いつも多くの感想と誤字報告、ありがとうございます。
自分の選択は正解だったんだろうか?ポール・ルベルは何度目かの自問自答をしているところだった。
有馬記念を終えて、優秀な成績を残したことから予定通りドバイへ海外遠征に向かうハーツクライの最終調整のために群馬競馬の総本山ともいえる群馬トレーニングセンターに協力を依頼したのは決して間違いではなかったとは考えている。
群馬地方競馬は2005年に第2のメイセイオペラを一気に繰り出して名声を勝ち取った時の地方競馬だ。
一頭だけならばまだしも三頭同時に、かつ狙いを定めて中央競馬のGⅠレースを一気に掻っ攫っていくのは誰がどう見てもマグレとは思えない。
偶然居合わせた栗東厩舎の厩務員などは呆れた顔で『あいつらやりやがった』と、現場で唯一心の底から感心した顔で認めていたのだから。
日本競馬を知る誰もが困惑し、驚愕し、興奮した。ディープインパクトの無敗四冠と同時に起きた地方競馬の強襲はそれほどのモノだったのだ。
だからここに来た、相棒のハーツクライをより強くできるヒントを得るために、群馬地方競馬の異様な強さを探るためにだ。
しかし何かあってゴシップ記事に変なことを書かれてはたまらない、ディープインパクトのような模擬レース連敗の噂はあまり立てたくなかった。
そう考えて調教師や馬主と協議して信頼のおける一流紙の記者を同行させる密着取材としたのだが…
「うへへへ、こりゃたまりませんわぁ…」
(こうなるよなぁ…)
高性能一眼レフカメラを構え、今にもよだれを垂らしそうなほど溶けた表情で写真を撮りまくる女性、稲波記者。
若手ながら優秀な記者で、自分の記事は裏付けを取ったネタしか使わない真面目な仕事人だ。
だがこの世界に入った理由が競走馬と競馬が好きすぎたからで、こうして時々変態と化してしまうのが玉に瑕。
今日も話題の馬たちの生写真と生取材ができるとあって朝から怪しかったが、予想通り興奮して中身が飛び出てしまった。
(いい娘さんではあるんだよ、フランスでも見ないくらい真面目な良い子なんだよ?普段は)
しかし若い女性で競馬好きで競走馬大好きなお馬さんオタクなのである、しかもアイドルオタク張りに怖ろしい熱の入り方で変わり者。
オタク故に、ファン故に、好きなもの扱う仕事に真面目に向き合って納得いかなければ上司にも噛み付く気性難だが信頼はできる。
つまりいろいろ難しい女性なのである、彼女は。それを理解しているのかは知らないが、案内をしてくれている群馬トレセンの職員は苦笑いするだけだ。
気を使ってくれているらしい、もしくは同類がこの群馬にもいるのかもしれない。
「こら」
ルベルは稲波の頭に軽いチョップを落とす。来日時からハーツクライとルベルの専属として出版社から派遣され、たびたび顔を合わせてきたからもはや慣れたものだ。
興奮してる彼女には軽い衝撃が正気に戻すには一番いいのだ、こうして叩かれても一眼レフカメラの矛先は全くブレないのは筋金入りである。
カメラの矛先にあるのは練習用の広い練習場で、一頭の馬が練習場一杯に広げられた赤いパイロンの間を縫うように走っている。
決められたコースがあるらしく、一定のルートをたどっていてパイロンの合間を縫うスラロームからパイロンを回り方向転換するターン。
走っているのはホクリクダイオー、血統はかつて持て囃されそれゆえに研究され尽くされたはずのパーソロン系、栄華を誇り今なお語り継がれる皇帝シンボリルドルフの孫であり奇跡の復活を見せたトウカイテイオーの娘。
母は群馬競馬にて繁殖牝馬であったホクリクメイヴ、祖母にフジカワ。古くから日本を走ってきた競走馬の血統だ。
トウカイテイオーの産駒は2001年のヤマニンシュンクルとトウカイカムカム以後、中央G1競争での勝利どころが中央オープン競争勝利からも遠ざかり、人気も徐々に落ち込んでいた。
その後は地方重賞馬こそ出せど中央では目立った産駒もなく、ホクリクダイオーも地方重賞で勝てる程度のまぁまぁな馬と思われていた。
だが皇帝の孫娘はその力を受け継いでそれを超えてきた、入念に鍛え直したその神威は2005年の第25回ジャパンカップで猛威を振るう。
中央の競走馬や海外出走馬と堂々と鎬を削り最後の直線で抜け出し、2着のアルカセットに半馬身差をつけた上にレコードタイム『2分21秒0』と文句を言わせぬ見事な勝利。
自分もそこにいたのだ、相棒のハーツクライと共にルベルも第25回ジャパンカップを走っていた。
レースの序盤から中盤は凡走と言えた、中盤を超えたあたりではよくいる地方競走馬にしては強いという程度で順位は9位、馬群の中で囲まれていて脅威とは思えなかった。
しかし最終コーナーで中段の馬群に埋もれていたはずのホクリクダイオーが、その中をすいすいと泳ぐように抜け出して最終直線では我が物顔で勝負の場に躍り出てきた。
当時はアルカセットとの勝負になるとしか考えなかった自分の真横からホクリクダイオーがわずかに鼻を前に出すまで気配も足音も感じなかったことに驚愕し、次の瞬間には自分はタイムスリップしたように感じた。
ラストの直線、残り200メートルで3頭が並ぶ。内にアルカセット、外にハーツクライ、そしてその間に挟まれたホクリクダイオー。
自分は相棒に鞭を入れ、アルカセットも騎手から鞭が入り、ホクリクダイオーの騎手は千切れと叫んだ。
壮絶な叩き合いとラストスパート、だれもハナを譲らない、だれも前に抜け出せない、互角の走りだった。
最後70メートル、ホクリクダイオーの速度が緩む、勝ったと思った、次の瞬間には彼女の馬体が自分たちの間から半馬身抜き出ていた。
一瞬の減速の後に見せつけてきた猛烈な急加速によりハーツクライとアルカセットの間を抜け出し、彼女は自分たちの前に躍り出る。
残り50メートル、ホクリクダイオーにじりじりと離される。アルカセットが追いすがる、ハーツクライも無理を承知で速度を上げるがアルカセットにわずかの遅れをとり、勝負は決した。
その走る姿は牝馬であることを除けば父であるトウカイテイオーの生き写し、戻ってきたのだと往年のファンの声が嫌にも聞こえてくるようだった。
(それだけじゃない、今年はあまりにも異様すぎたな)
ルベルは練習場の脇にある芝生で寝っ転がり、なぜか戦車の模型を前足で突きながらぶんぶんと唸るノルンファングとその横でどこか諦めたように水の入ったペットボトルを呷るツバキプリンセスの白い馬体に目をやる。
まるで買ったばかりのおもちゃを自慢しているようなノルンファングだが、彼女も2005年の天皇賞・秋で2着から1馬身差をつけて勝ち切った立派なG1タイトル持ちだ。
最終直線、中段馬群に潜んで接戦を制して先頭に躍り出たヘヴンリーロマンスを待っていたかのように急加速、先頭集団を丸ごと差し切って勝利を奪うという、狙撃手の放った銃弾のような一撃に場内は騒然となった。
鼻息を荒くするノルンファングの横で少しうっとうしげに水を呷るツバキプリンセスもエリザベス女王杯を勝ち抜いた立派なGⅠ馬。
その走りは王道の差しか追い込み、奇抜さはなくともしかしその走りもかつての白い稲妻を蘇らせるには十分すぎる威容を放っていた。
2005年の有馬記念で最初から最後までディープインパクトに追従してみせた足でエリザベス女王杯では最終コーナー手前で後方集団からロングスパート、コーナーを曲がりながら馬群を縫って前進し最終直線で先頭に躍り出てそのままゴール板を突き抜けた。
(なぜ彼女たちは走れるのだろうか)
どれも古い血だ、この3頭すべてが研究され、戦い続けて、それで多くの馬主から徐々に興味を失われてきた古い血統ばかりだ。
それも主戦場は地方競馬、地方競馬のコースはダートコースで群馬競馬もその例にもれずほとんどの競馬はダートで行われている。
彼女たちは芝での勝負もできるように訓練されているが本業はダートコースでの競走馬だったはずなのだ。
だが彼女たちの走りは本物だった、ダートから芝に戦場が移ってもなおその脚力は衰えることがなかった。
(血ではないのか、ならば変わっているのは練習方法か?いや、だが…)
一見すれば意味不明な練習だ、ルベルの祖国フランスでもこのような練習は全く見たことがない。
いや、それを言えばこの練習場で行われている調教の一部は明らかに異質なものと言えた。
群馬トレーニングセンターを訪れて驚いたのは練習光景の異様さであった。
騎手や調教師たちがさも当然のように馬たちに喋りかけていて、馬もそれを聞いているようなそぶりがあった。
その光景がまずオカシイ、馬も動物ではあるが犬猫とは違うのだ。犬猫でも人間の言葉を理解しているわけではないと思うが。
それに練習メニューもおかしい、見慣れた基本調教や併走訓練に平然と車両競技用らしきメニューが紛れ込んでいるのだろうか。
なぜ馬運車に馬を乗せて道路をひた走るメニューがあるのだろうか、なぜ裏山に曲がりくねった練習用坂路コースが作られているのだろうか。
なぜ平然とジムカーナ(第3駐車場)やスラローム(第2馬房裏)と、アスファルトの上で馬を走らせているのだろうか。
中央競馬と比べれば地方競馬のレベルは低いはずだ、今でこそ去年の快進撃で注目を浴びつつあるといっても設備までは変わらない。
古い設備、少ない人員、古い知識、地方競馬会も日夜進歩を目指していても中央競馬会に比べたら進歩へのハードルは高いはずだ。
事実、ここの設備は中央競馬のトレーニングセンターと比べたら一世代は前の古い設備ばかりだった。
いや、だからこそこの異様な光景なのだろうか?あるもの全てを使ったなりふり構わない応用が強さの秘密か。
だがわからない、理解ができない、自分が悪いのか、それとも群馬競馬が突飛なだけか。ルベルは何とも言えない引っ掛かりを胸に覚えていた。
ならば自分もやってみるしかあるまい、何事も経験だ。依頼した模擬レースの前に軽く歩く程度ならば問題もないだろう。
「うん?あれはディープインパクトか?その後ろにいる馬は…そうか、あいつがか」
「うひょほ!!彼がシマカゼタービン!噂のツインターボのお孫さん!!」
調教師を帯同して現れたディープインパクトと専属騎手の瀬名敏則に手綱を引かれる栗毛の牡馬、シマカゼタービン。
群馬競馬ではやや有名な看板輓馬だ。頭が良すぎる輓馬、酒造りの匠の輓馬、謎のローテーションで走る副業競走馬。
おそらく唯一ツインターボの血を引く成功例であり、望まれなかった産駒。
SPⅠなどの重賞こそ取ってはいないが、昨年の出走レースは12戦12勝の逃げ切り常勝馬。
群馬競馬の重賞ステップレースである白蛇記念にて上半期と下半期各2回行われるこのレースの全てで一着を奪うが、上のレースに向かわない謎のローテーションをする馬だ。
白蛇記念は1着と2着の馬に、開催時期に合わせた高崎競馬場のSPⅠへの優先出走権を与えられるがその2着が該当重賞の優勝馬であった。
(うわさが絶えない不気味な馬か…)
所属厩舎の瀬名酒造がある芦名市ではよく街中に現れる見慣れた存在で、町中によく出没する人懐っこいアイドル的な馬だという。
そんな彼には噂が多い。曰く、彼は頭が良すぎて金勘定ができる。彼と一緒にいると馬の知能が高くなる。
馬なのに人間並みに何でも食べる。無駄に頑丈。肝が据わりすぎている。酒の仕込みに対する熱意が異常など。
そして彼は現在唯一、ディープインパクトに勝てる馬とも噂されている。眉唾物だがスポーツカーとの違法レースで勝ったという話も聞いた。
こればかりはただの噂だろう、彼はダートの競走馬で適正距離もマイラーかスプリンターという話だ。
なぜかその後ろからディープインパクトがついてきており牝馬2頭の手綱を引く若手の厩務員がぞろぞろと続く。
向かう先は新設されたばかりらしい真新しいダートコースで、やや使い古された発走ゲートがスタンバイしていた。
ルベルは少し気になって案内役に問いかけた。
「あれはゲート訓練ですか?」
「今日は新馬の訓練が入ってて、タービンが教官役してくれるんですがね…ディープのヤツ離れないみたいだな」
「尾花栗毛と黒鹿毛の牝馬が二頭…ハッ!もしや噂のアイネスフウジン産駒ですか?」
「よくご存じで、栗毛の方がアルトレーネ、黒鹿毛の方はアルトアイネスです」
「うひょほぉ!?」
まーた始まったよ。
◆◆◆◆◆
『イヤなのです!!』『イヤだー!!』
新品の練習用ダートコースに引っ張り出された古いゲートの前で二頭の牝馬が駄々をこねてこねまくってる、もうこれで何度目なんだろうな。
ゲートの前でイヤイヤと駄々をこねてるのはアルトアイネスとアルトレーネの双子姉妹、今年で3歳。
次の群馬競馬の新馬戦で初出走の予定なんだが、どうにもこうにもゲートが苦手でずっと駄々をこねてる。
調教師さんたちは相変わらず苦笑、いじらしくイヤイヤされるだけで暴れるわけじゃねぇのは自制できてる証拠だからな。
担当のイケメンも困ったように笑って俺を見てくる。いやお前がやれや、担当だろ、そんな風に睨み返す。
「落ち着けアイネス、あれは怖いもんのわッ、ぬわぁ!?」
「ヒヒン!ヒィン!!」『兄ちゃん!どうしてあいつのまえにつれてこうとするのさー!』
「ヒヒッ!」『なのです、アイネスの言う通りなのです!今日はお山で遊ぶのです!』
あーあー、アイネスに頭擦りつけられてぶっ倒れた。しかもレーネにまで加わってもみくちゃにされてサンドイッチ…群馬じゃなけりゃ死んでるな。
馬体に挟まれてうごうご若干苦し気にしながら2頭を落ち着かせようとするイケメン、峠とサーキットの時とはまた違う顔するよね君。
顔が良くて優しいから女性にも牝馬にもモテモテ、仕事もできて意外と高収入の高スペック。プロレーサー資格も取ったイケメンシビック乗りで有名になって名前も売れてる。
ここで働きながら兄弟で世界レベルのレーサー目指すんだって?しかも極小規模だけどチームにまで所属して本格的にやってるし。
最近はなんか触発された親父さんまで資格狙い始めてるし…というかスポンサーに桜葉理事長と親父さんいたな確か。
イケメンハイスペックのプロレーサーとかなんやねんお前、仕事ができて女性にも動物にもモテモテってなんやねんお前。
『でもお前、あいつより速いよな?』
『峠ではまだ俺のほうがハイスペックだぜ…お前なんで考えてること分かった?』
『なんとなく』
くっ…ここにも天才イケメンホースがいたか!いいもんね、俺のほうがあのイケメンどもより速いんだもんね!
でもなんであんなハイスペックでお馬さんに負けてんだ?あいつ今も峠で俺に負けとんのよ?
この前もあいつのタイプRにハナ差で逃げ切ったぞ、最後の下り直滑降で思いっきり競り合いになったし手加減されてるってわけじゃないのに。
ガッチガチにチューンされてるしターボ車だし、サーキットでも滅茶苦茶速くてうまいんだけどなんか峠だと精彩欠くんだよな。
『ゲートか、懐かしいな、俺も嫌だった』
『そうなのか?というか大竹さんはどした?』
『あっち』
なぜか担当調教師さんと付いてきてたディープが視線で示す先、ジムカーナ練習コースになぜかモンスニー爺さんに乗った大竹さんがいた。
さすが現役、モンスニー爺さんとすぐに折り合いつけてすいすいとコースを回ってやがる。
モンスニー爺さんもなんか嬉しそう、いつもと目の輝きが全然違う。普段から年の割に元気だけど今日は一段と元気いっぱいだ。
というかなんでモンスニー爺さんに乗ってんのあの人…そりゃ休憩時間は自由だから乗っててもいいと思うけどさ。
あとハーツクライ、なんで騎手さん乗せて親父さんに手綱持たれてスタートラインにおるん?慣熟歩行か?いきなりジムカーナはきついだろうに。
『何やってんだよ大竹さんと爺さん』
『あのメジロモンスニーさんだぞ、乗れるなら乗るだろ。俺もまさかこうして話せるとは思わなかった』
なんかディープも感動したような感じ、いつもと全然違うなお前。
『そんなにすげーの?』
『伝説のすぐそばを走った英雄だぞ、できれば栗東に来てほしいくらいだよ』
『ふーん、実感湧かねぇな…ってかお前もゲートとか嫌だったのか?』
『当たり前だろ、あんなせまっ苦しくてガチャガチャいうの』
普通の馬ってこういうもんなのか?わからん、うちの馬には元競走馬は爺さん以外にも何頭もいるけどこういう話はあんまなかった。
俺もそういうの余裕だったしな、所詮どっちも道具だ。ゲートの中とか人間の頃は見たことも入ったこともなかったし最初はむしろ興味津々だったもんだけど。
みんなゲートとか余裕でクリアしたって自慢してたし、確か馬具付けんのも褒められたって言ってたんだが…
『なんかさっきからずいぶん変な反応を…お前まさか』
『わからん、全然気になんなかったから』
『お前らしいと言えばお前らしいな』
そうなの?たかがゲートと装備品だ、大したことないと思うだけどな。あ、だからあの時試験官の人がおかしなやつ見る目してたんか?
「やっぱダメか?」
「ダメです、敏則さん。たーすけてー」
「へいへい、タービン、まずはアイネスから頼むわ。レーネの方は預かっとく」
「ヴッフヴフ」『そうだな』
俺から降りてレーネの手綱を手に取った敏則が、レーネを諭して落ち着かせてからゆっくりとゆっくりと移動させるとイケメンが抜け出す。
そんで敏則がやれやれとレーネの手綱を引いて少し離れたのを見てから、俺は今にも泣きだしそうにレーネを追いかけるイケメンを捕まえようとするアイネスの鼻先に顔を突き付けて話しかけた。
『暴れるなアイネス。見てたぞ、あんまり困らせちゃダメじゃないか』
『師匠!?どうしてたすけてくれないのさー!!』
『んなこと言ってもサラブレッドになる為にゃこれ必須なんだよ。どうして嫌なんだ?』
『だって…食べられちゃうじゃないか』
はい、楽勝ですね。アイネスの場合はゲートが生き物かなんかだと思ってるらしい。
『師匠たちは強いから外に出られるけど、僕たちみたいな弱い子なんて食べられちゃったら出てこれないよ』
それに加えて生産牧場での扱いね、こいつらもあっちこっちたらい回しにされてたタイプだかんな。
親父さん曰く双子で生まれた上にいつも二頭でべったり、成長してもそれは変わらずで無理に引き剥がすと暴れる気性難扱いだったらしいな。
その上に、血筋に中央重賞を勝った産駒がいるからこいつらもそうなるって期待されたがうまく走れず失敗作認定されて繁殖行き。
しかしそこでも互いに引き剥がすと暴れる、牡と引き合わせると反撃する、繁殖もダメで乗馬に使おうと思ったら人間と同業の牡馬を警戒してまともに乗れやしない。
どうにも使えないから馬肉行きで出荷待ちのところを理事長が安値で掻っ攫ったそうだ。理事長が好きそうな癖馬っぷりだしな。
群馬競馬じゃ競走馬デビューに年齢制限ないから走れるようになったら走るし、走れなくなるまで走れるからデビューできるまで長い目で見てもいい。
調教法もうちのやり方で馬に合わせるほうだからな、二頭をセット運用にして少しずつ慣らしていったらもうこっちのもんよ。
『アイネス、怖いのは分かるがな。はっきり言うとあれ生き物じゃねーよ?』
『嘘!がたがた動くし、バッコンバッコン口を開けたり閉めたりしてるもん!』
『ありゃ馬運車みたいなもんだ。よし、俺も隣に入るからお前も隣入れ、そこで教えてやるよ』
『師匠と一緒?』
『お前の隣にな、何かあったら助けてやるから』
『むーーー…わかった』
よし、いい子だ。
『ディープ、敏則を手伝ってくれ、レーネの方頼むわ』
『わかった』
アイネスが落ち着いたのを確認してから敏則にアイコンタクト、敏則は頷くと練習用ゲートの係員に合図を送ってドアを開けてくれる。
俺はアイネスを連れ立ってゲートの前まで行くと、中を確認してから一足先に中に入った。
『レーネ、妹を応援しなくていいのか?』
『がが…頑張るのです!』
『うう…』
ディープに促されて応援するレーネの声に背中を押されるように、のそのそとアイネスが隣のゲートの中に入る。
ゲートの仕切りは穴あき鉄板だから向こう側が見える、中に入った途端アイネスが一気に縮こまった。
『せ、せまいぃ…たべられちゃうよぉ…』
『落ち着け、隣にいるから。両目かっぴらいてよーく見てみろ』
『し、師匠は何で堂々としてられるのさ…ヒィ!?』
風がゲート内を抜けて少しだけ音が出る、呼吸に聞こえんのかなこういうのも。アイネスの奴、ビビッて目をつぶって座り込んじまった。
『アイネス、目をつぶるな。俺のほうを見て、周りを見てみろ。そうすりゃ理由がわかる』
ヴーヴー唸りながらアイネスが目を開ける。何も起きないゲートの中をおっかなびっくり見回した。
『何にも起きない?』
『だろ、前足で周り軽くつんつんしてみ』
「ヒィン!?」
『ビビらんでもいいよ、これ鉄だから』
『ほ、ほんと?』
隣でコツコツゲートの中を蹄鉄で叩く音がする。アイネスがゲートの内側を叩いてるんだろ。
全方位をコツコツ叩く音がするとともに、今まで怯え切っていたアイネスの様子が徐々に平常に戻り始めた。
『なんにもないや、お部屋の超狭い感じ?』
『そんな感じ、だから怖がる必要ねぇんだよ。ただの機械、壊れた時は扉を蹴飛ばして出りゃいい』
さすがに怒られやしねぇだろ、閉じ込められてんだし…しねぇよな?
『でも狭いの嫌いだよ、ずっと居たくはないね』
『でも怖くなくなったろ』
『あ、ほんとだ』
ほら、キョトンとしてっけどもうゲートが平気になってんだろ?やればできんだよ、やんなきゃわからねぇんだからな。
落ち着いたのを見て、俺は嘶いて発走ゲートの前扉を何度か叩く。それで何がしたいかわかってくれた係員がゲートを開けてくれた。
一足先に飛び出してアイネスのいるゲートの前に立つ、そしてキョトンとしながらそろそろと出てくるアイネスに俺は笑って褒めた。
『よしよし、よくやったな。えらいぞアイネス』
『えらい?』
「えらいぞ、頑張ったなアイネス」
『私えらい?』
アイネスのゲート嫌いっぷりをよく知ってるゲートの係員も拍手して褒める。その優しい誉め言葉に、アイネスの目じりが少し緩むのが見えた。
あとがき
アルトレーネとアルトアイネスの元ネタは言わずもがなのアレ。ウマ娘だと多分アレに耳と尻尾付き。(未定)
アイネスフウジン産駒の名前考えてたらアルトアイネスが浮かんだのでそのまま採用、元ネタが姉妹なので増えた。
ちなみにイケメン君のレース適正は『峠C』で『峠苦手』付きなのでステータス面ではかなり下方修正がかかる状態。
下手というよりも単純に向いてない上に、初戦で馬に負けた上にクラッシュしたので余計な苦手意識も生えちゃった。
プロ資格を取得してもこっそり峠を走ってるのは苦手意識克服のためと、シマカゼタービンにライバル意識がある為。
こっちも優しい世界だから警察とかは考えてはいけない。
おまけ
なお群馬競馬の競走馬は基本適正が「芝B・ダートB・アスファルトC」という変態下位互換が多い。
理由は主戦場がダートながら芝も基本訓練に入れており、無理のない範囲で両方走れるよう訓練するため。
また裏山のダートラリー式坂路訓練コース(峠仕様コース有)で坂路訓練の際に嫌でも舗装された道路を通る他、空いているトレセンの駐車場も平気で訓練で使うためアスファルトは自然と覚える。
そのあとブースト可能なので化ける時は化ける。