いつも多くの感想。誤字報告ありがとうございます。
今回は宝塚記念当日その一、出走直前までとなります、ではでは。
2006年6月25日、日本国、京都、京都府、京都競馬場。
既に正午を過ぎ、目玉の第11レースが迫る頃合い、京都競馬場は昨年の動員数を超える大盛況であった。
(うへぇ…なんつー混み方だ。しかも随分顔触れが変わったもんだねぇ)
その馬券売り場の片隅、かつて自分が好んでいて今なお残っていた雨に濡れて座れないお気に入りの古いベンチ横で馬券売り場のサイネージを眺めていた茂三はどんどん込み合う周囲の状況に内心呆れかえっていた。
時代は変わろうとも、顔ぶれがいかに変わろうとも、やはり中央競馬のGⅠとなれば人々の熱気はいつも変わらず燃え上がる。
自分の世代でも熱気の質は凄まじいモノで、若いのも年配もみんなして競馬場にくる人間は齧りついてレースに釘付けになった。
この時代になってさらにファミリーやライト層なども取り込んでさらに人の熱気は膨れ上がっており、さらに言えば今期は海外からの目も増えているのだ。
その上で今回の目玉である第11レースの『第47回宝塚記念』は、日本中央競馬の新しい伝説であるディープインパクトが次に走る予定の凱旋門賞に旅立つ最後のレースとなる。
日本中央競馬クラシック3冠馬、今季日本中央競馬の粋を集めた最強が、日本競馬の長年の夢に挑むのだ。
その前段階、今のディープインパクトの実力を見るにふさわしい大舞台である。注目を浴びる大レースとなれば人も多くなるというものだ。
『1枠1番 リンカーン
2枠2番 ハルウララ
3枠3番 アイホッパー
4枠4番 ダイワメジャー
4枠5番 ハットトリック
5枠6番 コスモバルク
5枠7番 ナリタセンチュリー
6枠8番 ディープインパクト
6枠9番 カンパニー
7枠10番 シルクフェイマス
7枠11番 ファストタテヤマ
8枠12番 チャクラ
8枠13番 トウカイカムカム 』
出てきている馬も歴戦の粒ぞろい、そして世間を賑わす人気馬ばかり、これで熱くならない競馬ファンはいないだろう。
とはいえ、このディープインパクトのせいで宝塚記念運営は大変な苦労をしたというのはご愛敬だ。
小泉から愚痴交じりに聞いた話では、この列強陣営でさえ最初は回避しようとしていたらしい。
(久々過ぎて人酔いしそうだぜ、こりゃパドックよりも先に席取るか)
そうと決まれば話は早い、まずは売店で飲み物と暇つぶし用の新聞を買おう。いつもの売店はまだやってるだろうか。
目の前を通っていくヨーロッパ系白人たちの一団を避けながら茂三は歩きなれた道を歩いて、周囲を散策しながらかつて行きつけであった売店に足を向ける。
人ごみの多い好立地な場所から少し離れた従業員通路に近い所にある売店は昔と変わらずきれいな姿でそこにあった。
古びた駅の売店のような小屋スタイルで昔と変わらず様々な出版社の競馬新聞が無造作に売り場に突き刺さっている。
その中にはお婆さんがのんびりと商品を補充しており、今も空になったガムの箱を引っ込めている所だった。
「お婆さん、今大丈夫かい?」
「少しお待ちをっと」
カウンターの足元に置いていたらしい新しいガムの紙箱を持ち上げて売り場に設置したお婆さんが顔を上げる。
するとどういうわけか、目を真ん丸く広げて驚いたように声を上げた。
「おや、なんだい!?あんたもしかして茂三かい!!」
「ん?なんで俺の名前を…どこかであったか?」
「馬鹿、あたしだよ!この売店といえばこのあたしさ、覚えてないのかい!」
なんだこのなれなれしい元気な婆ちゃんは…といぶかしがる茂三だったが、その姿に見覚えがあって脳裏にかつて自分が競馬にめり込んでいた若い日を思い出した。
そういえば京都競馬場によく来ていたころ、この売店の店員はいつも同じ女性だったような…いやそうだった、いつも同じ元気なおばちゃんだった。
そう思いだして茂三はまじまじと売店のお婆さんを見つめる。そういえば、よくよく見るとそのおばちゃんの面影がそのおばあちゃんにはあった。
「…え、まさか売店のおばちゃんか!?あんたまだやってたのかよ!!」
「当たり前さぁ! この売店はあたしの城、死ぬかこの競馬場がなくなるまであたしゃここにいるよ。
なんだいなんだい? 急に姿見なくなったと思ったらひょっこりと来ちゃってさ、急にどうしたの?
噂じゃ、あんたツインターボ追っかけて地方競馬に河岸変えたって聞いたけど?」
「なんだよ、知ってんじゃねぇか。ま、俺も年喰ったからよ、地元でダラダラすんのがお似合いだと思ってな」
「馬鹿なこと言うんじゃないよ、あたしまで歳考えちゃうじゃないのさ。で?その年寄りがなんだってまた京都に?」
「ちょっと縁があってな。これ終わるまで暇だから久々に観戦しようと思ってね」
「宝塚かい?なんだい、じゃぁあんた馬主になったってのホントだったのかい。偉くなったもんだねぇ」
「俺の馬じゃねぇよ、俺が運ぶ馬が出てるんだよ。ただの運転手さ、それよりいつものあるか?」
「それでも結構じゃないか、おまんま食い上げになんないだけでさ。ちょっとまってな…はい、いつもの」
売店のお婆さん改めおばちゃんは間髪入れずに茂三の前に麦茶のペットボトルとあたりめ、そして京都競馬場の競馬新聞を差し出す。
若いころ、この京都競馬場に来るときはいつも買っていたお決まりのセットだ。
昔はペットボトルではなかったがこれも時代だろう。
「まいったな、覚えてんのかよ。懐かしすぎんぜ」
「婆の脳みそ舐めんじゃないよ、あんたほど綺麗な博打打ちはあの時は珍しかったんだ。嫌でも忘れないね」
「馬鹿言え、博打打ちにキレイも何もあるもんか」
「時代さね、今はともかくあの時代はあんたみたいなのは少なかったよ。いつも買うのは一口だけ、いつも単勝勝負。
しかも酒は飲まない煙草も吸わない。勝っても負けてもオケラにならないで楽しそうにしてるようなやつはあんたくらいしか記憶にないね。そんで?今日はどいつに賭けるのさ?」
「ん?ウララに単勝、一万」
「ほっほー?ハルウララ、確か8番人気だったかねぇ?こりゃまた面白い張り方したもんだ。しかし一万なんて大盤振る舞いだね、いつも千円だったろ」
「宝塚しか賭けてないからな、それとちょっとした応援だよ。しかし8番人気?」
ハルウララが8番人気?一瞬茂三は耳を疑った。あのハルウララである、今も未勝利のハルウララである、ダート競走馬で芝初挑戦のハルウララである。
それが13頭立ての内で8番人気、つまり中央競馬の芝の猛者たちを差し置いて人気があるという事だ。妙に高くないか?
「随分高いな」
「そりゃそうさ、ほら」
売店のおばちゃんが顎をしゃくる、その先には競馬場には少々不釣り合いな親子連れ。
長くボリューミーなツインテールを揺らした女の子を連れた特徴のない男性と私服の上に白衣を重ね着した茶髪の女性。
昔は競馬場と言えば子供連れで入るのは勇気のいる場所だったはずだが、今は完全に時代が変わったという事か。
というか何で奥さんは白衣を着ているのだろう?しかも袖が余っていないか?
「ママ、なんでウララちゃんは1番じゃないの?みんな応援しに来てるのに」
「うーん、それは難しい問題だねぇ。ハルウララはここのコースで走るのは初めてだからかな?」
「でもみんな応援してくれてるよ!私の前のおじさんも1枚買ってたもん!!」
「うーん…パパ?」
「光…そうだね。朱美、残念だけどそれでも人気じゃ8番目になっちゃったんだ、やっぱりみんな強いお馬さんばっかりだからね」
「でもウララちゃんもいっぱい頑張ってたもん、100回もかけっこしてるもん…」
「そう、でも忘れてないかい?さっきのは人気であって結果じゃないんだぞ。かけっこだとわからない。
どうだろう?朱美はかけっこの時、応援してくれる人が居たらどう思うかな?」
「がんばって1番!」
「そう!いっぱい応援すればウララちゃんは1番になれるよ、だから大丈夫」
「わかった、じゃぁいっぱいおうえんする!!」
何とも微笑ましい家族の温かい団らんである。同じころの敏則はちょっとませてたっけなぁ、と思わず過去が懐かしくなった。
「なるほど、みんな買ってるのか」
「そういう事さ、いつもここらを屯してるどうしようもない連中すら一口乗ってる。なんだかんだでみんなウララちゃんのことは応援してんのさ」
おそらく宝塚記念に賭ける人々は本命のほかに必ずハルウララを一枚合わせて買っている人間が多いのだろう。
いわゆる応援馬券というモノだ、それならば納得がいく。一枚一枚は小さくても数が数だ、それ相応の人気にはなるだろう。
それでも50倍ほどなので望み薄といったところであるが。
「そういや神憑りもウララちゃんにぶち込んでたねぇ、相方にどつかれてへらへらしてたよ」
「げッ…あいつも来てんのかよ、というかまだやってんのか?」
神憑りの勝負師とは茂三がまだ若く中央競馬に出入りしていた時によく聞いたある賭け事好きな外国人の通り名だった。
世界を股に掛ける中規模貿易企業のトップで、本社である貿易船で世界中を行ったり来たりしてはその場その場で本人曰く『軽いギャンブル』で遊ぶという。
そのやり方というのが問題で、ふらっと賭場に現れては少し品定めした後ポンとそれなりにデカい賭けをして当たりを引くというのだ。
曰く、彼の挑む勝負はよく当たる。賭け事も仕事でも神憑り的な成功率を誇ると評判だった。
茂三も2度ほど顔を合わせたことはあるが、妙な求心力を感じるどうにも胡散臭い男だった。
ついでに言えば相方の小柄な白人のほうはいろいろ危うそうにも見えたが…まぁ今なお健在ならどうってことないのだろう。
「確か五十万ポンとやったとか聞いたねぇ、オッズカードみんなに配るんだとか言ってさ、どっさり抱えてたよ」
「うへ、相変わらず微妙にデカい額でやりやがる」
「ま、あいつがそう賭けるってことは何かピンと来たんだろうねぇ…なぁ?ハルウララの運転手さん?」
「あんたがまだいるってことはもしかしたらと思ったが…やっぱ知ってたか」
茂三がわざわざこの売店に来た理由は一つだけ、情報収集である。
この売店は京都競馬場の従業員や関係者が多く通る通用口に近いのでお客は競馬観戦者だけでなく従業員や競馬関係者たちも多く来る。
故に京都競馬場の各所に顔が売れて交友関係を広く持てることに加え、軽い小話から引き出したちょっとした情報から何気ない雑談の盗み聞きまで広く浅く色々な小話を仕入れやすいのだ。
故に茂三が若い時にいたここのおばちゃんは、知る人ぞ知るちょっとした情報屋として有名だった。
最新の発表や競馬新聞などの情報には載らないちょっとした機微、新鮮な情報をここで仕入れることができたのだ。
故におばちゃんは知っている、茂三がハルウララを連れてきた馬運車の運転手だったことを。今まであえて軽く振舞っていたのはちょっとしたお茶目と探りといったところか。
「実際のところどうなんだい?噂の群馬競馬で仕上げたウララちゃんのほどっての、あの男がピンとくるようなもんなのかい?」
「さーてね、やるだけやったのは確かだが勝負はしてみんとわからんよ」
「冷たいこと言わんでくれよ、今日の宝塚は面白くねぇんだ。バルク以外、あんまやる気なくてねぇ」
「ふぅん?」
言われてみればそうだろう、元からやる気があった陣営以外はこの宝塚は回避しようとしていたはずだ。
ましてやこの空模様、しとしとと降り続ける雨でレース場の芝はぐちゃぐちゃでかなり重くなっているだろう。
この状態は今後フランスに飛ぶ予定のディープインパクトには洋芝の予行演習として願ってもないチャンスであろうが他の陣営からしたら願い下げな極悪状況だ。
そんな状態で日本中央競馬最強のディープインパクト相手に戦えというのだ、それも自分が負けるとわかっていて。
勝負してやると意気込んで負けるならばいい、それはそれで納得ができる。だが勝負にならないと避けようとしていたのに、それを引き留められたとなればやる気なんてない。
つまりは無理をして勝ちに行くつもりはない連中が多い、そんな状態でディープインパクトを止められるモノか。
「ま、怪我しないように走ってなぁなぁで終わらせても誰も怒ったりしないさ。
事情通はそこんとこ知ってるし、ニワカ連中はディープが勝つことしか見えてないしね」
「そこはどうでもいいんだが…ほかの連中も頑張れば行けると思うんだがな」
「そうか、あんた興味ないのはとことんだったねぇ。今の中央はディープインパクト一強っていう派閥が強いのさ。
絶対王者ディープインパクトが出るレースはディープインパクトが勝つのが常識、そう考えてるそういう風潮を作りたいって連中ばかりさ」
「そんなのよくある話じゃねぇか、上も万々歳だろ?」
「問題はそうしたかった上層部が思ったよりヒートアップしてるってことだよ。実のところ、制御できてないって噂さ。
何しろその絶対王者に競り合えると思われてる競走馬は中央にゃかろうじてハーツクライが上がるくらい、他の連中の姿勢もこの宝塚で知れた。
あいつには真っ当に中央にライバルと呼べる存在がいない、常勝無敗の帝王様が走れば勝ち目がないと避けられちまう」
「マルゼンスキーの再来とでも?言い過ぎだろ」
「それよりひどいさ、あの時は隔絶し過ぎでいい方向に転んだが今回は違う。
ハーツクライだって海外路線続行で、ディープインパクトとかち合うかどうかはまだ不透明、今はイギリスだ」
ハーツクライはイギリスのGⅠ『キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス』に挑戦するために今もイギリスにいる。
そういえば出立前に相変わらずシマカゼタービンに挑んできて、模擬レースでボロボロに負けていた。乗っていたのは自分である。
「一番の難敵って言われてんのはあんたん所の群馬の3強、言っとくけどこれだって頭痛いんだよ。
そいつらに勝ち星あんのはディープだけ、他の連中は惜しいが格落ちって認識さ」
「そうだな…まぁハルウララならこんな雨、何とも思わんだろうよ。」
「ほほぅ?そりゃまたなんでだい」
「こんな雨、ウララなら何度も経験してる。今更ビビるようなもんじゃねぇのさ」
「へぇ、じゃぁウララが勝つ目はあるってのかい?未勝利地方競走馬の彼女が?」
そこは何ともいえねぇな、茂三は素直にそう思って顔を横に振った。どう逆立ちしてもハルウララは才能豊かなほうではない。
生まれ持った才能、恵まれた育成環境、そしてそれを手にする強運、それらを兼ね備えた日本中央競馬に属する競走馬には逆立ちしても敵わない。
宝塚記念に出走する中央競馬の才能豊かで最高の調教を受けてきたエリートたちに勝てる所はただ一つ、経験だけだ。
宝塚記念に出走する競走馬たちの中で、ハルウララにあってほかの馬にはないものは通算100戦以上という出走経験に他ならない。
たとえそれが未勝利戦や条件戦で地方競馬という格落ちと称される場所であろうともそれはまぎれもない実戦だ、その中で地道に走り続けてきた彼女はまごうことなき百戦錬磨のベテランに他ならない。
あとはそれをどう生かせるか、どう使うか、それは彼女とその相棒にゆだねられる。結局のところ、勝つも負けるも、やってみなければわからない。
彼女の実力は重ねてきた経験にこそあると見たタービンは、それに体がついて行けるように入れ知恵していたが今のところは勝利には結びついていないのが未知数という事に拍車をかけている。
群馬地方競馬で過ごしていた時は本番レースや就寝などといった時を除いて常に重りを巻いて暮らし、調教の時も外さずに行って日常的に体に負荷をかけて体を高負荷に耐えうるよう鍛え上げた。
彼女の性格に合わせ、複数の練習メニューを用意して飽きないうちに次々とメニューをこなして量を補う高回転ローテーションでやってきた。
だから現在の高崎競馬場ではある程度通用したのだが、それが芝で通用するかはわからない。
体が慣れたら重りを増やして負荷を上げるアップグレードを重ねていたのでそれなりにはなっているはずだが、生まれ持った小柄な体躯で見栄えはさほど変わらなかったので見た目では判断し辛い所だ。
しかし、それでも確実に前よりも実力は付けてきている。タービンの目は間違いではなく、鍛えれば鍛えるほどに彼女の動きは良くなっていた。
勝てるかといわれれば十中八九勝てない、それが常識的な見方だし茂三自身もそう思っている。
「やってみないとわからんさ、勝負は時の運だろ?」
「はッ…変わんなくて安心したよ。相変わらず楽しんでるじゃないか」
「そりゃそうさ、せっかく買ったんだから楽しむよ」
「ホント、昔っから変わらんわ」
しかし自慢の愛馬が手塩にかけた馬なのだ、ならば迷う事なんてありはしない。
ハルウララには勝機がある、勝負に絶対はないとしても試す価値は十分にある。
例え勝算が一割に満たなくても勝算は0ではないのだ、たとえそれが小数点以下の確率であっても賭けるには十分すぎる。
「うちも貯金全部突っ込んでみようかね?」
「おい馬鹿やめろ」
「冗談さ」
◆◆◆◆◆
雨が徐々に強くなっている気がした、リンカーンの鞍上に腰を落ち着けるその騎手は憂鬱な気分を隠しもせずにふと頭上を見上げてそう思った。
京都競馬場、芝コース、宝塚記念出走間際でありながら騎手の気分は陰鬱でしかなかった。
本当ならばこのレースには出る気はなかった、馬主もそれは納得していたのだ。
この夏はとにかく体を崩さないように放牧とその後の調教により仕上げに専念し、ディープインパクトの帰国後の一戦に向けて鍛え上げる。
本当の勝負は年末の有馬記念、そこで宿敵のディープインパクトを待ち構えるのだ。そう決めていたはずなのだ。
それは他の陣営も同じ考えだったのだろう、ディープインパクトと鎬を削った競走馬の馬主は勝負所を下半期の大勝負に絞って、宝塚記念には食指を伸ばしていなかった。
それがまずかった、ディープインパクトがフランスへ旅立つ前の最後の一戦として宝塚記念への出走を表明したとき、この宝塚記念への優先出走権を持っていた強豪たちはほぼほぼ不参加の方針だった。
余りに変な状況なのでリンカーンの騎手も自分なりに少し調べたのだが、それで知ってしまった現実に知らなきゃよかったと後悔したほどだ。
グランプリである宝塚記念の目玉である人気投票において、堂々一位のディープインパクト以外の馬が出走を回避していた。それ以外の強豪たちでさえも。
そこから迷走が始まった、順当に宝塚記念出走の機会が回ってきた中堅どころもその異常事態を敏感に察知、相手がディープインパクトでありかつ上位層が軒並み回避という情報を経て『これ、やばい?』と思われてしまい出走拒否。
最終的にお鉢が回ってきた面子も『うちが?あり得ない』笑って拒否するくらいに警戒され、ただただディープインパクトの独り相撲に付き合うのを嫌がられて数がそろわないという異常事態になった。
名誉ある宝塚記念出走権はその名誉を認められたまま腫れもの扱いでたらい回しになり、出走してもいいという話が来てもそれは中央競馬でも重賞にもまず出られない実力不足の競走馬ばかり。
出走拒否祭りの初期段階で正式に出走権に巡り合ったハルウララほどの知名度さえあればそれでいいのかもしれない、もしくは少し足りないから数合わせ的にならまだ許されただろう。
しかし仮にそれを認めた場合、ディープインパクトに勝ち目がある馬は最初から出走表明を上げていた強豪はコスモバルクのみ。
他の馬がGⅢも危うい様な大舞台にそぐわない馬ばかりとなれば、それは最悪ディープインパクト陣営の裏工作すら疑われかねない。
だからこそ、この大舞台に似合う実力者たちが絶対に必要であった。
その結果が宝塚記念運営の全国土下座巡業であった、まったくもって笑えない話である。
「困っちまうよなぁ…理解できちまうからなぁ…」
結局その土下座行脚に多くの陣営が折れ、絶対に無理をさせないという条件付きで2006年の宝塚記念の出走メンバーは出そろったのである。
相変わらず雨が強い、こんな状況で走れというのだからやる気も何もないというモノだ。もう相棒を無事に走らせることしか意味がない。
「フンスフンス!!」
「こら」
こちらの憂鬱な気分など知る由もなく、今度こそ勝ってやると鼻息荒くディープインパクトに闘志をぶつけるリンカーン。
それは他の馬たちも同じなようで、ディープインパクトに向けられるほかの出走馬たちからの視線は熱いものが多い。
しかし悲しいかな、その上に乗っている騎手や陣営は勝利を求めておらずただの威力偵察程度の認識である。
乗っている騎手の表情には勝負っ気はなく、むしろ周囲をそれとなく見回して情報収集にいそしんでいる状況だ。
今のディープインパクトにはまだ勝てないと理解しているからだ、無理に出てきたのだから多少は活用しないと腹の虫がおさまらないといったところだろうか。
「よしよし」
そんなリンカーンの首を軽くたたく騎手もまた、今回の宝塚記念は最初から捨てている一人である。
今はまだリンカーンでは勝てない、だから今回は今のディープインパクトの実力を肌身に感じて糧とする。
それをもって自分たちの戦術的勝利としよう、でも2着は頂こうどうせなら。
そんな風に考えていると不意に、後ろから不思議な足音が聞こえてきた。
ギュピッ…ギュピッ…ギュピッ…ギュピッ…
(ん?なんだこの足音、まるで芝が擦れているような…)
ギュピッ…ギュピッ…ギュピッ…ギュピッ…!!
(!?)
スッ…と背中に冷たいものが走った気がした。まるで真後ろに馬ではない何かがいるような呼吸音、そして異様なほど力強い足音と威圧感。
背後から感じる途方もない威圧感に、思わずリンカーンと一緒に後ろを振り返って息を呑んだ。
そこにいたのは小柄な牝馬と地方騎手、ハルウララと古海であった。
「ウララ、お前変な音だして遊ぶなよ。中央の芝がすごいのは分かるけどさぁ」
「ふっひひ~ん♪」
なんだその筋肉は、なんだその足使いは、自分の記憶の中にあるハルウララとは乖離した力強過ぎる足使いに思わずじっと見つめてしまった。
妙な音を立てながら芝に適度に減り込ませる緻密な操作性、それを可能にする馬自身の力加減と知能、それを実に楽しそうに行う表情の豊かさ。
そしてそんな行動に困った顔をしながらも否定せず寄り添う騎手との信頼関係、なんだこいつら?これがあのハルウララと地方のどこにでもいる騎手か?
(なんだよ、なんなんだよここ最近の地方は…何かおかしくなってんじゃねぇのか?)
自分の中にあった地方競馬に対する認識はとうに崩れ去っていたが、それでも長年心に沁みついてきた『格下』という風潮は中央競馬の中では根強い。
群馬地方競馬が去年から頭一つ抜けた実力を発揮し始めたのはもう否定できないが、それでもほかの競馬場を見れば格下であると何とか精神の均衡を保たせている状態だ。
群馬地方競馬の躍進に影響されたのか、どこの地方競馬も徐々に手強くなってきているので現実はそう甘くはないのは自分もよく知っているのだが。
しかしここにきて高知競馬のハルウララ、別の意味での伝説がこうして蘇ってきた。見るからに鍛え上げてきた状態でだ。
「ひひん?」
「あ…あーもぅ、お騒がせしてすみません。ほら、あっちいくぞあっち」
リンカーンと自分がじっとガン見していることに気付いた古海が、少し気まずそうに愛想笑いを浮かべてハルウララを人目に付かない端に移動させる。
その背中に思わず安堵している自分に心底腹が立った。
(な、なんだったんだあのゾワッとする威圧感は…本当にハルウララなのか?くそ、気圧されたなんてなんて情けない)
近くで見たからこそわかる違和感、それに思わず身震いした。ハルウララは見た目こそ変わらない、体重は重くなっているようだが許容範囲内だった。
だが走る前になって明らかに違う、他の馬たちと違う何かがあるように見えた。小柄な体躯で見た目こそほとんど変わらないが、このレース直前になってその異様さがはっきりと分かった。
体の出来上がり方が違う、小柄な体躯の裏には限界まで鍛え上げたであろう筋肉が今にもハジケそうにみっちりとしているようだ。
自分たちの目の前を通り過ぎていく彼女と古海は気負った様子もなく足を鳴らしている、どうやらさっきの音は踏み込みを試している音だったようだ。
(しかし…なんなんだありゃぁ、ニッポーテイオーの亡霊か?)
「フヒヒン…」
「…あ、てめー」
なお、相棒の目がとてつもなく魅力的な存在を目にした色になっていたのに気づいて何ともげんなりした。
ちゃんと場をわきまえているのであろうがそっちかよお前…
あとがき
ハルウララちゃんがロックオンされていますが何も問題ありません、年齢的にも合法です。
なんなら合法ロリってことで一つ、どっかの学園都市にもそんな先生いたじゃない?
あと今回のおまけは妄想爆発しただけだからあんま気にしないでね…書いてたら止まらんかったわぁ(満足)
おまけ1・新シナリオ『ミッドナイトランナーズ・たとえ一度敗れても』
スマートフォン向けアプリ『ウマ娘プリティーダービー』にて実装された新育成シナリオ。
これまで複数存在していた育成シナリオであるが、今作は初めて舞台はトレセン学園やその周辺ではなく一般校となりあらゆる面でほかのシナリオとは別のIFストーリー的な側面を持つ。
今までレースとライブ映像に振り切っていた部分をストーリームービーにすべて振り切った異色シナリオ。
目玉であったライブが1つしかないあるいは0なため、とにかくキャラクターが動きまくるムービーを連発する。
登場人物も非常に多く、いつもの見慣れた面子からどこかで見たようなキャラ、各種メディアミックスからの出張(北原などのカサマツ勢やアニメトレーナー勢など)で個別イベントも充実している。
また使用するサポートカードによって、ムービー自体やムービーに出てくるキャラも違うなどという凝った演出満載である。
主人公となるトレーナーは各種トレーナー資格を持っている一般教員となり、育成ウマ娘達もトレセン学園への入学に失敗したか転校を余儀なくされた一般生徒となる。
ストーリーの大まかな目標は『URAファイナルズ』に出走して好成績を収め、トレセン学園転入への特別枠を手にするというのが目標。
舞台は群馬県の有名私立校となり、トレーナーとウマ娘が何の変哲のない日常を過ごしていると偶然、近所の芦名峠にて行われているストリートレースのある噂を耳にする。
それは『峠レースではスポーツカーに自分の足で勝つウマ娘がいる』というモノであり、興味を惹かれて二人は峠に足を運ぶ。
そこで件の峠ウマ娘『シマカゼタービン』と出会うことによって物語がスタート。
奮起したウマ娘の熱意に教員としての自負を持ってトレーナーが補佐すると宣言し、ウマ娘は峠レースからかつて夢見たステージへリベンジを挑む。
なおキャラによっては特別演出となる、シマカゼタービンが育成キャラならば諸々カットなど。
また本作よりベルノライトなど他作品ウマ娘やモブウマ娘を育成することが可能となった。ステータスは悲しい事になっている者も多いため大体上級者向けである。
なお、シナリオクリア条件はグッドエンド、ノーマルエンドに到達して育成をクリアすることであるが実はノーマルエンドへの到達が難しいことで有名。
何故ならストーリー上の目標でありグッドエンドとなるトレセン学園への編入は、順当に結果を出していれば普通に達成できるからである。
グッドエンドは全キャラ共通演出のトレセン学園入学なのに対し、ノーマルエンドになるとウマ娘はトレセン学園への入学しない完全IFエンドですべて個別演出である為絶対に見ておきたい代物。
スペシャルウィークは故郷の牧場を継いで家族と一緒に賑やかに過ごし、オグリキャップはトレーナーになりサポートカードに北原が居れば彼の補佐になるなどサービス満載である。
余談であるが、シナリオ冒頭では担当ウマ娘がトレセン学園への受験に失敗する又は転校する様子が描かれているのだが、実はそのムービーが共通なのはモブウマ娘のみである。
かつての名馬を模したネームドウマ娘は一人ひとり個別に描かれており全て違う心折な導入となっているため、初プレイ時は心を無にして視聴するトレーナーが多い。
おまけ2・なおシナリオクリア時はキャラ育成最終画面の前にエンディングが流れる仕様になっており、アニメのようなエンディングが流れる。
スタッフロールと小窓の構成で流れる仕様になっており、小窓にはシナリオ中でサポートカードメンバーのその後が流される。