気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

23 / 113

いつも多くの感想と誤字報告、ありがとうございます。
今年から群馬地方競馬はこれが普通になるので次世代の馬たちには何も問題ありません。





第22話

 

 

群馬トレセンにある今年になって開設された新坂路コース、親父さんたちがふざけて群馬スペシャルと呼んで以来それが通称になったコースは簡単に言えば、元からあった山の散歩道を整備して色々整えた程度のポン付け坂路だ。

群馬は内陸で山だらけだから小さな山はそこら中にある、群馬トレセンの裏山もその一つで新坂路は元から敷地の裏山を整備しただけ。

ディープがいる中央の栗東トレセンみたいな立派な施設が作られているわけでも無し、最新技術も全くなしだ、向こうを見たことないけど。

山の頂上にトレーニング用設備やコースを作って、そこに向かうルートも複数作って土道の練習コースにしてる。

普通の調教用坂路のほかにはいくつかは親父さんと俺が監修した峠道レースコースがある、意外とクールダウン用の散歩道に使われることが多い。

ぶっちゃけ、スキーの山道コースって感じかな。距離は全コースちょいちょい違う、傾斜の緩い初級コースが一番長くて大体3㎞ちょっと、距離も競走馬用だな。

平地コースにはなかなか無いヘアピンとかいろいろ作ったから所々にある変則傾斜も最大傾斜が高低差2メートル程度の初心者用の初級コースでも機敏な足裁きが要求される場所ってことになってる。

当然道幅も狭いからレース運用なんて論外だが、先行後追いバトルなら余裕があるからよくやってる。まったく、だれが広めたんだか…

初級コースから中級、上級とあって、本物の峠道をできる限り再現した高難度コースもあったりするが…どれも俺としては少し物足りん。

それに今日は雪も一度雪掻きしてある道だしな、まだ2月だしある程度雪掻きはしてるけどした後にもぱらつくからちょこちょこ積もるが整備されてたら大して苦にならん。

 

『足を踏ん張れ!体が流れてるぞ!!』

 

「うわ、うわっとと!?」

 

『わわッ!うわわッ!!』

 

「尻です!古海さん、尻踏ん張って足しめて!」

 

ちなみに俺が今走ってるのは初心者コース、モンスニー爺さんに任されたハルウララの強化調教でダウンヒル真っ最中、左コーナーでハルウララと騎手さんがわちゃわちゃしとる。

俺は体に馬練りの代わりに粉リンゴジュースを入れた2リットルペットボトルを4本と敏則、ウララも体に500グラムの砂重りを身に着けた上で高知競馬の騎手さんを乗せて俺の下りに追従してきてる。

正直、こうやってジュースくらい背負ってやらないと俺の訓練にならんからなぁ…ほんとは酒の仕込みしたいが、これも仕事だからしょうがない。それにしても…

 

「結構やるな、危なっかしいけど」

 

「ブルルッ」『そうねぇ、見込みはあるか』

 

敏則の言う通り、ハルウララの足はなかなか完成してる。コーナーの入りはスムーズでも、直線に入るところでもたつく癖はあるがこれもなんとかできそうだ。

彼女、もたつくのは直線入りの前に前方を観察する癖があるせいみたいだな。差しか追い込みの馬が持つ観察眼、集中しすぎて判断が一瞬遅れてるんだ。

この道だと結構顕著に出る、でもその分立ち上がりからの回復は自然と早い。ちゃんと自分に合ったコースに自然と乗って走れてる。

あとかなり力任せに踏ん張ってるのにピンピンしてる足がいい感じだ、これがコーナーで活かせれば十分コーナーで勝てる走りができるはずだ。

微妙に乗せた重りで走りの感覚をちょいと狂わせてる上にべとついた土道で足をとられてるってのに、それをしっかりと御している足使いだ。

 

『いい足持ってる、あれで全敗とはな…やっぱ競馬ってのは厳しいもんだね』

 

その負けの経験が今の彼女にはうんと詰まってる、とんでもないことだぜこういうのは。

走りまくってずっと負けたってことはそれだけ走ってきた経験があるってことだ。長年の経験が無意識に補正入れて、このコースにもきっちり対応しようとしてる。

カーブでぐらぐら揺られてるのに追従ができてるあたり、こりゃなかなか出来上がってると言って良い。

それがあの観察眼にも顕著に出てきてるわけだ、たぶんどこを走れば勝ち筋に上がれるか無意識にわかってんじゃねぇか?

でもそれが逆にもたつきに今はなっちまってる、集中しすぎなんだろう。下手に考えないで経験則に任せて走るのがよさそう、あとで教えてやろう。

 

「ウララ、右!」

 

『右右!!』

 

「ケツ踏ん張れ!!」

 

『ふんぬぁ!』

 

騎手さんともしっかり馴染んでる、小走りで併走といっても慣れないコンビじゃそれだっておぼつかねぇことは多々あるしな。

ダイオーなんかひどいもんだったぜ、最初なんか。無理して俺についてこようとして何度藪に突っ込みそうになってたことやら。

 

『走りにくーい!』

 

『まだ今日は恵まれてるほうだぞ!今日はじきにまた雪だ、そうなったらもっとひどくなる』

 

『雪の中もここ走るの!?』

 

『走る』

 

そりゃそうだ、競馬でも雪の中雨の中だろ。ここでもそうだ、このコースもよほど大雪じゃなけりゃ普通に使って良いしな。

俺だって仕事ができるなら雨の中雪の中、延々と峠と街をグールグルよ。むしろそういうときだから仕込める味もあるからレアだぜ。

 

「タービン、ハルウララに寄せて」

 

「ヒヒン」『あいよ』

 

コーナーを抜けて直線、このコース一番の勾配がきつい坂道の先にこのコースの終わりが見えた。全部の坂路コースは一番下で共用休憩スペースに安全柵挟んで直結してるんだ、そこで休むなり馬運車に乗り降りしたりする。

コースの下で今日走ってる馬を待つ馬運車や休憩している馬達が見える、見てる奴には俺たちが走ってきてるのも見えてるだろうな。

 

「この直線でラストスパートです、速度上げますよ!」

 

「マジかい!?」

 

「行け!」

 

『あいよぉ!』

 

敏則の合図と同時にほんの少しだけ速度を上げる。少しだけ、実のところ体感時速で2くらい差をつけただけだぞ。

 

『わー!まってよぉ!!』

 

『ついてきてみろ!坂道じゃ俺にかなうやつはいねぇ!』

 

『なんのぉぉ!!』

 

「うぉ!?別世界!?」

 

よしよし!こいつしっかり足残ってやがる!これなら最後の追い込みもばっちしだろう。やるじゃねぇか、ハルウララ。

直線といってもゆるゆる下り坂が100メートルもない、すぐ終わる。

一気に走り抜けて下まで降りたら、クールダウンしながら速度を緩めて柵を開けて休憩所に入る。

ウララと古海さんが入ったら閉めて閂をかけてっと…これでよし。

 

「あー…しんど…」

 

「お疲れ様です、もう一周行きますか?」

 

「いや、おじさんにはきついよ…」

 

『ふぇぇ…へろへろはらひれ…』

 

ありゃりゃ、騎手さんもウララもふらふらだ。まぁさすがに短距離専門と群馬初挑戦じゃ当たり前か。

でも彼女もだいぶ良くなってきた、慣れた騎手さんとの走り方も取り戻してるみたいでいい感じに仕上がってる。

この分ならマイル戦に出しても体力的には楽勝だろうよ、勝てるかどうかはレース次第だが悪くはならんやろ。

これ、たぶん栃木の連中も途中まで良い仕上げしてたみたいだな。腕のいい担当に当たったらしい、それも立派な仕事人にだ。

 

「ぶるぶるっ…ひん!!」『タービン凄いねー!私ヘロヘロなのにすっごい元気!』

 

『そりゃそうだ、群馬じゃぺーぺーのお前より先にへばっちゃ先導役はやれんわ、峠じゃ俺にかなうやつはいねぇぜ』

 

『うわぁ!この前もディープ君にたっくさん勝ってたし、群馬ってちゅーおー?とかいうところよりすごい所なんだね!』

 

『いや、それはちゃうで』

 

あいつらに俺がどれだけ勝とうが群馬は地方競馬よ、最近は中央勢が苦戦気味とはいえ来る連中が弱いだけで規模も勢力も何もかも向こうが上だわ。

この前の高崎のSPⅢ『高崎マイルチャレンジ』、ダート1600で重賞初挑戦のアルトアイネスとアルトレーネが、大竹さんが乗った中央のタイムパラドックスとかいうのに大逃げかましてた。

一着アルトレーネ、二着アルトアイネスでワンツーフィニッシュ、一馬身差でタイムパラドックスが三着だったな。

テレビで見たがありゃ酷い、タイムパラドックスがあの姉妹を甘く見過ぎて乗ってた大竹さんの追走指示に半信半疑で乗り遅れてやがった。

中央の馬だからよく知らんが大丈夫かねぇ、こっちに来るんだから中央だと上手くいってないのかもしれんしお肉になっちゃわないか心配。

あの姉妹、連戦での限界を見るために新馬の後に、あえて条件、オープン、SPⅢの3連戦っていうチャレンジミッション中で勝利度外視だったのなぁ…

 

『ねー、私ももっと強くなれるかな?』

 

『そりゃお前さん次第だ』

 

敏則が乗るのに邪魔にならないように、前足と後ろ足の上あたりにくるように追加したホルスターから引っ張り出した2リットルペットボトル。

入れたときは水道水にリンゴジュースの粉と粉末しょうがを一つまみ入れただけだったが走り終わればあら不思議、ほっこりするのにきりっと冷えた馬用ジンジャーアップルジュースの出来上がり。

ちなみに人間も飲める、人間にはただのアップルジュースだがな、隠し味のしょうがが馬基準で足りんのだ。

 

『ま、ジュースでも飲んでリラックスしな』

 

『解った、頑張るぞー!』

 

「…何度見ても、シマカゼタービン号の頭の良さは慣れないな」

 

おろ、どうしてそんなこと言うんだい?古海さんよ。ただウララにジュースをあげただけじゃないか。こいつにこのジュースがダメだって話は聞いてねぇが?

 

「なんでそんな不思議そうな顔するかねぇ…」

 

だって不思議だし…ま、ええか。ちなみに俺たちはもう一周行きます、まったく仕事は楽じゃないぜ。

 

『タービン!オソイヨー!!』

 

ウララたちと別れてから待ち合わせ場所のもう一つのスタート地点になる出入り口近くに行くと、ホクリクダイオーがヘンなステップしながら走ってきた。

 

『そんな遅くねぇだろ、そっちのウォーミングアップは済んでるのか?』

 

『バッチリダヨ!ほら、ツバキはもうスタンバってるからはやく行ってあげて!』

 

『へいへい、今日はどれでやるって?』

 

『中級コース!』

 

『あいよ。ところでそれ、気に入ったんか?』

 

『パドックとかでやるとみんな喜んでくれるから練習してるの!』

 

中級コースか、あいつが流しをするなら妥当なところだな。といっても、俺の背中にはまた2リットルペットボトルが新しく4本装備されるわけですがね。

おい、ダイオー、またやってるよって顔すんな。ノルン、お前も呆れた目すんな。お前らのおやつやぞ。

 

「お待たせしました、桂井さん」

 

「いやいや、こっちもウォーミングアップが終わったところだからそんなに待ってないよ」

 

「で、どうします?」

 

「いつも通り軽めの流しで頼む、最後に一本勝負、先行後追いも今日は頼んでいいか?」

 

「先行後追いバトルですか?まぁこのコンディションなら出来なくはないでしょうが…どうだ、タービン」

 

あ、相変わらず鬼畜!!この後ダイオー達とも流しで何本も走るってのに…そんなこと言ったら…

ほらぁ!あいつらもやる気になっちゃったじゃん!めっちゃやる気でこっち見てんじゃん!!

敏則、お前も親父さんに似てきたな!そういう無茶ぶりするところとかほんとそっくりよ。

わざとだなこの畜生飼い主め、さすがにそんだけ走れば俺も疲れるもんな!!

 

「なんだタービン、その目はまさか中級を流す程度で疲れるとか言わねぇよなぁ?」

 

いや、実のところマジで嫌っす。流すっつったってこのあと何本往復すんのよ、10や20じゃねぇだろが。

その後に大トリで往路の先行後追いやるんだろ?今夜は予定が…

 

「…今日の帰り、碓井に寄るって約束だったが…ん?なんか重要な用事があったような?」

 

「ヴィッ!?」

 

な!?なんて無体な、それが人間のやる事かよぉ!適当な理由付けて直帰する気だな!

 

「…」

 

「…」

 

「ヴッフ…」

 

「よしよし、じゃ、頑張ろうか」

 

ぐぬぬ、碓井チャレンジを逃すわけにはいかぬ。碓井峠のコースに残る歴代タイムランク、そのトップ10に割り込んで親父さんを喜ばせてやりたい。

だが今生わが身は馬、故に好きにチャレンジする事叶わぬ。練習だって限られた機会しかないんだ、無駄にはできん。

敏則め、ホント馬の扱いがうまいんだから。今回だけだからね!

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

雪が降り始めた群馬の坂路レースコースはたとえ中級コースだとしてもかなり難しいコースになる。

変則的に現れる高低差3メートルの坂、そして延々と続く坂道。

それはツバキプリンセスの鞍上に乗る桂井も同じだ、何度走っても新しい難所が見えてきていつも別の道を走っているかのように感じる。

 

(やっぱりすげぇ、こんな悪路だってのに、あんな重り背負ってるってのになんて安定感だ)

 

自分たちの前を力強く駆け上がるシマカゼタービンの逞しい足使いは一線を越えた美しさを感じた。

普通ならあり得ないシビアな調教メニューで、慣れたツバキプリンセス達でさえも息を荒げるというのにまったく乱れず自分たちを先導し続けている。

コースの終点は頂上の練習施設であり、その手前には馬がそのまま切り返せるように広く場所をとられている。

これも瀬名茂三の発案だ、登りと降りを連続でやる往路調教がしやすいようになっている。

これを最初に見たときは桂井も首を傾げたが、いざ使い始めると必要性を理解せざるを得なかった。

 

「来たぞー!」

 

「やっぱシマカゼ速いなぁ!」

 

施設には当然ほかの馬や騎手たちが今日の調教で使っており、休憩中だったであろう馬や騎手、調教師たちが邪魔にならないところに陣取って見物に出てきていた。

練習施設を使っていたほかの騎手や馬たちが銘々に応援する中で、桂井は敏則に合図を送った。

 

「連続で頼む!」

 

「解りました、タービン」

 

「ヒヒン!!」

 

練習コースを登り切った先は頂上の訓練施設、開けたところでUターン。先行するシマカゼタービンに続けて下りに突入する。

走り屋風に言えばダウンヒル、先ほどまでのヒルクライムとはまるで違う恐怖がすぐに襲い掛かってきた。

山を丸ごと使って作ったこの坂路コースは、登りと降りではまるでコースが別物に切り替わる。

この差異は決して小さなものではない、それこそまるで別のコースに一気に切り替わったような変化がある。

この違いをどうやって相棒と共に乗り越えるか、時間帯、季節、その日の天候でまったく別の性格を持つこのコースを攻略する臨機応変な対応力が培われる。

 

(速い、それに、やはり、キツイ!)

 

坂を駆け下るという特性上、どうしても平均的な走行ラップが速くなることに加えて走行姿勢が騎手と馬ともに頭が下を向く。

上がりすぎる速度、平地のストライドよりも長く伸びる足、襲い掛かってくる自重による慣性、それらをすべて御したうえで駆け上ってきたコースを攻略するのだ。

グネグネと左右に振られる連続ヘアピンカーブにシケイン、わざと緩く作られたコーナーからいきなり逆に切り替わるブラインドコーナー、そして上がるときも苦労した変則的に配置されている坂に至るまで。

登りでも苦労した難所が、下りではさらに厳しい場所となって襲い掛かってくる。変則傾斜高低差3メートルの坂に差し掛かった時なんて今でも、股座が涼しくなる。

不意に襲い掛かってくる浮遊感、伸びるツバキプリンセスの足、ただ走るだけで上がる速度、どれもこれも平地競争だけでは感じない経験ばかりだ。

 

(やはり、降りは速度帯が違う、景色がまるで違うってんだからなぁッ)

 

右に左に体を振られる3連S字カーブが登りの時とはまるで違う牙を剥く、通常のレースコースにはない左右に連続で曲がるコーナーはブレない体幹を鍛えるのに適しているがそれでもつらい。

中級コースと言えど降りはシャレにならないと言われるこのコースを、ツバキプリンセスと自分が毎日挑んでなお苦労するコースをシマカゼタービンと瀬名敏則は涼しい顔でクリアする。

事実、楽勝なのだろう。彼らはこのコースよりも長く、勾配もきつく、コーナーも厳しい本物の峠道を、真っ暗な夜間に駆け下る走り屋なのだ。

まだ昼下がりの明るい時間であり、丁寧に手入れされているレース用コースを攻略するなんてことは彼らには簡単すぎるのだろう。

 

(これでまだ軽い流し程度、俺たちじゃそれだけでも持っていかれるってのに!)

 

「『!?』」

 

左に曲がるコーナー、そこに入る寸前でシマカゼタービンの下半身が右にブレて外側に膨らむ。

体が斜めに傾いた加減されたドリフト挙動、足はバカバカと土道を派手に蹴りつけながら挙動はすいーッと土道を滑るようにして走り抜けていく。

よく見ればすべての足がバラバラに動いてバランスをとり制動をかけているのがわかるので、いつ見ても狂っているとしか思えない。

それを2連で行うのだ、右にブレたと思えば返す刀で左にブレて連続コーナーを抜けていく、左右連続のドリフト挙動を可能としているのだ。

そしてその馬体の上で見事に手綱を操り、自分の自重で狂うシマカゼタービンの走行感覚を補佐する瀬名敏則の細やかな手腕にも目を見張る。

自重の掛け方、足の挟み方、手綱の引き方から引く強さ、すべてがシマカゼタービンの走行に合致し、嚙み合う身のこなしだ。

あれが馬の走りか?あれが騎手の乗り方か?いや違う、あれは車の走りとドライバーの運転に他ならない。

まったく別種の走りと乗り方ができるほどに、あのコンビは完成され進化している。

そこまで行けるのだ、競走馬はそこまで磨き上げられるのだ、騎手はそこまで行けるのだ、そんな夢が目の前にいる。

 

(悔しい限りだ、たまらねぇなぁ…負けてられねぇぜ)

 

調子に乗ってなんかいられない、次走の高崎のオープン戦ダート1400、彼のローテーションが崩れた今なら出てきてもおかしくない。

今年は昨年から続く競馬ブームのおかげで瀬名酒造の売り上げは右肩上がりで、商品の仕込みで予定していたローテーションに添えない可能性があると茂三から聞いている。

保険料と登録料くらいは走って稼がなければならない方針である以上、普段は出ないレースも視野に入れているという事だ。

群馬競馬関係者の中では知らぬ者はいない『無冠の王』、彼は昨年から一度も負けていない、出たレース全てで勝ってきた。

重賞の冠を持たずに重賞馬を蹴散らす酒屋の韋駄天、彼に泣かされた有力馬と騎手は数多い。

例え条件戦やオープン戦、あるいはステップレースであっても、重賞を勝ち取りながら彼に追い付けない馬と騎手は群馬では珍しくない。

自分たちも負けた。ステップレースである白蛇記念で敗れ、その先のSP1レースで一着を取り、またどこかのレースで再戦すればまた負ける。

群馬地方競馬のGⅠの冠を持つ競走馬は全て彼に必ず負けているのだ。

 

「ツバキ、ペース上げるぞ!」

 

「ヒヒィン!!」

 

だから奮起する、お前の持つ冠のレースに出れば勝ってたのは俺だと言わんばかりのあの背中を見て飲む酒はいつも苦い。

負けていられない、これでも笠松からずっと走ってきた地方騎手だ。まだ若い瀬名敏則とは経験が違う。

お前にだってできるだろう、ツバキプリンセス。やりたくて仕方ないんだろう、今は無理でも、いつかあいつの連勝を終わらせてやろう。

 

 

 

 





あとがき
なおこの間、ツバキプリンセス一行は自分たちがドバイを走るという事をすっかり忘れていたりする。
次回から三月、ツバキプリンセスの大舞台と行きたいところですな。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。