公道をレース場とする走り屋は基本的に夜行性だ。深夜から翌朝朝方、真っ暗で走りにくい峠道は交通量がほとんどなくなる。
芦名の走り屋はそこで昼間の姿を捨てて夜の姿となるのだ。
翌日から休日に入る金曜日のこの時間帯は走り屋が集まりやすい日だ、瀬名敏則とコマツ、シマカゼタービンもその一角に過ぎない。
普段はこの地域でも有数の企業である『瀬名酒造』の跡取り息子であり有能な次期社長、その下で一番の酒を仕込む筆頭馬とペット。
しかし夜はこの街でも腕のいい走り屋、悪い言い方をすれば暴走族である。決して一般車には危害を加えないなど超えてはいけない一線があるという一種のマナー意識があるとはいえ、危険走行を繰り返す交通法違反者であることに違いはない。
そんな走り屋の一人である敏則は愛車のスプリンタートレノAE101GT-Zの運転席でハンドリングの確認をしながら、同じ芦名峠の走り屋である良助とドア越しに他愛のない雑談に花を咲かせていた。
少し前、父親である瀬名茂三が群馬トレセンで負かした中央競馬のサラブレッドの名前を出したその瞬間まで。
「ディープインパクトに勝っただぁ!!?」
「い、いきなりなんだよ良助。うるっさいなもぅ…」
「お前!?あのディープインパクトを負かしたって!!?あのタービンが!!?」
「うるせぇ、コマツが驚いてるだろうが」
外に立つ良助に抱かれて可愛がられていたコマツが目を真ん丸くして不愉快そうに身をよじっているのを見て敏則は顔を険しくする。
コマツも騒々しいことには慣れているほうだが、耳元で怒鳴られてぎゅうぎゅう締め付けられれば嫌がるに決まってる。
「あ、悪い悪い…で、群馬トレセンの話はマジだったのかよ、街でもちょいちょい噂だぜ」
「トレセン?そういやバイトしに行ってた時にボコボコにしたんだよな、記者がうざかったとか親父言ってたっけ」
「マジかよ、それじゃぁ中央競馬会も雑誌も沈黙したって話題はそれなのか。ネットでも話題に上がってんぜ?
気持ち悪いくらい今回の群馬トレーニングセンターでの調教の様子を話そうとしないって、もうみんなだんまりらしいぞ。
一緒に行った記者を取材したが恐ろしいモノを見たような顔をして逃げたやつもいたらしいしよ」
「取材したほうの記者が怖かっただけじゃねーの?」
顎が外れそうなくらい口をあんぐりと開け、今日相手にする新人走り屋を顔見知りの走り屋に紹介されているシマカゼタービンと交互に見ては信じられないといった顔で息を詰まらせる。
「なんだよ、いくら中央の競走馬だからって絶対勝てないわけじゃないだろ。ましてや親父が乗ってるんだぜ?親父が乗るとタービンの気合いがすげぇのは知ってんだろ」
「そうじゃねぇよ。お前も一応騎手だろ、ディープインパクト知らねぇのかよ?」
「知らねぇよ、俺は親父と一緒で地方競馬しか見ないしな」
「ニュースくらい見んだろッ、学校の方で話とかなかったのかよ?」
「向こうじゃ遊びに行く余裕はなかったからな、暇があったらトレノか酒の研究してたんだ」
騎手の資格を取るための訓練が厳しくて、趣味で何とか気持ちをつなぎとめて頑張ってきたようなものだ。
交友関係などに割く暇なんてなかったし、地元に帰れば馴染みの顔がいてそれで十分だったのだから。
騎手といっても卒業の際の紹介をすべて蹴って以来、ほかの場所から騎乗依頼なんて一度も来たことがないまさにアホなド新人である。
訓練校での交遊も少なかった自分には同期もわざわざ声をかけてこないのだ。
元々、シマカゼタービンや会社の馬に乗るのに騎手の資格が役に立ちそうだから取っただけで本来は酒造会社の跡取りコースなのだから心構えそのものが違う。
父の計らいでシマカゼタービンの専属騎手という肩書はあるが、どのみち地方競馬騎手はシマカゼタービンを自分で走らせるための資格を取るときについてきたおまけの副業に過ぎないというのが敏則の認識だった。
そもそもシマカゼタービンは自分で考えて勝手に走るタイプの馬である、自分は助言役に徹すればいいのでそこまで技術もいらなかったりするので。
「有名なのか?その馬は」
「有名なんてもんじゃないぞ、今は日本中の競馬ファンが注目してる注目株だ。クラシック三冠だって見込まれてるんだぜ。
この前の皐月賞だって出遅れからもすっげぇ巻き返しでさ、俺もテレビで見てたけどもうほかの馬を後ろからどんどんぶち抜くのはすげぇとしか感じねぇよ」
「ふーん、そういや珍しくご機嫌でトレセンの仕事を引き受けてるときあるけどそういうことか」
気味が悪いくらい機嫌が良くて、聞けば面白いヤツと遊んでくると告げてシマカゼタービンと一緒に出掛ける昨日の父。
母曰く、こんなに上機嫌なのは本当に久しぶりで若返ったみたいらしい。
帰ってきてからも上機嫌、その面白いヤツと模擬レースをするといつもギリギリまで攻め込まれて若いころを思い出してうずうずするのだとか。
「お前、相変わらず興味ないのにはとことん興味ないんだな」
無いね、敏則は新顔の走り屋に馬鹿にされてニヤニヤ笑ってるシマカゼタービンに目をやった。
強い馬に勝ったと言われても目の前にいるのはいつものシマカゼタービン、瀬名家の家族である。
そんな父親の遊びの入った仕事に付き合って、律儀に全戦全勝してくるあたり親孝行な馬だ。
「正直、だから何だって話なんだよな。中央の話だし、ここにゃ大して影響ないだろ。むしろ地方競馬の打撃やばそうだけど、客取られまくるだろそれ」
「その客を取る筆頭をボコボコにしたのがお前の馬なんだよ。くぅ!芦名の走り屋にこんな逸材がいたとかまるで漫画だぜ」
「お前、タービンに負けたほうだもんな」
「だからなおさらうれしいんだよ、タービンが公式でもっと活躍できるかもしれないんだからさ」
そういうの嫌うと思うんだけどな、敏則は男泣きしそうなくらいテンションを上げる良助から今からレースを行おうとするシマカゼタービンに再び目を向けた。
相手は今年に芦名に引っ越してきたばかりの新人、顔のいいイケメンで取り巻きらしい女性たちの声援に手を振ってこたえている。
使用車種はワインレッドの『シビッククーペEJ1』で足回りなどは一人前にカスタムされた走り仕様、芦名では日は浅いが県外での経験はあるようだ。
それをバトルするのは栗毛の牡馬、シマカゼタービン。こちらは知り合いたちにいつも通り声援を送られている、中には手加減してやれとはやし立てる声も聞こえた。
それにこたえるようにシマカゼタービンは嘶き、右後ろ脚でアクセルを踏む仕草をしながら鼻息でエンジンを吹かすような声を出す。
テンションが上がっているのだろう、あの馬が一番テンションを上げるのは公道レースかサーキットの走行会なのだ。
「もしかしたらオグリキャップみたいに殴りこむなんてのもありじゃねぇか、伝説の再来だぜ!!」
「こいつの爺さんツインターボだぞ…そんな話が来ても困るよ。俺たちだって仕事あるんだ、あいつが仕込みできなきゃ困る」
「それは…まぁそうだけどよ、俺だってあいつの酒は好きだぜ?だけど千載一遇のチャンスだぞ?」
「あいつの酒だから契約してるホテルもあるんだよ、うちの商売が成り立たなくなるぜ」
だから酒造りの傍らでそろそろ後継者育成もしてほしいところではある、その辺りはまだ茂三と調整中だが購入は確実だろう。
「あいつが望んでいきたいっていうなら別だけどさ、まず絶対に嫌がるよ。それこそ親父がなんか言わない限り無理だ」
「あー…そういうとこお前そっくりだもんな。じゃぁ俺が碓氷峠とかほかのコースに連れて行くって誘ったら?」
それは揺れるだろうな、シマカゼタービンも趣味に生きる馬なわけでほかのコースでトライしてみたいという欲はあるだろう。
以前に赤城山のコースを走る機会があったときのテンションの上がり方が凄まじく、その時に出会った赤城山筆頭チームの二軍と互角に渡り合ったくらいだ。
相手がやや旧式な180XL中期型だったとはいえ、馬に何度も抜かれてカーブのコーナリングで負けたので相当ショックを受けたそうだ。
シマカゼタービンが芦名峠をホームとして気に入っていても、ほかのところで走れるとなればそれは揺れるだろう。親父に漏れたらまず遠征間違いなしだ。
「なぁ、もしほんとに行くなら俺も一緒していい?」
「コマツ、お前この兄ちゃんのボケっぷりどう思う?」
「ぷもっ?ぷもも、ぷぎゅぅ」
「お前にゃわからんか」
素直に答えたのにボケはひどい、思わず良助を睨む敏則だった。
◆◆◆◆
バトルである、久々のガチンコ公道バトルである。場所は馴染みの芦名峠、下り一本タイムアタック方式。
芦名峠のこのコースはカーブとコーナーが連続する低・中速セクション、直線道路の多い高速セクションが交互に来るコースだ。
最初の立ち上がりからカーブとコーナー連続の急勾配、速度の乗るゆるい直線、5連続ヘアピンカーブ、ゆるい道のインターバルをはさんで3連カーブ、L字カーブの下りと上り坂、3連ヘアピンで難所は終わりといった感じだ。
一番苦手なのがL字カーブ、登りになると一気にスピードが持ってかれちまう。馬だからどうしてもパワーじゃ勝てんわ。
相手は引っ越してきたばかりの新顔、都会のイケメンが運転する『シビッククーペEJ1』だ。結構手が入ってるように見える。
「始めるぞ。何度も言うが、こいつはタイムアタックだ!負けそうだからって相手にアタックかけるようなことするなよ!!」
「言われてるよお馬さん」
いや、良助はお前に言ってんだと思うぞイケメン、それくらいわからんもんかね。
新米はともかく新顔はそういうとこ扱いにくいとこあるし、走り屋ってのは走りへのプライド高いからさ。
「ヘッ」
「なんだその目は!人間の怖さを分かっていないようだな。ちょうどいい、この田舎者共と一緒にお前も調教してやる!」
「ブルッブルルッ」
おーこわおーこわ。アッカンべー!
「馬鹿にしてやがるな?良いだろう、首都高で磨いた腕前を見せてやる!!」
この東京もん、煽り耐性無しか?これちょっと不安だな。勝ち筋見えたけど。
「カウント!5!」
すぐ横でEJ1がエンジンを吹かす、この感じが溜まらない。俺も後ろ足でアスファルトを掻く。
「4!」
この感じ、競馬のゲートにはない緊張感。
「3!」
行くぞ、俺もここでは長いから新顔にはすぐには負けてやれん。
「2!」
息を吸う、整える、足に力を入れる。
「1!!」
スタートダッシュで前に出る!!
「GO!!」
EJ1のエンジンが真横で咆哮。甘いな、それじゃぁ俺の立ち上がりに負ける。ディープのほうが数段速い、皐月賞を取ってからもっと磨きがかかってる。
おかげで練習に付き合うこっちもずいぶんスタートに磨きがかかったってもんだ、わざわざ群馬に来るようになったしあいつを相手するのなら鍛えなきゃ話にならん。
「シマカゼ先行!前に出たぞ!!」
後ろからライトが照らされる、スタートはまずほどほどに長い直線。俺は左車線でセンターラインに少し寄り気味にラインを取って前に行かせないように走る。
うまい奴はここであえて抜きに来るかきっちりつけてくるが…うん、なんか遅い。追っては来てるけど詰め方が緩い。取り巻き連れてきてたけど、見栄を張っているにしてもちょっと想定外に踏み込みが甘い。
エンジンのふかしが甘いのか、それとも勝てるから少し遊んでんのかな?ま、いいか。飛ばそう。
「シマカゼだ!シビックはまだ後ろだ!!」
「あの野郎!先生ナメてやがる!!」
まずは右折からのS字カーブ、まだ速度が乗ってないから悠々と曲がれる。ここからここから、馬の足だからってナメちゃあかんよ。
すぐ後ろにEJ1、ライトの感じからしてやっと詰めてきたのか。こっちも普通にカーブか、あまりドリフトの音が響かなかったな。
左折が終わって少しだけ直線、馬体をずらして車線をブロック。体感速度時速50キロ、坂道がまた少しきつくなる。
直線で速度を稼ぐ、車の加速にはさすがに負けるから稼ぐときに足を稼がなきゃならん。立ち上がりで勝ってもエンジンには負けるからな。次、第2コーナー、左折、ここからだ。
「シマカゼが来た、後ろにEJ1、近いぞ!!」
後ろでエンジンが吠える、飽きちゃったかな?なら楽しませてやるよ。
速度80、足が軽く感じる。坂を思いっきり走ると平地に比べて飛んでるような感覚になる、良い感じに乗ってきた。
曲がるぞ、一歩目で体をよじる、足は最小限の踏み込み、体の推力を消さないように、ステップするようにカーブ!!
EJ1も俺を追い越すように外側から突っ込んできた、ブレーキングドリフトの音が後ろから響いてくる。
でも遅い、曲がる前にブレーキを踏んで速度調節を入れたな。俺が内側ギリギリを攻めているから外は広く開いてるんだ、普通の車よりも随分とやりやすいはずなのにそれか。
なまっちょろいな、そんな遅いカニ走りで俺の加速に追い付いてこれるなんて思うなよ。
速度は落とさないように体が横を向いたまま滑空してるみたいに走る、踏み込みをアスファルトの上で滑るように、右二つの足でスリップ方向を制御して曲がり切る!!
「曲がった!EJ1は追走!!」
「いや、ハナを入れ損なったんだ!シマカゼが差を広げるぞ!!」
馬に負ける気分はどうだい、坂道なら車にだって足じゃ負けんよ。ほら次のカーブだ、差を広げてやる。
もっと速度を上げる、そろそろ体感時速100㎞行けるくらいには体も整った、新顔相手だから手加減しないよッと!!
「相変わらずすげぇ足だ!4本別々に動いてやがる!!」
「全然減速しやがらねぇ、コーナリングもキレキレだ!!」
いや減速してるからね、ただ馬の足だと加速が間に合わなくなるような眼に見える調節しないだけで。
右折、前足を軸に走りながら流れる後ろ半身をぐるりと流しつつ後ろ足でアスファルトを叩くように踏み込んで流れを抑える。
ここで重要なのは踏み込みで流れを止めようとしない事、ある程度緩和したら足をもう一度差し直して支えつつ力の向きを前に変える、これを繰り返す、気分はタップダンス。
体の流れが収まると同時に前に走るのではなく少しだけ横に走りつつカーブを曲がり、終わると同時に一気に踏み込む!!
次の左カーブも同じ、速度を落とさず一気に突き進む。蹄鉄がカリカリ音を立てて削れる感じがするが、まだ許容範囲だ。
直線体感時速95キロ、もっと踏み込む、そらそら!!
「EJ1、かなりオーバーアクションだな」
ギャラリーの声に少し後ろに耳を傾ける。後ろからエンジンの音が強くなる、ブレーキの代わりにタイヤの悲鳴が強い。なんだよ、この程度でカッカ来てんのか?まだ挑発してないぞ。
さらに大きい右カーブ、少し体の傾きを多めに取りながら横目で後ろに視線をやる。少し離れてEJ1がブレーキングドリフトでカーブに入る、確かにオーバーアクションだ。
この程度のカーブなら慣れてる奴は初めのきついところで角度を調節するだけで抜けられるところなんだがな。
無理に内側に寄せようとして無理にハンドルを切ってやがる、見た目は派手だが速度を殺してる。
現に少しずつ、カーブを曲がるごとにEJ1が離れてる。エンジンを吹かせばあっという間な距離だけど、問題はこの距離を埋めるのに必要なスピードがこの低速セクションである曲がりくねった道じゃ出せないってことだ。
小回りの良さは車に勝る数少ない利点だからな、あとは本当に自分の体一本だから操縦のレスポンスがないこと。
あと二つカーブがある、そこを抜けたら勝負所だ。そこまでに勝負になるようにしておかなきゃな!!
「シマカゼ先頭!!EJ1は…あぁッ!離されてる!!」
「追い付いてねぇ!タービン行けぇ!!」
前半最後のカーブ。ギャラリーの言葉通り、EJ1との車間はかなり開いてる、あいつがカーブを曲がり切るときには俺が次のカーブに差し掛かるくらいには。
俺は最初から同じように速度を落とさずカーブを抜けたが、あっちはブレーキを強くし過ぎて速度を殺してる。立ち上がりもなってないから差が開くばかりだ。
でもそれでいいと思ってる節があるんだろう、何故ならこのカーブを過ぎればゆるい左曲がりを描いた直線の高速セクションだからだ。
さぁ正念場だ、2車線でも両幅に車寄せ可能なスペースがあるそこそこ広いここは馬の俺じゃどこにいてもブロックできないから一番抜かれやすい。
だから俺は思いっきり加速する、体感時速は110、どこまで上げられる?今の俺は下りでどこまで伸ばせるかな?
後ろでギャラリーのざわめきと同時に車がカーブを曲がり切った音がする、ついで思い切りエンジンを吹かす音。
俺はもうヤツの射程距離内だ、EJ1がエンジンを吹かして一気に距離を狭めてくる。やっぱり車は速い!!
あっという間に並ばれた、ゆっくりとだけど横を抜かれてる。でもこいつ足元が怪しいぞ?
「あぁまずい!!」
ギャラリーが悲鳴を上げたと同時に高速セクションを抜けて右折カーブに入る、その直前に俺は少し体を浮かせてわずかに減速して右折カーブに入る。
瞬間、横に並びかけていたEJ1の車体が耳障りなタイヤの擦れる悲鳴を上げて外に向けて車線が膨らんだ。
タイヤのグリップが遠心力に耐えきれず、外側のガードレールに向けて車体が滑っていく。アンダーが出た、運転手のイケメンが必死の形相でハンドルを切っているがもう遅い。
ガードレールに高速で車体の左側面がぶつかり、グラインダーのような耳障りな音がしたと同時に大きな金属の跳ねる音。
ガードレールに弾かれたワインレッドのEJ1の車体がスピンして、前後が180度ターンし右側面をぶつけてそのままガードレール沿いに何メートルかスリップして止まった。
「やっちまったぁぁぁ!!」
『やりやがった、まったく』
左にゆるいカーブのある高速セクションからすぐに右折から始まる5連ヘアピンは一番の難所だ。
スタートから適度に面白いカーブが連続するのがこの道だけど、そこを抜けるとこの左に湾曲してるだけの走りやすい下り直線があってそこからいきなり右折からの5連ヘアピンカーブが待ってる。
パワーのある車に乗ってて相手の車を最初のカーブで抜ききれなかったら、この道で抜いてアドバンテージを取ろうっていうやつは多い。
峠の走り屋としてはそういうのは情けない勝ち方って言われてるけど、勝ちは勝ちだしそういうスタイルも一つだから俺は別に何とも思わない。
問題はこの直線で飛ばし過ぎて次の曲がりで適応できないってのが新顔や新米にはかなり多い、大体どこかでぶつけるか擦る。
中堅の走り屋だって結構気を遣うこの芦名の峠では危険な場所の一つだ。
だからここは新顔なら少し落とさにゃきついんだよ、普通の走り屋には。左曲がりが急に右曲がりになって感覚も狂うしな。
今回みたいにバトル中だと負けてかっか来てるからつい飛ばし過ぎちゃったりとかもするわけだ。
どんなこと考えてたのかは知らんが、あのEJ1のドライバーは運転をミスった。結果がこれだ。
俺はクラッシュしたEJ1から少し離れたところでゆっくり減速してUターンして戻る、さすがに事故車を放っておいてタイムアタックとかありえない。
少し戻ると事故を起こしたEJ1はすぐに見えた、見た限り幸い火災とかはしてないみたいだ。
でもこれ、板金7万コースとかじゃすまないな。側面ボロボロだし、左タイヤの軸が歪んでる。オイル漏れがないのが奇跡だよ。
フロントガラスもひび割れだらけ、側面に至っては全損だ。焦げ臭い感じはしない、エンジンは動いてるけど異音もないからダメージは入ってないみたいだ。
『あーあ、派手にやったね。生きてる?生きてるね、よかった』
ガードレールに左側の車体をこすりつけたままのEJ1の中を覗き込むと、バケットシートの運転席ではすごい顔で荒い息をしたイケメンが目を丸くしていた。
運転席は見た限り歪んでいたりはしてないな、挟まってる様子もない。でもスピードメーターがぶっ壊れて130で止まってら、高くつくぞこれは。
ま、車はおじゃんでも生きてるから良し、怪我も見た感じ打ち身程度に見えるし後で病院だな。連絡とかは多分きてくれるだろうギャラリーの人たちに任せるとして、まず発煙筒だ。
俺が走るときに着ている馬着には取れる位置にいくつかポケットがついててな、その一つに事故とかのために発煙筒を常備してるのよ。
そいつを口で引き抜いて、足で蓋を外したら着火部分をアスファルトに思いっきりこすりつけてファイヤ!!
1個付けて道路の登り側に転がしたら、もう1個もすぐに着火できるように咥えたまま待つ。一般車とかが来たら合図しなきゃ事故増えるからね。
それにこれで敏則か事故に気付いたギャラリーの誰かが来てくれるはずだ、派手な音を立ててたしな。
「なん、なんなんだ、お前」
「ブルルッ、ヒヒィィン」
上から下ってくる車が見えたので口に咥えたほうもつけてよく見えるように振り回して合図してると車の中からうめき声が聞こえた。
我を取り戻したのかい、イケメン。馬だよ、見りゃわかんだろ。
あとがき
芦名の公道レースにおいて、この馬はいつもこんなことやってる。馬に負けるスポーツカーに乗った走り屋ってなんかかっこ悪いでしょう。
なお彼はお願いすればわかりやすくこの坂の下り方を教えてくれます、追走して良し、騎乗して良し。
もちろんバトルも大歓迎、なお車のクラッシュや精神的ダメージにはご注意ください。こいつは結構尻の癖が悪いです。