R33編決着、結構クレバーな戦い方になりましたがそこはご容赦ください。
UMAでも車を千切れるほど速いとかありえないのでどうしてもこういう勝ち方になっちまうのです。
多くの感想、誤字報告いつもありがとうございます。
大接戦だ、スタート地点でレースの趨勢をトランシーバー越しに聴き入るギャラリーたちの沸き立つ声を聞きながら、敏則は愛車のAE101GT-Zのバンパーに腰を添えたまま腕を組んでただ成り行きを見守っていた。
次のバトルは自分と隣の良助のタイムアタックだが、やはりシマカゼタービンのバトルがひと段落しなければ準備にも身が入らない。
「あいつ、食らいついてるな」
シマカゼタービンとR33の位置は二度入れ替わっている、今でこそR33がまた先行を取り戻したがそれだけでも驚異的だ。
だからこそこの峠を走る走り屋たちも熱を上げているし、知らない新人はその異常さに目を白黒させている。
隣で同じようにコーヒーを飲みながらトランシーバーからの実況を聞く良助の言葉にうなずく。
「粘るな、タービン。だがこの分だともうすぐガス欠だ」
何度もシマカゼタービンとバトルをしたからこそ理解している彼の『限界』を知る良助の言葉に敏則は頷く。
シマカゼタービンのスタミナは競走馬の中では桁違いだ、しかしこの峠ではあくまで走り切れる最低ラインを超えているだけに過ぎない。
普段のタイムアタックならばこのスタート地点からゴール地点のふもとまで走り切る体力はある、自分のペースで自分のプランで悠悠自適にコースを攻めていけるから体力のロスは少なくコントロールもしやすいから持つのだ。
普段相手にしている新人や新顔相手のバトルもそれは同じ、たとえ相手が『車』でも走り屋としての経験やコースへの習熟度などで分が大きい分シマカゼタービンが有利であるし途中で相手がギブアップすることもあるから走り切る。
だがそれは今回通用しない、相手のR33は峠にあったカスタムでこそないがドライバーにマッチしたカスタマイズをされたモンスターマシンだ。
それを手足のように操るドライバーもまたここでは新顔だとしても運転歴や経験はけた違いであってこの峠の走りにもすぐに適応してくる熟練者、激しくキレた走りを何度も見せてきている。
まず生半可なバトルでは相手は手を挙げたりしない、多少の不利やデメリットは構わず確実に最後まで食らいついて走り切ってくる。それなら確実に負けだ。
「あぁ、持たないな。おそらく最後の3連ヘアピン、そこまでが限度であとは垂れるだけだ」
この下り道で足が垂れてふらつくということは一発で事故につながる、シマカゼタービンもそれは重々承知で足が本当に危険なことになる前に速度を落とす。
彼は走り屋であってこの峠を走ることに執念を燃やす、己の全てを注ぎ込むような熱もある、だがそれがすべてではない。
命のかけ時を誤らない、危険すぎることは絶対にしない。そうなれば勝負はR33の勝ち、シマカゼタービンはリタイアだ。
「それはあいつだって重々承知だ、あいつのバトルは形式上タイムアタックだが事実上は変則デスマッチに近い。どっちの足が先に垂れるか、どっちがギブアップするかのチキンレースだ」
しかもそれはR33に大きな分がある変則戦だ、シマカゼタービンが勝つにはどうあろうとR33をギブアップさせる必要がある。
タイムで上回る、相手を千切る、といった車ならできることはR33相手ではシマカゼタービンには到底できたことではない。
しかもクラッシュといった走行不能状態に陥らせるのではなく、相手に『負け』を認めさせなければならない。そうでなければ彼も納得しない。
対するR33はシマカゼタービンがギブアップするか、いつものように千切るか、タイムで上回れば勝ちとなる。
「あいつの差し脚と煽りでどこまでR33を乗せられるか、勝負の決め手はそこだ」
「さしずめあいつのオールカマーか」
今回は場所も相手も違うが、勝ち筋はそれしかない。ツインターボはそれをレース場でやり、そして見事に勝った。
だがあいつはどうだ、R33とそのドライバーを騙して自分の勝ちをもぎ取れるのか。
「仕掛け所はいくつかある。だがあいつが仕掛けるとしたらおそらく終盤、3連ヘアピン前の最終コーナーだろうな」
「同感、俺もあのR33とやるならそこで一発仕掛けるね。あそこは『今』なら絶好のポイントだ、問題は相手がそれに気づいているかだ」
「気付いていたなら意味はねぇな、タービンの奴は負ける」
「でもうまくかかれば、解らねぇ」
これは地元の連中にしかわからない、地元の自治体がやっていることを知らなければ理解できない、期間限定のスペシャルトラップだ。
しかも一度相手に使えばこの罠は二度と使えない、単純で、対策が簡単な、意識しないからこそ効果を発揮する。
もしあのベテランがそこを理解していればそれだけでこの罠は効果を発揮しない、文字通りの賭けだ。
「性能もスペックも桁違いのモンスターマシンにドライバーもベテランだ…ますます似てるな」
「ならR33はライスシャワーか?シスタートウショウか?それともイクノディクタスか?」
「いや、全部だ」
だってそうだろう、爺さんと同じようにあいつは勝つ。敏則も良助もそう信じている、だから二人で顔を見合わせ、微笑みあった。
◆◆◆◆
意識が朦朧としている、もうどれだけ走っただろうか、まだ目の前にテールランプがあるからまだ食いついてる。
足が痛い、胸が苦しい、頭が回らない、こんなハイペースなのは久しぶりだ。キツイ、こけそうだ。
そらそうだ、相手はR33なんだからエンジンの馬力がやばい。音だと多分300くらいでぶん回してる、俺300頭分。
こいつについていくにはいつもよりハイペースで食らいつくしかなかった、俺のペースで走れないんだ、そりゃもうスタミナ切れだ。
いつもなら、最後まで体力はもつけど今回ばかりは相手が悪すぎる。R33のエンジンはやっぱり化け物だ、とんでもないハイペースで引っ張り回されちまう。
一度抜いて俺のペースに少し持ち込めたから足を溜めることはできたが、L字カーブでアドバンテージが取れなかったのは痛い。
賭けには勝って真っ暗なL字カーブに突入できた時は俺も少しビビったが、あっちはそれ以上にビビっただろうにすぐに立て直してきやがった。
ビビり倒して急停車してくれればそれこそ最上だった、そこまで行くとは俺自身も思っていなかったがさすがベテランだよ。
もう上り坂を抜けた、R33がまた前にいる。ハイペースでまた引っ張り回されてもうスタミナはすっからかんだ。
最後の勝負所の3連ヘアピン、もうそこまで足はもたない、その先はもうどうしようもない。
そんなの分かってただろ、分の悪い賭けなのはいつもの事だろ。ここでダメなら本当にもうだめだ、そんときゃ笑って泣いてやれ。
相手はR33、スカイラインだ。負けたって誰も笑いやしない、そもそも俺が勝てる見込みがまずない相手だ。
クソ悔しいだろうな、ディープに情けなくて会いたくなくなるだろうな、だから勝ちたい、だから、やることは全部やってやる。
体感時速90㎞、100㎞なんてもう無理だがそれは相手も同じだ。あっちもだいぶ足が鈍ってるように見える。
あっちも重い車体をここまで振り回してきたんだ、ブレーキは熱々でタイヤも削れてるんだろうさ。
視界の端に欠けた道路の端が見えた、近い、この先は3連ヘアピン前の緩いコーナー、修復したばかりの新しい路面だ。
ブチが教えてくれた『勝負所』への最後の合図、ここで仕掛けなきゃあとはない。ふらふらの足に活を入れる、すべてを振り絞って前を向く、これがすべてだ。
行く先はあいつの車体、その向こうに抜けるぎりぎりのイン突き追い抜きライン。前に、出る!
「ブゥン、ブゥン!ぶぅぁぁぁぁぁぁ!!!」
声を張り上げながら足を回す、イン側のギリギリルートに思いっきり突っ込んでいく。
ここで仕掛けてくるなんて考えつかねぇだろうな、来るなら次の3連ヘアピンが常道だろうよ。
R33のタイヤがより深くステアリングを切った、ここまでさんざん『俺』をブロックするために深く使い込んだタイヤでだ。
この瞬間だ、これでダメならもう勝ち目はない!力を抜く、足の力を抜いて距離を、置く!
『かかった、うまく立て直せよ!!』
荒れた路面なら路面がそのタイヤに食いついた、だがここは補修したばかりの綺麗な路面。その使い込んだタイヤだったらどうなる!!
◆◆◆◆
足元が浮くような感触がした時、彼は一瞬自分に何が起きているのかわからなかった。
滑っている、俺のRが、外に膨らんでいく。制御できなくなっている。馬鹿な、あり得ない、一体何が起きたんだ!?
「な、にぃぃぃ!!?」
ズルズルと滑っていくR33のハンドルを切りながら彼は自分が今どうなっているのかを理解した。
タイヤだ、今までR33を走らせてきたタイヤが急に食いつきが悪くなった。路面状況がこの区間だけ、まるで違うものになったかのように。
咄嗟にブレーキを少し踏み減速、アクセルから足を放して減速しつつシフトダウンでエンジンブレーキ、ハンドルを切ってタイヤを食いつかせてグリップを取り戻す。
永遠のように長い時間ズルズルと滑って外側のガードレールに向かっていた車体がガードレール寸前のところで安定した処で、彼がようやく一心地着いて前を見たときすでに目の前に栗毛の馬の姿があった。
「今のはフェイント?これを狙ったのか、嘘だろおい」
もう彼も限界だろう、徐々にペースダウンしているがそれよりも今のタイミングをすべて読んだフェイントを仕掛けた頭の良さに舌を巻いた。
抜けるか?そう思ったがすぐにその思考は消えた。何とか姿勢を立て直して車を車線に戻しながらステアリングを切ればすぐにタイヤの様子が分かった。
もうズルズルだ、曲がるし走れるがもう先ほどまでの攻めができるグリップ力が残っていない。
もしコーナーで攻め込めば確実にタイヤが滑って車線は膨らむ、もしアクセルを踏み込めばタイヤが空転して制御不能になる、完全に使い切った。
(ダメだな、ここで勝負を仕掛けても、次の3連ヘアピンを抜ききれない、また抜かれるか…勝負あり、か)
時速60キロ、シマカゼタービンの後ろについていくだけが精いっぱいだ。もう自分は戦えない。
アクセルを吹かすだけできっと今のシマカゼタービンは楽に抜ける、前に出てしまえば3連ヘアピンも楽にコースを取って抜けられるし勝てる。そのように見えるだけだ。
自分はこのコースを最後まで全力で走り切れず、最後の最後でシマカゼタービンに前を許して先行された状態で力尽きたのだ。
(俺のRが負けた、いや、俺が負けたのか)
相棒の性能は絶対に負けてない、だとすればあの馬が最後まで狙っていたのはドライバーの認識。
あいつは最初からこれを狙っていたのだ、タイヤがぎりぎりになる瞬間を狙って、コーナーで深くステアリングを切るように誘導した。
ここまでも馬すら入れないぎりぎりのラインを切ってきたのだ、考えてみれば当然だ。タイヤにはいつも以上に負担がかかっていたのだ。
「なんてこった、俺としたことがこんな初歩的なミスで負けるとは…やられたぜ」
そこを突かれた、自分がそれを見逃すわけがない。対策はできる限りしてきた、その走りもできる限りこなしてきた。
だが目の前の馬はそれすらも読んで、それすらも利用して、最初から仕掛けてきていたのに自分は気付かなかったのだ。
笑いがこみあげてくる、清々しいスカッとした負け方だ。自分の力不足でミスがでた、自分が完全に騙されたそれだけだ。俺の負けだ。
しかしわからないことがある、どうしていきなり路面状況が変わった?それもあの区間だけ一瞬。
「すげぇよ、お前…」
地元の奴にしかわからない何かがあったんだ、それをこいつは理解したうえで罠にした。
そうでなければあの自殺まがいのツッコミをする意味がない。そこまで考えて馬が走るなんて、恐ろしいこともあったものだ。
今回は完全に自分の負けだ、そう思うと不意に笑いがこみあげてきた。
◆◆◆◆
今、何が起こった。大竹は目の前で起きた一瞬の競り合いと逆転の瞬間をカメラで捉えながら目の前の現実が信じられないでいた。
シマカゼタービンのスタミナが限界ぎりぎりだったのは大竹にもはっきりと見て取れていた、今までディープインパクトと一緒に追い掛け回してきた彼が息を荒げて失速しかけているのは初めて見た。
R33のパワーに引っ張り回されて既に抜きにかかる力はない、そう考え始めていた矢先にシマカゼタービンが仕掛けた。
最後の仕掛け時になるだろう3連ヘアピンカーブの前の、何の変哲もないコーナーで仕掛けるシマカゼタービンは仕掛け時を誤ったかのように見えた。
だがそれは間違いで、シマカゼタービンに反応してブロックに掛かったR33はコントロールを失いまるで何かに引っ張られるようにアンダーを出して、その隙にシマカゼタービンが抜き去ってしまった。
「決まったな、あいつの勝ちだ」
「でも、まだ―――」
「いや、もう終わりだよ。タービンの勝ちだ」
何をバカな、大竹は信じられなかった。まだコースは残ってる、まだR33の逆転する機会はあるはずだ。
だが目の前のR33は茂三の言う通り、さらに勝負に出る様子はもう見られない。
先ほどまで気が狂ったような攻めをしていた挙動は鳴りを潜め、シマカゼタービンを追走したままだ。
時速60㎞、今までのシマカゼタービンたちからは考えられないスローペースだ。
「ハザードランプ…降参?」
前を走るR33のハザードランプが灯った。茂三に教えられた走り屋の中のルールのようなもの、この場合は降参という意味に近いはずだ。
「だな、でもこのまま下まで一緒に行くぞ。ここじゃ次の邪魔になるしそのほうが下でギャラリーしてる奴に勝敗がわかるからな」
今頃、シマカゼタービンが先行している状態でR33がハザードランプを付けているのにギャラリーたちは大いに沸いている。
それはR33の後ろを走る大竹からも見るだけで分かった。みんな口々にシマカゼタービンとR33の敢闘を労っているのだ。
まるでウィニングランのような光景だったが、その様相は明らかに違う。どちらかといえばカーレースの雰囲気だろう。
「今回の勝敗、騎手のお前にもわかるように説明するとな。R33は足を使い切ったのさ」
「足を?燃料ですか?」
「タイヤだよ、Rのタイヤはもうズルズルだ。走ってるだけで精いっぱい、ここから踏み込めばまともに制御できんくらい消耗してんのさ」
茂三の言うタイヤを大竹は一度凝視する、だが傍目では全く理解できない。ちゃんと走っているように見える。
「素人にゃわからん、でも走ってるあいつにはしっかりとわかってるだろうぜ。あいつはタービンの仕掛けに引っかかって思いっきり滑っただろ?
あそこから持ち直すのにタイヤを使い切っちまったのさ。あいつはこれ以上アクセルを踏めん、踏めばグリップが弱ってズルズルになったタイヤは簡単に地面を手放しちまう」
「…まさか、最初から?」
「それしか勝ち筋はないよ、あいつは最初からこれに狙いを絞ってた。相手がそれに対応できるところも含めて賭けてやがったな」
思えばその兆候はあった、最初にR33を抜きにかかったときからずっと、彼はかなり攻勢に出ていたように見えた。
それはこのためだった、R33のタイヤを狙ったフェイント攻撃だったのだ。
「ついでに言うと、あいつはここでの勝負も決めてた。なんでかわかるか?」
「いいえ」
「さっきの一区画、最近補修されてるから路面が綺麗なんだよ。今までの路面は荒れてたからな、酷使したタイヤでも荒れた路面の方が食いついて安定してたんだ。
でもさっきの一区画、あそこはきれいでタイヤに食らいつくような荒さがまだなかった。一時的に滑りやすくなってたんだよ。
それでも普通に曲がれただろうが、R33のドライバーはタービンのフェイントにまんまと乗っちまった。
結果、アンダーでズルズル滑ってクラッシュ寸前。かろうじて持ち直したはいいが、その過程で残ってたタイヤは使い切ってツンツルテンというわけだ」
あり得ない勝負の掛け方だった、少なくともきっちり整備されたレース場ではまずありえない路面状況であるのにその中でもこの一点を勝負所に選んだというのか。
「こういう勝ち方もあるのさ、普段から手の入ったコースしか走らないんじゃ養われない勝負スキルだよ」
最後の勝負所になると思われていた3連ヘアピンコーナーを抜け、ゴールまでの直滑降を比較的ゆったりと抜けていく。
そしてシマカゼタービンを先頭に2台の車がゴールになっている麓の境を抜けると周囲からひときわ大きな歓声が沸いた。
だがシマカゼタービンはまるで反応せずにゆっくりと減速すると路肩の電柱の前に体を寄せると体を横たえる。
大竹はその近くに茂三がAE86を駐車すると同時に彼の元に駆け寄っていた、すぐに酷使しただろう両足に目をやる。
蹄鉄がひどく消耗しているが、そこを除けば疲労しているだけで大きな損傷はないように見えるが油断はできない。
「ほら水だ、ゆっくり飲め。大竹さん、足が見たきゃ見ればいい。こいつに蹴り癖はないぞ」
車内に常備していたのだろう水の入った2リットルペットボトルを持ってきて、シマカゼタービンの口に突っ込む茂三の言葉に大竹は頷いて彼の右前足をそっと手に取った。
思い返せばこうして彼の足を触るのは初めてだ。触ってみて感じるのは違和感、いつも触ってきたサラブレッドとは違う足の逞しさが目を引いた。
足の筋肉がほかのサラブレッドよりも発達していて足を覆い、触診で分かる滑らかな感触は走る衝撃を緩和するようになっているように感じる。
今まで見てきたことのないようなバランスだ、専門家が見れば不適格と言われそうなバランスだ、だがその足がアスファルトにかみ合っているのだ。
ほかの足を手に取っても同じだ、どの足も蹄鉄の摩耗は激しいのに足自身に残っているのは極度の疲労ばかりで異常は見られない。
「どうだ?」
「頑丈な足ですね、蹄鉄の摩耗具合がすごいのに足には全く問題が見られない…羨ましい限りです」
「それがこいつの持ち味だ、こいつ自身無駄に頑丈だからな」
本当に羨ましい、こんな足はディープインパクトでさえ持っていない。いや、今の日本中を探してもこんなサラブレッドはいない。
こんなに酷使して、車と戦って、アスファルトの上を9キロも駆け下っているのに残っているのは疲労だけなのだから。
もちろん自分は専門家ではない、もしかしたら医者に見せたら何かしら言われるかもしれない。
でもサイレンススズカを見送ったときからこの手に残る骨折の感触は、彼の4本の足からは全く感じなかった。
恐ろしい足だ、魅力的な足だ、速くて力強くて頑丈な足なんてどんな競馬騎手も欲しがる。
「…帰ります」
「いいのか?明日は何もない、夜は好きなだけ走れるぞ?」
茂三は分かっているのだ、自分がディープインパクトの元に帰ろうとしているのが。大竹は首を横に振った。
もう無理だ、見ていられない、どんどん欲が強くなるから。乗りたいと今も思った、でもやはり彼を思うならそれはだめなんだ。
目の前で体を休める彼に触れているとその思いがどんどん強くなってしまう、でもそれではだめだ、こんな思いではだめだ。
だって今自分が見ているのはシマカゼタービンであって、今まで乗せてくれていた相棒たちの誰でもないのに、重ねてしまっているのだから。
シマカゼタービンはまだ水に夢中だ、もうほとんど飲み切っている。今離れるのが一番だ、そう思って大竹は足を静かに降ろして立ち上がろうとした。
「ムフッ」
「なんで…」
その矢先、あまりにも懐かしい感触がして引き戻された。右袖が掴まれていた、服の袖を、ペットボトルの水を飲み干したシマカゼタービンが食んで引き留めていた。
なんでお前までそれをするんだよ、なんであいつまで思い出させるんだよ。スーパークリークと同じようにできるんだよ。
振り払うべきだ、振り切るべきだ、そうしたいのに、あまりにも懐かしくて振りほどけない、いや振りほどきたくなかった。
何もかも若返ったようだった、昔の自分に戻ったような、そんな熱までもが戻ってくる。
「ムフン!」
俺を見ろ、そういわんばかりにシマカゼタービンが強く鼻を鳴らす。今ここで走ったのは誰だと言いたげだった、あのR33に勝ったのは誰だと聞きたげだった。
ここにいるのは誰だ、今ここで自分を見つめているのは誰だ。シマカゼタービンだ、俺が勝ったんだ、そう言いたくて仕方がない色だった。大竹は彼の瞳をじっと見つめて、胸の奥に湧き出る欲が抑えきれなくなった。
彼に乗りたいのだ、彼を走らせたいのだ。サイレンススズカでも、ツインターボでも、スーパークリークでもなくシマカゼタービンとレースを走ってみたいのだ。
あのR33とのバトルで見せつけた知性を、末脚を、根性を、スタミナを、競馬の世界で輝かせたいのだ。
「茂三さん、やっぱり、ダメですか?」
「ん?」
「やっぱり、私はこいつに乗りたいです。ディープは最高ですよ、だれにも譲らない。でもタービンも…やっぱり譲りたくない」
シマカゼタービンを大竹はまっすぐと見つめた。シマカゼタービンだけをまっすぐと、だれも重ならない、彼だけの姿をはっきりと見た。
「僕は彼とも走りたい」
「最盛期には間に合わんぞ」
迷わずに頷く。そんなのは今更なんだ、でもこうして出会ってしまったんだ。それを無視するなんて、やはりできない。
「こいつ次第だ。お前がディープインパクトでやること全部やってから、こいつがまだ走れたら、その時は頼んでみろ。
良いと言えば、中央にでもどこにでもお前を乗せて出してやる。敏則も会社でやることあるしな」
「茂三さん」
「もちろん俺の会社からだ、群馬のここから行ける所だけだ。他所様にゃ扱えねぇのは分かるだろ。だがこいつが『嫌』だと言ったら諦めろ」
息が止まるような気がした、茂三は今までよりも優しくただ微笑みを浮かべていた。
「前のお前はこいつに重ねてた、サイレンススズカも、ツインターボも、スーパークリークだって、全部重ねてただろうが。
それが俺には我慢ならなかった。こいつはシマカゼタービンだ、ほかのどの馬でもねぇんだよ。それができないやつを乗せるなんて冗談じゃねぇ。
だが今のお前はこいつを見てた、ちゃんとその目でシマカゼタービンだけを見て乗りたいって思ってただろうが。
お前は自分で背負って、それでも乗りたいって言っただろうが。それを断る理由にはならねぇ」
茂三はそう言ってから一拍置く。
「ディープインパクトでやること全部やって、あいつを史上最高の競走馬にしてきな。今の相棒をあきらめる気だってねぇんだろ?」
「はい」
最盛期に乗ることはできないかもしれない、それでも彼ならばもっと活躍してくれそうな気が大竹にはしていた。
シマカゼは驚く程に頑丈な馬なのだ。もしかしたらそれこそ、一年や二年の遅れなんて気にもしないくらいに暴れてくれるかもしれない可能性がある。
そうなったらおもしろいことになる、日本競馬会は大揺れだろう。そう思うと、また明日が楽しみになる大竹だった。
「やれやれ強欲な奴だぜ。タービン、明日は思う存分振り回してやれ。お前に乗るかもしれんぞ、こいつ」
「ブルッ…ブゥン!」
あとがき
R33編終了、怪文書でも考えて書くとやっぱり疲れるものですね。しかも自信無くなってくる。
いくらUMAでも素でR33には勝てないのでとにかく引っかけとデバフもりもりのデバフネイチャ作戦。
最初から最後まで終始最後の一本勝負のためにR33を騙して煽って掛からせてました。
戦い方の一つではあるけどおすすめはしませんできません、一歩間違えば大惨事間違いなしなので。
小ネタ・この時シマカゼは何も考えてなかった
大竹が帰ろうとしてる時のシマカゼ「どうだ勝ったぞ!…なに帰ろうとしてるんだ?まだ敏則も走るんだし帰るなよ?」(ただ峠バトルを見物しようと誘ってるだけ)
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大竹と茂三のやり取りを聞くシマカゼ「???????????????(宇宙猫)」(茂三と大竹の会話を聞いても全く理解できてない)
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色々話がついた後のシマカゼ「…ま、いっか。大竹さんとなら面白そうだし」(いろいろ纏まったのを見て横やりは無粋と判断、少し前向きになった)