気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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いつも多くの感想と誤字報告、ありがとうございます。
今回は次回の話へのつなぎ、いつにもましてうちの馬がUMAしてますが自社内での出来事ですので何も問題ありません。
あと普通はあり得ないような移籍もやってますが架空競馬なので何も問題ありません…たぶん。






第26話

 

俺の仕事は酒作りだ、ここ最近やけに競馬に連れ回されてた気がするが本業は瀬名酒造で酒を仕込み、背負って仕込んで熟成させておいしい馬練りを作る事。

当然ながら新製品の研究も仕事の一つ、昔ながらの味を継承するのもそうだが常に新しい技と味を追求するのも忘れてはいけない。

人馬が一体となって時代に合った酒造りの研究を怠らないのもこの瀬名酒造が長く存続してきた強みの一つだ。

だから瀬名酒造の馬練りの仕込みや制作には必ず人間と馬が力を合わせるし、馬と人間が一緒になって仕事をする工房もある。

今日の仕事はその工房、端っこの日当たりのいい窓際に作られた俺用のデスクに座って今日の研究に集中する。

デスクつっても市役所からのお下がりデスクを置いて、椅子の代わりに座布団敷いて其処にちょこんと座ってるだけだけどね。

デスクの上にはメモ帳とボールペンと鉛筆、種酒と酵母の状況が書かれた書類、電動鉛筆削り器、そして利き酒用の赤と白の盃。

トクトクと真っ白なぐい飲みの中に透明な液体が注がれる、何度見てもこの瞬間はいつも緊張するもんだ。

何しろ俺たち職人の成果が試されるときなんだからな、この試作品の味見の瞬間ってやつはな。

 

「スンスン、ブルゥ…」(香り良し、色良し)

 

いつもの馬練りよりもだいぶ甘みの強い香り、その香りを持ちながら透明に透き通っている見た目。

ここまでは良い、ここまではこの配合でもうまくできているんだ。ぐい飲みを口で咥え、ゆっくりと傾けて馬練りを口に含む。

口の中で転がして舌で味わい、分析する。悪くはない、材料は厳選した酒米、仕込みに使った酵母も適量だ。

熟成前の状態も良好、そこから俺が練り上げて、しっかりと熟成させて落ち着かせた。

 

『どきどき』

 

『わくわく』

 

甘さの強い酒米を使い、酵母も甘さが出る3番、配合は米多め、発酵が進んだら米を注ぎ足して濃縮したのも正解だろうな。

発酵時間も適正、甘さの中にえぐさもなければ苦みもない、酸味が心地よく甘さを引き立てているがかといって自己主張もしない。

考えていた通り、甘くできている。酒精も通常のモノよりも強い、狙い通りに熟成過程での濃縮がうまくできている。

口に含んでいた酒をバケツに吐き出して、赤い盃の水で口を濯いでから一息つく。

 

『見たことない顔してるねー』

 

『真剣というか、厳めしいというか』

 

外野は無視。結論から言おう。

 

「バーボッ」『ダメだ』

 

「ほーん、どこら辺が?」

 

「ばーは、ばーは、はーじ、ばは、ワーマ、ブルフィン!」

 

口をくちゃくちゃさせてからボディランゲージ。うん、これはダメだ、方向性は間違ってないが中途半端になってる。

そんな俺をダイオーとノルンと一緒に見つめていた酒職人の師匠である杜氏、源次郎さんの問いに感心したように頷いた。

いい味だが味にバラツキがある、米のうまみとアルコールが微妙にずれちまって雑な味が出てきてんだ。

それにこの配合はコメの甘さも強い、アルコール成分も甘い奴が出てるからこの程度の酒精では足りない。甘さに負ける。

まろやかでコクがある味というには深みがないし重みが足りないからどうも舌の上で滑っちまって、思ったような重みがない。

 

『そんな味って変わるもんなの?』

 

『解りません、どう違うんでしょうか?』

 

外野は無視、無視ったら無視!!

 

「ブルッ、ブルル」

 

「そうか、やはり味のバラツキはお前も気になるか」

 

『うんうん』

 

面目ない、俺の力不足だ。やはりまだまだ若輩という事、ざまぁねぇぜ、不甲斐ない。

やはり上手くはいかんのか?ブレンド用濃厚甘口馬練り生産企画は…

 

「馬鹿野郎、しょげんな。お前は最高の仕事をしてるよ、お前の考えた配合比率と酵母選択は間違ってなかった。

仕込みだってお前はきっちりしてんだろう?ここまでの過程は良い、たぶんまだなんか足りねぇんだ、この酒にはな」

 

「ブルッ…ブルルッヒン?」『ぐぬぬ…だとしても一体何が足りないと?』

 

一体何がいけないんだ?酒米の分量と酵母の種類、源次郎さんの言う通り配合は間違いない。

計算通りならまろやかでどっしりしたより重みのあるアルコール度数の高い甘口ができてるはずなんだ。

だが出来上がったのはこの甘さも重さも中途半端な出来損ない、これだと味が負けてブレンド前提では売れない。

かといってここからひと手間…どうするか、酒も生モノだから長々と手を入れ続けても腐っちまう。

ここまででも結構手を入れてるからおそらく次が最後の一手、決まらなきゃこの酒はダメになっちまうだろう。

ここまで育て上げたこの酒を没にするには惜しい、何かねーか?なんか一つ…パンチ?

ただ甘いの求めてんのにパンチ…まぁないよりましか。右前足でパンチパンチ。

 

「パンチ?キレを付けるってか?この配合にパンチ付けるのは…いや、考えてみるか」

 

『パンチ?食べ物にパンチするとおいしくなるの?』

 

『うーん、人間の考えることは分かりませんね。でも甘々を作るのは人間ですし』

 

すまんな、今はこれしか思い浮かばぬ。もうちょい考えさせて、なーんか引っかかりはあるけど出てこないのよ。

 

『はちみつジュースもパンチしたらもっと甘くなるのかな?』

 

さて、そろそろ現実見ようか。そろそろあっちも変なこと考え始めてるっぽい。

 

「ブフブフ、ぶほぅ!」『なんでお前らがここにいるねん!ノルン、ダイオー』

 

『あ、やっと気づいた。おひさー』

 

『お久しぶりです』

 

確かに久しぶりだ、ツバキがドバイで勝ってからというもの日本競馬界はお祭り騒ぎ、うちらも人気沸騰の中で売り上げ伸びて増産しててかかりきりでトレセンにも最近行ってないし。

高崎競馬場に行ってもお前らいなかったからなぁ、あれも行って走って帰っただけだから半日もいなかったけど。

でも客が去年とはまるで違ったな、人入りが半端じゃない上に外国人も結構見るようになったし。

人気はこいつらとハルウララのせいだろうな、ハルウララ復帰で高知競馬と群馬競馬が一気に一般トレンド入りしたとかテレビでやってたし。

外国人はツバキのせい、ドバイでやばい勝ち方したらしいじゃないか。ラジオの言ってることはちんぷんかんぷんだったがアナウンサースゲー興奮してたぞ。

それをなんで源次郎さん連れてきちゃったの?そもそもなんでここにいんの?

 

「なんでここにいるのかって顔だな。群馬競馬の方から預かってくれって社長が頼まれてたんだよ、ほら、外騒がしいだろ?」

 

『そういう事ね、でもなんでこいつら入れちゃったの源次郎さん、ここ仕事場よ?』

 

「休憩だよ。酒はこっちで考えてくるから、お前はこいつら相手しちゃれ」

 

『えー?それ、俺の仕事なんだけど?』

 

メモ帳に『仕事』と書く、それを見て源次郎さんはけらけら笑った。

 

「お前のダチだろう?案内でもしてやってリフレッシュしてこい、行き詰まってんだろ?」

 

あ、解る?そーなのよね、実際結構悩ましい所よ…

 

「ヴッへー」『しょーがねーなー』

 

「待って待って!タービンちゃんヘルプ!!」

 

立ち上がって尻を尻尾で叩いていたら工房に飛び込んできたのは経理の良子ちゃんじゃありませんか。

うむうむ、今日も大変良いお胸であります。ビジネススーツで隠していても魅惑の揺れる震源地、このお馬さんアイは見逃さない。

そばかす童顔でスタイルのいい巨乳ちゃん、性格の純朴でちょっと警戒心薄いわが社の隠れた人気者、前世の会社にいたらそっちでも隠れた人気者だっただろうね。

これはあれじゃな?なんとなく察しがついて黄昏ると、目の前に経理の決算書類の下書きが突き付けられた。

うん、期限先だし重要度は低いけどさっさと済ませなきゃいけない面倒な書類だねこれ。

最近よくあんのよね、売上良くなってきたから時々経理部の仕事がパンクするの。戦力増強はしてんだけどすぐにはよくなんないからなこれ。

 

「これ分かる?計算が合わなくてさ!」

 

『ほいほい、ちょいまっちー、これ片付けるわ』

 

「良子ちゃーん?なんで経理部のお仕事こっちに持ってくるかねー?」

 

「しょうがないじゃないですか、営業からので新人に任せるには難しいしうちも手一杯なんですよ」

 

「でもあいつ、経理部じゃないんだけど?」

 

「むしろうちに欲しいんですが?」

 

「営業と一緒のこと言わないでよ、あいつはうちのエースなんだから」

 

はいはいこういうのは任せなさいな、伊達に前世で部長やっとりゃしねーよ。この手の仕事は慣れたもんだぜ。

 

『え?あのペラペラで何やんの?』

 

『???』

 

鉛筆を用意してトングで書類をぺらり…ふむふむ、新しい小売業者との定期納入契約に関する費用の決済ね。

場所は高知、相手は地元密着型のホテル、ローカルチェーンで何店舗かまとめてやるのか。

計算式は合ってる、けど目算通りの計算とズレる。ってことは、あーこれ最初の計算式が違うね。

ここを修正して、数字が689になるから割り算挟んで…よしできた。

これで答えが変わるから総計算も変わって…よし、想定内の変動に収まってるぞ、ダレやねん計算式初手でミスったやつ。

こう見えて元人間、大企業の地方支社とは言え一応部長をやってたのよ?これだけなら5分かからんわ。

うーん、でもこれまだアラあるな。もう少しクオリティアップできそうなんだが…あ、いいところめっけ、ちょっと試案書いてやろ。

この部署の仕事を統合して…この輸送費、2回に分けないほうが安い、見た目高くなるけどまとめたほうが総合的には二重丸。

この輸送ルートは…理由は予想付くけど信頼だけで橋本運送使っちゃダメだって。あの会社は大手の中でも地域密着型サービスが売りだ、各地の地方支社の影響範囲内だとパフォーマンスは最高だがそれを超えると動きが悪くなる。

この資料だと橋本運送の支社間配送ルートに乗せるつもりみたいだが、こいつは社内での物品運搬が主だから線が細い、俺たちの酒を運ぶには力不足だ。

ここは俺たちで別の会社を用意して一気に運ぶのが吉、そこで長距離輸送で大量配送可能かつ安全性に定評があるファーストアメリカントラックの出番だ。

この会社は大型トラックでの長距離輸送が持ち味、見かけはアメリカンだが仕事は繊細かつ丁寧だぜ。

こいつらで向こうに運んで橋本運送高知支社の配送ハブに納品、そこから橋本運送の個別配送で一気にってのがいいと思う。

 

「ヴフヴフ、ブゥンブーブー」『良子ちゃん良子ちゃん、これ見れ、ここ、ここ』

 

「え、また何か妙案が…おぉ!!新しい輸送ルート!?しかもちょっと安くなってるのに安全性向上してる!?」

 

当たり前だ、ファーストアメリカントラックは長距離専門でこっちのノウハウは橋本運送よりも上。

専門家の分仕事を選ぶから、高そうに見えて総合的な観点を加味するとだいぶ安値で済むんだよ。

反面、橋本運送みたいな小回りが利く配送ではだいぶ劣るからそこはこっちで橋渡しすりゃいい、元受けとしてな。

で、それを連結させるとあら不思議、実は微妙に安くなる。でもこれ以上安くすると必要な仕事の質に響くからダメよ。

まぁまだ試案だがたたき台にはなるだろ、あとで営業部長に進言してみてくれよ。

あとは資料をもう少し鉛筆で修正、ここをこーして…こうで、こうじゃ!

 

『でけたよ、ついでに改良案もおまけ』

 

「ありがとう!早速部長に見せてくらぁ!」

 

再びかっとんで行く良子ちゃん、元気で大変よろしい。スカート越しでもわかるお尻が大変ベネ!

 

「まったく、馬の前では走るな暴れるなと教わらんかったんかあやつは…」

 

「ブヒィブヒィ」『ここにいる馬なんてそんなんじゃビビらんっしょ』

 

「それもそうか、じゃ、また後でな」

 

「へーへー」

 

うんうんと頷きながらデスクから離れる源次郎さん、大変理解があって私大変助かってます。

おかげで馬房に溜め込んだ言い訳用の古い教科書類は全く役立たなかったけどな。俺の事疑問に思う人、もうこの会社にほとんどいないもの。

家庭ごみの収集前にちょっと探れば意外とあったりするから取っといたけど…まぁ教材として使ってるからいいか。

 

『さて、待たせたな。久しぶり。聞いたぜ、お前ら中央でまた暴れたらしいじゃねーの』

 

『う、うん、いま何やってたの?』

 

『仕事だよ、うちは酒造業だからな』

 

『ふぇ~~…お酒造りって大変なんだね、背負って走るだけだと思ってた』

 

『仕込むだけでならそれでもいいけど、売り込んだりするなら色々面倒なことはあるのさ』

 

ただ作って軒先に置くだけじゃ売れねぇかんな。ちゃんと売り込みはしていかんとね、今は向こうから寄ってきてるがずっと続くもんじゃないしな。

この好景気、がっつくんじゃなくていざって時にすぐ出せる伏線というか繋がり作りするには大変美味しい時間であります。

実のところ面白いようにあの手この手を仕込めるので大変有意義なんですよ。

しかも相手の営業メソッドは06年基準だからちょっと古い、俺の20年代のスキルと知識が面白いように刺さるんだよね。

こちとらリーマンショックとその他もろもろ、地震津波不景気などなどで嫌でも鍛えられたからな。

うちの営業と経理部にも技術は流してるけど…あの書類が来るってことはまだまだだねぇ。

 

『ま、うちのことはどうでもいい。それよりお前らのことだよ、ここまでお前らだけできたわけじゃないだろ』

 

『うん、ここの馬にタービンは今日仕事だって聞いてね、案内してもらったんだ。あのおじさんとはさっきそこであったの』

 

『酒取りに行った時か』

 

見知らぬ会社ってのは迷路みたいなもんだからな、この瀬名酒造なんか結構敷地広いけど歴史ある分いろいろ詰め込んでっから新人はよく迷う。

お前ら2頭だけでさまよってたら絶対迷ってるだろうからな、だがいったい誰だ?

 

『そういえば群馬競馬で走るみたいなこと言ってた!いきなり先輩とか呼ばれてびっくりしちゃったよ!』

 

お前らとは初見で先輩って呼べるくらいには知ってる…あ、ちょうどいい所に。

 

『あいつだろ、バターナッツ』

 

背中にブチを乗せたまま厩務員と一緒に工房の中にのっしのっしと入ってきたうちの新入り、北海道岩見沢から来た身長160前後の茶色い筋肉もりもりマッチョ馬。

まず体つきからして違う、訓練用に瓶ホルスターを体に巻き付けている体が太すぎる。競走馬がアスリートならあいつはボディビルダー、見た目は速そうには見えないけどインパクトがやばい。

筋骨隆々で鍛え抜かれた体はまさに筋肉の葦名城、実は中はサイボーグですって言われても信じられるくらいキレッキレの筋肉してるのが見て分かる。

足もゴン太、元が太い上に筋肉で出力アップと重装甲化を施してやがる。競走馬のすらっとした足が小枝みたいに頼りなく見えるくらいだ。

俺も足は普通の競走馬よりも太くしてるはずなんだが、それよりもはるかに太い。

歩く足音からしてのっしのっしって音が違うってんだから推して知るべし、体重もそれに見合った堂々たる860キロ。

正面から見る胸筋と腹筋は動く一戸建て二世帯住宅、ミニミニハ●ルの動く肉!

仕上がってるよ、仕上がってるよ!中にちっちゃい重機詰めてんのかい?トモがいいね、チョモランマ!

 

『古巣じゃあれで小柄って言われてたらしいぞ』

 

『マジで!?どこなのそんな魔境』

 

『北海道、前は岩見沢競馬場で走ってたそうだ』

 

『北海道ですか、どちらで?』

 

『ダートで短距離、ばんえいと聞いてる』

 

『なに?そのばんえいって』

 

『小山のあるダートコースで重りを積んだソリを引いて走るらしい、重いと一トン近い重りをソリに乗せるらしいな』

 

『何その悪夢のレース、ワケワカンナイヨ!?』

 

そりゃ俺たちとは基本関わり合いないし、あいつだって親父さんが気まぐれ起こさなきゃうちに来ることも無かったろうよ。

でも親父さんの見立ては間違ってない、あいつは走る才能あるぞ。最初がトロいっていう癖はあるけどスピードが乗り始めたらまず止まらん暴走機関車だ。

直線での加速と突破力は正直言って計測不能なレベル、競り合おうとしただけで勝手に弾かれるってんだからパワーがダンチだ。

でもその足腰がクソ重たい重りとソリを引くって競技には向いてなかった、あいつ自身のケツの踏ん張り方がレース向きだったんだよなぁ。

 

『まさかそれ、群馬でやるだなんて言わないですよね?』

 

『いや、うちからは普通にマイル専門で出すはずだが…おーい、ブチ!』

 

ちょっとブチに訓練の成果を聞いてみよう。

 

「にゃふ?」『なんだ?』

 

「ヴッフヴッフ」『あいつの具合はどんな感じ?確かマイル専門のはずだったよな』

 

「にゃはは」『おうよ、才能はピカ一じゃねぇかな?茂三の言う通りこれは加速がつくと手が付けられんな』

 

とはいえ、速く走れるだけじゃいかん。バターナッツの体に巻き付けたホルスターから、担当厩務員がパンパンに膨れ上がったペットボトルを抜き出すのを見て俺はすぐに分かった。

 

『まだまだだな、乗り心地悪かっただろ?』

 

『そこはしょうがねぇさ、走り慣れてねぇ。おいおい何とかしていくことになる。安定すりゃマジで寝られる背中になりそうだぜ』

 

「ほらバターナッツ、こいつをよく見てろ」

 

バターナッツの目の前でペットボトルの蓋を厩務員が捻ると、気の抜ける激しい音と同時に振り回された炭酸水が爆発するように吹き出した。

それを見てバターナッツは目を見開いて少し後ずさる、それを見た厩務員はすぐにバターナッツの手綱を引いて押さえながら落ち着かせるように頭を撫でた。

 

「ほらな?まだ加減がなってねぇ、おまえもあいつがやった時のことは見てただろ?飲んでみろ」

 

「ぶるるッ…ぐぇ~~」

 

「そうそう、すっかり炭酸抜けちまって不味いだろ?半分でもしゅわしゅわが残るくらいには頑張ろうな」

 

『いやあれで噴き出さないのタービンだけじゃね? 僕何度やっても爆発しちゃうよ』

 

『俺はできるぞ』

 

俺だって毎日毎日訓練に訓練を重ねてできるようになったんだからな、簡単にクリアされたら自信無くなっちゃうぜ。

あいつはまず、走るときの衝撃を逃がすスキルを覚えないとだめだ。じゃないと足が先に悲鳴上げちまうぜ。

 

『ふーんだ、できなくっても勝てるもんネー』

 

『お前が言うと説得力あるな』

 

『へっへっへー、大阪杯で勝ったからね』

 

ホクリクダイオーは大阪杯でしっかり勝利、確か次から海外だって親父さんたちが言ってたな。

どこだったか…ドイツかフランスだったな。いやはや、馬にも海外出張があるって聞いたときにはびっくりしたもんだわ。

 

『次は海外って聞いたぞ。気をつけな、向こうは日本と全く違うからな』

 

『分かってるヨー』

 

うわ、すごい楽しみって感じ。本当にわかってんのかこいつ、ツバキと一緒に海外と日本の違いを教えはしたけども…不安だな。

俺、海外出張となると苦い思い出あっからどうもな…だって前世じゃイラク出張で紛争真っただ中に放り込まれちゃって拳銃握ってたんだぞ俺。

営業用のサンプル持ったままスーツ姿で、居合わせたPMCの皆様たちと逃げ回らにゃならんかったとか普通トラウマになるわ、ならんかったが。

 

『ノルンも天皇賞お疲れさん』

 

『ありがとうございます。みんなの期待に添えなかったのは残念ですが…』

 

『何言ってやがる、ディープと張り合って2着だろうが。それともなんだ、まさか手を抜いたとでもいうんかい?』

 

『そんなことありません!全力で走りました、ですが…』

 

ノルンファングは天皇賞・春で2着、がっつりディープインパクトと競り合った。

レースを見てたわけじゃないが、その口ぶりだと親父さんの言う通り相当惜しいところまで追い詰めたってのは事実のようだな。

ノルンだって何の作戦も無しに挑んだわけじゃなかったし、実際がっつりディープをハメたらしい。

いつも通り失格スレスレの作戦でな、相変わらずルールギリギリ攻めるの好きよねお前ら。嫌いじゃないぜ。

親父さん曰く、ディープと大竹さんは見事なオーバーシュートを食らって大層ヤベー状況に置かれたそうな。

あのディープ達をまんまとハメたこいつらがスゲーのか、それをまともに食らった状態で強引に勝ちに行ったディープがスゲーのか…

 

『届かなかったか、悔しいか?』

 

『悔しいに決まってるでしょう、次は絶対に千切ってやります!』

 

「ひーっひっひっひ!!ヴフ」『なら何も問題なんてありゃしねーよ。なら、どこで勝敗が決したかも研究してんのか?』

 

『もちろんです…とはいえ、まだ具体的な対策は思いついてないんですがね』

 

『相変わらずノルンは頭いいよねぇ』

 

自信ありげにノルンファングが笑う、こりゃ相当悔しい思いしたんだろうなぁ。わかるぜ、作戦がうまく嵌ったのになぜか抜けられた時、その技が力技とかなんだよそれって思うよな。

 

『そうだ、もしあなただったらあの場面でどうディープに対処していましたか?』

 

『ディープに?そういわれてもそのレース見てたわけじゃないんだが…』

 

『今からお話ししますよ、ダイオーも何か案があったら教えてください』

 

『いいよ!ドントコーイ!!』

 

『待ってくれ、ちょっと準備すっから』

 

デスクの上を片付けて、メモ紙のでかいヤツを何枚か出す。鉛筆も電動鉛筆削り器で削って…よし。

図案も何もないとちょっと想像つきづらいからな、こうしたメモの用意は必須だぜ。

 

『何今のガリガリするやつ!かっこいい!!』

 

『鉛筆削りだよ、あとでやらしてやる。悪いな、続けてくれ』

 

『では始めましょう、まず当時のコンディションなんですがね…』

 

 

 

 





あとがき
次回より少し時間が巻き戻って天皇賞・春、ノルンファングVSディープインパクトをお送りします。
決着はすでについていてノルンファングは惜しくも2着、地方競馬初の天皇賞春秋制覇は中央競馬の希望に阻まれました。
しかしディープインパクトのライバルとして現場を大いに沸かせた模様。

ちなみに今回出てきた瀬名酒造のサブキャラはシマカゼタービンが本格的に競馬に乗り込んでたら厩務員とか経理担当とかで出てくるサブキャラになる立ち位置にいました。
競馬界では生きていないが故の素っ頓狂な発想やらやり取りで人間のUMA扱い筆頭とかね…ま、ならんかったので普通に会社員ですが。



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