ドバイワールドカップ、出走です。競馬ってこんな感じでいいんかね?ウマ娘から入ったタイプだからすんごい不安 。
あと日本のラジオ中継聞いてる連中居るけど許して?海外だから日本語中継で表現するとしたらと考えたらこうなったの。
ナド・アルシバ競馬場、関係者用観戦スペースの一角。そこで大橋は片耳にイヤホンを差して日本のラジオ局のドバイワールドカップ生中継を聞きながら目の前のレースに集中していた。
このレースに自分が関わっている馬はいない、だがここには彼女が走っている。そう考えると見てみたくなりここにきてしまった。
ここに集った関係者全員が自分の手掛けた馬が最強であると信じてここにいる、しかしそれとは別に視線を一身に集める馬が今年はいた。
渋みのある白い芦毛の牝馬、群馬地方競馬のツバキプリンセス、群馬地方競馬の常識破りがここでも常識を破っていた。
(そりゃ見るよな、明らかに狂ってんもん…)
実は背中にチャックあるんじゃないかと笑い飛ばすしかない、というかした。それくらい彼女のここ一週間の生活はドバイのみならず世界から集まった競馬関係者の常識を揺らがせたのだ。
当初は彼女を招待したドバイミーティング組織委員会に不平を募らせていたものすら、ほとんどが掌を返して呼んだだけでも大成果だという始末である。
真面目に練習に取り組み、群馬地方競馬関係者には従順で騎手にも懐いている、ストレスにも負けずによく食べ、よく遊び、夜はよく寝る。この異国の地に来ても彼女は何も変わらない。
そんな彼女の実力やいかに、関係者が考えることはそれだけだろう。
少なからず好走して不甲斐ない姿さえ見せなければ彼女の名前は世界中の繁殖牝馬リストに乗せられる、勝ち負けは重要ではないとすらいえる。
長時間睡眠による回復力と長距離輸送に強い肝っ玉を持ちながら気性は優しく人慣れして賢さもある、これが遺伝すれば競走馬運用の根本が変わると言えるのだ。
「バカみたいな走りしても入着は固いだろうなぁ…」
世界がカネヒキリではなくツバキプリンセスに興味を示すせいで警戒が薄いことに不快感を隠せないカネヒキリの調教師である丸井には申し訳ないが、大橋は彼女の実力を理解している。
彼女は間違いなく強い、普通に考えれば地方競馬で走っている実力ではないと思っている。
少なくとも今回の祭りは長引きそうだ、大橋は確信をもって憂鬱な気持ちになる。
いっそもう帰り支度をしようかな?そんな風に考え始めたとき、聞き慣れたゲートが一斉に開く音が鳴り響いて場内に大きな歓声が満ちた。
《スタートしました。スターキングマンとカネヒキリが勢いよく飛び出す、全馬いいスタートを切りました。
先頭はマグナグラジュエート、2番手カネヒキリおよそ半馬身といったところ、続いてスーパーフロリックがぐんぐん上がって3番手。
その後ろにブラスハット、すぐに続きましてウィルコ、やや後ろに陣取りますが前を狙っているか?その次にマラーヘルが追走。
続いて後方7番手エレクトロキューショニスト、8番手にツバキプリンセス、かなり外側を回ります》
実況の言う通りツバキプリンセスは後方8番手、馬群から一目でわかるくらい距離を空けて他の馬よりもかなり外側に出て走っている。
馬群に押し出された感じはない、騎手も馬も承知の上でそのコースを走っているとしか思えないほど安定してその位置をキープし続けている。
《さらにその後ろにシャフツ、スターキングマンはこの位置です。再び先頭、マグナグラジュエートとスーパーフローリックが競り合っている、カネヒキリはやや後退して4番手》
(前ではわちゃわちゃしてるがツバキは我関せずか、何か狙ってやがるな?だがそんな大回りしたところで何の意味がありやがる…)
ドバイワールドカップの距離は2000メートル左回り、ツバキプリンセスの位置ではほかの馬よりも長い距離を走ることになりレースについていくためにはその分速く走らなければならないはずだ。
早く走らなければならない以上、当然ながら負担は重くなるはずであって不利でしかない。
利点は他の馬に悩まされないという点だが、そのためだけにそのコースを使う理由はないはずだ。
それをあえて好む理由はなんだ?大橋はそこが疑問だった。距離的不利、速力的不利を呑み込んでもそこを走る理由は?
(群馬の連中がいれば聞いても良かったが…やっぱみんな引きこもっちまったよな)
この場に群馬地方競馬関係者は一人もいない、彼らは通訳以外の関係者全員が日本語しか喋れないためだ。
元々田舎の群馬で地方競馬場とトレセンの職員、厩務員である。かろうじて英語が少しわかるくらいが関の山なのだ。
ツバキプリンセスの一件で何がどうあれ騒動が起きやすいと判断した彼らは、大会運営に掛け合って競馬場の一室を借りてそこでテレビ中継を見ている。
ここまできてこの大舞台の空気を生で感じないというのはホースマンとしては納得いかない気持ちはあるが、当人たちは極めて真面目に面倒事は避ける姿勢であった。
ここは日本でもなければ群馬でもない、いざというときのバックアップが不完全という事もあり常に退路を確保しているような感じで、別な意味で大逃げする準備を整えているのだ。
《そこから少し差がありましてブラスハット、一馬身差でエレクトロキューショニスト追走、ツバキプリンセス後方大外八番手。
その後ろにマラーヘルですがここから各馬徐々に差を詰めていく展開、スターキングマンは後方から二番手大きく離されている。
各馬さらに差が詰まるがツバキプリンセスが大きく外にはみ出す、外に取り残されたか?このまま最終コーナーカーブに向かっていきます》
飛び出していると言えばツバキプリンセスの馬主。彼に至っては最初からドバイにすらいない、開催日程と仕事がかぶっていたので仕事を優先したらしいのだ。
日本であれば仕事が終わってから顔を出すなどできたであろうが、残念なことにこのドバイでは距離的にも間に合わない。
愛馬の大舞台だから隙を見てラジオに齧りついているというが、この大舞台より仕事優先というあたりスタンスから違うのがわかる。
この際、大橋より幅広く競馬界の外を知る稲波記者がこの場にいれば色々聞けただろうが、彼女はハーツクライとルベルの取材のほうに行ってしまっている。
自分の代わりにこの一戦を見守っていてくれ、あと解説も考えておいてくれと念を押された、いろいろ変態とはいえやはり仕事のできる女性なのだ。
《マグナグラジュエートとスーパーフローリックがまだ競り合っている、その後ろにウィルコとカネヒキリ、三番手争い、その間からブラスハットが前を狙っているか?
その外後方にエレクトロキューショニスト、スターキングマンは変わらず後方二頭目。最終コーナーカーブに入ります》
◆◆◆◆◆◆
最後のコーナーに差し掛かる、自分たちは8番手、馬群外に位置していているが普通に考えれば前のほかの馬が邪魔で勝負所に出るのはなかなか難しい位置だ。
自分たちの走りは完璧だった、プランは完璧だった、普通に考えりゃやっぱここまで、そう昔は思っていただろう。
(いい位置だ、空気も悪くない、行ける)
ここしかない、最後のコーナーこそが自分たちの勝負所だ、この大技が一番嵌るのがこの瞬間だと桂井は直感していた。
「行けるな?」
ツバキプリンセスに思わず尋ねる、返答はない。だが、彼女の馬体はそれに応えるように、さらに外を抜けて馬群から離脱するコースに自ら乗って加速し始める。
そうだ、それだ、何度も一緒に彼女の父の走りを見た、ライバルたちの走りを見た、何度も彼と練習した。
これは父の走りではない、偉大な父のライバル、芦毛の怪物から学んだ自分にできる最高の勝負。
王道の差し、王道の追い込み、されどその足は群馬の化け物を差し切るために延々と磨き続けた大技。
「まだだ、まだだぞ」
最終コーナーまであとわずか、前方を行く馬たちの体がコーナーに備えるのを見ながら桂井は鞭を握り締める。
先頭のマグナグラジュエートが入る、次いで後続がどんどんと入っていく。自分の番になる瞬間、桂井はすぐさま合図を出した。
「行けっ!」
一発だけ鞭を尻にいれてツバキプリンセスに合図を出した、同時にツバキプリンセスが待ってましたとばかりに加速。
コーナーで加速しながら馬体をさらに大外に引き出しながら自分たちだけしかいない専用のラインに乗り、馬群に割り込むギリギリインに攻め込んで曲がる。
いつものようにあの馬を追い立てるがごとく加速、砂の地面を大きく踏みこみ砂を盛大に蹴散らしながら追い抜き駆ける。
(日本の芦毛の大外一気、止められるもんなら止めてみやがれ!!)
8番手から一気に順位を繰り上げる、一気に真後ろから追い上げる。前に邪魔者はいない、この場面でわざわざ自ら大外を好き好んで走る奴はいない。
この瞬間を待ち望んでいた、ずっとこうして外を狙える場所を狙って、自分たちのレースをするためにあえて外気味に回り続けてきた。
普通の馬ならばそんなことをすればスタミナが持たない、だが自分たちは違う。なぜならドバイワールドカップは海外競馬であり、レース距離が2000メートル程度だからだ。
海外の競馬は日本の競馬と違いレースの展開速度そのものがやや遅いと言われている、それはこのドバイワールドカップでも似通っていた。これは日本の競馬が高速化しつつあるからである、桂井たちはそこが盲点ではないかと感じていた。常に全力疾走するような大逃げ戦術や逃げ戦術でない先行、差し、追い込みといった戦術では足を溜めるために抑えて走る。
この際に周りを見てレース展開に合わせた走りをすることになるが、レース展開が遅めの海外競馬ではそれが日本競走馬に無駄に体力を使わせている気がした。
人間でもマラソンなどを走った人間ならば感じたことがあるかもしれない、単純に長距離を走り切る目的のマラソンでは全力疾走などまずしないがといって極端に遅く走ったりもしない。遅ければ体力が温存できるというわけではないからだ。
むしろ遅すぎる走りを体に強要すると無駄に体力を使ってしまう、故に速すぎず遅すぎない経済速度という物がある。それと同じ事が起きているのではないか?
ならばどうするか、それはすでに群馬の走り屋が目の前でやって見せてくれた。自分の速度で走れる場所を走ればいい、相手より長い距離を走るならもっと速く走ればいいじゃない。
それが答えだ、速度ではなくて距離で合わせてしまえ。
普通に見ればあえて余計に走る愚策と言えるがこれも単純な方法で解決できる、それを走れる体力があればいい。
前のツバキプリンセスでは無理だった、だが今のツバキプリンセスにとって2000メートルという距離は息も切らさずに走り抜けられる距離でしかない。
常日頃からあの大逃げの走り屋相手に3200メートル模擬レースを行い、走り屋の大逃げに追従するために鍛え上げたツバキプリンセスの体力はもはや並ではない。
だから大外で回った、懸念していた邪魔をする相手はいなかった。そしてこのコーナーでこちらを気にする余裕がある連中はもういない。
すべて整った、自分のできることはすべて整えた、あとは全て天に任せるのみ。
最後の直線に入った瞬間、真横の馬群は視界から消える。先頭に自分たちが立った、だがここからまだ長い直線がある。
言葉はいらない、ただ桂井はいつものように、ツバキプリンセスの尻に最後の合図を入れた。ムチがしなる音、そして叩かれる音が響いて、一気に彼女の加速力が上がる。
これでも十分殺人的な加速だ、競走馬としては一級品のモノで昔の自分ならば御しきれずに振り落とされていたかもしれない。
今はそんなことはない、この程度の加速では群馬スペシャルの下りで鍛えた己の体幹を崩すには至らない。
前へ、前へ、ただ前へ、もう何も考えることはない。ただまっすぐに、他の馬を邪魔することのないこの自分たち専用のラインを全力で駆け抜けるのみ。
諦めない、自分たちが勝つ、自分たちが勝つ、それだけを考えて桂井はツバキプリンセスに発破をかけた。
◆◆◆◆
会場はどよめきに満ちている、目の前のレースに誰もが目を疑っていた。当然だ、このドバイワールドカップで予期せぬ大番狂わせが起きているのだ。
《ツバキプリンセスだ!ツバキプリンセスが来た!!大外からツバキプリンセス!!》
片耳に突っ込んだイヤホンから流れる日本のラジオ中継の放送席も興奮と驚愕を隠せない。
最終コーナー、そこで仕掛けてきたのは群馬地方競馬のツバキプリンセス。群馬という日本の田舎からやってきた芦毛の牝馬、当然ながら人気はあまりにも低い。
国際社会で幾度となく挑んできた日本中央競馬ではなく、日本の群馬地方競馬に属するド田舎からの出走馬。
最大勝ち鞍は日本中央競馬のGⅠエリザベス女王杯、地元群馬でダートを主戦としていても国際基準での最大勝ち鞍が芝コース。
一般的に見れば彼女は芝の猛者である、この場ではお門違いとみられても仕方ない。
ただの一般観客であればその程度、ツバキプリンセスが勝つとは思ってもないはずだ。
それがどうだ、最終コーナーに入った瞬間からさらに大外を回り一気に加速、コーナー内で順位を一気に繰り上げ先頭に躍り出て最後のコーナーから直線に最初に躍り込んできた。
恐ろしいまでの脚力でスピードに乗り、最終コーナーで前8頭を大外から丸ごと追い抜いて我が物顔で先頭を奪った芦毛の牝馬に場内は騒然となり驚きと驚愕で満ち溢れている。
「あれはまさか…!」
それは日本勢も同様、しかしそのどよめきは質が違う。驚き、驚愕、そして郷愁、それは日本競馬にとっては伝説。
北川にとっても同じだった、それはライバルの姿と同じに見えた。日本競馬の伝説、地方から現れた怪物。
それは何度も何度も夢に見るまで研究し警戒したあの映像が重なった、1988年の毎日王冠の光景が蘇ったかのように見えた。
《ツバキプリンセス先頭、しかしまだ600メートルある!! 2番手はマグナグラジュエート、3番手スーパーフローリック!カネヒキリは遅れて5番手大丈夫か?
外からウィルコ、ブラスハットも追い込みをかける――いや外からエレクトロキューショニスト!さらにエレクトロキューショニストが仕掛けてきた!!》
直線に入りすべての馬がラストスパートに入る、エレクトロキューショニストがぐんぐんと後ろから追い込んでくる。
他の馬よりもはるかに加速力が違う。早すぎたか、ツバキプリンセスとその鞍上は早く仕掛け過ぎたのか?
いや、あんな大仕掛けをしておいて、あっけなく抜かされるような走りを今までしてきたのか?
(違う)
直感ではない、経験がそう言っている、相棒と共にあったときから鍛え続け今尚冴える騎手としての感覚がそれを見抜いた。
《エレクトロキューショニストが迫る、鋭い追い上げ!しかしツバキプリンセスも粘る、粘る!!ツバキプリンセス逃げ切れるか!?》
一気に距離が詰まる、逃げるツバキプリンセスをエレクトロキューショニストが追う。残り一馬身、そこでエレクトロキューショニストの加速が鈍ったように見えた。
それは目の錯覚だ、エレクトロキューショニストが鈍ったのではない。ツバキプリンセスがさらに加速を始めている。
ツバキプリンセスの足はまだ残っている、奥の手をまだ残している、最終コーナーの仕掛けはまだ序の口でしかない。
加速をまだ続けている、馬も騎手も必死になって走っているのがわかる。まるで別の何かを追っているかのように。
《残り300メートル!!ツバキプリンセス一番手、だがエレクトロキューショニストも追いすがる!!》
既に2頭が先頭争いで頭一つ突き抜けている。エレクトロキューショニストも諦めない、必死で追う。
北川は両手を握り締めた、まるで自分が彼に乗っていた時のように感じる胸の熱さがたぎってくる。
心臓がバクバクと音を立てていた、喉がカラカラになったような気がした、目をそらすことができなくなっていた。
《エレクトロキューショニストが届くか!届くか!!》
ツバキプリンセスの体が弛緩する。次の瞬間、彼女の後ろ脚がより一層強く地面を踏みしめて馬体を前に押し出した。
芦毛の馬体がさらに加速する、エレクトロキューショニストを突き放し、さらに加速しながら一気に残りを走り抜く。
力強い走りだ、本物の足を彼女は持っている、彼女の実力は本物だ。
思わず北川は心の中で2003年に旅立った相棒に向かって叫んだ。見てるか!見ているか!!走っているぞ、お前の娘が世界を相手に先頭を走っている!!
《届かない!届かない!!ツバキプリンセス突き放す!!そのまま!押し切って!!ゴールインッ!!!》
場内のどよめきが一斉に歓声に変わる、大番狂わせだ、期待薄であった田舎の牝馬がまさかの勝利だ。
それもマグレではない、アクシデントもない、真っ向勝負で世界に打ち勝った。その力強い姿に観客は大盛り上がりだ。
それもドバイミーティングのGⅠを二つ、芝とダートの両方を日本からの出走馬が持っていくという大珍事だ。
《何という事でしょう!またもや群馬がやりました!!中央競馬に加えて世界の一冠、日本勢初のドバイワールドカップ優勝!!
ツバキプリンセス、桂井が中央競馬より先んじました!!地方競馬が世界を取りました!!!
2着はエレクトロキューショニスト、3着にウィルコ、4着ブラスハット、5着マグナグラジュエート、カネヒキリは6着です!》
場内は総立ちだ、この大番狂わせを見事に勝ちとったツバキプリンセスと騎手の桂井に万雷の拍手が送られる。
その歓声に答えながらウィニングランを堂々と走っていくツバキプリンセス、その姿にその中で北川は熱い目頭を片手で拭った。
相棒、お前の娘が世界で勝ったぞ。あぁ悔しいよ、どうして俺はあの子のそばにいてやれないんだろうなぁ…
あとがき
仮題・世界で地方の怪物やってみた。そんなわけで2006年のドバイワールドカップは群馬地方競馬が頂きました。
伊達に長距離大逃げするUMAを追いかけてないのよ、ツバキプリンセスのスタミナは並ではない。
ちなみに北川のセリフはオマージュが入ってます、タマモクロス先輩はこの世界でも2003年に亡くなってますから。
たぶんこの先、こんな感想ばっか浮かぶ人絶対おるでこの世界。
おまけ
作者の独白・競馬実況キッツい、映像見ながら参考にしつつマルパクしないようにするってこんな感じでいいんかね?