気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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このお話はフィクションです、現実のレースとも組織とも勝敗とも何のかかわりはありませんのでご承知ください。
だから勝ってない馬が勝ってても良いし、出走馬か少し変わってても何も問題はない。いいね?

多くの誤字報告とご感想、ありがとうございます。




第11話

 

 

 

 

2005年12月25日、中山競馬場『第50回・有馬記念』最終コーナー、ハーツクライの騎手、ポール・ルベルは困惑の只中にいた。

なぜだ、おかしい、耳朶を打つ蹄の足音の波の中から聞き取れる、今一番聞き取りたくない足音が聞こえてきている。

シミュレーションは完璧だった、調教は完璧だった、作戦も詰めるだけ詰めてきた。あぁそうだとも、前準備は完璧だ。

何もかも完璧な準備と対策をしてきた、今日こそあの連勝を食い止める日なのだと心の底から決めてきた。

 

(なぜだ?)

 

そのために己は完全に仕上げてきた、相棒も完全な仕上げをしてきた、俺たちは完璧に走れているのだ。

なのにいる、俺たちの後ろに奴が来ている、見なくても分かる、あの黒い怪物の足音が近づいてきている。

追い付けないはずだ、追い抜けないはずだ、そのはずなのに悪寒が止まらない。

近づいてきている、そのペースが速すぎる。

 

(なぜそこにいる、ディープインパクト!!)

 

愛馬のハーツクライが限界まで足を酷使して先行策から押し上げてトップを取っている、その鞍上でルベルは戦慄に背筋を凍らせていた。

十分なマージンは取れたはずだった、これまで得たデータから見れば、ディープインパクトの追い込みを躱せるはずなのだ。

後ろにつくリンカーンならばともかく、一番この策に嵌めるつもりだったディープインパクトと大竹が追い付いてきている。

あり得ないはずだ、見破られても問題ないくらい飛ばしてきた、ディープインパクトが追い込みきれない距離を稼いでいたはずなのだ。

 

(速すぎる、本気ではなかったとでもいうのか)

 

いやあり得ない、そんな舐めたことをしている連中ならこんな大舞台に立てるはずもない。

ならば答えは一つ、自分たちの想像以上にあのコンビは走りを仕上げてきたということ。

 

(真後ろ、食いつかれてる。上げろ、ハーツクライ!)

 

もう最後のコーナーは中盤に入っている、すでに最後の直線までわずかだ。無理を承知でルベルはハーツクライを加速させる。

 

(勝つのは俺とハーツクライだ。頑張ってくれ、相棒!)

 

ここまで来て負けを認める気はない、このまま逃げ切ってみせる。相棒ならばそれができるとルベルは信じていた。

それをさせる走りを指示できると信じているし、ハーツクライもそれに応えてくれている。速度が上がる、ハーツクライも意地で足の回転を上げてくれた。

 

(抜けるなら抜いてみろ!)

 

追いすがるリンカーンと追い上げてくるディープインパクトに向けて心の中で啖呵を切る。

自分たちは先頭の内ラチ沿いを走り抜けている、追い抜くなら外側から行くしかない。このコーナーで抜けなければ最後の直線。

そこでの加速勝負ならハーツクライはディープインパクトに負けない、粘れるはずなのだ。

 

(外からこの速さでさらに加速、ディープインパクトか!?オーバースピードだ、膨らむぞ!!)

 

ディープインパクトの足音の重さが変わったのに気づいた、速さも上がっている、明らかにスピードアップの兆候だ。

あり得ないことだ、こんな加速はデータになかった。ディープインパクトの末脚はもう研究し尽くしていたはずなのだ。

なのに加速している、このコーナーを曲がりながらどんどんと差を詰めてきている。リンカーンを抜き、すでに並びかけている。

その音から感じ取れるコースは馬にできるライン取りには見えない円を描いている、無茶苦茶な走りにルベルはすぐに気付いた。

速度が乗りすぎている、曲がり切れるわけがない、曲がり切れるはずがない、大竹もディープインパクトも必死だ、賭けに出たのだ。

 

(分の悪い賭けだ、このまま前に―――)

 

「行け!ディープ!!」

 

思考が大竹の掛け声に遮られる。瞬間、鹿毛の馬体が自分の真横をすり抜けていった。その動きは馬のする動きではないように見えた。

余りにも自然に、わずかに下半身部分が外側に膨らんだままするするとスリップするような挙動できれいにコーナーを抜けていく。

前足と下半身がまるで別の馬が動かしているかのような足運び、その動きにルベルは思わず目を疑った。

 

(翼、だと…)

 

それは幻覚だった、そのはずだ、でも確かにルベルの目には一瞬だが映っていた。

飛ぶように芝を駆けるディープインパクトと鞍上の大竹の背中から、大きな翼を広げているのが。

最後の直線に入る、すでにディープインパクトが前に入り込んでいた。

ふざけるな、ルベルはハーツクライにもう一度鞭を入れる。ハーツクライの目にも火が灯っていた、ふざけるなと嘶いた。

負けてたまるか、行かせてたまるか、このまま勝ち続けられてなるものか!!

 

(縮まらない!!)

 

追いすがる、追いかける、なのにあの黒い馬体が大きくならない。速すぎる、遠すぎる、格が違いすぎる、

まるで別の何かを追い求めて鍛え上げたような、まるで別物の末脚だ。

ディープインパクトが目の前のゴール板を抜けていく、続いて自分たちが抜ける。2着だ、1馬身差だった。

1着『6番・ディープインパクト』2着『10番・ハーツクライ』3着『14番・リンカーン』4着『4番・コスモバルク』5着『13番・ツバキプリンセス』。

目の前のディープインパクトと大竹が駆けていく、ウイニングランを行うコンビの姿はあまりにも遠くに見えた。

会場が大きくどよめいている、歓喜に沸いている。無敗の四冠、皐月賞、東京優駿、菊花賞、そしてこの有馬記念。

ディープインパクトはかの伝説にどんどんと近づいていく、新たな伝説が今目の前にいるのだ。

それに喰らいついて行ったライバルたちには健闘を讃えるエールがこだまする、だれも貶すことはない。

 

「負けた、な。ハーツクライ」

 

悔しさに目頭が熱くなるのをルベルは感じて、それを振り払いながら頑張ってくれた相棒の首を撫でる。

ハーツクライも悔しそうに声を発して、顔を俯かせてしまった。お前が落ち込むことじゃない、ルベルはそう思いながらやさしく微笑みかけた。

この敗北はハーツクライのせいではない、ディープインパクトと大竹の技術向上速度を見誤った自分たちのせいだ。

もっと実力を上方修正しながら調教をするべきだったのに、それを怠ってしまったのだから。

だからこそ気になった。ディープインパクトは一体どんな訓練をしているのだろう、もしハーツクライも同じような訓練をさせたらもっと強くなれるだろうか。

 

(そういえば、群馬競馬のトレーニングセンターによく行っていると聞いたな)

 

まだディープインパクトが弥生賞を勝ったばかりの頃、そこである噂が立ったのを覚えている。

曰く『ディープインパクトが模擬レースで地方競馬の競走馬に全敗した』という与太話だ。

大きく話が広まることなく風化したと記憶しているが、そのころからディープインパクトは最終調整には必ず群馬に遠出するらしい。

そういう噂になる何かがそこにある、と考えられなくもない。

今度掛け合ってみるか、ルベルは次こそはあの黒い馬体の前にハーツクライを導く決心をして、歓声に沸く中山の観客席を目に焼き付けるために目を向けた。

次こそはこの声を相棒に向けさせるために。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

お仕事は何も峠道ばかりを使うわけではない、芦名市街地をゆっくり練り歩く形でやることもある。

今日はその日だ、背中に未熟成のウマ練りを背負って敏則に引き紐を握られながらゆったりと歩く。

 

『いい天気ですなー』

 

『だなぁ』

 

『うむ』

 

ブチとコマツが俺の仕込みに散歩がてらついてくるのも日常だ。もうご近所さんも慣れたもので一目見ると普通に挨拶してくれたりする。

 

「あ、シマカゼだー!」

 

「うまー!」

 

住宅地をカッポカッポしてると、公園前に差し掛かったあたりで近所の幼稚園児たちのお散歩に出くわした。

こいつらの幼稚園にはふれあいの一環で何度か顔を出してるからもう顔見知りだ。

うちが瀬名酒造一行だとわかると引率のお姉さんが挨拶してきて、敏則がそれに応える。

そして近くの公園に一緒に行くと、敏則がいったん酒を下ろしてくれると同時に一斉に園児たちが突撃してくるのもいつもの事である。

こういう触れ合いも社会で生きるためには必要なこと。しかし芦名の子供たちは元気だ、男女問わず俺の足をよじ登ろうとしてきやがる。

 

『あぶないからやめーや』

 

「わー!」

 

服の背中を食んで軽く持ち上げてから引き剥がして背中に乗せるのものいつもの事。園児たちも慣れたもの、背中に乗せたらしがみつくだけで暴れない。

 

「けんじずっけー!おれもおれも」

 

『そこでおとなしくしとき、ほらほら順番な順番!』

 

一人乗せると俺も私もとやってくるから順番に乗せてやって軽く広場をくるくる回ってやる。

プチ乗馬体験だ。タダで、しかもサラブレッド(兼業)に乗れるとかそうそうできることじゃねぇぜ。

もちろん落とすようなことは絶対にしないし、ただ歩いてるだけだからそうそう落ちたりもしない。

 

「ぶちー!」

 

『おいおい嬢ちゃん、力持ちだな』

 

ブチも慣れたもので、女の子に抱き上げられてきゃいきゃい振り回されても全く嫌がるそぶりを見せない。

顔は仏頂面しながら心の中では笑ってる、尻尾もぶんぶん振ってるし。

 

「ぶーちゃ!!」

 

『俺は豚じゃねぇ!!』

 

「ぶー!」

 

『むきゃー!』

 

コマツが子豚扱いで猫みたいな威嚇してるのもいつもの事、ぶーぶー言ってる男の子にだけで他の子の撫でる手には何もしないから分別はついてるって思われてる。

実際何もしない、ブーブー言ってる男の子にだって襲い掛かるとかしないし。

コマツ、お前は猪豚だから豚の一種なんだけど…こんな触れ合いも日常、時々こいつらの幼稚園にも行ってふれあい体験するしな。

 

「いけー!でーぷいんぱくと!!」

 

『ちゃうねん、シマカゼタービンやねん』

 

と思いつつ少し速度上げて走る振りしちゃう俺、子供の夢壊すわけにはいかんよね。この年齢のお子さんは可愛いこと可愛いこと。

ディープやっぱ人気なのな、こんな小さな子供も名前知ってるんだもんな。友人、もとい友馬ながら鼻が高いぜ。

でもなけんじ少年、俺はそのディープより実は速いんだぜ?模擬レースでだけどな。

 

「おうまさんおうまさん、ニー!」

 

「ヒィー!」

 

早歩きしてると追いかけてきた女の子が足元でニッコリ笑ってくるのに、俺もお返しでにっこり笑う。するとキャッキャと笑う。

 

『『『やっぱ、子供は可愛いなぁ…』』』

 

偶然ブチとコマツの呟きと重なった。なんだかんだ言ってみんな子供は好きよ、このまま健やかに育ってくれと願うばかりだ。人生は厳しいもんだがな。

そんなひと時の触れ合いもすぐに終わり、幼稚園児たちがお散歩の時間が終わるのと同時に俺たちも仕事に戻る。

元気にバイバイしてくる幼稚園児たちに、俺たちはその場でお座りしたまま右前足でバイバイしながら見送った。

 

『可愛かったな』

 

『うむ』

 

『ま、そだな。しかし豚じゃねっての、猪豚だっての』

 

「お前ら、顔がにやけてるぞ」

 

敏則の奴が困ったように言ってくる。しょうがないねん、可愛いは正義だぞ。

幼稚園児たちを見送ったらお仕事再開、お酒を背負って街中を再びかっぽかっぽ。

途中、敏則が商店街で夕食の買い出し、俺は商店街に入るにはデカいから外で待機。自販機で飲み物を買ってブチとコマツに分けながら外で待つ。

この時、商店街の外に位置する家電屋のショーウィンドウに展示されてるテレビを見るのが楽しみだ。

路肩の端っこに座り込んで、リラックスしながらお茶を飲みつつテレビ鑑賞である。

 

『おー、頑張ってますな』

 

偶然にも有馬記念の中継、最後の方だけだけどどうやら勝ったらしい。

ま、2500メートルなんざ3000メートルを走り切ったあいつなら楽勝なんだろうけどな。

しかし強いよなぁこいつ、これでG1…だっけ、4連勝じゃん。向かうとこ敵なしだ。

あ、よく見るとツバキプリンセスもいる、5着か。大健闘だなこれ。

 

『ふぅん、面白い馬だな。後ろから一気にってことはモンスニーのヤツの言う追い込みってやつか』

 

『追い込みがどうとかは知らんが、結構ギャンブラーだなこいつ』

 

俺の背中に器用に乗って一緒にテレビを見てるブチとコマツの言う通りだ。

ディープは強いしやるときはやる、あいつほんと強いからなぁ…あ、リプレイ始まった。

なんかすごいことやらかしたとか…あ、こいつ尻を振って曲がってやがる。いつの間に覚えたんだ…

 

「タービン、終わったぞ…ん?有馬か」

 

くいくいと引き紐を引っ張る敏則もテレビのほうを向く、見慣れた馬が走ってりゃそうなるよな。

しかも俺の走りを身に付けてやがるし、俺も覚えるの苦労したのにコイツときたらもう実戦で運用してるとかホント天才だわ。

 

「おや、こんなところで道草とは…うん?競馬を見てるというのも珍しいな」

 

「あ、マサさん、どうも」

 

歩道の端に横たえていた体をよっこいせと起こしていると顔なじみの厳つい中年お巡りさんがこっちを見て声をかけてきた。

顔なじみのおまわりさん、小さいころからずっと近くの交番にいる雅孝さんだ。

わが社のウマ練りリピーターでもある雅孝さんとはなじみ深い、仕事用の自転車が壊れたときなんかしばらく貸し出されて乗せてたこともあるくらいだ。

すまんね、お巡りさん。今日は仕込みと夕食の買い出しですわ。

 

「珍しいこともあるものだ、いつもは車の時くらいだろうに」

 

「最近仲のいい奴が出てたもんですからね、それで見てたんでしょうよ」

 

「ブルッ!」『そだね、それ以外ないっしょ』

 

俺が競馬見るなんてそれこそめったにない話である、そもそも興味ない。この店で足を止めるのはカーレースの時くらいだ。

俺の馬房にもテレビが欲しいぜ、ラジオもそうだがなかなか手に入らん。

 

「それならいいがな。タービン、興味を持つのは良いがギャンブルはだめだぞ。ああいうのはすぐ身を滅ぼしてしまうからなぁ」

 

「何言ってんだよ、こいつは賭けられるほうだぞ」

 

「お前こそ舐めちゃいかん、こいつが金勘定できるのはみんな知ってるんだぞ?ちゃんと教えにゃならんだろ」

 

分かってるよお巡りさん、賭け事ってのは俺も好みじゃねぇから安心しなって。俺がニッコリ笑ってやると雅孝さんも満足そうにして、そのまま巡回に戻って行った。

 

「馬が馬券買えるわけ…いや、買えるのか?馬が禁止とかいう条項あったっけ?」

 

『知らん』

 

競走馬が自ら馬券を買っちゃだめってルールがあったかは覚えてねぇが。普通に馬券売り場に並ばせてくれるとは思えんよな。

馬券の自販機とかあったっけ?そこらへん行ったことないからわからんが…ま、買わないからいっか。

しかし、すげぇ歓声だな。観客席一杯だしみんなディープのこと見にきたっぽいし、これが有馬記念か。

 

『そういや呼ばれなかったな、お前』

 

『ブチさんや、普通あんな場所に俺みたいな輓馬が呼ばれるわけねぇっしょ』

 

モンスニー爺さんの言う暮れの中山ってのはこれの事なんだろうが、まぁそんなの奇跡が起きてもありえんね。

こいつは文字通り一生に一度の晴れ舞台、ツバキプリンセスが出てたみたいだし俺よかダイオーかノルンのほうが可能性高いよ。

それにみろよ、この観客の数、これ金を賭けてる奴ら大半だろ?そんな期待背負って走るなんて考えたくもないぜ。

 

『お前だってはえーじゃん』

 

まぁ菊花賞の後もあいつはこっちに来たしな、その時も3000と2500で走ったから勝ちはしたさ。

だがね、コマツ。やっぱり俺には縁のないお話だよ。

 

 

 

 

 






あとがき
第50回有馬記念でのお話、この世界では普通にディープインパクトが4冠達成。
ハーツクライ陣営の仕掛けに対してそれより速いヤツに慣れていたこいつらはただペースを上げて千切りに行った。
ついでにツバキプリンセスが出走、5着なので普通に強い。
対してシマカゼタービン一行はなんのこともない日常してました。日常ですよ、これがね(念押し)


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