一頭で食いついてるのか)

 

自分で考え、自分でレースプランニングを行う馬、それはまるで人にレースを教えたと言われたかのシンボリルドルフか。

それとも世紀末覇王と言われたテイエムオペラオーか、幾重もの強豪たちの姿が大竹は脳裏に過るがピタリと彼の姿が嵌った。

今は北海道にいる彼、今の自分になる土台を作ってくれた相棒。ダメだというのに、また重なる。

 

「あっ…」

 

コーナーを曲がる、インベタグリップと言われた走法で抜けるR33の減速に対してシマカゼタービンは減速せずにコーナーに入り、尻が横に流れて馬体が横になる。

 

(これがあの時見せたドリフトの本当の姿!なんて足だ、アスファルトを蹄鉄で滑ってるのか!?)

 

足の動きはけた違いに早く、それでいて正確だ。体の動きを止めない、速度を止めない、あくまで稼いだ推力を制御するための足運び。

足使いはバラバラに動き、一つ一つの足が『走る』ために考えているかのように動いている。その足運びがシマカゼタービンをドリフトさせているのだ。

芝の上で見せたあのドリフト走行も見事だったが、この坂で速度が乗った本気のドリフトと比べると劣ってしまう。

 

(まるで違う、ターフの上の走りとはまるで、全然違うじゃないか)

 

曲がりのキツイコーナーは右に左にと尻を振って、自由自在にドリフトで走りを制御するシマカゼの姿はまるで別の馬だ。

前のシマカゼを追うようにAE86も同じようにドリフトでシマカゼタービンのラインを追うように抜ける。

強烈な感じたことのない横Gに、大竹は必死でこらえながらカメラをバトルから離さない。そのAE86の傾きに大竹はピンときた。

 

「シマカゼタービンの動きは、あなたの動きと同じ?」

 

「そうだとも、良い動きしてるだろ?完全にモノにしたんだよ、あいつは」

 

茂三はくつくつと笑う。

 

「新馬戦前からあいつはここを走ってた、仔馬の時からあいつを乗せてここを下った。俺の走りを教え込んだんだ」

 

それならば、彼の走りがいびつなのも理解できる。彼の走りは馬のそれじゃない、彼にとって走りの基準は『車』なんだ。

それも芦名の走り屋で先代筆頭と呼ばれた凄腕の走り屋の元で、その走りを見続けた家族と一緒に併走して鍛え続けたから得た足。

彼にとって基準も目標も『車』であって、馬はただの同族の競争相手という枠組みでしかなかったのだ。

 

「あいつはすげぇよ、いくらビビってもいくら苦しくてもついてきてくれたんだ。俺の走りに食らいついてどんどんモノにしてくんだ。

敏則と一緒にどんどん強くなって、みんなと一緒にどんどん走ってどんどん一人前の走り屋になってくんだ」

 

シマカゼタービンがR33を追ってインベタグリップで一気にコーナーを抜けてフェイントを再度仕掛ける。

 

「自慢の息子だ、あいつも最高の息子に育ってくれたよ」

 

茂三が笑う、今まで見た中でも凶悪に、狂気すら感じるほどの家族愛に満ちた笑い声。

その笑いはどこまでも茂三の心を映しているように聞こえた。こんなに楽しいことはない、こんなにうれしいことはない。

自分の息子たちが、こうして自分の跡を継いで更なる高みを目指すなんて、それこそ父親の冥利に尽きるというものだ。

 

「お?あいつが抜きにかかるぞ」

 

「え!?」

 

道が直線に入る。いや、わずかに左にカーブした直線、道幅が広く車のブロックではどこに寄せても馬が悠々通れる幅がある。

直線で抜きにかかる?そんな足はシマカゼにはないはずだ。大竹はAE86のスピードメーターに目をやる。

時速112㎞、シマカゼタービンはその速度をもってR33を追走している。それでもR33はじりじりと突き放していく。

この最悪の路面で、馬の出す速度じゃない足をもってしてもシマカゼタービンは置いて行かれているのに。ここで抜く?

 

「すぐわかる、ちょいとこっちも激しくいくぞ、気合い入れて撮れよ!」

 

緩いカーブを描いた緩い左の直線が終わる、奥にぼんやりと見えるのは急激な右コーナー。

先に差し掛かったR33のブレーキ音、そこからの4輪ドリフトで車体が一気に横を向きコーナーを抜けていく。

素人目に見ても惚れ惚れするくらい綺麗に車体が滑っていくのだから、ドライバーのテクニックが凄まじいことが大竹にも身をもって分かった。

その瞬間、シマカゼタービンの足がさらに強く加速した。速度を落としながら完璧なコースを描くR33の内側、車でもギリギリ通れる狭い隙間にシマカゼタービンはまっすぐその身を潜り込ませた。

まっすぐ、いやコーナーにもぐりこんでインベタのさらにインとでもいうようなギリギリの場所を減速することなく、気持ち悪いほど綺麗な曲線を描いてスパッと抜ける。

あの動きは弥生賞の後初めて彼の走ったときに魅せたあの動きと同じもの、いやそれよりも洗練された動きだ。

 

「良いラインだぜ、腕を上げたな」

 

恐ろしく速かった、恐ろしく綺麗だった、立ち上がる寸前のR33を抜いてコーナーの先へ消えていくシマカゼタービンの姿に大竹の騎手としての欲が嫌でも高鳴る。

AE86もコーナーを抜け、前後の入れ変わった両者を追走する。今度はシマカゼではない、R33のテールライトを追う番になった。

不思議だ、R33のドリフトからの立ち上がりは素人の大竹から見ても素早い物だった。

速度もコースも、R33の性能とドライバーの技量ならばすぐ後の直線からでも一気に抜けてまた仕切り直せるはず。

なのに、シマカゼに抜かれたR33はすぐに連続するコーナー終わりの直線で抜きに掛かれていない。

なぜだ?大竹が首を傾げると、R33の走行ラインにわずかなブレがあるのに気づいた。迷いだ、騎手であるからわかる鞍上の迷いだ。

 

(タービンが前、R33が抜きに掛かれない。まさかブロックされてる?あのフェイントか)

 

ディープインパクトが翻弄され、自分の目でさえもいまだに掴み切れないシマカゼタービンの行うフェイントブロック。

もしそれをR33のドライバーがまともに受けていれば、こうなるのは理解できる。彼のお尻が出す不可思議なラインはほんとうに目を欺かれるからだ。

それが全て嘘ならば全部無視すればいいだろうが、彼の悪どいところはそうタカを括って抜けようとする位置の誘導までしているところだ。

だからそれに掛かると一気に自身の判断力を疑ってしまう、嘘のはずなのにそのラインを突き破ればそこにはシマカゼタービンの尻が待っているのだ。

 

(あのドライバー、やはり上手い。気付いてる、だから乗らないけど前に出るタイミングが掴めてないんだ。これは、行けるか!!)

 

馬が車を翻弄している、もし自分が馬で車に勝つならば無理をしてでも一度前に出たら徹底的にブロックして前に出さないようにするだろう。

胸が高鳴った、もう止められない、あの動き、あの速度、あの切れ味に、自分が鞍上にいたらどんな景色が見れただろうか?その想像を大竹は止めることができなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

まるでゲームの中に飛び込んじまったみたいだぜ、R33のハンドルを握る腕にいやな汗が噴き出る感じがして思わず彼は唸った。

油断したつもりはなかった、完璧なラインで弟がミスをしたコーナーに入り抜けられる運転だったはずだ。

いや、ドリフトからのコーナリングは完璧だったのだ。ミスがあったのは、相手が『馬』だということをそこで一瞬忘れてしまっていたことだ。

自分は普通に車が通れないラインを使って走ってしまった、シマカゼタービンはその車は入れない隙間に身を滑り込ませてあっさり抜いてきたのだ。

 

「なんて馬だよお前は、本当に、どこまでもワクワクさせてくれる」

 

今すぐにでも追い抜いてやりたい、R33が速度を上げろと焦れて焦れて仕方がない。いつもはバンバン吹かせるエンジンが、押さえつけられて不機嫌な音を立てている。

だというのに、前を行くシマカゼタービンのブロックに彼はうまく突破口が見いだせないでいた。

 

(癖の悪い尻だ、どう走るのか全く予想できねぇ)

 

コーナーでは確かに外から抜きに掛かれる隙間がある、そこを狙うのは当然だ。なのにそこに入る気が起きない。

あいつの尻のラインが、確実にそのラインをブロックできる線を描いているからだ。そこに突っ込めば『当たる』とわかる。

 

(俺が馬の命なんざどうでもいいと思ってるクソならそこで抜いてたぜ)

 

だがそれはできない、やってはいけない、走り屋としても人間としても自分はそんな命を粗末にする人間じゃない。

これは人間としての誇りだ、走り屋としての誇りだ、お前は自分の獲物で倒すべき相手だ。

このバトルはこいつが居なきゃ終わらねぇ、どっちも生きててどっちも走りぬいて、それで勝敗が決まるんだ。

勝ちも負けもきっちり認めて、互いを讃えあって次を目指す、それが走り屋というものだ、それが自分の誇りなのだ。

 

(焦れるな、まだチャンスはある、そろそろ半分…いや、まだ決めきれないところじゃない)

 

あの馬が何を狙ってるかはわからないが、まだ焦る時間じゃない。コーナーを抜けながらシマカゼタービンの尻の動きを注視しつつ、彼は時を待つ。

今までもこういうフェイントを使ってブロックをする相手とはバトルしてきた、だがシマカゼタービンのそれは今までの中でも最高のフェイントブロックだ。

ほかのドライバーが仕掛けてきたものが霞むくらい、自分の判断が本気で『行けるかも』『これはだめ』と乗せてくるからだ。

分からなくなる、どう見ればいいかわからなくなる、弟はこれにも翻弄されて頭に血が上ったのだろう。

 

(痺れるぜ、痺れまくってるぜ、こんなすごい奴がいるなんてよ。たまらねぇぜ!)

 

背筋が凍るようなコーナリングを何本も抜けるスリルの中で、前を走る馬は足並みが一切乱れない。

確実にコースを走っている、知り尽くしている、それでいて決して油断していない、常にこちらを観察して対応してくる。

こんな燃えてくるバトルになるなんて思ってもみなかった、もうどうしようもなく火がついている、もっとお前を見せてみろ!

 

(もうすぐL字、ここは…いや、こいつは!!)

 

この芦名特有のアトラクション、登りだろうが降りだろうが必ずアップダウンの激しい一撃を見舞ってくる難所。

そこに差し掛かった瞬間、彼は背筋に冷水が飛び込んできたように感じた。

 

(なにも――ない!?)

 

真っ暗だ、上ってくるときについていた登りと降りの境目にある街灯が消えている。思わずアクセルが緩みかけるほどの衝撃に彼は見舞われた。

首都高ではこういったことはめったにない、一部でも街灯が切れればすぐに業者が交換するし、そうでなくても少し暗くなるだけで周囲の街灯が補助をするからだ。

だが今目の前にあるのは真っ暗な暗闇だ。車輪はしっかり噛み付いて坂道を降りている、ショックから立ち直れば坂道はちゃんとあるのがヘッドライトに照らされて解る。

そしてその奥に、シマカゼタービンの弱いライトがちらちらしているのも見えた。だが一瞬、自分はハンドルを切り損ねて谷底に落ちる幻想が見えた。

 

「しまった…!?」

 

車体がブレてハンドルが暴れるのを何とか押しとどめながら坂にタイヤを張り付かせ直す。

真っ暗なコースに心を奪われすぎた、だが気を入れ直せば問題はない。いや、むしろここが、自分の逆転するポイントになると彼はすぐに考えついた。

R33のアクセルを踏み込み坂道を一気に駆け下り、登りと降りの境目に入ってすぐさま切り返して登りに頭を突っ込む。

 

(そこだ!!)

 

真っ暗な道でヘッドライトに照らされた上り坂の向こうに見えたシマカゼタービンの脇に向かってアクセルを踏み込んで一気にR33を加速させる。

すでに登りに集中しているシマカゼタービンにフェイントブロックをする余裕はない。R33とシマカゼタービンでは、登りは圧倒的にこちらが有利なのだから彼も必死に上っている。

それこそ小細工に気を割いている余裕なんてないのだ、すべてを足に集中させて一秒でも早く上り切ろうとしているはずだ。

 

「悪く思うな、俺も負けたくねぇんだよ!」

 

横を抜けるシマカゼタービンの馬体をチラ見しながら一気に急こう配の上り坂を登っていく。

R33が上り切り再び下り坂に飛び込む、そこから数秒遅れてシマカゼタービンが坂を上り切るのがバックミラーに見えた。

相手の息が大分上がってきている、だがまだ油断はできない。彼は目の前に迫る新しいコーナーに、馬が入る隙間がないインベタでコーナーを抜けながら自身も息を入れ直した。

 

 

 






あとがき
対R33編前編、一話じゃ収まらなかったので分割。次で終わる…はず。



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