気儘に生きた転生馬物語   作:イナダ大根

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いつも多くの誤字報告、感想をありがとうございます。
今回はディープインパクトに関して多分な妄想が含まれます、たぶんこんなこともあったんじゃないかななんて想像で書いてますので受け付けない方はご注意ください。





第41話

 

 

 

栗東厩舎の資料室、最近はより研究熱心になった栗東厩舎の厩務員や調教師、調教師見習いが出入りする資料室は方々からかき集めた資料が集積されている部屋である。

かつては閑散としていた何の変哲もないただの資料室に過ぎなかったこの部屋は、2005年以降すっかり様変わりし最新の研究機材やパソコンと言ったモノも運び込まれた研究室じみたものとなっていた。

その資料室の一角に今日も栗東厩舎がかき集めた新しい資料が運び込まれる、それを見ていた厩務員たちは全て運び込まれると同時に我先にとその資料に飛びついた。

 

「こいつがこの前の…」

 

「あぁ、例の足跡の型と関係資料だよ。テキがすっごい目してた奴だ」

 

それはずぶ濡れになった芝を文字通り抉り取るようにして踏み抜かれた足跡から丁寧にとられた樹脂の型と現像された写真、そして映像資料であった。

発見されたのは京都競馬場、宝塚記念が終わったすぐ後、芝コース最内の内ラチギリギリの場所で第4コーナーの始まりからゴール板を抜けた先の5メートルほどまで。

ハルウララの走法を遠方で見ていた小泉が目ざとく見つけ、会場責任者と素早く話を付けたうえで自ら採取したディープインパクトに敗北を刻んだ馬の痕跡である。

その足形を取り出した初老の厩務員は虫眼鏡を取り出して熱心に内部を見つめ、関係資料を整理したファイルを開いてそれを見比べ始めた。

 

「恐ろしい足跡だ、完全に芝を踏み抜いて土を走っておる。こんな足跡を付ける競走馬なんぞ見たことがない」

 

「昔、オグリキャップがダートで似たような足跡を付けてたって聞いたことはあるが…こりゃそれ以上か」

 

「この深さを見ろ、力が入った程度でできるもんじゃねぇ。意図的に芝を抉り取ってやがる」

 

小さめのメジャーを取り出して足形に突っ込み、深さを計った調教師補佐は嘆息してその計測したメジャーを見つめた。

まだ若い青年の彼はメジャーに刻まれた数値を見て目を輝かせた。

 

「すげぇ、こんな風に競走馬が蹴りこめんのかよ。こりゃ世界が変わるぜ、先生」

 

「馬鹿野郎、そうそうできる馬なんか出てこねぇよ。それこそ群馬のあいつ位だ、真面な馬じゃ足が逝かれちまうわ」

 

「だからそうならないように体を作るんです。筋肉だけじゃなくて脂肪もつけて、衝撃に強い柔軟な足に育て上げる。

彼の足がそうだった!そうすれば老齢のハルウララ号ができたのに中央の競走馬ができない理由がない!」

 

「落ち着け若いの」

 

「あいたッ」

 

目を輝かせて力説を展開しようとした調教師補佐の背中を軽くたたいて口を噤ませ、筋肉質な練習場管理者の男が青年の肩に腕を回す。

 

「焦るなよ、そんなんじゃお前の熱意に馬が付いて来れねぇ。ハルウララは老齢だが同時に多少の傷にはへこたれない生来の頑丈さがあった。

今のサラブレッドはそういった頑丈さは捨ててる、競争のために品種改良を重ねてきた速く走るためのガラスの足だ。そう簡単にできるものじゃねぇよ」

 

「おやっさん、でも―――」

 

「落ち着け、急激な変化は時に正常な神経を蝕むものだ。今急に方針を変えたところで自滅するだけだよ」

 

「あの馬の足は何を間違ったかガラスはガラスでも防弾ガラスになっちまってるがな、みんなそうなれるわけじゃない。

そもそもそうするには俺たちだけじゃだめだ、牧場のほうにも協力してもらわねぇとな」

 

「おいおい簡単に言ってくれるなや、うちらにそんなことするノウハウなんざねぇぞ?」

 

栗東厩舎と縁が深い育成牧場から派遣されている厩務員が無茶言うなと首を横に振る。

 

「お前ら学校で競走馬の歴史は頭に叩き込んできただろう?競走馬は経済動物、長い歴史の中で競馬のために特化してきた品種だ。

あの馬のような扱いははっきり言って異常でしかないんだよ、大体なんだよあの瀬名酒造って会社はよ?

あの馬育てるのにやったことと言えば必要最低限の練習と見学させて参考書読んだだけ、他は仕事と日常生活。幼駒時代は峠レース好きなただのペット扱いしてたって?

なんでそれであんな怪物生まれてんねん!!そもそも馬に参考書読ませて試験合格させとるんじゃァ!!」

 

「落ち着けよ、あそこがやべぇのは今に始まったことじゃねーだろ。そもそもうちの大竹をなんも考えず峠レースに呼びやがったんだから。

それより高知が考えたダート馬を芝で走らせる方法だ。芝でダメならその下の土を走りゃいいってか…なるほど、分からん」

 

「高知じゃなくで群馬だよ。所属は高知競馬になってたが群馬を拠点にしたままだしな…まぁ、それでも意味わからんが」

 

「道理っちゃ道理ですよ、芝で走れなくても土ならダート、芝よりかは砂に近いっす」

 

「そもそも芝ぶち抜いて突っ走るってことがそもそも異様だ、どんな脚力をすればそんなこと考えるってんだ。

普通嫌がるか加減して芝に対応しようとするのが馬ってもんだ、見ろよ、この踏み込みを変えるタイミング」

 

厩務員の一人が足跡の写真と競馬場の地図に足跡のあった個所を記したものを並べる。

 

「どう見ても古海の加速指示で自分から踏み込みを深くしてやがる、録画を見たが明らかにやべぇ足使いだったぜ。

今までのストライドからピッチに切り替えてやがるんだ、それも意図的に掘り返す気満々に蹄の角度まで考慮してな。

それまではずっと最後尾の殿、一般的なストライドで他の馬の後ろ、偽装と体力温存してやがったんだ」

 

「第4終わりから最後の直線はただのピッチじゃない、完全に山登りの足に変えてやがる。完全に馬が考えて変えてやがるときたもんだ。

まるで登山家のピッケルみたいに足を地面に突き刺して、思いっきり蹴飛ばして超加速。そこから小刻みに足を刻むのではなく超加速を生かしたロングストライド、ストライドとピッチを混ぜた荒業だ。

そりゃガッツリ足を土に食い込ませれば脚力を推力に変換するには効率もいいだろうが…普通は足がダメになっちまう」

 

「ハルウララちゃんの体が頑丈なほうだからこそできた事、だろうな」

 

「そもそも馬がそんなことしようなんて考えるもんか、普通ならな…」

 

室内にいる全員の脳裏に、群馬トレセンのコース脇で車雑誌に夢中なあの馬の姿が蘇る。

 

「あいつの入れ知恵っすよねぇ、蹄の角度から足の切り替えなんて普通教えられねぇっすよ」

 

「そもそも土となっちゃディープ以上に走り慣れてるだろ。群馬の峠坂路、あれ全部土だ…悔しいな、完全に見抜けなかった。

あの状況に限って言えば、ディープ以上に脚質にあった最高のコンディションだったわけだ」

 

「タイムパラドックスが土だと妙に走り慣れてるってあいつ言ってましたけど…マジで遠征させるかもしれないですね」

 

「半端じゃねぇのは脚力もさることながらそれを支えた体幹もだな…内ラチギリギリでここまで力を込めて踏み抜くなんざ自殺行為も良いところだぜ、少しでもブレたらラチに突っ込んじまう」

 

「自殺行為、ねぇ…」

 

事実、そうだったのだろう。そうでもしなければディープインパクトには勝てない、そう踏んで彼女たちは命を懸けたのだ。

宝塚記念を終え、その日の日程を終えたハルウララが騎手と共にその日のうちに群馬にとんぼ返りしたのは記憶に新しいのだ。

理由は無茶な競争による負傷、その治療と入院のためだ。その容態と詳しい状況はディープインパクトと共に同じく群馬のとある動物病院へ向かった小泉たちから栗東厩舎には報告されていた。

騎手である古海の許可を得て知らされたハルウララの体に刻まれた傷は、聞いただけでも並みの調教師や厩務員なら身の毛もよだつような負傷のオンパレードであった。

もし彼女が中央系列の動物病院に入院でもしたら、おそらく大パニックからのすったもんだが起きて治療どころではなかっただろう。

彼女はそれほどまでの負傷を抱えながら、平然と我慢してみせていたのだ。

 

「ウララちゃん、大丈夫なんですかね。あんな大怪我のオンパレード聞いたことないっすよ」

 

「テキ曰く、とっくに峠は越えて快方に向かってるっていう話だが…まさかあのバケモノが群馬に拠点構えてるなんざ思ってもみなかったぜ」

 

獣医師としての憧れを止められず人として大切なものを捨ててしまったような男、その覚悟ガンギマリゆえに凄腕である仮面の獣医、日本の獣医会に精通していれば一度は耳にした都市伝説だ。

彼は名前すら普段は忘却しかけているらしく、覚えてはいるがさっと頭に出てこないのでまず名乗る事がない。故にドクター、そう呼ばれる人間の成れの果てである。

 

「信じるしかねぇだろう、あの野郎の腕前は一流なんだ…腕前はな!」

 

「それは聞いたことありますけど…ほんとに良かったんですか?ディープの遠征前検査って理由付けてわざわざ群馬に放り込むなんてことして」

 

「あいつの検査に文句言う奴はいねぇよ」

 

「そういう意味じゃなくて…ディープ、負けた後あんなに落ち込んでたじゃないっすか…」

 

「正直みているこっちも辛かったよな、チップ埋め込みの時も心ここにあらずって感じで無反応…最近はご機嫌な姿しか見てなかったから違和感しかないのよ」

 

「まぁあいつもいろいろあったからな」

 

やや歯切れが悪そうに厩務員は頭を掻く。ディープインパクトはひどく落ち込んでいた、勝負に負けた以前にまるで何か別の物に押しつぶされそうになっているように見えた。

 

理由は彼らも知っている、とても信じられない話であり極めてオカルト的な話ではあるが現実に起きていることだ。

 

「あれですか、ディープインパクトに勝つ馬はみんな大怪我しちまうってヤツ」

 

「偶然なんだろうが…実例がなぁ」

 

ディープインパクトは勝利の女神に愛されすぎている、故に彼に勝つ馬は押し並べて勝利の女神に嫉妬され呪い殺される。

ディープインパクトを育て上げた育成牧場の厩務員や従業員たちの間にはそんな噂が流れていた。

曰く、ディープインパクトにかけっこで勝った馬は必ず怪我をする。曰く、ディープインパクトに喧嘩で勝った馬は必ず気性難になり競走馬に成れなくなる。曰く、ディープインパクトよりも健康な馬は必ず病気を患う。

曰く、曰く、曰く、そんな噂がその牧場内にはこそこそとささやかれており、厩務員や従業員の間では不運なヤツとして苦労人というカテゴリであった。

そのためか厩務員たちからは目を掛けられることが多い反面、不運を直接見ることの多かった牧場内のほかの馬からは孤立気味であった。

もちろん栗東厩舎ではそんなことは全くない、そんなものはただの偶然に過ぎないのだ。しかしディープインパクトの周囲ではそういった事例が起きていたという事は頭の片隅にはおいていた。

かけっこで勝った馬は次の日にかけっこで派手に転倒しこの世を去った。喧嘩で彼に勝った馬はそのままどんどん気性が荒くなり過ぎて制御不能となり殺処分された。

ディープインパクトより健康的と言われた馬は本格調教目前に骨折、調教もままならず厳しいリハビリもむなしく用途変更からの肥育コースに入った。

全部偶然だ、何故なら栗東厩舎に入ってからはそんなことは一切起きていなかった。彼は常に練習でも全力で、常にトップの成績で栗東厩舎の競走馬を牽引する馬であった。

 

「まったく…なんでこういう時に限って…」

 

だからこそ、これまで実戦の場においては全くそのふざけたジンクスが発揮されることはなかったと言えるのだろう。

なぜならディープインパクトは勝っていたからだ。クラシック3冠を制し、先の宝塚記念での敗北までずっと負け知らずでここまで来たからだ。

だがこれはどうだ、ハルウララの無茶な自滅は結局のところディープインパクトの持つ不快な噂の通りになってしまっている。

 

「そうは言ってもよぉ…あんなん見たら、何とかしてあげたいじゃないか。ウララちゃんが元気な姿を見れば、多少は気分も晴れるだろうよ」

 

「だといいがねぇ」

 

厩務員のその言葉に調教師はやや歯切れ悪そうにして天を仰ぐ、そうなってほしいがそうならなかった場合のことも考えなければなるまい。

ともすれば安全面を考えてフランス遠征を取り止める方向もありうる。せっかく日本最強ともいえるディープインパクトで挑める凱旋門賞を回避する、そんな悪夢を思うと少しばかり陰鬱な気分になった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

自分は呪われている、そう生まれ故郷の同族からは陰で言われているのは知っていた。

自分より速い馬、自分より賢い馬、自分より強い馬、まだ小さなころは同じ場所にたくさんいた。

自分は確かに強くて速くて賢いほうと言われていたが本当に飛びぬけていた馬は自分より多くいたのだ。

だからそんな馬に得意分野で勝負を仕掛けられたら当然ながら負けた、負けて悔しくて、次は勝ってやると努力した。

だが前より実力が付いたと感じた頃には、その馬はいなくなっていた。最初はただの偶然だと思って気にしなかった、突然昨日までいた馬がいなくなるのはままあることだ。

もう二度と顔を合わせないこともあれば、次の日には戻ってきてたり、ひょんなことで別の場所に居るのを見たりする。

最初はそんないつものことだと思っていた、自分が負けた馬がどんどん消えているという規則性に気付くまでは。

それを気付いた馬は当然ながら自分以外にもいて、同じ牧場で暮らす同年代から先輩まで広まるのはそうかからなかった。

初めは偶然だと反論しても、結局は誰も信じてくれず噂を聞いて遠巻きにしてくることが多くなり、精神的にきつい日々が増えた。

それは人間たちも気づいていたが、気味悪がるどころか逆に手を焼いてくれることも余計にほかの同族には面白くなかったのかもしれない。

自分はある意味孤立していた、それならばいっそ一人である方が気楽だと思いたくなるくらい中途半端に。

だからどんな時でも自分は勝つために必死だった、勝っていれば自分の友達は傷つくことがないから。

どれだけ足が痛くても常に先頭に立って走った、足が痛くて血が出ても絶対に足を止めるわけにはいかなかった。

勝っていればそんな噂は消えていく、勝っていれば仲間外れにされないで済む、勝っていれば心がきつい日も無くなる、勝っていれば。

 

(勝って勝って、なのにこの様…なんでいつもこうなんだ)

 

俺は悪くない、俺は何もしていない、そう訴えても無駄だった。結局はみんな自分がおかしいと噂をする。

だからそう言わせないために強くなった、勝って当たり前だと思われて、負けると何かが起きるそんな自分を隠したかった。

勝っていればそんな噂は消えた、勝っていれば見る目が変わった、勝っていれば何も問題はなかった。

今更ながら、これが今の日本最強と言われている馬の姿か。

 

(泣けるな…)

 

だらしがない、もしこんな状況でなければこの病院の馬房を見ただけでとても興奮したかもしれないのにそんな気すら起きない。

綺麗で清潔な床に真っ白な壁、眩しくない天井の明かり、普段の寝藁とはまるで違うふかふかの寝床に真っ白い布を掛けたモノ。

何より用足し用の砂が入った場所も元から完備で匂い消しの機械もついているらしいからこれほどすごい部屋はないだろう。

それなのに全く心が動かない、そんな自分がとても薄情なヤツの思えてなおさら嫌になる。

 

『ちわーす、三河屋でーす』

 

『なんだよミカワヤって…病室なんだから静かにしろよ』

 

『なんだよ連れねぇな、わざわざ顔見にきた親友になんて物言いだ』

 

病室の扉を何の遠慮もなく押し開けて入ってきた親友、シマカゼタービンのほうを見てムスッと一言いうと彼はやれやれと言った様子だ。

まったくもって変わらない、そんなシマカゼタービンの姿を見て少しだがディープインパクトは気分が軽くなった気がした。

 

『で?なんだってそんな落ち込んでやがる、そんなに負けたのが悔しいか?』

 

『…』

 

『ほほぅ?その顔はそれだけじゃないって感じかな?なんだ、なんかあったんか?まぁ話しづらいなら無理には聞かんが』

 

本当に察しがいい、少し自分の顔色を感じただけで簡単に察して、なおかつあまり不快にならないように気を利かせてくれている。

こいつになら話してもいいだろう、こいつのことは信じている。

 

『話を、聞いてくれないか…』

 

『長くなるなら嫌だぞ』

 

『すぐ終わる、俺のちょっとした身の上話だよ』

 

『ほーん、そういや聞いたことなかったな。いいぜ、聞かせてみろよ』

 

やっぱりお前は良い奴だよ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

なるほど、こいつが何言いたいのかは大体わかった。うん、良くある話だ。

つまりなんだ、まぁ生きてりゃよくある誹謗中傷が今回はちょっと悪いほうに入っちゃったわけね。

 

『つまりお前はウララが怪我したのは自分に勝ったせいだって言いたいわけだ』

 

無言で頷くディープ、うんうんわかるわ。そういうのって陰で言ってるって思ってるの本人だけで、実は後ろにその人いるってのに気付いてないだけってあるのよ。

そりゃそうだろ、同じ職場なんだから偶然そこに居ることくらいあるわい。いや懐かしい、前世じゃこんな連中ばっかりうちの部署に集まってきたからな。

みんな仕事できるからやっかまれてたり必要なのに地味で理解されてなかったりで大変そうだった、まぁ根は良いしタフな連中ばかりだったから少しケアしてやればすぐ元気になってくれたね。

支社長曰く本社でもちょっと目に余るとか上層部でも問題視されてるって話を聞いたことがある、うちの部署で引き取った連中の履歴書見てた支社長が相談したそうな。

ちなみに同じ部署なのにそういうこと言っちゃう男はそれとなーく自分の存在アピールするとちょうどいい仕返しになる、大体その場のノリで口に出るタイプだから『あ、やっべ』って顔するの、いやー良いお顔です事よ。

あ、でも女性は逆恨みしてくるからダメね、本当のこそこそってやつ意味を教えてやらなきゃ。

 

『俺はぐぁ!?』

 

『ばっかじゃねーの』

 

しょげたまま力なく笑うディープの頬に右足をぐりぐりしてやる、ほれほれそんな馬鹿なこと言う口はこの口かぁ?

いやぁ懐かしい、そういやうちの中途採用の人もめっちゃ苦労したとか言ってたなァ…愛嬌のあるおっさんでしたよ?ラノベみたいなイケメン美女なんてそうそうおらんわ。

あの人の場合ちょっと酒勧めて発散させたら最近発足した海外輸出部門で活き活きしてる。

語学関連がそこそこ得意なんだってさ、ただ前職だと役に立たない国内営業職に放り込まれて四苦八苦したそうな。

今はドバイルートしかないけど細々ゆっくり増やすって計画したら目ん玉キラキラさせてたっけ。

 

『あばばば』

 

『じゃぁ何か?あいつはお前が負けたから死にかけたとでも?』

 

ディープインパクトは何も言わない。まったく…なに悩んでんのかと思ったら下らねぇ。

 

『ばーか、そんなもんあるわけねーだろ』

 

『だが…!』

 

『だがもダガーもねぇんだよ、忘れたのか?お前らのいる世界はそういうもんだろうが』

 

俺はすっかりしょぼくれたディープにもう一度右前足を上げて蹄の先を突き付ける。

 

『お前ら競走馬はレースに命かけてんだろうが、そりゃそうなることもあろうさ。お前らはそういう世界で生きてんだ。

仮にそうなったとしてそれを他の馬のせいにするなんざ逆恨みも良いところ、何がどうあれレースに出たってんなら腹ぁ括ってんだろうがよ。

そうじゃねぇならそんなもんやめてさっさと肉にでも何でもなっちまえって話だ。聞く価値も無い、見る価値も無い負け犬の遠吠えよ。

それなのにお前ときたらわざわざそんなもんまで勝手に背負うようなこと言いやがる。馬鹿なことしてんじゃねーよ』

 

『お前に何が分かる、俺は三冠馬だ、何頭も馬を蹴落としてきたんだ。あいつ等だって強かった、俺が居なきゃあいつらが勝っていたかもしれないんだ。

だが俺が勝ったんだ、あいつらの先を俺が奪って、俺はここまでやってきたんだ!!』

 

『はん、そんなもん俺だって見たし感じてきたさ。だがよ、生憎俺の知ってる競走馬にはそんな馬鹿なこと言ってくる連中はいねぇな。

勝負事ってのはそういうもんだ、勝った負けたであーだこーだうだうだ言ってんじゃねーよ』

 

負けたヤツの思いを背負って走る、自分が勝った相手に思いを背負ってその先を走る、確かに言葉はきれいなもんだろうさ。

事実そういう事はあるんだろうさ、互いを思いやってのやり取りならこれほど尊いもんはねぇだろうよ。

だがそうじゃねぇならそれは結局ただの重り、ただの自己満足、自分で背負うと決めたならそれでいいが自分勝手に背負わせるなんざ言語道断。

それ以上に、その思いを自分から背負って走ってるとか思いこんで自己満足に浸ってる目の前のこいつはもっとダメだ。

何様のつもりだよディープインパクト、てめぇはそんな特別なスペシャル様かよ、ふざけてんじゃねぇぞこのバカ、そんなん寂しいだけだろが。

 

『お前になんか分かるもんか、人間とだって対等に勝負できるようなお前にはわかるもんか。俺たちのことなんてわかるわけがねぇだろうが!!

お前は俺たちのレースを走ったこともない、俺たちと一緒にレースを走ったこともない、好き勝手走ってるだけじゃねぇか!!』

 

『分からんね、こちとらお前さんみたく世間を賑わせる大スターなんてもんじゃねー普通の輓馬でただの走り屋よ。

毎日毎日レースのために走って走って走りまくるてめぇらみたいな生活なんざ分からんさ、どんなふうに生きてるかなんて皆目知らんわ。

俺は毎日毎日会社で汗水たらして働いて賃金貰ってその日を暮らし、夜の峠でひとっ走りするのが趣味の一般人よ。

そんな俺でもわかるような単純なことに気付きもしねぇ有名人様の考える事なんざぁ皆目見当つかねぇな』

 

『なんだと?何が分かってないっていうんだ!』

 

はっはー!そんなんだからお前はダメな奴なのだー!!…いや本気じゃねぇよ、こいつマジやばい凄い奴だし。

 

『分かってないよ、俺ちゃんホント悲しいぜ。おぅお前、お前の前にいる俺は誰だか忘れたか?俺の名前を言ってみろ』

 

『なんだよ急に』

 

いいから言えよ、ちょっと恥ずかしいんだから。

 

『俺の名前を言ってみろ!』

 

『一体何だってんだよ!シマカゼタービン!!』

 

『そうだよ、俺はシマカゼタービンだ。てめぇにいつも連戦連勝!!お前が全戦全敗してるライバル様だぜ!!

なぁ、全戦全敗勝率0%の中央最強三冠馬様?どうだい、そのしょげかえってる理由は本当に言い訳になるのか?』

 

ディープは茫然としている、当然だぜ、俺らしくもねぇ中二病発症してんだからな。クッソ恥ずかしいぜ、だが、俺、負けない!!

 

『そんでなんだって?お前に勝った連中はみんな怪我してるんだって?じゃぁ俺はどうなんだよ、ん?怪我なんてしたように見えるか?

てめぇの言い分じゃぁよぉ、俺はお前に勝つたびに大怪我してなきゃいけないんだがなァ?』

 

よく見ろよお前、お前の目の前にいる俺は一体どうなってるように見える?

 

『生憎、てめぇをけちょんけちょんにした後も俺は怪我一つした覚えがねぇなぁ。

むしろ気分良くて常に8時間快眠、次の日は体の調子が絶好調、便通よろしく気持ちよくって具合だぜ?』

 

俺はな、知ってたんだよ。あいつの中にあるああいう怖いヤツを、お前の中にもあるああいう怖いヤツを、ずっと前から、人間だった時から分かってたんだ。

でもそれでも、俺はずっとやらせないようにしてきたつもりだったんだよ。ああいう奴が持つあの力は、時にどんな働きをするかわからないから。

 

『どうだい、なのにお前はそんなこと気にして本気で走ってけちょんけちょんだ、おいおいなんだよ情けねぇ。

それがほんとに中央最強の超人気競走馬様の実態かよ、俺の最高のライバル様のお姿かよ。

こんなの見たらみんな失望間違いなしだ。あーあー、これじゃぁ大竹さんもみーんなどうってことないって言われちゃうなぁ』

 

『んだとてめぇ!てめぇにそんなこと言って良い権利はない!!大竹さんやあいつらまで侮辱するんじゃねぇ!!』

 

激高したディープが俺を睨んで立ち上がり、耳を後ろに引いて睨みつけてくる。まったく、手間かけさせやがって。

 

『だったらそんなの気にしてんじゃねぇよ、そんな根も葉もない噂だの呪いだのなんだの、背負ってきた覚悟だの、あほらしい。

お前はお前らしく、全部ぶっちぎって最強になりゃいいんだよ。勝負は勝負だ、勝ち負けは当然なんだからよ』

 

『なに?』

 

全く、お前は天才でバカだなぁ。前世の部下たちを思い出しちまうぜ、今のお前はあいつらと同じだよ。

 

『気にすんなよ』

 

やるときはやっちまうんだ。ここで終わってもいいって本気で思ったら、ああいう奴は平気で身を差し出しちまうんだ。

何人いたと思ってるんだよ、俺の部下にそういう連中が。そいつらを何度ぶん殴ってやめさせたと思ってやがる

俺みたいな平凡な男に出来ないことをあいつらは平気でやって、満足しながら散ろうとしやがる。

馬鹿でいい連中ばっかさ、あいつらはみんなそんな頭のいい馬鹿ばっかだ。ああいう奴らこそ、馬鹿みたいにのんびりやるべきだってんだ。

 

『何勝手に背負いこんでんだ、お前が勝ってきたレースのそいつらがそうお前に願ったのか?そうお願いされてきたか?』

 

『それは…』

 

『されてねぇんだろ、誰も背負わそうなんざ考えてねーよ。あいつだって、お前のせいだなんて毛ほども思っちゃいねーよ』

 

するわきゃぁねんだよ、次ぶっ倒してやるとかそんなんバッカに決まってら。俺が知ってる中央の連中はみんないっつもそうだしな。

お前が自分を責める理由なんてない。勝手に背負いこんで勝手に気負うなんて、そんなん馬鹿らしい。

 

『お前が走ってた時にあいつが無茶してケガした、それだけだ。お前のせいじゃねーよ』

 

お前はお前が勝ちたいから勝てばいい、勝って勝って勝ちまくれ、思う存分暴れて自分勝手に笑えばいいのさ。

だからよ、そんなしょげ返ってんじゃねぇよ。

 

『お前、お前、まざがぁ、おばえぇぇぇ!!』

 

「おっフ!?」

 

急に体当たりしてくんじゃねぇ!!ったく、鍛えてなかったら転んでたぜ。あーあーそんなくしゃくしゃにして泣いちゃって、イケメンさんが台無しだぜ…

イケメンだよね?馬基準のイケメン度合いなんて一切分からんから普通に前世基準で見てるだけだが。

あ、こらこら、グイグイ来るんじゃないよ全く。ほらほら背中ポンポンしてやるから…あ、届かん。しょうがないからわき腹ポンポン。

 

『泣け泣け、いっそ泣いてすっきりしちまえ。すっきりしたらほら、練習付き合ってやるから』

 

『ヴァアァァァァ!!まげだぁぁぁぁぁぁ!!』

 

おーよしよし、やっぱ必要な時は大泣きした方がすっきりするよ。ま、周りの目は気にする必要あるけどね。

 

 

 

 







あとがき
話にはちょこちょこ出るだけのタイムパラドックスさん、多分一番おこぼれ貰ってるかもしんない。絶賛アメリカ遠征企画中。
というわけでディープ君もいろいろあったってお話でした、現実でもディープインパクト関連でそんな噂あったそうですし、ここでは幼駒の頃からそうでしたってことで。
まぁつまりこいつに勝つとほかの要因でバタバタぶっ倒れていくってわけですな、たぶんこの世界の勝利の女神はヤンデレだ、違いない(適当)
調べてみると確かにG1でこいつに勝った馬、あるいは2着だった馬って大体何かしら負傷してるねぇ…たまに二次創作界隈で書かれてた呪いってこういう意味かと思った次第です。
なお冒頭の連中は多分出ない、あくまで栗東厩舎スタッフのそういうお話ってだけ。

でも何でしょう、この話が一番転生チートな気がする…すっごい地味な話だけども。え?普段?努力の結果です、チートではない…はず。
こいつ自身、転生前は一定の環境下と配置場所で滅茶苦茶光るタイプなSRクラスの当たり上司だったんで。
居なくなると途端にやばいことになる典型だがこいつは部下の層が分厚いのでリカバリーできた。損失はクッソやばいが。
なお本社と支社長はSSRクラスがごろごろいるホワイト企業であるとする…とはいえクソがいるのは当然だからね、仕方ないね。
ちなみに瀬名酒造もちゃんとした優良企業、経済競争に疲れ果てて田舎に逃れた人材を吸収して規模に似合わぬ実力をため込んでます。
こいつ自身も前世と同じ仕事してるし、むしろ社長直結状態なので会社全体が隠れた実力者状態の怒らせるとヤベー企業。




おまけ
ディープインパクトとシマカゼタービンの対話を録画しようとした小泉であったが、シマカゼタービンに察知されて断念している。
厩舎脇の控室で監視カメラをチェックしていたところを訪問され、カメラと小泉をじっと睨む無言の圧力に屈してカメラの電源を落とした。
なおすべてが終わったら足とトングとピンセットでカメラを復旧するシマカゼタービンとそれを覚えたディープインパクトが生で見れたのでプラスマイナスゼロである。



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