いつも多くの感想と誤字報告ありがとうございます。
ディープインパクト大暴走の結果世界に大波紋が広がっちゃってますが何も問題ありません。
そろそろこの大騒ぎを消火しないといけませんね。
万人受けするとは思っちゃいませんのでご容赦ください。
一般人巻き込んだらそらこうなるよってことで。
大摘発、のちにそう呼ばれることとなった世界中で行われた報道機関一斉摘発の始まりは日本であった。
日本ウマ娘レース界にて加熱しすぎた報道合戦により発生した一般高校および老舗酒造に対する襲撃、そして市街地騒乱と一般市民に対する過激な取材と襲撃。
そしてその過程で行われた多種多様な軽犯罪と公務執行妨害及び警察官襲撃による拉致監禁拘束などなど。
どこをどう取り繕っても大犯罪、さらに言えばこれがデモや暴動ではなく社会人が会社の仕事で大手を振って堂々と朝っぱらからやってしまったというイカレ具合である。
ここまでやってなにもしない、何もできない、そんな法執行機関がいるというのか?それはさすがにあり得ない。
何故なら今回ばかりはみんなやりすぎた、例え首根っこを捕まれていようとも警察はそれを振り切って正義の味方の仮面をかぶって大手を振るわなければならなかった。
情報を制し、世間を制し、裏の世界の大物を気取っていた彼らは忘れていたのだ。情報と金で上に立てていたのは、相手にもそうしなければならない理由があったから。
そして今その前提は崩れた、裏で酸いも甘いも味わってかつての志を腐らせていながらもさすがに引き際までは忘れていなかった苦労を持つ連中はみんなでそいつらを見限ることにした。
ありていに言えば利用するだけ利用してはしごを外す立場だったつもりが、一緒に上った高台ではしごを下に蹴り落とされたのだ。
そして逃げ場を失った状態で全身に着火した相手に死なば諸共の精神で道連れにされている。
一億総火の玉なんて言葉も生ぬるい地獄の底までランデブーである。
『皆さん!!これは警察の明らかな暴走です!!私は無実です!!私は―――』
『これは正式な逮捕でここにあるのは逮捕状です!!もう現行犯逮捕だ、連れていけ!!』
『嫌だ!!放せ!!放せ警察、公僕が偉そうにするな!!わ、私は殺してなんかいない!!勝手に自殺したんだぁ!!』
『おぉおぉ!そんな言葉出るくらいには自覚ありありじゃねぇか!!黙らんでいいから歩かんかい!!』
『嫌だ、違うんだぁ!!私はジャーナリストなんだ、しょうがなかったんだ!!仕方ない犠牲だったんだ!!!』
『仕方なかったで流されていい血なんてのはな、一滴もねぇんだよ!!』
まだやってるんかこいつらは、藤井はトレセン学園で学園が用意した記者用待合室に設置されたテレビで見慣れた編集社から警察に引っ張り出された見覚えのある元上司を見ながら何度目かもわからぬ気持ちでつぶやいた。
いつも通りのチャラけた格好で、手錠をかけられ警察官に羽交い絞めにされながらもさも自分が冤罪だと疑わぬ無垢な表情で無実を訴える気に食わない元上司。
いや、もしかすると本当に彼には何ともない事で完全にどうでも良い事だったのかもしれない。だって今も昔もこの世界に入った時から当たり前だったから。
「うわ…SNSがまた一気に大荒れですよ」
「そらそうやろ、あんなバカみたいなもん―――」
「リアルガンダムとか言われてるんですけどどういう意味なんでしょう?」
「サブカルは知らん、というかこの不祥事状況でまだこれとかもう人間としてありえんやろ?」
藤井はもはや呆れるしかない助手の言葉に精も根も尽き果てた様子で応える。
今までカスだカスだと思ってきたし散々反発もしてきた相手だが、仕事としても上司としても相手にはしてきた。
だがそれ以上に相手はカスで人でなしで腐りきっていて、それでいて常人とは全くの別の世界を見ていたというのだからたまらない。
道理で話が合わないわけだ、奴らは自分達よりも上にいた、奴らは神の視点でこちらを見ていたのだ。
だからこそ、引きずり降ろされた途端に何をしていいかわからずこの有様なわけであるが。
「渋谷でベスランが起きてまだこれ言うとるんや、取材する価値もない。うちらは関わらん」
「帰るまでに会社、残ってるといいですね」
「いっそ枠組みだけ残ってくれればええ、その方が潔白と言い切れるやろ」
渋谷のベスランと揶揄される大事件、東京の渋谷に本拠を置く某テレビ放送局が神室町のミレニアムタワーのように爆発炎上する事件が起きたのはつい最近の事だ。
理由はこの放送局を支配していた世界中の腐敗と膿に塗れた腐った果実が警察に突かれて爆発したためだ。
事件の一部始終はオフィスに立てこもっていたり別部署で難を逃れたまともな職員がSNSで生放送し、群馬地方放送局も危険を承知でスペツナズに同行し戦場カメラマンのごとく延々と生放送を流し続けたのだ。
破れかぶれの抵抗をする汚職職員や諜報員、そしてそれそっちのけで狂ったように職員たちを襲って回り証拠を燃やそうとしている職員や諜報員、それ故に互いに銃を向け合う職員と諜報員。
その全てから警察は銃口を向けられる地獄の社屋、日本では一部でしか許されないとんでもない地獄が再びこの世にあらわれたのだ。
事あるごとに毎度のごとく派手に燃え上がるのは日本では神室町や蒼天掘などごく一部であったのが今度はまさかの渋谷である。
しかもこれに極道は何もかかわりがないのである、しかも本当にただの誘爆なのである、これには世間も驚愕した。
最終兵器ヤクザを投入できない、いったいどうしろというのだ。
それでも任務を遂行した警察や自衛隊は称賛されたが、その背中をリアルタイムで追ってお茶の間放送した報道機関は無言で睨まれた。
普通に放送事故を起こしたので当たり前である。
そして生放送で一番目立ったのが群馬地方放送局であり、同行していたのはロシア系旧式装備に身を包んだ群馬県警スペツナズ。
戦闘服というには分厚くどこか野暮ったい緑色のゴルカスーツに旧式ボディアーマーとスメルシュハーネス、分厚いシェルと金属フェイスガードが特徴的なヘルメットであるK6ー3ヘルメットやアルティンヘルメット。
過去からやってきたような風貌の彼らがアサルトライフルやマシンガンを手に並ぶ姿はSNSでは蘇ったベスラン事件と言われたのだ。
ここまで派手に爆発したものの、重軽症者多数に留まり死者が出るには至らなかったのは迅速に事態を収拾した警察の努力の賜物であると同時に奇跡である。
「うちらは今まで通りレースの仕事や」
「それがいま一番重要ですけどね」
「言わんといて!?忘れてたい事実言わんといて!!」
なおその大事件の発端がディープインパクトであり、その発言に巻き込まれて被害を被ったのが群馬に住む一般校のウマ娘であった。
先の菊花賞勝利に伴うクラシック三冠の達成と同時に、自らをクソ雑魚だと自認してぶっちゃけたとんでもない記者会見の余波はあまりにも大きすぎた。
「なんでただのレース記者がこんな注目されなきゃならないんや!!?」
そして藤井とその助手は、そのレースの最前線を取材してきたジャーナリストの中でURAからも太鼓判を押された信頼された数少ない記者である。
当然ながらその場にも居合わせており、一部始終も目の当たりにして、大摘発の真っ盛りにはトレセン学園にいた。
当然、その大事件の発端となったその場にいたジャーナリストたちもまた、ジャーナリストの格好の獲物。
むしろ同業者だからこそ遠慮はいらないとばかりに多種多様な襲撃を食らい、自宅をめちゃくちゃにされ街中を追い回された結果トレセン学園に避難している状態である。
そんな状態でも真っ当な記者活動をやめないあたり彼もまた筋金入りのジャーナリストであった。
そしてその熱意もあってか、本日行われるトレセン学園主催のディープインパクト謝罪記者会見にも正式に招待されて取材を許可されている。
トレセンに匿われている身なので徒歩0分の超優良物件からの取材である、ほんとにどうしてこうなった?
「ぬぎぎッ、プライベートのアドレスまで仕事の依頼が…なんでや!?」
「諦めなさい、あなたはもう逃げられないわよ?」
慟哭していると後ろから妙に実感の籠った声色で言葉が投げかけられる。かけられた声の主に視線を向けると、ある意味このマスコミ業界では知らないモノはいない有名人がいた。
特徴的なワインレッドのスーツを着こなし、年月を経てなお深みを持ったやり手記者としての美魔女っぷりを見せるアメリカ女性の姿に、藤井は思わずオーバーリアクションを取るしかなかった。
「ゲッ!?アリッサ・アッシュクロフト!!?」
「どうも」
「なんであなたみたいな大物がここにいるんですかね、というか分野違くありません?」
「仕事よ、勘違いされがちだけど、私は別に細菌と企業の闇専門とかそんなんじゃないわよ。
あなたのところだいぶ無茶したわね?まさかあの子を追いかけ回すとか、知っている人は絶対に触れないパンドラの箱なのに」
「それはまぁ…実のところそこら辺本当誰も知らなかったんですよ」
どこか不思議そうな表情をするアリッサに、藤井もそこは同感だと返しつつ返す。
「瀬名酒造って酒造の知る人ぞ知る陰の実力者って感じですから、まさかうちらにまで影響あるとか誰も考えてなくてですね…」
「ウマ娘と関わり深いのに?戦国時代の遥か昔からって聞いてるし、酒造でウマ娘と滅茶苦茶関係深いから知らないはずがないし日本のウマ娘界隈なら知らない人なんていないと思ってたわよ。会社のホームページとか見なかったの?」
「それはその…」
「分野違い、なんて甘えたこと、言うつもりじゃないわよね?」
ウマ娘レース専門の記者が、酒造業界、カーレース業界、峠の違法レース、ミリタリーサブカル界隈なんてもの知る訳がない。
そもそも瀬名酒造は酒造界での大物であって、ウマ娘レースの世界では無名どころか存在すらしていないレベルだ。
藤井は声を大にして否定したい所だったが、アリッサが言う通り少し調べればぽろぽろと彼女の足跡は調べられたのだ。
某会社の社内レクリエーションで開催されていたサバイバルゲーム大会の写真でこの国の大企業の社長令嬢と一緒に笑っていた。
群馬の小さなダートラリー大会で優勝し群馬出身の有名レーサーと握手している写真があった。
日本の酒造を手掛ける会合の席にきっちりと正装をして末席に座り、瀬名酒造の看板をしっかり背負って言葉を交わす姿もあった。
酒造関連の情報誌の取材も時折受けており、杜氏として酒造に携わり熱心に仕事をしている姿も掲載されていた。
車雑誌においてもサーキットを走るウマ娘として雑誌を飾ることもあり、車好きな一面とその見識を惜しげもなく披露していたりもした。
調べればそれこそ出るわ出るわ、しかしそのどれもが公式ウマ娘レースの世界とはまるで関係のない代物であった。
この世界で長く記者を続けてきた藤井にとって、いやウマ娘の公式レース界隈の記者にとって、シマカゼタービンはあまりに異質だったのだ。
そもそもあんたみたいな記者が普通に彼女と個人的に仲良さそうなのがそもそもおかしいんじゃ、とは口が裂けても言えない藤井であった。
「ははは…随分よく知ってますね、まさかのお知り合いですか?むしろこっちが取材したい所なんですがねぇ?」
「あのね、調べたんならシゲゾーのことだって調べたんでしょ?タービンの事なら私は子供のころから知ってるわ。
もうシゲゾーとは家族ぐるみの付き合いだからね、タービンのおしめ替えたことだってあるんだから。
だから私個人としては今回の件、正直論外だからね。身内をこんなにされて怒らないわけないでしょ?」
なんということだ、またウマ娘レースとは何も関係のないところにとんでもない飛び火をしている。藤井は思わず頭を抱えた。
かの大事件の生存者コミュニティーにすら飛び火していて完全な敵として認識されている。
どうして瀬名家というのはこうなんだ!?どんどん連鎖反応を起こして訳が分からないことになっているぞ!!
「まったく、同じジャーナリストとして恥ずかしいったらない。この先、どの面下げて彼女に顔を見せればいいの?
よりにもよってジャーナリストの悪い所を存分に見せてくれちゃって…ほんとどうしてくれるのよ?」
「か、勘弁してください、イヤホンマに!というかむしろその瀬名茂三さんとはどういったご関係で!?」
「新しい発見なんてなんもないわよ。シゲゾーとはバーで偶然知り合ってから長い付き合いってだけ、ちょっといろいろあったけどね。
タービンとも長いけどちょっとした特技を教えたくらいよ、だからレース云々は聞かれても困るわ」
「ますますアンタッチャブルじゃないっすか…あんたの特技って…」
彼女の特技とは拳銃とピッキングと素早い身のこなしである、それでとあるこの世の地獄を生き抜いた女であるからして半端ではない。
当然ながらその手の極限状態に対する経験も彼女は件のウマ娘にたっぷり引き継いでいるのだろう。
そりゃ今回の件でもあんな突飛ながらも的確に対処をしてのけるわけだ、自ら囮になってマスコミを引き放すなんて荒業はそうそうできない。
「おやおや、これはまたお揃いで」
聞き覚えのない男の声が再びかけられた。
「どうも、フリーライターの松田です」
ひょっこりと現れたのは、この界隈ではあまりにも異質なくらいほんわかとしていて普遍的な、どことなく時代を感じるスーツ姿の中年男性記者だった。
どうにも世界線が違う、そんなレベルで妙に気の抜けたほんわかした男は朗らかに笑っている。それこそフリーライターとは思えないくらいに危機感がない優しい顔立ちだ。
「聞かない名前やな、どちら様で?」
「どこにでもいるしがないフリーライターですよ、藤井さん。私も仕事でしてね」
「あら松田さんじゃない、久しぶりね」
「どうもどうも、そちらもお仕事ですか?どうです?仕事が終わったらコレでも」
「いつもの店ね、良いじゃない。久しぶりにマスターやメガネさんの顔も見たいし」
「多分今日はみんな集まるんじゃないですかね?来るって言ってたみたいですし」
「まるでこっちの方が場違いな場所にいるみたいや」
藤井は目の前にいる普段ならばウマ娘レースの界隈ではまず見ない面子に頭がくらくらするような感覚を覚えた。
片や世界的にも有名な記者、片や聞いたこともないそれこそどこにでもいるようなフリーライター。
その二人が顔を合わせた途端何とも仲がよさそうに会話を弾ませているのである、このトレセン学園のど真ん中で。
「やれやれ、あの子の顔の広さも困ったモノね…フジイだったかしら?さっき言ってた話だけど、私はあの子に関して話す気はないわ」
「そりゃ残念です」
「もしこの後あの子に取材を考えてるんなら諦めなさい、しばらくは近づくのもやめた方がいいわね」
アリッサの言葉のニュアンスが変わっていたことに藤井は目ざとく勘づいた。
彼女の言葉にある含みは、言葉通りの警告とはまた別の含みがあるように聞こえたのだ。
「なんかあるんですか?そんな印象がありますが?」
「シゲゾーから聞いたの。あの子、滅茶苦茶怒ってるそうよ。あいつの声、あれは本気ね」
「そりゃそうでしょうよ、自分だってムカついてます。正直、この業界にはいい薬になってんじゃないかとも思いますがね」
「あんたたちにじゃないわよ」
「どういう意味で?」
「ディープインパクトによ」
それはそうだろう、こんな大騒動に一般人のシマカゼタービンを巻き込んだのはほかでもないディープインパクトなのだ。
しかし藤井にはアリッサの言葉がどうにもほかを指しているように聞こえた。
ディープインパクトに怒っているが、その理由はまるで別の事だというそんな想像が頭によぎったのだ。
「シゲゾー曰く、デイライトぶち込まれた海パン野郎みたいになりたくなかったらやめておけ、ですって」
「全く想像つかないんですが?」
「解らない方がいいわよ、あんなの。だからね、今日もしあの子を見かけても絶対に声を掛けちゃだめよ。
もうやらかす気満々だから何が飛び火してくるかわかったもんじゃない、遠巻きにしておくくらいにしておきなさい」
「え、来てるんですか!?この記者会見に?」
「呼ばれてきてるわけじゃない、当然記者会見を見に来たわけでもない。となると理由は一つよね?」
「ディープインパクトに会いに来た、と?」
「そうでもあるし、違うわね。何を考えてるかわからないけど、あいつ、何かするつもりよ」
そしてそれを止めるつもりはない、アリッサは言葉にしなかったが態度でそれを表明し、瞳で藤井に警告した。
何があっても何もするな、手を出すな、それを読めない藤井ではなかった。
◆◆◆◆◆◆
金属とオイル、ガスと火薬の香りの染みついた賑やかな室内で歓声と怒号とエアソフトガンの射撃音が響き渡る。
キングヘイローは自分があまりに場違いな場所にいるとわかりつつもその雰囲気に圧倒されていた。
群馬地方トレセン学園の一角、田舎ゆえに大きな敷地内に建てられたかまぼこ型の格納庫内に作られていたのはありあわせの材料で作られた『日本ウマ娘トレーニング学園の一部』を模したキルハウス。
念入りな情報収集の元に組み上げられた簡素な組み立て式だが、その作りと構成はキングヘイローをして驚くほど良くできていた。
見かけこそ木材とトタン板でできたまるで工事現場のようなものだが、内装さえつけてしまえばトレセン学園の一区画と言われてもまるで違和感がないほどに練り上げられている。
そこで行われているのは、トレセンらしからぬヘリボーンからの突入制圧作戦を模したタイムアタック。その熱意は並外れていて、ここが地方トレセン学園ではないどこかなのではと錯覚するほどに殺気立っていた。
今は学内のどこに行ってもこの有様だ。練習コースも、ダンスレッスン場も、坂路でさえも、あらゆるところで殺気立っている。
だがそれでも自分のような部外者になに一つ危害も害意も加えてこないのはある意味で制御されているのだろう。
ハルウララの地方遠征でこの学園の一室を借り、レースのさなかに今回の騒動に巻き込まれて地方トレセンに足止めを食らったキングヘイローたちはむしろ仲間のように受け入れられてさえいる。
「キングさんじゃないですか?こんなところに来るなんて珍しい」
キルハウスの練習を見つめながら鋭い面持ちでナイフを研いでいたウマ娘がキングヘイローを見つけた途端その雰囲気を霧散させては笑顔を向けた。
その表情に裏の意図は感じられない、ただ知り合いを見つけて歓待しているという様子がありありとあった。
だがその瞳の奥にたぎっている怒りは隠していない、ただ向ける方向を理解しているだけだ。
「もしかしてキルハウスに参加します?装備なら向こうの装備保管庫で申請すればすぐに借りられますよ」
「作戦開始」
「降下降下降下!!」
ウマ娘が指さす先のキルハウスで、今も物騒なタイムアタックが繰り広げられている。
キングヘイローが首を横に振ると同時にキルハウスのスタート地点である高台からラぺリングロープを使って降り立つ勝負服を身に纏った尾花栗毛のウマ娘が、愛用の武器を手にキルハウス内を駆け抜けはじめた。
彼女が抱える木と鉄でできたサブマシンガンは、キングヘイローは少し前に見た戦争映画に出てきたとても古い型のものだとすぐに思い出した。
映画は第二次世界大戦時のスターリングラードを舞台にした物語で、その中でソ連兵がよく使っていたはずである。
「タンゴダウン!」
「クリア!次!!」
「コンタクト!!」
「フラッシュバン!!」
規定通りの指示が飛び、ウマ娘は即座にポーチから訓練用閃光手榴弾を引き抜いてピンを抜き室内に投擲。
すぐさま壁に身を隠し待機、中でライトが瞬き轟音がスピーカーから響いたと同時に室内に突入、せり上がった人型の的に射撃。
ガスの発射音と金属質な作動音と同時に撃ちだされた6ミリBB弾が的に叩き込まれて軽く弾け、その衝撃を感知した的は機械的に倒れる。
的確に的を射抜いていく姿はまるで動く銃座だ、的確に敵を倒すためにプログラムされた動く銃座だ。
「ウララさんを探しに来たの、そろそろ坂路練習の時間なんだけど来てなくて」
「ウララさん?見てないけど…すみません、私もさっき来たばかりなもんで」
「そう、どこに行っちゃったのかしら。メールも電話も反応が無いのよ」
「よくあることですね」
よくある事だ、ハルウララは天然で無邪気、だからこそどこか我儘気質なところもある。
予定があっても別のものに興味が引かれるとそっちに気が向いてしまってそっちに向かってしまう。
かわいらしい所なのだが、今回に限って言えば少々気が気ではない。今の群馬トレセン学園内は環境が悪い。
普段仲良くつるんでいるホクリクダイオー達モータースポーツ部の3人が、ガレージに引きこもり無言で愛車の整備を続けているのがその証拠である。
そうやって己の激情を制して平静を保とうとしているのが一目でわかる、それくらいに内心は荒れているのは付き合いが浅いキングヘイローにすらわかるほどだ。
黙って何かに集中していなければ我慢できない、そんな彼女たちの気持ちがにじみ出ていた。
そんな姿が痛々しくて、でも何もできない自分の無力さがキングヘイローにとって歯がゆく感じていた。
そんな二人の前でキルハウスを駆け抜けたウマ娘が出口から出てゴール地点に駆け抜ける。
それを採点していたトレーナーがタブレットを片手に採点を口にした。
「踏み込みとコーナー処理がまだ甘い、今の君ならもう少し詰めれる。しかし総合点数は普段以上だな。
視認からの判断、攻撃の可否、攻撃後の事後確認、どれも良くできている。これなら実戦のレースでも十分に役立つ…気負いすぎだ、これじゃ持たないよ」
「はいッ、もう一度お願いします!」
「待て、休憩を入れよう。どのみち、しばらく順番は回ってこない。紅茶でも飲まないか?今朝、おいしいジャムを買ってきたんだ」
「じゃぁひとっ走り行ってきます、次の予約をお願いします」
「ペペ…予約はしておくが、もし体に違和感が出てきたらすぐ相談すること、いいね?」
ドンドンと話を進めてるウマ娘に、トレーナーは肩を竦めてため息をつきながらもそれを見守っている。
群馬トレセンで今はよく見る光景だ、誰もかれもが必死で自分を抑えようと努力している。何かして矛先を変えてなんとか制御しようとしているのだ。
「みんな我慢してるんですよ、だからこうして発散してるんです」
「やっぱり怒ってるのね」
「怒らない理由がありますかね?」
そんなモノは無い、キングヘイロー自身もそう断言することができた。それでもディープインパクトの気持ちも理解できてしまうのは、彼女という現実を知ってしまった故なのだろう。
それでもディープインパクトがしたことは許されない事であることは間違いない。
「ペペのアレだって、トレーナーは気づいてるから強く言えないんですよ。あいつ、ロシア生まれのロシア育ちなんです」
ロシアには日本にあるような国際認定機関に認められた公式のウマ娘レースは存在しない。
レースそのものは存在するものの、それは世界基準となる認定機関の認定を受けておらず国際的かつ公式の場で活躍するにはより手順が必要になる。
だからロシアのウマ娘は、手っ取り早く世界の公式レースに出たければ国外に留学してそこで活躍するしかない。
そのためのハードルは極めて高く、それこそ名家と言われる金持ちの家柄であったとしてもやすやすとは動けないのだ。
この業界は極めて厳しい勝負の世界、飛び込むことはできてもそこで活躍できるかどうかは未知数。
才能がなければ活躍できず、才能があっても巡り合わせが悪ければ日の目に当たることはなく、両方なければどうにもならない。
入ったはいいけどもうだつが上がらず成果も出せず、掛った費用と家族の期待に応えられる可能性ははっきりと答えればかなり低い。
国内のレースに飛び込めたとしてもそれである、そこから好成績を残せたとしてそれが世界で通用するかといえばそれは別問題である。
彼女達を阻むのはひとえに環境と親心、そして家族を思う己が精神、彼女たちはその最初の一歩から高いハードルに試されている。
「姐さんが向こうの学校にうちを推薦したんですよ、中央はともかく地方なら負担はだいぶ軽くできるからって。
それにうちは表現的には変でしょうけど親方日の丸ルートもありますから進学なり就職に行きやすくできますからね。
望む方向ではないにしても、他に技があればつぶしが利くってもんです。あんなふうに動けりゃ引く手数多でしょ?」
「それは――――」
「楽しみにしてたんですよ。来月にデビュー戦で、成績によっちゃクラシックに挑戦することも視野に入れてましてね。
そこでうまく行きゃ世界にも挑戦してみようとか…ほんと、楽しみにしてたんですよ。それにケチ付けやがって…」
その言葉にはキングヘイローには決して向けない憎しみが混じっていた。その言葉の矛先にあるのは、ディープインパクト、ただ一人。
良い奴だと思っていたのに、仲良くやれると思っていたのに、彼女は最悪の場で裏切った。
一番やってはいけない場所で一番やってはいけないことを公共の電波に乗せてばら撒きやがった。
「知ってますか?今、日本ウマ娘レースが世界でどんな笑いものにされてるか。違法レースと同等な3流レースですよ。アジア人らしい下品なレースですってよ?」
そしてその言動に世界の悪意が乗りに乗った、無責任なネットという海の中で繰り広げられる悪意しかない無責任な言葉が世界に飛び交ったのだ。
中央も地方も知らない外野からの誹謗中傷が鳴りやまず、鎮火を促そうともそれを上回る面白がって炎上させる魔の手に消火もできずにネットは大騒ぎ。
仮にも世界に認められた一流だった日本ウマ娘レースで、その年のクラシック三冠が勝利記者会見で行った大暴露は格好のおもちゃであり火種であった。
すでに群馬県の峠レースどころかカーレース界隈にまでも火が回り始めている。
峠という隔絶された環境で自ら引きこもって遊んでいた節度ある所に無作法に割り込んで、正義と法を盾に喚き散らす正義の味方も他の峠で確認されている。
必要悪としてよほどのことがない限り黙認していた警察もこれには動かざるを得なくなり、世間の騒ぎは収まりそうにない。
「キングさん、中央ってのはああいうのありなんですか?あそこ迄ぶっ飛んでていいもんなんですか?」
その時、キングヘイローの脳裏によぎるのはハジケリスト、王様、女帝、旅人、極限ファン、一直線、忠義の騎士、鎌倉武士、タキオン、宇宙、などなどなど。
返答はできなかった、何しろ一線を越えないと言い切れないレベルのフリーダムさを持つ連中が学園にはごまんといる。
それこそウマ娘に限らずトレーナーにさえ絶対と言いきれない極めつけのガンギマリがたくさんいる。
というか今までの言動ややっていることを思い返すと、その一線を反復横跳びしているような面子がいるような気がしてならない。
もしその姿が世間に知れ渡ればお茶の間を賑わすようなレベルでないことをしている連中は、実際いるのである。
「その沈黙、地方に喧嘩を売っているとみなされますぜ?」
「私も不安になってきた」
「ちょ!?そこは否定してください!!」
「だって、ゴールドシップさんとか…思えばスピカもトレーナーさんがスぺちゃんのトモに無断で触った挙句ゴルシさんが拉致ったのが最初って聞いた気が…あと南坂トレーナーさんあたりもアレやってたし、あれって立派なテロなんじゃ?」
「ちょちょちょ!?」
「ダイヤさんとクラウンさんも学校でいろいろとしててVR機材なんかもその筋だというし、アストンマーチャンさんの着ぐるみに、光るトレーナー…」
「キングさんしゃらーっぷ!落ち着いてください!!あとその回転は別の人でしょー!!」
ついに思考が空回りしなぜか左回転を始めたキングヘイローにすがり付いて止めようとする名もなきウマ娘。
その漫才になんだなんだと面白半分に人だかりができて見物人と、面白半分にはやし立てる声。
その唐突な笑いの提供に室内の空気が一気に華やぎ笑いがこぼれる。
そんな緩んだ空気の中、キルハウススタート地点の高台に次の挑戦者であるウマ娘が姿を現した。
トレセン学園指定のジャージに袖を通した小柄なウマ娘。
背中には要所を金属で補強されたポリカーボネートの大盾を背負い、腰と胸にはガス式40ミリモスカートを詰めたバンダリアとグレネードポーチ。
その手に握られているのは小柄な体躯に似合わぬアーウェン37グレネードランチャーを模したエアソフトランチャー。
手慣れた手つきで40ミリモスカートを装填した彼女はいつも通り元気な声で宣言した。
「よーし!最高得点目指すよー!!」
「「「「がんばれウララちゃーん!」」」」
「とつげきー!!」
「「「バンザーイ!!」」」「敵の潜水艦を発見!!」
「駄目だ!」「No!」「Nein!」「Нет!」
全てが終わり、そこそこいい点数を出してご満悦のハルウララがキルハウスから出てくるまで漫才を繰り広げていたのはキングヘイローにとって幸運だったのかもしれない。
あとがき
簡単に言います、ディープインパクトがやったことは全方位無差別攻撃(多重ヒット判定あり)です。
彼女が攻撃してしまったのはウマ娘レースだけではありません。だからちゃんと解ってないのはダメなんですよ。
そして予告します、一般ウマ娘だからできる事をやっていきます。まずは大火事、消すならもっとデカい爆発を起こせばいい。
ちなみに渋谷の事件はかつてゲームセンターで稼働していたアーケードゲーム『ザ・警察官』みたいな感じを想定しております。