気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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いつも多くの感想と誤字報告ありがとうございます。
URAファイナルズ一般予選から少ししての一幕、そろそろタービンを峠に戻してやりたいね。





第三十七話

 

 

 

朝日が照らす高崎レース場は今日も満員御礼とはいかずとも、観客席の8割ほどが埋まる通常営業の姿を呈していた。

高崎レース場で行われる興行の一つである『エキシビションレース』の前座として、先週末に群馬トレセン学園にて行われた『近代戦術演武』がトラックの巨大モニターに映し出されて観客たちを楽しませている。

群馬トレセン学園生の武術に心得のある生徒たち、あるいは他学園や組織の猛者が集まり、攻撃側と防衛側にチーム分けをして行われる『シージバトル』は群馬トレセン学園の特徴的なものだ。

煌びやかな、あるいは無骨な、あるいは可憐な、そんな様々な勝負服に身を包んだウマ娘達が、各々が得意な武器を手に相対する。

それは銃であったり、刀や剣、ハンマーや槍、盾やガジェットであったりと多種多様であり、得意分野もまるで違う。

そんな彼女たちが互いに協力し合ったり対決するその姿は普段のウマ娘レースとは違う一面を持たせ、より観客たちを深く引き込む。

そのモニターの中で大写しにされる自分の姿を待機室から見ていた彼女は、その大立ち回りから目を離して室内に目をやった。

 

(気合入ってる、っていえば聞こえはいいが…浮かれてもいやがるな。まぁ仕方ないが)

 

本日のメインイベントである『エキシビションレース』に出走するために勝負服を身に纏い入念に最終チェックを行う後輩たち、彼女も自分の勝負服に違和感がないか確かめる。

モニターの中で相対する甲冑姿を模した勝負服のウマ娘と格闘する自分と同じ、レンジャーグリーンのハーフパンツに黒のタンクトップ、レンジャーグリーンのアーミージャケット、そして各所に添えつけられた各種ポーチとホルスター。

勝負服をしっかりと着込めていることを確認して、最後に本日の得物に選んだエアソフトガンの『L85A3』を手に取った。

きっちりと整備されたその姿に何とも言えない安心感と満足感を感じた。

 

(さすが姉貴だ。寸分の狂いもない完璧な整備と調整をしつつ、決して機械的ではない。温かみすらも感じる安心感だ)

 

ただ完璧な整備を施しただけではない。使う人間のことも考えて施されたカスタムとすらいえない調整に、彼女は感嘆する。

BB弾の入っていないマガジンを装着し、誰もいない壁に向かって構えてみると鈍器のような武骨な銃がピタリとハマる。

高い金を出して入手したレールハンドガードに取り付けられたフォアグリップは、安いレプリカの中古品であるにもかかわらず自分の手にぴったりとフィットしている。

よく見れば握りこむ部分が僅かに削られており、指がかかる部分もカドを取られて滑らかにかつハイグリップに握れるように気配りがされていた。

姉が今も自分をよく見てくれている証拠だ、特に注文を付けたわけでもないのにここまでしてくれている。

年季の入ったレプリカACOGサイトも調整がされており、レプリカゆえのガバガバな照準と暗かった光度が是正されていた。

 

(これ、家を出る前の片手間でやってくれんだもんな)

 

URAファイナルズ一般予選に出走する前日、普通の競争ウマ娘なら最後の仕上げか体調管理に専念するところだが彼女の姉はいつも通りだった。

学校の宿題をして、家の仕事を手伝って、日課の峠マラソンに行って、愛用のゴツイ軍用バックパックに旅行セットを詰め込んだら居間でテレビを見ながらせんべいを齧って尻を掻いていた。

そこに偶然帰省していた自分がL85A3と整備道具を持って入れば、それを交互に見て一言『見せてみ?』と自分が何か言う前に手を差し出してくる。

それでテレビでカーレースの実況を流しながらの片手間整備だった、それがこの通りなのだから実力の差というものがよくわかる。

そんな姉がやはりというべきかURAファイナルズ一般予選で一波乱を起こした上に、あのトレセン学園の中でさらに騒ぎを引き起こしたのだ。

彼女と交友が深い群馬トレセン学園生からしてみればわかり切ったことであると同時に、嬉しくて楽しくて仕方がないという状況なのは想像に難くない。

事実、自分自身心の底から楽しんでいる。我が姉の活躍に心底心躍らされているウマ娘の一人なのだ。

 

「てめぇら!パーティーの時間だ!!」

 

音頭を取った彼女の言葉に室内で各々に準備をしていた全員が一斉に立ち上がり彼女の前に整列する。

その一糸乱れぬ挙動に満足げに彼女は鼻を鳴らした。まだまだ尻の青い新人どもの割には動きが良い。

 

「俺たちは中央のいけすかねぇエリートどもの鼻っ柱をへし折って、宇宙の果てに尻を蹴っ飛ばしてやるために力を蓄えてきた。

だがどうやら、一番槍は姉貴に持ってかれちまったようだ」

 

緩みかけた表情を引き締めて後輩たちの表情を右から左に流し見る。我が姉が見事にやってみせたジャイアントキリングが誇らしくないわけがない。

しかしそれとこれは話が別だ。ただの峠の走り屋が中央のGⅠウマ娘たちを軒並み蹴散らした場合、現状中央の後塵を拝している地方競争ウマ娘がどうみられるかなんて想像に難くない。

中央と地方、形式的にはその二つは同格だ。しかし世間的には地方は格下であるし、実力という面も劣っている。

学校という体裁では話にならない、中央の日本ウマ娘トレーニングセンター学園は国公立であり、生粋のエリート校だ。

対して地方ウマ娘トレーニング学園は地方行政が運営する公立校、字面ではただの県立高と何ら変わらないと来ている。

それゆえに自分達もまた奮起しなければならない、それこそ己の姉も敵に回して食い散らかさなければ意味が無い。

もっとも、その姉を敵に回して勝てるようなビジョンを彼女自身は一切思い描けていないのだがそれをおくびに出すわけにはいかなかった。

 

「そこでだ!今後一切、何が有ろうとも、たとえエキシビションレースであろうとなかろうと決して高崎の掲示板に連中の名前を上げさせるな」

 

故にまずは第一歩、中央の遠征組を片っ端から蹴散らして自分たちの強さを見せつけるのだ。

それもSPⅠなどの大レースやメインレースだけではない、興行目的のエキシビションレースなども含めてだ。

この勢いに乗らなければならない、実力で劣る自分たちはビビっていたら当然負ける。しり込みせずに突っ込んでこそ勝ち目があるのだ。

中央のホームコースでは相手の優位は揺るがない、しかしそもそもこちらのホームコースに出張ってくるというのならば話は別だ。

 

「連中に底力を見せつけてやれ!お前ら、わかったな!!」

 

「「「はいッ!軍曹ッ!!」」」

 

「よし、じゃぁ行くぞ。総員駆け足、入場急げ!!」

 

一糸乱れぬ裂帛の気合を上げ、次のレースに出場するウマ娘達が駆け出していく。

 

「気合入ってるね、さすがサバゲ部」

 

「あれくらいじゃねぇと話にならんさ。中央の選ばれたエリート共と戦ったことのないあいつらではな」

 

知ってるだろ?軍曹の少々呆れが入った微笑みにシャッタードスカイもかぶりを振って肯定を返す。

日本ウマ娘トレーニングセンターに通うウマ娘達はどれもこれも選び抜かれたエリートだ、それもエリートからさらに篩を掛けられて残ったエリートだ。

そこからさらに扱いて、磨いて、切磋琢磨し壁を乗り越え、デビューを迎えて勝利を飾り、重賞までこぎつけたそのウマ娘はさらにエリート、そこまで行くだけで怪物クラスだ。

なじみの深い従妹のツインターボがその上澄み中の上澄みにいるのだからよく知っている。あれは化け物だ、才能の塊だ。

あの持って生まれた才能の豊かさだけは逆立ちしても敵わない。全く以って、世界というのは不平等なものだ。

 

「ところでシャット、お前の準備はいいのか?」

 

「ぐんそー、知ってるでしょ?自然体があたしだよ」

 

群馬トレセン学園の小豆色のジャージ姿の栗毛のウマ娘、シャッタードスカイはやる気のなさそうなへらへらとした微笑みを浮かべる。

しかし軍曹はその表情の裏に潜む獰猛な猛禽類の顔が、獰猛に気炎を吐いているのを見透かしていた。

 

「あたしとしちゃレースより葦名の夏祭りのほうがいいんだけど?峠も近いし、いろいろ今回盛り上がってるみたいだしさ?」

 

「夏祭りは夏祭りだろ?」

 

「大尉が今回は自前の輸送機で乗り込んできてるっていうから是非見たいんだよ、姉さんが話通してくれてるし」

 

「護衛のF35見たいだけじゃねぇか、それにその足で峠行くつもりだろ、わかってんぞ?」

 

「そうともいいますな」

 

シャッタードスカイは根っからの戦闘機マニアで、花より団子ならぬレースより戦闘機なのは軍曹もよく知っている。

 

「いいではないですか、どちらにしろ一度家に帰らなければなりませんし」

 

シャッタードスカイの後ろに続いて部屋に入ってきたウマ娘、バターナッツに軍曹は目をやる。

身長2メートル、鍛えられた肉体美を持つマッシヴな偉丈夫でありながらきめ細やかな美しい肌と瑞々しくつややかな栗毛のロングヘア、そして由緒正しい大和撫子というべき顔立ち。

顔だけ見ればどこかの良家のお嬢様のような雰囲気を持ちながら、どこかアンバランスな元ばんえいウマ娘は、いつも通りアップを済ませてきたばかりで体から湯気が出そうな熱気を放っていた。

 

「相変わらずの変わり身だな、やっぱうちの上も大騒ぎか?」

 

「えぇ、どこも上から下、右から左、中央地方問わず大騒ぎ。さっきトレーナーに姉の顔見て来いって言われました」

 

「姉さんの顔見ろって言われてもいっつも見てるから変わんないと思うけどなぁ」

 

そもそも足で姉さんに勝てる要素がないよ、とシャッタードスカイは肩を竦める。彼女もまた姉の走りに魅了され憧れたウマ娘の一人だ。

小さな時から姉の背中を追い、地方ウマ娘トレーニングセンター学園の門を叩いて、技術を身に着け、自分を磨いて、それでもなおさらに先を行く自慢の姉。

そして今も昔も彼女を相手取ってレースで勝ちを奪ったことは一度としてないし、剣術などといった武術でも決して勝てていない。

常に自分たちは彼女の背中を見ている、常にその遠い背中に憧れてばかり、そしてその背中に守られてばかりだ。

 

「しかしジョンソン、わかっているでしょう?姉さまが何をしでかしたか」

 

「まぁな…船橋のヒルドルブ、覚えてるか?」

 

「前に来てましたね。確かリジーナとロクイチに混じって姉さまがぼこぼこにしてたのを見ました」

 

「あいつの後輩、特別留学で中央にいるんだと。担当トレーナーと一緒にな」

 

「なるほど、リアルタイムで情報が来てるってわけ?」

 

「注釈付きでな」

 

中央も藪蛇を出しちまったもんだ、小さくため息を軍曹は吐く。その実、蛇どころか龍を出したといっても過言ではない。

今回の一件は、シマカゼタービンにとっても中央にとっても『相手』が悪かった。

我が姉たるシマカゼタービンが実力を示した相手がどんな存在か、それはメジロジョンソンたちがよく知っている。

出走表に書かれていた面子は見知ったツインターボのさらに上を行くと言っても過言ではない中央の誇る精鋭たちだ。

かの日本総大将、帝王、怪物と怪物二世、トリックスター、不屈のキング、ナリタブライアンの姉、グランドスラム達成者、どれをとっても怪物ばかり。

それがたとえ唐突に発生した予定にない模擬レースであり、体作りもなっていない状態であったとしても、彼女たちはそれを言い訳にできない立場にあった。

 

「何をしようと中央は勝つ必要があるレースだった、とあたしは見てるね。あれは失敗だったよ、完全に自滅だ」

 

「表向きはただの高校生で峠の走り屋だかんな…そこの相互関係を見抜けなかったのが中央の敗因か。

群馬トレセンでさんざん千切った後にあのごたごただったし、しゃーないところはあると思うがね」

 

「姉さまの実力を正確に測るためならこの上ない編成だったのは確かです。ですが、それ以外に関していえば愚策。

果たしてどなたが捻りだしたのやら…いえ、もしかしたらうまく踊らされただけかもしれませんね」

 

「んなばかな、そんなことして何の意味があるの?」

 

「…牽制、あるいは線引きか?考えすぎだろそいつは、やる意味がねぇぜ」

 

結局のところ、中央はシマカゼタービンという存在を見誤っていたのだろう。その実力故に、彼女の立ち位置を失念してしまっていたのだ。

シマカゼタービンは確かに実力者だ、中央のGⅠレースでもやっていけるほどの力はすでに兼ね備えている。

そしてその本領は夜の峠レース、ダウンヒルレースにて真価を発揮する怪物だ。

しかし彼女はどんな経歴であれ今はただの県立高校に通う3年生に過ぎず、ただの高校生なのだ。

ただの高校生に日本ウマ娘トレーニングセンターに通う稀代の怪物たちが土を舐めさせられた、それも言い訳できない勝ち方でだ。

確実に騒動になる、ならなければおかしい、そしてその騒動はジョンソンたちにとっても不快なものだった。

 

「姉貴にゃ、できればずっと家で酒作って峠で遊んでいてほしいんだがな」

 

脳裏に蘇る苦い記憶は忘れようもない。緑の粒子を燻らせてそそり立つ黒い結晶、荒れ果てた街、その中で銃と刀を握り舞う姉は美しく、そしてどこまでも寂しい背中をしていた。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

プルンと震える真っ白な四角いお宝、皿の上にプルンと揺れる絹ごし豆腐はそのまんまでも当然うまい。

しかしそれはそれこれはこれ、一口食ったらお醤油を一垂らし、真っ白な宝石に茶色が混じって、されどそれは汚くあらず。

綺麗に透き通ってすらいる茶色の化粧をした白い宝石をさらにスプーンですくって口に含めばもうたまらない。

夏の日差しの中で食う冷ややっこの味ときたらね、たまらん!かき氷とか甘いのもいいけどやっぱおやじにゃこういう地味な染みる味がクリティカルなんよなぁ!

 

「相変わらずうまそうに食うのな、そんなにうまいか?うちの豆腐、そんな特別なことしてねぇと思うけど?」

 

「うめぇもんはうめぇのよ、しかも今回は向こうで暴れてきたから余計にうまい、酒が欲しくなるねぇ」

 

「うちは居酒屋じゃねーの」

 

藤原豆腐店の店先、軒先にいつもみたいにパイプ椅子を借りてその場で豆腐を食う俺を店番してる拓海がいつもみたいに苦笑いする。

こうしていると拓海はいつもと変わらない、俺の知ってる藤原拓海だ。

なんというか、まぁ理由を聞いて考えてみりゃ納得しかないっていうか。あれだな、ほんと。

 

「わかってんよ。しかしまあなんてーか…なんだな、お疲れさまだなお前」

 

「お前だってそりゃ同じだろ、聞いてるぜ?やらかしてんじゃねーの」

 

「なにおぅ?お互い様じゃろがい」

 

群馬に戻って少しして、週末の峠で勝負したくて俺はこいつに挑戦状叩きつけに来たわけなんだが…それとなく話を振ってみればまぁ何というかねぇ…

 

「まさかお前があの茂木とデートねぇ…いっちょ前に色気づきやがって、このこの」

 

「いや、別にそういうつもりじゃ」

 

「でもデートのためにガソリン満タン付きで車借りたかったんだろ?そんで走ったと」

 

「…おぅ」

 

簡単な話だ、要はレッドサンズの高橋弟の早とちり、そこから話が膨れ膨れた結果がこいつのご登場だったそうな。

あの中谷先輩は文太さんを引っ張り出すつもりで声かけてたけど、ふたを開けてみればこいつが来たとか。

こりゃあれだ、文太さんの負けず嫌いと好奇心が悪だくみに直結したんだなきっと。

拓海のドラテクなんか文太さんにかかりゃ一発で見抜けるだろうし、そもそもそれ磨かせたの文太さんなところあるしな。

そこに拓海が鴨葱でやってきたんだ、ちょっと機転を利かせてたきつけりゃこの有様ってやつだ。

 

「んで?どうなんだ?」

 

「どうってなんだよ?」

 

「言わせんのか?Aか?Bか?それとも行くとこまで行っちまったか?」

 

「おっま…相変わらずよくそんなの聴けるよな」

 

うひゃひゃひゃ!赤くなっちまってやんの!!初々しくてうらやましいったらねぇぜ全く!

でもだねぇ、さすがに幼馴染としてはそこんところ気になっちゃうわけよ。知ってたのに悪い女に引っかかったとかさすがに夢見悪いだろ?

茂木に悪い噂はあんま聞かないけどさ、人は見かけによらんとも言うしねぇ?

 

「で?」

 

「…言わねー、ぜってぇ教えねぇ」

 

「ほほぅ、それはそれは…いやぁ若いっていいねぇほんと!がんばれよ、幼馴染!!」

 

「まったく…そういうことだからよ、勝負とかそういうのはする気ねーぞ?」

 

「おっとばれてたか。かまわんかまわん、それならそれでいいさ」

 

うむ、俺の言いたいことはバレバレであったか。まぁ見抜かれるわな、短い付き合いじゃねぇしな。

しかし中一から配達させられてたとはな、知らなかったぜ。

それだけやってりゃうまいわけだ、しかも仕事で豆腐運ぶのとかもやってるんだし。

ああいう運搬業は難しいもんなんだ、ましてやデリケートな豆腐を的確に速く届けなきゃならんとなれば必要な技術だって高くなるさ。

 

「まさか中一から秋名を走ってたなんて知らなかったぜ、噂にならんとか相当昔からうまかったんだな」

 

「お前も同じなんじゃねーの?芦名でそういう噂聞いたことないぞ」

 

「そりゃ練習したからな、あと俺は自分からやってたから」

 

「俺よりタチ悪いじゃんか、よく捕まらなかったなおめー」

 

「うまくやりゃ良いんだようまくやりゃな。あっそうだ、拓海、あるとは思わんが啓介さんに最初に千切った時のことは言わんほうがいいぞ」

 

「啓介さんってあの黄色いFDの?知り合いなんか?」

 

「普通にダチだヨ、こちとら芦名のナンバー2だぜ?」

 

「それもそうか、で、なんで?」

 

おぅ、自覚がないあたりやっぱり予想は的中だな。この鬼畜め。

 

「お前、最初に啓介さんのFD千切った時、正直あんま意識してなかったろ?せいぜいなんか速い変なの居るくらいでさ」

 

「そだな、早く帰りたくて抜いたんだし」

 

「お前な、それ啓介さんの性格だと絶対爆弾になるぜ?競争相手じゃなくてただのパイロン扱いじゃねーか」

 

しかも当時のこいつは完全に仕事帰りのお疲れモード惰性運転だぞ絶対。

仕事なら豆腐を抱えてる登りのほうで、当然気を張り詰めんのも登りのほう、気合入れてなきゃならんのも登りのほうだ。

下りはただ早く帰りたくて走ってるだけ、ぶっちゃけ余力で気楽にやってるんだよなこいつ。

そんな状態のこいつに啓介さんあっさりぶち抜かれた上にいろいろへし折られたんだからたまんねーだろ。

あの人の事だから最終的に結構熱くなってたはずだぜ?エンジン掛かってた状態で負けて、相手がこれじゃねぇ?

 

「あー…言われてみればそんな感じだったかも。あ、だからあの時はちょっと違ったのかな?」

 

「違ったって?」

 

「ちょっと楽しかったんだよ。なんてーか、RX―7の尻を追いかけて走るの。

あの人、素人の俺から見てもやっぱスゲーうまいってのは解ったし、それに食らいついてってどうしてやろうかって考えたらさ。

普段は仕事だったしそんな風に考えたことなかったんだけどよ、車って案外いいもんなんだって、思った」

 

「そりゃいい経験したじゃねぇか。ならもっと知ってみたくなったりしねぇ?」

 

「しねーよそんなの、俺走り屋じゃねーもん」

 

ふーん?それならそれでいいけどね。こういうの、やっぱり楽しくなきゃやる気になんかなんねーしな。

まぁいい経験と思い出になったってんならいいことだな、走り屋としちゃ嬉しい限りだぜ。

 

「まぁでも、お前が夢中になるってのはちょっとわかる気がする。何となくだけど」

 

「重畳重畳」

 

「でもだからって足でやるのはぜってぇ違うとも思う、秋名でも足でやってんだろ?」

 

芦名峠を極めるのは当然なんだが、だからってそれだけだと思考とかマンネリになるからね。

秋名でいろいろやるのは気分転換になっていいんだわ、車でも足でも楽しくワイワイやってるぜ。

 

「そらそうよ、池谷先輩から聞いてないか?」

 

「聞いてたけどピンと来てなかったんだよ、お前前からそうだっただろ?親父も気にしてなかったし、当たり前だと思ってた」

 

まぁそう思われてても仕方ないっちゃないのか?文太さんもあんまりいう人でもないしな。

 

「けど今ならわかるわ。そら車とやってりゃ強ぇーわな、全然速度が違ったじゃん」

 

「URAファイナルズの奴の事か?あんなのまだ序の口だ、本戦にゃ通用しねーさ…というか見てたのお前」

 

「URAが映像配信してるだろ?それガソスタで見てたんだよ、店長がみんなで見ようってさ」

 

「ってことはイツキとか池谷先輩も見てたんか。ま、ビギナーズラックだよビギナーズラック、相手に恵まれたしな」

 

そこまで行く気はないけどね。次の予選までが限度やろ、重賞でメッキが剝がれるさ。

中央のプロ相手だし、運が良けりゃそこにダイオーたちが手ぐすね引いてんだぜ?分が悪いってもんじゃないぜ。

 

「よく言うよ、その後でハヤヒデさんとガチンコしただろ?ターボがイツキに自慢してたぞ、なんで勝てるんだお前?」

 

「そりゃハヤヒデが不利だからだよ。前準備無しにやりゃああなっておかしくねぇだろ、運があっただけさ。

ハヤヒデからなんかあったんか?話振ってくるって辺りそうだろ?」

 

「ハヤヒデさんに秋名のいい観戦場所があるか聞かれてんだよ、俺そういうの全然わかんねぇから答えらんなくてさ」

 

「イツキに聞けばいいだろ?」

 

「イツキにこの話振ったらと絶対大騒ぎするぜ?理由聞かれたら誤魔化しきれねぇしめんどくせー」

 

なるほど、峠で何かするにしても芦名だけじゃ情報に偏りが出るからほかの場所のデータも取る気だな?

ハヤヒデならやりそうなもんだし、大方ブライアンあたりもいろいろせっついてるって感じかね。

峠は千差万別、というか同じ顔してるってことが全くないんだよ。たとえ同じ峠でも日によって全く顔が違う。

だから面白れぇんだけどね。そこをどう攻略するか、どう対処するかで常に脳みそフル回転で突っ走るのさ。

 

「あ、やっぱり食べてますね」

 

やっと来やがった、ダイオーにツバキにノルン、あとは文太さんとイツキが配達から帰ってくれば遊びに行けるな。

 

「ちょっとタービン、これからみんなでゲーセン行くのに何で食べてんのさ?」

 

「いいだろ別に、うまいもんは別腹だぜ?豆腐はいいぞ、カロリー低めで健康にもいい」

 

「そりゃそうだけどさ」

 

そもそも店先で待ち合わせしてんだから食うのもありだろ?うむ、うまい。というか食べないなんて損だぜ損。

 

「昔からそうじゃないの、来たら食うわよね。木綿でお願い」

 

「絹ごし!ワサビたっぷりで!タービン、醤油貸して?」

 

「厚揚げください」

 

「あいよ、皿持ってくるから待ってな」

 

当然こいつらも食う、当たり前だよな?

 

 

 






あとがき
群馬のUMA娘たちは今日も商店街の活性化に貢献しています。
豆腐屋の前で美女が立ち食いしてるのはこの世界じゃ日常みたいなもんだし、たまにいろいろ追加されたりもします。
ちなみにその美女が相当シャレにならない出自だったりするのは誰も気にしてはいけない話だったりする。
というわけで群馬の一幕、高崎レース場の妹たちと秋名で駄弁る姉たちのお話でした。







おまけ『ウマ娘Mr,lonely,heart』
どこかの世界線で執筆、作成されたウマ娘スピンオフ短編漫画。大人向けの負けるプロジェクトX、今週の犠牲者たち。
主人公である記者が、ある書籍を発売するために記事や資料を探す体で物語が語られていく。
船橋のヒルドルブ、笠松のリジーナ、大井のロクイチは、スマートファルコンによる地方重賞行脚に対し決死の防衛を行うストーリーでそれぞれ短編の主人公を務める。
発表当時は全てアプリゲーム版ウマ娘には登場しないキャラクターで構成されていたが、例外的にシマカゼタービンとスマートファルコンだけはトリとして起用された。
なおウマ娘達はのちに全員がアプリ版に起用、プレイアブル化されている。




笠松のリジーナ『あの隼を墜とせ!』全4話
「レースじゃ残った奴だけがね、死神って呼ばれるのよ」
地方ウマ娘レース界は躍進の時を迎えていた、しかし内実は実力にそぐわぬ成果を期待されて散るウマ娘で溢れかえっていた。
群馬地方ウマ娘レースより発せられたムーヴメントは斜陽であった地方レースの逆転の起点となったが、同時にその反動で身の丈に合わぬ実績を求められるとも多くなっていた。
無理な中央への挑戦で重なる惨敗、逆に蹂躙されていく地方重賞、その時代の笠松にて彼女は無力さに喘いでいた。
しかしそれでも選んだ道を、散った仲間たちの意思を、彼女は捨てて逃げる事はできなかった。
「私達に待ち伏せ以外のカードがあると思うの?」
迫りくる中央の攻勢の前に彼女は向かう、迫る終焉に向けて自ら前進する。

原作馬・スマートファルコンに対しハナ差で勝利するも馬体検査で骨折が発覚、予後不良と判断され安楽死。




大井のロクイチ『砂の王者、前へ!』全4話
「あたしこそが勝者だ。これで悪夢とはおさらばだ!あたしは生まれ変われるんだ!!」
地方ウマ娘レース再生の時代、大井地方ウマ娘レースの新人トレーナーとなった彼は一人のウマ娘の担当を命じられる。
そのウマ娘はかつてGⅠ挑戦の結果負った怪我の後遺症で右足に故障を抱えながらもレースに出走し、その実力を認められながらもトレーナーが次々とやめる問題児だった。
「あたしの足は、中央の化け物相手でなきゃご機嫌斜めなようで♪」
レース出走直前に痙攣をおこした右足を示し、出走取り消しとなっておどける彼女、その真意に気づくことにトレーナーはできるのか?

原作馬・スマートファルコンにハナ差で差し切り勝利、勝利の嘶きを上げるも無理なレースによってか直後に心臓発作を発症、死亡。




船橋のヒルドルブ『船橋は落日にあらず』全3話
「中央なんて、こんなもんよ。フリオ、私達は格下じゃない、対等に戦えるのよ」
スマートファルコンによる地方ウマ娘レースの蹂躙劇は地方ウマ娘レース界に激震をもたらしていた。
確かに彼女たちは強かった、彼女はあまりにも強かった。でも自分たちは違った、私達では歯が立たなかった。
やはり地方ウマ娘は中央には勝てないのか、やはり所詮は2流の存在なのか、あの時代の群馬が特別だっただけじゃないのか?
様々な弱音や恐怖が入り混じる中、彼女は一人次なるレースに向けて力を蓄える。その姿にトレーナーは、わかってはいても止められなかった。
「来たわね。船橋の走り、教えてあげるわ」
かつて中央を走り、そして追われた彼女は何を見るのか。

原作馬・スマートファルコンと対戦し最後の直線で大きく引き放し勝利するもゴール直後に転倒し負傷、騎手と競走馬ともに引退するもその後行方不明。




スマートファルコン『中東に隼は舞う』全4話
スマートファルコン、それは砂の王者、それは再来、それは隼、それは赤鬼、いくつもの名声と悪名を背負う彼女はドバイ・メイダンレース場にて思う。
自分は何をしにここまで来たのか、自分は何を求めてここまで来たのか、自分はどうしてこの道を歩んだのか。
私はただ憧れてここまで来た、永遠のアイドルに憧れてここまでやってきた、彼女のようになりたかった、ただそれだけが最初の気持ちだった。
そのために走ってきた、そのために歌ってきた、そのために踊ってきた。練習して、特訓して、考えて、計画して、実践して、実行して、すべてを見てきた。
悲しい思いをした、苦しい思いをした、後悔だってした、それでも私はここまで来た、すべて飲み込んでここまで来た、私は私としてここにいる。
「見ててね。トレーナー、みんな、見ててね!ファル子の最後の大舞台を、最高のワールドコンサートを!!」
中東に隼は駆ける、その背中には美しい赤い鬼が宿る。それは狂おしく身を捩りながら舞い踊るという。


原作馬・出走直前にゲートへ頭をぶつけるアクシデントにより最後尾からのレースとなるも中盤から猛烈な追い込みによる追い上げを行い、大外からの差し切りで勝利を飾る。
帰国後は体調が思わしくなく引退するも、その後は種牡馬として結果を残す。



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