気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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第1話の前日、群馬トレーニングセンターでのひと悶着のお話。
この世界でのディープインパクトは、ここで原作と少し違う走りを知ることになる。




第2話

 

群馬競馬トレーニングセンター、ここは群馬地方競馬に所属する競走馬を訓練するトレーニングセンターだ。通称群馬トレセン。

地方競馬のトレセンにしては設備が整っているほうらしくて、各種調教設備のほかにコースが芝とダートの両方がある。

ちなみにらしいってのはここ以外のトレセンに俺は行ったことないから知らないんだ、馬の身の情報収集はなかなか厳しいのよね。

俺ことシマカゼタービンも一応は地方競馬所属の競走馬、ここを使うこともできるけども今は別の仕事でここにきている。

 

『む、むりぃぃぃぃ!?』

 

砂を敷き詰めたダートのレースコースでひたすら爆走すること、それが俺の仕事。模擬レースらしいけどもはやタイマンレースである、今も一頭千切ってるところだ。

今日のレースは一本1600メートルダートコース2周のシマカゼタービン先生長距離爆速大逃げ講座だ。とはいえ座学とかじゃないから体で覚えること。

俺の足は基本的には逃げ一本、それしかできない。競馬の知識なんてないし、はじめからトップを取って突っ走るのが一番走りやすいからだ。

そうでなかったら?まぁやることは一緒だよ、走りやすいとこぶち抜きゃいい。要は最後にハナとりゃどんな走りだって逃げだし勝ちだよな?

ついでに峠の走りで鍛えたコーナーはインコースやカーブを攻める時に輝く、だったらなおさらぶっ飛ばすしかないでしょうよ。

なおルール違反は論外だからそれは分かっておくように!

 

『お先に失礼』

 

ハイ加速!俺の加速についてこれなくなった時点で大体勝負決まってんだよねこれ。

 

『くっそぉぉぉぉぉ!!!』

 

大差をつけてゴール板を超えて、そこで騎手に走るのを止められた競争相手の葦毛ちゃんを後ろに見ながら少し先のコース横に置いてある軽トラへダッシュ!

今日はずっとここで走りまくるから荷台にいろいろ置いてあるのだ、つまり小休止である。

レースを勝ってそのまま直帰!一度やってみたかったことその一よ、馬になってやれるとは思わなかったがな。車でやりたかったぜ、ハチロクで!

 

「ほらよ」

 

『さんくす』

 

ササと下りた騎手は親父さん、瀬名酒造の社長であり馬主の瀬名茂三53歳、この年になってもバリバリのビジネスマンであり趣味に生きる男。

俺個人、というか個馬としてすげぇ尊敬してる命の恩人だ。この人の期待だけは裏切れねぇ、だから俺は酒造りに命を懸けるぜ。

親父さんにもらったキンキンに冷えた蓋の開いた水の500mlペットボトルを口に咥えて、親父さんと一緒に一気に煽る。

喉を通っていく冷たい水が体の火照った熱を冷ましていくのがわかる、あぁこの水は高級水道水だぁぁ…

 

「「ぶっはぁぁぁッ!!」」

 

たまらん!!これがたまらん!!人も馬もこれだけはやめられんよなぁ!!

 

「相変わらずおっそろしいスタミナだ、あんな加速しといてけろりとしてやがる」

 

「うちのツバキプリンセスが全く太刀打ちできないなんて信じられない、東海のステイヤーじゃトップクラスなのに」

 

「車のシフトチェンジみてえな加速してやがったな…っていうかホントになんだあれ、馬かあれ?」

 

「言ったでしょう?馬鹿にしないほうがいいって。馬です、一応」

 

なんか外野が騒いでいるが無視だ無視…とそういや件のツバキプリンセスちゃんはまだいるかな。あ、まだコースにいる。水持ってってやろ。

嫌がるかもしれんけど、俺としては水桶よりこっちのほうが飲みやすいと思うんだがな。

 

『ツバキプリンセスちゃん、水飲む?』

 

「あ…どうも」

 

お前じゃねぇよ…横から手を伸ばしてきた騎手の兄ちゃんに水を横取りされた。おまえの分は親父さんが持ってくるのに何うまそうに飲んでやがる。

畜生文句言いづらいな、うまいんだよな?気持ちわかるよ。仕方ない、足に砂掛けるだけで勘弁してやる。

 

「え、なぜ!?」

 

「そりゃお前、ツバキに持ってった水横取りされたからだろーが」

 

前足で砂を掻いて騎手の兄ちゃんの足にばさばさ飛ばしてると親父さんが水のボトルを持ってやってきた。

親父さんは蓋を開けて差し出すけどでもツバキちゃんはいらないみたいで顔をそむけた、ならええわ。

 

『次は負けない…覚えておきなさい!!』

 

『はいはい、また今度な』

 

『東海ダービーで待ってるわ、そこで決着を付けましょう!』

 

『すみません、その日は仕事があるので』

 

『私たちの仕事は走ることでしょう!他の大会で負けたら許さないから!!』

 

いや出ねぇよ、東海ダービーってデカい大会だしそもそも遠いわ登録してねぇわ。意識してくれるのは良いんだけど期待されても困る、本業は輓馬だし仕事もあんだよ。

ま、あんだけ元気のいい啖呵きってたからまぁ大丈夫だね。たまにガチへこみしてる奴いるし、それで走らなくなるとちょいと困るから。

今も騎手さんを引っ張ってってるし…むしろ騎手さん擦り下ろされそうだなこれ。

 

「ツバキプリンセスも終わり、と…なら午前はこれで終わりだな。腹減った、飯にするか」

 

『いいな、喰おう喰おう!』

 

ちなみに今日の併走予定は午前中に3頭、でもガチンコレースで何度も走ったから疲れてきたよ。だってツバキちゃんの前なんて休憩挟んで10本走ったんだぜ?朝っぱらから走りっぱなし。

軽トラの前に無造作に体を横たえて、親父さんが下ろしてくれたでかいクーラーボックスは俺の弁当箱だ。中に口を突っ込んでうちの社員食堂謹製の野菜の切れ端サラダを口いっぱいに頬張る。

美味である、サラダ美味い、飼い葉もいいけど俺は野菜のほうが好きです。おかずにコロッケとかいろいろ入ってるとテンション上がります。

 

「しかし今日は張り合いがねぇな、ツバキプリンセスはともかくほかの面子もほとんど新米ばかりじゃねぇか。

ホクリクダイオーとノルンファングはどこ行ったんだ?あいつらの相手じゃないとなると他に誰か相手が来るのか?」

 

『あ、コロッケ…おっしゃきたぁぁぁぁッ!!』

 

なんとここでサラダの端っこに焦げ茶の塊発見、テンションマックスである!!大方揚げ過ぎちゃったやつ入れたんだろうね、でもいいのよこういうので!!

馬の身じゃ喰わせてくれるのも馬の食事なんだもん、そりゃ喰えるけどやっぱ人間の食い物が恋しくなるんだよ畜生!!

外はカリッカリ香ばしく、中はねっとりお芋のお味、冷たいけどコロッケである、あぁ懐かしや!

 

「お前ホントそういうの好きだよなぁ、午後に腹壊しても知らねぇぞ?」

 

いいんだよ、なんだかんだで壊したことないからな!!馬に食えないもんって何なのか知らんけど、毒ある奴じゃなきゃ大体喰ってるから問題ない。

あと正直、親父さんのコンビニ弁当も捨てがたい…3つあるよな、多くないですか親父さん?食ってあげてもいいんですよ?

 

「やらん、お前はこっち!」

 

視線向けただけでバレた、さすが親父さんだぜ畜生!!あぁ、牛丼が、ホイコーローが、レバニラが消えていく…喰いたいなぁもぅ!

白飯だけでもいいから食わせて、だれかほっくほくの炊き立てご飯を馬でも炊ける炊飯器作ってくれ…あ、俺が作ればええねん!蹄だけど試してみよっと。

 

「お前、何か企んでるな?」

 

なんのことでごぜーましょう?

 

「口が笑ってんだよ。明日から敏則に任せるのが怖くなってくるぜ」

 

敏則は関係ないでしょ、あいつとならうまくやるって。あ、ちょうちょ。

 

「そっぽ向くな…ホント解りやすい奴だな」

 

うっせーうっせー!畜生サッサと喰って昼寝じゃい!!

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

昼飯の後に休憩用の馬房でおやっさんと雑魚寝で昼寝して戻ってきたらレース場が騒がしい喧騒に包まれていた。

 

「妙に人が多くないか?」

 

『多いねぇ』

 

午前中に比べて人が妙に多い。いつもの調教師や騎手の人たち以外に…あれ、記者やカメラマンが多くないか?

しかも見てる先はダートの練習コース、今日の俺たちの仕事場だよ。

 

「どうしたんだ?こいつぁ?」

 

『知らぬ』

 

親父さんと顔を見合わせると親父さんがとりあえず近くにいる顔見知りの職員に聞こうとした。

俺はその後ろにゆったりとついていきながら周りを見回す、変だな?やっぱり、ここの馬も居なくなってるけど無駄に記者が多い。

それになんだ、見たことのない厩務員や調教師がいるな。ここの連中じゃない、あれは中央の?

 

「おう、一体どうしたんだ?妙ににぎわってるじゃねぇか?」

 

「あ、瀬名さん!!待ってましたよ、どこ行ってたんですか!?」

 

「え?あっちの馬房で寝てたけど?」

 

「…しまった、今日はドライブじゃなかったか!!」

 

親父さん、たまに馬運車で一緒にドライブ連れてってくれるんだよな…それは今関係ないか。

それよりも今はこの異様な感じが何なのか知りたい。おや、馬はいないと思ったが訂正だ。ダートで一頭走ってる。

コースの周りに人が一段と濃いから、そのせいで音が届かなかったのか。

 

「とりあえず、まずダートコースへ。次の相手がいますから」

 

「あぁ?何言ってやがる。次って予定じゃ一時間先じゃねぇか、だれか割り込みしてんなら俺たちは後回しだろ」

 

「その相手にあなたたちが必要なんですよ。午後の予定は全部キャンセルです、その代わりに彼らの相手をしてください」

 

「キャンセルってただ事じゃ…くそ、元からこのためか。どこの馬だ?見慣れない連中がめちゃくちゃいるんだが?」

 

「それはお楽しみです!お願いしますね!!」

 

なるほど、群馬トレセンに一杯食わされたのね俺たち。まともにお願いしたら拒否る相手か、まったくひどいったらないね、でも嫌いじゃない。

こんなことしてまで当てたいというなら本気だ、その気合に免じてここはこっちも腹を据えましょう。

親父さんにいったん目でやる気を伝えてから人垣を割ってダートコースに入る、そこにいたのは騎手が乗った鹿毛のサラブレッドだった。

良い体してやがる、ピシッと引き締まった体に走るために特化した筋肉の付き方だ。今日走った地方の奴らとは鍛え方が違う。

いつも相手をするホクリクダイオーやノルンファングとはまた違った威圧感というか貫録を感じるね。

 

『お前が練習相手か?』

 

『ここの担当か?俺だ。お前は?』

 

『ディープインパクト』

 

『ディープインパクトね。俺はシマカゼタービン、よろしくな。ルールはコース一周―――』

 

『説明は良い、さっき走って分かった。さっさとやろう、こっちにこい』

 

ありゃ、愛想のないヤツ。ま、いっか。おやっさんとあっちの騎手もなんか話してたけどそっちも終わったらしい。

ってあれ?ディープインパクトのヤツ芝のほうに行っちまった。なんでダートコースでやらんの?

 

「皐月賞の練習だから芝でやりたいんだとさ」

 

皐月賞っていうと中央の重賞、G1だったか。そんな馬がここまで練習しに来たのか?向こうの芝コース開いてなかったのかな?

まぁいいか、午後には使う予定もあったし。でも久々に芝だ、砂とか土とかアスファルトじゃねぇのは新鮮だけど滑りそうだな。

ディープインパクトがさっさとゴール板の前に立ったから俺も少し間を開けて並ぶ。自分が内、あっちが外だ。

残念ながらタイマンだと、いちいちゲートなんて使わないので合図は適当な暇な奴が行うか親父さんがやってた。

これでどっかの騎手がカウントを始めてくれりゃもっと乗り気になるけど…あ、ダメだな、なんかゲート引っ張り出してきてる。

ホント珍しいな、こんなタイマンで普段使わせないだろうに。

 

「うぉぅ、なんか気持ち悪いな。タービン、どうやら中央の秀才はかなり気合入れてるらしい。弥生で勝ってるから自信たっぷりって感じだ」

 

弥生、弥生…中央のG2だったっけ?よく覚えてないけど、皐月賞に関連するならすごいんだよな。

ならなんでこんなところに練習くるんだ?やっぱあれか?強いけどまだそこまでじゃないとか?

まぁ、ちょっと調子乗ってそうな感じはするな。馬のほうが。どっちにしろ、普通に頼んできてたら拒否ってたな。俺も嫌だ。

 

「瀬名さん、ゲートインしてくださーい」

 

言われんでもするよ。

 

「だから何だって顔だな、ま、そうだよな」

 

スタート係の調教師が声を張り上げると同時に、親父さんが少し面白そうに小声で耳打ちしてきた。中央競馬の秀才だからどうしろと?

俺たちはただの趣味で競馬に出てるようなもんで、親父さんはあっちの騎手みたいな腕も何もない。走り方はほとんど俺が決めてるしな。

 

「しょうがねぇ、負かしてやろうぜ」

 

ならいつも通り逃げればいいんだな!!おやっさんがにかりと笑ったと同時に、ゲートが開いて俺は即座に飛び出した。

 

 

 

 





あとがき
次回、レジェンドレース『ディープインパクト(ヤング)』群馬トレセン・芝・2000メートル



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