気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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いつも多くの感想、誤字報告ありがとうございます。
というわけでクラシックをさっさと終わらせに掛かろうと思います。雑?書くことないんやで。





第四十三話

 

 

2022年10月23日、京都府京都市、京都レース場。

今この時、日本ウマ娘レースの歴史の目撃者となる。出走直前、かすかに聞こえた会場に流れるレース実況は確かにそういった。

その時はその実況に怒りしかなかった、その実況が何を示しているのかが分かっていたから、観客たちが何を求めているのかが分かってしまうから。

誰も望んじゃいない、誰も祈ってくれちゃいない、たった一人のウマ娘のためにみんな見に来ているといっても過言ではない。

それでも自分たちは走っている、たとえ望まれない勝利だとしても自分たちはその勝ち星を望んでいるのだから。

クラシックG1最後のレース『菊花賞』京都レース場・3000メートル、右回り。

二回目の向こう正面を終えて上り坂を駆けあがって下り、最後のコーナーを抜け切る直前、目の前で垂れていくシャドーゲイトを躱しながら彼女はトップに躍り出る。

 

≪先頭はアドマイヤジャパン、先頭はアドマイヤジャパン!!シャドーゲイトを躱して逃げる逃げる!≫

 

アドマイヤジャパン、そう観客席に流れる実況が自分の名前を告げる。自分が先頭だ、そうだ、私こそがこの菊花賞の勝者になるのだと自分を鼓舞する。

砕けそうな足を叱咤し、いまにも転びそうな踏み込みをさらに踏み込んで、前に向かって足を踏み出す。

これまで努力を重ねてきた、何度も何度も打ち砕かれてきた、それでも立ち上がってここまで来た。

最後の直線、ここで逃げ切れば自分の勝ち、自分は勝てる、あの怪物に勝てる、自分は彼女より強いのだ!!

 

(なのに、なんで!!)

 

聞こえるのだ、後ろから聞こえる足音の中でもことさら力強い足音が。一歩一歩着実に近づいてくる怪物の歩みが外から迫ってきている。

感じるのは恐怖、ここまで来てさらに追い詰めてくるあの黒い影の怪物が発する恐ろしいまでのプレッシャー。

自分を押しつぶさんとする漆黒のプレッシャーが今か今かと獲物を待ちわびている。

 

≪追い込みに掛かるローゼンクロイツ、しかし外からディープインパクト!外からディープインパクト!!≫

 

「速い!?」

 

「そんな加速…!!?」

 

≪ディープインパクトするりと抜けて捉えに掛かる!!アドマイヤジャパン逃げるか、耐えるか!!≫

 

自分たちの横に並んでくる黒鹿毛のウマ娘の足並みはまるで衰えていない、むしろ長く走ったことでさらに洗練されたかのように冴え切っている。

恐ろしいほどに冴え切った末脚、そしてその足を巧みに操る彼女の瞳はここまで消耗しきった自分のそれよりもはるかに澄み切り、あまりにも冷静であった。

ディープインパクト、今期クラシック二冠にして最有力、クラシック三冠の達成を切望される期待のウマ娘。

理由は解る、アドマイヤジャパンにも理解はできる。彼女は強い、彼女の才能は自分たちの中でも抜きんでていた。

そしてその才能におごることなく常に前を向き、まるで何かに追われているかのように常に才能と能力を研磨し続けていた。

その性格はレースに対する姿勢にも現れ、故にレース中や練習中は近寄りがたく孤高の存在であったが夏前以降はその冷たい雰囲気は霧散し明るく優しい顔が多くなった。

彼女とはアドマイヤジャパンも交友を持っている、彼女は優しく明るいとてもいいウマ娘だ。我がライバルとしてふさわしい。

 

≪捉えた、捉えた!ディープインパクト捉えた、しかしアドマイヤジャパン粘る!≫

 

故に勝負を譲る気は毛頭ない。あっという間に追いつかれた、だが通してなるモノか。振り絞る、全身全霊を込めて、自分の最後の最後に至るまで。

大きく息を吸う、そして思いっきり踏ん張って自分に残ったすべての力を出し切らんと踏ん張って踏み込む。

全力で、最大限で、全身全霊、己の全てを出し切れ、ここで終わってもいい、ありったけを!!

 

「息を吸う、4つ数える―――」

 

ナニカが聞こえた、すぐ横からかすかな声でディープインパクトの声が響く。不思議な声色だった、けれどもそれ以上に不思議な音が聞こえた。

これまで恐ろしいほどに響いていたディープインパクトの踏み込みの足音が軽くなった、その一歩だけが軽かった。

ついで感じる気配の緩みと、気配の後退、ブレて萎縮する恐怖の気配。歓喜が湧いた、あぁそうだとも、あぁそうだとも!!自分がこれなんだ、消耗していないはずがない。

残りはわずかだ、あと100メートルもない、ウマ娘の末脚勝負ならば一瞬の距離、故にここでの減速は致命的だ!

だが自分はまだ一歩残している、たった一歩でも、私が前にいればそれは勝ちだ!!

 

(勝―――)

 

「息を吐く」

 

全身全霊を込めた自分の末脚の音が、いやこのレースを走る全てのウマ娘の足音が、その一歩の足音にかき消された。

一歩、ただ一歩、ディープインパクトはさらなる力を込めて踏み込んだ。その音が、姿が、加速が、すべてがまるで芸術のようにつながっているように見えた。

二段階目の最終加速、それはこれまでも多くのウマ娘が使ってきた最終手段、だが今回のそれはその末脚の出力をはるかに超えていた。

これは末脚ではない、最後の最後まで振り絞る足ではない。

まるで最初からすべてをやり直したかのように、何かスイッチを切り替えたかのように、文字通りギアが一つ上がった。

その姿を全員が見ていた、その飛翔を全員が目の当たりにした、その羽化をアドマイヤジャパンはすぐ横で見ていた。

全てが緩み、そして締め直される瞬間を見ていた。まさにスイッチを切り替える瞬間、体という体が分解されて、更なる最適解に組み直される瞬間を見た。

 

「美しい…」

 

その姿は美しかった、まるで黒い翼を目一杯広げたような幻覚すら見えるその背中が、あまりにも強く、あまりにも残酷で、あまりにも輝いて見えた。

さらに前へ、さらに先へ、もっともっとその先へ、追い抜いた自分達を一瞥すらせずにただ前を見て駆け抜けていくディープインパクトの背中はあまりにも美しすぎた。

まるで自分たちがその時だけ立ちすくんでいるかのように、ディープインパクトの体だけが前に飛び出した。その姿はまさに飛んでいた。

 

≪ディープインパクト!世界よ見てくれ!!これが日本近代ウマ娘レースの結晶だぁぁぁッ!!≫

 

見惚れていた、見惚れてしまった、その間にすべてが終わってしまった。

そうか、これが歴史が作られる瞬間か。レースを走り切り、ゴール板の周辺でアドマイヤジャパンは力なくその場に頽れ、へたり込むさなかに悟った。

目の前で3本指を立て、堂々と自分達を睥睨しにかりと笑う新たなる三冠ウマ娘の姿を見てすべてを理解してしまった。

 

「あぁ…負けた…」

 

なんだよ、畜生、ひどいよ、ひどすぎるよ、まったく三冠ってのはひどすぎる。

 

「完敗よ、こりゃ勝てないわ」

 

すっきりしてしまった、満足してしまった。あぁ、本当にひどい、反論する気が起きない。納得するしかないじゃないか。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

京都レース場、記者会見室、現在はクラシック最後のGⅠである菊花賞を走り終えた三冠ウマ娘のディープインパクトとそのトレーナーである東条ハナを演台にあげて会見の真っ最中。

シンボリルドルフ達歴代の三冠ウマ娘達に会場の影から見守られながら、緊張の顔も見せずに記者たちの質問にはきはきとディープインパクトは答えていた。

これには共に並ぶ東条も少し安堵している様子だった、彼女自身は何度もこの場に上がっているので慣れたものであるがディープインパクトは違うのだ。

 

「では、次の方」

 

いつも通りの乙名史劇場が繰り広げられた記者会見場はいつも通り和やかな雰囲気、本日は記者クラブ経由であらかじめ審査を受けた記者たちのみで構成されているので無駄な野次などは飛ばない。そのはずだった。

 

「はい」

 

「はい…えー…?」

 

司会が不思議そうに首を傾げる。そこには年季の入ったスーツを身に纏い、妙に陰気な雰囲気を放つ記者がいた。

司会担当はすぐに席の資料に目を落とすがその席にこんな男が座る予定はなかった、そもそもそこに来るのは女性記者のはずだ。

欠席で急遽代役が来たなどという連絡は受けていない、そもそもその場合は事前連絡が必須である。

 

「フリーの駒木田です」

 

おい、どうしてここにフリーが紛れ込んでるんだよ。この場にいるほぼ全員の気持ちが一つになり、ほぼ全周囲から厳しい視線が如何にも意地の悪そうににやけ面の男に注がれる。

年季こそ入っているが見た目はしゃんとしている、しかし彼から滲み出る記者としての風格はどこからどう見てもゴシップ記者なのだ。それもとても悪い方だ。

尾ひれをこれでもかと付けたうえで拡散し面白おかしく吹聴してデマもくそも何でもありにぶちまけて金を荒稼ぎするタイプの悪徳タイプ、金のためなら何でもする。

この取材会見は記者クラブ経由のあくまで会員制であり、かつ事前予約と審査を通過した記者と会社しか入れないはずなのだ。

 

「申し訳ありません、どうやら会場をお間違えのようですね」

 

「いえいえ、間違っていませんよ?私、今日ここに来るはずだった週刊名場面の彼女の代役でして」

 

「そのような連絡があれば事前に―――」

 

「いや!今日、急に腹壊しちゃったって言われてピンチヒッターですよぉ!!入ったのもギリギリでねぇ!はっはっはァッ!!」

 

この野郎やりやがったな、この場にいるベテラン記者の誰もがこの駒木田のやったことに見当がついた。

記者ならだれでもある後ろ暗い淀みの部分、清濁併せ持つのが記者であるがこいつはそこの弱みをついて本来ここに来るはずの記者を排除したのだろう。

しかもそれを隠す気がない、そしてここに入った手口すら明け透けにして堂々とする。

彼は言葉にせずに自慢しているのだ『私を排除する理由があるならやってみろ、やれねぇだろ?間抜け共』と。

事実、ここで彼を強制的に排除する理由にはない。欠席した記者はのちの連絡を取っても彼の言う通りに証言するだろう。

彼を通した係員にも強くは言えない、理由は外せない取材の代役で彼の持っていたパスは事前配布された正規の品である。

それを手に本人の代わりに来たと口八丁で言われてしまえばそれを拒むのは難しい。

何しろクラシック三冠の新たな誕生とその本人に対する最初の取材になるのだ、それがどれほど重いかなんてレースに携わるモノならば重々承知である。

その上、この手の連中は口が回るに手も回る、そしてやるときは本当にやる。

 

「ですが」

 

「ディープインパクトさーん!ちょっと聞きたいんですけど、あなたド素人に負けてるって本当ですかねぇ!?それも走り屋なんて言う落伍者に負けたって本当なんです?」

 

いきなりぶち込んできやがった、それもこの場の誰もが絶対避けるべきだと暗黙の了解で避けていた話題にだ。

 

「そうですね、で?」

 

空気が変わった、それを肌身に感じたのはほかでもないシンボリルドルフだった。

咄嗟に東条に向けてアイコンタクトを送り、片眉を上げているディープインパクトを止めるように指図する。

すぐにその意図を受け取った東条はそれとなくディープインパクトの脇に寄り、仕掛けてきている記者に向けて口を開こうとして、その口をディープインパクトに押さえられた。

 

「むぐぐ!?」

 

「え?」

 

「それのどこが悪いんです、コマグラさん?」

 

そのディープインパクトの行動に一瞬目を疑う駒木田に、ディープインパクトは東条の口を押さえたまま席に強引に座らせる。

よく見ると東条の口に肌色の絆創膏が張られて軽い口封じをされていることに誰も気付かず、唐突に口が開かなくなって困惑している東条も気付いていない。

 

「ですから、クラシック三冠達成者の一人となったのにそんな半端モノに負けてるとか恥ずかしくないんですかねぇ?あと、駒木田です」

 

「おかしいですね?どう悪いのか、と聞いているんです、駒門さん」

 

「だからぁ‥歴代の三冠達成者さんたちの偉業に対してご自分の実力を何とも思わないんですかねぇ?

あなた、峠の走り屋なんて言う暴走族に負けて、勝ったことないんでしょ?どうです?恥ずかしくないんですか?あと、こまきだ!です」

 

「…えぇと?すみません、発言の理由も、意図も、何も理解できません、股座さん」

 

「だから!!駒木田だっつってんだろうが!!あんたはこれまで積み上げてきたクラシック三冠の偉業を台無しにしてるんだよ!!

走り屋とかいう中央どころか地方ですら走れない落伍者ごときに負けてるなんて言われてる奴が取っちまったって事は、クラシック三冠なんてその程度だってことになっちまってんだよ!!

恥ずかしくないのか?悲しくないのか!そこにいるシンボリルドルフさんに申し訳ないって思わねぇのかよこの恥知らずが!!

それとも何か、人の名前も覚えられねぇからそんなこと考えたこともないってか!!質が落ちたねぇ中央も!!」

 

「弱いのがいけないんですか?事実じゃないですか」

 

あっけらかんと、それこそ当たり前だとでもいうように、なんでいまさらそんなこと聞くんだと逆に不思議そうに、ディープインパクトは肯定した。

その答えに、勢いよくぶち上げた駒木田は逆に面食らったようにきょとんとして口をぽかんと開けている。

それはそうだ、こうもあっさりと認めて、こうも当たり前のように返されるなんて考えもしなかったのだろう。

しかもここまでワザと挑発的に口汚く指摘したのに、ディープインパクトはまるで動じていない。

むしろ喋れば喋るほどに目を輝かせている、一瞬不機嫌になった最初の感情などとっくに霧散しているようだ。

 

「あなたはいろいろ調べてきてくださっていることは大変よく理解できました…とてもうれしいことです」

 

「へ?」

 

「だって、私が彼女に一度も勝てていない事、全部調べ上げてきてくれたんでしょう?つまり、あなたは彼女のことも調べて、知ってくれたんでしょう?私のライバルを」

 

鳥が囀るように軽やかに、そして何よりもうれしそうに、ディープインパクトは満面の笑みを浮かべて肯定を返して心の底から透き通るような笑みで笑っていた。

そこに偽りはないように見えた、本当にうれしそうに笑って、それこそ菊花賞を走っていた時以上に興奮しているようにみえた。

そう、それはまるで待っていたかのようだ。この質問を心待ちにしていたかのように、待ち望んでいたかのように、すらすらと言葉を紡いだ。

 

「彼女、すごいでしょう?2000メートルでも、2400メートルでも、3000メートルも、全部負けちゃいました。

はい、一度も、今まで一度も、彼女にレースで勝てたためしがありません。ずっとずっと!逃げられっぱなしです。

他の記者さんたちも知ってますよね?時速90㎞です、最終到達速度時速90㎞ですよ!!私、この菊花賞で最後どれくらいでしたか!はい、駒木田さん!!」

 

「え、えっと…あー…待って確か…75キロ?」

 

「正解です!!そう!!全然届かない!!私が全力を出したところで、とっくにレースが終わってる!!」

 

鼻息荒く今にも身を乗り出さんばかりに頷くディープインパクト。

 

「あなたの言う通りですよ、私は全敗です。パワーも、スピードも、テクニックも、何もかも足りていない!!

クラシック三冠はシマカゼタービンがいなかったから取れただけです。彼女がいたら、私なんて歯牙にもかけられずに蹴散らされてただの一冠も取れていなかったでしょう」

 

「だ、だからそれがだめだって思わないんですかねぇ!!」

 

「なんでだめなんですか?そもそもあなた、弱い事を悪い事って勘違いしてるんじゃないですか?」

 

「な、なに…?」

 

「弱いってことは、もっと強くなれるってことじゃないですか」

 

今度こそ空気が困惑に染まる。彼女は何を言っているんだ?どういう意図の発言だ?

 

「クラシック三冠、それはすごい事なんでしょう。学校でも習いましたし、ずっと憧れてもいました。

皐月賞も、日本ダービーも、菊花賞も、獲りたくて、勝ちたくて、いっぱいいっぱい練習してきましたよ。

今だってそうです、今日ここでそれを達成できたことを私は光栄に思っていますし、とっても嬉しいです、今日眠れるかわかりません!!

でもそれは『天井』じゃないでしょう?クラシックが終わってもまだシニアがあるでしょう?初めからそうですよね?そこで終わりじゃないですよね?」

 

彼女の言っていることは間違いではない。クラシック三冠の偉業は大きくクローズアップされがちだが、彼女の競争ウマ娘としても最終到達点とはならない。

その栄光は輝かしいとしても、そこだけが到達点というわけでは絶対にありえない。

彼女の言う通り、クラシックが終わっても走れるのなら必然的にシニアがある。

そしてそのシニアの期間、クラシックで燃え尽きたかのように実力を落とすウマ娘が多くいたという事実も存在した。

クラシックでやり切ってしまったウマ娘達がシニア期に成績を残せずに晩節を汚したと叩かれる。

よくある話だ、それこそあのオグリキャップでさえもそういった低迷期があるのだから。

 

「そもそも、目の前に上があるじゃないですか。時速90キロという実績があるじゃないですか、ウマ娘はね?いけるんです。

その高みまで登っていける、それこそこの足で!スポーツカーを相手にレースをすることだってできちゃうんです!!

駒木田さん!!あなた調べたんですよね!!走り屋の事も、芦名や秋名の事も!!ハチロクやレッドサンズも知ってるんですよね!!」

 

「だ、だからなんなんだよ!!関係ないだろ!!」

 

「何言ってるんですか!わかってるならそんな後ろ向きなこと言わないでください!!ウマ娘はやれるっていう事実があるんですよ!!

皆さんだって知ってるでしょう、走るのが大好きなウマ娘ならあの身近なアレに勝ちたいって一度は考えたことはあるんです!」

 

ディープインパクトはそこで一息おいて息を整える。

 

「自動車に勝ちたいって思うんですよ。自分の方が車より速いんだって、子供の時に考えて、でも無理だって自然に理解するんですよ」

 

「そんなの当たり前じゃないか、いったい何を…」

 

「違ったんです、それは間違ってたんです」

 

その声色はとても悲しそうだった、とても悔いているようだった、それこそその時の選択を今でもやり直したいと願っている人生の敗者のような声色だった。

 

「私は諦めて逃げてたんです、勝てないなんてあたりまえだって楽な方に逃げたんです。

私が遅いのは私の努力が足りなかっただけ、遅いならもっともっと速くなるように努力するべきだった。

もっと頑張って挑戦し続けて、何度負けても挑み続けないといけなかった。そうすれば、もしかしたらきっと、彼女と同じ場所に立っていたかもしれなかったのにッ!」

 

「そいつぁ…そいつぁ…違う、違うぞ。おい、おいおいおい!!おま、おま、それはだめだ、ダメだろ!!」

 

「彼女はやった、シマカゼタービンはやったんですよ、それで成し遂げた、あいつはそういうやつなんですよ!

自動車に勝てないのは自分が遅いせいなんだ、テクニックがないせいなんだって、だから延々と挑み続けた、自分が速ければ勝てるんだってそう確信して!!」

 

「あれと比べるな!!やめてくれ、やめてくれ畜生、あんなのまともじゃねぇんだ!!あんな規格外と比べちゃだめだ!!

落ち着け、落ち着くんだ嬢ちゃん!!アレはダメだ!ダメなんだよ!!あんたはそっちにッ―――」

 

「私は弱い!」

 

すっかり表情を一変させ、先ほどまでのゴシップ記者としての顔を保てなくなった駒木田の言葉を遮るようにディープインパクトは一喝した。

 

「認めましょう、私は最弱です。歴代最弱の三冠、一般校のウマ娘に全く勝てないクソ雑魚三冠です」

 

「な、な、な、な…」

 

「だってそうでしょう、そもそもあの予選のレースにタイムで負けちゃってる時点でダメじゃないですか。

この前の2次予選と比べたらもっと悲劇的ですよ?だって明らかに走り慣れてるんですもん。

重ねちゃったら簡単にわかっちゃいますよ、だってタービンは大逃げです、私は勝負にすらなってない」

 

いやーまいったまいった、と軽い世間話でもしているかのようにディープインパクトは肩を竦め、笑う。

その表情は晴れやかで、穏やかで、年相応で、そして誰よりも疎ましい狂気を孕んだ瞳を輝かせた笑みだった。

 

「でも!今はまだ!です!!これからもっともっと練習して、レースに出て、実力をどんどんつけて強くなります!!

有馬記念も走って、そこでも勝ってみせます!!そしてURAファイナルズ、そこで決着をつけます!!」

 

「URAファイナルズ!!?クラシックで参戦するおつもりなんですか!!?」

 

おい誰かそこのバカを止めろ被害を拡大させるな!!盛り上がる二人以外の心が完全に一致したが誰も止められない。

すっかりスイッチが入った乙名史記者が普段通り感極まったような声を上げて手帳につらつら書き連ねながら質問をしてしまう。

 

「もちろんです!そこで私は彼女に、正真正銘本気の勝負を挑みたいと思っています!!」

 

「勝算は!」

 

「ありません!!」

 

いっそ清々しいまでに、彼女は笑った。狂気を孕みながらにして彼女は冷静に世間を見ている。

 

「ある訳がない!!私が強くなるのなら、タービンだって強くなってるに決まってます!時速90が限界だなんてそんなのは甘すぎます。

だって下りなら時速100を超えた世界で彼女は走れるんです。私は見ました、彼女が時速100キロを超えてなお走り続けるダウンヒルの走りを!!

100キロ越えの世界を知る彼女が平地で100キロを越えられないなんてありえない、彼女なら確実にやってのける!!」

 

「それでもやるというんですね!!」

 

「やります!!勝てないから逃げる?冗談じゃない、勝つために挑み続ける、それが競走ウマ娘です!!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

≪強くなります、もっともっと強くなります!!ですから、皆さんこれからも期待しててください!!≫

 

ナニカが割れるような音がした、それが自分の音なのか、それとも隣でした音なのか、トレーナーにはわからなかった。

口の中が熱い、生暖かく生臭い鉄の味が口いっぱいに広がるのが分かる。

だが痛みよりも、そんなことよりも、心の奥底から湧き上がるこれは、怒りだ。

 

「…ざけるな」

 

レース場の控室に備え付けられたテレビに映し出された光景。

目の前で湧き上がる歓声、記者会見の壇上で大一番をぶち上げるウマ娘、連射されるカメラ音の中でにっかり笑って胸を張るクラシック三冠のディープインパクト。

あぁそうだ、自分たちは負けた。彼女に負けたのだ。ここまでたくさん努力して、実力を示して、万全を期して挑んで負けたのだ。

自分たちは勝てなかった、自分たちは弱かった、そうだとも、自分たちは弱くて彼女は強かったから負けたんだ。

だから仕方ないんだ、負けは認めなければならない。まだ次があると心を鼓舞して進み続けなければならない。

だから今日は彼女の勝利を祝おう、最高の勝利を祝福しよう、伝説の達成を心から喜ぼう、そう思っていた。

 

「ふざけるな…」

 

なのになんだ、お前には自分たちはまるで眼中になかったとでもいうのか?クラシック三冠に懸けた自分達の気持ちは関係ないのか?

最弱の三冠だと?たかが三冠だと?クラシック最強が雑魚だと?じゃぁそれに負けた自分たちはなんだ?その三冠を欲して命を懸けた自分たちはなんだ?

お前が負かしてきた者たちはどう思えばいい?どう慰めればいい?どう誤魔化せばいい?どう糧にすればいい?

自分たちはクラシック最強のウマ娘に正々堂々と挑んで、そして負けたのだとグッドルーザーとして胸を張る事すら許してもらえないのか?

これでは道化ですらない。これでは私たちはただの愚か者と言われたようなものじゃないか。

報われない努力をして報われないまま当たり前のように野垂れ死んだようなものじゃないか。

 

「「ふざけるなよッ…このクソ野郎!!」」

 

声が重なる、それは一緒に見ていたトレーナーの声だった。

 

 

 




あとがき
そういうわけで夏は終わり、菊花賞もナレ死しました。無論これからも多くのレースがナレ死するでしょう。
もちろん主人公のレースもナレ死します、というかしてます、書くことないからね。
かといって峠を中心にすると原作がウマ娘じゃなくてDになるうえディープとか一切出てこなくなるのでそれもいかん。
不純物が混じった記者会見は当然ながら爆弾と化しました、ただし爆弾を持ってきて嬉々として起爆したのはターゲットご本人。
自家製爆弾を抱えて厭味ったらしく笑ってた不埒者の前で、良い笑顔のまま自前の核爆弾を取り出して自慢して起爆するという悪魔の所業。
ちなみにこの眠り核爆弾は結構あるので非常にやばい、核廃絶しなきゃ(使命感)
クラシック三冠が同じ競争ウマ娘じゃない一般人相手に宣戦布告するだけで起きるこの地獄っぷりよ、やっぱり興業ってのは厳しいもんやね。
でもきっと彼女がここらで一番やりたかったことだからね、仕方ないね。ただし超迷惑なので怒られるでしょう。
ところでUMA娘が10年(正確にはそれ以上とetc)かけて熟成させた技術に半年も経たずに指引っ掛けてる才能の塊という恐ろしさやばくない。





おまけ・10月23日のUMA娘

日曜日だがバリバリ営業中な瀬名酒造の事務所、俺は経理の仕事の真っ最中、普通にバイトです。
夏場は随分奮発する機会が多かったからね、金はあるけど貯められるうちに貯めなくちゃならん。
というわけで仕事用のスーツに身を包みまして、頑張りますよッと?

「部長、これ計算間違ってます」

「マジ?わかったやり直す」

「お願いします。あ、紫安さん、そろそろ予定のお客さん来ると思うからスタンバって」

「おっともうそんな時間か、了解」

「タービンちゃん、この前の企画通ったよ。運送会社との擦り合わせあるんだけど手伝ってくれない?」

「次のそっちのバイトの時に合わせてください」

「すまないね。あ、仕事の時はすまないけど例のアレで」

はいはい、お嬢様モードでやれってことね。解ってますよ、外面は良いんだからあれ。

「分かりました、全力で猫を被りましょう」

「悪いね」

「ちょっと!うちのエース持ってかないで!」

「経理のもんでも営業のもんでもないんだがね…」

相変わらず退屈しない職場で大変良きかな、はっはっは!さて次のやつは…

「没」

なんやねんこのバカ高いトラック整地用全自動ロボ。なに?中央トレセン採用の一級品?売り込み?ぜひとも家で?
いりませんよこんなもん、うちダートも芝もないじゃないの。高崎の払い下げ改造品で十分。
そもそも瀬名酒造にそこまで余分な資金は有りません。給料、福利厚生、設備の維持費に研究費、意外と嵩むからね。


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