気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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いつも多くの感想と誤字報告、ありがとうございます。

ちょっと稲波ちゃん視点入れるつもりが長くなっちゃったので模擬レース前の一コマにしました、本番はもう少しお待ちください。
この時代、ポール・ルベルの元ネタになった人の所属はまだフランスなわけで…実は影響がヤベー人が群馬にいることになるのです。




第17話

 

まるでこれからG1のレースが始まるみたいだ、周囲を圧倒するような静かな熱気を体中に感じながらトレセンの芝コースを一望できる観客席で稲波は、愛用の一眼レフカメラに一番良いフィルムを入れながら興奮を抑えきれずにいた。

一緒に帯同しているテレビクルーのような大型ビデオカメラを右肩に構えるカメラマンもそれには苦笑していたが彼も撮影に余念はない。

録画はしていないが電池の充電とカメラの射角、レンズの汚れや光の反射などを確かめながら最高の位置で撮るために今も調整中だ。

この録画映像から切り出された見どころは絶対に次の特集号にスクープとして使われる。

うまくいけば、この映像は今週の競馬専門チャンネルに流せるスクープの一つになる。そうでなくても日本中央競馬会とフランスギャロが値段を付けてくれる。

フランスギャロも日本で成績を残しているポール・ルベルとハーツクライを軸に、沸き立つ日本競馬に海外も注目しているのだ。

 

「ぐふ、グフフ…」

 

なんと甘美な瞬間か、運が良ければ一大スクープ、そうでなくても愛しいサラブレッドちゃんたちの生写真撮影し放題。

しかも練習とはいえ、すべての陣営が実戦形式の本気で挑むのだという。

事実、芝のコースに出ている5頭の馬たちの出来栄えはG1レースにでも挑むのかというような完成度を誇っている。

 

(皆ガチガチのガチですよ!こんなのG1レースそのものじゃないですか!!それを専属取材できちゃうなんて!)

 

ハーツクライの調教師、担当厩務員がせわしなく見定めているのは4頭。

ホクリクダイオー、ノルンファング、ツバキプリンセス、そしてディープインパクト。

前者3頭は地方所属でありながらそれぞれが05年秋の中央G1レースの冠を持つ話題の牝馬軍団であり日本地方競馬の星だ。

長年の人気低迷と赤字、引き起こされた汚職などのスキャンダル、賭博に対する厳しい視線などでこれまで多くの地方公営競馬場が廃止されてきた。

そして閉鎖された競馬場で生きてきた競走馬たちもまた、次の職も引き取り手も探せずに悲運を迎えることも珍しくない。

オグリキャップを輩出した笠松、メイセイオペラで一発を掘り当てた水沢、ハルウララで耐久を図った高知、独特過ぎて比較できないばんえいなどはまだ良いが他に目玉のない地方競馬は動こうにも動けない厳しくも寂しい時代だ。

この群馬も理事長の方針故に各地の名馬の末裔たちが集まりほどほどの人気はあれど厳しい時代であったはず、だが今はこうして胸を張れる成果がここにいる。

 

(良いわぁ、良い顔してますよぉ!マジでやる気満々、すぅんばらしぃ!!)

 

そして人気沸騰の無敗4冠の怪物、サンデーサイレンスの最高傑作であり日本中央競馬会の回答と言われるディープインパクト。

彼もまた完璧な仕上がりだ、それこそ『今からG1を取りに行きます』と言わんばかりに仕上がっている。

一部を残して観客席に上がってきた厩務員や調教師たちの視線もそれらしく引き締まり、レース直前ということもあってか先ほどまでの和やかな空気が消し飛んでしまっていた。

 

(カァッーーーー!!たまりません、たまりませんわ!歴戦の皆様方、圧が、迫力がたまりませんわぁぁぁ!!)

 

レース直前ということもあり邪魔をするわけにはいかない、動き出したい欲求を押さえながら稲波はできる限り観客席の写真も静かにとる。

フラッシュ無しの静穏撮影でカシャカシャと着られるシャッター音は、おそらく稲波にしか聞こえない。聞こえたとしてもわずかなモノだ、迷惑にはならない。

 

(あぁ…こんなレースが、去年のクラシックの頃からずっと行われてきたなんて、こんなの、残酷すぎます!!)

 

その4頭はこの群馬トレーニングセンターにてほぼ恒例と言えるくらい毎回のようにやってきたらしい。

見たかった、未来の猛者たちが切磋琢磨して力を付けていく姿を納めておきたかった。気付けなかった自分が大変恨めしい。

日本競馬会の歴史においてとんでもない損失であるとすら稲波は思っていた。そこで仕上げられたのがこの4頭、本当に恨めしい。

それに比べれば、歴戦のベテランであるが未だG1未勝利のハーツクライはやや見劣りしてしまうのが残念ながらというしかない。

相手もそうだがそもそもハーツクライは群馬になじみが薄すぎる、ほら他の皆様が見るのは他の牝馬らやディープインパクト…と考えた稲波はふと違和感を覚えた。

 

(あれ、皆さん、視線おかしくありません?)

 

稲波は周囲から感じるぴりついた空気と、彼らが見る視線の方向に違和感。みんな一定のほうを見ているのである。

 

(ハーツクライを見てない…いや、互いすらも見てない、みんな、視線がおかしい)

 

隣でピリリとした空気を醸し出すディープインパクトの調教師、栗東厩舎の小泉調教師の視線、そしてほかの3頭の馬主や調教師たちの見る視線の先にいるのは一頭の栗毛の牡馬だ。

サラブレッドにしては筋肉質でやや太めなことと鬣を短くライアンカットにしている以外は、特徴という特徴がない普通のサラブレッド、シマカゼタービンだ。

ディープインパクトの前をゆったりと歩き、模擬レースとはいえいささかも緊張せず不良馬場の芝を踏む足腰は異様にがっしりしているように見える。

しかしそれ以外に警戒するような要素はない、しいて言えば祖父譲りの逃げ足でもしかしたら逃げ切ってしまうかもという期待がある程度だ。

彼を悪く言うつもりはない、比較的地方では強くツインターボ産駒の地方馬として種牡馬にも成れるだろう強さだ。

しかし血筋はやはりいまいちとしか言えない、ツインターボ系譜で唯一の成功例と言えるがツインターボの血筋そのものはぱっとしない、そして生まれたツインロックは走らなかった。

父母の血をさかのぼればカブラヤオーという名馬に行きつくとはいえ遠い祖先であるし、父父のイシノファルコンは群馬地方競馬があったからギリギリ種牡馬に成れたケースでわずかな産駒も全滅である。

そんな血でありながらそこそこ強いというだけでもすごい、だから今日のレースではあくまでも数合わせの出走だと思っていた。

そもそも彼の主戦はダート、それも短距離かマイルだ。

ドバイシーマクラシックを模した水濡れの重馬場の芝コースは脚質に全く合わないし、2410メートルはあまりにも長い。

だが周囲の雰囲気は明らかに違う、シマカゼタービンを最大の敵として見ているような雰囲気すら感じられた。

 

(ディープインパクトとは関わり深いみたいだけど…うーん?)

 

最初の出会いで負けたから因縁がある、というだけではないのは知っている。少なくともディープインパクトとシマカゼタービンはとても仲がいい。

顔を合わせてからずっとディープインパクトのほうから一緒にいようとしているし、どういうわけかシマカゼタービンの仕事を手伝っている姿もあった。

終始和やかな雰囲気であり、互いに顔を突き合わせてはゲラゲラと笑っているような雰囲気でどうにもマブダチという感想がしっくりくる。

馬同士の仲がいいのは良いことだ、一緒にいて安心できる仲間というのは人でも馬でも得難いものであり彼の存在はディープインパクトを運用するにあたり大きな助けになるはずだ。

今後予定されているらしい海外遠征に帯同馬として付ければ、余計な心労なくレースに挑めるのではないだろうか。

 

(うーん、ツインターボの孫だけど馬体は標準でちょっと肉付き良すぎかなぁ。確か体重は520キロ…待って、体格的には480くらいが妥当なはずなのに重い?)

 

シマカゼタービンのルックス、足腰、全体像をつぶさに見て脳内のデータベースに照らし合わせてふと違和感を覚えた。

ダート競走馬らしく筋肉質なのはわかるがどうも体形と重さが合致しない、まるで筋肉を圧縮して詰め込んでいるかのような数値だ。

太り気味か?いやそれにしては感覚が狂っていると告げている、太っているのではない、何かおかしいと。

 

「君、どうかしたの?」

 

「あ…」

 

不意に声を掛けられて意識が現実に戻ってくる、ディープインパクトの調教師、小泉が少し怪訝そうな顔で見つめ返してきていた。

一瞬、謝って場所を変えようかと考えたが小泉の方から声をかけてきたのはむしろチャンスだ。

今はファンではなく仕事できた記者である、自分たちの属するハーツクライの味方をするくらいでちょうどいいはずだ。

 

「すみません。皆さん、どうもハーツクライを見てくれていないように見えまして」

 

自分はハーツクライについてきた専属記者だ、多少の毒があるくらいでちょうどいい。稲波はあえて少し不機嫌さを出しつつ問いかけてみた。

すると小泉ははっとした表情で驚き、申し訳なさそうに表情を歪ませた。

 

「すまない、私としたことが。群馬にくるとね、つい彼に勝つことばかり考えてしまうんだ…悪気はなかった、すまん」

 

「え!?す、すみません私、別に怒ってるわけじゃ…で、なんでシマカゼタービンに?」

 

小泉は周囲を見回す、周りには稲波のほかに記者はいない。そもそも今日の練習で群馬トレセンに入場してきた記者は稲波とカメラマンのみだ。

外で出待ちをしている連中は山ほどいるのだが、中に入ってきているマスコミ関係者は稲波とカメラマンのみ。

行儀の悪い記者が入っていたら巡回中の警備員や警察官につかまり警察署一直線である、比喩ではなく群馬競馬は本気だ。

軽く考えて早朝にやらかし、不法侵入で本当にパトカーに押し込まれた連中がいて見回りと陣容が強化されているのでよほど覚悟が決まっていなければ入ってはこれないはずだ。

 

「オフレコでいいかな?」

 

「回してませんよ、ねぇ?」

 

カメラマンもこくりと頷いて、カメラが録画していないことを示す消えたままのランプを指差した。

 

「ならいいか…シマカゼだよ、みんな彼に勝ちたくて仕方ないんだ。うちとしてもね」

 

「その話なら聞いたことがあります、あの時は中央競馬会の圧力で大変でしたよ。でも皐月賞前の話ですよね?」

 

ディープインパクトがシマカゼタービンに模擬レースで全敗した、というのは記者をしていれば嫌でも一度は耳にする話だ。

だが確実だと言える敗北は05年の弥生賞のあとだけで、それ以降は話を聞かない。

群馬の牝馬たちもシマカゼタービンに勝ちたいと思う気持ちは理解できる、群馬競馬でのレースでは3頭とも彼に敗北したレースがいくつかある。

だがわからない、それでここまで警戒し、確固たる決意を持った目でシマカゼに挑もうとしているほかの陣営が理解できない。

群馬競馬ではほどほどに強い馬でしかなく、血筋もツインターボの孫であるという以外はぱっとしない。

戦績と証明した実力で言えば、ホクリクダイオー、ノルンファング、ツバキプリンセス、ディープインパクト、その誰もが確実に上のはずだ。

ほかの4頭と比べて見劣りするハーツクライですら、シマカゼタービンと比べたら月とスッポンで負ける要素が見当たらない。

それに比べたらシマカゼタービンの能力は地方でもそこそこくらいで伸び悩んでいるが、かといって先に行きたいというはっきりとした意思があるわけではない。

マイペースで馬に無理をさせない瀬名酒造の運用のスタンスからしても、もうシマカゼタービンを恐れる必要がないはずなのだ。

 

「そういうことになってるが事実は違う、有馬の前の最終調整でも負けたんだ。模擬レースで良くて2馬身差で逃げ切り、完敗さ」

 

「無敗三冠が負けた?」

 

「それもここにいる間に何度もやって、全敗だよ。俺たちはあいつに千切られっぱなしだ」

 

「小泉、どういう意味だ?冗談にしては笑えんぞ」

 

「あ、大橋さん」

 

ハーツクライが所属する栗東トレセン所属の厩舎、大橋厩舎の責任者だ。

栗東トレーニングセンター所属の厩舎でもディープインパクトが所属する栗東厩舎とはライバル関係であるが関係は良好だ。

しかし今日の大橋はどこか疑い深そうな視線をしており、疑念の視線を小泉に向けている。

 

「最近、お前のところが妙なことをしてるってのは見ていた。それと関係があるのか?」

 

「妙な事?」

 

「あんたも見ただろ?赤いパイロンを躱す練習とかそんな奴だ、馬群避けにはいいかもしれんが、それをこいつら突然やり始めやがった」

 

「あはは、あれ、ここの真似」

 

「真似だろうが意味は理解できる、手軽で試しやすいしな。だがわからんこともやってる、ディープインパクトを夜に散歩させてるんだって?」

 

「寝る前のちょっとした運動だよ、ああやると寝つきが良くなるんでね」

 

「わざわざ警察に許可を取って、厩舎周りの道路を歩かせるのがか?」

 

確かにそれはおかしい、ただ夜の散歩をさせるだけなら栗東厩舎内部のコースで十分足りるはずだ。

わざわざ厩舎の外に出る必要がない、そもそも周りの道路となればほとんど舗装されたアスファルトだ。

わざと歩かせているというならば意味が解らない、わざわざ公道に連れ出すというのはそれだけでも危険な行為だ。

ディープインパクトは温厚で利口な馬だが放馬の危険はないではないし、車との接触や不意の怪我に繋がっては全てがだいなしになってしまう。

 

「ここ最近、栗東厩舎がおかしいのは他の厩舎でも言われてるぞ。いったいどうしちまったんだ?」

 

「どうと言われてもな…口で言うのは難しい。いや、信じてくれるとは思えない」

 

「どういうことでしょう?」

 

「ディープに関係することか?あの馬、随分寝るそうじゃないか」

 

「いつも練習熱心なんだよ」

 

「それで朝まで熟睡するなら先代の努力は全くの無駄骨だな。排泄する以外はぐっすり、人間並みだそうだな。

しかも小便もボロも馬房の便所にするから綺麗だと?馬に犬猫みたく教え込むなんてよく考えたもんだな」

 

その話は競馬雑誌の編集部でも聞く話だ。

ディープインパクトの強さの秘訣は、練習熱心で、よく食べて、良く寝て、綺麗好きで健康だから強いのだ。

綺麗好きな馬はこれまで多く見てきたがディープインパクトはそれに当てはまらない、人間並みとは言わないが犬猫並みだ。

排泄類は馬房内に作った犬猫用便所を馬用にしたモノを使い、寝藁も自ら綺麗に整え、身なりも清潔を保つ。

睡眠時間に至っては極端だ、これまで世界中の競馬会で研究されてきた睡眠時間の研究を一気に覆すようにディープインパクトは唐突に眠り始めた。

馬というのはたとえ野生ではない競走馬であっても基本的に本能で浅い睡眠と覚醒を繰り返す、そのサイクルは種の特性でありどうしようもないものだ。

過去に何度も睡眠時間の延長を試す試みが世界中で行われたが、結果はどれも芳しくはなかった。

05年の皐月賞前までは他の馬と変わらなかったはずの彼がある日の夜、起きているにしては妙に静かな馬房に気付いた当直厩務員が見たらまるで起きた様子もなく眠りこけていたのである。

それも普段の精悍な姿とは真逆のだらけにだらけた親父のような仕草でモガモガと寝言のように口を動かしていたらしい。

最初こそ今日はよく寝る日程度にしか思っていなかったそうだが、それが朝までぐっすりとなれば大騒ぎだ。

 

「別にお前らの秘訣を教えろとか言うつもりはない。お前らができたんだ、いつか俺たちも見つけてやる。でも、同業者としてお前らが心配だ」

 

「馬を潰すような真似はしてないよ」

 

「お前らが潰れちゃ話にならん、なんかあったなら相談に乗るぜ?」

 

少し照れくさそうな大橋の目的は結局のところそれなのだろう、ただライバルの小泉たちが心配なのだ。

思わず稲波は無言でカメラのシャッターを切った。ちょっと困った顔の小泉と照れくさそうな大橋のツーショット、日本競馬の調教師でも大物の二人の熱い男の友情、これもまた良し。

 

「…なぁ、条件さえそろえばサラブレッドはスポーツカーに勝てる、そう言ったら信じるか?」

 

「何寝ぼけてやがる、あり得るわけねぇだろそんなもん。そもそも馬が怖がって勝負にならんわ」

 

「だよな、そうなんだよな、それが普通だよな…」

 

困ったように笑う小泉はどこか諦めたような顔色だ。少し悩んだ末、ちらちらと小泉の視線が泳いでは一つのほうを見る。

視線の先にはゲートインが始まっている練習コース、それに大橋も気づいた。

順番は内側から枠番無しだ。

 

1番・ハーツクライ

2番・ホクリクダイオー

3番・ツバキプリンセス

4番・シマカゼタービン

5番・ディープインパクト

6番・ノルンファング

 

ディープインパクトとノルンファングが外枠側なので不利に見えるが、6頭立てなのであまり差はない。

むしろレースの動き次第では、一番内枠で囲まれやすいハーツクライが一番不利と言えそうだ。

 

「シマカゼか、確かにすごい馬みたいだな。がっしりしてるが体つきがアンバランスだ、うまく矯正してるが骨格が歪んでた証拠だ。セリに出てきても良い値はつかんかっただろうよ。

あれでそこそこ速いんだから見かけによらん。だが信じられん、群馬の3頭でなく、あいつにディープインパクトが全敗だと?」

 

「そこそこね…そんなもんじゃないんだよな、あいつの逃げ」

 

「おや、どんな足なんです?」

 

「失速しない破滅逃げで最後に差す、3000メートル余裕って言って信じるか?」

 

「ははは、そんな馬鹿な」

 

「菊花賞前、模擬レースをやったがディープは追いつけなかった。影さえ踏めなかった」

 

普通の騎手なら絶望してしまいそうな光景だろう。当時であれば無敗2冠のダービー馬に乗り、その上で地方のそこそこ強い程度の馬に負けたのだ。

それも本来ならば相手が不利なはずの長距離芝コースという、自分たちが有利な条件で影さえ踏めない大差の敗北だ。

 

「ありえませんね」

 

「だと思うよな…なぁ、彼の最近の戦績は?」

 

「え?あぁ、小泉さんか。ちょっと待ってくれ…」

 

唐突に小泉は、隣でじっと真剣なまなざしをノルンファングに送っていた担当厩務員に問いかける。

虚を突かれた厩務員だったが、小泉に問いかけられて稲波と大橋を見ると納得したように頷いて自前の手帳を取り出した。

 

「直近だと9戦3勝1引き分け5敗、全部芦名だ」

 

おや?稲波は疑問に思った、戦績がおかしいのだ。シマカゼタービンの戦績は、昨年が12戦12勝、すべてオープンと条件戦である。

今年の戦績はまだ0のはずで、次に出走予定なのは高崎のオープン戦、ダート1000メートルのはずだ。

しかも負けている、逃げの常勝馬のはずだが9回走って5回負けているらしい。しかも引き分けとはいったい何なんだ?

そもそも芦名に競馬場なんてあっただろうか?いくら思い出そうとしても出てこない。

 

「エフディーに2勝、シビックに1勝。アールサンサンが2戦で同着と負け。残りはワンビアとトイチ、ハチロクに全敗、知り合いにも確かめたから確かな情報だ」

 

「マツダのロータリーか、あんなのともやりあったってのか」

 

「使いこなすだけで結構な腕だよ。乗ってたのは赤城の中堅どころだったが、芦名に慣れてない所で軽く千切られて勝負にならんかったそうだ。映像あるよ?一部だけだが」

 

「もらうよ」

 

一体どういう話をしているのか理解できない。今すぐにでも問い詰めたいところだ。

 

「お前ら何の話してやがる」

 

「こっちの話だ。レースの後で説明する、そのほうが多分わかりやすい」

 

「なんだそりゃ?まるきり想像できんな…せめてお前の見るあいつをわかりやすくしてくれねぇか?」

 

「シマカゼタービンをか?言うなれば…失速しないツインターボと折れないサイレンススズカを混ぜてできた超頑丈で気を抜かないスーパークリーク」

 

「バカみたいに速くて体力自慢の大逃げステイヤーだぁ?馬鹿言ってんじゃねぇ、そんな血筋じゃねぇだろ」

 

「しかもとてつもなく賢い、大竹の袖を引いて引き留めたって言ったら信じるか?」

 

「冗談にしてもそこまで行くと嫌味というか…馬鹿にされてるようにしか聞こえん」

 

スーパークリークの逆指名、本来選ばれる側の競走馬が逆に騎手を選んだ競馬界でも珍しい例として有名な話だ。

ここまではっきりというのだから小泉は本気なのだろう、しかし稲波にはいまいち信じきれない。

大橋が表情を引き締めた。小泉と関係が長い大橋は、彼のことをよく知っている故に気付く何かがあってそれで信じる理由になったのだろう。

コースではすでに6頭がゲートに収まり、今か今かと出走のタイミングを計っている。

そこで稲波はおかしなものを見た、シマカゼタービンの落ち着きが明らかにほかの馬よりも良いのだ。

ディープインパクトやホクリクダイオー達も歴戦らしく落ち着き払っているが、それとは別の異質なほどに平然としている。

妙に感じて一度視線を遠くに向けると少し妙なモノが見えた、芝コースのコーナー部分に暇な群馬トレセン職員が集まっているのだ。

見物にしては場所がおかしい、他にもコースを見渡せるいい場所はいくらでもあるのになぜかコーナーが人気のようだ。

 

「良いだろう、まずはこのレースを見てからだ。しっかり説明してもらうぞ」

 

「質問する余裕が残ってりゃいいがな…俺はなかったよ、あの時は」

 

景気づけに群馬トレセンが用意したファンファーレが響き渡る、日本中央競馬会から許可を経て群馬競馬が重賞レースの際に使用しているアメリカ軍の信号ラッパ曲だ。

かつて中央競馬で多くの名馬たちを出迎え、そして送り出してきたレースの始まり。

『Fire Call』が終わると同時に、群馬競馬のゲートが大きな音を立てて一斉に開いた。

 

 

 

 






あとがき
今明かされるシマカゼタービンの血統、なお現実ではできなかったやつもいるがこの世界ではロマンを求めていた馬鹿がいたのでできた。
それが巡り巡ってロマンが欲の暴走に巻き込まれ、しっちゃかめっちゃかになって生まれたのがこいつ。
なおディープインパクトの調教師、小泉の説明が巡り巡ってとあるゲームのキャラクターに大きくかかわることになる。
ちなみに馬のシマカゼタービンは体格にあまり出ない細マッチョ型、インナーマッスルがみっちり鍛えられている。





おまけ
シマカゼタービン血統表・最新版

                    父父・イシノファルコン(現実・IF)
        父・ウミノフブキ(架空)
                    父母・ホッカイヨシミ(現実)
シマカゼタービン
                    母父・ツインターボ(現実)
        母・ツインロック(現実)
                    母母・カチトモロツク(現実)

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