気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

102 / 113

いつも多くのご感想と誤字報告、ありがとうございます。
まずはまた苦労してるトレセン学園から…まぁUMA娘の実在が確定しちゃったからね、しょうがないね。
主人公がまた消えたけど気にしないでください、トレセン側になるとどうしてもね。



第三十八話

 

 

 

「…以上が、調査の結果となります」

 

静まり返った会議室内に響き渡る緊張を孕んだ調査員の声が響き渡る。

手元の資料に目を落としていたやよいは厳しい表情で顔を上げ、会議室に集まった日本ウマ娘トレーニングセンター学園の中枢を担う幹部たちや選ばれたトレーナーたち、そしてウマ娘達を睥睨した。

 

「ありがとう。さて、これを踏まえてまず…次のURAファイナルズ二次予選レースだ。君たちの意見が聞きたい」

 

やよいの鋭さを持つ問いに室内に緊張が走る。決して狭くない会議室は言葉にならない緊迫に満ちていた。

その空気を前にシンボリルドルフは口を開くことを躊躇した、手元に回されたクリップボードに挟まれた資料を読めば読むほどにどう言葉にすればいいかわからないからだ。

広く口外できるような情報ではない、しかし自分はそれを知っているべきウマ娘であると学校は認識しているのだと思った。

ここにきてシンボリルドルフは改めて感じていた、冗談ではない、知らない方がよかったと心底感じていた。

 

「今回のルール上、第一予選の後は、全国の一次予選通過者を集めた二次予選を行い、最終選考者を残す予定であった。

現状、このルールで通常の参加者は問題ないだろう。だがしかし、現状では大きな懸念点が存在する」

 

やよいは配られた資料の中から一枚の顔写真を取り出して、わざとらしく全員に見せるように掲げた。

 

「シマカゼタービン、彼女も二次予選に登録されている。現状、彼女の予選通過は確定といっても良い」

 

理由は言わないでもわかるな、やよいの問いに誰もが頷く。誰が峠の走り屋風情が国内最高峰のGⅠウマ娘レースを制覇するレベルの実力を有していると思うのか。

それもただのフロックではない、彼女は模擬レースとは言えこのトレセン学園内でGⅠレース優勝経験者を相手に確かな実績を積んでしまっている。

野生のGⅠウマ娘、そのようなイレギュラーが唐突に生まれてしまったのだ。

 

「理事長、率直に申し上げまして、今回の件をやり過ごすには二つの策しかないかと思われます」

 

「それは?」

 

一人、手を上げたのはトレセン学園の経営にかかわる幹部の一人だ。初老の男性である彼は眼鏡を正す。

 

「一つ、今後のURAファイナルズ一般予選の行く末を覚悟したうえで、規定通りにレースに出走してもらい、正規手順を踏んでもらう。

普通ならこれ一択でしょう。初回からこのイレギュラーが発生し『最悪の可能性』が前例として残り、後々まで影響を残しますがルールはルールです。

アマチュア枠でGⅠレベルの実力者がやってくるなんてそうそうあり得ない話ですが、なってしまったものはしょうがない。

二つ、我らへの非難を許容しどのような罵詈雑言を受けようとも、彼女を特例枠として次の予選と最終審査をスキップさせ、別枠のシード枠として最終審査を行う。

彼女の実力は一般予選では見合わない、力を示してしまった以上こちらもそれに見合った場所を用意する必要がある。

一般参加とはいえ公式に近いレースです、レースには公正さが必要だ。実力差が有るのは良いが、有りすぎてお話にならないのは違う。

しかしこれも苦肉の策でしかありません、どちらをとってもいばらの道でしょう」

 

「前者を取れば『前例ができる』か、それが良いか悪いかはともかく伝説になるな。

後者を取れば我々の公正さが揺らぐがイレギュラーを隔離しつつレースの公正さ自体は保てる。火種になるが彼女の強さがそれを消火してくれる、と?」

 

「もしこれが実力差が歴然としているだけのレースであるならば、前者一択でしょう。しかし今回は違う、文字通り格が違うのです。

はっきり言いましょう、もし私が現役の時に彼女が敵として現れたのなら、担当がどう駄々を捏ねようが全力で回避します。

最終到達速度が時速90キロメートルに届く大逃げなんて、この目で見なければ夢物語に過ぎない、まさに空想の産物だ」

 

運が悪かった、奇跡が起きた、そう言いつくろうのは勝手だが参加している者たちからすれば堪ったモノではない。

確かに強いウマ娘はいるのだろう、勝負して正々堂々やって負けたらそれは諦めるしかないのだろう。

しかし正々堂々やるにしたって、その相手がとんでもない怪物だと初めからわかっているのならば話は違う。

一次予選では参加者全員が何も知らなかったから成立した、彼女の実力が明るみに出たレースだから。

 

「それでもただ二次に進んだ、それだけならば何もしなくてもよかったでしょう。フロックではないという証明がそこになるだけです。

ですが今回、我々は余計な茶々を入れてしまった」

 

「先の模擬レース、か」

 

「はい、あれは明らかな悪手でした」

 

シマカゼタービンの一次予選レースにおける審議、ドーピング検査、そして模擬レースによる結果、そのすべてが藪蛇だった。

そう彼は断言した、そのことにやよいは頷き、この場にいた全員が肯定の無言を返す。

 

「今回集まったアマチュア参加者たちとの実力差は歴然、それを我々は証明してしまった。

無論、他の参加者たちも粒ぞろいなのは確かです。磨けば光る原石ばかり、トレーナーなら心躍る状況でしょう。

しかしはっきり申し上げまして、現状の一般参加者たちの大半は最終選考のGⅢを突破することはできない」

 

彼女たちはあくまでもアマチュアだ、アマチュアの中の上澄みが想定以上の実力であったとしてもやはり重賞レースに出走できる正規の競争ウマ娘達とは歴然の差が有る。

彼女たちが返り討ちにしたのはあくまでトレセン学園の中でも未勝利や未出走、良くて一勝か二勝といったレベルのウマ娘達ばかりである。

はっきり言えば弱いのだ、自分より弱い相手を求めて裏技を実行した実力がない弱いウマ娘とトレーナーたちばかりなのだ。

 

「次のレースも彼女は確実に勝つでしょう、なぜならその実力はすでに証明してしまっている」

 

しかしシマカゼタービンはその中でも類まれな結果をもって実力を証明し、その実力をもって審議を招き、そしてその証明としてGⅠクラスのウマ娘が犇めく模擬レースで勝ってしまった。

しかもそのレースの中で、中距離レースを短距離レースに途中から変更してしまう走法の切り替えをシマカゼタービンはやってのけていた。

大逃げができなかったから追い込みに切り替えたというレベルではなかった、出走しているレースの種別を彼女だけが変えていた。

中・長距離を主戦場とするウマ娘と、マイル・短距離を主戦場とするウマ娘ではトレーニングと体のつくり方がまるで違う。

仮に長距離専門のGⅠウマ娘を短距離GⅠレースに出したら当然のことながらぼろ負けする。

速度だけでなく持久力や忍耐力が求められる長距離と、瞬発力とパワーが求められている短距離では実力の質が違うのだ。

トレセン学園に勤めているトレーナーや幹部たちならすぐに見抜ける異常性を彼女は発揮していたのだ。

 

「確実に勝てるレース、確実に勝てる枠、証明された実力…ゆえにその逆もある、か」

 

「いくら突発的な模擬レース招聘とはいえ、一般人にプロがあんな負け方をしてしまっては反論できません」

 

「運営側としても調整する必要がある、ということですな。公式と同じく、実力に見合った場所を用意しなければ成立しない。

だがしかしそれをどうするというのだね?彼女の実力にふさわしいレースを用意するなんてすぐできるものではない。

仮に彼女のシード枠入りが上手くいったとして、いきなり本戦に突っ込むわけにはいくまいよ」

 

「そもそもどう競ってもらうんです?包囲はこっちの不手際とはいえ、あの抜け出し方ですよ?」

 

「普通にやれば折れますし転びます、できたとしてそこから仕切り直すなんて普通はできません。ですがそれを彼女はやってのけた」

 

それがいったい何を意味するのかは言うまでもない、シマカゼタービンの実力は本物でありさらに言えば大逃げ一辺倒の逃げ馬というだけではないという証明だ。

それゆえに困る、明らかに従来の競争ウマ娘とは一線を画した存在に彼らは扱い方が分からず困っていた。

 

「それに今回の模擬レースは先の審議結果に付随するもの、いずれ公表しなければなりません。でなければ信用問題に発展します。

今はまだ文面による公表に留めていますがいずれは記録映像の公開も必須、今はまだ編集中ということで誤魔化していますが長くは持ちませんね」

 

「そもそもこのレース結果、漏れていますな。おそらく生徒の間から」

 

「口外不要とは言っていませんからどうにもなりませんよ、誰も勝つなんて思っていなかった」

 

「おかげでまたマスコミの動きが怪しいことになっています。今は彼女の実力やらこちらの動向でてんてこ舞いですが…彼女を掘り下げて18年前の事件にたどり着くのは時間の問題です」

 

「赤爪ローン人体密売事件、か」

 

赤爪ローン人体密売事件、中央・地方レースの双方においてこの事件が起こした波乱の大波を忘れたものはいない。

事件そのものは多重債務者や巨大な借金を抱えた人々の借金苦に付け込んだ関西近江連合系暴力団『赤牙組』が起こした国際人体密売事件だ。

赤牙組は資金調達のために金融会社『赤爪ローン』を運営していたが、その債務の裏取引として債務者の信用云々にかかわらず無利子での貸し付けを可能とする代わりに債務者の『人体』を抵当に入れて借金させていた。

人体は取り扱い方を知り販路さえあれば確実に『売れる商品』となりえる劇物であり、需要が決して衰えない定番商品だ。

正規不正規を問わず必要とされる治療用ドナーからただの異常性癖コレクター、あるいはほかの犯罪組織などなど買い手はいくらでも存在する。

値段は上下しても売れないということは全くない、買い手は探せば必ずいるというのが実態だ。

当時の赤牙組の頭目はそれを熟知しており、独自の販売ルートを確立して資金調達を行っていた。

これの悪辣なところは『債務者の全身が抵当に入り、かつ契約不履行で返済不可能と判断される』まで決して無理な取り立てをしないこと。

返済できないのならば抵当にいれた部位を摘出する、それが嫌なら別な部位を抵当に入れるのでも良し、という具合で連鎖的に体を抵当に入れさせていったのだ。

そして『契約は絶対であり、絶対故にどちらも遵守する』ということ。『抵当にいれた人体の部位』を譲渡するのが契約の条件であり、契約履行の条件が金額ではない点である。

眼球一つを抵当に入れて200万円を借りたとして、返済不履行の場合は眼球を渡せばそれで借金の200万円は返済済みとなる。

そこに手術費用や治療費などといった追加費用を発生させることもない、それ込みでの契約でありそれをきっちり履行しているからだ。

そのため生き残った犠牲者の多くは違法と知りながら受け入れた自分も悪いために言い出せず、臓器や手足を闇医者に切り取られたまま口を噤んでいた。

仮に左腕を失ったとしてもそれで返しきれない借金を帳消しにできるのなら安い、と考えるものまで居たほどだ。

そしてその状態で生活を立て直し、人生の再出発を成功させた人物も多数いるというほどに。

その犠牲者の中にはトレセン学園卒業生のウマ娘と元トレーナーもおり、レース界で活躍できなかったウマ娘達やトレーナー達を取り巻く闇の一面が世間一般に暴かれてしまった。

レースで活躍できなかったウマ娘やトレーナー、夢破れた彼ら彼女らの将来は明るいとは言えない。学園もあの手この手で支援しているがどうしてもこぼれてしまう。

シマカゼタービンの本来の両親、生みの親はその取りこぼしたウマ娘とトレーナーであり、数多くいた犠牲者に入っていた。

 

「18年前の再来、となれば波乱は必須…厄介なことだ」

 

「二度目ともなれば中央とて耐えきれるかわかりませんぞ。事実、地方では立て直しきれず廃校も起きておる」

 

呼び出されたトレーナーと幹部が互いに表情を伺いながら言葉を交わす。

 

「厄介ごとが増えたということですか…まぁそれはそれとするしかないとして、仮に別枠で最終審査を行うとなるとどうするのです?まさか一般高校の生徒をGⅠレースに招待するとでも?」

 

「はい、それが一番過不足ないですが…現実的ではありません、やはりGⅢか無理をしてGⅡでしょうね」

 

「そうだな、仮にやるとしても…正直に言おう、タイミングが悪い。ディープインパクトの菊花賞がある」

 

「クラシック3冠か」

 

クラシック3冠の称号は言うまでもなく重いものだ、それは中央に所属する誰もが知っているし、競争ウマ娘の世界では常識である。

しかしその称号が、全く考えていなかった方向から歪められてしまう事態に今はなっている。

 

「仮に、仮にです。これでレースに出したシマカゼタービンがあの大逃げを発揮したとしたら、あの子がどういわれるかなんて考えるまでもない」

 

高価なスーツを身に纏った若干小太りな男性が慎重な面持ちで声を上げる、その言葉に秘書らしい男性が言葉をつなげた。

 

「彼女が居なかったから取れた棚ボタの3冠、と?」

 

「元より競っているわけでないから同一視なんてするものではないが、得てしてそういうもんを分かってる連中よりもわかってない馬鹿のほうが声がでかい。

そういう連中には同じに見えるし、どっちが強いか速いかで盛り上がる。盛り上がって楽しんでいるうちはいいが、絶対にそういう馬鹿が出る。

ましてや比較が素人にもやりやすい大逃げだ。あの子が最後に彼女の速さを越えなかった、それだけで騒ぎ出すぞ」

 

「放っておいていい外野の戯言ですね」

 

辛辣な秘書の否定に男性はうなずくが、同時に言葉で否定も返した。

 

「普通ならそれで済む、だが今回の場合はそうもいかない。相手があまりにも悪すぎるんだ」

 

どこか緊張している男性は、諦めたように大きなため息をついた。今までずっと我慢してきたようなため息が室内に大きく響く。

 

「彼女はあくまで一般校の高校生だが不良だ、それも札付きのな」

 

「学校成績や生活態度は普通、模範的な生徒のはずでは?」

 

「峠の走り屋が不良でないと?すまんが、カテゴリーとしては普通に不良、アウトローだよ。

峠のストリートレースはそもそもが違法レース、ウマ娘のフリースタイルレースなんかとはわけが違う。

そんな違法レースを年がら年中やっているうえにこの経歴、彼女は…死人を知っているぞ」

 

公式でさえレースにおいて『死』は常に隣合わせだ、どれだけ遠ざけようと努力してもやってくるときはやってくる。

ウマ娘であっても、他のモータースポーツであっても、それは逃れられないものだ。

だからこそ運営も選手もできる限り努力して対策をする、安全策に安全策を重ねて命を守る、それが義務だ。

それゆえにスポーツで居られる、人々の尊敬と愛を受けていられる。興行として商業化しているし、アイドルとして活躍していられる。

しかし彼女が主戦場とする峠においてはそれが無い、そもそもそれを遠ざけようとする努力をしているかも怪しい。

峠レースには峠レースのルールがある、そこに生きる者たちの助け合いもあるのだろう。だからこそコミュニティが形成されてそこに人々が集まっている。

しかしそのルールや規範はあくまで慣習であり法律ではない、公式レースのように明文化されたものではない。

むしろ勝つためならば好き好んで死に近づくようなことを行う、そういう者たちも多く存在する、そういう場所だ。

そしてその死の現実も世間的には歪められて終わる。違法レースによる死ではなく、峠道ゆえのただの単独事故として。

シマカゼタービン自身、レース中に相手が死ぬ瞬間を見ている。見ていないはずがない。

そんな世界で彼女は実力を蓄えてきた、生き残ってきた、数多くの悪意を跳ね除けてきたのだろう。

 

「怪我のせいでレースを去る後姿を見送るだけでもあれだけ辛いんだ。それ以上を絶対に見ているし知っている」

 

「それは…私も理解できますが…」

 

「だがそれでも彼女は好き好んで峠を走る、知ったうえでそれでも走るなどどうかしてるとしか言えないぞ。

彼女は表に出せるようなウマ娘じゃない、ましてや公式の世界に出していいもんじゃない」

 

あくまで捕まらないだけ、捕まえる理由が警察にはないだけ、そんな生活をしているのがシマカゼタービンというウマ娘だ。

公式レースは良くも悪くも興行だ、レースに出るウマ娘は有名になればなるほどにそのプライベートまで衆目に晒されることになる。

その点で言えば彼女の持つ経歴は、公式を走るウマ娘ならば完全にアウトな代物ばかりだ。

 

「それだけに限らず、彼女の持つ異様な交友関係、これもだ。下手な手を打ってみろ、否応なしに荒れる」

 

その言葉にやよいは手元にあるシマカゼタービン関係の資料から一枚の切り抜きを取り出す。

それはとある広報誌に掲載されたアイルランド王家の記事の切り抜きを印刷した物で、写真が一枚掲載されている。

王家の別邸にある居間で寛ぐ姿が撮影された写真で英語で『祖国の王族とご友人、冬の別邸にて』と紹介されている。

現在よりも幾分か若い現王夫妻とそのご子息たち、そしてその友人のウマ娘が一人。

けん玉を片手に幼いファインモーションに引っ付かれて仕方なさそうに写真に写っているのは、こちらもまだ幼い赤い左目と青い右目のオッドアイの青い髪をしたウマ娘だった。

 

「メジロも他人事ではすみません、彼女の義理の姉はあのモンスニーです」

 

「それを言えばアラサカ重工、西農園あたりもやばい。ご息女が彼女の友人だし、家族ぐるみだ」

 

「酒造業界全般、葦名流を筆頭にした剣術関連も出てくるでしょうね」

 

「ポーターも無視できないぞ、ウマ娘の就職先じゃ常に世話になっている」

 

「未確認ですが、確かNCISを筆頭にした米国法執行機関のほうにもいろいろコネがあるみたいですが…?」

 

「それは父親関連であって無関係なのでは?」

 

「群馬県警にも表彰されてますよ?」

 

「裏を知ったうえでこれだ、否が応でもアプローチはしてくる。執行機関で言えば、アイルランドもだ」

 

「あ、もしかしてこれ軍の広報誌か。こっちにもパイプがある可能性、か」

 

それだけではない、調査の過程で手に入った彼女の写る幾枚もの写真にはシマカゼタービンのこれまでの経験とその過程で親密になった人間関係が如実に出ていた。

知れば知るほどに彼女の世界は広く、深く、そして複雑に絡み合っている。ただの酒屋のウマ娘でありただの峠の走り屋、それ自体が仮初であるかのように。

 

「表層だけでもこれか、まるで『手を出すな』と言わんばかりの見せ札だけど、きっとこれだけじゃない…よほど峠が好きなのね」

 

それもまた面白い、その女性トレーナーは配られた資料を見て薄く微笑んだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

走る、走る、走る、風を切ってアスファルトの上をナリタタイシンは走り続ける。

明るい昼の日差しを浴びる妙義の峠道、アクセルを踏み、ハンドルを切り、理論値において最高のタイミングで運転するスカイラインGT―R・R34が右コーナーに入る。

最高だ、今自分が出せる限り最高の突っ込みで攻め込んでコーナーを走っている、そのはずなのに全く心が躍らない。

普通ならこんな風にはならない、いつものゲームなら面白みを感じているのにそうはならない。

これはソロプレイのVR訓練だ、相手はただのデータだ、ただの過去の記録の集合体に過ぎないはずだ、だから理論上は勝てるはずだ。

だからこんなことあってはならない、数字が嘘をつくはずがない、何より自分のゲーマーとしての勘がそう言っている。

 

(おかしいだろ、こんなの…!!)

 

バックミラーを見て背筋が沸き立つ。自分の理論は正しいはずだ、自分のスキルは完璧なはずだ、ここまで確実に攻略してきたはずだ。

 

「なんでまたそこにいる!?」

 

後ろにぴたりと張り付いている青く光る人影、それはあるルートから仕入れたこの峠の走り屋のデータから作り出したゴースト。

所詮は模擬戦用のデータであり、ただデータとAIに従って同じ挙動を繰り返すだけのプログラムに過ぎない。

だというのに負けている、ここまで計算してなおコーナーで後れを取っている、それだけではなくただのデータに恐れすら自分は抱いている。

ハンドルを握る手は嫌な汗をかき、背筋が凍って震えが止まらない。自分が生きてきた常識がすべて崩れ落ちていくようなそんな無力感と喪失感すら覚えてしまう。

 

「まだだ!!」

 

右コーナーが終わり、短い直線に入る。わずかにブレーキを入れて制動、即座にアクセルを踏んで立ち上がらせる。

一瞬の隙も許されない、たとえツインターボエンジンを積んだ高馬力エンジンによる立ち上がりだとしてももう信用ならない。

 

(こっちは車だぞ、ゲーム仕様で動かしているとはいえちゃんとしたスポーツカーを使っているんだ!!)

 

「ついて来てる、なんで!?」

 

バカなバカな!いくらあのトチ狂ったウマ娘のものとはいえどうしてそうなる!!?アクセルが緩いのか、エンジンが半分止まっているとでもいうのか!!

最初よりも立ち上がりについてきているぞあのゴースト、直線で思うように引きはがせない。

ありえない、ここはこのデータが得意とする芦名峠ではない。なのに、まるでホームコースを走っているかのようについてくる。

 

「くっ!!」

 

落ち着け、自棄になるな、ここで冷静さを失えば思うツボだ。そんなことはナリタタイシン自身が理解している。

だが理解しているからこそ精神がかき乱される、それほどまでに自分は追い詰められている。

力強くエンジンエフェクトをかき鳴らす450馬力のツインターボエンジンが軽く感じる。

重厚で肉厚なヘビー級の車体と、その重さを支えるシャーシが薄っぺらく感じる。

大馬力で回転し、熱と馬力で削れながらアスファルトに食らいつくレース仕様のハイグレードタイヤが空回りしているように感じる。

 

「Rだぞ…」

 

自分が操っているスポーツカーはスカイラインGT―R・R34だ。本物のデータを採取し再現度を高めた本物の訓練データだ。

 

「ちゃんと仕上げた、ちゃんとセッティングだってした」

 

プログラムによる制約こそあれど、サトノ家の経営するゲーム会社のプログラムを流用して実装されたカスタムの再現だ。

自分はその中で徹底的にこの車を磨き上げた、ゲーマーとしての自分を信じてこの峠に特化したモンスターマシンをくみ上げたはずだ。

恥も外聞もすべて無視して、ウマ娘に勝つためにこの車で勝負を挑んでいるはずなのだ。

短い直線が終わり、左コーナーに突入する。目の前に迫る壁面、死なないとわかっていても身がすくむ光景に息を飲みながらギリギリを見極めてブレーキに足を掛ける。

ほんの少しのブレーキングからの、必要最低限の減速から最小限の旋回半径を計算した4輪ドリフト。

自分はこれで幾多のVRレースゲームで勝って見せた、どれだけ現実に即していたとしても所詮はゲームだ、できるはずだ。

 

「ッ!!?なんで…」

 

なのになぜだ、なのになんで、あのゴーストは自分の目の前にいる。自分よりも狭く、ギリギリを攻め込むドリフトをしているのだ。

自分のRと内側のガードレールの間に生まれたわずかな隙間を抜けて、さらに内に内にと身を削るかのような突っ込みと攻め込みで前に前にと抜けていく。

 

「レース用に仕上げたRなんだッ…これでも、私じゃ届かないのか!!」

 

遠心力に負け、ブレかける車線をハンドリングとエンジンコントロールでこらえながら、ナリタタイシンは自分よりもはるかにインコースに攻め込んで追い越していく彼女のゴーストを睨んだ。

ゴーストの影には感情はない、しかし自分を一瞥することなく駆け抜けている後姿にまるで『相手にならない』と言われているようだ。

その背中にあの背中が見えた。自分を追い越して、目の前で見知った全員を追い越していったあのレースの彼女の背中が重なった。

車に乗っていてもこれか、ただのデータに対してもこれか、過去のこいつにさえもこれか!!

 

「まだだ!まだ!!」

 

≪そこまでだ!≫

 

瞬間、目の前の全てが制御を離れた。いくらアクセルを踏んでも車は加速せず、ハンドルを動かしても車が回らない。

その理由はすぐに察しが付く、このVRウマレーターの世界を管理するサポートAIの一人『バイアリーターク』が自分のサポート役だからだ。

 

「何故止めるんです!!」

 

≪これ以上のレースは危険だと判断した≫

 

「まだやれます!まだコースは残って――――」

 

≪タイヤゲージをよく見なさい≫

 

バイアリータークに促されて目の前のタコメーターや速度計などが表示されているディスプレイにナリタタイシンは目をやる。

そこには現実と同じく電子的に表示された各所のデータが随時表示されるが、ゲームの仕様として車体部位の損耗や損傷なども追加で表示されている。

その中にあるタイヤの摩耗や蓄熱を示すゲージをみて、ナリタタイシンは唇を噛むしかなかった。

 

≪熱くなりすぎて摩耗が激しい、これではいくら踏んでもまともなスペックで走れないしすぐにタイヤが擦り切れる≫

 

「なんで…」

 

≪いつの間に、という顔だな。最初から踏みすぎだ、その上振り回しすぎだろうな。データ上の走り屋と比べると動きが派手すぎる、ゲームの癖か?≫

 

「でもタイヤの性能と耐久性は車に合わせたはず」

 

≪タイヤにも特性というものがある、君の車選びと走りはタイヤに余計な消耗を強いていたということだろうな≫

 

ナリタタイシンは答えられなかった、確かに頭に血が上っていた感覚はある。

これならば勝てると思っていたからこそ、スポーツカーというアドバンテージを信じていたからこそ、どこかで仕返しができると心躍っていたのかもしれない。

それだけあの時の背中が大きすぎた、走っても走っても追いつけない大きすぎるあのウマ娘の背中が遠すぎた。だからせめてこの訓練では勝っておきたかった。

 

≪頭を冷やせ、これはVRシミュレーターだがテレビゲームではない、無理は禁物だ≫

 

バイアリータークの言葉にナリタタイシンは頷く。

言葉にすることができないくらい悔しくて、思わずハンドルに首を垂れて顔を隠した。

 

「うわ…タイシンまた負けちゃった…ゲームではあんなに強いのに何で?」

 

「いくらリアル志向でもゲームはゲーム、本物のレーサーが使うようなシミュレーターは訳が違うということだな」

 

その様子をVRウマレーターの筐体が設置されたシミュレータールームの横の待合室、いくつもあり貸し出しもされているモニター越しに見ていたビワハヤヒデとウイニングチケットは目の前で負けた友人を心配そうに見つめている。

その様子は他のウマ娘達も目にしており、顔面を蒼白にする者、より面白そうに牙を剥く者など様々だ。

普段から盛況なVRウマレーターの待合室は、今日はいつもより満員御礼で公開練習にされているそれを見るものや記録映像に夢中になるものなど様々だ、

待合室から見えるシミュレータールーム内のナリタタイシンの現実の肉体が入っているVRウマレーターのポッドと狂喜乱舞し阿鼻叫喚なシステムエンジニア、エアシャカールやアグネスタキオンを一瞥し、同じく待合席に座るオグリキャップは再び手元のタブレットに目を落とす。

そこには新しく追加されたステージとモードの説明、VRウマレーターに登録された訓練用コースである三つの峠道と、アグレッサーとして用意されたスポーツカーとウマ娘のゴーストのスペックが記されていた。

 

「ゴースト同士だとタービンと対Rx―7FCの戦績はFCの勝率98%、か…これ凄いのかな?」

 

「さ、さぁ?」

 

オグリキャップの付き添いで同じくVRウマレーターに入るベルノライトも、同じようにタブレットを見ながら曖昧に首を傾げる。

これまでオグリキャップと一緒に波乱の学園生活とレースを歩んで支えてきた彼女にとってもこれはさすがに分からない。

目の前にあるのはどこからどう見てもカーレースに関する情報で、車のスペックや年式などでありウマ娘レースの常識は毛ほども通じない。

たとえ両親に相談しても無意味だろうし、頼れるトレーナーである六平は別の用事で今は席を外している。

 

(だけどそれってつまり、シマカゼタービンちゃんってその中に混ぜても遜色ないってことなんだよね)

 

どれだけ化け物スペックなんだあのウマ娘、ベルノライトは実際に会って話したこともあるシマカゼタービンの姿を思い出しながら戦慄するしかなかった。

見た目は確かにいろいろ大きいお姉さんであったが、話してみればそこそこレースの知識はあるが彼女の自認通り普通な一般人だった。

あのオグリキャップの姿を見て興奮というより恐怖を覚えていたのはおそらくレースに興味がないからこその視点なのだろう。

そら怖い、あの食事量を見てしまったら同じウマ娘だって驚きを通り越して怖いと感じる。ベルノ自身、笠松時代を思い出すリアクションだった。

 

「それにしても中央ってやっぱりすごいね、この対応速度はどうなってるんだろう?」

 

そもそもこんなデータ、どうやって収集したというのだろうか?サトノ家がスポンサーのVRウマレーターなのだからその関連でうまくやってのけたとでもいうのだろうか?

試験的な実装とはいえこんなかなり限定的かつ突飛なプログラムを簡単に捻りだして使えるようにするのはいささか異常な気がするが。

 

(まるでデータが提供されたみたい…どこから?誰が?まさか走り屋なわけないし、やっぱり中央と会社の情報共有?)

 

仮に中央とその関連会社の底力だというならそれはそれなのだ、改めて恐ろしい情報網を持っていると実感する。

しかし本当にそんなことが可能なのか疑問にも思うのだ。

 

「ベルノベルノ、最初はこの『峠レース体験(プロト)』から受けてみたいんだがどうだろうか?」

 

「初心者向けの試乗プログラム?これ助手席でレースを体験するタイプみたいだけど」

 

「峠を走ってみる前にまず彼女が普段何をしているのか、触りだけでも知った方がわかると思って」

 

それはありかもしれない。どのみちVRウマレーターの使用時間は限られている、あれこれ詰め込むより目的をもってひと段落させながらが今は良い。

 

「じゃぁ今回はそれで、余った時間で峠コースを見学かな?」

 

「そうしよう」

 

本当は本物を見に行くのが一番なのだが芦名峠は公道である、見学料も資格も何もいらないし多少走っても文句は言われないが公道なのである。

真夜中ならばまだしも昼間から人がうろうろしているとその場を往来する一般車に迷惑が掛かってしまうのだから自制しなければならない。

現地に赴きたいと考えるウマ娘とトレーナーは多いだろうが、それをやってしまえば現地に多大な迷惑をかけるのは明白だ。

だから現地に行くにしてもある程度は周囲と歩調を合わせ、順番を守らなければならない。それまでにVRウマレーターなどで予習するのは理にかなっているのだ。

 

「モードはいくつかあるね。カスタムもあるけどまずは既存かな?」

 

「カスタムだ。峠は芦名峠、時間は早朝、ルートは往復、ドライバーをST、車はWRXだ」

 

「え、なに?隠しコマンド?」

 

「なんだそれ?ツインターボからおすすめされた設定だが」

 

急にらしくない仕草で設定を決めるオグリキャップに面食らったがツインターボの入れ知恵であった。

なぜこれ?とベルノライトは少し疑問に思ったがすぐに思い至った。これは彼女の姉の再現に違いない。

この新しいVRウマレーターのプログラムは全生徒に公開されている、その中から姉をある程度再現できると考えたのがこの設定だったのだろう。

時間帯が早朝なのは単純に見晴らしとリアリティの両立を狙ったのだろう。

 

「そっか。あ、これも難易度を選べるね。初心者でいい?」

 

「うむ」

 

「OK、あとは保存して待つだけ」

 

「楽しみだな、ベルノ」

 

ニコニコワクワクしているオグリキャップ、それを見てほっこりしていたベルノライトだが、オグリキャップが突然首を傾げた。

 

「どうしたの?」

 

「シマカゼタービンは自分がVRになってることを知っているのだろうか?」

 

「そもそも無許可でやらないと思うけど…知ってるんじゃない?今は珍しくないし、ゲームくらいしたことあるだろうし」

 

「VRゲーム…ガンダムか」

 

「なんでガンダム?」

 

「この前ヤエノと一緒にゲームセンターでやったんだ、なかなか面白かった。今度誘ってみよう」

 

「やるのかなあの人、レースゲームならわかるけど」

 

峠レースに首ったけな彼女、一般人とはいえそんなロボット物までやっているとは想像できないベルノライトであった。

 

 

 

 





あとがき
はい、というわけでなんかもうUMAの出現のせいでしっちゃかめっちゃかになってるトレセン学園上層部と何も知らないオグリキャップたちでした。
審議からの模擬レースはこのためにあった、強すぎるこいつをルールとはいえ無双させ続けるのもどうなんだっていう感じ。
でも実態は手を出す方がめんどくせぇのよこいつほっとけほっとけという話、会議はこんな話してんだろうなってだけですね。
ディープちゃんはすまない、VRウマレーターだとシマカゼフリークと化してなんか会話にならなさそうだから没。
なので今話題のオグリキャップを再起用、最初はかんたんオグリだけど終わった後はシングレオグリになってると思う。
ツインターボがあんなもん学校に提出して変換しちゃったらそらこうなるよ。
データ流用に関しては大本は許可取ってるし本人もたいして気にしないので特に問題ありません。
高橋兄も気にしないしむしろ面白がるので無問題、ただし弟とかはいろいろ絶句した後に兄の規格外っぷりに苦笑いして流す。








おまけ・隠しコマンド『プランNN』
VRウマレーター峠道試験実装当時に実装されていた隠しモード。
峠レース体験モードのカスタムモードにて『ステージ・芦名峠、時間・早朝、ルート・往復、ドライバー・ST、車種・WRX-STI、難易度・初心者』と設定すると発動する。
某ウマ娘が撮影およびデータ収集を行った動画を再現したモードで、配達(水コップ)の登りと軽い(当人比)ダウンヒルアタックが行われる。
このデータに限り、運転手も本人の姿が再現されており、会話パターンも少しだけある。
『事故りゃしねーよ』『簡単なラインだからな』『伊達にこの峠で慣らしちゃいねーぜ』
また某ウマ娘の希望により低確率で発生するレア演出が存在するが、経験者曰く『2度と経験したくない』とのこと。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。